IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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極雷冥魔 ~ 無閃 ~

Chifuyu View

 

目の前の状況が信じられなかった。

一夏が休学期間にも修行をしていたのは知っていたが、これほどまでに腕前を磨いていたとは。

 

「何を驚いているんだよ?

屋敷での修行はまだ厳しかったぜ?

最後は…1対150でやってたんだからな」

 

「お前、そんなことをやってたのか…?」

 

するコイツも莫迦者だが、止めようとしなかった周囲すら疑いたくなってくるぞ。

まったく、コイツ程の修行莫迦は他に見たことがないな。

私の思い過ごしであればいいのだが、コイツの姿が消えたと錯覚する刹那が幾たびもあった。

ISはハイパーセンサーによって周囲360°の確認ができる仕様であるのに拘わらず、だ。

 

「んじゃ、通路の修復費用は千冬姉持ちでいいよな?」

 

「おい、大半はお前の小太刀が原因だろう」

 

よくよく見れば通路の床や壁面や天井は刀傷だの裂創だのがあちこち大量に残っている。

これらの修復費用などバカにならんだろう。

ただでさえ最近はマドカにビールも日本酒も…というかアルコール周りは没収されているんだぞ。

この修復費用を負債させられるとなるとこの先当面ビールの一つも飲めなくなるだろうが!

 

「そりゃそうだけど…先に抜刀したのは千冬姉だし」

 

「学園内部では『織斑先生』と呼べと繰り返し言っているだろうが!」

 

「いや、今更過ぎるだろ、それにどこに反応してるんだよ。

それと、ISを展開してるのは千冬姉だけだし」

 

「…む…」

 

「それでも納得できないのなら、『勝者の特権』ってことにしといてくれよ」

 

「調子に乗るなぁっ!」

 

「いぃっ!?」

 

今度ばかりは()を振りぬいた。

水平線の向こう側にまで吹き飛ばしてやりたいところではあるが、場所の都合を考えてアリーナの端から端まで吹き飛ばす程度にしておいた。

都合よくグラウンドへ通じる通路の方向へと吹き飛んだようだしな。

 

さて、一暴れしたからか空腹だ。

今から弁当でも…

 

「…あ…」

 

足元に転がっていた。

ランチジャーはへしゃげ、中身が散乱して床にブチ撒けられていた。

…はぁ、昼飯は抜きか…

 

それに…それだけでは済まなかった(・・・・・・・・・・・・)

暮桜の拳を矢が貫いている。

あの反応速度、尋常ではないぞ…。

 

 

 

Melk View

 

ザシャァァァッッ!!!!

 

そんな音に驚き振り向いてみると。

 

「お、お兄さん!?」

 

「…影踊(かげろう)流柔術『陽贋跳(ひがんばな)』っと…」

 

何か呟く声が聞こえましたけども…えっと…?

 

「ん?メルクか、どうした?」

 

「いや、あの…お兄さんこそどうされたんですか」

 

「俺か?ん…そうだな、まあ、軽く吹っ飛ばされただけだ」

 

は、はあ、吹っ飛ばされたって…。

お兄さんが吹き飛んできたのだという方向は、円状廊下に繋がっているであろう通路。

私達がいる場所から10m程前方から続くのは2条の水平なライン。

勿論、というか…そのラインは地面を削られて作られていました。

 

「やれやれ、片足で受けてここまで吹っ飛ばされるとはな、どんな腕力と膂力だよ…。

しかも生身の人間にISで殴るか普通…。

ただでやられるつもりはなかったから矢を射ったが…」

 

…えっと…お兄さん、かなり物騒なこと呟いてますけど…。

 

「ん?何やってんだ、あれは?」

 

お兄さんが視線を向ける先には、体育委員会の人がグラウンドのあちこちに何かを置いている…?

