IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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少しだけ時間を遡ってからのスタートです


陽炎 ~ 禊星 ~

Ichika View

 

いつからだっただろうか。

その感情を抱くようになったのは。

かつては、触れれば切れる刀のようにも思えていた人物だった。

それ故に『畏怖』していたかもしれない。

だが、いつからか憧れを抱くようになった。

そして…この手で追いつき、追い越すことを夢見ていた。

それだけでなく、守る存在でありたいと。

 

「よし、駆動系統はこれでいい」

 

俺は簪に手伝ってもらいながら、輝夜の最終調整をしていた。

簪本人も、天羅の調整をしていたらしいが、それが終わり次第こちらを手伝ってくれているから感謝が絶えない。

今日、夏休み最終日の朝、このIS学園の二つのアリーナでは大規模な試合が行われる予定だ。

第1アリーナでは、簪と楯無さんによる試合が。

第7アリーナでは、俺と千冬姉の試合が行われる。

数年振りに表舞台にて暮桜が蘇る。

その噂がどこから漏れたのか、学園内ではその話が持ちきりになっている。

…考えたくもない可能性はたしかにある。

新聞部部長の黛先輩だ。

あの人は火の無い所に煙を立てまくるパパラッチなのだから。

 

「それにしても…改めて思うけど、輝夜って本当に常識外れの機体だよね。

ここまで凄まじい駆動系統、イタリアのテンペスタでも敵わないよ」

「まあ、確かに凄いよな」

 

俺の相棒の能力はまさに常識外れだ。

無限兵装に、超加速、さらには戦艦顔負けの射撃に砲撃。

世界最強の兵器とよばれるISの、その最終形態である『最終形態移行(ラストシフト)』を終えた機体がコイツだ。

 

「千冬さんと戦うに当たって、対策とかは考えているの?」

 

「暮桜は接近戦が第一に想定された機体だ。

そして零落白夜は、当たらなければ意味を成さない。

離れた場所からの正確無比な射撃、砲撃にて決着。

それが理想的、というかセオリーだろうな」

 

とは言え、千冬姉の場合は、遠距離の斬撃をも繰り出すのだから目を疑った。

純粋な衝撃波なのだろうが、不可視の斬撃にはどう対処したものか。

 

「やっぱり、近接戦闘に持ち込むの?」

 

「ああ、俺達は刃で決着をつけるだけさ」

 

…以前にラウラも似たようなことを言っていた気がする。

今は気にしないでおこう。

 

「勝てる?」

 

「勝つさ、必ず」

 

 

 

 

Kanzashi View

 

一夏はドイツ出凄まじい訓練を続けてきた。

幾種もの加速能力を身に着け、更には一対多数の戦闘訓練、射撃や砲撃に関しても、以前よりも格段に強くなっていた。

生身でISを相手にする訓練はそれこそ辞めさせたけど、白兵戦はそれ以降も続けていた。

だからだろうか、その背中がずっと大きく見えていた。

私もおいて行かれないように頑張らないと。

今日は私だって試合が待っているんだから。

 

「応援にいけないのは残念だけど、私も頑張るから」

 

「ああ、それはお互い様だ。

よし、調整完了、と」

 

一夏が機体の展開を解除させ、空中から飛び降りる。

その横顔は微笑を浮かべている。

一夏は、千冬さんと全力で戦える日をずっと待っていたんだろう。

そして今、世界の頂点に君臨する剣士に挑もうとしている。

第一回国際IS大会『モンド・グロッソ』の優勝者であるあの人に、一夏の剣は…きっと届く。

私は、そう信じる。

 

「頑張ってね。

私も頑張るから、それも全力で」

 

「ああ、頑張るさ。

俺も全力で、な」

 

 

 

 

Lingyin View

 

「今日、か…」

 

兄貴達がドイツから帰ってきて数日が経過した。

そして早々に兄貴も、そして簪も、自身の姉に挑戦するなどと言い始めた。

驚きはしたものの、あの二人ならいつかはこうなるだろうと思っていた。

 

「それにしても…第7アリーナか…どうなる事やら…」

 

