IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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このタイミングなら、年越しと新年度のを合わせたのでも大丈夫ですよね?
それでは皆さん、良いお年を

それと一緒に

明けましておめでとうございます!


閑話  ~ 臥薪逃粋 ~

Ichika View

 

「寒い寒い」

 

倉持にて仕事を切り上げてバイクを走らせること数十分。

俺は自宅ではなく更識家に到着していた。

ここ数年、年末年始を過ごすのはこの家での恒例行事になってしまっている気がするが、実際にその通りなのだから言い訳もするつもりはない。

誘拐事件の当事者になって、身元保護の名目でこの家に下宿するようになって以降、すっかり俺もこの家では顔なじみだ。

この家で過ごす時間が嫌だと思った経験は無い。

それどころか、実家で一人で過ごす時間に比べれば心地が良かったからな。

 

「さっさと中に入るか」

 

ガレージにバイクを置き、ヘルメットも脱ぐ。

ハンドルにヘルメットをひっかけ、キーを抜き、これにてなれた収納作業も終わりだ。

 

「お帰りなさい、一夏」

 

「ただいま、簪」

 

ガレージから出たところで、簪が出迎えてくれていた。

誰もいない家に帰り、沈黙で返されるよりも、こうやって笑顔で出迎えてくれる人がいるのってなんだか幸せだと思う。

…額に青筋を十文字に浮かべていたら話は別かもしれないが。

 

「年末年始も仕事だけで過ごそう、とか思ってないよね?」

 

「無い無い」

 

スケジュール?

そんなもん、片っ端から簪にマネジメントされてスマートに過ごせるようになってる。

後々のことも、男子寮にいる後輩氏に任せられるように教育しているから、後の学園も一通りは大丈夫になっている、筈だ、筈であってほしい、切実に。

 

 

 

 

この最後の冬休みも結局この家にお世話になっている。

「自宅に居て、マスコミだのなんだのに追われ続けるよりも、こっちに居た方が良い」と押し切られたのは学園に編入させられる直前だったか。

実際に居心地もいいから二つ返事でうなずいたのだが。

 

「開発はどうだったの?」

 

「まだまだ研究の余地在り、だな。

解析にもいろいろと考えさせられるものがあるし…」

 

「…一夏?」

 

…研究者思考が肌についてきているのだが、延々と話が続くパターンも一緒についてきているのかもしれない。

仕事一直線になりそうな場合、簪が止めてくれるパターンも最近は少しばかり多くなってきている。

鈴が「コイツ、ウザったい」とか言いたそうな目で見てきたのは未だに記憶に新しい。

 

さて、この数年で居心地がよくなり、すっかり見慣れてしまっている部屋に入ると、もう暖房が入っている。

この部屋も過ごすのに見慣れてきてしまっている。

学園の寮、実家、それらも合わせ、私室を三つ持っていると贅沢の極みかもしれないな。

荷物を置き、簪が俺の腕を引っ張る。

もう抗うつもりもないので、そのまま居間に連行される。

 

「はぁい♡一夏君♡」

 

振袖姿のお嬢様がこれまた額に青筋を十文字に浮かべて待っておりましたとさ。

ああ、コレってリンチにでもされるフラグなのだろうか?

嫌だなぁ、新年を初日の出以外の理由で真っ赤に染まるとか勘弁してほしい。

 

「年末も仕事に明け暮れようとするなんて、仕事を理由に家族をほっぽりだすダメな父親への街道をまっしぐらね」

 

「楽しさを追求しようと仕事をほっぽりだす人には言われたくないです」

 

挑発には挑発でかえした。

言葉って時には刃物になるよな。

 

ひとまず、言葉で応戦して、そのまま居間の奥に連行される。

今度は両腕とも二人につかまれて、だ。

さしずめ捕まえられたリトル・グレイ(宇宙人)のような気分だった。

だから誰もこんな姿を撮影しようとしないでほしい。

この場をかぎつけるマスゴミがいないのを祈る限りだ。

 

 

 

このまま世話になり続けるのもバツが悪すぎるので、さっさと居間を抜け出して、使い慣れた厨房に来た。

年末ということもあり、年越し蕎麦を茹でる予定だ。

倉持に行くより前に生地は作っておいたから、あとは切って茹でるだけ。

 

「簪も厨房に来てていいのか?

