IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

199 / 217
獄雷冥魔 ~ 困惑 ~

Ichika View

 

マドカとメルクがデッドヒートしながら障害物を飛び越えたり乗り越えたり、邪魔だからと言って蹴とばしたり、槍や蹴りで吹っ飛ばしたりしているとようやくラウラが天幕に入った。

あいつはもうビリで確定だな。

それにしてもこの競技は意地が悪い。

中には手に持ち続けなければならないものもお題に含まれている。

それも含めての『仮装』という扱いらしい。

面倒なことにも、籤の引き直しはさせないルールになっているようだ。

 

おっと、二人がそろそろバトンタッチのエリアのに入ったようだ。

そろそろ走り始めるか。

 

「兄さん!バトンタッチ!」

 

「簪さん!後をお願いします!」

 

バトンを受け取ったのは二人同時だった。

 

「ご苦労さん!」

 

「後は任せて!」

 

『ブラコン二人が同時ゴールイン!

つづけて織斑夫妻の出発だぁぁっ!』

 

「はきゅっ!?」

 

おい、黛先輩。

不謹慎だろ…。

 

「肝を冷やせ」

 

左手に銀色のレイピア『突風刃(ウインドフルーレ)』を展開。

力任せにぶん投げた。

反応しきれなかったのか、左耳をわずかに掠めた。

 

『ひぃやぁぁぁぁぁぁっっっ!?』

 

実況に攻撃するのを躊躇わなくなっている分、俺も頭がおかしくなりはじめているかもしれない。

…次は右耳をブチ抜く。

避けきれなかった場合は…ピアスの穴をあける手間が省けたと思ってくれ。

 

「一夏、豪快になったね」

 

「うん?そうか?」

 

人を逐一からかおうとする人種は尊敬出来ないのかもしれないな。

他にも楯無さんとか楯無さんとか楯無さんとか、後々仕置きをするつもりでいるべきだろう。

ドン引きされようが気負うつもりは無い。

 

そんな所を考えていると籤を引く機械の前にたどり着く。

ここまでは特に全速力でいるつもりにもなっていないので、かなり余裕を以て、スタミナを温存しておく。

簪が並走しているのもそれが理由だったりする。

 

「じゃあ、やるか」

 

「だね」

 

遠慮無しに腕を突っ込み、適当な籤を掴む。

開いたそこに記された番号は…

 

00(ワイルドナンバー)か」

 

「私は84番だった」

 

「追いついたぁっ!」

 

ビチビチと跳ねるセシリアからバトンタッチしてきたであろう鈴も機械の前に追いついてきた。

おもむろに鈴も手を突っ込み、そこに記されていた番号は

 

「…99(エンドナンバー)?」

 

ピンからキリの『キリ』だった。

ハズレかどうかは判らない。

なにせラウラのように超重量の段ボール箱も中にはあるようだからな。

セシリアが渡すときには思わず『光星』によるパワーアシストまでしてラウラに渡していたほどだ。

なかにはあんな超重量のものまであるのだろう。

ご愁傷さまとしか言いようがない。

 

鈴が全速力で走っているが、余裕でそれに合わせてやる。

その態度が『気に入らない』とでも思ったのだろう、手が抜刀しそうな体制になっているが気にしない。

そのすぐ後に簪が追ってくるのを見ながらロッカーの前に立った。

 

ロッカーが高い。

少しばかり跳躍して上段に手を付け、片手で扉を開き、『00』の扉を開いた。

 

「…少しばかり重いな」

 

何が入っているのかわからないが、ガチャガチャと金属音までしてくる始末だ。

簪は…

 

手に持っている段ボール箱はかなり軽いらしく片手で持ってるよ。

不思議そう揺らしているらしいが、あまり重量が感じられないらしい。

 

鈴は…

 

ガタゴトガタゴト…

 

同じように揺らしているらしい。

軽いらしいが…中に硬質なものも入っているらしい。

 

「何か嫌な予感がする…」

 

「この競技が始まって良い事なんて在ったのか?」

 

この問いに鈴も簪も沈黙した。

デモンストレーションで走った人も碌な事にならなかったのだろう、嫌な話だが。

虚さんも篠ノ之もまともな姿じゃなかったし…。

俺達が立ち止まっていると周囲の生徒が騒ぎ出す。

『コスプレした姿が見たい』だの『写真撮らせて』だのと大変非常に喧しい。

マトモに応援してる人が圧倒的に少ない。

立ち止まってたら仕方ないか。

仕方ないので箱を抱えて走ることにした。

当然というか見慣れた光景というか、三人並んで走っている。

理由は…『碌な事にならないのが目に見えてしまっているから』だ。

自分一人だけが恥をかくのはお断りだ。

『旅の恥は掻き捨て』とは言うが、恥をさらす時間なんて短い方がいいんだ。

とはいえこんな形だ、恥をかくのは同時、だがゴールインに関しては走って争うという不毛な形にするのが内心では決まっていた。

心は一つだった。

 