 

「あ、午後の競技の準備ですよ」

 

「まあ、それは判るんだが…あの箱?とか、天幕のようなものは何に使うんだ?」

 

「午後の最初の競技に使う予定だとかで…」

 

ポケットに入れておいた競技プログラムを見てみる。

競技の名前は…『仮装障害物競走』。

…チームの人にせがまれて私も出場が決まってる競技だったり…。

 

「あ、お兄さんも出場することになってましたね」

 

「…忘れてた」

 

あ、あらら…。

妙なところでお兄さんがうっかり…。

こういう姿を見られるのって本当に珍しいです。

でもまあ、早朝に訓練したりとかしてる辺りはしっかりしてますけど、自分の体の疲労だとかを全く考慮してないところを考えると、『自他共に厳しく』といえる具合。

でも…『自分の身のことには無頓着』とか言えるかもです。

 

「あ、そうだ、言い忘れてました、お兄さん!

お弁当美味しかったです!」

 

「そうか、そりゃ良かった。

…俺は朝飯も昼飯も抜きになったけどな…」

 

「?」

 

「いや、何でもない。

昼からの競技も頑張れよ」

 

 

「はい!」

 

 

 

Kanzashi View

 

一夏が殴り飛ばされたのに唖然としてしまってから数秒、私の意識は現実を認めてから立ち直る。

 

「あ、あの…千冬(義姉)さん…?」

 

「ん?何だ?」

 

「やりすぎだと思うんですけど…」

 

廊下に残っているのは壁面や床や天井に残された斬撃の痕ばかり。

うん、どう見てもやりすぎだと思う。

マドカも苦笑してるほどだった。

 

「あの愚弟め、何のために休学させたと思っているんだか。

普段から働きすぎだから休ませようと思っていたが、その時間さえも修行に研究に料理にと…とんだ過剰労働中毒者(ハードワーカーホリック)だ…」

 

一夏が家事万能人になったのは千冬(義姉)さんのせいでも在るんだと思うんだけど、これは言わないほうが良さそうだった。

 

「休憩時間も残り僅かだな、まったく…」

 

「姉さん、暴れるのに夢中で時間とか全く見てなかったんだね…」

 

「………」

 

あ、千冬(義姉)さんが沈黙してる。

なかば認めてたりとかしてそう…これも言わないほうが良さそうだった。

 

改めて一夏が吹き飛ばされた方向を…アリーナのグラウンドに視線を向けてみる。

信じられないことにも、殴り飛ばされた筈の本人は何もなかったかのようにメルクと会話してるのが見えた。

なんであれで平気なんだろう…?

 

 

 

 

Ichika View

 

影踊(かげろう)流柔術『陽贋跳(ひがんばな)』。

ギリギリのタイミングではあったが成功だったな。

相手からの刺突系統の攻撃をされた際、相手が持つ武器を握る()を足裏で受け止め、そのまま足をバネにして一気に後方へ後退する技術だった。

今回は千冬姉は暮桜で殴り掛かってきたため、足場に出来る手の表面積が大きかったからある程度は容易だった。

仕返しとばかりに矢を射ったけどな。

 

それでも此処まで吹っ飛ばされるとか予想外にもほどがある。

どんな腕力と膂力だよ、これなら水平線の向こう側にまで吹っ飛ばされるのもそう遠くは無さそうだ。

今まで以上に回避技術や柔術も学んだほうが良さそうだな、修行のプランももっと付け加えたほうが良さそうだな。

着地した瞬間から地面を抉りながら減速したせいで地面には二条のラインがクッキリと残っている始末だ。

 

修行を付け加えるとしたら…今でも朝は4時起きにしてたが、3時起きに早めて…。

あ、そういえばスケジュール帳をまだ返してもらってなかったな、誰が持ってるんだ?

 

「お兄さん?どうしました?」

 

「いや、休学前に預けたスケジュール張はどうなったんだろうってな」

 

「えっと…あちこちのスケジュールが削られて、小さいスケジュール張に纏められて、本来のスケジュール張は…」

 

ほうほう、中身が改められたのは俺も知ってるぞ。

んで、俺が使っていたのはどうなった?

 

「織斑先生が…」

 

が、どうした?

