IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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Q.物語はどこまで執筆されてるんですか?
P. N.『恍惚髪飾』

A.ワールドパージ編を執筆する少し前ですね。
リアル側が多忙になるので来月あたりから不定期更新になるかもです。
2016/7/9投稿の分までは執筆してます。


夢想蓮華 ~ 帚星 ~

Houki View

 

臨海学校を終えてからの私は孤独だった。

クラスも1組から5組に移籍され、見知った顔は殆ど無い。

所属する剣道部の中に居ても、誰も私を見向きもしなかった。

試合を申し込もうとしても、誰もが私を拒絶した。

それは私の自業自得だと理解している。

私はあまりにも横暴だった。

中学の頃も剣道を続けていた。

だが、大会を進めている中、私は相手に負傷をさせ、棄権させることで勝ち残った試合があった。

彼女の言葉は今でも耳に、記憶にこびり付いている。

 

「アンタがやってるのは剣道じゃない!ただの暴力よ!

自分が溜め込んでいる鬱憤を他人にぶつけている八つ当たりにも等しいわ!

そんなアンタが剣を語るな!」

 

あの言葉は心に深く突き刺さった。

けど、それは気の迷いとして私は試合を続けた。

必死に竹刀を振るい続けた。

それも彼女の言う暴力だったのかもしれない。

必死に振るい、必死に勝ち取り、気づけば全国大会優勝だった。

優勝した。

けど、私の気持ちは優れなかった。

功績と言ってしまえば優れたものなのかもしれない。

それでも私の気持ちを紛らわせてはくれなかった。

 

「会いたい」

 

ただそんな思いが幾度過ぎったのかはわからなかった。

両親に、そして、かつては私を助けてくれた…一夏に。

 

篠ノ之 束、姉さんが『IS』を世界に発表してからまもなく、政府が執行した保護プログラムにより、両親とは離れ離れになった。

それから数日経過しかしてからだっただろうか、私も在籍していた学校から離れ、一夏とも離れ離れにされた。

今では、年に数回、両親と通話が出来るくらいだった。

顔を見るにしても、常にモニター越し。

姉さんとは違い、機械が苦手な私にしてみれば難しくもあった。

それでも、顔を見ることが出来て安堵出来た。

 

そして、またも政府を通じての命令が下された。

IS学園への編入。

入学試験は免除されたうえでの入学。

ISの知識などそれこそ一般人程度にしか持ち合わせていなかった私は授業についていけるか不安だった。

だけど、安心できる要素はあった。

 

アイツ、一夏と同じクラスに居られたことだった。

だが、出だしは最悪だった。

 

「兄さん、私、アイツ嫌い」

 

一夏の妹だと名乗るマドカの出現だった。

妹なら後ろに控えていろと言いたかった。

だが、一夏がマドカを大切にしているようで悪態はいえなかった。

 

「一夏、私がISの特訓をつけてやる!」

 

クラス代表を決める模擬戦を前に何度そう言ったか分からなかった。

早朝の鍛錬を終えて戻ってきた直後、朝食の時間、昼休憩でも教室でもまた食堂でも。

繰り返し「幼馴染なのだから」と言って聞かせようとしたが、一夏はことごとく聞き流し、拒絶した。

 

「生憎、コーチなら間に合っているんだ。

実践分野、プログラム分野、整備分野、理論分野とね。

おっと、剣術にしてもコーチなら間に合ってるから箒のコーチングは要らない」

 

男性である以上、必ずなにかISに関して認識が甘い点があると思っていた。

だが、一夏は前以てそれを自覚していたのか、私よりも早く交友を広め、技術も知識も求め続けた。

考えてみれば、私とて一夏と同じような場所に立っているのと変わらない。

教えられることなんて無かった。

そう、剣しか…。

 

だから私は剣を教えることにした。

かつては同門、同じ篠ノ之流剣道を学んだ者として。

だが、一夏はそれを破棄してまで新たな剣を学んでいた。

悔しかった、許せなかった、赦せる筈が無かった。

だから私は一夏が大切にしている刀とナイフを盗んだ。

盗み、隠そうとした。

また私と同じように剣を振るうものとして回帰したくて。

 

でも、行為は一瞬で逆鱗に触れた。

一夏の、マドカの、千冬さんの、更識の逆鱗に。

私の蛮行のせいで後日、一夏は体を自ら壊す覚悟で試合に挑む事になった。

その後も、私が持っていた好意から実行した行為は、その悉くが裏目に出ることになった。

 