ラウラ?あいつは…まだ更衣室から出てきていない。

ガチャガチャと音が聞こえてくるものの、放置しておく。

 

「さてと…どんなもんだか知らないが、とっとと終わらせてしまおうか」

 

えっと…中身はどんな代物なんだか。

マトモな品じゃなかったり、女装させられる羽目になったら迷うことなく輝夜を展開して逃げ出す所存だ。

 

ガコ、と音をさせながら段ボール箱を開いてみる。

…良かった、おかしな物にはなりそうにないな、だがこれでは肩が露出してそうで、傷跡を見られてしまいそうだ。

…手ぬぐいらしきものも入っているし、勝手に使ってしまおうか。

 

「…着替えることを大前提に考えてる当たり、俺もこの学園に毒されてきているのかもしれないな」

 

そんなことを考えた時点で頭が痛いし、吐き気がしてきた。

重症だな、コレは。

この考え方を得てしまったのは、間違いなく学園に編入してきてからだ。

そんな考えが脳裏をよぎり、責任のすべてを学園に押し付けた。

俺は断じて悪くない。

 

「けど…()るしかないんだよなぁ…」

 

鈴とほぼほぼ同時に即席更衣室に入り、再度取り付けられたであろう脚光を遠慮無く

 

ガシャパリィン!!

 

破壊する。

 

「だからなんで壊すのよぉ!?」

 

隣からも

 

ガシャパリィンッ!

 

もう一度

 

ガシャパリィンッ!

 

どうやら簪も鈴もやらかしてるらしい。

 

「これは不可抗力よ、不可抗力」

 

「変態は一人だけで充分、それでも取り除きたいくらいなのに増えたらキリが無い」

 

鈴も簪も黒い考えが平然と口から飛び出してるからな、自覚は無いだろうけど。

 

…さっさと着替えるか。

しかしこんな衣装、どこで作っているんだか。

 

 

 

 

Madoka View

 

ラウラが入っているであろう天幕からは何か金色の何かがはみ出してる。

それがニョキニョキと伸びているように見えるけど、何だアレ?

そんな風に思いながら見ていると。

 

ジャッ!

 

そんな音がして一番に天幕を開いたのは鈴だった。

 

「…うわぁ…」

 

(アカ)のノースリーブ、膝丈のコート。

ただ、その裾は広がっており、フリルがこれでもかと着いている。

そして腕には指先から二の腕までを覆うロンググローブ。

何よりも視線が向かうのは…頭に飾られたネコミミのカチューシャと、右手に握られた(ステッキ)だった。

 

「カレイドルビー推参!」

 

『『『違和感無さ過ぎ!』』』

 

本当にこの学園の皆ってノリが良いよね…。

それに鈴のコスプレがいろいろと狙っているようにも見えてあざとい。

 

その時だった。

 

「いや~、それにしても」

 

その声は鈴の手元から聞こえた。

 

「年甲斐にもなく恥ずかしい恰好をしてますねぇ」

 

鈴の手元の(ステッキ)から。

え?(ステッキ)が喋った?

いやいやいや、あらかじめ録音してあったのを再生させたとかそんな感じだよね?

 

「好きでこんな格好してんじゃないわよぉっ!!」

 

その後は…鈴がヒスを起こしたかのように(ステッキ)を地面に繰り返して叩き付けていた。

…光景としてはシュールだよね…。

10回程叩き付けたところで飽きたのか、鈴が走り出す。

驚いたことにも手元のおもちゃは無傷なのが妙に気がかりだけど。

 

 

Melk View

 

鈴さんのあまりにも居た堪れない姿に苦笑いさせられた後、今度はお兄さんの天幕だった。

 

頭には手拭いが無造作に巻かれ、風にたなびいている。

トップスは純白のラインが刻まれたノースリーブの黒いシャツ、ボトムには各所をベルトで締められた黒いズボン。

まるで腰回りを隠すかのように広がった腰布。

足元には、爪先には金属プレート、脛を覆うレガース装甲の搭載されたブーツ。

臨海学校の後に検査を受けた際に見てしまった傷跡は、包帯で隠されていた。

ただ、腕が露出しているのは右腕だけ、左腕は手首まで袖に隠され、左手は包帯に覆われていた。

腰にはいつもふるっている刀とナイフではなく、二刀小太刀、右手には籠鍔が装飾にあしらわれていた大きな弓が携えられてますけど…。

 

「え?誰アレ?」

 

その疑問はともかく

 

「なんのコスプレ?」

 

隣の子がささやいているけど、私にも判らなかったです。

あんな衣装があったんですね…サイズがピッタリしてるのがどうにも腑に落ちないですけど…

 

「…別にただの銘も無き(理想を目指す)英霊くずれ(偽物の偽物)さ」

 

…お兄さん、楽しんでませんよね?

