IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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妹VS姉
弟VS姉
陽炎編のシメがやたらと長くなった。
ストックが一度切れたりしたけど、これだけは入れたかった。
ずっと考えていたし。
しかし長い
誰得だよ18000文字オーバー…


陽炎 ~ 灼想 ~

Ichika View

 

アリーナに飛び出し、前方に視線を向ける。

そこには、懐かしい鎧を纏った千冬姉の姿が。

 

その姿は蒼と白に染まっている。

そして、その手に握られているのは白刀『雪片』。

ISも、その刀も、今は数年前から伝説のように語り継がれている。

 

「手加減はしないぜ、最初から本気で行く」

 

「当たり前だ、気を緩めれば敗北すると思え」

 

俺もまた刀を抜く。

左腰から『雪片弐型』、腰後から脇差『雪華』を。

 

そして深呼吸を一度。

 

『試合開始!』

 

そのアナウンスとともにブザーが鳴り響く。

瞬間、俺も千冬姉も一直線に加速していた。

 

 

「「いくぞ!!」」

 

幾度も敗北した。

幾つもの黒星を刻み続けた。

今度こそ

 

今度こそと願い続けながら俺は刀を振るい続けた。

 

あてのない未来を目指し続けて

 

今度こそ勝つ

 

 

 

 

Kanzashi View

 

ドガァァッ!!!!

 

黎明と蒼流旋がぶつかる。

槍はお姉ちゃんがもっとも得意とする武器。

その特性は私も十分すぎるほどに理解している。

この夏休みの間、お姉ちゃんが戦闘をしている映像を何度も何度も見てきたから、戦いの中での癖も理解していた。

後は…私がそれに対応できるかどうか。

 

「さあ、まだまだいくわよ!」

 

「ッ!」

 

ドガガガガガガガガガガ!!

 

一瞬、間をあけたとたんに四連装のガトリング・ガンを掃射してくる。

本当に手加減が無い。

気を抜けないのは最初から判っていた。

絶対に負けられない。

 

「万雷!」

 

両腰の二連装レーザーカノンを起動させ、狙い撃つ。

 

ドガァンッ!

 

だけど、そのレーザーは水の障壁によって防がれた。

ミステリアス・レイディの脅威はこれだった。

圧倒的なまでの防御力。

大概の攻撃であればあの水の障壁によって容易に防がれる。

爆弾だろうと防ぐのは簡単だろう。

その防御能力に隙は無い。

たとえ死角から狙ったとしても結果は変わらないと思う。

それでも…絶対に負けたくない!

 

「行くよ、天羅」

 

スラスター全開!

 

「やああああぁぁぁっっ!!!!」

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に加速する。

黎明の展開を解除、新しく握るのは

 

「願星!」

 

「ッ!?」

 

薙刀型ダブルセイバーを展開し斬りかかる。

 

ドガァンッ!!

 

蒼流旋で受け止められる。

でも、それは想像通りだった。

だから

 

「二刀流!?」

 

「隙あり!」

 

ドンッ!!

 

一瞬の隙。

それだけで充分過ぎるほどだった。

その一瞬で生まれた動揺でナノマシン制御に狂いが生じた。

それによって防御が甘くなった一点。

願星の刃が水の障壁を貫通し、シールドに一撃を叩き込んだ。

レーザーで構成されたブレードが直撃し、お姉ちゃんは吹き飛ばされた。

 

『決まったああぁぁぁぁぁっっ!!

先に一撃入れたのは妹さんだあああぁぁっっ!!!!』

 

…黛先輩の実況がアリーナにこだました。

ほかに実況する人って居ないのかな…?

 

気が緩みそうになったけれど、頭を振ってからもう一度集中する。

 

「やれやれ、驚かされたわ、簪ちゃんが薙刀で二刀流を繰り出してくるだなんてね。

教えたのは一夏君かしら?」

 

「違う、これは自分から身に着けたもの。

一夏が振るう『絶影流』とは別物の我流だよ」

 

流派とかは特に無い。

薙刀だけなら、お姉ちゃんよりもずっと自信があったから。

ISでも、生身でも、薙刀での二刀流なんてやったことは無かった。

お姉ちゃんに勝てるようにするなら、誰もやった事の無い、形にとらわれない戦い方を身に着けるべきだとも思った。

だから、天羅と一緒に頑張ってきた。

一夏とも一緒に頑張ってきた。

 

ミステリアス・レイディに何か欠点が無いだろうかともずっと考えてきた。

そして、その欠点も私にはもう見えている。

 

 

 

 

Tatenashi View

 

戦いにくい。

そう痛感していた。

薙刀での二刀流はそうだったけれど、水の障壁の欠点すら見抜かれているかのような…。

水の障壁の欠点は、機体や自分の体から一定の距離を開かなくてはならないこと。

その距離に詰められないように戦い、相手からの攻撃をガードする。

それによって『霧纏いの淑女(ミステリアス・レイディ)』は本来の高い防御能力を如何なく発揮できる。

そしてその防御能力によって今まで無敗を誇ってきた。

だけど…今の簪ちゃんは話は別。

私の欠点を見抜いてきている。

一学期の終わり頃に簪ちゃんが特訓しているのを見たけれど…これは隠していたみたいね。

そして外国で修業を積んできたってことかしら。

おそらくは、一夏君やマドカちゃんも。

まったく!お姉さんをのけ者にして外国でイチャイチャと若かりし青春を刻んできているだけじゃなかったみたいね!

 

「私も…本気…の二歩手前までやってみましょうかしら!」

 

アクア・クリスタルから一気に水を放出。

水ほど形にとらわれない存在はこの世にない。

どんな形にもなれるし、どんな姿にでも変えられる。

そう、私の分身(・・・・)に姿を変えられるくらいには。

 

「それじゃあ改めて…いくわよ!」

 

生み出した分身は4体。

純粋に1対5の状態になる。

 

蒼流旋からラスティー・ネイルへと武装を切り替える。

長柄の武装は懐に入られると途端に対応ができなくなる。

私も長柄の武装を扱っているのだからそれくらいは承知している。

 

「迎え撃つ!」

 

その掛け声とともに簪ちゃんの両腰のレーザーカノンが起動する。

その瞬間、私は信じられないものを目にした。

 

「な…!?」

 

カノンから撃ち出されたレーザーが曲がった(・・・・)

偏向制御射撃(フレキシブル)』と呼ばれる技術だというのは私も理解している。

簪ちゃんがそれを身に着けているだなんて想像もしていなかった。

ありえないだなんて言うつもりは無い。

だけど、夏休みだけでこの技術を身に着けてくるだなんて…!