そして私は一夏を…手にかけた。

ただ手助けになるようなことがしたかったから。

でも、世界がそれを許さないかのように裏目となった結果だけがまとわりつく。

 

「お前のそれは『好意』でも『愛情』でもない。

『所有欲』だ」

 

千冬さんに言われた言葉に、どこか認めざるを得ないことが在る気がした。

私は一夏のそばに居たくて、隣に居たくて、ただただ奔走し続けた。

けど、どこからか私の好意は歪んできていた。

夏を向かえ、私はそれを認めざるを得なくなっていた。

いや、認めてしまった。

 

「貴女の器、みさせていただきます」

 

私に剣で挑んできたメルク。

アイツは真っ向から受け止めはしなかった。

私の剣をいなし、かわし、捌き、受け流す。

その剣技は私にも見覚えが有った。

 

一夏だ。

 

一夏が彼女の師となって剣術を仕込んでいる。

それを察した。

幾度振るおうとも、幾度薙ごうとも、幾回斬ろうとも、メルクの動きを止めることも出来ず、風のようにすり抜けていく。

 

「絶影流中伝、『鏡月』!」

 

メルクがはじめて見せた剣技により、私の残る()も圧し折られた。

残されたものは…何も無かった。

圧倒的な敗北、虚無感、虚脱感に叩き潰された。

私には、もう何も残されていなかった。

それでも、前を向いていたくて学園祭の時、セットに忍び込んで一夏と剣を合わせた。

だけど、それも数秒で熨されてしまい、十分にコミュニケーションは取れなかった。

未だに私は答えを見出せていなかった。

そんな私に対し、一夏は否定はしなかった。

拒絶されなかっただけでもどれだけ嬉しかっただろうか。

 

相当に急いでいるらしく、続行不可の状況を作り上げ、走り去っていく。

そのまま私は一夏の背を見つめるしかなかった。

その後、上級生に担がれて運ばれていく私は無様だったかも知れないが。

 

その次の行事として執り行われることになったキャノン・ボール・ファスト。

今年は専用機所有者が多く集まっているため、異例の一年生出場が決定していた。

食堂で一人で食事をしている際

 

「俺はCBFには選手として出場しないから」

 

そんな言葉が聞こえた。

夏休み最終日にも見た、生まれ変わった一夏の機体は、私にも判る位の桁違いのスピードを誇っていた。

こう、グワーッと、ズバッとした感じで。

それでも一夏は決して手を緩めることは無かった。

別の役割を預かっているのか、毎日忙しそうに奔走している。

 

図書室ではIS関連の資料に料理の本。

噂に聞いた話では視聴覚室なる部屋も使っていたとか。

機械全般が苦手な私としては、どうにも近づきにくかった。

 

「やあやあいっくん、今日も始めるよ!」

 

「山田先生、つき合わせてすみません」

 

「いえいえ、大会当日にサプライズの形で参加させてもらえるんですから、私としては構いませんよ。

それに、私は先生ですから、どんどん頼ってください」

 

散策している途中、私はそんな会話を耳にした。

一夏と山田先生、それに姉さんが集まって何かを話していた。

何か、CBFとは別の計画のようだった。

 

「ISに代わる次世代パワードスーツの為にね」

 

「それがES、ですか」

 

「んで、俺をそのテストパイロットに、と。

また世界が引っくり返るんじゃないですか?」

 

「次世代型ISに搭載予定だった新理論応用システムを改修して…」

 

聞いていても頭痛を起こしそうな話に私は早々に立ち去ることにした。

 

誰もが一夏を頼るようになっていた。

それは私も知っている。

普段から一夏は多くの人に慕われていた。

入学当初は『男だから』という理由だけで白い目を向けられることが多かったのも私は知っていった。

それでも一夏は気にもせず、自分を貫いていた。

いつからか、学生として教わる側から、周囲の生徒に対し、教える側にも回っていた。

学年別タッグマッチトーナメントでは、タッグパートナーであるメルクに自身が振るう剣術を。

夏休み以降には鳳にも同様に。

 

