IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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やり過ぎたとは思ってます。
だが後悔はしていない。
『雪』の繋がりで彼の真似をさせてみたっていいじゃない!(錯乱)


征天雷禍 ~ 現今 ~

「オータムからの定期連絡が途絶えた…一周かに上の連絡が来なければ、組織内では『死亡扱い』とされる。

それは分かっているけれど…!」

 

彼女の横顔が憎しみに歪む。

あの場所にオータムを向かわせたのは彼女だった。

それも、あの織斑千冬が、かつての愛機を復活させた事を知っておきながら。

障害にはならないのだと予想していた。

織斑一夏が例の事件についてのすべての記憶を失っているという事実を知っていたから。

彼が一人になった所を襲撃させ、ISを奪う。

その算段だった。

オータムならそれができると思っていたからこそ派遣した。

その補助としてメンバーを数名動向させようとしたが、オータムは不要だと単独で動いた。

なのに…

 

「オータム…貴女の仇は私がとるわ。

私がすべてを手に入れるためにも…!」

 

その組織、『亡国企業』は、世界の闇で暗躍する事で形を悟らせないようにしていた。

だが、いまやその組織は瓦解寸前にまで至っている。

その原因は、突如現れた二人組のマッドサイエンティストが原因だった。

その二人が現れた直後から組織の総帥は次第に衰弱していった。

因果関係は未だに判明していない。

 

それからはその二人組が看病の名目の下、総帥の管理をしている。

誰も刃向えない、総帥の命の自由はその二人に握られているのだから。

だが、彼女『スコ-ル』はある好機を得た。

二年前に付帯組が逃したとされる少年が、今度はISを起動させたという話が世界中に出回っている。

そして彼が搭乗する機体は未知の形態にまで至っているのだと。

その機体を奪い、その力を得ることさえできれば、かの二人組から組織の権威奪い返す可能性も夢ではなかったのだから。

だが作戦は失敗した。

失敗したが、終わってはいない。

オータムにできなかったのなら、今度は自分が出る。

そして少年の持つ力を奪い取る。

その力を以ってして権威を奪い返すのだと誓った。

 

「スコール・ミューゼル、ゴールデン・ドーン!

行くわよ!」

 

『黄金の夜明け』と称された魔神の力を振るう。

 

奪うために、取り戻すために、その為には

 

「手段は選ばないわよ、織斑千冬、織斑一夏!

貴方達はこの私が絶対に殺してあげるわ!」

 

魔神の背後には幾つかの影が追っていた。

彼女の命に従い同行している無人機だった。

魔神と人形がともに飛翔するそのさまは威圧的だった。

そしてその姿は異形。

その目的はあまりにも歪んでいた。

 

 

 

 

Ichika View

 

あの日、黒翼天に託された『ソレ』を見ていた。

黒刀『天龍神』。

その投身はどこまでも深い闇色だった。

俺の左手に埋められたそれと同じように。

 

「なあ、黒翼天」

 

『…何だ?』

 

「俺も覚悟を決めたよ。

…いや、決めていた、といった方が正確だな。

俺はなぜか知らないがISを稼働できる。

『嫌だ』と思ったことが無かったわけじゃない。

でも、それと同じだけ『これは好機だ』とも思った」

 

二年前、ドイツ軍駐屯地で目覚めた直後に告げられた真実。

俺のせいで千冬姉は2度目の栄冠を逃した。

当時の俺は無力感から突き動かされ、ひたすらに刃を振るった。

あの日を繰り返さないために…大切な人の思いを守ることも出来なかったから。

だから、守られ続けるのが嫌で、今度は自分が守るのだとして。

そしてISが動かせる事実を俺自身が知った。

なら、この力を自分の力の一つとして、守れるようになろうと。

そして俺は輝夜と黒翼天と対面し、力の一部を分け与えてもらった。

 

「守る覚悟も…命を奪う覚悟もな」

 

『…そうか』

 

「止めないんだな、お前は…」

 

『止めたところでおとなしく引き下がるほど聞き分けのいいバカ野郎だとは思ってもねぇからな』

 