どれだけ訓練をしていたのよ!?

この技術を教えられるとしたら、マドカちゃんしか居ない…!

 

 

 

Madoka View

 

「ふふ、成功させたみたいだ」

 

簪がみにつけた『偏向制御射撃(フレキシブル)』は私のものとは少し違う。

大出力レーザーになると、偏向制御射撃(フレキシブル)に切り替えるのは実は難しい。

だけど、簪がそれを可能にさせたのは、だれにも負けない強い想いがあるからだと 私は思っている。

 

私があの技術を使う際に思い描いているのは『回り道』だった。

離れ離れになってしまった兄さんや姉さんに逢いたくて、大きな回り道をしたから。

 

簪は何を思い描いているのだろうか…?

きっと兄さんへの思いだけじゃない筈。

 

 

 

Kanzashi View

 

お姉ちゃんが作り出した水の分身をすべて撃ち抜く。

一つは胸を、一つは肩を、一つは腹部を、一つは頭部を。

こういうのはあまり気分のいいものじゃない。

お姉ちゃんは驚愕している様子だけれど今はそれにすら構ってなんていられない。

 

「やああぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

「クッ!」

 

右手の薙刀で真一文字に、左手の薙刀で下段から斬りかかる。

右手の薙刀は水の障壁に防がれる、左手の薙刀はラスティー・ネイルで受け流された。

 

「まだまだぁっ!」

 

右手の武装を解除、再び黎明をコール。

逆手で握り、刀剣状態にして機体を急速旋回、ラスティー・ネイルを吹き飛ばした。

 

「『高速切替(ラピッド・スイッチ)』…!

その技術まで取り入れていただなんて…!」

 

高速切替(ラピッド・スイッチ)

この技術は、幾種もの兵装を切り替える際に使われる技術。

だけど、兵装の数が少なければ、切り替える武装に一瞬の逡巡すら必要にならなかった。

天羅に搭載されている近接戦闘兵装は『黎明』と『願星』だけだからこそ。

 

「今までの私と同じだと思うと思わないで」

 

非固定浮遊部位のミサイルを発射する。

最大で96発のミサイルを一斉掃射ができるけれど、今はまだその全てを使い切るわけにはいかない。

 

「私の全力、ここで出し切って見せるから!」

 

96発の内、8発を掃射した。

 

「いっけぇぇっっ!」

 

 

 

 

Tatanashi View

 

甘く見ていた…いや、見くびっていたのかもしれない。

『妹だからこそ守らなくちゃいけない』

その固定観念があったのは否定はできない。

私が姉としえ在りつづけているから…。

まだ…まだ私は簪ちゃんと対等に向き合っていなかった…!?

そんな想いすら湧き出てくる。

 

そんな筈は無いのに…!

2年前に一夏君が間を取り持ってくれて仲直りだってできている。

なら私は…本当の意味で向き合って見せる!

 

「そんなミサイルくらい!」

 

即座に蒼流旋を展開し、ガトリング・ガンを一斉掃射する。

 

ドオオォォォンッッ!

 

8機のミサイルを空中で撃ち落とす。

 

「やああああぁぁぁっっ!?」

 

「嘘…っ!」

 

ミサイルに集中し過ぎていたせいで、簪ちゃんの動きから目が反れてしまっていた。

刀剣形態に切り替わっていた兵装で一直線に突っ込んでくる。

 

ドガァァァッッ!

 

槍と大剣がぶつかり合う。

そうかと思えば一瞬の後退。

大剣が薙刀に変化し、渾身の薙ぎ払い。

それにしても速い…!

間違いなく一夏君を模倣してるわね!?

 

「強く、なったわね…簪ちゃん!」

 

「ずっと…ずっとお姉ちゃんを目標にしていたから。

越えたいって思ってきたから…!

この勝負、私が絶対に勝つ!」

 

そう、なら、私も出し惜しみはしていられないわね。

 

「はぁっ!」

 

「くっ」

 

強引に蒼流旋を振るい、距離を開く。

私も出し惜しみはしないわ。

水蒸気爆発『清き情熱(クリア・パッション)』を繰り出そうとした瞬間、違和感を感じた。

大気中の水は確かに操れている。

ナノマシンも正常に動作している。

なのに、これは…!?

 

「水を操れるのは、お姉ちゃんだけじゃないんだよ」

 

「…え?」

 

「お姉ちゃんは知らないよね、天羅がもつ力を」

 

空中に散布したナノマシンが私の指示とは明らかに違う動きを始めている。

それに…風…!?

 

 

 

Kanzashi View

 

ずっと、ずっとお姉ちゃんを目標にしてきたから。

いつの日か、正々堂々と勝負をして勝ちたいと思った。

 

『そして今日、超えるのね』

 

「うん、私も強くなれたんだってお姉ちゃんに証明したいから」

 

『そうね、簪は強くなれたわ』

 

じゃあ、やろう。

 

「お姉ちゃん、これが私の本気」

 

天羅が強い輝きを放ち始める。

それと同時に、破壊されたミサイルから大気中に散布されたバリアブルナノマシンも急速に活性化を始める。

 

「『万有天羅』発動!」

 

風が唸り始める。

アクア・クリスタルから放出されたナノマシンが吹き飛ばされていく。

風が渦を巻く。

微風から颶風へ、そして豪風へと姿を変えていく。

水が形にとらわれないように、風もまた形にとらわれない。

水と風、その二つ私たちの力の形であり、心の形。

 

「ここは、私だけの世界!」

 

 

 

 

Lingyin View

 

試合開始と同時に二人の姿がブレて見えるほどの加速だった。

それとほぼ同時に凄まじい金属音。

耳を塞いだけれど、数秒経過しても耳鳴りが続いた。

 

「どんなパワーで打ち合ってんのよ、アレ…」

 

兄貴と千冬さんは恐ろしいほどの速さで切り結んでいる。

その度に火花が散り、地面を抉る。

試合が始まってから30秒経過して、もう120合はお互いの刀をぶつけ合っている。

 

「185合、ですね」

 

「アンタ、カウントしてたの…?」

 

「それはもう。

私はお兄さんの一番弟子ですから」

 

まあ、アタシだって見慣れてはいるけど、以前よりも剣速に更に磨かれているようだった。

あまりにも速過ぎる。

どんだけ修業していたんだか。

そしてそれに対応出来る千冬さんには寒気が走る。

何と言うか

 

「人類最強決定戦みたいだわ」

 

「ですよね…」

 

「ラウラはどう思う?」

 

「兄上にはまだ隠し弾がある」

 

隠し弾?

