IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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原作とはまたもや相違点が


兎の視線

簪と交際を始めるに辺り、俺は新しいバイトに手を付けるようになった。

と言っても、更識家の先代当主からの提案でもある。

その内容は、『簪が登下校する際に同行すること』だ。

俺としても簪と過ごせる時間が少しでも増やせるので嬉しい限りだ。

これは簪も同じだろう。

オマケとばかりに、新聞配達のバイトにも影響せず、更には週給制で給料までもらえる。

普通のバイトよりも金額が多かったりするのが驚きだけど。

 

そして付け加え、週末には先代当主直々に、時には楯無さんに剣だとか武術の特訓までしてもらっている。

至れり尽くせりにも程がある。

なお、簪は薙刀をやっている。

 

「それにしても…いつも思うけれど、一夏君が持ってる刀って見た目が結構変わってるわよね…」

 

「ドイツの友人が俺の為に鍛えてくれた刀ですよ。

まあ、フザけて刀身に銘まで刻み込んでいるんですがね、でも使い勝手が良いので」

 

因みに、刀の銘は『バルムンク』だ。

竜殺しの聖剣だとかなんとか。

何かの神話にも登場していたと思うけど、そのバルムンクの所有者は…『ジークフリート』

でもその人って…最後は暗殺されたんじゃなかったっけ?

冗談じゃねぇよ…。

 

「刀身は日本刀のソレよね。

手元には持ち手を守る籠鍔、半分は西洋の剣みたいだわ」

 

「柄も、俺の手に合わせて作ってくれているんですよ、それと」

 

ラウラが俺に餞別としてくれたコンバットナイフ。

こいつも一緒に使えるようにしている。

つまりは、刀とナイフによる異色の二刀流が俺だけの剣だ。

ナイフを扱う際には、脇差しと同じ要領で訓練を積んでいる。

剣術と居合、武術に二刀流、最近の俺はすっかり体育会系に近づいている。

勉強もあるから、一応は文武両道だ…多分。

 

「…残り一か月ね」

 

「早いですよね…俺が更識家に厄介になってそんなに経つなんて」

 

日本に帰って一か月で簪と交際をスタート。

一か月で手を繋いだ

二か月でキスをした。

三か月経つと、デートにも行ったりするのは当然だったけど、そこで鈴や弾達にも見つかり、簪を紹介し、交際している事を鈴と弾、蘭に数馬に公表した。でも簪は恥ずかしがっているので、口止めをも頼んでたっけ。

四か月経った頃には、夜、一緒に寝る事も増えてきた。

俺の右腕はすっかり簪の腕枕になっている。

 

そして五か月…つまり、今だ。

特訓は佳境だ。

 

厳馬さんや楯無さんを相手にした時の勝率は4割だ。

最初は一方的にボコボコにされていたのは今となってはいい思い出だ。

左手の事も考慮してくれているから本当にありがたい。

 

千冬姉やラウラとも手紙のやり取りは今でもしている。

簪の事に関しても文句だとか苦情は何も無い。

俺が決めたのなら、それでOKらしい。

 

ラウラに関してだが、今ではすっかり黒兎隊の皆と仲良くしているらしい。

集合写真を手紙に同封してくれていた。その写真も今は俺の部屋に飾られている。

 

鈴は最初、簪の事を知ると大暴れしたものの、今ではすっかり簪と意気投合しているようで仲がいい。

それから二人はよく牛乳を飲んでいるみたいだが、くわしい理由は知らない。

カルシウム摂取は心身に良い事だとは思うけど。

 

弾は簪の事を知ると、妙な視線を俺に向け、「俺も彼女が欲しいいいいいいいぃぃぃぃっっ!!!!」とか天に向かって吠えていた。

直後、妹の蘭に蹴っ飛ばされ、電柱に顔面からぶつかるハメになっていたっけ。

相変わらずの力関係だ。

蘭に関しても最初は驚いていたけど、今では鈴と同じように簪とは仲良しだ。

 

楯無さんや虚さん、のほほんさんも、俺と簪の交際に関しては祝ってくれた。

特に楯無さんは「簪ちゃんをよろしくね」とシスコン振りを炸裂させていたっけ。

 