まあ、聞き分けが悪いのは今更過ぎるかもしれないけどな。

 

「ごめんな、簪…」

 

俺がこの手を血で穢せば後戻りはできないだろう。

もう簪に触れることも出来ないかもしれない。

 

「殺さねぇで済むに越したことはないけどな」

 

『足りねぇなぁ、テメェを殺ろうとしてるのなら、排除する必要があるだろう。

そうでもしねぇと、テメェが守ろうとしているもの全てを失うぞ』

 

俺が守りたいと思っているものすべてが失うわけにはいかない。

守る為なら…相手が守ろうとしているものを全て奪い取る覚悟でいなくちゃいけない。

 

「輝夜、お前なら俺を止めるか?」

 

『判らない。

でも、あなたの覚悟を穢すことはしないわ』

 

「…そうか…」

 

なら、後は俺次第だ。

この覚悟を曲げない、そして、知られてはならない。

 

 

 

 

今日はCBF当日だった。

今回は例年とは違い一年生もレース競技を行うようになっている。

その理由としては、今年の一年生は、あまりにも専用機所有者があまりにも多いからだ。

簪、マドカ、鈴、ラウラ、メルク、セシリア、シャルロット、そして俺の合計8名。

まあ、俺は今回は審判役なわけだが。

今回の舞台は学園の内部ではなく、日本本土の国立競技場だ。

例年のCBFの為だけに建造されているので、そのサイズも陸上競技系統のものよりもはるかに大きい。

その中に障害物だの何だのを置いて、ISを使ってレースをさせようというわけだ。

しかもドンパチやらかしながら、それを世界が認めているわけだから本当に頭がトチ狂っている。

まあ、観客に被害が及ばないように電磁シールドが展開されているわけだから心配に成るほどでもないのだが。

 

国立の競技場が日本本土側にて用意されているので、そちらへの移動となっている。

なお、俺は客席にも居らず、また、観客席にいるわけでもない。

俺は束さんから渡された台本のとおり、上空にて待機していた。

警護の為、というお題目でもない。

一応、競技中にも俺の出番は在る。

審判役ではあるものの、この一年生訓練機の部において、俺は大役を仰せつかっている。

 

「まったく、俺にこんな役目を言い渡す打なんて、あの日の思考回路はどうなっているんだ?」

 

「まあまあ、抑えてください。

国際IS委員会からの新たな発表というお題目も入っているんですから。

それに織斑君も練習の時には満更でもなさそうだったじゃありませんか」

 

俺の隣にて同じく待機している山田先生はニコニコとしている。

まあ、ここ連日、俺との訓練に付き合ってくれており、その侘びに弁当をコッソリと渡している。

なので最近この人は上機嫌な日々が続いているようだ。

 

話は移るが、俺も少しばかり機嫌がよかったりする。

訓練とは言えども、あんなブツを使わせてもらったんだ。

年頃の男としては多少は頬が緩んだとしても致し方ないだろう。

 

「あ、そろそろ開会式が始まりますよ」

 

「ってー事は、俺たちの出番はもう目の前ってことですよね…はぁ…」

 

ため息がもうひとつ零れ落ちた。

 

そして学園長の長ったらしい話が延々と続く。

中学生の頃もそうだったが、こういう話を聞いていると眠気が襲ってくる。

だが、今回それは許されないので意識を保っていく。

 

「さあ!それでは一年生訓練機の部の開始です!」

 

黛先輩のアナウンスが聞こえる。

相変わらずあの人はああいう場で活躍しているようだ。

ほかの人に交代してくれればいいものを。

 

競技場のピットから各クラスの代表として選ばれた生徒が4人ずつ、合計20名入場してくる。

 

 

「…げぇっ!岸原さんも鏡さんも居るのかよ!?」

 

「織斑君、女の子を見てその反応はあまりよろしくありませんよ?」

 

「いや、誰しも似たことを考えるでしょ…得に彼女の場合は…」

 

「そ、それは…その…」

 

