IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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雅焔焉翼 ~ 霧剣 ~

Tatenashi View

 

一夏君は何か重要なことを隠している。

けれど、隠しているのは私も同じ、それも一夏くん自身の事で。

でも、これは秘密にし続けなければならないと判っている。

不公平だけれど、一夏君には秘密を抱えてほしくはない。

 

「…俺が口にしているのは建前、と?

生憎と本当の事を言ってますよ、輝夜の火力は他の専用機とは次元が違う。

京都を火の海にするか、地平線を作れっていうんですか?」

 

「違うわ。

一夏君が京都に行かない(・・・・・・・)理由ではなく、私が訊きたいのは一夏君が学園に残ろうとする(・・・・・・・・・)理由の方よ」

 

政府をあんまり信用していないのは理解しているけれど、意固地に成り過ぎている気がしてならなかった。

その一夏君が政府側の間者ではないという事は私だってこの二年と半年で理解している。

そもそも一夏君に間者だなんて似合わないもの。

 

「ッ!」

 

そう、政府を信用していないのだとするのなら、政府の人間とも繋がりがあると判断出来る集団が来るそのタイミングには、更識家や実家、それをも避けるためだとするのなら弾君の居る五反田家にでも滞在していてもいい。

なのに、一夏君は学園に残る(・・・・・)と断言した。

輝夜を理由にしたのはただの建前であるという事を私は見抜いた。

 

「ほら当たり♡

一夏君ってまだまだポーカーフェイスが苦手みたいよね」

 

「………」

 

さあ、何を隠しているのか言ってほしいところなんだけどな。

 

「…ほかに理由なんて在りませんよ…」

 

「い~ち~か~く~ん~?

コレ、な~んだ?」

 

机の下の引き出しから取り出したのは一冊のスケジュール帳。

簪ちゃんが見せてくれたソレをまるっと書き写したのがコレだったりする。

 

「私達が居ないタイミングに随分ととスケジュールを捻じ込んだらしいわね?

こんな秒単位(・・・)のスケジュールなんて世界中の何処を探しても見つからないわよ?」

 

勿論これはブラフ。

最近、狡猾周到になってきている一夏君だからそんな証拠は残さないだろうけれど…周囲の人間は話は別。

千冬さんも何かを察したらしく調べているけれどまるで掴めていない。

けど、それでも良い。

私たちにも言えない何かを一夏君が抱えていることだけは確信出来たから。

 

「ねえ、一夏君?そろそろ秘密を明かしてくれても良いんじゃないかしら?」

 

「俺が何を抱えていると?」

 

「抱え込む必要の無い物を、よ。

CBFの時にはドサクサに紛れて失踪しようとしたみたいだけれど、簪ちゃんが悲しむようなことをしたらダメだからね」

 

ここで大きく深呼吸、そして吐き出されたのは大きな大きな溜息だった。

 

「簪がこの部屋の周りで聞き耳を立ててるってことか…それとこの気配からしたら千冬姉もグルだな…」

 

まあ、そろそろバレるだろうとは思っていたけどね。

現に、この部屋の床から一夏君の足元には霜が走っている。

足を凍らせて足止めも図っていたけれど、その必要性は失われているみたいだった。

 

「そこにいるのなら出てきてくれないか?」

 

口にした途端に、足元の霜は溶けて、物の数秒で蒸発していく。

大気そのものを媒体にしているからか、たぶん会話も筒抜け。

状況に関しても…もしかしたら見てるかも。

 

「…………」

 

最初に出てきたのは簪ちゃんだった。

続けて千冬さんも。

その目は猜疑が含められている。

まあ当然かもしれない、一夏君はこの時期に途方もない秘密を隠していたのだから。

しかも身内にまでそれをひた隠しにしようとしていた。

一時は自ら失踪を企てたり、一夏君も秘密主義になってきているのかしら…?

 

「お姉ちゃん、一夏に変な事してないよね?」

 

私に対しての簪ちゃんからの株価は暴落しちゃってるみたいだし…、私ってそんなに信用できないのかしら…?