…けど、簪と交際をしている中で、申し訳ない気持ちに陥った時間もあった。海やプールに行っても、一緒に泳ぐだなんてことが出来なかった。傍から見ているだけだった。

別に俺や簪がカナヅチというわけでもない。

両肩や腹部の傷が原因だ。この傷は周囲に理解される事は無かった。

中学で着替えをしている際にもこの傷を見られ、指を差された。

…結果、俺は一気に体調を崩した。

『指差される』その時の手が拳銃に見えてしまい、俺は発作を起こした。

…俺のPTSDが中学全体に知られてしまった瞬間でもあった。

この傷を受け入れてくれたのは、鈴に弾に数馬…それに簪を始めとした更識家の人達だ。彼らが居なければ、俺は再起不能レベルに陥っていた。

だから感謝と…申し訳無さで一杯になっていた。だから…この傷を人に見られないように細心の注意をした。例え気温が高かろうが、決して傷を見られたりしないように、長袖の衣服を着用し続ける。

汗が幾ら流れようとも、これなら傷を見られずに済む。…早い話、この傷を受け入れられないのは俺も同じだったんだ。

 

 

 

 

 

「それで一夏君、今日の午後の予定は?」

 

「一旦実家に戻って大掃除をしようと思っています」

 

「二週間に一回はやってるのに?」

 

「だからこそ、です」

 

昼飯のお握りを緑茶で流し込み、俺は刀とナイフを握り、袋に収めた。

今日、簪はのほほんさんと一緒に買い物に行っている。

一緒に居られないのは残念ではあるが、その分時間を有効活用させてもらおう。

 

「それじゃあ、早速行ってきます」

 

「いってらっしゃ~い♪」

 

 

 

二週間前にも一度帰ってきた実家は、相変わらず静寂だった。

住んでいる人間が居ないから当たり前だ。

ポストには新聞も入っていない。

千冬姉がドイツに滞在している間は新聞は受け取らないようにしていた。

俺も学校の図書室で読めるし、別段困ったことでもない。

 

「…あれ?」

 

水と電気のメーターが上がっている?

誰も居ない筈なのに?

…誰かが居るのか?

留守の家に住み着くなんざ、行儀の悪い奴だ。

 

俺は庭の片隅に隠している木刀を握り、ゆっくりと玄関の扉を開く。

玄関は…異常無し…と思えたら良かったのだが…

 

「…なんだコレ?」

 

玄関には某社が作った小型掃除ロボットに近い形状の何かが居た。

床から壁へ、壁から天井へ、天井から壁へ、そして再び床へと這いながら掃除をしている。

それが…多分、10台程。

俺の部屋が有る二階にもあるとしたら、数は倍になるかもしれない。

そもそも、この家の掃除は俺の仕事なので、掃除ロボットは購入していない。

誰がこんなものを用意したんだ?

 

「あ、お邪魔してるよいっく~ん♪」

 

「な…っ!?」

 

急に現れた人物を見て、俺は絶句してしまった。

そこに居たのは…世の中どころか全世界を引っ掻き回して姿を消した、国際指名手配犯だったからだ。

更に言えば、俺や千冬姉の昔馴染みで、幼なじみの姉、オーバーテクノロジーであるIS開発者である『篠ノ之 束』さんだった。

 

「なんでこんな所に居るんですか!?

そしてその服装は何ですか!?

もしかして掃除ロボットを家に放流したのは束さんですか!?」

 

「その通り~!

他ならぬこの束さんなのだ、どうだ参ったか~!」

 

そんな半端な答えに続けて高笑い。

そのキャラ辞めてください。

しかもその恰好は何ですか、十二単って…輝夜姫(かぐやひめ)ですか?

でも頭の上にあるウサ耳のせいでミスマッチ感がこれまた酷い。

 

「ち~ちゃんは今はドイツに居るんだよね?」

 

「はい、ISの事を教えています。

それでも手紙を送ったりしてくれてますけど」

 

「ふんふん、ん~?

いっくん、その左手はどうしたのかな~?」

 

「…怪我をしてるだけです」

 

この人に左手の十字架の事を言ったら解体されそうだ。

それは流石にお断りだ。

…俺の気のせいだろうか、俺の左手を見た瞬間、一瞬だが束さんの視線の色が変わったように見えたのは…?

