Ichika View
流石は天才、こっちが言いたいと思っていたことを先に言ってのけてくれた。
「…で、この男がまさか『切り裂きジャック』張本人とか言ったりしませんよね?」
「まあね、いくら私でも一世紀以上前の殺人犯なんて特定しようもないよ」
まあ、そりゃそうだろう。
仮にその張本人が生きていたとしても、年齢は軽く100を超えている。
しかも過去の時代での捜査など限界も有っただろうし、今更特定したところで墓の下か、野垂れ死んだか犬死にした人間の逮捕も出来はしないだろう。
そもそも『ジャック』とは不特定人物を揶揄する言葉でもある。
すっ飛んだ言い回しなんかしないでほしいところだ。
「で、結局正体不明なわけですか」
「そういう事♡」
その言葉に、この場に集った全員が肩を落とした。
千冬姉なんざ本気で頭を抱えてる始末だ。
師範も溜息をこぼしている、更識家は裏の世界に於いては情報のエキスパートとしてもその銘が通っている。
それでも判明しなかったということは、それこそ正体不明の男ということなのだろう。
「でもね一夏君、思わぬ所で手掛かりになるようなことがあったわ」
「手掛かり、ですか?」
「私です、お兄様」
今まで端末の前で沈黙を続けていたクロエが立ち上がる。
そして、その手を自身の胸元に当てた。
そのまま首を傾げ、「もうお判りでしょう」と閉ざされた双眸の向こう側から視線で告げてくる。
「いえ、『
「成程、そういう事かね」
「みたいですね、父さん」
ああ、そういう事か。
師範も楯無さんも察したと言わんばかりの口調だった。
俺とてクロエの最後の言葉を聞き、半ば察してしまった。
「『
『クロエ・クロニクル』、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』
この二人はドイツ軍が戦闘を目的として作り上げた人型人造兵器として人工的に、そして機械的に製造された存在だ。
だとしてもこの男が人工的に作り出されたその
年齢にしても、この男がクロエ達よりも遥かに…というか10は上だろう。
「一夏君、君の考えてることは何となく理解してるけど、少し違うわ」
「…顔に出てますか、俺?
まあ、それはともかくとして、他にどういう考え方があるというんですか?」
「『
…ああ、そうか、そういう事か。
クロエやラウラに対し、俺は何も変わらぬ人間として接していたから、その可能性を完全に忘れてしまっていた。
だが、クローン体を作り出すためにもいくつも問題となるものがある。
動物のクローン体の完成はいくつか聞いたことがある。
人間でいえば
彼女たちは調整をされているから、人間としての寿命も全うできるのかもしれないが、それ以外で人間のクローン製造は聞いたことがない。
人間の細胞分裂現象は、上限回数が定められているとされている。
テロメア、とか言ったっけか、それに情報が書き込まれているとかなんとか多少齧った覚えがある。
だが、クローン体はそれが短いらしい、それゆえにクローン体は寿命が普通の人間よりも短くなってしまう、生命が健康に保たれたとしても、神経系統から衰弱死、長くて十数年の寿命、とかだったか。
死が見えた状態での生命の製造が、人道的にも倫理的にも蔑視され、それが今では異端視されてしまっている。
事実、ドイツではすでに
それはISの登場も関係しているが、今の話からは外しておこう。
「つまり、この男はどこぞの誰かの肉体から作り出した、と?」
千冬姉の視線に臆することもなくクロエは言葉をつづける。
端末に別の情報が映し出される。
…もう俺にはこれが何なのかもわからない文字が羅列されているものにしか見えない。
少なくともドイツ語のようだが。
「そうです。
遺伝子配列から分析してみた結果、私やラウラの製造にも使われていた強化素体用遺伝子配列が組み込まれていました」
「だが、まだ問題があるだろう。
この男の年齢についてはどう考えるつもりだ?」
そう、そこが問題だ。
ラウラやクロエから聞いた話でも、