お姉ちゃん、大ショック…。

 

 

 

Chifuyu View

 

「さて、では何を画策していたのかはっきりと喋ってもらおうか」

 

部屋の隅で頭から腐ったキノコをはやして『の』の字を床に書き続けて使い物にならなくなった更識を放置して私は愚弟から話を聞きだすことにした。

互いに帯刀をしてはいるが、抜く気は無い。

どのみち、一夏には禄でもない形だが護衛のような黒翼天も居るから、私が刀を抜けば始末に負えない。

 

「判ったよ、隠してることに関しては全部話す。

…刀とナイフは預けるから、それを信用の形として見てくれ」

 

前提として信用をしてもらう為に自身の宝刀を他者に預ける、か。

この潔さは誰に似たものやら。

念の為、刀は簪が、ナイフは私が預かっておく形になった。

丸腰になった一夏は壁に背を預け、最初に語りだしたのは…。

 

「…自我を別の肉体に移し替えることができる技術が存在するって話だけど…信じられるか?」

 

あまりにも突拍子もない話だった。

 

「ま、待て…お前は何を言っている⁉」

 

「千冬姉も、体育祭の日に大橋で見ただろう。

あの白髪の男を」

 

ああ、見た。

そしてよく覚えている、最後は自爆した瞬間までをも。

 

「学園と倉持に同時に襲撃が来た際に、俺はあれと同じ姿の男と戦った。

今は束さんが保存液入りのカプセルに入れているアレだ。

どこかで大量生産され、売買されている可能性もあるって話もしただろう。

アレ、外見は同じだけど、その中身も同じなんだよ。

どこぞから持ってきた人格が、コピー、更新されて別の肉体にインストールされているとか、そんな感じみたいだったんだよ」

 

絶句するほかに無かった。

 

「お前、何を言っているのかわかってるのか…⁉」

 

「俺が見知った事実だよ」

 

つまり、同じ人間を何度も斬ったも同じというわけだ。

 

 

 

Ichika View

 

突拍子もない話をしているというのは実感している。

だが、クローン兵の話はここにいる4人全員が知っている話だ。

その仮称として俺達はそれを『ジャック(何処の誰とも知れない誰か)』呼ばわりしている。

 

「俺が学園内部で戦い鹵獲した肉体に宿っていた自我、千冬姉が大橋で斬り捨てた肉体に宿っていた自我、それらが同じだとしたら?

それと同じのがつい先日も湧いて出てな、海底か、はたまた消え去ったか…」

 

思えば潜水艦の中でも出てきていたよな…。

いい加減しつこいし、早急に縁を切りたいものである。

まあ、難しい話かもしれないが…。

 

「肉体に宿る自我が同じ…だと…?」

 

「そう、肉体は複製だが、その中身の自我は別のところから引っ張て来たってわけだ。

それも、銃器だとかを平然と振り回せるような軍事訓練を受けた人間とか、な。

勿体ぶった言い方は辞めておくか…。

俺たちが今まで現れたジャック(何処の誰とも知れない誰か)の中身は…元アメリカ国家代表候補生、『ダリル・ケイシー』だ」

 

場が凍り付いた。

当たり前だろう、工作員として潜入にしていたのがバレ、多くの生徒の前で俺に惨敗し、学園から脱走し、遥か海の向こう側の無人島にて惨殺された女が、世間的にも故人として扱われている女性が、男の肉体を宿らされているともなるとな…。

 

ガチャン!ガチャン!

 

おい、そこの二人、刀とナイフを落とすなよ。

俺の大切なものなんだぞ。

驚き過ぎと言うか何と言うか…。

チラリと見れば楯無さんも扇子に『空前絶後の』とまで書かれている途中みたいだが、もうそれはどうでもいいから。

今更過ぎてその扇子の仕組みとか調べる気にもならない。

 

「ちょっと一夏…そんな情報を何処で…⁉」

 

刀を取り落とした簪の言葉も尤もだが…此処は…そうだな、楯無さんにも責任を吹っかけておくか。

それと、日本に亡命したイーリス・コーリング女史も接触していたことだし、保証してくれる人間がいる。

 

「体育祭の日だ。

楯無さんから依頼を受けて、国籍不明の船舶が寄港しようとしているからと調査の助手をいきなり頼まれてな」

 

二人の視線が楯無さんに突き刺さる。

これで危険な調査に付き合わされたことに関しては、、責任の半分は負わせられるだろう。

 

「その船…というか潜水艦内部にジャック(何処の誰とも知れない誰か)を作ってる工場が在った。

今となっては跡形もなく消えてるけどな。

その一件が終わった後に、情報提供者が接触してきた。

丁寧にも名前まで教えてくれたぜ、『アキナート・O・ヴェルナー』とさ。」

 

「一夏君、それでそのアキナートと呼ばれる人物がジャック(何処の誰とも知れない誰か)の中身が『ダリル・ケイシー』だと教えてくれたのね?」

 

ここには首肯しておく。

追加で、京都府の情報提供者でもあることを伝えておく。

 

「それで、その人物は…?」

 

「そのまま飛び去った。

例の光学迷彩持ちの機体の所持者だったらしくてな。

レーダーの圏内から一瞬で消えた」

 