他の生徒はラファールに追加スラスターを搭載したり、打鉄(うちがね)に高機動パッケージである羽鉄(はがね)を搭載していたりする。

だが、岸原さんだけは違う。

遠距離砲撃用パッケージである撃鉄(げきてつ)を装備している。

あの人はいつもそうだったな…。

しかも最近はそれを独自改造しているとか…。

タッグマッチトーナメントでも、彼女の戦闘スタイルが危険視されたのか、セシリアと鈴のコンビに真っ先に落とされていたな…。

この先が果てしなく不安になってきた。

 

「それでは、スタートの合図は1年1組副担任、山田先生にお願いします!」

 

「では、お先に」

 

「ああ、はいはい…はぁ…」

 

今年何度目になるのかわからぬため息がまたひとつ零れた。

溜息を一度すると幸せがひとつ消えるという。

…俺の場合はいくつの幸運が飛んで消え去ったのだろうか?

数えるのもいやになりそうだから数えないが。

 

上空から見下ろしてみる。

台本通り、山田先生が纏っているラファールの脚部から黒煙が噴出している。

やれやれ、行くか。

俺は上空700mから一気に下降していった。

 

頼むぞ黒翼天(相棒)

 

『…フン…』

 

とはいえ、今回の予定にはコイツのパフォーマンスも束さんの台本の中に組み込まれている。

やれやれだ。

 

 

 

Chifuyu View

 

一年生訓練機の部が始まった途端のトラブルだった。

真耶が搭乗するラファールの脚部から黒煙が噴出している。

 

「このタイミングで故障か?

急いで救援を」

 

「大丈夫だよちーちゃん」

 

隣に座っていた束がニコニコと笑っている。

だが、その笑みがどこか寂しげに見えた。

 

「あの惨事で何が『大丈夫』だ。

このままではアイツが墜落するぞ」

 

「だから、大丈夫だってば!」

 

かすかな音が聞こえ、上空に視線を向ける。

左右に白と黒の装甲、背には黒い雷の翼。

…輝夜?

だが、当の搭乗者が展開を解除し、そのまま飛び降りる。

 

「おい!」

 

「だから大丈夫!」

 

左右に現れる赤銅と金色が加速して墜落寸前のラファールを左右から挟むようにして支える。

あいつらにしては随分と気を利かせているようだ。

そして、真耶が持つ物理シールドの上に一夏は平然と着地した。

 

「無事か?」

 

何処か凛とした声。

だが、その雰囲気は一瞬後に吹き飛んだ。

腰の刀を抜刀し

 

「ヒーロー参上ぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 

そんな台詞を会場全体に響き渡らせていた。

あの背中から大体察することは出来る…アイツ…恥ずかしがっているな…

 

「おい、束…」

 

「いっく~~~~~~~ん!!!!」

 

「お兄様ぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

隣の二人といえば…私を無視してまでデジカメで繰り返し撮影していた。

…鉄拳制裁、執行開始…!

 

 

Ichika View

 

「あ~、どうもどうも」

 

予定されたコースを逆走するかのようにペイシオとレイシオに旋回させ、軽く手を振る。

…やって心底後悔した、尋常じゃないくらいに恥ずかしい。

あ、ハルフォーフ副隊長率いる黒兎隊発見。

しかも夏休みに見た顔が勢揃いだ。

 

『お兄様あああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!』

 

おい馬鹿、辞めろ、恥ずかしいだろうが。

それと…、今度こそ基地をすっからかんにしてんじゃねぇだろうな?

そしてハルフォーフ副隊長が何やら言っている、集音してみよう。

 

『いいぞ一夏!

私が執筆した台本通りだ!』

 

やっぱりアンタの差し金か!

そしてアンタは束さんと知り合いなのか!?

どこでどういうタイミングで知り合ったんだ!?

もう辞めておこう、ツッコミするのに体力を使い切ってしまいそうだ…。

 

「お、織斑君です!

世界唯一の男性搭乗者にして最年少国家代表となった少年!

