IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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夢想蓮華 ~ 力剣 ~

Houki View

 

結局私は状況に甘やかされていただけだったのかもしれない。

調理実習室に力ずくで引きずり込まれたあの日から、私はそんな風に思うようになっていた。

 

「凄いな、一夏は…」

 

右手に刀、左手にはナイフ。

そして時にはすさまじい勢いで蹴りを繰り出し、相手をあしらっている。

相手は、中国国家代表候補の凰鈴音、イタリア国家代表候補のメルク・ハース。

更にはドイツ国家代表候補のラウラ・ボーデヴィッヒ、オーストラリア国家代表候補の織斑マドカ。

その4人を同時にし、乱取りを続けている。

例え連携を繰り出されても、それをいなし、連携を崩す。

崩した途端に反撃に移り、一人ずつ武器を蹴り飛ばしていく。

その動きは…こう…グワーッと動き、スバッと決めているような感じで…。

 

「彼の動きに見とれてたのかしら?」

 

「あ、貴女は…」

 

「あら、覚えてないのかしら?

生徒会長の更識楯無よ、ついこの前のトーナメントの紹介でも名乗ったはずなのに、忘れられるだなんて、そんなに印象が薄いのかしら私?」

 

「い、いえ、そんな事は…」

 

なんというか、この人には苦手意識が出来てしまう。

クラス対抗戦ののちの会議でも私はこの人に鋭い視線を向けられた覚えがあった。

以来、私はこの人が苦手だった。

 

「あの、貴女は一夏とどんな関係なんですか?

以前から親しくしていたようでしたけど」

 

「あ、そういえば教えてなかったわね。

私は一夏君の義姉()よ」

 

「あ、姉!?」

 

「まあ、将来的には、ね。

今の一夏君は簪ちゃん、私の妹と婚約を結んでいるもの」

 

思い出すのは臨海学校の二日目、私が真剣で斬りかかった刹那だった。

あの日、真実を知って許せなかった。

一夏が私以外の女とそのような関係に至っていることを知って。

 

「鈴ちゃんから聞いているわ、簪ちゃんに刃を向けたそうね」

 

「ッ!」

 

やはり、話は耳に届いていたのか。

でも、相応の覚悟はした。

私はこの人から見れば咎人なのだろう。

 

「安心しなさい、折合はつけてるわ。

貴女の精神状態や性格、それに事の経緯に思い出、証人保護プログラムの事も私は知っているの」

 

「な、なんで…!?」

 

「情報の調査は私の十八番だからよ。

まあ、その話は今は置いておきましょう。

ほら、見なさい」

 

生徒会長が指差す先を見てみる。

そこでは1対4の乱捕りは終盤に向かおうとしていた。

 

「一夏はあの剣技をどこで身に着けたんですか…?」

 

「ドイツと日本よ。

一夏くんはね、過去に事件に巻き込まれた事があったのよ。

それから力を求めているの。

その為に、あの剣技を身に着けた」

 

「同じことにならないようにするため、自分の身を守るために?」

 

「違うわ」

 

私の声をにべもなく否定した。

だが、違うだと?

確かに一夏が何らかの事件に巻き込まれ、精神障害を患ったのは春に言っていたのを私も何となく覚えている。

なら、同じことにならないように…身を守れるようになるのが必然なのでは…?

 

「これは千冬さんから口止めをされていたんだけどね。

まあ、今の貴女なら話しても咎められたりはしないでしょう。

今の一夏君はね、他者を…自分以外の人を守る為に力を求めているのよ」

 

「な…っ!」

 

事件に巻き込まれ、精神障害を患いながらも、なおも他者を守るために剣を振るうだと!?

 

「精神障害を患い、一夏君は感情が欠落しているのよ。

何があろうとも『怒り』に狂う事も無い。

極めて限定的ではあるけれど、何を目にしても『恐怖』する事も無い。

そして…一夏君には致命的なものも欠落しているのよ」

 

致命的なもの?

その言葉に私は首をかしげる。

怒りに狂う事も無い。

何者をも恐れることがない。

それは欠落などではなく、いかなる状況においても優位に立ちまわれる切り札にも思える。

にも関わらず、欠落だというのか?

それだけでなくそれ以上に致命的なものの欠落?

