IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

176 / 217
夢想蓮華 ~ 狂犬 ~

Outside View

 

「ちっくしょおぉ!」

 

いくつもの培養カプセルが陳列されている区画の一角、そこに声がこだましていた。

白い髪の男は力任せに壁面を殴りつける。

だが、カプセルで培養されていた肉体故にか、その拳は貧弱の一言に尽きた。

手から走る激痛に膝をつく。

だがそれを敗北による苦痛だと自分に言い聞かせた。

組織の中に用意されている兵器を幾つも使い、なおかつ有利になるフィールドに誘い込んだ…筈だった。

少年が欠点としているという情報を得て、閃光弾に銃火器まで使い込んだ。

 

だというのに、傷一つつけることすら出来ずに敗北した。

あまつさえ自分は右目を失い、両腕両足をも失ったにも関わらずだ。

ならば道連れにしようと自走銃火器兵装までをも搦め手として駆使した。

だが、それすら見破られているかのように防がれ、死んだのは己だけ。

自殺防止が施された肉体でできる最終手段…そのはずだったのに。

 

「なんで…なんでだぁっ!

あんなクソガキに…なんで負けたんだ…!」

 

記憶の限りを思い出す。

 

「殺しに舞い戻ってやる…!」

 

今の自分は、それこそ不死に限りなく近い肉体だった。

例え何処ぞで死を迎えようとも、新たな肉体に意識がインプラントされる。

先の戦闘で死を迎えた白髪の男の肉体に。

 

肉体年齢は25歳前後の男の肉体。

鏡で幾度も確認したが、やはり違和感は大きかった。

自分ではない自分の肉体故に。

 

腕や足の長さも違えば、身長もかつての生前の肉体とは差がある。

それ故に、物を掴むにも、間合いの把握に差が出る。

それが戦いの場にも出てしまっていたことも記憶に新しい。

 

「殺してやる…織斑一夏…!」

 

一度ならず、二度も自身に負け犬のレッテルを張り付けてきた少年に憎悪を向ける。

生前の肉体を取り戻すことなどできない。

先の戦いでの肉体は、早々に処分されている。

だが、まだ彼には先がある。

幾度朽ちようとも、野垂れ死にになろうとも、培養されている肉体はまだまだ数に余裕があった。

組織内の兵器も、生前には恐喝紛いなことをしでかしてでも溜め込んでいた。

まだ、まだ先がある。

 

「殺しに舞い戻ってやる…幾度…幾度でもだ…!」

 

かつての相棒であるヘル・ハウンド(冥府の猟犬)はその手にはない。

それ以前に、現在の自分の肉体は男であり、ISを使う事など出来ない。

だが、かの少年を殺すために殺気をみなぎらせるその風貌は、まさに狂気が走ろうとしていた。

 

「どんな手を使ってでもなぁっ!」

 

目は血走り、狂気をあふれさせた罵倒の言葉を吐き出す。

その口端から唾液がこぼれるが、そこには紅い雫も混じっていた。

 

再び記憶を思い返す。

あの少年の普段の言動を。

 

「クソッ!…なんで俺があのクソガキの事を逐一思い出さなきゃならねぇんだ…!」

 

かの少年の普段の行動はおおよそではあるが把握していた時期はあった。

少年は誰とでも接していた。

クラスメイトとも、ほかのクラスの少女達とも。

剣の訓練のためとなれば、常識外の訓練も費やしていた。

ISの訓練となれば、専用機所有者だけでなく、それ以外の生徒とも時間を費やした、それも上級生にも教えを請うていた時もある。

それが昨今は、教える側にも回っている。

そしてそれは早朝から、夜遅くまで時間を費やしている。

正に血反吐を吐くような訓練に修行、鍛錬を行っている。

にも拘わらず、平常時にはその疲れを見せようとしていなかった。

級友には疲れを見せないように気遣っていたのかもしれない。

 

「とことん生意気なクソガキが…!」

 

半面、生前の自分は、周囲にはある程度接していたが、最も信用をしていたのは褐色の肌に黒髪の少女だった。

周りからどのように思われようとも、無関係に思っていた生前の自分が恨めしい。

結果的には『兄貴面なお姉さま』などと呼ばれるようになっていたが、無視していた。

それが原因だったのかは今は判断し兼ねるが、自分に言い寄ってきていた人間は限定されていた。

そんな自分すら恨めしい。

 

多くの者に慕われる少年と、限定的な者だけを近づけた自分。

 

その差は何だ…?

