IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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こんな番外編だって時にはと思います。


閑話 ~ 甘味逃亡 ~

Ichika View

 

2月14日。

この日が近づくと世間はバレンタインデーなるイベントにて騒がしくなる。

とても騒がしくなる。

 

「はぁ…またあの日が来るのか…」

 

マドカが日本に引っ越し、俺と同じ中学に通うようになってから1か月と半月。

マドカは「バレンタインデーって何?」と首を傾げながら訊いてきたが、俺は視線をそらしてその問いには答えなかった。

そう、バレンタインデーと騒ぎまくっているのは、世界広しといえども実は日本だけだったりする。

世界では、「バレンタイン牧師が撲殺された日」などと妙な形で名が独り歩きしているだけだ。

 

「さてと、明日の予定は、と」

 

バイトを掛け持ちしている俺からしたら必須アイテムになりつつあるスケジュール帳を開いてみる。

今日までは普通に登校したり、普通にバイトしていたりするが、明日だけは違う。

 

「朝は早朝の新聞配達、それが終わったら4丁目の食堂で仕込み、昼前までそこで働きづめ。

それから次に移動してから隣町でファーストフード店で裏方の仕事。

更にその次には、移動してから夕方にはその近所の商店街にて居酒屋で裏の仕事、その次には…」

 

この日だけはスケジュール満載だ。

これで知った顔の人間にはそうそう遭遇することもあるまい。

 

「おっと、マドカが起きた際の朝食の準備もしとかないとな」

 

それと書置きも残しておこう。

あ、簪達も来るかもしれないから、それに対する断りも書置きしておかないとな。

 

「明日は忙しくなるぞ」

 

バイトが多く入ればその分の報酬も多くなる。

それは勤労学生には嬉しいことではあるが、少々気が滅入るのも確かな話だったりする。

さぁて、今日は早めに就寝しとかないと、明日倒れたら笑い話にしかならねぇや。

 

 

 

Dan View

 

どうにも夕方から下の階のキッチンから甘ったるい香りが漂ってくる。

まあ、今年も今年で例のイベントが待っているからなんだが。

 

「蘭、あいつも頑張ってるなぁ…」

 

「どうせ義理チョコで終わっちゃうのがわかってるのに頑張るよねぇ」

 

ドグゥッ!

 

俺の足の裏が数馬の顔面上部に突き刺さった。

妹への侮辱は万死に値するぜ。

 

「失明するだろ!」

 

「失言するからだろうが!」

 

「なんだその等価交換は!?」

 

「うっせーやい!義理チョコの一つだってもらった経験すら無いくせによ!」

 

「鏡を見て言いなよ!

『彼女居ない歴=年齢』のくせにさ!」

 

「お前だっておなじだろーがぁっ!」

 

やいのやいのと騒ぐ俺らだが、端から見れば不毛だろうなぁ。

どうせ今年も俺らは義理チョコの一つだってもらえないんだから。

鈴の奴に恵んでもらおうと土下座したら蹴っ飛ばされたし、蘭に頭下げても、その頭に踵落としくらったくらいだ。

俺らの悪友の中でチョコをもらえるのは一夏だけだろうぜ。

魂の叫びだ!チィィィィックショォォォォォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!

 

そしてこの数分後、騒ぎすぎたせいで、蘭と爺ちゃんから拳骨と踵落としを食らうのだった。

納得いかねぇ…!

 

 

 

 

Tatenashi View

 

家のキッチンからは程好いチョコレートの香りが漂ってくる。

明日はバレンタインデー、女の子からすれば気合いが入るイベントなのは知っている。

 

私は中学の調理実習室にあった材料を少しだけくすね、一夏君宛ての義理チョコを用意した。

簪ちゃんはといえば、材料も道具も何から何まで自分で揃え、調理に挑んでいる。

 

「うん、さすがは私の自慢の妹ね。

一夏君ってば幸せ者だこと」

 

明日の朝、二人揃って届けに行こうかしらね。

 

「やっぱりこちらに居ましたかお嬢様…!」

 

「ひぃっ!?で、出たぁっ!」

 

「人の顔を見るなりその反応は何ですか!

屋敷内で溜めに溜め込んだ書類、今日こそ片づけてもらいますよ!

緊急の書類やロシアからの書類も残ってるのを忘れていないでしょうね!?」

 

 

「あ、あら?そんなの在ったかしら?」

 

「最低でも、今日と明日は部屋に缶詰めになってもらいますからね…!」

 

う、嘘でしょ~!?