 

「生き残ろうとする意志、いわば『生存本能』よ」

 

「『生存本能』?」

 

「自分の命を他者の為に使う。

自分の命を自分の為に使えない。

自分の命を、他者を守るための楯に使う。

いわば、自分自身の為に生きる事が出来ないのよ」

 

「それも、事件に巻き込まれたことによる後遺症だと?」

 

「それに関しては言えないわ。

原因は私たち全員、それも千冬さんも識っているけれど、言う事は出来ないわ」

 

事件に巻き込まれたその場で何かがあった。

なら、それを私は

 

「残念だけど教えられないわ、絶対に。

誰にも知られるわけにはいかないわ。

そして、そんな状況を作り出した奴らも絶対に赦さない…!」

 

寒気がした。

何を知っているのかは私には判らなかった。

だけど、非情な出来事があったのだと何となくだが理解した。

 

ドガァッ!

 

「な、なんだ!?」

 

妙な音がして、その方向に視線を向けてみる。

アリーナの地面、それも私の足元に大振りのナイフが突き刺さっていた。

 

「一夏く~ん、もう!危ないでしょう~!」

 

「すみませ~ん!」

 

楯無さんがナイフをつかみ、投げ返す。

何も気にしていないかのように一夏はナイフをつかみ取り、ナイフをラウラに投げ渡す。

見ていて危なっかしいのに、まるで慣れてしまっているかのような風景だった。

 

「話を変えましょうか。

一夏君の剣技、『絶影流』をどう思う?」

 

「凄い、速いです」

 

私が見ていても、この長時間止まることなく動き続けている。

一度も止まることがない。

あまりにも速かった。

その動きを乱取りの間続けている。

 

「ドイツの現役軍人、ラウラちゃん、千冬さん、そして私と簪ちゃんのお父さんが鍛えてあげたものなのよ。

そしてそれらの動き、流れ、技、それらを一夏君が独自に絡み合わせ、自分だけの形にしたもの。

それが一夏君の剣術『絶影流』よ」

 

それでも、自分を守るため刃を振るわない、か…。

 

「鈴ちゃんやメルクちゃんにも教えているけれど、あくまで彼女たちにできる範囲で教えているのよ。

さて、そんな剣術を誰かが否定できるかしら?」

 

出来る訳が無かった。

どんな事があったのかは私には知る事が出来ない。

あの輪を崩すだなんて烏滸がましい願いだったんだ。

 

「ほい、これで終わりだ」

 

再び視線を集中させると、本当に決着がついていた。

4人も同時に相手をしておきながら、一夏の優勢は崩れる事は無く、その優位を保ったまま勝利していた。

凄いと思った。

あんなにも動き続け、息が荒くなってはいるものの、1対4のハンデを負いながらも勝利していた一夏に溜息しか出てこない。

 

「皆も手加減はしていないのよ。

けど、結果はあんな状態、けど、あれはインチキだとかイカサマによるものじゃない。

一夏君の成長度合いよ」

 

「私も…手合せを願えるだろうか」

 

「10秒も続かないと思うわよ」

 

…無理、か…。

それが判っていても、私は…

 

新たに鍛えなおされた刀を掴む。

刃を交えれば、何かを掴める。

そう確信していた。

 

「一夏、ひとつ手合わせを願いたい」

 

「いいぜ、かかってきな」

 

左手に握るナイフを鞘に戻す。

やはり、今の私では本気を出すには値しない、か。

それが悔しい、だがいつの日か、本気を出させてやりたいと思う。

強くなりたい。

 

「ぜあああっっ!!!」

 

だから今はせめて、この一刀に全力をこめる!

 

 

 

 

 

 

 

「お、気がついたみたい」

 

目を開いて最初に目に入ったのは、青い空と、どこか猫のような顔つきの女子生徒…凰鈴音だった。

 

「私は…気を失っていたのか…?」

 

「ちなみに一刀必殺で終わってたわよ」

 

入学直後から成長していないのか私は!?

10秒も経過せずに終わったというのか!?

 

「一夏は…?」

 

「あっちで博士が相手してる」

 

姉さんが…?

 

視線を向ける。

常軌を逸した剣戟がそこには繰り広げられていた。

互いに両手に刀を握り、息をつく間もないほどのスピードで縦横無尽に駆け巡る。

渾身の力で繰り出される刺突が繰り出されれば、跳躍して避け、その刀すら足場にして蹴撃を繰り出す。

首を傾けてそれを回避、刀を逆手に持ち替え、引き裂くようにして足を狙う。

けれど一夏は、それを見もせずに回避してみせる。

どちらもが必殺の一撃を放ちつつも、直撃させることができないでいた。

 

「凄い…」

 

「アタシら相手でもあそこまでの本気、見せた試しはないのよ。

数段上の本気って言えばいいかしら」

 

「数段、上…」

 

横薙ぎの斬撃を受け流し、懐に掻い潜る。

一瞬だった。

姉さんが吹き飛ばされる。

違う、自ら後退した…!?

