IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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Q.千冬さんんは、まだ猫のキグルミパジャマを着てたりしますか?
P.N.『匿名希望』さんより

A.はい、着てます。
妹のおねだりに抗えないのは、お兄ちゃんだけでなく、お姉ちゃんも同じなんです。



征天雷禍 ~ 機翼 ~

Ichika View

 

「…は?出場禁止?」

 

CBFに関して知識の浅い俺に言い渡されたのは想定外の知らせだった。

映像の中では、歴代の選手がお互いのISにて最高速度を出しながら空を飛翔している。

しかもお互いに武装を振り回しながら。

なお、俺からすれば非常に精神状態によろしくない。

映像の中では、銃器をこれでもかと振り回しているからだ。

この半年近くで発作の抑制を進めてはいるが、完全には至っていない。

黒翼天(コイツ)なら平然としていられるのだろうが、俺ではまだ7分の壁を突破出来ていない。

その都度、簪や楯無さんがすっ飛んできている。

そしてこの視聴覚室にやって来た山田先生もまた、俺からすれば精神衛生上よろしくない。

9月下旬に入っても未だに夏の暑さが残っているからだろう、ノースリーブワンピースのようなファッションだ。

そして気づいていないのだろう、簪が俺の背中を抓っている。

非常に痛い。

 

「はい、出場禁止です。

織斑君のIS『輝夜』は優れた戦闘能力と、機動力を兼ね添えているのですが、その能力が周辺の専用機と比べても…その…」

 

ああ…はい…俺が出場した時点で出来レースになるってわけですか、レースなだけに。

 

「一夏、変なこと考えてる?」

 

何故バレるのか。

いや、話を戻そう。

簪の冷えた視線が背中に痛い。

 

「あの…俺はデータ収集も仰せつかっている身なのですが」

 

「それに関してですが、政府からの指示でして…」

 

…また政府か。

何故こうも俺に干渉してくるのやら?

束さんが率いる国際IS委員会は、風潮に乗せられた輩だとか、俺を目の敵にするような連中は一掃されたと聞くから、そこからの干渉としては可能性は無いだろう。

ともなると日本政府の独断だな。

 

「…で?本当の所の理由は何ですか?」

 

「非常に言い辛いんですが…訓練や授業での織斑君の様子というか…映像が…各国に…」

 

 

どこぞからか情報漏洩した、と。

上層部はアホしか居ないのか?

 

「世界中が輝夜の情報を求めて五月蝿いから、公の場での機体展開、使用を控えろ、と?」

 

「…お察しの通りです」

 

山田先生は気の毒な程に『申し訳ない』といった顔だ、もののついでに暗雲を漂わせている。

責任感が在るのは結構だが、此処ではそれは不要だ。

 

「この学園と、日本政府の情報セキュリティはどうなっているんですか?」

 

「それについては今後の当面の課題に…」

 

建前は用意している、と。

やっぱり日本政府は容易に信用出来ないな。

輝夜の情報を求めているのは知っているが、輝夜自身がデータ提供を拒絶している為、必要最低限度しか取得出来ない事に苛立っているのかもしれない。

オマケにバックには、千冬姉に国際IS委員会会長が居る。

果てはオーストラリア政府にドイツ政府もその姿をちらつかせているからな…。

目の敵どころか、目の上の瘤かもしれない。

日本政府に喧嘩を売った覚えも、怨みを買った覚えも無いんだがな。

 

 

「その代わりに、俺に何かをさせようって事ですか?」

 

「はい、みなさんの機体の調整などを手伝ってもら―――」

「いえ、当日に関してです」

 

皆の機体の調整に駆り出されるのは予想していた。

だが、俺が知りたいのはそこじゃない。

 

「実況をやれとか言われても降りますよ?」

 

「その…審判役を」

 

完全に予想外な大役だった。

だがちょっと待て、俺はCBFに関してはまだ知識が浅いんだぞ。

なんで審判役なんて押し付けようとしてんだよ。

 

「…また妙な役を…」

 

どのみち、承諾するしかないのだろう。

今回、データ収集という大義名分は無くなり、俺は審判役をやらされることになりそうだ。

もう一度映像を見ておこうか。

 

つっても審判役って…ゴール地点で映像解析してるだけじゃねぇかよ…。

こりゃしばらくの間は暇になりそうだな…。

剣術の特訓にでも精を出しておこうか。

この前の学園祭なんて後半から記憶が何一つ無いし、俺の周囲で何かが起こりかけてるのか…?