 

 

 

 

Kanzashi View

 

色々なレシピを見ながら、どんなチョコを作ろうかと悩みに悩んだ。

どんなチョコなら一夏が喜んでくれるのかも悩み続けた。

その結果、選んだのはトリュフ入りのチョコだった。

 

「明日一番に渡しに行こうっと」

 

あ、でもマドカも居るし、『友チョコ』っていうのも作っておこう。

もしかしたらマドカも同じようなものを作ってるかもしれないけど。

でも、オーストラリアからわたってきて一か月と少ししか経ってないけど、マドカはバレンタインデーの事、知ってるのかな?

…今日はもう遅いから、明日になってから聞いてみようかな。

 

「うん、出来た♪」

 

初めて作ってみたけど、上手く出来上がってると思う。

じゃあ、次はマドカの分も作ろうっと。

 

「本音、つまみ食いはダメ」

 

「うえ~ん、薫りだけだとお腹が空くんだも~ん…」

 

隣で同じようにチョコを作っていた本音が腹の虫の悲鳴を鳴り響かせながら視線を向けてくるけど、今は心を鬼にして無視する。

つまみ食いのために伸ばそうとする手を叩いて止める。

 

もうこのやり取りが何度続いたかは数えるのも面倒になってきてる。

 

「かんちゃ~ん」

 

「ダメなものはダメなの…後で渡してあげるから」

 

「わ~い♪」

 

でも、お姉ちゃんと虚さんはまだIS学園にいるだろうから渡せないか。

仕方ない、数日遅れにはなるだろうけれど、宅配で届けておこう。

 

 

 

 

Lingyin View

 

「またこのイベントか…」

 

一時期、このイベントに乗せられてチョコ作りに励んでみたけど、一夏(アイツ)がアタシになびいてくれたことはとうとう一度も無かった。

しかも、簪に一目惚れした挙句に交際を始めている始末。

まあ、アイツが彼女を選んだのならそれに関してとやかく言うのはお門違いもいい所だというのは判りきっている。

あの二人が交際しているのを知った日には暴れに暴れた。

ひっかいたり蹴ったり、泣き叫んだり。

でも、あの二人の幸せそうな笑顔を見たら引かざるを得ないことは嫌でも理解できた。

 

「義理チョコでも用意してやろうかな、なんてどこかで 思ってたりするけど無駄よねぇ」

 

どうせどんな結末になるのかは知っているんだから。

しかも今年の一夏は結構鍛えているから殊更に。

 

「けど、一夏以外の為に友チョコくらいは作ろうかな。

数馬と弾には渡してあげないけどさ」

 

そうと決まったらさっそく取り掛かろうっと。

 

 

 

 

 

Ichika View

 

未だ東の空が明るくなってもいないうちに俺は家から出た。

戸締りはした、マドカのための朝食も書置きもしておいた。

 

「よし、いくか」

 

自転車に跨り、さっそく発進する。

マフラーと手袋をしていても、この時間帯はやはり寒い。

自転車をこいでいる間に体が温もればいいんだけどな。

そうやって自転車をこぐこと15分。

いつも世話になっているバイト先である新聞社の支部に到着した。

 

「おはようございます!

織斑です!今日もよろしくお願いします!」

 

「ああ、今日もよろしく頼むよ」

 

上司に挨拶を交わし、デスクに置かれている新聞をわしづかみに、そのまま引き返し、それを自転車の前かごに放り込む。

 

「さぁて、今日はいつもよりも景気よく忙しく過ごそうか!」

 

力一杯にペダルを踏み込み、一気に加速した。

 

 

 

 

Madoka View

 

「ふぁぁ…もう朝か…」

 

兄さんはもうバイトに行った後だろう。

未だに重い瞼を擦りながら私はベッドから出た。

 

「相変わらず朝は寒いなぁ…」

 

一か月と少し前までオーストラリアで過ごし、夏を満喫していたから、この寒さは身が凍るかのように感じられた。

そんな中、日も昇らぬうちにバイトに出向く兄さんには尊敬する。

リビングには当然誰も居ない。

テーブルの上には、兄さんが用意してくれたであろう朝食が並んでいた。

 

「ん?朝食だけにしては量が多いな?」

 

近くにまで歩み寄って確認してみれば、朝食、昼食、夕食とそれぞれ一斉に並んでいた。

そしてその隣には書置きが。

わざわざドイツ語で書いてる…。

 

「えっと…『バイトにより多忙、夜遅くに帰る。

風邪をひかないように気をつけろよ』、と。

それからこっちは簪や皆に向けられたものかな?