 

受け入れ続ける少年と、拒絶の意志を見せる自分。

 

その境界線は?

 

「ああ、…そうか…」

 

それは懐の大きさの違い。

守るもの数の違い(・・・・・・・・)だ。

 

現在の少年には、守るものがあまりにも多すぎる。

 

家族然り

 

級友然り

 

その他の生徒達も然り

 

学園然り

 

一人の人間では守り切れないような数の存在を守ろうとしている。

 

そう、一人では守り切れない数だ。

 

なら、その全てが一度に危険に晒されようものならばどうなる…?

 

きっとその身を投げ出してまで守ろうとするだろう。

その刹那、少年は脇目を振らずに無防備になる。

それこそ、絶好の機会だった。

 

「オレには失うものが無ぇんだ、テメェと違ってなぁっ!」

 

何もかも失った。

命も、肉体も、尊厳も、誇りも、生命の伴侶とも言える名も失った。

今の自分は名も無い。

失ったからこそ、使いまわしに出来る。

もう、失うものは何も無い。

 

「絶望して死ね、クソガキがぁ…ッ!!!!」

 

狂犬は、至ってはならない蝕みに踏み入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

Ichika View

 

「撃退数、これにて250…と」

 

輝夜を展開し、整備室から繋がるらしい通路に至るまでにそれだけの標的を撃退した。

その兵装のことごとくを切り刻み、四肢を両断し、自害を防ぐために中庭の樹木の枝を即席の猿轡にまでした。

木々の手入れをしている用務員の人に知られたらどんな説教が待っているのやら。

それもこれも、この襲撃者連中に擦り付けるとしよう。

責任転嫁だなんて誰にも言わせない、断じて。

言う奴が居たら、鈴を悶絶させるに至った外道麻婆専門店へ連行の刑にしておこう。

流石に俺もあの店のバイトは二日で辞めたしな。

あ、そういえばあの店は潰れてたんだっけか。

今は蘭が通う学校の理事長が住んでいた筈だ。

 

「山田先生、当初よりも手間取りましたが、敵勢力の鎮圧に成功しました。

他にあれば、座標をお願いします」

 

『更識さんが未だに敵勢力と交戦中です。

援護をお願いします』

 

「了解」

 

座標は、この先の通路のようだ。

密閉空間に近く、輝夜の能力は発揮させられそうにない。

なら、生身で挑むとしようか。

 

整備室奥には、機体調整用のハンガーがある。

そこには生徒の目にも留まらないような仕掛けがあるらしい。

 

「…成程ね、学園の最重要機密区画への秘密通路って事か」

 

世界最大の難関校の多過ぎる秘密の一つがコレらしい。

機体調整などに使うオイル用排水溝が一度閉じられ、新たな通路をポッカリと開いた。

だが、だとしたら疑問が浮かぶ。

 

この通路は一度に一人が通るのが限界の大きさだ。

この学園の秘密の場所にいくつもの出入り口が用意されているとは考えにくい。

だとしたら…学園について多く知っている人間が内通者となっているのか…?

考えられるのは、前回に拿捕された教員部隊の誰かだろうが…。

 

「考えるのは走りながらでもできるか」

 

思考は後で追いつかせるとして、今は急いで通路に飛び込み、内部から扉を閉じる。

飛び込んだ先には長ったらしい階段が姿を見せていた。

そして真新しい靴跡(ゲソコン)が幾つも。

…間違いない、学園に内通者が居る。

…いや、居た(・・)、かな。

ダリル・ケイシーがそれだったかもしれないが、今じゃ過去の人間だ。

奴がファントムの一員だったのは確かな情報だろうが、組織に送っていたとされる情報量は計り知れない。

 

「山田先生、楯無さんが相手をしている敵数は?」

 

『30人です、お兄様』

 

クロエが通信に出てくる。

どうやら学園の防衛に力を貸してくれているらしい。

 

「束さんは?」

 

『突破されたファイアウィールの修復と、対処、更にはハッキングの出どころを逆探知していますが、クラッキングが激しすぎて…』

 

「了解だ、敵勢力を排除したら、俺もそっちに向かう。

それまで持ち堪えてくれ!」

 

『ご武運を!』

 

高さ5m、幅10m、なるほど、これは確かに輝夜に出番を与えられるほどの広さにはなってくれないようだ。

ここまで散々活躍してくれていたんだ、ちょっとばかりお預けだぜ。

 

『仕方ないなぁ』

 

拗ね気味の声が脳裏にこだました。

それを確認してから俺は輝夜の拡張領域から刃を取り出す。

 

『敵勢力が分散、10人がお兄様の方角へ向かっています!