 

「シュレッダーに…」

 

予想のはるか斜め上をいく状態になっていた。

おいおい、人からスケジュール張をぶん取っておいてシュレッダー行きとかどういう思考回路してんだよ。

呆れる以外に無い。

 

「仕方ない、これからは予備のスケジュール張を使うか」

 

以前から使っていたアレは厳馬師範からもらった品だったが、予備が無いわけじゃない。

予備だって用意しているし、もともとの物の中身もそっくりそのまま書き写しておいてある。

中身がぎっしり詰まってたから書き写すのに徹夜した日もあったりするんだが…。

虚さんにもスケジュール管理技術とかも教わってるから、それなりに上手く予定の調整も出来てる筈だったんだがな…。

 

「え?予備があるんですか?」

 

「ん?そんなに不思議がることか?

スケジュール張だって一応消耗品に入るんだから予備を用意しとくもんだろ?

俺としては生活必需品にも入るんだし」

 

「えぇー…」

 

おい、なんだその視線は?

時折こんな目を向けられる、首を傾げたいのはこっちだぞ。

それに背表紙にも書いてあっただろ。

 

我がスケジュールに一片の死角無し

 

ってな。

 

 

「お、簪にマドカ。

千冬姉は戻ったのか?」

 

「う、うん、姉さんなら戻ったよ…体は大丈夫なの?」

 

「おう、この通りピンピンしてるよ」

 

そう答えた瞬間から妙な視線を向けられた。

だから何なんだお前らは?

 

「昼休憩の時間が終わるまで少し時間があるから訓練でもしてみるか?」

 

「やります!」

 

一番最初に返事をしたのはメルクだった。

 

「「じゃあ私も!」」

 

っつーわけで訓練開始だ。

俺は両手に刀とナイフを握る。

メルクは両手に十字剣を、マドカは両手にナイフを、簪の場合は薙刀を。

それぞれが得意としている獲物を握って構えた。

 

「んじゃ、開始だ!」

 

さぁて、昨晩は面倒だったからさっさと終わらせたが、今回は少しばかり時間を割いてみようか。

それに白騎士から学んだ剣技を試すにはちょうどいい、体に慣らしておこう。

 

 

 

Laura View

 

兄上お手製のお弁当を食べ終えてからアリーナに戻ってきたが…凄まじいとしか言えない光景を見てしまった。

(姉上)、メルク、マドカがそれぞれが手に武器を握って兄上を相手に訓練をしている。

1対3の状態にも拘わらず、兄上は全く苦も無く、…それどころか余裕をもって捌いている。

昨晩の1対8の状態でも数秒経過した時点で圧倒していくほどだったから、今の状況など余裕にもほどがあるのかもしれない。

その証拠に、兄上は笑みを崩さない。

オマケに汗の一筋も流していない…。

この三週間でどれほど厳しい訓練をしてきたのかは私にも判らない。

やはり兄上は凄い…。

 

『ラウラよ、彼の者はなかなかに見事だな』

 

「お前もそう思うか、リヒトー」

 

『三週間前に比べても力量が跳ねあがっている。

(それがし)達のAIC(慣性停止結界)はもう彼の者には通じない。

刃を幾ら振るおうとしてもその悉くを往なされるだろう。

うかうかしてられんな』

 

「ああ、まったくだ」

 

刃を咬み合せ、火花を散らし、それでも笑みを崩さない。

時に突き出される刃すら足場にし、刹那に背面からの斬撃すら見ずに受け止める。

それに…刀を振るう瞬間が見えない(・・・・)

気づいた時には既に振るわれた後という状態だ。

そのため、三人がかりで真正面からきりかかろうと、見えない壁に弾かれるかのようだった。

 

「速い…」

 

刀だけではない、振るわれる動作も、振るわれている筈の腕すら見えない。

兄上は…まだあんな隠し弾を持っていたのか…!