兄貴と初めて闘った第5アリーナの事を思い出す。

第5アリーナは、一学期にクラス対抗戦一年生の部が開催された場所だった。

黒翼天が展開され、徹底的に蹂躙された場所でもある

今はまだ修復が終わりきっていない為に使用不可

そして今回は第7アリーナに剣士二人。

握るのは『雪』の銘を冠する刀。

勝者は、どちらになるのか…。

 

「マドカ、アンタいつまでウジウジしてんのよ…」

 

千冬さんと兄貴、どちらを応援すべきかをずっと迷っている。

ブラコンとシスコンの両方を拗らせているからこの元祖ブラコンは始末に負えない。

 

「そうは言っても…」

 

さっきからグラスに入れたジュースにストローを突っ込んで息を吹き込みブクブクと泡立てて鬱陶しい。

簪の試合を見せに行くのは決定しているから、この後は第一アリーナへ強制連行するつもりでいる。

 

「気持ちは分からなくもないんですけどねぇ…」

 

メルクは野菜サンドをかじりながら苦笑い。

その隣に座っているラウラといえば、シャリピアンステーキを朝っぱらから食べている。

絶対に胸焼けしそうだわ。

 

「鈴とマドカが簪の応援に行くのなら、私は兄上の試合を見に行こう」

 

「あ、私も行きますよ!

剣術の師匠と大師匠なんですから!」

「ああ、はいはい、勝手にしなさいってば」

 

兄貴と千冬さんの試合にはアタシとラウラとメルク。

簪と楯無さんの試合にはマドカ。

こういう構図が最終的に決定した。

 

「それじゃあ、朝食を食べ終わり次第にそれぞれアリーナへ向かうとしますか」

 

アタシは気まぐれで選んだ和食定食の残った味噌汁を飲み干し、席を立った。

さて、あたしは第7アリーナに向かうとしますか。

…どっちを応援するかなんて決めてる。

千冬さんには悪いとは思ってるけど、兄貴を応援するから。

 

 

 

Melk View

 

鈴さんいつも即断即決。テンペスタ搭乗者の私でも時折驚愕させられます。

 

「ほら、いきますよマドカちゃん」

 

「う、うん、わかった…」

 

今日に限ってマドカちゃんは悩みでいっぱいですね。

どこかしおらしいです。

 

「ラウラさん、手伝ってくださいよ~」

 

「む、私もか…仕方ないな…。

いくぞマドカ、しっかり歩け」

 

このままズルズルと引きずっていくことになったのは予想外でしたけど。

私もそうですけど、マドカちゃんは本当にお姉さんとお兄さんが大好きなんですね。

夏休み前の二人の剣術試合ではお二人ともを応援していたのに、今回はISを用いての全力での試合です。

お兄さんにがんばってもらいたいのは確かな話、ですけど、お兄さんが勝利すれば、織斑先生の『世界最強』の称号も崩れる可能性もある。

だから、どちらかを一方的に応援することもできないという板挟みのような気持ちです。

今回に限っては…仕方ないですね。

 

 

 

 

 

Ichika View

 

ドイツで託された刀の刀身を見る。

これはいつも繰り返しているものだった。

刃は今日も今日とて鏡となって俺の瞳を映す。

あの人に追いつきたい。

あの高みを越えたい。

そして…家族を守れる自分でありたい。

そう願っていた。

だが、その願いの代償とはいわないが、俺は容易に命を投げ捨てるようなことを繰り返してしまった。

クラス対抗戦の時も然り、福音事件でもまた然り。

だが、今後はそんなことはあってはならない。

黒翼天(相棒)に二度も救われ、俺は元来ならありえない筈の三つ目の命を抱えて生きている。

 

「お前からしたら、今の俺をどう見る?」

 

『…精精及第点に届いている、その程度だ』

 

「強さと力、その区別も出来る。

ただ、俺にはまだそれらを負う覚悟がなかったのかもしれない。

青臭い理想ばかりを語るガキだったのかもな」

 

でも、今はどこか違うだろうか…?