 

けど、一夏はそれすら気をとられる事も無く一気に間合いを詰める。

 

「あれは…!?」

 

一瞬、一夏の右腕が消えたかのように見えた。

刹那

 

ガギャアアァァンッッ!!!!

 

耳障りな音が響き、姉さんの両手の刀が砕け散った。

 

「今、何が…!?」

 

「兄貴の現在の最速よ。

秒間10発以上の連続攻撃、ここに居るメンバーの誰も対処ができないくらいの、ね。

『高速』を超えた『光速』と呼びたくなるほどの、ね」

 

あんな速さ、いったい、何のために…。

 

 

 

Tabane View

 

速い、素直にそう思った。

ちーちゃんを相手にしていたときよりも格段に加速している。

あまりにも速すぎる。

 

「う~ん、私の刀も特急品の筈なんだけどね」

 

「それでも、もろい部分があったようですね」

 

戦慄する。

あれだけの超高速の剣技を繰り出しながらも、それを視認し、対処をしてみせる。

直感と、それを思考で管理している。

マドっちやセシリアちゃんが多量のビットを操りながら戦う技術は並列思考(マルチタスク)と呼ばれる技術。

そしていっくんが見せる思考と反射の融合、さらにそれを加速させる…名付けるのなら…超高速思考(フラッシュタスク)

いっくんは完全にそれを使いこなしている。

 

「じゃあ、次の訓練に行ってみようか」

 

「はい」

 

「あ、でもその前に」

 

私はコンソールを呼び出し、それをいっくんに見せてみる。

 

「…コレは?」

 

「今朝、ニュース見てなかった?

飛行機の事故があったんだけど」

 

 

 

Ichika View

 

思い出してみる。

奇怪な事故だったとおもう。

その事故によって死亡したのは飛行機…というかグライダーを操縦していたパイロット一人だけだった。

何よりも不可解だったのはグライダーの損傷具合だった。

 

「俺が見た感じでは、引き裂かれていた(・・・・・・・・)ように見受けられましたが」

 

エンジンの爆発による空中分解かとも思った。

だが、その可能性は真っ向から否定された。

エンジンにはそこまで損傷が無かったと報道されていた。

そしてコックピットに搭載されていたカメラには不可解なものが映し出されていた。

空中に舞うディスク状のものだった。

それがグライダー側面をよぎった瞬間に、その事故は起きた。

 

ニュースで映し出されていたグライダーの機体の様子は惨たらしいものだった。

あちこちに裂傷が走り、尾翼、主翼は千切れていた。

 

「束さんは、あの事件をどう見ているんですか?」

 

「人為的な事故だと思ってるよ。

そして映像を見て再現して作ってみたのがコレ!」

 

一枚のディスク状のものが俺たちの間に現れ、浮き上がる。

だが、フォルムが凶悪だ。

まるで空中を飛び回る丸鋸だ。

 

「グライダーのパイロットも惨たらしく切り刻まれていましたが、これなんですか?」

 

「たぶん、こういう形なんだと思うよ」

 

…後で俺も映像をもう一度見ておこうか。

しかし、当たり前だがこんなもの自然現象で発生しうるものでもない。

つまりは、人為的な事件だと言うこと。

 

「コイツを相手にしてみろ、と?」

 

「そういう事」

 

途端にディスクが刃を猛回転させながら空中を駆け巡り始める。

 

「恐らくあれは一定距離に接近してきた相手を排除させるためのシステムの一環なんだと思う。

ガーディアンのような、ね…つまり」

 

「映像で見た1機だけとは限らないって事でしょう」

 

「ピンポーン♪」

 

瞬間、その丸鋸のような兵器が大量周囲に現れる。

レーダーで確認するだけでも100や200じゃ足りないくらいだ。

 

「今回はまねて作っただけのダミーだけど、速度はそのままにしてあるからね」

 

「上等!」

 

輝夜の拡張領域から群青の長剣『リベリオン』を取り出し、右手に握る。

 

「こんな状況…覆してやる!」

 

 

 

 

Outside View

 

ガシャアアァァァンッッ!!!!