 

杞憂であればいいが…。

 

 

 

 

なお、食堂にてなじみの顔が揃ったところで食事を始めることにした。

普段と変わりは無いようには見えるがコイツら…既に牽制を始めているようにも見受けられる。

やれやれだ…。

しかもその標的は俺ときた。

まあ、輝夜のスピードの前では出来レースになるのはわかりきっているから、スタート直後、それも加速するより前に撃ち落とす算段でもしているのだろう。

特に鈴あたりが言い出すような予感はしているが。

当の本人は今は麻婆豆腐に舌鼓を打っているみたいだけどな。

 

「で、今度のCBF、皆はどうするつもりなんだ?」

 

この際だ、単刀直入に聞き出しておくとしようか。

メルク、鈴、ラウラ辺りの情報くらいは把握しておこう。

 

「私とミーティオは、元から学園でもトップクラスの機動力を持っていますから、臨海学校の際に送られてきた『スラッシュフェザー』を改良し、さらに高機動に組み上げる予定ですよ。

それでもお兄さんには追いつけないのが悔しいですけど」

 

ほほう、最新式のテンペスタがさらに加速するのか。

これは一位は決まったようなものだな。

臨海学校でも見たあの速度がさらに加速するとなると、それこそ尋常じゃない速度にまで上り詰めることになる。

 

「もちろん、高機動訓練はずっとやっていますから、今回は負けるつもりはありませんよ!」

 

そりゃ大したものだ。

 

「じゃあ次に鈴は?」

 

「中国から神龍用の新パッケージが届いたからそれを使うわ。

(ロン)シリーズにも使える高機動用にもなっていて衝撃砲もそのまま使えるっていう高性能なものだから、下手に飛んでたら撃ち落とされるわよ♪」

 

悪意を感じさせるようなその笑い方は辞めろ。

性根逞しいのは判るが、女のする顔じゃないぞ。

 

「ラウラはどうだ?

このメンツの中ではリヒトーは重量があってハンデがキツイと思うが」

 

「クラリッサの機体である『シュヴァルツェア・ツヴァイク』に使用されている高機動パッケージを改良し、リヒトーに搭載できるようにした。

それと、兄上にも秘密にしておくべき秘密兵器があるから、それも併用して挑むつもりだ」

 

こっちもこっちで凄いものを呼び寄せていそうだな。

それにしてもツヴァイクにも使用されていたような高機動用兵装か。

ドイツの売りといえば『AIC』のような特殊兵装と、リヒトーのような重量系統。

そこから離れて高機動用の装備を開発するとはな…。

一つのことばかりに視線を向けてはいられないって事だろうか。

 

「私はオーストラリアがゼフィルス用に新しい装備を作ってくれたのが届いたから、放課後からインストールさせてさっそく使う予定だよ。

ゼフィルスはもともと高機動にも適しているから、お誂え向きだ」

 

オーストラリアはマドカを可愛がってくれていたようだな、本当に足向けて眠れないな。

放課後にさっそく拝見させてもらうとしよう。

 

「簪は?」

 

「天羅は高機動にも向いているけど、高機動仕様の機体の中では重量がある方なの。

だから、今回は『万雷』を外して、追加スラスターを導入する予定。

今回の優勝は誰にも譲らない」

 

こっちもこっちでやる気を出してるよなぁ。

全員熱くなっているみたいだ。

 

「だけど、当面の障害があるのよねぇ」

 

鈴が焼売をかじりながら視線を向けてくる。

例の奇妙な笑顔で、だ。

メルクは興味津々、ラウラもやや警戒気味だ。

お前らな…。

 

「んで、兄貴はどうするつもりなのかしら?」

 

「まあ、お前らからしたら、今現在学園に所属する機体の中でも最速の輝夜を警戒しているんだろうが、それは杞憂だぞ。

俺は今回のCBFには参加しない」

 

「「「え?」」」

 

お、見事に声が揃ったな。

相変わらず仲が良くて結構な事だ。

あぁ。茶がうまい。

 

「重要だからもう一度言っておくぞ。

『俺はCBFに選手として参加はしない』」

 

それにしても今日の鯛の煮物は絶品だったな。

食堂のシェフ、腕を上げたなぁ、俺もオチオチ油断してらんねぇや。

この前作ったばかりのアクアパッツァとか、アランチーニはメルクにも評判は良かったよな…。

今後は俺は和風料理だけでなく、洋の東西を問わずにいろいろと作ってみるかな。

 

「出場しないってどういう事よ!?

