次の話の前ふりの為だけに執筆したものなので
Ichika View
ちょっと前にクリスマスを過ごし、気が付けば大晦日。
俺も簪も学園卒業後の進路が確定し、マドカ、鈴、メルク、ラウラも国家代表選手として名乗り出た。
シャルロットの場合は事情が特別な為、別口で。
セシリアもオルコット家の盛り返しの為に、今後はES開発企業として大きくなり始めているとか。
楯無さんは卒業と同時に国家代表の称号返上、機体をロシアに返還している。
篠ノ之は学園卒業後、普通の大学に通うことになっている。
先日学力に悩んできて、俺に教授願いに来たのは意外にもほどがある。
基本赤点スレスレだったのに、進学とはな。
それと、
「んで、なんで此処に来てるんだかな」
知った顔の連中は女子会を開くだろうと思い、俺は一人でバイクを走らせ、倉持に来ていた。
みんなは今頃ワイワイと騒いでいることだろう。
寒空の下、こうやってバイクを走らせるのも時には良いだろう。
「やあやあ久しぶりだね少年」
「どうも、お邪魔してます」
しばらく振りに会った篝火ヒカルノ女史。
この人、スクール水着にマフラー巻いただけの変態的恰好をして出迎えてきやがった。
お巡りさん、こっちです。
倉持技研の篝火ラボ。
世界中でES開発機関が凜天使に襲撃されて壊滅させられてる中、ここだけは一応の平穏を保っていた。
今では女尊理研団体も活動を収縮させるしかない状況下だ。
男女平等とはまだまだ言い難いが、それでも、綱渡り状の均衡は得られている。
それがいつまで続くかは判らないけどさ。
学園では、束さん曰く『専守防衛特化無人機だヨ!』とか胡散臭い事をいっていたアースガルズだが、新しい寮を作るのに必死になってたり、壊れたアリーナの修復作業に追われてたり、地下通路の復旧してたりと、まるで建築業者みたいなことになってたけど、いまでは優秀なことにも、侵入者だの、不穏分子だのを捕縛するのに大活躍だ。
今日このラボに来る途中でも、数人程をお持ち帰りさせたばかりだ。
いやはや、懲りないね、ああいう連中。
「それで、今日もデータを届けに来てくれたのかな?」
「ええ、俺の将来の一環としてね」
ES開発はまだまだ途中経過状態。
完成にはまだまだ程遠い。
けど、休んでなどいられないのだから歩き続けるしかない。
「おやぁ?
いつもセットになってきてた
「今日は俺だけですよ」
「ほほぅ、もしかして私に気が…」
「ははは…鏡を見て一考してから言ってください」
足を踏まれた。
データを渡して、俺も白衣を羽織ってから解析用のサーバーの前に立つ。
一つ一つのデータにしても片っ端から暗号化されており、輝夜は俺以外からの解析を徹底的に嫌う素質になってしまっている
俺以外が解析に移ろうものならば、暗号化だけでなく、強固なプロテクトを秒間に相乗させるような勢いで発生するから解析スタッフが壁に頭を打ち付けだして目も当てられないモザイクが被る現場の出来上がりだ。
そんなスタッフたちも今は片っ端からラボから退出しており、今は家族と一緒に一杯ひっかけているころあいだろう。
「それにしても、少年は少しは休まないのかい?」
「休んでますよ。
休むべき時はちゃんと見計らってますので、ご心配なく」
俺がこうやって解析ばかりしていたら周囲も一応は反応はする。
この後、俺がどうなるかもある程度は想定してたりする。
三年前までは弾や数馬とワイワイ騒いでいたり、簪の実家に呼び出されてまでワイワイ騒いでたり、俺の青春時代もなかなかにアバウトになってきたよな。
それでも仕方ないといえばそれなんだが。
篝火女史が私服…かと思えば態々振袖姿で奥から出てきた。
この人、仕事場をコスプレ会場だとかファッションショーの会場だとか考えてるのではなかろうか。
そんな風に疑ってしまう。
マドカが真似ないように気をつけよう。
「君は年末年始はどう過ごしてるのかな?」
「中学生の頃は、姉が自宅に居ましたから、おせち料理や、雑煮を作ったりでしたね。
学園に編入してからはご存知でしょう?」
似たような生活してます。
違う点があるとすれば、助手が就いてることか。
多忙な日々ではあるがサポートが居るからスケジュールを捌ける。
「千冬はどうしてる?」
「寝正月の日々で」
「相変わらずズボラ女…」
そう言われたら言い返せない。
俺のスケジュールをクソミソに言っときながら、とうとう俺のスケジュールに自分の仕事を割り振ってきている。
お陰様で俺のスケジュールは充実してるよ。
時間を横領されて、返してもらえないのだから。
「君も苦労してるねぇ」
今更だった。
さて、千冬姉について思い返してみよう。
自宅では…汚部屋で過ごし、片付けもしないのに「見られたくない」と言ってドアノブに高圧電流。
居間ではラフな格好で過ごし、宅配が来ても俺に任せる。
ボヤ騒ぎの前科が有り、台所には出禁状態。
洗濯すれば泡だらけだったり、色移りしたり。
裁縫すれば赤いシミ。
…あれ?良いところって何処?