ほかの女子にも、学科の事や、一夏の手腕を知ってか料理を教わっている場面も見受けられた。

そして、一夏の隣には、今や婚約者となっている女子が佇んでいる。

あの場所に、私は居たかった。

けど、いまやそれは叶わない願いだった。

一夏の願いでもあり、彼女の願いでもある。

 

「俺はお前の人形じゃない」

 

あの日、臨海学校で言われた言葉が脳裏を過ぎる。

そうだ、いつのころからか、私は一夏を人として見ていなかった。

自分の隣に居るべき、自分が隣に居るべき、あの頃のように戻れたらそれでいい。

そんな傲慢な願いを抱えていたから。

 

「立ち止まらない、か」

 

一夏は停滞を嫌う。

進もうとしているのではなく、過去に戻ろうとしていた私は足手纏いで足枷だったんだろう。

だけど、どうすればいいのか悩んでいる間に一夏はどんどん先へと歩んでいく。

私は…停滞していた。

 

 

 

 

「ねえねえ、来年になったらどの科目に進む?」

 

「私は技術開発科かな。

表に出るよりも、メカニックとして裏から支えてみたいのよ。

アンタは?」

 

「私はやっぱり選手科かな。

空を飛べるのって気持ちいいし、競技にも参加してみたいからさ!

葵はどうするの?」

 

「私は、篠ノ之博士が担当するっていう新クラスの、宇宙航空技術開発科だよ!

無限の星空って、やっぱりロマンでしょ!?」

 

「え~、でも来年からは男子も入学させるって博士が言ってたし不安じゃない?」

 

CBFが終わってからは、そんな会話が学園のアチコチから聞こえてくる。

 

「来年、か…」

 

二年生に進級すると生徒は科目選択を迫られる。

私はどうするべきだろうか悩んでいた。

この学園には、政府の命令での編入だった。

ISを介してやりたい事など見つけられなかった。

もしも一夏が搭乗者としての教育を受けるのなら、私も同じ学科を選ぶつもりだった。

それも、一夏の隣に立つ者として。

けど、現実は甘くは無かった。

政府の命令で編入したとはいえ、政府に融通が効くわけでもない。

私の専用機の開発など、一学生でしかない私が頼める筈も無い。

姉さんの名を使って専用機開発を頼むのも手段の一つとして一時期は考えもした。

だが、姉さんのせいで家族がバラバラにされたのに、ここでまたあの人の名をつかうのには気が引けていた。

ISを開発した姉さんが、私は嫌いだった。

それでも、私の頼みなら聞き入れてくれるかもしれない。

その可能性に賭けた。

 

だが、一蹴された。

 

姉さんの声も聞こえず終いで。

 

私が姉さんを嫌っていたように、私も姉さんに嫌われていたのかもしれない。

 

そのせいで私は専用機は持てていない。

クラス対抗戦や、学年別タッグマッチトーナメント、臨海学校。

すべての行事で私は立て続けに不祥事を起こし、成績もかなり危うい状態だ。

教師陣にも見放されているのは私も察している。

 

IS学園始まって以来、初めての留年生になるかもしれないとも5組の担当教諭に言われている。

ただでさえ座学でも赤点スレスレの私が、仮に進級できたとしても周囲の生徒に追いついていける保証は無い。

それは私が一番自覚している。

補習授業も追試も幾度も受けているから…。

一学期終了時、職員室前に張り出された総合成績には、一夏は上から数えた方が早かった。

それに比べて私は最下位に限りなく近い。

座学も、搭乗技術も…。

 

「私は…」

 

今の私は一学生、同時に政府庇護下の人間、もののついでに不祥事を立て続けに巻き起こした保護観察処分も受けている身。

退学さえさせてもらえない身だ。

 

将来()が見えない…」

 

きっと学園を卒業できたとしても、また政府の監察下に入るのだろう。

それを考えると気が滅入る。

 

「周囲は既に来年からの話で持ちきりだが、兄上はどうするつもりなんだ?」

 

「俺か?

正直言うと悩んでるんだよな。

輝夜と一緒に世界のステージを駆け抜けていくのなら選手科。

けど、整備科に世話になっている間にも裏方に興味が出てるのは否めないから整備科も捨てがたい。

だが、宇宙にも強い興味があるから、宇宙航空技術開発科にも手を出してみたいんだ。

次世代パワードスーツであるESってのにも興味がそそられるからな」

 

「一夏ってば、やりたい事が多過ぎるんだね」

 

「掛け持ちしてみてはどうですかお兄さん?」

 

「いくら兄貴でもきりきり舞いになるんじゃない?」

 

「あっははは!