方向は12時、距離、130m!』

 

「ナビありがとな、じゃあ…おっぱじめようか!」

 

取り出したのは『紫紺の大槍(ヘリテージス)』。

穂先の刃が開き、より強力な刃が雷を迸らせる。

そして刃の後部には強力な推進装置。

即席技ではあるが、名付けて

 

「『雷刃槍(らいじんそう)』!」

 

穂先から迸る雷が飛来する鉛弾の悉くを砕き、槍の一閃にて襲撃者を貫き、両腕を飛び散らせる。

流石にこの技は二度と使うまい、自分で言っててなんだが厨二臭がした。

ともかくこれにて4人。

次…!

 

槍を手放し、次に呼び出したのは俺の背丈ほどもある両刃の長剣『ブラックメイル』と、細身の黒い長剣『マクアフィテル』。

右手のブラックメイルを大上段に、左手のマクアフィテルの峰がブラックメイルの刃に触れるほどに側面から振りかぶる。

その姿勢から双刀を十字に振るう。

 

「『深月・重刃宵(みつき じゅうじしょう)』!」

 

飛来する十文字の斬撃で、のこる6人の内、4人の銃器を両断。

一直線状の場所なら、やはりこの技が有有効なようだ。

 

「銃が使えないのなら、直接ナイフで切り刻め!

あの小僧もターゲットの一人だ、殺して構わん!」

 

「へぇ、言うじゃねぇか…だが後悔するなよ」

 

六人の内、二人が消音機付きのアサルトライフルを構えてくる。

ったく、こんな密閉空間で銃を使ってくれるな、跳弾の可能性があって面倒だろう。

だから

 

「頼んだぜ、ペイシオ」

 

赤銅の翼龍をコール。

たった二人だけならものの数秒で解決だろう。

 

残る四人のナイフを受け流す、捌く、躱す。

戦闘を交えながら戦局を不利にならないように組み上げる。

ナイフには脆い部分は見受けられない。

このどこぞから来た連中の装備も同様だ。

さっきやりあった白髪の男が兵士としては開放的過ぎたのだろう。

なら、どこから切り崩す?

 

「奥伝『絶影・周(ぜつえい あまね)』」

 

この場所なら、この技を駆使しても問題はないだろう。

絶影流の初伝にして奥伝、『絶影』。

それは技と技との間を繋ぐものであり、より身体を高速で駆動させる。

絶える事の無い斬撃と、高速の蹴り、そして更にそこに飛来する斬撃をも組み込ませる。

その技を対集団戦へと発展させたものだった。

身体への負担は大きいが、今は四の五の言っていられない。

刹那、思考と共に動きを加速させる。

ナイフは頑丈などこぞのアーミーナイフだ。

破壊は難しい、なら肉体はどうだ。

ミリタリー服にも隙はある。

 

袖口、襟首、特に関節部分は駆動し易いようにする為に守りが薄い…!

 

「終わりだよ」

 

両手に握った剣をより速く振るう。

まだだ、まだ足りない、もっと、もっと速く!

加速しろ加速しろ加速しろ加速しろ!

 

 

 

 

刹那、世界から色が失われた。

世界のすべてから…違う、視界から色が失われたんだ。

 

 

 

 

こういう経験は幾度かある。

見える。

相手がどのように動くのかが。

 

その動きがミリ単位で把握出来る。

 

それが見えるのなら、対処しろ。

 

そのためにも刀を振るい続ける。

 

一人目、両足のアキレス腱を切断する。

返す刀で背面に居た二人目が構えるアサルトライフルを切り裂く。

続けて左手のマクアフィテルで両手を斬り落とす。

そのまま体を捩じり、双刀を水平に振るい、5mは離れた三人目の両肩を斬って落とす。

刹那、一気に肉薄

 

「ひっ!?」

 

悲鳴をあげさせる間もなく胸板を蹴り飛ばし壁面に叩き付ける。

そのまま中空に新たな長剣を展開。

ヒスイ色の両刃の長剣『闇祓者(ダークリパルサー)』と黒に染まった長剣『解明者(エリュシデータ)』を握り、そのまま昆虫標本よろしく壁面に串刺しにする。

残るは一人。

錯乱したのか、涙目でアサルトライフルを構えてくる。

だが、撃たせない。

 

穿月(うがちづき)

 