 

「ふ~ん…いっくんに怪我をさせるなんて許せないね。

そいつらはナノレベルに分解しちゃおうかな」

 

お好きにどうぞ。

今頃は独房にでも放り込まれていると思いますよ。

そいつらがどうなったかは俺は詳しい事を知らないけど。

 

「そうだ、いっくん。

剣道を辞めたらしいね」

 

「…何で知ってるんですか」

 

「それは私が束さんだからなのだ~!」

 

何の説明にもなっていない返答は、奇妙な説得力を持っていた。

確かにこの人なら、ハッキングとか朝飯前なんだろうな。

プライベート侵害とかも笑って実行しそうだ。

 

「箒ちゃんは剣道を続けてるけど、いっくんは再開しないの?」

 

「都合が有って、剣道は捨てました。

今は…居合と剣術をやっています。

剣道は、もうやらないかと」

 

「そっかそっか♪」

 

剣道を辞めた事に何かを言われるかと思ったけど、笑って流された。

口外するつもりは無いんだと信じてみよう。

 

「どんな事情があったのかは束さんは訊かないよ。いっくんが決めた事だからね♪

それじゃあ束さんは帰るね♪じゃ~ね~!」

 

玄関から飛び出していくと、一瞬で姿が消えた。

何をしたのかは全く判らない。

そもそも何の用事だったんだ?

まあ、俺も掃除をする手間が省けたと思っておこう。

そうだ、あの自動掃除ロボットも更識家の皆にもプレゼントしておこう。

 

「…あれ…?」

 

掃除ロボットが消えていた。

それも、一台残らず、全機の姿が見当たらない。

 

「…束さんが持っていった?

ISに備わってる量子変換システムとかの応用か?

…一台くらい残してくださいよ…」

 

文句を言うつもりは無いけど、技術の無駄使いになるんじゃないのでしょうか?

そして俺は時間の無駄使いに…。

この日、俺は用事が潰れ、更識家にとんぼ返りになった。

 

 

 

 

 

 

そして、最後の一ヶ月が過ぎた。

その間も俺は、新聞配達と簪の送迎、勉強に剣の特訓を繰り返した。

 

「今日で、この部屋ともお別れか。

名残惜しいな」

 

半年もの間、俺が過ごしていた部屋はすっかり片付けられといた。

着替えだとか、身の回りの物は鞄に詰め込まれ、他の荷物も片付けられている。

後は…(バルムンク)とナイフだけ。

 

「まあ、こんなものかな」

 

「すっかり片付いてるね」

 

「ああ、掃除は得意だからな。

それに、多くのものを持っていなかったからな」

 

簪と一緒に過ごす事が多かったからな。

楯無さんと厳馬さんからは武術を

 

簪からは勉強を

 

虚さんは時折にIS学園を休んで、もしくは週末には俺に勉強を教えてくれていた。 お陰様で俺の学業生活に於いて、成績に悩まされる事は殆ど無かった。

感謝は尽きない。当面は足を向けて眠れないな。

 

「簪、そんな暗い顔をするなよ、もう逢えない訳じゃない。

此処の道場にだって週末には来る、それに登下校の送迎を辞めるわけじゃないんだ」

 

だから、笑っていてくれ。笑顔でいてほしいんだ。

 

「本当?」

 

「ああ、本当だ」

 

「そっか…またいつでも逢えるんだ…」

 

暗い表情からまた笑顔に変わっていく。少しだけ寂しそうに、それでもまた今の簪に出来る精一杯の笑顔を見せてくれた。

一緒にいられる時間は少なくなってしまうだろう、それでも、また逢える。それが俺たちの励みになる、そう信じよう。だから、この場に於いて言うべき言葉は『さよなら』なんかじゃない。

今のこの場で言うべき言葉は

 

「また明日な、簪」

 

「うん、また明日、一夏!」

 

その言葉を最後に俺は更識家を後にした。後ろからは簪が笑顔で見送ってくれていた。

しかし、だ。その光景を目にして思うものが一つ。

 

「…後ろに居る強面グラサン集団は席を外してほしかったな…」

 

更識家御用達のガードマンの一同だから仕方ないけどさ。

 

 

 

 

更識家を後にしてから、俺はその日の内に俺は実家に戻り、荷を解いた。

 

「まあ、こんなもんだろう」

 

刀とナイフも取り出しやすい場所に置く。

もともとは千冬姉はなかなか帰ってこなかったら、実質的には一人暮らしにも慣れてしまっている。

衣服もクローゼットに入れていく。

これで荷ほどきはお終いだ。

 

「あとは…ご近所にも挨拶は済ませたし、やる事と言えば」

 

夕飯を作るくらいだけど…。

一人分の食事を作るのも空しいし…また、。あそこに行こうか。

以前から世話になっている、鈴の家が営業している中華料理店へ。

 

 

 

