IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

175 / 217
千冬さんがドイツに滞在中。
自宅の掃除をしていた一夏君。

一夏
「あれ?千冬姉のパソコン、スリープ状態になってるな。
電源切っとけばいいのに、どうしたんだ?」

スリープ状態解除、モニター表示。
婚活サイトに登録された千冬のプロフィールの全貌を確認。

一夏
「…いや、なんつー情報書いてるんだよ。
握力云々までは知らないけど、ビール好きとか自宅じゃズボラなのを暴露してどうすんだよ。
…これ、人には見せられないよな。
よし、電源切って見て見ぬ振りをしとこう」


二年後の夏休み

マドカ
「一緒に暮らすようになってから、姉さんの部屋の掃除をする時には必ず、姉さんのパソコンには絶対に触るなって、兄さんに繰り返して何度も言われるんだ。
簪、何か理由知らない?」


「さあ、何だろう?
気になるけど、プライバシーもあるし、見ないでおこう」

マドカ
「…うん、そうだね。
姉さんにも秘密があるだろうし。
それに、親しき仲にも礼儀あり、って言葉もあるくらいだし」


夢想蓮華 ~ 業魔 ~

Kanzashi View

 

まるで、底なしの穴におちていくかのような感覚だった。

機体は展開されていた筈なのに強制的に解除でもされたかのように姿を消している。

 

「な、何が起きてますの…!?」

 

「僕達、学園のシステム領域に居たはずなのに、何なのここ!?」

 

現実世界と通信ができないか試してみる。

だけど、応答の一つも無い。

…明らかに学園のシステム領域から離れてしまっている。

 

「姉上…此処は…!」

 

「…あの…悪夢の場所…!」

 

あの日、一夏が命を失い、そして…みずから心をえぐりとった場所だった。

なんで、なんでまたこの場所に…!

 

「また、アレを見せられるってことですか…!?」

 

あの日に見せられた悪夢は、今でも私は夜に見たりすることがある。

何度も何度も血を流し、涸れ果てて声にならない叫びを続ける姿を目の当たりにした。

そして最後に…命を失った。

でも、それだけじゃなかった。

 

「兄さんは、あの日…取り返しのつかないことをした」

 

「うん、そうだね…」

 

人体実験に晒され、生き続ける絶望を知った。

生きている限り人体実験に使われる苦しみを味わうくらいなら…

 

「殺せよ…」

 

あの日、一夏は自ら生存本能を捨て去った。

 

「こんな人体実験に使われるくらいなら…殺せよ!」

 

「はっ!バカ餓鬼がっ!

殺せと言われてそう簡単に殺すわけがねぇだろうがぁっ!」

 

一夏の左手に銃口が押し付けられる。

そして

 

ダァンッ!!

 

「が…アアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!!」

 

何度、何度この悪夢を見せつけられたのか分からない。

シャルロットもセシリアも一瞬にして顔を蒼褪めさせていた。

 

また、血が溢れだす。

 

「な、何なのあの人!?

なんでこんな事平然とやれるのさ!?」

 

「あ、ありえないですわ!?」

 

「今更、そんな事が言えるの…?」

 

冷たい、それも氷よりも冷たい言葉が私の口から零れ落ちた。

そう、あまりにも今更だった。

 

「現在のISは競技名目であるけれど、その手に握っているのはまぎれもなく兵器なんだよ」

 

「か、簪さん!?

貴女、一夏さんの恋人なんでしょう!?

な、なんでこんな映像見せつけられているのに冷静にいられますの!?

もう、一夏さんが…!」

 

この世界の一夏は手遅れだった。

左手にコアを埋め込まれ、すさまじいエネルギーの奔流に飲み込まれている。

この先、どうなるのかは知っている。

もう何度も見た。

幾度も見続けた。

そう、何度も…

 

「殺してやる…!」

 

背に広がる黒雷の翼。

あの日、学園祭の当日に見た最凶の龍の目覚め。

 

『冥闇に終焉を齎せ』

 

絶望と憎悪に染められた怒りの呪詛

それがリミッター解除のパスコードだったのかもしれない。

 

 

だけど、それは同時に…救いを求める悲鳴にも私には思えていた。

 

 

 

そして繰り広げられる一方的な虐殺。

蹂躙、破壊、殺戮、そして虐殺。

この瞬間を私は見てきた。

繰り返し見続けて、悪夢となって襲ってくることもある。

 

狂乱を続ける宵闇(ウォロー)赤銅(ペイシオ)黄金(レイシオ)氷雪(エトロ)

豪雨のように降り続ける黒雷と、意志を持っているかのように降り注ぐ刃の雨。

そんな中、立っていたのは一夏(黒翼天)だけ。

 

「俺が…やったのか…コレを…」

 

あの日、私は理解した。

何故、一夏が自ら心を抉り取ったのか。

自分で制御が出来ない感情を持ち続けるわけにはいかなかったから。

自分で自分を制御出来ない事は、どれだけの恐怖なのか、それは一夏の過去が如実に語ってくれた。

 

