Ichika View
休学をしている間はどうにも暇で暇で仕方ない。
懐石料理作ってからというもの、料理人も料理長もorz状態なので、自分の食事は自分で作ることになっている。
同時作業で、料理人や料理長、そのほかの使用人の食事に、先代当主夫妻の分も作っている。
まあ、その分の給料まで出てくるから文句は無いけどさ。
懐かしくもここの厨房で働かないかと勧誘されたり、料理長の任を譲るとまで言われたことに関しては気分が複雑だよ。
いっそ外国に簪を連れ出して永住でもしてやろうかとさえ一瞬考えちまった。
それから時間があれば『陽絡舞』の会得と『絶影流』への取り込み方を試行錯誤の繰り返しだ。
今日は奥方である絹江さんを相手にして稽古をしている。
この人もこの人で正直侮る余地なんざあるはずもない。
木刀は即座にへし折られるどころか、『斬られる』ため役に立たない。
その為にも試合開始後0.2秒で刀を抜刀している。
辛うじて視認出切る程のワイヤーが射出される。
それをナイフで弾く。
だがそのワイヤーが蛇のごとく動き、刀の籠鍔に絡みつく。
「そう、れ♪」
上下が反転し、天井に叩き付けられる。
その0.2秒後には壁面に、続けて床へと落下した。
「…らぁっ!」
ナイフでワイヤーを斬る。
続けて
「『深月』!」
刀を横なぎに振るい、斬撃を飛ばす。
「あらあら♪」
幾明後日の方向へ飛ばされたワイヤーが庭石を引き寄せ、斬撃を防ぐ盾になる。
時には身を隠すほどの木片だの角材だのを盾にして防がれる。
まさに変幻自在、千変万化。
刃にもなり、盾にもなる。
だが、深月すら囮にし、一気に踏み込む。
鋼糸の端を足場に、背後へと跳躍。
壁面を足場に、押しをバネにして背後から刀を振るう。
「『月閃光』!」
「甘いですよ」
右腕にワイヤーが絡みつく。
やばい、斬られる!
呻るワイヤーを体を回転させてかろうじて避ける。
それでも手の甲をかすめ、赤い液体がダラダラと落ちる。
鋼糸の弱点は知っている。
だが、その為の動きを悉く読まれてしまっている。
近寄らせてくれない。
それどころか、未だに一歩も動かせていない。
「ジッとしていては捕まりますよ」
「ええ、判ってますよ!」
「以前にも教えましたね、『臆裏陽』の欠点を」
一歩目で最高速にまで引き上げる、だがその構えが大きすぎる。
構えが大きければ隙も多い、そしてその軌道は一直線か、一直線に近いものに固定されてしまう。
俺はそう教わっている、そしてそれは実際にその通りだった。
横なぎに振るわれる4閃の鋼の糸。
そこからスライディングへと切り替える。
頭のわずか上をワイヤーが薙ぎ、前髪が数本、数ミリ斬り飛ばされる。
「…む…」
だが今度は弦の如く縦に4閃振るわれる。
爪痕と言わんばかりに床板を斬りながら迫るそれを
「ぜぁっ!」
横なぎに振るう刀で弾く。
「穿月!」
とった!
ドカァンッ!!
背中に感じる激痛。
そして上下に逆転した視界。
その中央には未だに微笑を浮かべた絹江さんが佇んでいた。
「近接戦闘が苦手だなんて言った覚えはありませんよ♪」
「ゲホッ…!」
辛うじて見えた。
俺が刺突を繰り出した際、その腕を捕まれ、そのまま投げ飛ばされた。
受け身を取ろうとしたが、それすら出来なかった。
一瞬、それこそほんの一瞬の隙に足をワイヤーが絡められていた。
そのすぐ一瞬後には壁面に叩き付けられていたというわけだ。
「もう少し、だったのにな…!」
「ええ、もう少しですね。
ですがその最後の一歩があまりにも遠いようです」
ああ、その一歩が果てしなく遠い。
だけど、諦めるわけにはいかない!
再び刀を握り、ナイフを握りしめる。
「さあ、掛かってきなさい!」
「承知!」
あまりにも遠いだろうと諦めてやるつもりはない。
俺が目指す背はさらにその向こう側にある。
俺が手を伸ばせども未だに届かない場所に手探りで向かうには、今の俺の力だけでは届かないのかもしれない。
それでも、諦めたくない理想があるんだ。
視界が、再び黒白に染まった
Tatenashi View
書類仕事も一区切り付き、久しぶりに簪ちゃんと一緒に帰宅をしたわけだけど…信じられない光景が目に入った。
「…道場が…壊れてる…?」
倒壊にまでは至ってはいない。
何があったの…?