こっちは兄貴を撃ち落とす為の訓練を必死にやってたのよ!?

その時間全部無駄になっちゃったじゃないのよ!?」

 

ビンゴー、やっぱりそういう訓練積んでるだろうとは思ってたけど予想通りじゃねぇか。

しかも名指しかよ、光栄なのかもしれんが嫌な話を聞いちまったな。

付け加えて言うと怒るのはソコかよ、怒りのベクトル変えろよオイ。

 

「そう言うなっての、代わりに審判役を仰せつかっているんだ、それで妥協しろ」

 

「ともなると、我々の標的は大きく変わったな」

 

「うん、そうだね」

 

レモンパイをかじりながらラウラは視線の方向を向ける。

それに続けて簪、マドカの視線もそちらに突き刺さる。

そう、輝夜に続く最速であるテンペスタ・ミーティオの搭乗者であるメルクに。

本人は最近のマイブームである梅昆布茶を飲んでいたが、視線に気づくと泣きそうな顔に一気に変わった。

 

「わ、私ですか!?」

 

(おせ)ぇよ気づくのが。

俺が出場していたとしても、俺が先行していった場合は、次に標的にされるのが予想できていたはずだろうに。

この中でも機動性能で頭一つ飛び出しているから仕方ないだろう。

まあ、束さんからもらった武装である『舞星』を使えば高軌道飛行の最中の防御はたやすいだろうが、それを使うのはなかなかにキツいだろう。

防衛に回るよりもメルクは今回は逃げの一手が必勝パターンだ。

何故か『逃げの一手』で自分を思い出してしまったが、そんな疑問はそこらへんのごみ箱にでもブチ込んでおく。

 

「一番の脅威はいなくなったんだ、各自自分なりの訓練頑張れよ。

俺はもうちょっとばかりルールとかを調べとくから」

 

「この空気をそのままにして立ち去らないでくださいお兄さん!」

 

半泣き、そして苦笑気味のメルクに背を向け、俺は日替わり魚介定食が乗っていたトレイを持って立ち去ることにした。

 

「まあ、各自の訓練には付き合ってやるから、何かあったら言って来いよ」

 

それくらいのケアなら俺にだって出来るさ。

これくらい言っておけば各自のやる気も引き出せるだろうさ。

もとより妨害アリのレースだからな。

 

さぁて、俺はもうすこしばかり視聴覚室に籠るとするかね。

 

 

 

 

Madoka View

 

「兄さん、人をやる気にさせるのが上手いなぁ」

 

私は俄然やる気があった。

兄さんが出場しないのを今になって知ったけど、ほかの皆も一気にやる気を出してきた。

ラウラや鈴のやる気を一気に引き出したみたいだった。

もちろん、私や簪も。

 

「そういえば、大会当日って…一夏の誕生日だったよね…」

 

「うん、更に言うと、私の誕生日の前日」

 

兄さんはそこまで自分の誕生日を大事にしていない。

過ぎ去ってから思い出す程度だった。

だから去年は兄さんの誕生日には祝ってあげた。

私特製のケーキで。

 

「え?お兄さんの誕生日なんですか?」

 

「メルクには教えてなかったっけ」

 

「はい、初めて知りました」

 

「まあ、折角の誕生日なんだから忙しくせずに審判役を務めておけって事かしらね」

 

「これは教官の指示なのかもしれないな。

なら、あわただしくさせる必要もないだろう。

兄上にはこの際訓練に付き合ってもらうだけにしよう。

とは言え、私たちの当面の目標は決まっているけどな」

 

「その目をやめてくださいぃぃぃぃっっ!!!!」

 

ご愁傷様だ、メルク。

 

 

 

 

 

 

Chifuyu View

 

学園の地下施設、相変わらずコイツは何やら作業をしているようだった。

作成しているのは天体儀。

学園が抱えるアリーナを一つ使い、そのままのサイズのプラネタリウムを作り出すのだと言いのけた。

このバカの考えていることはよく判らん。

それは以前からだが。

 