右手で新たに抜刀した雪片二型で銃口を穿つ。

だが、それで勢いが止まるわけじゃない。

そのまま更に踏み込む、肩から腕まですべての筋肉を連動させる。

 

これは、千冬姉が得意としていた剛剣。

相手の武器ごと、敵を叩き斬る。

刺突であるこの技を、武器の破壊をも目的として名づけるのなら

 

「『楔月(くさびづき)』」

 

雪片はアサルトライフルを銃口から銃把まで貫通。

それでも勢いは止まらず、男の腹を射貫く。

そのまま刀を逆手に握り替え、力ずくで横薙ぎに振り払う。

肉と腸とを切り裂きながら、腹の中央から脇腹まで掻っ捌く。

 

「『薙月(なつき)』」

 

そのまま体を捩じり続け、十文字を描く蹴撃を繰り出し吹き飛ばす。

不快な感触が手に伝わってくる頃には、四人目は床面に仰向けに倒れていた。

視界の全てに色彩が取り戻され、その色彩情報が一瞬で脳に叩き込まれ軽い頭痛が襲ってきた。

 

「クロエ、こっちは撃退した。

残存敵勢力は?」

 

『お見事です。

楯無さんのほうも大体が鎮圧出来ているようです』

 

「判った、合流する…と、思ったんだがな、気が変わった」

 

後ろに振り向く。

赤銅色の龍があらかた片付け終えたのか、姿を消す。

その先には残る六人が切り刻まれていた。

 

「どいつもこいつも気を失ってるな、いや、一人だけ意識が残っている奴が居たか」

 

10mほど離れた場所に、アキレス腱を叩き斬られ、激痛に悶絶している襲撃者の一人が。

 

「さて、アンタに聞きたいことがある」

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

「安心しろよ、殺しはしない」

 

その代わりとばかりに、鉄錆色の双剣を展開。

元来、鍔が施されている場所にはそれが無く、鋼の枝が伸びていた。

それが二つ。

一つの枝の先には鉈のような刃、もう一つの枝の先には鎌のような刃が搭載されている。

双剣『虚空ノ双牙(そうが)』。

 

そう言いながら襲撃者の両腕に双剣を突き刺す。

双剣の三つの刃、合計六刃が容易に筋肉も骨も貫通し、床に縫い付ける。

 

「ぎ、ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」

 

「アンタの態度次第では、な」

 

更に久々に引き抜いたのは、チェーンソー状の長剣『ブラッドサージ』。

 

ギャギィィィィィィィィィン!!!!!!

 

刃を駆動させると、ど派手な音が響き渡る。

だが、大剣『大百足』よりかは遥かにマシな音だ。

 

「アンタ達が何処から来たのか、誰の指示なのか、襲撃者は合計何名なのか、増援はあるのか、目的は何なのか、なぜ倉持技研まで襲撃したのか、戦艦やら潜水艦は何処から持ってきたのか、内通者は何処の誰なのか、それら全て答えてもらうぞ」

 

襲撃者は必至に首を縦に振るう。

半泣きどころか、マジ泣きしてやがる。

だが、俺は野郎を泣かせる趣味は持ち合わせていない。

それにこれは必要な事でしかない、いわば作業だ。

 

「順番に答えてもらうぞ。

誰の指示でここに来た?」

 

「…………我々に指示を出したのは」

 

「答えるのが遅い、指二本だ」

 

左手に展開した刺突細剣(レイピア)燐光(ランベントライト)』を振るい、左手の小指と親指を斬り落とす。

 

「ひ、ヒギイイアアアァァァァァァァッッ!!??」

 

「判っていないな、これは尋問だ。

それに時間が勿体ない、問われたことに速やかに答えろ。

一の問に対し、五の答えを返せっつってんだ。

さもないと魚の如く三枚におろすぞ?」

 

何処の誰とも知れない捕虜は再び引きちぎれそうな勢いで首を縦に振るい続ける。

 

尋問が終わったのは7分と30秒後。

そこには全ての指を切り落とされ、左足は太ももの半ばで斬り落とされ、右足は脛から失われた男が転がっていた。

 

「管制室、こちらの対処は終わった。

このまま地下を進む、まだまだ厄介ごとが続きそうだ」

 

まったく、こっちは研究の真っ只中だったのにな…。

なんでこうなるんだか、…今更か。




引けぬ刃

抗う為の刃

終わりは近づく

それでも…

次回
IS 漆黒の雷龍
『夢想蓮華 ~ 夢散 ~』

クソ喰らえってな

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。