Ichika View
あの潜水艦の調査から数日が過ぎた。
勝手に学園から出たことはのちに千冬姉にバレて軽く叱られはしたものの、持ち帰った情報で懲罰は免除された。
亡国企業実働部隊隊長『スコール・ミューゼル』との接敵に関してもだ。
戦闘にはなりはしたものの、黒翼天がまたもや暴れだしたことも伝えはしたものの、そこから後の事に関しては
「何もなかったからそのまま帰ってきたんだよ」
との一言でバッサリと斬って捨てた。
後の事は流石に言えないだろう。
ミドルネームに『O』を持つ少女、『アキナート』の事とか。
亡国企業実働部隊隊長に知らない間に任命されていたりとか。
言える内容といえば、『イーリス・コーリング』の確保くらいかな。
あの人、冗談抜きで家族を日本に連れてこさせたらしい。
その上で、コア一つを手土産にして日本に亡命した。
日本もコア一つを無償で手に入れられるのならと、もろ手を挙げて大歓迎だったそうだ。
大人の汚い一面を見てしまったその日はまともに食事が喉を通らなかったのをよく覚えている。
でだ、今はどこかの田舎に家族を住まわせ、更識に保護されている。
コーリング女史は更識お抱えの諜報部隊に配属されたそうだ。
大した情報は持っていなかったが、タダ飯喰らいにはさせないらしい。
働かざる者食うべからず、という事だな。
で、俺はといえば
「今日も今日とて訓練か」
本日の訓練相手は簪だ。
今は天羅は展開されていない。
だとしてもその実力は脅威だ。
何せその能力は、『
俺がアリーナのグラウンド全土に刀剣を突き立てていようとも、霧で視界を塞ぎ、風の動きで動きを予知し、突き立った刀剣を凍てつかせて使用できなくさせるというハチャメチャな手まで使ってきている。
そのまま刀剣をつかもうとすれば間違いなく凍傷になるし、気温が低下してくれば体も動かしにくくなってくる。
だけどまあ、氷塊を多数作れば簪の薙刀を振るう空間リソースも奪われているという事。
だから必然的に
「まだ行くぞ!」
「くっ…!」
薙刀を振るう事が出来ないように、さらに間合いの内側に入ってからのクロスレンジ。
刀剣は今は不要、そもそもこういう状況になってくるのがある程度予想が出来ていたからこそ、障害物として使うだけだ。
実際今も、腰に携えている刀とナイフは抜刀すらしていない。
薙刀を振るう簪に対し、自分の身体一つだけで行う白兵戦…というか肉弾戦になってきている。
間合いが不利と見るや、簪は間合いの外に移ろうとするものの、こちらの脚力に反応しきれていない。
純粋な脚力なら俺が上、仕方ないだろう。
せめてもの抵抗として、俺に向かい風をぶつけて踏み込みをしにくくするのが限界なのだろう。
だけど
「ほい、終わり」
薙刀の穂先に着地し、ようやくナイフを抜刀して突き付けた。
「…う…降参…」
まあ、今日のコレは4組と合同の訓練授業だ。
普段であれば、複数のクラスで合同授業をする際には、隣接するクラスとの合同にする事が多いのだが、先日の学園本土への侵入者の件もあるし、他クラスの生徒とも連携を図るためにこういった体勢を作ることになったのだとか。
「こんの…バカ共がぁっ!」
観客席から飛び降りて来るは我が姉貴、織斑千冬女史。
わざわざ暮桜を展開して突っ込んでくる姿は怒り狂う鬼神そのものだ。
そのまま振り上げられる装甲拳を後方に跳躍して回避。
「ここまでグラウンドを凍てつかせて今後試合ができると思っているのか⁉」
「…溶ければ出来るんじゃないですかね?」
第二撃をこれまた回避して氷塊と化している
尤も、氷が解けたところでグラウンドは水浸しだろう、しかもこの量だ液状化現象のレベルになるのは目に見えている。
今度はそれが乾燥するまでに時間がかかる、少なくとも一か月間は必要最低限度として必要を迫られるだろう、普通ならね。
だが今は次々と氷塊が融解して霧に代わり、風に流されている、簪ならではの手腕だ。
そして凍結状態だった刀剣も今は握れる程度にはなってきている。
それを握って振るう事が出来ればよかったのだが
ドガァンッ!