「な、なにがあったの…?」
障子だとか、扉もあちこち吹き飛び、ただの木片となってあっちこっちに飛散していた。
母さんの着物の袖口に隠されている、それこそ母さん専用の射出機。
それが二つとも両断されていた。
「ちょ…襲撃でもあったのかしら…!?」
「でも、なんで道場だけが壊れてるの…!?」
そう、屋敷は比較的無事だけど。
いや、ひっかいたような傷が少し見受けられる。
これは母さんが本気を出したんだろうけども。
いや、本気を出さなきゃならない人が千冬さん以外に居るの…!?
「痛て、骨が軋む…!」
「その若さでそんな事を言ってはいけませんよ」
…居た…。
瓦礫の一部を一緒になって片づけている一夏君と母さんが。
母さんが普段から好んで着ている着物はといえば、袖の辺りだけが斬り裂かれている。
…悪い言い方だけど、父さんと双璧をも成す母さんを無力化させたらしい。
寒気がする。
中学二年の段階で一夏君は…本気を出していたわけではないけれど、父さんに勝利した。
ただの一勝、それに喜んではいたのは私は確かに覚えている。
でも、その喜びは一時だけに、それ以降も鍛錬に励み続けた。
まだ、まだ自分には何もかもが足りないのだと言い聞かせるかの如く。
千冬さんから直々に剣術を叩き込まれ、ドイツ軍式軍隊格闘、柔術、
それを一部分だけとはいえ人に伝授するに至る。
そして今、唯一習得に至らなかった技術を無理矢理に自分のものにしようとしている。
『阿修羅』『夜叉』『羅刹』
それらの言葉ですら一夏君には不釣り合いなほどに…。
でも、それは一夏君らしいといえるのか、判らなくなってきていた。
自分が負傷することすら、まるで当然の事とばかりに平然と受け入れている。
生き残ることよりも、勝つことだけを求めているようで…それも生存本能を欠如させてしまっているからかもしれない。
「あれ、二人ともどうしたんだ?」
「あら、今頃気づいたのかしら?
それともそんなに母さんとのお掃除が楽しかった?」
「い~ち~か~?」
「痛い痛い痛い痛い」
背筋に走る寒気を振り払うように、普段と同じように振る舞って見せる。
けどやっぱりいつもの一夏君の様子に安心。
簪ちゃんが一夏君の背中をつねっての痴話喧嘩。
互いにが互いまっすぐなのにねぇ。
Ichika View
影踊流奥伝『陽絡舞』の習得と、その技術を絶影流への取り込みの最中…というか強制的に押し付けられた休学期間中、この二人が帰ってくるとは思ってもみなかった。
いや、二人の実家だから文句を言うことも出来ないけどさ。
「んじゃ、改めて…何か学園でありましたか?」
「あら、心当たりが無いとでも言いたいのかしら?」
そう言いながら楯無さんは扇子を広げて顔の下半分を隠す。
広げた扇子には『呆れる他に無し』、いや、ンな事を言われましても。
「学園に戻ったらメルクちゃんとマドカちゃんが泣きついてくるわよ?」
…いや、心当たりが無さ過ぎて本当に判らない。
無理矢理に休むように言いくるめ、その相手に文句とか理不尽過ぎる。
ブツクサ言いながら楯無さんは俺が作った懐石料理に箸をつけ、口に運ぶ。
…なんか知らんが、スッゲェ落ち込んでた。
生徒会の仕事が大変なのかもしれない。
まあ、俺は学園を休学している期間、合計三週間は引っ込んでいるから手伝うことも出来そうにない。
ってーかコッチはコッチで技術習得で忙しいんだから構ってる暇はない。
最後の一歩が果てしないにもほどがある。
「一夏、お姉ちゃん、茶わん蒸しが出来たよ~」
今回のこの懐石料理、ある予定のために作る予定だったのだが、休学を言い渡されて結局学園で作る機会が失われてしまっていた。
その代わり…とまでは言わないがこっちで作ることにして。
料理長が壁だとか柱に頭を打ち付けているのは…俺からすれば管轄外だ。
毎日その繰り返しなので、スルーすることにしている。
「う~ん、簪ちゃんが作ってくれた茶わん蒸し、美味し~♪」
…まあ、この人もたいがい現金だよな。
そう思いながら俺も茶わん蒸しを食べてみる。
うん、美味い。
「学園はどうなってますか?」
「毎日大忙しよ。
一夏君が組んでいたスケジュールは流石にすべては捌ききれないから…」