 

暗い、暗い闇の中でその音は響き渡った。

 

「はぁっ…はぁっ・・・はぁっ、ゲホッゴホゴホッ!!」

 

その者のは生温い液をその身から滴らせながら荒い呼吸を繰り返す。

立ち上がり、周囲を見渡す。

振り返れば自身が今の今まで閉じ込められていたであろうカプセル。

視線を横にずらしてみる。

その中には先ほどまでの自分の姿同様にカプセルに閉じ込められている…否、培養されているであろう人の姿が見えた。

 

「オレは…何を…あ・・・アアアアアァァァァァァッッ!!??」

 

思い出す。

自身の最期を。

青年に自身の正体がバレ、あまつさえ負け犬の如くその場から逃げ出した。

そして頼りにしていた者を探し続けて放浪し、猛禽の如きISに搭乗した何者かに屠られた。

脳裏にこびりつく死の感覚。

だが、同時に理解する。

彼女もまた絶望的な状況から平然と生きて帰ってきた本当の理由を。

今の自分と変わらない、培養された肉体に意識を放り込まれていたのだと。

 

「ほう、ようやく目覚めたのだね」

 

錯乱するその者に声が届く。

 

「誰だ…テメェッ!」

 

「躾が施されていないようだね、まるで狂犬だ」

 

「ああんっ!?」

 

「感謝したまえ、君に二度目の人生を提供したのだからね。

ただし、制限を与えているがね。

君の今の肉体(・・・・)を見てごらん」

 

従うのは癪だった。

だが、カプセルを鏡の変わりに自分の姿を見てみる。

そこに映っていたのは

 

「誰、だ…コレ…!?」

 

かつて鏡を見て見慣れた姿は見受けられなかった。

自慢だった長い金髪は色が抜け落ちたかのように白に染まっていた。

自らの出身国に多く見受けられた白い肌も、日本人特有のような黄色に近い色。

自身を慕ってくれた少女が「綺麗だ」と讃えた青い瞳も、黒に染まっている。

それだけではない、変貌していたのは首から上だけではなかった。

 

首から下もだった。

豊満と言われる肉体は、かつてよりも筋肉質で、その双丘はほぼ平面と言えるものになっている。

そして下半身も、見覚えも無い性器がぶら下がっている。

 

「何、だ…!?

オレの体に何をしやがったんだテメェッ!」

 

「あらあら、勘違いしないでほしいわね」

 

初老の男の傍らに現れたのは女だった。

ただし、こちらも見覚えがあった。

自身が所属していた実働部隊を削り、そして組織の総帥の療養をしていた憎き二人組の研究者だった。

 

「貴方の肉体に細工していたのはスコールよ?

私たちはそれを受信するシステムを少しだけいじっただけ」

 

「そう、君が死した時に意識が送信される先を、その肉体に移し変えるようにね」

 

「だからって…だからって、何で男の体に入れてやがんだ!!!!」

 

「貴方たち実働部隊を消滅させるためよ、いわばコレは懲罰だと思いなさい。

貴方はこれから男として生き、組織の末端として働き続けるのよ」

 

「ふ…ふ…フザけるなあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

かつては見下していた男になった現在を受け入れられないかの如く、猟犬は狂犬のごとく吼える。

だが、それは変えようも無い事実から目を背けようとする負け犬のようだった。

 

「ここで知らせておくことがある。

世間では『ダリル・ケイシーは死んだ』とされている。

つまり組織の中でも『レイン・ミューゼルは死亡した』扱いになっているのだよ」

 

その言葉に彼女は…否、彼は膝を突いた。

自分がIS搭乗者、組織の中でも優れた工作員であった自分のすべてが失われたと察するのに時間は必要なかった。

 

「君のその肉体には特殊なプログラムが施されていてね、自殺防止がされているのだよ。

そして万が一、どこかで死んだとしてもまた新たな肉体に意識がインプラントされる。

無論、男の肉体にね。

つまり君は…組織のために生かされ続けるという事だ」

 

「…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ…嘘だああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

それはつまり、抗えぬ鎖につながれた飼い犬の証だった。

 

「さて、コレで君にはもう名前はない、輪廻にも戻れぬ人でもなくなった。

朽ちる事もできず這いずるしかできないわけだ。

これからの君の働きには、まあ一応期待しておこう」

 

飼い犬は、すでに負け犬へと堕ちてしまっていた。

 

「さて、君は誰だったかね?」

 

失う筈ないもの、命の伴侶とも言える、名前を失った負け犬の慟哭が響くだけだった。




迷いはあった

だけど、そろそろ前を向く頃合い

憧れた人の居ない世界でも

ただ前を向いて歩く

次回
IS 漆黒の雷龍
『夢想蓮華 ~ 真言 ~』

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