折角の年末年始なんだから、今回は居間で騒いでいても良いと思うぞ」

 

そう、蕎麦を作っている俺の傍ら、簪も蕎麦に乗せる具を用意してたりと調理に精を出してくれていた。

 

「それを言ったら一夏もでしょ。

一夏があわただしくしてるのに、私だけ素知らぬ顔で過ごすのは嫌なの」

 

こう言われたら俺も返す言葉も無いし、文句も言えなくなる。

そうなるのを判っていて簪も言ってくれるから少しばかり恥ずかしい。

 

「それに…こうやってる方が将来の為の予行演習にだってなるんだし…」

 

ああ、みなまで言わないでくれ、耳まで熱くなってきた…。

事実、結婚も出来る年齢には至っているからか、俺も少しばかりそういうのは意識はしてしまっている。

昨年くらいは隣り合って料理をするのも、見慣れた光景と言われるそれにはなっていたはずなんだが、ここは時間の経過と共に出てくる意識なのかもしれない。

夫婦での共同で料理とか、確かにうらやましい光景なんだろうなぁ、俺からしても。

 

少しだけ考えてみる…うん、悪くないな。

 

 

 

「蕎麦が茹で上がりましたよ」

 

茹でたてアツアツの年越し蕎麦。

トッピングにはサクラエビを使った揚げを乗せた、シンプルな掻き揚げ蕎麦にしてみた。

ザクザクとした触感を楽しんでもらおう。

 

「おう、待ってたぞ一夏君!」

 

師範はすでに酔いどれモード。

騒ぎすぎて、絹江さんから一本背負いを受けたばかりの御仁には見えない。

左目の上にこぶができているようだが極力気にしない。

 

「とてもいい香りですね、蕎麦のだしには鰹節をつかってますね?」

 

「正解です」

 

絹江さんからも好評なようだ。

 

「一夏く~ん、私にもお蕎麦早く早くぅ!」

 

楯無さんもこの年末の時間を楽しんで過ごしているらしい。

こういう雰囲気は俺も嫌いじゃないんだが、今年からは裏方専門になるし、やんちゃは避けておこう。

料理長もいろいろと料理を作っているから、俺もそれをそろそろ堪能させてもらおうか。

 

「にしても…騒ぎすぎだろうに…」

 

一歩下がった場所から見ているからだろうか、師範も、絹江さんも、楯無さんも大盛り上がりしすぎているように見えた。

 

「皆も今頃は、故郷でどんな風に過ごしてるのかな…?」

 

「さあな…」

 

マドカはオーストラリアにて忙しくしている。

メルクはイタリア、ラウラはドイツ、セシリアはイギリス、鈴は中国、それぞれ国で大忙しだろう。

IS文明は10年で停滞を始める。

俺はそう予想していたが、予想以上に早くに停滞が近づいている。

ESの開発研究があちこちで始まり、テロリストがそれを襲撃、壊滅させようと躍起になっており、それによる結果、停滞が広がりつつある。

IS文明の停滞には、俺も一枚かんでしまっているのだが、それに関しては俺が口を開かぬ限り、世間に広がることもない。

皆がそれぞれの故国で忙しくしているのも、各々、その文明から離れる瞬間が、たとえ明日だったとしても、手早く離れる事が出来るようにする為でもある。

特にドイツに居るラウラが大変だろう。

まあ、そこは俺が干渉できない領域だから手の出しようも無いのだが。

 

「けど、それぞれ確実に事を済ませてるだろうな」

 

不器用な奴も居るのも確かだが、不思議と信じられる。

なら、結果は後々に着いてくる筈だ。

俺もそうしているわけだし。

 

「いっちば~ん!刀奈!脱ぎま~す!」

 

碌でもない絶叫が聞こえてきたので、その本人の意識を刈り取ることにした。

っつーか飲酒するなってーの、誰だ飲ませたのは。

 

「あだだだだだだだだだ!

すまん絹江!間違えただけなんだ!」

 

犯人(師範)はすでに関節技で組み伏せられていた。

騒ぎすぎだっての。

 

簪の場合はアルコールを摂取したら甘え上戸だったが、楯無さんの場合は脱ぐパターンなんだな。

ああ、コレは非常によろしくない。

下手すれば脱いだ状態で廊下に出そうな気がした。

 

「あんまり気が進まないが、念には念を入れておこうかな」

 

少し伸び始めていた年越し蕎麦を啜りながら、俺は楯無さんの奇行を未然に防止するための策を頭の中で幾つか用意することにした。

 

 

 

 

「コレで良し、と」

 

「うん、コレなら間違いないね」

 