織斑一夏君の登場です!」

 

黛先輩の声がまたも響く。

あの人のアナウンスが始まったということは…次のステップだ。

 

「んじゃ、山田先生、また後で」

 

「はい、頑張ってくださいね織斑君」

 

山田先生が掲げていた物理シールドから飛び降り、その真下にあるものが展開される。

元々はクロエが光学迷彩によってその場に隠されていたものだ。

そして俺がこの数日で乗り回すのに苦労させられたじゃじゃ馬でもある。

 

「さあ…!」

 

右腕の腕部装甲を展開し、龍咬を上空に向ける。

大出力砲撃『インフェルノ』を発射させる。

 

「競技開始だ!」

 

その轟音にてスタートが合図される。

俺もじゃじゃ馬に…大型バイクに跨り、スロットルを回し、エンジンに火を叩き込んだ。

待機していた皆も一斉に発進するのが微かに見えた。

 

「走ろうぜ!」

 

そのまま皆を置き去りにして走り出す。

それにしてもこのバイクは本当に化け物だ。

どこの世界に時速340kmまでメーターのあるバイクが有るんだか。

だが…こうやってバイクで走るのは気分としては悪くない。

いや、寧ろかなり楽しい!

 

「織斑君、さっきのすっごくかっこよかったよ!」

 

「二年生の部ではやったりするの?」

 

「もう一度見てみたい!」

 

やめてくれ、もうあんなのやりたくないんだ。

一般生徒による訓練機の部。

今年入学したばかりの一年だが、それでも観客の目を奪うには充分過ぎるほどだという。

また、一般生徒だとか、専用機を所有していない生徒にも意味がある。

こういう場で上位入賞だとかテクニックを見せておけば、企業だとか、国家だとかのスカウトも無きにしも非ずだという。

 

「あ~…皆、とりあえず今は競技に集中してくれ、さもないと」

 

ドガァァァァァン!

 

撃鉄が火を噴き、打鉄の一機が撃墜された。

…岸原さんか…。

 

「射線上に入るなって…私言ったよね?」

 

自称、『みんなのウザキャラ』こと岸原さんが大出力砲撃をぶちかましていた。

そしてあろう事にも

 

「断末魔、素敵だったよ…!」

 

とんでもねぇ事を口走っていた。

 

なのに、その後も

 

「ふふ、無様だね」

 

だとか

 

「ねぇねぇこの程度なの貴女って?」

 

だとか

 

「コラコラ、まだ死んでいいなんて言ってないでしょ?」

 

だとか

 

「撃って撃って撃ちまくるよ!」

 

だとか

 

「あー判った、もっと激しく撃ち込んでほしいんでしょ?」

 

だとか

 

「このままだと貴女、穴だらけだよ!?」

 

だとか

 

「ほらぁ、避けて見せてよ」

 

だとか叫んでいた。

もう皆そろいにそろって真っ青になって逃げ回っていたが

 

「あれ~?逃げちゃうの~?」

 

岸原さんの声が耳にこびり付いたらしく必死に逃げるようにして飛んでいった。

 

そして皆を見送った後、今度は俺に狙いをつけたらしく

 

「こんにちは、織斑君、今日はどの部位から潰してほしい!?」

 

いや、潰された覚えもないんだけどな。

俺もエンジンをさらに点火し、走り続け、真っ先にゴールするのだった。

背後から幾つもの断末魔が聞こえたり響いていたのは気のせいだ。

気のせいったら気のせいだ。

 

…自称『皆のウザキャラ』とかいうのは伊達ではなかったようだ…。

 

 

 

 

午前中の俺の出番はこれにて終了だった。

専用機所有者は各自最終調整を待っている状態だ。

そんな中、俺が何をしていたかというと…炊き出しである。

んで、大ホールに関係者一同を集めておいた。

 

「よし、じゃあ全員、箸とナイフとフォークの準備は充分か?」

 

見渡す限り女、女、女。

まあ、IS学園に入学して以来見慣れてしまっている光景だったりするわけだが。

とはいえ、席が二つ空いている。

まあ、そこはスルーしておこう。

 

「ねえ、そこの空っぽの皿と席は何なの?」

 

細かいことを気にするのが鈴だったりする。

まあ、俺としてはもう気にもしていないのが現実なんだがな…。

 

「二年生のサファイア先輩と、三年生のケイシー先輩の席…だった…。

皆と同様に食事の注文を取りに行ったんだがな、あんな断られ方は今まで見たことがなかったぜ」

 

流石欧米、か?