いくら
15歳のクローンは15年の時間をかける必要があるというわけだ。
幾らベースとなる遺伝子情報が在ったとしても、20歳を上回るクローンを作り出すことなんざ出来るはずも無いだろう。
だが、それが固定観念になっているのかもしれない。
裏を返してしまえば…
「20歳を超えたクローンを、それだけの時間もかけずに製造した、という事か?」
「その可能性が非常に高いと思います、お兄様」
…ああ、そうか、そういう事か。
『殺しに舞い戻ってやる』、その言葉の意味がようやく理解ができた。
あの場でコイツが死んでも代わりのクローン兵が存在していたという事か。
まあ、この話が事実なら、敵勢力の兵力は無尽蔵だ。
「だとしても、あの言葉が引っかかるな…」
『
「どうした、一夏?」
「いや、何でもない」
俺はあの男とはあの場での接触が初めてだったんだ、それは間違いない。
次にあの男が接触して来ようものなら、また斬るだけだ。
「同じ顔、同じ姿の人間が無尽蔵に作られている、そう考えるべきか?」
「最悪の場合は、それも可能性の一つとして考えるべきかと」
厄介な問題がまた一つ生まれた。
そしてISに対して優勢に立てる軍需産業が判明した瞬間だ。
戦闘用に開発された兵士を大量生産、それをいくつでも作れる訳だ。
それを開発している拠点は未だに判らない。
そんな人工兵士がどこぞで人身売買よろしく取引されていたらどうなるか。
まあ、世界には人に知られていない地下水脈が大量に存在しているとか聞いた覚えもある。
早い話、抜け道も販売経路もテロリストの連中からすれば確保されている状態だ。
俺が相手をしたのがそのうちの一基なのかもしれないが、奴は銃器のような火力で挑んできた。
近接戦闘、射撃戦闘、そんな風に仕分けられて開発されていたとしたら?
どこぞの組織が非常に強力な軍団を所有したのと同じ状態になる。
取引されているのが確実だとしたら殊更に厄介だ、個数が限定されるISよりも、大量生産品のクローン兵が売れるのは確実。
ありとあらゆるISに共通する欠点、それはISが保有できるエネルギーだ。
エネルギーが切れてしまえば、展開も維持できなくなり、最悪は鋼の棺だ。
だが生きた兵士、それも取り換えの利くクローン兵であればどうだ?
スタミナが尽きようとも代わりになる兵士が吐き出されるだけだ。
世界の戦場は、クローン兵が支配することになる。
そしてクローン兵は生きた兵器。
そう、
足りなくなったら補充するだけ。
世界中の軍の将校などは危険を冒すこともなく功績を得て、机の前に踏ん反り返っているだけでよくなる。
消費され、傷つくのはクローン兵だけで済むのだから。
現実、クローン兵は、自分がクローンであることを自覚しているみたいだった。
『殺しに舞い戻ってやる』
その言葉はその証左にもなりうる。
自分が死んだとしても、補填が利くことを理解して死ぬ。
皮肉な話だ、死んでもなお生き返った俺と、替えの利くクローン兵は、共通して生存本能を持ち合わせていないのと同じだ。
「そのクローン兵が製造されている拠点を潰さねばならないな。
そうでもしなければ、世界中で大混乱が起きる」
「ですね、だがその手掛かりになるものが今回は手に入らなかったわ。
装備も大量生産品で手掛かりにならない、アーミージャケットも、世界中の軍の物が使われていたようで、掴めないもの。
手掛かりがあるとすれば、一夏君がどこからか手に入れたという情報」
亡国企業の内部情報と、拠点の一つの在処、というもの。
俺も多少はその情報は見ている。
組織の内部ではクーデターが起きつつある。
実働部隊の抹消と、その代わりになる新たな実働部隊の編成が執り行われている。
拠点の一つというのは、京都府のどこか、というあやふやな情報だった。
単純に『京都府』といっても結構広い、そんな中で何らかの拠点を探し出さなくてはならないというのだから。
まだまだ先は長い。
「一夏、お前はこの情報をどうやって入手した?」