ため息をついているところを見るに、楽しんでる様子には見えないです、ちょっと安心。

 

「なんなんだよ、この格好は…しかもサイズがピッタリってどういうことだ…?

何を作ってるんだよあの連中…?」

 

走りながら頭痛と戦ってる…。

スケジュールが一つ追加されたりして…それだけは避けるように皆と力を合わせよう。

これ以上お兄さんに負荷がかかったりしないように…。

 

「織斑君速っ!?」

 

「もう凰さんに並びそう!?」

 

「追い抜いてるよ!?」

 

「障害物も平然と飛び越えてるし!?」

 

頭痛と戦いながらなんなんでしょう、あの脚力…相変わらずすごい健脚…。

 

そんなさなか、簪さんが入ってであろう天幕が開きました。

 

 

 

Chifuyu View

 

しつこく絡んでくる束を熨し(殴り倒し)、ようやくテント下に入る。

 

「ったく、ひどい目に遭った」

 

「あ、織斑先生、ウサミミ似合ってましたよ?」

 

「あそこの莫迦兎と同じ事になりたいか黛?」

 

「い、いえ、遠慮しときます」

 

視線をグラウンドに向けてみる。

一夏はというと…よくわからんな、なんだあの服装は?

二年前からノースリーブの服は嫌うようになっていたアイツの性格からすれば考えられない服装ではあるが…。

 

静かに天幕の一つが開いた。

そこに居たのは…簪だが

 

「おい、黛、貴様何を考えている…?」

 

「え、えっと…その…大半がノリと勢いだけ(・・)で作ったものでして」

 

簪の姿は…首の後ろで留める…ホルターネックとか言ったか、そんなセーター一枚だけだった。

腕は肩から露出するノースリーブ、背中は剥き出しで尻の割れ目が少し見えている。

足も完全に剥き出しで、必死に隠そうと格闘しているが、そのせいで、年不相応にまで育ったバストを強調されていた。

それに…完全に目を回している…。

 

「きょ…今日の…わた、私…か、…可愛い…?」

 

…しどろもどろになっているのは仕方ないだろう、誰だってあんな格好であんな事を言える筈も無い。

そしてこんな公衆の面前で食らいつく奴など居る筈が…。

 

「ちょっと何やってるの織斑君!?」

 

「ゴール目前だったのに何で引き返してる(・・・・・・)の!?」

 

「高ポイント競技なの判ってるの!?」

 

「ちょっと待って兄さぁぁぁぁんッ!?」

 

まさかのそんなバカな奴がいた…。

 

 

 

Kanzashi View

 

天幕の中に入り、衣装らしきものが入った箱を開いてみた。

 

「…え…えぇぇぇぇ……」

 

セーター一枚だけ。

え?これ衣装なの?体操服の上から着ればいいだけ?

取り出してみると、ひらりと紙切れが一枚落ちた。

 

≪インナー着用禁止!素肌の上から直接着てね!≫

 

……後で筆跡鑑定をしよう。

どこの誰なのか徹底的に突き止めると決めた。

 

裏にも何か書かれてる。

 

≪ルール追加です。

天幕に入って5分以上中で待機し続けていると、天幕が全自動で降ろされます♡≫

 

…これって連帯責任に持ち込んでも良いんだよね?

一先ず、脚光を勝手に壊し、天幕に取り付けられているであろうセンサーも壊しておく。

隣の天幕の方向からも聞こえてくるし、いいよね別に?