でも一夏だったら複数のモニターを使って講義を受ける、なんて事も出来そうだよね」

 

「そうですわね、一夏さんってば羨ましくなる位に器用ですもの」

 

「でも、起用貧乏とも言えるんじゃないかしら」

 

「はは、酷い言い種だ」

 

窓際のボックス席から一夏たちの話し声が聞こえてくる。

 

「一夏も…迷っているのか…?」

 

でも、私とは正反対だ。

私はやりたい事が見つからない。

だから決められない。

 

だが一夏は、やりたい事があまりにも多すぎる。

故に、決められない。

こんな所でも、私達は正反対なのだな。

 

「私だけの道、か」

 

髪型を変えて心機一転したつもりでいたが、私は以前となんら変わりがなかったのかもしれない。

それが悔しい、どうしようもなく惨めだった

期末テストののちには、初めての進路調査や面談が執り行われると聞いた。

それまでに、何か決められることはないのだろうか…?

 

「私が得意なものと言ったら、剣道と料理くらいか。

剣道を使ってISの搭乗は…いや、限界が見えているか」

 

現に剣道を使って試合をしようとしても、射撃の武器で撃ち抜かれて負けるか、真正面からぶつかることもせず、受け流されてしまうことも私は少なくない。

射撃武器など、私はてんで扱えない。

授業内でも、訓練でも模擬選でも、私の白星など片手で数える程。

黒星はもう数えたくもない程に続いている。

かつては勝てていた相手でも、私の癖や動きを見抜いているからかとうとう勝てなくなった。

勝てていたのは一学期初期だけだ。

 

かたや料理もそうだった。

この学園は女子ばかり、料理上手など掃いて捨てるほどにいる。

そんな生徒たちも、今では一夏に料理を学ぶものも少なくないと聞いている。

反比例するように私の料理は得意分野など広がらない。

こっちも以前と変わりがない。

 

「私は…この学園に…いや、ISに向いていないんだな…」

 

やりたい事など…打ち込めることなどこの学園では見つけられそうになかった。

 

 

 

専用機トーナメントが終わってから数日、抜け殻のように過ごす日々だった。

あてもなく歩き回っていたが、気づけば調理実習室の前に来てしまっていた。

窓から中を見れば、一夏と、彼と親しくしている面々が居た。

一夏が料理を作り、周囲のみんなはそれを心待ちにしているといった風景。

あの中に私も入りたかったが、私にはまだそれが許されない気がした。

だから私は窓の下にしゃがみ込んだ。

 

「御馳走様、新しい料理に挑戦してみたっていうのに味は最高だわ」

 

「お粗末様です」

 

「ところで一夏君は進級したらどうするのか決めてるの?」

 

「進級、か。

俺はそれより先を見てみようと思いましてね」

 

「あらあら、欲張りだこと。

 

『進級した後』じゃなくて『卒業後』を見据えているって事かしら」

 

「ええ、そうですよ、散々悩みましたがね。

今は俺にしかできないことがある。

なら、それを世界中で汎用できるようにしてみたいんです。

だから俺は…汎用型ES技術を完成させ、世界に認めさせる。

そして宇宙進出技術開発を行いたいと思っているんです」

 

「難しい道ね、まさに難攻不落の砦をいくつも超える程の…。

それに汎用型とまで言ってしまうほどだもの、つまり…」

 

「そう、ISとは違い、性別を選ばないパワードスーツへと作り変える。

最終的には宇宙進出、ですかね」

 

「騒ぎそうな人が多く出そうよね」

 

「現に騒いでいる連中が居るでしょう。

先日の『凜天使』による襲撃、それに各国に蔓延るテロリスト。

それにゴキブリの如く這い回る女尊男卑主義者に女性利権団体もね。

けど、ISを使って何かやらかそうとするならあの人が何らかの行動を取るでしょう」

 

姉さん、か…。

 

「ESの研究開発に賛同し、協力を申し出ている研究者も多く居ると聞いています。

あくまで俺はその中の一人として名を連ねたいんですよ」

 

知らなかった。

一夏は停滞を嫌っているだけじゃない。

すさまじい勢いで加速を続けている。

それも、私だけでなく周囲の皆よりも更にその先へと。

 