そうは見えないんだけど…?

絶影流の技は確かに使っている。

そして千冬さんも途中から本気になっているようにも見受けられる。

 

ドガァンッ!!

 

千冬さんが凄まじい勢いで刀を振るうと同時に、真正面側にある壁面が抉られる。

第一回世界大会で使ったとされる千冬さんの遠距離斬撃。

飛来する見えない斬撃。

 

「凄い威力、ですね…」

 

「もう人外よ、あの人は…」

 

「う、うむ…。

兄上でもできないそうだぞ、あの攻撃は…」

 

ってーか、ホントに人外だわ。

 

兄貴は今回は三機のドラゴン型のユニットを一度も展開させていない。

自分の力だけで勝とうと思ってるのかしら。

無茶だけど…咎めるのは絶対に筋違いだと思う。

 

「ぜりゃああぁぁぁっっ!!」

 

「はああああっっ!!」

 

あの剣術姉弟に今更ストップを言い渡せる人なんてこの場には居ないだろう。

まあ、アタシは応援に来ているだけ周囲の野次馬と変わらないだろうけどね。

 

それと、観客席の一角に居る見覚えのある一団(黒兎隊と荒熊隊)とか何しに来てんのよ…。

 

 

 

 

 

Icika View

 

幾度も、幾度もこうやって刀をぶつけてきた。

その都度、結果は黒星だった。

俺の力ではまだ到達しきれないのかもしれない。

何度かそう思ったが、そんなくだらない思考は即座に捨てた。

越えられない壁なんて無い。

そう信じてきた。

だから常に訓練に力を入れてきた。

常に先を見据えてきた。

未来を求めてきた。

守れるように。

俺の手から零れ落ちていかないように。

 

「…撃ち抜け」

 

両手の双刀を連結され、『六条氷華』を展開せる。

9発の矢が一直線に放たれるが、やはり容易に躱される。

飛び道具では掠りもしないようだ。

双刀に分離させ、再度切り結ぶ。

 

「一か月以上の修業はやはり伊達ではないようだな」

 

「まあな!『昇月』!」

 

跳躍してからの背面回し蹴りを暮桜の右手に叩き込む。

だが、振り下ろされる刃をそらすのが限界だった。

どんな腕力してんだよ…。

 

「確かに動きは速い。

剣の冴えも見事だ、今までよりも数段磨きがかかったようだな」

 

「伊達に修業をしてないさ」

 

ガギィッ!!

 

幾度目になるだろうか、こうして刀がぶつかりあうのは。

鍔迫り合いに至るのはずいぶんと久しい。

 

「こんの…!」

 

スラスター全開!

このまま吹き飛ばす!

 

「おおらあぁっ!」

 

ギャリィッ!!!!

 

吹き飛ばされながらも空中で姿勢制御をおこない、突っ込んでくる。

その機転の良さも世界大会で勝ち抜いた理由だろう。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に接近。

 

「『零落白夜』発動!」

 

「撃ってこい!

見せてみろ、お前の全力を…!」

 

上等だ!

見せてやるさ…アンタが不可視の斬撃を遠距離から放つのであれば…俺が繰り出すのは…!

 

「絶影流、中伝…『鎬月(しのぎづき)』!!」

 

 

 

Laura View

 

ドガガガガガガガガガガガガァン!!

 

…繰り出された。

兄上がドイツで新たに作り出した技が。

 

「な、なんですか、今の技は…見たこともないですよ!?」

 

「ちょ、今のって…」

 

「…流石に速いな、あの技は…」

 

開発してから幾度か見せてもらった。

白兵戦闘でも使ってきたが、私でも視認が一切出来なかった。

 

「ちょ…ラウラ、何なのアレ…?

アンタ、何か知ってんでしょ…?」

 

「兄上が言うには、高速…それも秒間12連の刺突…らしい(・・・)

 

らしい(・・・)って、ラウラさん…?」

 

「私の副官も相手にしていたんだが…クラリッサがこう言っていた。

『AICで止められない』、と」

 

「「えええええぇぇぇぇっっ!!??」」

 

私はあの技を受けたためしはない。

あの技は『零落白夜』と相性がいい。

そして、AICの天敵とも言える技になるだろう。

『零落白夜』を発動させると、その刀身はエネルギー無効化フィールドによって包まれる。

AICとてエネルギーフィールドだ、結果的に言ってしまえば零落白夜によって切り裂かれるだろう。

だから、刀を握る腕を止めるのがベストだ。

それ故に…『腕が消えたと錯覚する(・・・・・・・・・・)』ようなスピードで、しかもそれを連続で繰り出されようものならば、AICを発動させるイメージすら出来なくなる。

私がAICを発動させるイメージは『視線を向ける』というもの。

だが、視認する対象が見えなければ意味をなさない。

そして、視認不可能(・・・・・)なのは教官も同じだ。

飛来する見えざる斬撃。

そんなもの、AICではとめられない。

有効範囲の外から放たれれば、止めることは不可能。

だが、兄上の場合は、AICの有効範囲に居ながら(・・・・・・・・・)不可視の攻撃を繰り出す。

そして、相手に肉薄してまで放つであるが故に、相手に刀を振るわせない。

早い話が、教官の『飛来する斬撃』を封じ込める技でもある。

私にできなかったことを、兄上は二つもやってのけている。

 

「本当に強いな…兄上は…私達よりも、ずっと…」

 

いつもそうだ、本人は同じ場所を歩いているつもりなのかもしれないのに、本当は私達よりも数歩先を歩んでいる。

 

 

 

 

Chifuyu View

 

「『鎬月』!!」

 

一瞬だった。

今まで以上に凄まじい速度の剣戟に襲われる。

零落白夜の威力も合わさり、今まで減らされなかったシールドエネルギーが30パーセントも抉られた。

両肩の装甲が破損。

驚愕させられた。

 

「ちぃっ!」

 

「『峰月(みねづき)』!!」

 

ドガガガガガガガァンッ!

 

右手の刀の数閃の後に襲ってきたのは左手に順手に握られた脇差による数閃の刺突だった。

私でも視認が出来ない程の高速剣技を使ってくるとはな…!