あの太刀筋には見覚えがある。

二年前、駐屯地で兄上と白兵戦等をした時だった。

私の眼帯を弾き飛ばした際のアレに似ている。

『居合』だったか、今の太刀筋はそれ幾閃も繰り返しているかのようだ。

あまりにも速すぎる。

一つ一つの太刀筋が居合のそれとも言える速さで振るわれている。

 

「教官をも超えているのでは…!」

 

姉上の薙刀に対し、跳躍して回避。

その薙刀に着地し、足場にしただけでなくさらに跳躍して姉上の背後に回る。

地面に着地する寸前にマドカのナイフが投擲される。

その照準は着地するであろうタイミングに足場とする場所。

それすら読んでいたのか、兄上は足での着地を捨て、刀の切っ先を地面に突き刺す。

狙いはハズレ、マドカのナイフが地面に突き刺さり、兄上には掠めることすら叶わない。

刀の切っ先だけで逆立ちの状態から地面に今度こそ両足で降り立った。

瞬間、メルクが動く。

両手の十字剣を逆手に構え、左右から殴るかのような勢いで斬りかかる。

それすらも、見えない壁に防がれるように火花が散る。

最後に跳躍してからの回し蹴り。

だが、その蹴撃は受け流されている。

 

「はきゅっ!?」

 

ひっくり返り、仰向けの体勢で転がされている。

メルク起き上がろうとした瞬間、脇腹を掠めてナイフが落下した。

 

「あれは…⁉」

 

兄上のナイフではなく、マドカのナイフ…⁉

 

『先程投擲されたナイフのようだな。

地面から刀を引抜いた瞬間に上空へ弾き飛ばしていたようか。

いや、あの小柄の少女との剣戟の最中かもしれんな』

 

見えなかった…だけでなく、気付かなかった(・・・・・・・)

あまりにも速過ぎる。

 

だが、あと数センチでも間合いを見誤ればメルクの腹に突き刺さっていたのかもしれない。

 

『いや、彼の者であればそれすら見越して再び弾き飛ばすことも容易だろう』

 

「すでに見越していたのか…」

 

兄上は強い。

多少の美化が入るかもしれないが、兄上は白兵戦闘になれば、この学園の誰よりも強いだろう。

 

『美化があろうと無かろうと変わらぬであろう?』

 

「まあ、そうだが…」

 

この瞬間にも兄上は微笑を崩さない。

 

「まだやるか?」

 

その兄上の問いに三人は…白旗を振っていた。

私も同じ立場にいれば白旗を振っていただろう。

 

そう考えている最中、昼休憩時間の終了を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 

「よし、じゃあ続きは放課後にな」

 

「「「えぇ~…」」」

 

キン、と響く鍔鳴りの音。

刀とナイフを鞘に戻しながらも兄上は今後の訓練内容を考えていそうだった。

これは…私も参加せねばならないな。

 

 

 

Ichika View

 

簪たちとの訓練も終わり、少しだけ気分が良い。

この三週間で身に着けた技術も大半が体に馴染んでいる気がする。

絹江さんが言っていた『静と動』というのは居合に概念が似ている。

刃を振るう一閃、その際に筋肉を連動させる。

振るう際の『動』と振るう前後の『静』。

静を『0』とするのなら『動』は100%のスピードで。

その急激なストップ&ゴーを自在に繰り出せるように訓練を繰り返す必要がある。

そもそも、鏡の大地で白騎士が俺に叩き込もうとしていたのがこの剣技だった。

だが、俺はまだまだ未熟だ、努力を重ねていこう。

 

実際、この技術は『無影(むえい) 月皇(げっこう)』には相性が良さそうだ。

さぁて、今後の修行も忙しくなりそうだ。

 

「そうだな…夜間の訓練時間を延長して、それと朝も起きる時間を早めて時間の確保をして…」

 

「一夏…少しは自分の体も労わってよ」

 

時間なんて有限なんだから有効活用しないと駄目だろう。

さぁ、今後も忙しくなるぞ。

あ、この後も忙しくなるんだっけか。

嫌な予感がするなぁ、仮装障害物競争。


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