「ISを超える…さらにその先の次元に、踏み入れたいんですよ」

 

「なるほどね、でも、その研究開発に挑むのなら」

 

「ええ、技術開発科を想定した整備課、宇宙航空技術開発科、そして搭乗技術を磨くための選手科。

それらの掛け持ちになる、これから先は本当に忙しくなりますよ」

 

驚愕した。

一夏は目標を見据え、手に入れられるモノ全てを掴もうとしている。

 

「で・も、一夏君はモンド・グロッソにも出たがってるような発言をしてたわよね。

それはどうするの?」

 

「勿論出てみたいですよ。

そしてそのステージでESの発表をすれば、とね」

 

世界中が注目するステージで技術開発の発表、か。

それだったら確かに世界に知れ渡ることになるが…。

 

「目標としては、完成は卒業後10年ってとこですね。

つまり…」

 

「第7回モンド・グロッソってところかしらね。

ふふ、お姉さん楽しみにしてるわよ♪」

 

「じゃあ、楽しみついでに後片付けお願いしますね」

 

「…ねえ、最近私の扱いがぞんざいになってきてない?」

 

「気のせいでしょ」

 

「だったらちゃんと私の目を見て言いなさい!」

 

見つからないようにコッソリと覗き込んでみる。

私が知るかつての笑顔とは違って見えた。

ああ、本当に…あいつは止まることを知らないんだな…。

 

「私は…どうするべきなんだろう…」

 

ようやく分かった。

私とあいつの根本的な違いが。

 

「一夏は未来を求め、私は過去を求めた。

それだけじゃない。

一夏ははるかな先を見据え、私は今しか…私自身すら見えていなかったんだな…」

 

もう一度しゃがみ込む。

壁に背を預けながら調理実習室の喧騒に耳を浸す。

あの場所はきっと居心地が良いんだろうな…。

 

「いつか…いつか、私も…」

 

「そんな事をぼやいてる暇があったらお前もコッチに来い」

 

首の後ろ、襟首を掴まれ

 

「う、うわぁっ!?」

 

窓から調理実習室に引きずり込まれた。

おのれ誰だ!?

女子にこんな乱暴な扱いをするのは!?

 

「いつまで部屋の前黄昏てんだお前は」

 

「い、一夏ぁっ!?」

 

「おう、ほかの誰に見える?

それともどこぞで偽物でも出たのか?」

 

え?偽物が出た試しでもあったのか?

 

「まったく、楯無さんも相っ変わらず人が悪い。

篠ノ之(コイツ)が此処を通るように人払いだとか『掃除中』の看板をあちこちに用意してたんでしょう?」

 

「あらぁ♪バレちゃった♪」

 

「お前らもそうだろう、こんな大仕事、一人じゃ出来ないだろうしな」

 

一夏の疑問視にその場にいた全員が目をそらす。

ちょっと待て、私が無意識にこの部屋の前を通りかかるように誘導されていたのか!?

 

「やれやれ、マドカが材料を余分に持ってきていたのはこういう理由だったか。

ちょっと待ってろ」

 

「あ、一夏、私もお手伝いするね」

 

「ああ、頼むな」

 

一夏はそそくさと私に背を向け、コンロに向かう。

ほどなくしてから、経験した事の無い薫りが漂ってくる。

 

「いつまで床でへたっているのかなぁ?」

 

「そうですわ、コッチに来てくださいな」

 

「うわっ!?ちょっ!?

なんなんださっきから!?」

 

両腕をシャルロットとセシリアに掴まれ連行よろしくいくつも皿が並ぶテーブルへと追いやられる。

 

ええい、今日はいったいなんなんだ!?

人の掌の上で踊らされているみたいじゃないか!?

 

「逃げようとするな!

メルク!ロープ持って来い!」

 

「ラウラさんどうぞ!」

 

「何をするんだ!?

離せ!縛るなぁっ!私はそんな趣味は持ってない!」

 

「いいから黙って待ってろ、兄さんの集中が切れたらどうするんだ」

 

「そうそう、黙って待ってなさいよ」

 

人を椅子に縛り付けておきながら何を言っているんだマドカと凰は!?

しかも「落ち着け」と無理を言うなぁっ!!!!