簪に手伝ってもらい、楯無さんを私室に放り込む。

それから俺達は部屋に戻ることにしたのだが…俺の部屋に簪まで来ていた。

つい先ほど、俺が部屋に戻ってから少しすると、簪がやってきた。

それも年越しの宴会の時とは違い、わざわざ振袖に着替えてまで。

 

「よく似合ってるよ」

 

「うん、ありがとう」

 

真っ赤になってうれしがっていた。

いやはや眼福。

 

明日は元日ということもあり、更識家から少し離れたところにある寺には多くの人が集まってるらしく。

夜中に一緒に行ってみようという話はしていたが、俺がすっかり忘れていて小突かれた。

もっと下手なことを言っていたら、一方通行のタイムトラベルになっていたかもしれない、流石にそれはお断りだ。

 

簪の振袖はというと、絹江さんが発注したオーダーメイド品だ。

桜色の生地に、純白の羽の刺繍がちりばめられ、帯はベージュ色で、腰に結ばれた部分は蝶の翼のように広がっている。

大人っぽい艶姿だが、子供心を現したかのような一面もあり、とても似合っている。

 

たとえ真夜中でも、事前に断りを入れているから後々に説教を食らう事も無いだろう。

そう思って居間で騒いでいた先代当主夫妻の様子を見てみると。

 

「父さんと母さん、寝ちゃってる…」

 

「…本当に暗部の長だったのか?あの人?」

 

「えっと…そう、だとしか…」

 

『油断も隙も無い』のであれば別に構わないのだが、居間で大文字になって酔っぱらって眠っているのは、どうみても『油断と隙しか(・・)無い』としか言いようが無かった。

しかも夫婦揃って。

…放置することにした。

 

簪が振袖姿なので、今回はサイドカー付きのバイクに跨る。

身体を冷やしたりしないように、行き帰りの間は毛布にくるまってもらう。

俺の後ろに乗れないのを残念がっていたが、ここは簪のために頷いてもらうしかないわけで。

 

 

 

「うわぁ…人が沢山居る…」

 

「だな…」

 

バイクを駐輪場に停め、目的地に着けば…初詣と初日の出の為、と同じようなことを考える人は多くいるのは当たり前なわけで、境内に入ると多くの人で賑わっている。

予想はしていたのだが、ついつい俺と簪はそんなことを言ってしまっていた。

賽銭箱の前へと続いているであろう通路には長蛇の列が出来ており、いったいいつまで待てばいいのかわからない状態だ。

いくのも帰るのも大変そうだった。

実際、昨年もその前の年も、そのあまりにも長すぎる列にウンザリして、時間を早めてみたんだがな…同じようなことを考える人はやはり居るものらしいな。

 

「どうする?諦めるか?」

 

「絶対ヤダ!今年こそは絶対にしたい!」

 

あのつりさげられてる鐘をガラガラと音をさせるのを、か。

簪ってこういうところは子供っぽいよな。

そんなことを考えてるのがバレでもしたのだろう、ジャケットの上から腕を抓られた。

 

「なぁ、オイ、アレって…」

 

「日本代表の更識 簪じゃね?」

 

「それにアッチって、『兄になってほしい男性ランキング』三年ブッチぎりの織斑 一夏さんだ…」

 

…不穏な声が聞こえてきた。

やだなぁ、有名になるのって…。

どこに行ってもこんな形になるんだから…。

 

「サイン下さい!」

 

「私にも!」

 

「お兄様って呼ばせてください!」

 

「IS学園への編入への裏窓口してるって本当ですか!?」

 

「誰か!カメラ!カメラ貸してくれ!」

 

…初詣は今年も失敗みたいだな…。

毎年どこに行ってもコレだもんな…。

そういう時には有名というわけでもない中学の頃の悪友達が羨ましくなってくる。

弾は地元の神社で済ませる、数馬はそれにつるんでいる。

しかも、弾には虚さんが同行し、どういうわけか、数馬にはのほほんさんが一緒という状態なのだとか。

写メを送ってきた時には驚かされたよな…。

今は他人事のようには言えない訳だが…。

 

「…逃げるか…」

 

「…賛成…」

 

ちょっとばかり騒ぎすぎたのを反省しながら、簪の膝裏と背に回して、簪を抱き上げ一気に走り出した。

キャーキャーと周囲から黄色い叫び声が上がるのを無視しながら、駐輪場への最短距離を導き出す。

 

「追えー!」

 

「あのリア充誰だよ!?」

 

ああもう、なんで追ってくる輩が多くなるかな…。

 

「今年の初詣、どうする?」

 

「ううん…一夏の家の近くで」

 

まあ、結局そうなるよな…。

こぢんまりとはしているが、静かな場所で、多くの人が集まるような有名所は俺達には当面訪れる事が出来そうにない。

残念だけどさ。

 

「じゃあ、出発するぞ」

 

エンジンに火を叩き込み、一気にアクセルを吹かす。

足音と鼻息を荒くする野次馬連中を引き離す為に

 

「ちょっと待って!