俺からしても
「あちこち切り崩したのよ。
お陰様で専用機所有者だとか、企業代表の子とかの援助もあって切り盛りできてるわ。
あの
…かなり切り崩したらしい。
まあ、風潮に乗ってる輩共を見返してやるつもりは特に無い。
だがまあ、訓練には真摯に取り組む者もいたため、どうにも見捨てるようなことはできなかった。
人に何かを教えることはそんなに嫌いでもなかったし、それをしている最中にでも人から教わることも少なくない。
それは訓練だけに限らず、料理だとか開発の場合も同じだ。
とはいえ、教えている側としての面子を保つためにもいろいろと学んでいる。
時間が足りなくて、寝る時間だとかも消費しているのが現状だけどさ。
…それを気遣われてしまっていては本末転倒な気がしないでもないが。
「にも拘らず、一夏君ってば休養のために与えられた休学期間を修行に取り組むだなんてね」
「もしかして一夏って、ジッとしているのが落ち着かなかったりするの?」
酷ぇ言い様だ。
まあ、それは確かに否定はしないけどさ。
「そこまでガキじゃないさ」
「そうねぇ、体力が生半可じゃないから子供よりも殊更にタチが悪いもの♪」
…本当、酷ぇ言い様だ…。
「で、そんな一夏君を見張る為に千冬さんから言い渡されてたってこと」
…見透かされているらしい。
もう今日だけでとんでもないほどに屈辱だよ。
続く話では、今日と明日は二人に監視されるらしい。
…修行がやりにくいなぁ…実家じゃなくて更識家に居るのも見抜かれてるし…。
夕食も終えてから推し進められるままに放り込まれた大浴場にて汗を洗い流す。
今日一日だけでもアチコチ擦り傷切り傷打撲に打ち身ときたもんだ、まあ、その分は多少は力がついたものだと思いたい。
天井を見上げながら今日一日、修行内容を思い返してみる。
…早い話だが絹江さんとの模擬戦だ。
一瞬で木刀を切断された。
その一瞬後には刀を抜刀、だが結局はいいように振り回された。
天井や壁や床に叩き付けられ、一歩も動かすには至らなかった。
飛来する斬撃も、木片だとか、岩を楯にされて受け止められた。
時には、太刀筋そのものに干渉され、外すザマだ。
接近しても柔術で投げ飛ばされたりの繰り返し。
届いたかと思えば、射出機を楯にされ、鉄扇での応酬に切り替えられた。
……思い返してみればあのひと、師範よりも強くないか?
実は更識家って…女系の家じゃなかろうかとさえ思えてくる。
当主は歴代女性だったとか…なんかありえそうな話に思えてきた。
…あの尻に敷かれている師範を思い浮かべる。
……あながちありえない話でもなさそうだ。
「傷のほうはどう?一夏?」
「ああ、また傷だらけだ…よ…」
……なんで簪の声?
チャプンと音が聞こえる。
「あったかい…けど、ちょっと熱いな…。
一夏って相変わらず熱め湯加減が好みなんだね…」
隣にバスタオル一枚の簪が来訪されてました。
『おい、どこ見てやがる。
とっとと出ろぉ!』
そんな黒翼天の声と
『ええ~、このままママとパパと一緒に入ってても良いでしょう~!』
こんな輝夜の声が脳裏に響く。
『フフフ、どうするのかしらね?』
そんな聞いたこともない声が聞こえてきた。
んで、俺がとった行動はといえば…。
「……なんでこうなるんだか」
浴槽から出ようとした手を鷲掴みにされて逃げるに逃げられなかった。
なんで戸を開ける音が聞こえなかったのかと思うと、天羅が空気の流れを部分的に、一時的に止めていたんだとか。
そりゃあ空気振動がなければ音は伝わるわけもないわな。
輝夜と同様にはっちゃけてるのか、天羅は…。
俺としては傷を見られるのが嫌なわけなのだが、簪は俺の傷跡を見ても、反応しなかった。
思い返してみれば、臨海学校での福音との決戦後、精密検査を受けることになって立ち会っていたっけか。
なお、先程まで『風呂から出ろ』と喧しかった黒翼天も、今は簪の言葉に折れている様子だ。
簪には比較的従順なのな、お前は。
昨日と同じ今日
隣に居てくれるだけでも得られた安堵
今日と同じ明日
それすら失われてしまうのではないかという不安
次回
IS 漆黒の雷龍
『獄雷冥魔 ~ 背傷 ~』
た、たす…たす…助け…て…