こっちもドイツ語で書いてるし…。」

 

そっちの内容も似たり寄ったりだった。

まあ、いいか。

今日は寒いし、家の中でゆっくりしながら機体のデータ調整でもしておこうかな。

 

「兄さんが一日留守にしてるんだし、それくらいいいよな、ゼフィルス?」

 

相棒からは返事は無い。

まったく、頑固者め。

 

 

 

Lingyin View

 

十時も過ぎたころ、マドカと簪に友チョコを渡しに出かけていた。

数馬と弾は相変わらず気持ち悪かったので蹴っ飛ばしておいたけど、なんであんなに必死になるんだか。

 

「あ、鈴」

 

「お、簪じゃん、お出かけ?

それともデート?」

 

「か、からかわないで!もう!」

 

この通り、簪はウブだから反応が面白おかしい。

だからからかうのは楽しかったりする。

 

「それで、どったのよ?」

 

「その…今日はバレンタインデーだから、その」

 

ああ、一夏にチョコレートを渡しに来た、と。

 

「多分、留守にしてるわよ」

 

「…え?」

 

「だから、多分留守にしてるわよ」

 

「な、なんで…!?」

 

「毎年の事よ」

 

そう、あの一夏(バカ)はこのイベントに巻き込まれるのが御免だから早くも逃げ出しているだろう。

バイトはしてるけど、それはただの口実、実際にはバイトで丸一日をつぶして逃げ回り続けるだろう。

 

「確かめてみる?多分書置きくらいは残してるだろうし」

 

 

 

 

 

そして一夏の家に到着すると、このクソ寒いのにワイシャツを羽織っただけのマドカが出迎えてくれた。

 

「はい、これ。

兄さんの書置き」

 

英語で書いていてくれればアタシも読めるんだけど、わざわざドイツ語で書いてるから解読できない。

 

「早い話、今日の内は兄さんは帰ってこないって事だよ」

 

「もう、先に教えてくれればいいのに…」

 

「毎年の事よ」

 

「お菓子製造会社の陰謀がそんなに兄さんと密接に関係してるの?」

 

うわ、なんて乱暴な物言いしてんのよマドカは。

…いや、ちょっと待て。

 

「マドカ、アンタはバレンタインデーがどんな日か知ってる?」

 

「だから…『お菓子製造会社の陰謀の日』、でしょ?」

 

なんつー事を教えてるのよあのアホは!?

 

「…彼女としてどう思う、簪?」

 

「み、身も蓋も無い、かなぁ…?」

 

さすがの簪も苦笑いしていた。

まあ、仕方ないといえば仕方ない、か。

 

「で、アンタはなんつー恰好してるのよ、ワイシャツ一枚だけとか。

 

下着は着てるみたいだけど」

 

「兄さんのワイシャツだ、兄さんが留守にしてる時には時々羽織ったりしてるんだ。

…二人も着てみる?」

 

…アタシも簪も抗える訳がなかった。

 

 

 

 

Kanzashi View

 

二階の一角にある一夏の部屋は千冬さんのようにトラップが用意してあるわけでもなく、平然と入ることができた。

そしてマドカはといえば、恥じらいも抵抗もなく一夏のクローゼットを開き、真っ白いワイシャツを取り出した。

私は…その…一夏の下着とか見ちゃったときは流石に恥ずかしかったけど。

けど、私の家に下宿していた時には私の不手際で上半身裸の状態を見ちゃったこともあるけど、それは秘密にしておこう。

 

「はいコレ、兄さんのワイシャツ」

 

「アンタ、抵抗が無いのね…」

 

「抵抗って?」

 

「な、何でもない…」

 

ま、まあいいかな…。

 

私はマドカの部屋で、鈴は脱衣場で着替えることになった。

ううぅ…でもやっぱり恥ずかしい…!

チョコを渡しに来たはずなのに、なんでこんな事になってるんだろう…?

 

「き、着替えてみたけど…やっぱり、恥ずかしいな…」

 

マドカは、上はワイシャツだけ、下はスカートやズボンも履いてなかったけど、プライベートはあんな風にして過ごしてたのかな?