 

「『薙月(なつき)』!!」

 

「ぐぅっ!?」

 

凄まじい速度と威力を合わせ持つ回し蹴りが叩き込まれる。

腕部装甲でガードをするが、耐えられずに左腕の装が砕ける。

それだけでは飽き足らず吹き飛ばされる。

 

ドガァンッ!!!!

 

背中に感じられる衝撃で気を失いそうになるが歯を食いしばって耐える。

ふふ…ここまで強くなっていたとはな…、誇らしい弟だ…!

 

「『月閃光(げっせんこう)』!!!!」

 

「なめるなぁっ!!」

 

 

ギャギギギギィィィィンン!!!!!!

 

凄まじいスピードでの刺突だった。

技から技へ、そして奥伝を使うまでに追い詰めたと思う感しれないが…甘く見るなよ…!

 

「ちぃっ!」

 

後退加速(バックイグニッション)で一夏が一気に離れる。

残るシールドエネルギーを改めて確認してみる。

 

「…30パーセントか…まあ、いいだろう」

 

もうそろそろお終いになるかもしれないが…見せてやろう。

いくぞ、暮桜…!

 

「『零落白夜・識天』…発動!」

 

 

 

 

 

Ichika View

 

追い詰めた、そう思ったのも束の間だった。

零落白夜の発動を解除し、刀を構えなおす。

その直後

 

「『零落白夜・識天』発動!」

 

暮桜の全体が強い輝きを発し始める。

零落白夜を発動させた際には金色の強い光を発する。

だが、これはまるで別物だった。

 

紅だった。

 

「よく見ろ一夏、これが…『零落白夜』の終型だ…!

自身のエネルギーを消費するのではなく、周囲からエネルギーを掻き集め、我が物とするものだ」

 

「通常の零落白夜とは完全に別物みたいだな」

 

こちらのエネルギーが消費していくのが確認できる。

攻撃用エネルギー、シールドエネルギー、機動用エネルギーがみるみる減っていく。

『識天』…天を()るとはよく言ったものだ。

そして零落白夜の最大の欠点である時間制限をも完全に克服している。

更に脅威なのは、エネルギーを吸収し続けている点だ。

しかも、周囲から無作為に、だ。

『零落白夜』と『零落白夜・識天』。

その能力は圧倒的なまでの攻撃性能。

それ故に同系統にも思えるが、コンセプトは完全に別だ。

そして、『零落白夜』の天敵。

『白式』と『暮桜』は、互いに相殺しあうための…一種の制御装置のような存在だったのかもしれない。

 

アリーナに展開されているであろう電磁シールドからも奪い続けているからか、その強度が失われつつあるようだ。

これは…公式戦の映像の中では一切見た覚えが無い。

まったく…『飛来する見えない斬撃』に続けてこんな隠し弾を持っていたとはな…。

 

どこまでも追う甲斐が…越え甲斐があるものだ…!

 

 

千冬姉は誰もが見上げる太陽のような存在だ。

そしてこれは…太陽が放つプロミネンスだな。

太陽の表面から放たれ、そしてまた還っていく。

そんな焔を思い浮かべてしまう。

 

「『龍皇咆哮』発動!!」

 

こちらも対抗策として仕様能力を発動させる。

千冬姉が放ち続けている零落白夜によって消費したエネルギーを一気に回復させていく。

 

「ほう、お前もなかなかに面白い手段を使えるものだな」

 

「お互い様だろう。

さあ…決着をつけようぜ…!」

 

「よかろう…」

 

「『災厄招雷』『龍皇咆哮』『零落白夜』一斉発動!!」

 

フルフェイスの下、俺はもう一度深呼吸をする。

息を吐き出し、真正面を見る。

俺の剣は競う為のものではない。

戦い、勝ち抜き、生き延び、そして…守る為の剣だ。

目標にしてきた高みを超える為に…。

 

「織斑 一夏」

 

「織斑 千冬」

 

いざ

 

「「推して参る!!」」

 

尋常に

 

「「はあああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」」

 

勝負!

 

 

 

 

 

Tatenashi View

 

「ちょ…嘘でしょ…」

 

アリーナに現れたのは、幾つもの竜巻だった。

これが…簪ちゃんの機体『天羅』の能力。

 

「さ、寒…っ!?」

 

センサーが気温の低下を告げてくる。

夏休み最終日とはいえ、まだまだ夏の暑さが残っている筈なのに…まるで冬のように感じられた。

気温低下の影響か、水の操作も妙に鈍い…え……まさか…。

機体を見下ろしてみる。

装甲の表面が凍っている。

 

「油断してる場合じゃないよ、お姉ちゃん!」

 

「だったら…!」

 

ギギィンッ!

 

簪ちゃんの薙刀を受け止める。

 

ドォン!

 

「グッ!?」

 

両腰のレーザーカノンが直撃した。

水の障壁はもう役に立たない。

それどころか、水を扱うことすらできない。

完全に手の内を読まれている。

 

「『禊星(みそぎぼし)』!」

 

「!?」

 

蒼流旋が手元から失われ、新たに両手に握られたのは…二振りの騎士槍。

篠ノ之博士からの贈り物でもある。

開発コンセプトは…『大海』。

 

「さあ、さっきまでとは違うわよ!」

 

「絶対に負けない!」

 

これが、私の最後の一撃!

 

蒼流旋を再度展開、『禊星』と連結させ完成したのは海神の三叉槍『ポセイドン』。

 

 

 

 

Kanzahi View

 

侮っていたわけじゃない。

手加減だってしてない。

それでもなお…強いと思わされた。

簡単に越えられる壁じゃない。

あまりにも高い絶壁だとも思わされていた。

でも…あと

もう少しで…!

 

『さあ、迎え撃つわよ、私たちの最大の一撃【     】で!』

 

「うん、いくよ!」

 

風が願星に吸い込まれていく。

分離させ、薙刀による二刀流へと切り替える。

 

その双方の薙刀に嵐を纏う。

 

「いくよ、お姉ちゃん!」

 

「来なさい、簪ちゃん!」

 

お姉ちゃんの槍には膨大な量の水が圧縮され、渦を巻いている。

今にも弾けてしまいそうにも見えた。

 

「やあああぁぁっっっ!!!!」

 

「はあああぁぁっっっ!!!!」

 

「『ポセイドンの大槍』発動ぉぉぉっっっ!!!!」

 

「『フェンリルの息吹』発動ぉぉぉっっっ!!!!」

 

 

 

Madoka View

 

水と風と更には猛吹雪がアリーナの全土を揺るがした。

観客席にはかろうじて影響は出ていないけれど、そこを守るシールドがビリビリと震えているようにも感じられる。

 

「さ、寒っ!!」

 

ちょ…簪!