学園では…寮監室は汚部屋になることも。
調理実習室で爆発騒ぎ。
教育に関しては鬼教官。
剣術にしても、人間の範疇を越えてる。
駄目だ、良いところが思い浮かばなくなってきてる。
かつては『触れれば斬れる』抜き身の刀のように思えて恐がった時もあったが、今ではあまりそうは思えない。
将来的にもらってくれる人なんて居ないのでは無かろうか。
そっちの方が心配だ。
色々感謝してない訳ではない。
「今日はどれだけ働くつもりなんだい?」
「キリの良いところまで」
「よく働くねぇ」
スケジュール管理はそれなりにしてますので。
スケジュール帳をシュレッダーに通されたりした経験もあるけどさ。
昨年度から編入してきてる男子生徒も、こぞって剣術だの料理だのせがんでくるから、なかなかに忙しい。
だけど、剣術の継承には、正直迷いが出ている。
これから先、おおっぴらに剣を振るうような事が無ければいい、そんな風に思うところもあるからだ。
平穏無事な生き方が出来なくなるのも辛いだけだろうからな。
「篝火博士はどうなんですか、この年末年始はどのように過ごすつもりで?」
「着物も用意してるし、初詣にも行くよ。
ああ、でもお腹すいたから、織斑君、年越し蕎麦作って~」
ここでも料理しなくちゃいけないのか、俺は?
夜も更けてきた頃、俺は厨房を借りて蕎麦を茹でていた。
皆して俺にばかり料理を押し付けすぎだろう。
うっかり本気出して、だし汁作るところから始めてた。
トッピングには厨房にて発見した海老を天麩羅にして豪快に乗せる。
明日はどうなるだろうな。
新年に入るわけだが、初詣に行ったり、更識家にて餅つきをしたりと騒がしくなりそうな予感がする。
学園では、殆どの生徒が帰省中で静かに過ごせるとは思うが、どうにも俺は例外になりそうだ。
「あぁ、温もる。
お蕎麦美味しいねぇ」
「お粗末様です」
「だらけきってるのに、美味しい料理にありつき続けてる千冬が妬ましいよ。
我が家にもこんな料理上手の弟が欲しいよ」
…この人が姉とか苦労しそうだ。
セルフファッションショーとかやらかしそうで。
俺は断じてお断りだ。
「美味しい料理を食べたいだけなら、お店でも良いと思いますよ」
「判ってないねぇ、『コストを負わずに美味しい料理を食べる』。
此処がミソ!」
…ダメ人間の始まりを見た気がする。
将来、外国に永住するなら何処が良いだろう。
そんな事を真剣に考えている俺が居た。
これは千冬姉への監督は、マドカに頑張ってもらうしかなさそうだ。
それで済むかはまた別問題だが。
Prrrr
おっと、携帯に着信だ。
仕事を続けていたのが、とうとうバレたか。
「少年、どうかしたのかい?」
「そろそろ帰ります、簪から呼ばれたので」
「お蕎麦おかわり~」
「厨房へどうぞ」
「薄情者~」
さぁて、寒空の下、暖かな場所へ帰ろうか。
ラボから出ると、空を見上げる。
丁度都合良く雲の隙間から満月が見えていた。
帰ったら日付が変わる頃になるだろう。
簪にマドカ、千冬姉に師範達が待っているだろうし、急いで向かおう。
明日から始まる新年には何が待っているだろうか。
出来れば穏やかな日々になってほしい。
「それじゃ篝火博士、ちょっと早いですけど、良い新年を」