「よう、相変わらず繁盛してるみたいだな」

 

「いらっしゃい一夏。

まあね、なんせ看板娘の私がいるんだから当然よ♪」

 

「自分で言ってりゃ世話ねぇな」

 

「どういう意味よ!」

 

こんな会話もいつものこと。

注文したのは豚の角煮定食。

俺だけでなく、弾や数馬も気に入っていたメニューだった。

最近は鈴も料理の腕が上達しているらしく、このメニューなら鈴も一人で作り上げることができる。

 

「アンタ、簪とはまだ交際続けてるの?」

 

「もう半年近くになるな、長いような、それでいて短いような、そんな感じだ」

 

「大切にしてあげなさいよ」

 

「ああ、判ってる」

 

鈴も今では簪と友人になっている。

何を思っての意気投合したかはわからないが、友人となれているのなら俺としても嬉しい話だ。

 

「ほら、出来たわよ」

 

「いただきます」

 

割りばしを手に持ち、俺は早速食事にありついた。

うん、豚肉にもよく味がしみ込んでいて美味い。

俺の専売特許は和食料理だ、この味にはなかなか追いつけないかもしれないな。

洋食に関してはドイツで色々と学んだから、そこそこ得意だ。

 

「ど、どうかな一夏?

これでも結構練習してるんだから」

 

「うん、美味いよ。

この店の看板料理としては十分過ぎるほどだと思うぞ」

 

「ま、ま~ね!

私にかかればこんなもんよ!」

 

練習してた、とか言ってなかったっけ?

いや、下手なことをいうのは辞めておこう。

いまは食事に集中だ。

俺はそのまま別の料理にも箸を向ける。

炒飯も、野菜炒めもなかなかの味だ。

 

「一夏は卒業したらどうするつもりなの」

 

「進学するよ。

知人の薦めでさ、学費も安いし、距離も近いし、卒業後のケアまでしてくれる高校が有るのを教えてもらったんだ。

だから、そこの…えっと…思い出した、『藍越学園』を進路先にするつもりだ」

 

「ふ~ん、じゃあ、簪は?」

 

「簪、か…。

来年、三年生になればIS適正検査があるって言ってたな…もしかしたらIS学園に入学することになるかもしれないな」

 

篠ノ之 束 博士が開発した飛行パワードスーツ、『インフィニットストラトス』。

通称『IS』の適正検査は大抵、女子校で行われる。

元来ISは女性にしか扱えない。

理由は、ISが世間に発表されてから10年近く経過した今でも不明だ。

欠陥と言う人も居る。

祝福という人も居る。

果ては『オーバーテクノロジー』だとか『現代に生まれた機械仕掛けのオーパーツ』だとか。

本当の答えを知っている人は誰もいない。

作った本人はいまだに行方不明なのだから。

 

「そうでなくても簪は名門校に行くことになるだろうからな…。

そうなったら…」

 

遠距離恋愛、なんてものになるかもしれない。

それはちょっと嫌だなぁ…。

 

「アンタって本当に簪に惚れてるのね」

 

そうなんだろうなぁ。

正直、簪と一緒にいるのが俺の日常になっていたから、それが無くなったら俺はどうなるんだろうか…。

あー!クソッ!考えてても仕方ない!

 

「俺は俺の進路を決めてるんだ、それに向かって一直線に進むだけだ!」

 

「頑張りなさいよ」

 

「ごちそう様、代金は?」

「1380円よ」

 

財布の中には、それに足りるだけの小銭があったので、ピッタリの金額で支払っておいた。

 

「あらお客さん、チップは無いのかしら?」

 

「ここはどこの国の高級ホテルだよ」

 

鈴の頭に軽くチョップを入れ、俺は店を後にした。

これからは、また再びいつもの日常が戻ってくるんだろう。

それは嬉しくも、どこか寂しくも感じられた。

更識家にはまたいつでも行ける。

あそこの道場の門下生みたいになっているんだ。

またいつでも鍛えてもらおう、それに…

 

「簪にも会いたいからな」

 

さあ、明日の朝にもバイトが待っているんだ。

今日は早く寝て、頑張らないとな。

 

けど、それは翌週に終わりを告げた。

俺のクラスにとんでもない生徒が転校してきたからだ。




こんにちは、レインスカイです。
一夏君苦労する、の回でした。
今回は早くも束さんのご登場。
そして次回には…あの娘が登場します。
色んな意味で存分に暴れてもらう予定です。

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