グラウンドの外にまで影響が出てる!

手加減無しにも程があるだろう!?

 

アリーナのセンサーが危険と判断したのか、次々にシャッターが下され、グラウンドの中で戦っている二人の姿が見えなくなる。

 

ポセイドン(海の神)フェンリル(神喰らいの狼)か…勝つのはどっちになるんだ…!?

この状態でグラウンドの内部を見れるのは…放送席だな!

さっそく行ってみよう!

 

 

 

Ichika View

 

ドガァァァッァンッッ!!!!

 

今までで最大威力の一閃は互いの刀で受け止められた。

だが、受け止めきれるかは話は別だった。

 

「ぐ、ぐぅ…!?」

 

「おおおおおおおらあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

 

力任せに両手の刀で抉じ開けるように吹き飛ばした。

そして姿勢制御をされるよりも速く背後にまわり

 

「『昇月』!」

 

ドガァンッ!

 

高速の背面回し蹴りを繰り出し、上空へと吹き飛ばす。

そして脚部ブレード『哭龍』を展開。

紫色のレーザーブレードが作り出される。

 

「絶影流、奥伝…」

 

「な…!?」

 

トドメだ!

 

「『砕月(くだきづき)』ぃぃぃぃっっっ!!!!!!』」

 

砕月は狂月の発展技だった。

この技は、まだ誰にも見せていなかった。

狂月は踵を相手の脳天に叩き込む技。

そして砕月は、さらにそのまま相手を地面に叩き付け、地面ごと相手の体を砕く技だ。

 

ドガアアアアァァァァァァンンンッッッ!!!!

 

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

 

そのまま地面に叩き付けた。

衝撃により、地面に亀裂が走る。

グラウンドの中央から、端々にまで。

…ちょっと、これは…

 

「…やり過ぎたか…」

 

「なかなかの一撃だったぞ」

 

右手を地面につきながら千冬姉は起き上がる。

左腕に続き、右腕の装甲も砕け散る。

だが、相変わらずにその瞳には焔が宿っているようだった。

 

「強くなったな、一夏」

 

「そうする他に無かったからな。

それに、いつまでも負けっぱなしは性に合わないんだよ」

 

「ふふ、なるほどな…男らしいものだな。

いや、まっすぐなんだな…どこまでも…、お前らしいものだ…」

 

『暮桜 シールドエネルギーエンプティ

勝者 織斑 一夏』

 

無機質なアナウンスが流れてくる。

今回の勝負は俺の勝ちのようだ。

千冬姉からもらった最初の白星だ。

 

「なら、次の試合を始めるとしようか」

 

「ああ、いつでもいいぜ!」

 

互いの機体の展開を解除させ、白兵戦用の刀を…俺にとっての宝刀であるバルムンクとナイフを抜く。

千冬姉もまた腰に提げた一振りの刀を抜刀する。

暮桜が誇るブレードである白刀『雪片』とは違い、その刀身の全てが黒に染まっている。

アレもまた、俺が越えたいとおもっていた高い壁の象徴だ。

今こそ…越える!

 

「「はあああああああっっっ!!!!」」

 

 

 

 

Melk View

 

…鈴さんの言う通りになっちゃいましたね…。

ISでの勝負にて勝利した直後にお互いに生身で刀で勝負とは…。

 

「あの姉弟は…」

 

「だが、それでこそ教官と兄上らしい」

 

「ただの意地っ張りだとも思えますけどね。

どちらから意地を張りだしたのかは知りませんけども」

 

本当に…どっちもどっちで応援するのにも気の迷いが出てきますよ…。

 

 

 

 

Madoka View

 

「な、なんだコレ…?」

 

フィールド全体が靄で覆われていた。

けど、それもものの数秒で吹き飛ぶ。

北側の壁面には簪が、南側には楯無先輩が居る。

もうどちらも満身創痍だった。

どちらとも、得意としている武器が圧し折れ、足元に転がっている。

モニターに表示されているシールドエネルギー残量を見れば、楯無先輩は23パーセント、簪は…24パーセント。

完全に拮抗している。

けど、お互いにまだ諦めていないのは見て取れる。

そして両者が動いた。

 

 

 

Tatenshi View

 

両腕の装甲は大破。

武器ももう無い。

けど、まだナノマシンは動かせた。

 

「まだよ…私は」

 

「絶対に負けない…!」

 

簪ちゃんは両腰のカノンが中破、もう使えない。

 

「いっけえええぇぇぇぇぇっっ!!

『辻風』ええええぇぇぇぇっっ!!」

 

「ミサイル!?

そんなもの、いつ…!?」

 

あのミサイルは今しがた発射されたものじゃない。

考えられるとしたら…お互いの差大の一撃を放った直後に…!?

 

清き情熱(クリア・パッション)』を発動させ、50発程破壊する。

でも、それが間違いだった。

 

「しまっ…」

 

ナノマシンが散布される。

急いで水の障壁を展開。

その水が一瞬にして凍りつく。

そして後続のミサイルが氷を砕き、シールドに直撃。

絶対防御が続けざまに発動される。

防ぐ手段なんて無かった。

 

『ミステリアス・レイディ シールドエンルギーエンプティ

勝者 更識 簪』

 

やれやれ…とうとう越されちゃったか…

機体が強制解除され、私は気温低下の影響で冷え切ったグラウンドの地面に横たわる羽目になった。

 

 

 

Kanzasi View

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

勝った…全力を出して…出し切って…ようやく…

 

『ええ、勝ったわよ…お疲れさま、簪』

 

「でも、疲れた…」

 

一夏…私、勝ったよ…

 

そのまま私もお姉ちゃんに続けて倒れることになった。

ちょっと…寒いかも…。

 

 

 

Chifuyu View

 

真剣で切り結ぶのは、私達の間では珍しい話ではない。

一夏に剣術の特訓をしている間は、大概がお互いに真剣だった。

尤も、一夏の場合は右手に刀、左手にはナイフだ。

それがあいつの原点でもある。

その両手に握られている刃は、双方ともがドイツで一夏のためだけに贈られたもの。

本人にとっては至上の宝刀にも匹敵するだろう。

 

「ちぃっ!」

 

「ISに搭乗していた時と同じように速いな…!」

 

これまでの速度にまで化けるとは最初は思ってもみなかった。

だが、この速刃が聞かせてくれる鋼の音が心地いい。

私の刀に追い付ける者など、今尾世の中には早々に居なかった。

私に挑戦してくる者は数多居たが、そのことごとくを返り討ちにしてきた。

つまらなくなったのは言うまでもない。

その中、一夏が私に剣術指南を請うてきた。

私と同等に渡り合えるか、もしくは超えていくのか、その手に賭けてみることした。

もしも私と同等に育ってくれたとするのなら…そして超えてくれたら…そう思ってみた。

その結果はどうだ、今や私と同等に渡り合うどころか圧倒してきている。

暮桜をも打倒し、零落白夜・識天をも下し、今や私をも超えていかんとしている。

その成長が嬉しい、そしてどこか寂しくも思える。

だが、これが一夏の生き様だ、これが一夏だけの剣だ。

よく…ここまで成長してくれた…!