 

「も、もうこんな恰好なんだし…!」

 

マドカのマネをして私はスカートも下した。

あ、後でまたちゃんとした服装にすればいいだけだし…!

 

「よ、よし、行こう!」

 

ドアを開けて私は廊下に出た。

やっぱりスースーする…。

 

「あ、結局簪も一夏のワイシャツに着替えちゃったんだ」

 

鈴もスカートを脱いだらしく、今では素足が覗いていた。

 

「は、恥ずかしくないの?」

 

「恥ずかしいに決まってるじゃん。

どうせ一夏は今日の間は帰ってこないけどさ」

 

ま、まあ、本人に見られちゃうのが一番恥ずかしいよね…。

これは本人が居ない間だけの秘密って事で…。

 

「やれやれ、バイトの間はいつも持ち歩いてるスケジュール帳を持っていくのを忘れちまうとはな」

 

「ま~ま~、こんな日もあるって、おりむ~」

 

そんな聞きなれた声が聞こえてきた。

それも玄関から足音が…。

 

今日は帰ってこない筈、そう思っていた本人の声に私たちの足は凍りついたかのように動かなくなった。

 

ガチャリ

 

リ、リビングのドアが開いた。

 

「ん?マドカ、お前またそんな恰好をし、て…」

 

一夏の視線が私と鈴に突き刺さった。

 

「…どういう状況だこれは…?

なんで二人も俺のワイシャツを着てるんだ?」

 

み、み、み見られ…!

 

「「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」」

 

ご近所迷惑な規模の絶叫が響き渡った。

それも、私と鈴の悲鳴が。

そのままリビングから飛び出し、私と鈴は二階へと駆け上がった。

 

「おりむ~、おりむ~、リンリンってば白と水色の縞々だったよ~♪」

 

「言わんでいい」

 

「アンタ後で覚えてなさいよ!」

 

「お、おう?覚えてていいのか?」

 

「忘れろぉぉっっ!」

 

鈴がチョコを階下に居る一夏に向けて投げつけるのを横目に、私は先程まで居た部屋に飛び込んだ。

 

「あ、あれ…?

り、鈴が見られたって事は…私も下着見られちゃった!?」

 

なんでチョコを渡しに来ただけの筈なのに、こんな事になってるんだろう…?

言うまでもなく、その後日も含めて散々なバレンタインデーになったのは言うまでもなかった。

 

 

二年後

 

「本音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!!!!」

 

今年も今年で本音の悪戯心で散々な日になっていた。

本音が余計な噂を流したせいで、今年のバレンタインデーは、寮の中はワイシャツを羽織っただけの人が殆ど。

噂に影響されたのか、メルクやラウラやシャルロットやセシリアまで…。

お姉ちゃんや虚さんに相談しようと上級生の寮にも行ってみたけど、ワイシャツ姿の生徒が視界の限り埋め尽くされている。

この服装なら一夏がチョコを受け取ってくれるだのなんだのと。

その危険な気配を察知したのか、一夏は早朝からバイクで街へと出かけていた。

 

「これなら恥ずかしいのは、かんちゃんだけじゃないから大丈夫~♪」

 

「氷漬けにされたい?」

 

「わひぃっ!?」

 

今年、私が作ったチョコは今も私と一夏の部屋に置かれている。

遅くに帰ってきたとしても、きっと一番に渡せると思うから。

 

だとしても…

 

今後、バレンタインデーが禄でもない日になりそうな予感がしてならなかった。

 




遅くなった~!
バレンタインデーの外伝小説、今年こそは書きたかったけども…「もうバレンタインデー関係なくね?」とかコメントがすっ飛んできそうで戦々恐々な雨空です。
バレンタインデーに何があったのか?
今作の一夏君は、妹分を作る達人ですが(ォィ)女の子に慕われるのは原作同様なのでしょう。
結果、何があったのか。
やっぱり女子に追い掛け回されたんでしょうね、そうでなきゃぁ、あの脚力は生まれなかったでしょうね。
鈴ちゃんはそれを間近で見ているわ、簪ちゃんが恋人として隣に居るわ、そんな理由で友チョコだけにとどめていたのです。
そしてマドカちゃんってばお兄さんのクローゼットを開けるとか大胆ですってば。
更に付け加えて言うのなら、ワイシャツ一枚の簪ちゃんって、かなり可愛いと思います←コレが言いたかっただけ。

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