今は仕方無く殴り飛ばされたのだった。
あの暴力教師め。
「やれやれ、相変わらずの豪拳だな」
殴り飛ばされ、空中で受け身をとってなんなく着地した。
殴り飛ばされたと言えども、受けたのは肘だ。
拳を砕く勢いでのカウンターを入れたのに5m程は体が飛んだのだが、千冬姉は化物かよ。
今更過ぎるが。
その本人はといえば、何事も無かったかのように平然としていた。
「ホント、化け物だな…」
「聞こえているぞ」
もう一発殴られる羽目になった。
今度は膝で受け止める、膝の皿が割れるかのような衝撃が襲ってくる。
どこかで誰かが「ファイッ!」なんて無責任極まる声を上げる始末。
それを皮切りに戦いが本格化した。
千冬姉が腰の刀を引き抜き一気に距離を詰めてくる。
あ~もう、どうにでもなれ。
投げやりになりつつも俺はブラッドサージを展開して迎え撃つことになった。
「あ~…疲れた…」
昼休みになり、今日も今日とて自炊して作った弁当を生徒会室にて頂いていた。
食堂のスタッフの大半がなぜか知らんが自主退職し、新たに雇用できるスタッフを探しているらしく、完全に食堂は沈黙してしまっている。
先日からの流行も原因となり、自炊をする生徒が激増しているのも理由の一つだろう。
その自作した弁当を広げる場所は各々違うようではある。
授業が終わってそのまま教室で食事に移るものもいれば、屋上や中庭といった屋外を利用する人も居る。
俺としては茶を淹れられる生徒会室を気まぐれで使わせてもらっている。
一時は給湯室を使わせてもらってもいたが、教職員が物欲しそうに視線を突き刺してくるのが鬱陶しくて敵わないからこの生徒会室に逃げたわけだ。
昨今では俺の手による料理教室の回数は大きく減ってしまっている、未練はないが、フリーの時間は多くなっている。
俺のスケジュール帳は、予備の物も簪達に奪われ、その中身もマネジメントされている。
「なんで授業時間中に本格的に白兵戦に移っているんだか」
「兄さんが悪いと思う」
心の内側がうっかり口から出てきてしまったが、あの地獄耳め、即座に殴らんでもいいだろう。
おかげさまで就農した無数の刀剣を再び広げることになった。
「えっと…今日使ったのは…クレメンサーにアヴェンジャー、ブラッドサージにシロガネとクロガネ、デファイヨン、イーブルワンにヴェリミアーチ、Unknown Brave、芥骨、と…色々と使ったもんだな…」
もう数え上げるのも面倒になってきている。
勝敗に関しては…まあ、時間切れでの引き分けだ。
千冬姉は千冬姉で授業時間にて私事で白熱したらしいからお叱りを受けているのかもしれない。
絹江さんから時折高級酒が贈られてくる事が在るらしいけど、その悉くがマドカの手により教職員全員に配布されているのは…まあ、どうでも良い事か。
30時間以上も何も入っていなかった胃袋にほうじ茶が染み渡る。
ああ、そうそう、先日の体育祭も俺たちが勝手に抜け出した後も続いていたらしく、あの競技のせいで趣味でカオスな衣装を作ろうとしている人達も出てきてしまっている。
体育祭だけでも混沌のるつぼになってしまっていたというのに、なんてこったい。
競技の為だけに衣装を作っていたという新聞部だとかの部室は強制執行で中を空っぽにしたというのに、それを見越して別の部屋にも予備を大量に隠していたのだという。
今後、生徒会と新聞部との間で鼬ごっこが続くのかもしれない。
その中でも一番割に合わない事になってしまっていたのが篠ノ之だ。
あの衣装の一部として着用する羽目になったという両手を拘束していた手枷のカギが完全に紛失してしまっているのだという。
で、外す事が出来ないか俺が駆り出される羽目になった。
無論、ピッキングのような技術も持ち合わせていなかったが、強制執行をした責任もあった…かもしれない。
だが、あまりにも頑丈すぎて壊せなかった…ので、面倒なので大百足をフル回転させた状態で全力で振り下ろしてブッ壊した。
叫び声をあげていたような気がするが…よく覚えていない、覚えていないのならそこまで気にすることでもないのだろう、良し忘れよう。
ほうじ茶で胃袋を多少落ち着かせてから、本格的に食事を開始する。
ああ、久しぶりの食事に何故か感動したくなってくる。
「簪はどう思う?」
「う~ん、言ってしまえばフィールド全体を凍り付かせたのは私だし、あまり強くは言えないかな…。
でも一夏はもう少し本音を隠したほうが良いんじゃないかな?」
「肝に銘じておくよ」
うん、今日のオニオンスープは上手くいってるな。
今度は何を作ってみようかな…?