お前はお前自身の中で欠落していたものも拾い上げ、私の背中ばかりを見つめることすら辞めた。

今のお前は…私よりも先を歩いているんだ…。

 

「『薙月』!」

 

ドスン!

 

「ぐっ!?」

 

鳩尾に容赦の無い爪先蹴りが突き刺さる。

ますい、呼吸が…!

 

「吹き飛べぇっ!」

 

バキィッ!!

 

続く回し蹴りが私の腹部に炸裂した。

…見事だ…

 

『絶影流』

やはり、それはお前だけの剣だ。

 

「絶影流…奥伝!」

 

ナイフを鞘に戻し、刀をも鞘に戻す。

そて鞘ごと左手に握りしめ、右手は柄に。

一夏の抜刀居合

 

「絶影流奥伝『朧斬月(おぼろざんげつ)』!」

 

一瞬だった。

両脇腹に一撃ずつの合計二発。

しかも…

 

ドガァッ!

 

「カハッ…!?」

 

左手に逆手に握られた鞘、それによる横隔膜を狙った殴打が最後の一撃となった。

これは…ドイツで見せた、一夏だけの剣、その最初の形だったな…。

鞘による打撃攻撃(・・・・・・・・)

今の『絶影流』には存在しない技…

 

「荒熊式…『緋熊(ひぐま)』!」

 

視界の端に映ったのは、過去に見た軍隊格闘だった。

大きく踏み込み

 

「がぁっ!?」

 

一夏の()が胸の中央に突き刺さる。

()()を使うような体術すら仕込まれていたか…!

 

だがまだだ、ふらつく視界を整え横薙ぎに刀を振るう。

だが、それすら躱された。

それどころか視界から消えた。

僅かに地面をえぐる様な音。

 

下か!

 

「黒兎式…『黒羽(くれは)』!」

 

両腕をバネとし、それだけで体を支え両足をそろえて蹴り。その一撃が私の下顎に突き刺さる。

その一撃で私の体が吹き飛ばされる。

お前…クラス代表を決定させるための模擬戦をした後のアッパーを恨んでいたのではないだろうな…!

 

薄れゆく意識を刀を強く握ることで保たせる。

 

影踊(かげろう)流…『日蝕(ひばみ)』!」

息を整える暇もなく更なる連撃。

左右からの回し蹴りが両の二の腕に。

槍のような蹴りがかたなを振るおうとする前腕を弾く。

そして、刀すら蹴り飛ばされる。

 

「絶影流、奥伝…『狂月(くろつき)』ぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!!」

 

どがあぁぁっっ!!

 

強烈な踵落としが左肩に振り下ろされた。

ミシミシと嫌な音が聞こえる。

だが、その時点でこの勝負が終わったのだと察した。

私の敗北で…!

 

強く…なったな…!

「まがりなりにも家族なんだ、殺生をするつもりはない」

 

左肩に感じるおもみが失われていく。

振り下ろした足を退けたのだろう。

本当の戦場ではそれは許されないだろう。

だが、この場であれば話は別だ。

 

「…見事だ…」

 

峰打ちとはいえども、その打撃はかなりの威力をもっていた。

オマケに最後の鞘での殴打…。

それに続けて連続の蹴り…しばらくは湿布を張っておかねばならんかもしれんな…。

 

そんな事を考えながら、私は気を失った。

 

 

 

 

 

Lingyin View

 

ったく、この四人は純粋に尊敬しているのは確かだけど…些かバカじゃなかろうかとさえ思う。

第1アリーナは地面のあちこちが凍りつき、なおかつシャッターがこれまたあちこちにベコベコにへしゃげている。

修復の間は当分の間続き、使えない。

第7アリーナも地面に大きすぎる亀裂が走り、さらには壁面があちこち切り刻まれている。

オマケとばかりに、千冬さんが放った単一仕様能力の影響でアリーナの電磁シールドのエネルギーが素寒貧になるまで使い尽くされシステムが不調になっている。

それ故に修復に相当な時間がかかり使えない。

その本人達は今は仲良く医務室で眠ってるけど。

 

「いや~、スケールの大きい試合でしたね…」

 

「極端すぎるのよ、この四人は」

 

あの後、兄貴と千冬さんの白兵戦闘は、長い時間を要し決着した。

最後は、兄貴が峰打ちを叩き込み、決着した。

そして話は学園全体に広まった。

更には、世界ランクで兄貴が一位に刻まれることになった。

まあ、兄貴も千冬さんもあの試合でブッ倒れたからストレッチャーで運ばれることになったけど。

 

「でも、これでお兄さんは織斑先生に続いて『世界最強』の称号が与えらえたわけですよね」

 

「重大なハンデを負っているがな。

それを理由としてこじつけ、兄上を認めようとしない声が出てくるのも確かな話だ」

 

「嫌な話ね」

 

けど、ありえないわけじゃない。

それに、第二回世界大会で千冬さんと戦う予定だった搭乗者も妙な事を言ったりしないか心配ではある。

兄貴は重度の銃器恐怖症でもる。

完治はしていない、今は自己暗示である程度の制限時間が施されているだけの状態だから。

 

「織斑君と更識さんは居ますか!?」

 

騒がしく飛び込んできたのは山田先生だった。

何か急ぎの用があったのか、息が荒い。

けど、寝てる人が居るんだから静かにしてほしい。

それ以前に医務室は静かにするのが常識でしょうに。

 

「山田先生、静かにしてもらえませんか?