何故生存本能すら手放したのか。

あの時、一夏は生き延びるために殺しつくしたわけじゃない。

殺す為だけに生きようとした。

死ぬわけにはいかなくて、生きようとした。

殺した果てに生き延びたた。

他者を殺すに至る生存本能なんて不要と判断したんだと思う。

『生存本能=殺戮』そんな思想をくみ上げてしまった自分を否定したくて…。

だから、手放した。

救済など与えられないと識ってしまったから。

 

感情も、たとえ生存本能だろうと人間からしたら欠けてはならないもの。

それらをまとめて抉り取るのはどれだけ辛かっただろう、苦しかっただろう。

でも、それをあざ笑った人達が居たのもまた事実。

 

「あ、あの…簪さん…コレって…」

 

私たちの目の前に倒れている一夏は事切れていた。

手を触れることすらできない私自身がもどかしい。

こんなにも…こんなにも近くに居る筈なのに…!

 

「一夏は…こんなにも…人殺しを…!?

なのに、なんであんな平然としてるのさ…!?」

 

「記憶を失ってるの、この日の全ての記憶を」

 

感情と生存本能だけじゃない。

一夏は記憶すら抉り取った。

そうでないと心が耐えられなかったんだと思う。

心が壊れないように、一夏は自ら心を抉った。

記憶と一緒に。

 

「この中で知らないのは…知らなかったのは、シャルロットとセシリアの二人だけ」

 

「兄貴が銃に対して極端に恐れてるのはコレが理由ってわけよ。

アタシ達だって、ついこの前まで知らなかったのよ」

 

一夏の体には、いまだに消えない傷跡が残り続けている。

…一生涯、負っていかなくてはならない傷が…。

 

「アンタ達には知られたくなかったんだけどね」

 

「だから、私たちは、お兄さんにずっと笑顔でいてほしくて、傍らに…。

今度こそ、本当の意味で忘れられるように…」

 

メルクが頽れた、その双眸には涙が溢れてる。

マドカが必死にあやしているけれど、それでも涙が止まらなかった。

 

今でも私は悪夢に魘されることがある。

この光景で、手遅れになったしまった先を。

 

悪夢に飛び起きて、傍らに一夏が居てくれることにいつも安心していた。

だけど、こんな日常がいつかは終わってしまうのではないのかと不安に駆られることもある。

 

だから、一夏の未来を閉じさせたくはなかった。

 

「だが、我々もこのままで居るわけにはいかない。

自力で現実世界に戻ることはおろか、兄上や教官と連絡の一つも取れない。

学園の防衛力は、かつてないほどにダウンしているはずだ。

なんとしても、学園のシステムを取り戻すか、それができずとも我々は現実世界に戻る必要がある」

 

学園のサイバーシステムにまで入り込んだのは誰なのかは判ってる。

先ほど姿を見せた、義姉(千冬)さんに似た女だ。

 

「兄さんの過去を知って、私は後悔した。

でも、それでも私にとっては家族だから受け入れた。

お前たちはどうする?

過去を知って、恐れて、縁を切りたいというのなら止めはしない。

だが、吹聴して回ろうとするのなら…私がお前達を撃つ」

 

あんな過去を知って、黙っていられない人間なんて世の中だけでも掃いて捨てる程に居る。

 

だから、私達は、一夏の過去を秘匿することにした。

一夏の過去だからこそ、知れば面白がって言いふらそうとする人だって居るかもしれない。

今の世の中は、そんな風潮が出回っているから。

 

一夏自身にも知られないようにするために…。

あの笑顔を失いたくなかったから、他者の為に生きようとするあの背中を追い続けると誓ったから。

 

「…判りましたわ、この件に関しては、わたくしは口にしませんわ」

 

「僕も……言わないよ、誰にも。

僕にとっては一夏は大恩人だから、貶めるような事はしたくない」

 

その返答に私は胸を撫で下ろす。

そう言ってくれたことに、どうしようも無いほどに安堵していた。

 

「今もどこかで見てるんでしょう?

この悪夢を見たって、誰も動じないのは判ってる筈。

とっとと姿を見せたら?」

 

私の意志に応えたかのように、今度こそ天羅が展開される。

右手に黎明を握り、その切っ先を倒れた一夏に向けた。

 

「へぇ、流石ね。

これを見た人は大概が竦むか失禁するくらいだったんだけど」

 

周囲の光景が粒子のように消えていき、何もない真っ白な空間に変わっていく。

見渡す限り、すべてが真っ白に染まっていく。

そこに現れたのは、義姉(千冬)さんに似た女だった。

でも、その相貌はまるで別人だった。

人を人と見ない。

それどころか物よりも下に、それこそ研究材料として見ているかのような…。

 

「それに、実験は失敗に終わったわ。

だから新たな実験に使いたくて別の支部で続く人体実験をしたかったんだけど…」

 

黎明を大剣形態へと変換、そのまま横なぎに叩っ斬った。

でも、手ごたえの一つすらなかった。

 