海に蹴り落としたことについては黙っておく。

 

「それで一夏、学園に残留する点とのつながりが有るというのか?」

 

「大有りだ、政府は施設・設備を無傷のままで鹵獲しろと言ってきている。

それと同時に学園生徒への検査なんていう理由をつけて学園内に入ろうとして来てる。

ダリル・ケイシーの件を考えれば、生前に肉体に何かを仕込んでいたんじゃないかと思う」

 

実際、学園内で交戦したクローン体のダリル・ケイシーは、学園外で俺と交戦した際に拳銃を暴発して右腕が吹き飛んでいたことを記憶していた。

それを考慮すれば生前に肉体に…多分、脳の中に蓄積された経験と知識などをクローンの肉体に飛ばす何かを埋め込んでいたんじゃないだろうか…?

肉体が全体的にズタズタに引き裂かれていたのは、それに関しての証拠隠滅とも取れそうだ。

 

「で、なぜソイツ…アキナートとか言ったか…なぜおまえに二度も接触しては…時に手を貸し、情報をリークする?

クローン兵器について熟知している時点で敵勢力というのは察してとれるが…」

 

「知らん、俺に訊くな。

こっちだって知りたいくらいだ、目の前で実働部隊隊長とやらの生首見せられた挙句にズタズタに引き裂かれる現場を見せられて考えがまとまらないんだよ」

 

「ズ…ズタズタ…」

 

簪がその部位の言葉に絶句して顔を蒼褪めさせているが…簪はホラー映画が苦手だったな…。

まあ、生首っつっても、半分が機械仕掛けだったけどな。

 

「一夏君、その子に気に入られるようなことを何かしたんじゃないの?」

 

とんでもない濡れ衣である。

こっちだって困惑してるんだよ、倉持技研では、トテロリストの相手を代わってくれたり、情報提供してくれたり。

先の潜水艦での動乱では、スコール・ミューゼルとか言う女を眼前で惨殺したり、情報提供してくれたり。

なんでこうも接触し来るのかこっちが問いただしたい…。

 

脳裏にあの呼称を思い出す…。

初対面…とまではいかないが、見ず知らずの人物から二度目の接触で『お兄ちゃん』とか呼んできたっけか…。

だがそのあとの一方的なまでのマシンガントークと、態度で生理的に受け付けられなくなったんだったな…。

 

「仮にそうだとしても…俺としては二度と接触したくない…。

あそこまで情報をリークしてくるほどなんだ…俺が京都に向かうのを期待しているのが見え見えなんだよ…」

 

「一夏にも苦手な人物像があったんだ…」

 

「ああ、言葉が通じても話が通じない奴は嫌いだな」

 

過去の篠ノ之とか、過去の篠ノ之とか、過去の篠ノ之とかがいい例だ。

よく見れば千冬姉も頭を抱えている。

この人にも苦手な人物が居るのだろう、マシンガントークを炸裂させる人物というと一人ばかり思いつく。

娘の体育祭にてカメラを持って並走する人とか、酒蔵の酒をカチ割られてチアノーゼっぽくなった人とか、自分の代わりに体育祭に参加している娘の撮影を俺に依頼しようとした挙句に奥方に見つかりモザイクに覆われて廊下の隅に転がされていた人とか、さ。

 

「まあ、そんなわけで、学園に残留しておくと判断した次第だ。

ダリル・ケイシーという成功例が少なくとも一人居るわけだ。

それで修学旅行の露払いで全専用機所持者を京都府に行かせるとなると…」

 

「そういう事ね。

政府の誰かは肉体に蓄積された情報、経験、知識を集積させられた生徒の自我を抽出する技術は持っているけれど、それは自動でどこかに転送されていくものであり、ベースとなる肉体や、それを量産するシステムまでは入手できていない。

今から生徒たちの肉体に何かを仕込み、同時期に京都府のシステムを手に入れようとしている、一夏君はこう考えたのね」

 

ご名答。

暗部の長は察しが良くて助かるというものだ。

まあ、俺がアキナートに接触したくないから学園に残るというのもあるわけだが、それは言わずにおいた。

最低限度の沽券だとかは残しておきたいからしさ。

この状況じゃ沽券も威厳も残ってないだろうけども。

 

「話はこれで終わりだ、じゃあ俺は弁当の調理作業に戻るよ。

すでに楯無さんのは出来上がってますからこの場で渡しましょうか?」

 

「お願いだからもっと手間暇かけて⁉」

 

仕方ないのでパン耳をオーブンに入れてカリッと焼き上げることにした。


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