「じゃあ、食事も終わったことだし、簡単に会議をしましょうか。
今後の方針について、ね」
今後の方針、それはイベントのたびに起こる騒動に対しての事前対策だ。
クラス対抗戦しかり、臨海学校に於ける福音との戦闘もそうだし、学園祭での何らかの騒動、CBFでの襲撃も。
警備システムを内側から崩されたり、教職員の半分が裏切ったりと、対策は後手になるばかりで受け手になってばかり。
そんな事情もあって、二学期の頭に予定されていた修学旅行だって、先延ばし先延ばしの繰り返しで今に至っている。
「憂鬱だ…」
俺が見ているのは、修学旅行のしおり。
作るだけは作られていたのだが、予定が先延ばしにされ続けていて生徒には発行されていない。
なのでこのしおり…5摺目である。
しかも行き先が
「…京都府かよ…」
「国の上層部が行き先変更を何が何でも認めようとしないのよ」
「その国の上層部とやら、
俺はやむなくアキナートがリークしてきた情報を千冬姉に渡したが、国家もそれを閲覧しているはずだ。
にも関わらず、修学旅行の行き先変更をかたくなに認めようとしないのであれば二つの可能性が考えられる。
一つ
『行き先変更を認めようとしない者は
一つ
『京都府に潜む
最悪の場合はその両方か。
画策だけしておいて高みの見物、無能にも程があるだろう。
いいからクビにしろソイツ。
「で、事前対策としては何か考えがあるんですか?」
「学園に所属している専用機所持者全員での突撃よ」
総力戦に出るつもりか。
だが、その総力に俺はカウントしないでもらいたい。
輝夜は市街地戦闘が出来ない機体だ、暴れようものなら雅な都に地平線が出来上がってしまう。
付け加えて言うと、恐らく京都にはアキナートも待ち構えているだろうことは想像に難くない、
あいつの機体の性能も考慮すれば大炎上してしまうのが目に見えてしまっている。
「…目的は何なのお姉ちゃん?」
簪の視線が突き刺さり、楯無さんも溜息を一つ。
あ~あ、やっぱり嫌な予想が当たりそうだ。
「『
「やっぱり責任の丸投げですか。
しかもクローン兵培養システムのことには言ってこなかった、と?」
俺の問いには首肯を一つ。
虚さんも大きく溜息を見せている、この人は本当に苦労人だな。
「それに関しては私からも問い合わせてみたのですが、
『敵組織討伐のことだけに集中せよ、培養システム発見の際には連絡だけ入れ、干渉するな』とのことです」
うわぁ…敵の開発したクローン兵培養システムを悪用する気満々じゃねぇか…。
破壊をするな、無傷のまま入手しろ、そう言っているのと変わらない。
確かにあの培養システムを入手した国家は戦争になったとしても数の暴力で優位に立てるのかもしれない。
しかし、だ。
そうなるのを防ぐために、俺は重要なことに関しては情報を封鎖している。
それはクローン兵の自我だ。
今まで見てきた個体は、共通して中身が『ダリル・ケイシー』だったらしい。
その自我を植え込む際に、生前の肉体に何らかの処置を施した兵が必要になる。
その兵が死んだ後に、その意識がクローン兵の肉体に植え込まれるシステムなのだそうだ。
あのシステムは、その死んだ兵を必要とする前提が必要になる。
修学旅行の行き先変更を頑なに認めようとしない者が、敵組織に通じている可能性があるのなら、学園の総戦力を学園外に追い出そうとしているのなら、クローン兵の中身として、学園の生徒を利用しようとしている危険性が出てくるというわけだ。
システムを入手した手柄は自身が総取り、所有権限も幾らかは握れるだろう。
そのうえで学園の生徒を利用して私兵を入手…国家転覆でも狙っているのか…?
だとしたら…俺にも考えがある…!