傷に響く…」

 

…兄貴が起きた。

手遅れだったか…。

 

「あ、はい、すみません…。

えっと…要件なんですが…日本政府からの通達で…織斑君と更識さんのお二人を『国家代表生』として認めるそうです」

 

 

 

Ichika View

 

…政府の対応が驚く程に早ぇ…。

だが…いずれにしても、俺が国家代表生か…。

まあ、なんだ…悪い気はしないな…。

学園だとか世間での俺の地位が少しは安定すればいいんだが。

 

「わかりました、後で簪にも伝えておきます」

 

当の本人である簪と、その対戦相手だった楯無さんは、それぞれベッドで眠っている。

簪の寝顔は見ていて癒される。

彼女の寝顔は

今はどこか満足そうに見えた。

話には聞いている、簪も勝利したのだと。

 

楯無さんの寝顔は…どこか悔しげに見える。

まあ、敗北したのだから無理は無いだろう。

そしてそこに至るまで、複数のコーチングがあった。

…言い方は悪いが、袋叩きにされたような気分なのかもしれない。

 

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

そして山田先生が出て行った後は…

 

「すごいよ兄さん!」

 

「アンタってどこまで先に進んでくのよ…。

でもまあ、就任オメデト」

 

「国家代表候補に就任したのは先々月。

わずか二か月で国家代表にまで至った人間は他には居ないぞ…」

 

「おめでとうございますお兄さん!

これは歴史的快挙ですよ!

世界にたった一人の男性IS搭乗者は国家代表生に早くも就任!

みんなでお祝いしなきゃいけませんね!」

 

予想通りにマドカ、鈴、ラウラ、メルクが騒ぎ出し…

 

「貴様ら…人が眠っているその近くで騒ぐとはいい度胸だな…」

 

そう、今の今まで眠っていた御仁がここにいらっしゃるわけだ。

 

「四人まとめて正座しろ」

 

無論、千冬姉に刃向える者など一人たりとも居ないので、順番に正座していく。

それを見越したうえで

 

ゴン!

 

「ゴメン、姉さん…」

 

最初はマドカ、続けて鈴

 

ゴン!

 

「ヒグゥ!?」

 

鈴の後はメルクとラウラ

 

ゴゴン!

 

「あ、あうぅ…」

 

「ぐあぁ…!」

 

例外無く、そして一人残らず、千冬姉に拳骨を喰らうのだった。

だが拳骨を振り下ろした張本人も

 

「……………~!」

 

峰打ちを受けた部位、更には鞘で殴打された部位が痛むのか、しばらく無言で悶絶していたけどな。

…峰打ちとはえ、本気でやり過ぎたかもしれないが、過ぎた話だ。

そこで俺を睨まないでくれ、頼むから、手加減できる状況じゃなかったんだよ。

 

なお、その日の夕方には厳馬師範と奥方からも電話が掛かってきてこれまた騒がしくなるのだった。

そして何故こんなにも話が速いのかと思えば、厳馬師範と束さんからの後押しだったらしい。

…過保護というべきか親バカと言うべきか。

こればかりは簪には秘密にしておこう。

 

 

 

 

 

その日の夕方

 

「私達が国家代表生かぁ…目標にまた一歩近づけたのかな?」

 

「ああ、それは間違いないさ。

数年経ったら世界大会に参加する事になっているかもしれない」

 

俺達の生徒手帳には、新たなエンブレムが刻まれた。

『国家代表生』に贈られる新たなエンブレムだ。

 

尤も、簪の視線は生徒手帳よりも先に俺に突き刺さっていたが。

まあ、無理も無い話だ。

千冬姉と本気の真剣勝負をしたのだからタダで話が済む筈も無い。

刀によって斬られた後だとか、刃が掠めた後だとかであちこち包帯やガーゼだらけだ。

 

閑話休題(その話は今はほっとくとして)

 

そして先程、国際IS委員会会長である束さんからも祝いのメールが送られてきている。

更には、明日から新学期が始まるが、その日の夜には俺と簪の『国家代表就任祝い』としてパーティーが開かれることになった。

大袈裟過ぎるだろうに…。

まあ、悪い気はしないけどな…。

この先はどうなるやら…。

けど、よりよい未来を手に入れられるのなら…俺はそれでいい…。

その時には、簪と一緒に…。

『国家代表生』の称号、ありがたく頂戴しておくとしよう。

 

コンコン

 

そんな音がドアから聞こえてくる。

誰かがノックしているようだが…誰だよ?

 

「お~い、お~り~む~ぅ~っ!」

 

…この間延びいた呑気な声、間違えるはずもない。

のほほんさんだ。

いったい何の用だろうか?

 

「どうした?」

 

「おりむ~が、織斑先生に勝利したから~、それと~、かんちゃんが楯無お嬢様に勝利したから~、皆で祝勝会をやろうって話になったんだ~♪」

 

「祝勝会?俺は千冬姉と本気で闘って(やりあって)包帯とガーゼだらけのミイラ男状態だぜ?」

 

「それ、自業自得だと思う」

 

この際、簪からのツッコミはスルーで。

刀にナイフで切り結んでいれば切創、擦過傷なんて日常的だ。

こんなもん、俺自身は気にしない法ではあるが、この女子高同然の場所では流石にな…。

 

「名誉の負傷ってことにすればいいんじゃないかな~?」

 

「そこを疑問形でかえすのは中々に酷だと思うが…判ったよ、場所は?」

 

「かんちゃんと~、私の部屋で~す」

 

ものの見事にお隣だった。

 

「本音、私、聞いてない」

 

「さっき決まったばっかりだから~」

 

突拍子がなさすぎるぞ。

いや、この人は以前からそうなんだが。

 

「あ、かんちゃんには渡すものがあるから先に来てほしいなぁ~」

 

「私に?」

 

 

 

で、俺は一人で部屋に取り残されて15分が経過した。

 

「おりむ~、準備出来たから来て~♪」

 

「ああ、わかった」

 

のほほんさんに呼び出され、廊下に出る。

だが、あの(・・)のほほんさんが、走って部屋に戻っていく。

…何かありそうなので一応、刀とナイフを携えておこうか。

 

刀とナイフを両手に隣の部屋の目へ。

女子の部屋でもあるので、ノックは忘れない。

返事は返ってきた。

部屋に入るにも承知てもらえたので

ドアを開くと…

 

「…何やってんだ、揃いも揃って…」

 

抜刀した自分がアホらしく思えてしまった。

だが、それ以上に部屋の中に広がる光景が余程頭の中身を疑うようなものだった。

 

「な、なんだか恥ずかしいな」

 

「簪も悪乗りしてるんだな…」

 