横柄な物言いだったぜ。

 

「どんな断り方だったの?」

 

簪が小首を傾げながら訊いてくる。

まあ、ねだられたら答えるほかないよな。

 

「『はあ?男が作る食事なんぞ薬が盛ってあるようにしか見えるかよ。

テメェが作る泥なんざ誰が食うかボケ、競技に出られなくなったらどうするつもりだ』、だとよ。

流石に俺も数秒凍りついちまったよ」

 

断り方がもはや清々しいね。

料理人次第かもしれんが。

そして簪や実妹や妹分達といえば…おい、額に青筋立ててるよ。

 

「ひ、酷い言いぐさですね、そのケイシー先輩って方は」

 

「で、残り一人のサファイア先輩ってのはどうしたの?」

 

「その芋蔓のごとくついていっちまったよ」

 

サファイア先輩は一応会釈程度はしてたけど、ありゃ単なるツレって訳でもなさそうだな。

なお、同じように競技に出られないようにするつもりであれば、俺は『薬を盛る』だなんて姑息なことはしない。

より料理の味を良くし、追加注文を殺到させるくらいはしてやるさ。

まあ、あの二人の事は今は放置しておこう。

どうせ今頃は控室で腹を空かしているろうだしな。

 

と、千冬姉もこの場所に来たみたいだし食事を用意するとしようか。

 

「千冬姉。

今日は解説の仕事をしているわけだから、色々と疲れるだろうからスタミナをつけてもらう。

その為に、愛知県名物『ひつまぶし』だ。

ウナギはスタミナをつけるのには最適だからな」

 

「お前、この短い時間でこんな手のかかる料理を作っていたのか…」

 

この料理は更識で教わったものだったりする。

よし、じゃあ次

 

「束さんとクロエには、秋の味覚である『秋刀魚の炊き込みご飯』だ!」

 

「うっわぁっ!美味しそう!」

 

「早速いただきますね!」

 

こんな食材をも格安で売っているのだからIS学園の購買はとんでもないところだ。

まあ、どんな食材でも調理次第で美味い料理に姿を変えるのだから。

そこは俺の腕次第だ。

よし、じゃあ次だ。

 

「簪には、『かき揚げ饂飩』だ。

今朝入荷されたばかりの野菜をサッと揚げて饂飩に豪快に乗せてみた。

野菜のシャキシャキとした触感を楽しんでくれ。

ちなみに、饂飩のスープにも拘っているぞ」

 

「いただきます!」

 

簪は元気のいい声と一緒にかき揚げをスープに沈める。

曰く、『どっぷり全身浴』派だとか。

よし、じゃあ次だ。

 

「マドカには『和風生春巻き定食』だ。

簪のメニューと重なるが、新鮮な野菜を春巻きに巻いてある。

味噌汁も残さず飲んでくれよ」

 

「いっただきま~す!」

 

特製のドレッシングを春巻きに少しだけつけてザクザクと齧っていく。

いい食べっぷりだ。

よし、じゃあ次。

 

「鈴、お前には好物のラーメンだ」

 

「よく判ってんじゃん!」

「スープには簪とは別のものでダシをとってある。

麺も俺が一から作ってみたものだ。

どんな材料を使っているかじっくりと考えてみてくれよ」

 

なお、使っているのは『鮎』だ。

ス-プは鮎からダシをとっている。

また、麺にも、ペースト状にした鮎を練りこんでいる。

鮎が持ちあわせる甘さと香りを楽しんでもらおう。

よし、じゃあ次だ。

 

「メルク、お前にはオーダー通りにミネストローネだ。

具材としては、ニンジン、ジャガイモ、ズッキーニ、グリーンピースを入れて、オマケにパスタも入れている。

俺としては初めて作ったが、味は保証するぞ」

 

「飲み物には?」

 

「最近はまっているとかいう梅昆布茶だ」

 