「ん?どうしたのかな、ちーちゃん?」

 

「なぜ一夏を出場禁止にしたのかと思ってな」

 

「それはちーちゃんも判ってるでしょ?」

 

まあな。

今年は何かとイレギュラーな事態に陥ることが多い。

それもすべて一夏を中心としてだ。

いや、本人としては不可抗力な事この上ないのだろうがな。

 

「それに折角の誕生日なんだから、ゆっくりしてほしいじゃん?」

 

「だが、周囲の小娘共がそっとしておいてはくれないのだろうけどな」

 

「それはそれ、いっくんの人望だってば」

 

まあ、アイツに人望があるのは承知しているさ。

何故か知らんが、外国人ばかりだがな。

国境を越え、軍人からも慕われているような男だ。

いったい何がどうしてこうなったのやら。

 

「でも、それ以上にいっくんが望む平穏を守ってあげたいんだよ。

もういっくんは充分過ぎるほどに傷ついた、苦しんだ、死を経験した。

自ら感情を切り離してしまうほどに…だから守ってあげなくちゃ。

だから私はアイツをまだ生かしてあるんだよ」

 

我々が部屋の隣室には、先日の学園祭の降りに捕えた侵入者が横たわっている。

黒翼天に四肢を切り落とされ、腹から下をも斬りおとされ、束によって自害用のカプセルをも奪われ、舌を噛み切らないように猿ぐつわを噛ませている。

あんな状態でなぜ死なないのか、なぜ生きているのか、それすらも判らない。

言ってしまえば、生きぞこないの死にぞこないのような状態だ。

束の検査によれば、体内には暗器やナノマシンも入っていないようだった。

今は栄養剤を点滴しているだけで生命を繋いでいる。

自白剤も投与したが、情報は吐き出さなかった。

意識が戻ってからというものの、常時フラッシュバックを起こし続けている。

体を切り刻まれ、食いちぎられ、引き裂かれ…究極の恐怖だったのだろう。

精神ショックによって意識が取り戻され、再び恐怖によって失神する、その繰り返しだ。

あの二人の行方については何一つ知らなかったのが残念ではあるが。

 

「襲撃があるとすればCBF当日。

いっくんには審判役を言い渡してあるけど、当日はくーちゃんと、なーちゃんに護衛をしてもらうつもり。

想定外の事態に陥ったとしても、あの二人なら必ずいっくんを守ってくれるから」

 

「更なる想定外の事態に陥ればどうするつもりだ?

お前だけでも一夏を守り切れるのか?」

 

「私だけじゃないよ、ちーちゃんも居るんだから。

それに、今回は私も動くよ」

 

信用して…良いのだろうな…。

 

「なら次だ、『スコール』、この名をお前は知っているか?」

 

「知らないよ、映像の中では声だけ出ていた人物らしいけど、私はその名に聞き覚えは無い。

でも、ソイツとは繋がりがあるらしいね、そこのソイツとは」

 

『オータム』『スコール』そして…『あの二人』…!

これ以上一夏と接触させるわけにはいかない…!

 

「私もそろそろ本気を出さないとね」

 

束の足元には幾つかのコアが転がっている。

コアナンバーを参照してみたが、国際IS委員会が所有していたもののようだ。

 

「束、お前…」

 

「最新式無人機の作成だよ。

20機揃えるのに二日あれば充分、今度は私も遅れを取らない。

IS使って攻めてくるのなら『対IS用IS』で迎え撃つ。

製造者()に歯向かうのなら、殊更にね」

 

コイツはまだ…空の向こうを諦めていないのだな。

そして…それを妨げるものに容赦はしないだろう。

だが、それは私も同じだ。

一夏やマドカ、家族に…そして学園の生徒に手を向けようものなら切り刻むだけだ。

私の覚悟を受け止めているかのように待機形態の相棒(暮桜)が、私の手元でかすかに震えた気がした。

 




ただ速く

今回はそれが要

ひたすらに速く

目指すべき地点を目指して

少女達は駆け抜ける

後悔しながらであろうとも

次回
IS 漆黒の雷龍
『征天雷禍 ~ 疾走 ~』

こんな訓練あるかぁっ!

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