猫だらけである。

見渡す限り、猫だらけ。

いや、正確に言うのなら、猫を模した着ぐるみパジャマだ。

それを、簪、のほほんさん、虚さん、楯無さん、マドカ、ラウラ、メルク、鈴が着用している。

 

簪、メルクはスコティッシュ系の猫だろうか、耳の先端が少しだけ垂れている。

簪は少し恥ずかしがり、メルクはそれが気に入ったのかニコニコとしている。

 

「じゃあ、祝勝会をはじめよっか」

 

のほほんさんとマドカはその人懐っこさからマンチカンだろう。

とりわけのほほんさんは、よく似合う。

マドカも存外に気に入っているようだ。

 

「祝!世界最強のおりむ~!」

 

「おめでと、兄さん。

それと…惜しかったね、姉さん」

 

虚さんは、普段のシャキッとし佇まいを崩さず、躾の届いたシャム猫か。

むしろそんな恰好だからか、普段のイメージが崩れそうになる。

比較的常識人のアンタが何やってんだ。

 

「すみません、本音に押し負けてしまって」

 

鈴は…トラ猫のようだ。まあ…似合うと言えばそこまでだな。

山猫でも違和感は無いだろう。

 

「それじゃあ、兄貴と簪の勝利に乾杯ってね」

 

楯無さんの場合はチェシャ猫だろう。

また良からぬこと考えていたりしないかが心配だ。

 

「あ~あ、お姉さんなんか悔しいなぁ…」

 

ラウラは…黒猫のようだ。

ってーかお前は猫よりも兎だろう、似合わないこともないが。

 

「兄上、いろいろと飲み物も揃えてみた。

何を飲む」

 

一応、もう夜だし眠れなくなっても困るので、ほうじ茶を選んでおこうか。

 

そしてここから先が絶対におかしい。

 

「私がいると何か不都合か?」

 

まだ何も言ってねぇだろ。

 

千冬姉だ。

しかも皆に乗せられたのかこちらも猫の着ぐるみパジャマだ。

一番似合わない。

しかもこっちを睨んでいるときた。

もう猫よりか虎でいいだろ、それも人食い虎だ。

 

ビュゴウッ!!

 

そんなアホな事を考えたのがバレでもしたのか、蹴っ飛ばされそうになった。

いや、躱したけどさ。

あのまま蹴られていたら通風孔の金属蓋を顔面でこじ開け、どこか冷たさを感じさせる空気を顔全体で受け止める羽目になった。

自分の事なのにここまで客観的になれるとか…生存本能が無いってのは…中々に嫌な生き方をしていくものなんだな…。

 

「何かよからぬことを考えただろう?」

 

「うわ、被害妄想」

 

そんな曖昧な理由で蹴ったのかよ…まあ否定はしねぇけどさ。

おっと、これ以上は止めておこう。

これ以上殴られたり蹴られたら後始末が面倒だ。

ここで『命が惜しい』とも考えられない俺は生存本能とやらをマトモに取り戻せていないのかもしれない。

 

「懲りないねぇ、俺も…」

 

余計なことを考えるのは、今年だけで何度目だったのやら。

もう考えるのもアホ臭くなってしまうから思い返すの辞めておく。

それからできることなんて高が知れている。

大虎(千冬姉)を振り切る為に窓から飛び出した。

 

「待たんかぁっ!」

 

「いや、待つわけねぇだろう」

 

それから、俺と千冬姉の第二ラウンドが開催された事をここに記しておく。

…ん?千冬姉、あの猫の着ぐるみパジャマのまま部屋から飛び出してんじゃねぇの?

いや、不要な追及はやめておこう。

生存本能をマトモに持ち合わせていないのに、これ以上寿命を縮めてどうする俺?

つーわけで今日は疲れているのにもかかわらず東奔西走する羽目になった。

それにしてもこの光景シュールすぎないかねぇ?

前方を走っているのはガーゼと包帯だらけのミイラ男。

後方から追いかけてきているのは猫のキグルミパジャマを着た千冬姉ときたもんだ。

さらにその後方からは、そんな千冬姉と俺を追い回す新聞部と放送部。

なんなんだ。この光景

 

 

 

 

Chifyu View

 

その日の夜。

 

「それで、アイツ(一夏)の成長具合をお前はどう見ている?」

 

学園の地下施設にて私と一夏の対戦を見続けていた(コイツ)に声をかける。

よりにもよってこの馬鹿、私が蹴飛ばされる場面の映像を繰り返しみている。

見ていて非常に腹立たしい。

 

「う~ん、ちーちゃんも凄いけど、いっくんも凄いね~」

 

次はあの凄まじい連続刺突の場面だ。

スロー映像にすることで、ようやくその動きが捉えられる。

秒間12発もの刺突。

だが、幾度も繰り返し使っているのを見ると、その速度はまだまだ加速する余地があると見える。

 

「本当に凄い。

例え第一世代なのだとしても、暮桜のシールド展開速度は、そんじょそこらの機体と大差は無い。

いっくんの攻撃速度は、その速度ギリギリにまで達しているよ」

 

「つまり…今後、一夏に対しては、ISのシールドや絶対防御は無意味だと?」

 

「そう、今後も加速するようであればいっくんの攻撃速度の前にISは楯にもならない」

 

アイツは…ドイツでどれだけ鍛えてきたんだ…。

創世世代機『輝夜』の速度といい、一夏の持前の剣技といい、どこまでも出鱈目な…。

あいつ自身が対IS戦闘兵になる日も近いかもしれん…。

 

「どこまでも平穏とはかけ離れた男になりそうだな」

 

「その平穏を守ってあげるのが私たちの仕事だよちーちゃん」

 

やかましい、その程度のことは分かっている。

 

「で、貴様はまたそのシーンを繰り返し再生させるのか、ああん?」

 

「痛い痛い痛い痛い痛いちーちゃん辞めて束さんの頭がリンゴのように潰れちゃうからああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!??」

 

リンゴを握りつぶせるほどの握力など持ち合わせてないわこの大馬鹿者がああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!

 

「あ、ちーちゃん、それとあの着ぐるみパジャマ、よく似合って痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたああああああぁぁぁぁぁぁゴメンナサイィィィィィィィィィ!!!!!!!!」

 




長かった休みは終わる

これから始まるのは二学期

訪れるのは秋の行事

その後に待ち構えているのは…?

次回
IS 漆黒の雷龍
『狂勇災典 ~秋始~』

負けないよ、私は

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