センスが渋い。

日本各地のお茶を網羅しようとしていて、玄米茶だとか抹茶、熊笹茶に緑茶などが部屋にてコレクションしてたな。

まあ、コイツは相変わらずのマイペースっつー事で。

よし、じゃあ次だ。

 

「ラウラにはドイツ名物の『シュヴァイネハクセ』と『クネーデル』だ」

 

「うむ!」

 

前者は豚足のロースト、後者はジャガイモやパンを捏ねたものだ。

あんまり時間が掛かってなかったりする。

よし、じゃあ次だ。

 

「シャルロットには桃のマリネ・タルトだ」

 

「すごい再現率…」

 

レモングラスを使ったひんやりとしたデザートだ。

味とその触感を楽しんでもらおう。

じゃあ次

 

「セシリアには『ペイストリー』だ」

 

「美味しそうですわね、さっそく頂きますわ」

 

なお、ペイストリーは日本で言う所の『タルト』に似ているからそんなに難しくはなかった。

今回は中身にクリームを入れているから『シュー・ペイストリー』になる。

じゃあ次

 

「楯無さんにはロシアの名物、『ボルシチ』を作ってみました」

 

「相変わらず料理上手だこと…」

 

今回のボルシチは野菜を小さく刻んであるので本格的になっている。

そして鶏肉を入れているので、『チキンのボルシチ』だ。

 

これで全員に料理が行き届いただろう。

 

「お前、訓練機の部以降から姿が見えないと思ったが、ここまで手のかかる料理を作り続けていたのか」

 

「まあな、今日は全員競技に参加するんだ、スタミナなり充填してもらっておいた方がいいだろう?」

 

「それは否定しないが…」

 

千冬姉が『何をしているんだお前は』的な視線を俺に突き刺してくる。

その目、辞めてくれないか?

 

「山田先生には鰻重をご馳走しておいたよ」

 

「そこまで作っておいたのか…」

 

ほっとけ、あの人はいつも忙しくしていたんだから、この程度のねぎらいは必要だろう。

なお、一般生徒達にも食事をいきわたらせている。

そちらは少し手抜きで悪いが、お握り弁当だ。

あんまりにも人数が多いので、そちらの食事を作るために学園食堂のシェフをこき使ったのはいい思い出だ。

 

未だに妙な視線を送ってくるが俺はソレを無視し、鰻を焼くのに使っておいた団扇を懐から取り出し…

 

「…む…ぐ…!」

 

千冬姉に用意しておいた『ひつまぶし』の鰻をパタパタと仰ぐ。

その香ばしい薫りは千冬姉の嗅覚を鋭く刺激しているだろう。

 

「ぐ…こんの…!」

 

う~わ~、この人、自分の手を抓って衝動に耐えようとしてるよ。

そこまで何を我慢しようとしているんだか。

だが、この様子を見るのはさすがに面白い。

そのまま団扇で仰ぎ続ける。

程よい薫りが今頃千冬姉の鼻孔を抉るようにして突き抜けている筈だ。

このいい香りに耐えられる人間はそんなに居ないんじゃなかろうか。

 

そして数秒後に耐えられなくなったのか

 

ギュルル~

 

そんな情けない音が千冬姉の腹部から、そしてホール全体に響き渡った。

そして面白い何かを見るような視線が幾つも千冬姉に突き刺さる。

 

「ええい!食べればいいのだろう食べれば!」

 

…勝った!

 

そんな達成感と勝利感に浸る事数秒後。

 

「…味は見事…だが…」

 

そして見たものを射殺すかの如く鬼の視線が突き刺さるのだった。

 

「後で覚えていろ…!」

 

賞賛と一緒に死刑宣告ももらっちまったとさ、なんだこのオチ。

 

まあ、後でこの競技場を出た後でIS学園までの追いかけっこが開催される覚悟で居るべきだろうか。

まあ、そんな機会が存在すれば(・・・・・)の話だが。

 




仮初めの平穏であろうと今だけは

それでも彼の胸の内にある迷いと決意

非情になりきれていないのは人の証か


次回
IS 漆黒の雷龍
『征天雷禍 ~ 天翔 ~』

それでも…俺は…

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