「そう、それが邪魔だったのよ。

『感情』の全てを喪失させるためのね。

倒れても起き上がり、死すら持ち合わせず、感情に流されることも無く、ただただ力を振るい続ける。

それが成功したら最高の生体兵器の完成だと思わないかしら?」

 

「黙れぇっ!」

 

一瞬後退する、マドカが剣を大上段に振りかぶり、振り下ろす。

それでも通用しなかった。

 

「だから、予想外だったわ。

あの子が自ら感情を抉り取るだなんて。

だから、失敗とは言い切れない、実験はまだ終わっていないのよ。

だから私達は仕掛けた、今度こそすべての感情を奪い取り、そのうえで回収出来るように。

それこそ幾度も、幾度もね。

それでも計算は狂い続けた。

計算通りに感情の全てを失ったと思えば、拭い切れない感情(穢れ)が存在していただなんて。

その根源は…貴女達だったみたいね。

見物だわ、現実世界で、あの子が貴女達の場所にたどり着いた時点で、皆殺しにされた光景を見ればどうなるのか…」

 

「そんな事!」

 

「させませんわ!」

 

銃弾と光条が幾つも貫く。

それでも平然としている。

さっきと同じ、まるでこの場に居ないかのよう…!

 

「そう、この場に私は居ない」

 

「「撃ち抜けぇっ!」」

 

ラウラのリボルバー・カノンが光を放つ。

メルクの両手の銃が光を迸らせる。

それでも通じない…!

 

「ここに私が現れたのはただの時間稼ぎ。

ここに侵入させた部隊が全てを殺しつくすためにね。

殺して殺して殺しつくして…地球上のすべての生命が失われた先に何があるのか、新たな生命は如何にして根付くのか、それを観測すれば何が見えるのか。

ただその為だけに」

 

 

 

 

Outside View

 

獅子は、死に瀕していた。

それも数年もの間、寝床に縛られていた。

その命は、病に縛られていた。

 

「お目覚めですか、総帥」

 

組織の中でもその相貌を知るものは殆ど居ない。

知るのは、実働部隊隊長を務めていたスコールくらいだっただろう。

だが、それ以外にも居た。

療養にあたっている二人の研究者だった。

 

「あの者は…まだ戻らぬのか…?」

 

「現在も行方を眩ませております。

それどころか、組織に楯突くように、拠点を破壊しつくしています。

幸い、最重要拠点を放棄し、この新たな拠点に総帥を移送しましたので、この場所が狙われることは無いかと思われます」

 

「…そうか、引き続き、儂の代理を頼むぞ」

 

「承知しております」

 

獅子は…亡国企業(ファントム・タスク)総帥は、再びその瞳を閉じる。

それを見下ろす初老の男の口の端は吊り上がっていた。

 

 

 

 

Ichika View

 

「こちら織斑、学園内部にて武装している集団を発見。

総数…70前後、内ISがリヴァイブが5機、対処は如何様にすれば?」

 

山田先生に通信をつなぎ、地下施設へと通じる通路に入ることはできたが、どうにも敵の数が多い。

おっと、気づかれた。

 

「何故ターゲットがもう来ている!?

凜天使の連中は時間稼ぎすら出来んのか!?」

 

「かまうな、奴は銃に弱い!

撃ち殺せ!」

 

おうおう、そんなところはやっぱり情報が出回っているんだな。

 

「織斑君、聞こえますか!?

敵の数に構わず、撃退してください!

この学園の生徒を守らないと!」

 

「オーライ、判りましたよ」

 

ってー訳で悪いね、ご一行。

アンタらがどこの誰なのかは相っ変わらず判らないが、学園(ウチ)の連中に手を出さないでもらおうか。

 

通路は幅5m、高さは3m程、更には壁面は非常に頑丈で跳弾の可能性もあり、と。

ISと生身でやりあうには都合のいい環境が揃っているが、歩兵の銃撃がどうにも邪魔になる。

本格的にやりあうには時間も手間もかかるだろうから、ここは手っ取り早く片付ける!

 

「こい、輝夜!」

 

黒白の装甲が展開される。

だが、輝夜の機動性はこの密閉空間には向いていない。

だから

 

「一気に切り刻む!」

 

俺の真横から数えきれないほどの刃が顕現する。

そして、それだけではなく敵勢力の背後にも同じほどの数の刃が顕現する。

 

刹那、その前後に現れた刃がミサイルの如く空中を走り抜ける。

通路は一直線上になっており、隠れる場所も、逃げるような場所もない。

その通路全体を駆け抜ける刃の前に為す術も無く、ことごとくを切り刻んだ。

 

「まあ、こんなもんか。」




狂気は止まらない

敗北しても

死しても

混沌と闇を抱えた瞳は濁り続ける

次回
IS 漆黒の雷龍
『夢想蓮華 ~ 狂犬 ~』

殺しに舞い戻ってやる、幾度、幾度でもな

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。