「倉持技研が襲撃を受けて、同時に学園も襲撃を受けていると千冬姉に教えられた際だ。
艦隊だの、上空からの襲撃に歩兵部隊、流石に人手が足りなくなった」
…もう隠す必要も無いだろう。
なら、洗いざらい話してしまうべきだ。
「所属、搭乗者、製造者、それらが一切不明のISが戦場に乱入してきた。
そいつは俺に学園に向かえと促してきた、信用できないといって俺は残ろうとしたが、代わりにこの情報を提供してきた。
どうやら襲撃者とは別の場所から来た、とだけは判ったがそれだけだ」
信頼はしていない、だが少なくともあの場だけでの信用はした。
そのうえで俺は学園へと飛び立った。
これは俺の完全な独断行動でもある、責められようとも文句の一つも言う気はない。
「その後、技研への確認もしてみたが、艦隊は壊滅。
襲撃者達は捕縛されていたが、襲撃者が使っていたISコアは奪われていたよ。
信じてもらえますか?」
「私は信じる」
真っ先に応えてくれたのは簪だった。
その声は正直にありがたかった。
「まあ、良かろう。
お前は隠し事も嘘も下手な奴だからな、信じておこう」
「ありがとな」
一部余計な言葉もあったけどさ。
信じると言ってくれるものは次々に現れる。
その反応に俺は安心していた。
「だが、判らぬことがまた一つ増えてしまったようだな」
厳馬師範の言葉に俺もうなずく。
技研で対処に追われていた俺に手助けをしてくれた謎の搭乗者。
女であることは判り切っている。
だが、それだけだ。
何者であったのか。
何処から参じたのか。
何故俺に手を貸したのか。
何故学園の状況まで知っていたのか。
……もしかしたら、俺は面倒な問題を一つ増やしただけじゃないのか?
馬鹿か俺は!?いや、莫迦だけどさ。
「…一先ず、今日は解散だな。
では、各自今後の…」
千冬姉がその続きを言おうとした瞬間だった。
~♪~♪
そんな着信音、発信源は厳馬師範だった。
…ん?心なしか師範の顔が青褪めてきているんだが?
あの着信音『荒城の月』は、確か奥方の絹江さんからだったらしいが…。
ちょっと、師範、まさかとは思うんだが…
「わ、私、だ…」
青褪めていた顔が一気に紫色へと変色していった。
チアノーゼでも起こしているようにしか見えない。
「し、仕方なかろう!?
刀奈と簪、それに一夏君やマドカ君も心配だったんだぞ!
ここは父親としてだな…」
何故だろうか、電話口の向こう側から何かが割れる音が断続的に聞こえてくるんだが…?
あ、師範の顔が燃え尽きたかのように真っ白になっちまった。
「はい、今から急いで帰ります…」
精も根も尽き果てたかのようにフラフラと歩き出す。
見ていて夢遊病者のソレだった。
…また仕事をほっぽり出して学園にすっ飛んできたのだろう。
奥方が何をしていたのかは…さして問うまい。
楯無さんも簪も、もはや苦笑いだ。
師範が先代『楯無』だったのか少しばかり怪しくなってきたな…。
「どうやら師範は仕事をほっぽり出していたようでな。
絹江さんから私に先に連絡が入っていた。
絹江さんは師範が秘蔵していた酒を悉く廃棄していたらしい」
なるほど、瓶をカチ割って中身を廃棄してるってことか。
あの
「あら一夏君、どうしたの?」
「何でもないですよ、気にしないでください」
ここ最近の俺は考えていることが顔に出てしまっているようだし、気を引き締めておかないと。
「今日は解散だ、各自部屋に戻って体を休めておけ」
千冬姉の言葉を皮切りに各々ぞろぞろと部屋を出ていく。
俺も部屋に戻ることとにするが、扉の前で足を止めた。
視線は自然と、あの巨大カプセルに鎖された男に向けられていた。
「…………」
脳裏にこびりついた言葉が蘇る。
『殺しに舞い戻ってやる』と、コイツは確かに言った。
クローンと自覚していた証左たりうる言葉だったのかもしれないが、それ以外の何かが引っかかるのも確かな話だ。
それに対しての答えが見つかるのかはわからない、見つけたとしてもそれが正解なのかも確証は得られないだろう。
「お前は、誰なんだ…?」