そっち道じゃない!どこを通るのぉっ!?」

 

「最短距離になる道を」

 

「道じゃないってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

サイドカー付きのバイクでウィリー状態のまま、ガードレールを踏み越えて下段の道へとバイクごと飛び降りた。

道交法違反?プライバシー侵害をしようとする奴を処分してから言ってくれ。

隣でドップラー効果を発生させ続け叫んでる簪をわき目に俺はアクセルを踏み続けた。

この慌ただしい生活、いつになったら終わるんだろうなぁ…。

 

 

 

自宅の近所の神社にて初詣をする頃には、簪さんはというと…たいそうご機嫌を斜めにしておいでだった。

しがみつかれている右腕が欝血しそうな感じで。

 

「えっと…簪…?」

 

「もうあんな無茶しないって約束してくれる?」

 

それはあんな野次馬連中次第だと思うのだがな…。

責任をまとめて俺に丸投げされてるような気分で複雑だ。

 

「約束してくれる?」

 

「ああ、判ったよ…」

 

簪が目を閉じ、背伸びをしてくる。

何を求めているのかを悟り、そっと唇を重ねる。

ようやく機嫌を直してくれたのか、今度は簪が抱き着いてくる。

それはちょうど朝日が差し込んでくるタイミングだった。

場所は悪いが、初日の出であることは変わらないだろう。

夜明けごろということもあり非常に寒いのだが、今だけはこの寒気は互いの頭の中から吹き飛んでるような気がした。

 

唇を離した時には、簪の顔が真っ赤になっていたが、朝日のせいだけではないだろう。

 

「これからもよろしくね、一夏」

 

「ああ、お互いに末永く、な」

 

もう一度、唇を重ねた。

 

 

 

しかし…何か忘れてる気がする。

まあ、忘れるのなら、そんなに気にする事でもないのかもしれないが、まあいいか。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、近所のファミレスで朝食を摂ってから更識家に帰ってから思い出した。

 

「誰か…助けてぇ…」

 

部屋に戻って仮眠でもしようというタイミングで楯無さんの部屋からか細い声が聞こえてきた。

 

「あ、忘れてた…」

 

「私も…」

 

あの場で酔っぱらって脱衣しようとしていた楯無さんを部屋に放り込んでいたんだったな。

誰も対処をしていないのを鑑みるに、みんな揃って寝ているのかもしれない。

油断と隙しかないな、この家。

 

「漏れる…漏れちゃうぅ…」

 

遠慮も何もないまま楯無さんの部屋に入る。

そして声は壁の押し入れの中から。

 

「大丈夫ですかぁ?」

 

「はやく、はやく、コレほどいてぇ…。

漏れる…漏れちゃうぅ…」

 

そうそう、脱ごうとするから、寝袋に入れて簀巻きにしたんだったなぁ、すっかり忘れてたよ。

簪と一緒になってこの人の意識を刈り取るのに苦労したからなぁ。

とはいえ、元日早々に失禁して迎えましたとか冗談にもならないだろうから、ちゃっちゃと済ませますか…。

腰に携えた鞘から刀を引き抜き、ため息と一緒に振り下ろした。

騒がしい日々はまだしばらく続きそうだった。

 

 

 

 

三学期

 

「ねぇ、兄さん、この記事見てよ!」

 

「ん?どうしたマドカ…!?」

 

マドカが見せてきた雑誌には…俺と簪が初詣に行った時の写真が大きく掲載されていた。

しかも『デート』だの『熱愛』だのと大仰に騒ぎを起こすかのような記事が…。

肖像権侵害だろ、これ?

 

「なぁ、簪…」

 

簪さん当の本人はというと…思いっきり真っ赤になっていた。

ああもう、可愛い反応するようなぁ、俺の婚約者(フィアンセ)は…。

本当に…この騒がしい場所から逃げ出したい…。





後日、卒業までバイク使用禁止目の命令が千冬さんから下ったそうです。

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