 

「これで待機し続けてもなにも起きない…よね?」

 

『人が来て剥ぎそうだけれど?』

 

…ありそうだった。

この学園の体育委員会以下省略はどうにもタチが悪い。

 

『人に剥がれるか…大人しく着て走るか…その二択になりそうね』

 

「天羅はいいね、他人事だから…」

 

『安心しなさい、援護はしてあげるから、先日のようにね』

 

…取り敢えず、相棒の言葉を信じることにして着替えることにした。

なんでこんなところで下着まで脱がなきゃいけないんだろう。

今日はお気に入りの下着ということじゃなかったけど、脱ぐのは恥ずかしい。

 

『女は度胸、よ。

頑張りなさい、簪』

 

「……~~~っっ!!!!」

 

結局脱いだ。

それから素肌の上にこのセーターを着て、首の後ろの留め具を固定する。

 

「やっぱり裾が短いっ!」

 

前を隠そうとすれば後ろ…お尻もつられて下に下がり、すごくスースーする!

それになんで背中が剥き出しなの!?

セーター(・・・・)っていうけど、防寒性なんて全然期待できないし、そもそもなんで服の上(・・・)からじゃなくて素肌の上(・・・・)から限定なの!?

箱の中に自分の服を詰め…あ、なにか書いてる紙がまだ残ってた。

 

≪セリフ:今日の私、可愛い?≫

 

…ピシピシピシ、パキン…

 

手の中で紙が凍って割れた。

こんなセリフを言わなきゃダメなの?

 

『…もうちょっと頑張らなきゃ駄目のようね…』

 

「…や、やればいいんでしょ、やれば!」

 

セーターの裾で大切なところを隠しながら私は天幕から出た。

うぅぅ…は、恥ずかしい…!!

 

「きょ…今日の…わた、私…か、…可愛い…?」

 

つまりながらも言い切った。

でもこの服装で、…というかセーター一枚で障害物エリアとかどうやって超えろっていうんだろう。

 

『…無茶にも程があるわね、この場で棄権すべきかしら』

 

いい案、そうしよう。

 

でも、その瞬間だった。

 

「ちょっと何やってるの織斑君!?」

 

「ゴール目前だったのに何で引き返してる(・・・・・・)の!?」

 

「高ポイント競技なの判ってるの!?」

 

「ちょっと待って兄さぁぁぁぁんッ!?」

 

…え?

 

すさまじい勢いで走ってくる人影が一人分。

見間違える筈も無く…

 

「い、一夏!?」

 

なんで逆走してるの!?

いや逆走なんてレベルじゃなくてグラウンド突っ切ってるけど!?なんで私に向かって走ってくるの!?

 

「フキャッ!?」

 

一瞬で俵のように肩に担がれていた。

視界に映るのは一夏の背中。

 

「な、なに!?なんなの一夏!?

急にどうしたの!?なんで急にコースアウトしてるの!?

なんで私まで巻き添え!?」

 

「………………」

 

「何か言ってよ!?」

 

でも一夏は何も答えない、なにも喋らない。

顔を覗き込もうと体を捩じってみても、そらすかのようにして見せてくれない。

どんなに頑張ってもそれに合わせて担ぐ角度を変えて横顔すら見せてくれない。

 

ドン!!

 

グラウンドから観客席へ、観客席を突っ切り、とうとうアリーナの外縁部、そこから…

 

「キャァァァァァァァァァッッッ!!!!!!」

 

高さ20mは在ろうかという外縁から飛び降り、平然と着地していた。

何もなかったのように着地し、そのままどこかへ走っていく。

確かこの先って…

 

「が、学生寮…!?」

 

考えは間違っていなかったようで、体を捩じったまま見てると学生寮が近づいてくる。

この時間でも出入り口は閉じられていないようだけど、一夏は遠慮も無しに蹴って開く。

廊下を突っ切り、階段を駆け上がり、二階へ。

見慣れた扉をまた蹴って開き

 

「キャッ!?」

 

部屋に投げ込まれた。

感じたのは柔らかい感触。

 

「わ、私たちの部屋…」

 

それに私が乗っているのは、一夏のベッドの上だった。

ま、まさか…!?

 

ちょっと待って!?

まさか、そういう事(・・・・・)をするつもりなんじゃ…。

確かに服なんて着てないのも同じだけど、まさかこんな時間帯から!?

大人の階段を上っちゃうの!?

 

食べられる!?

 

せめてシャワーくらい使わせて!?

 

 

 

 

バタン!

 

大きい音がして扉が閉じられた。

覚悟してそちらに目を向けてみる。

 

「…………あれ?」

 

一夏は部屋に居なかった。

それどころか、部屋に入ってきてもない様子だった。

恐る恐る扉をそっと開けてみる。

 

「くかぁ…くー…くー…くー…」

 

壁に凭れ掛かってる寝ている一夏がそこに居た。

…えっと…どういう事…?

 

『本当は()だったんじゃないかしら?』

 

天羅が何を言おうとしているのか悟った。

 

「…黒翼天…貴方だったのね…」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。