 

「ガタガタ五月蠅い奴だな。

ほら、完成したから冷めない内に食べちまえ」

 

目の前の卓に…皿に乗せられていたのは先ほどまで周囲の皆が口にしていたであろう料理と同じものだった。

久々に目にした一夏の手料理に思わず目を奪われた。

 

「どうした、食わないのか?」

 

「だったらこの拘束を解けェッ!」

 

手も足もロープや手錠で拘束されたら腕どころか…それよりも指の一本すら動かせないだろうがぁ!

 

「おい、いくら何でもやりすぎだろう。

どこぞの犯罪者じゃねぇんだからな」

 

そう言いながら一夏は傍らに置いていた刀を引き抜き、私を拘束していたロープを切り裂いていく。

 

「よし、これで全部だな。

じゃあ、ほら、冷めない内に食べろよ」

 

「う、うむ…」

 

差し出された匙を掴み、一口食べてみる。

…美味しい、とても美味しかった。

一口食べてしまえば、あとは我慢などできなかった。

 

「…そこまで腹が減っていたのかよ」

 

周りの視線など気にせずに掻っ込んだ。

口の中に入ってくるものを碌に噛みもせずに飲み込む、それを幾度も繰り返す。

気づけば皿の中は空っぽになっていた。

 

「…御馳走様」

 

「お粗末、と。

で、少しは先が見えたか?」

 

「…え?」

 

ど、どういう意味だ?

 

「学園内の通路の勝手な封鎖、これは学園にバレちまったらタダじゃ済まないんだよ。

にも関わらずに実行しようとするほど俺たちは愚鈍じゃ無い。

学園側から依頼されたんだよ、動けなくなってるお前に『何らかのきっかけを与えてやれ』ってな」

 

そう、だったのか。

 

「お前にできることはその手の中に何かあるか?」

 

「私は…剣道しか…」

 

「だったらそれを極めろ、人がその手で掴める者には限りがある。

あれこれいろいろと望みすぎると身を滅ぼすぞ」

 

「一夏君がそれを言うのかしら~?♪」

 

「茶々を入れないでもらえますか?」

 

身を滅ぼす、か。

確かにそうだ。私は一夏の心を手に入れたかった。

だが、その結果は無残なものだった。

そして私は一度、この手で…。

なのに、一夏は私を咎めなかった、自由の罪の処した。

私の未来を閉ざさないでくれた。

 

「もう一杯、貰えるか?」

 

「ああ、いいぜ。

材料ならまだまだ余裕があるからな」

 

「兄さん!私もおかわり!」

 

「お兄さん!私もです!」

 

「兄上!私も食べたい!」

 

「兄貴!アタシも!」

 

「僕も!」

 

「わたくしも是非!」

 

「お姉さんにも貰えるしかしら?」

 

私に続いて全員が皿を手にお代わりを要求してくる。

ああ、人の中に居るというのは、こんなにも心地いいものだったんだな。

 

「一夏、もう一回頑張ろうね」

 

「ったく、全員食い意地張りすぎだ、こっちの身にもなれ」

 

そう言いながら一夏はコンロの前に立ち、いくつものフライパンの相手を始める。

大忙しなのに、笑いながら料理をしている。

一夏の隣には相変わらず彼女が一緒になって調理を手伝っている。それを見ていても、以前のような悔しさや妬ましさは感じられなかった。

ただ、これでもよかったのかもしれないと思った。

私が一夏を周囲の皆から引き離そうとすれば、今のような笑顔は見られなかったかもしれない。

あいつの笑顔を見られるのなら、今のこの状態は…悪くない。

 

この日の夜、私は髪を束ねていたリボンを外し、戸棚に仕舞う。

 

「変わってみせるさ、私だって」

 

そして…長年伸ばし続けた髪をバッサリと切った。

肩にようやく届く程度になった長さの髪を見てみる。

…これも悪くないかもしれない。

 

 

二週間後

 

「篠ノ之さん、剣道の試合頼めるかな?」

 

「ああ!私でよければいつでもいいぞ!」

 

今までにないほど、私の気分は清々しくなっていた。

これもすべて一夏のおかげなのかもしれない。

あいつは私に可能性を…希望を提示してくれた。

なら、私はその希望を掴む。

だから、その先は私だけの道を見つけるんだ。

あいつの友として!

 




失われた牙

奪われた力

略奪された命の伴侶

それは…

次回
IS 漆黒の雷龍
『夢想蓮華 ~ 力剣 ~』

覆してやる!

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