青臭い理想は未だに掲げている。

それを目指して歩み続けているのも変わらない。

 

『自分を客観的に見られるのなら上等じゃねぇのか?』

 

「どうだろうな…。

いや、お前が言うのなら間違いは無いのかもしれない。

信頼しているぜ、相棒」

 

『…フン…。

第一アリーナじゃ、あいつ()の試合が始まる頃合だ』

 

「知っている、簪も楯無さんを相手に頑張っている筈だ。

俺達もそろそろ時間だ、行こう」

 

『精々気張れよ』

 

お前が俺の応援とは珍しいな

 

 

 

 

Lingyin View

 

第7アリーナにはすでに大勢の生徒が押し寄せてきていた。

これもまあ、仕方のない話。

女子の情報伝達速度はウイルスの空気感染レベル並に速い。

このアリーナで行われるのは、千冬さんと兄貴の試合。

誰もが注目しない筈がない。

片や、世界最強の名を持つ、初代世界大会優勝者。

そして数年ぶりに姿を見せる伝説の機体である『暮桜』

 

片や、世界最初の男性IS搭乗者。

そして今年の一年生の中では最強レベル。

更には誰にも作り出せないような機体、『輝夜』を自在に操る存在でもある。

 

そしてその二機に共通するのは単一仕様能力である『零落白夜』。

必殺の一閃をもつ二つの機体。

そして天才的なまでの剣術。

千冬さんは文字通りの『一刀必殺』

 

兄貴は絶えることの無い『連続速剣』

 

自分だけの剣をすでに見つけている二人の本気の決闘。

 

「この戦い、見逃せない」

 

アタシにもまだ足りない何かがあるかもしれない。

それを見つけるためにも…兄貴の背中を追い続ける為にも…絶対に見逃せない。

その全てを、この目に焼き付ける…!

 

『さあさあ始まりました!

学園長公認!更には国際IS委員会公認!

織斑千冬先生VS織斑一夏による本気の決闘!

数年振りに蘇る世界最強伝説VS10年の時を越えて出現したイレギュラー!

この戦いの行く末は如何に!?』

 

…久しぶりの実況の仕事がよほど嬉しいのか、黛先輩は随分と張り切っている。

ってーか、他に居ないのか、実況役は。

 

「お待たせしました鈴さん!」

 

「遅いわよメルク」

 

「マドカちゃんを連れて行くのに苦労しまして」

 

「まったく、あのブラコンは…」

 

「私達も同類ですってば」

 

…自覚してるわよ、手遅れなレベルでね。

 

 

 

 

 

Chifuyu View

 

久しい金属の感触。

懐かしい刀の重さ。

それを実感しながら私は飛び立った。

いつの頃からか束が想いを馳せていた青い空の向こう側。

悠久の星の海に、コイツも旅立つその日が来るのかもしれない。

 

『あら、向こうに居るのが弟君ね。

いい目をしているわ。

ただまっすぐに目標に向かって歩いている、そう感じるわね』

 

「今からその弟と戦うわけだ。

今まで見せていなかった、本気を、な」

 

一夏、お前には私の剣を叩き込んできた。

惜しむことは無いほどに。

そしてお前はそれを吸収し、自分だけの形とした。

お前なら、私を越すことが出来るかもしれない。

私は簡単に超えられる壁ではないぞ。

私も停滞を止めた。

私もさらに先へと歩みだすのだと決めたのだからな。

 

「行くぞ、暮桜!」

 

こうやって飛び立つのは懐かしい。

雪片を抜刀する。

 

「全力で来い、さもなければお前の負けだぞ」

 

そう小さくつぶやいた。

 

 

 

 

Laura View

 

第一アリーナは人がそこそこ来ていた。

生徒会長である楯無先輩を慕う人はそれなりに居るから、今回はその応援なのだろう。

簪…姉上とて有名人ではあるが、先輩程ではないようだった。

だが、それがどうした。

努力家で、まっすぐで…それでいてどこか不器用ではあるのは認めるしかないが。

だがそれが姉上の美点だ。

兄上の一番の理解者であり、誰より相応しい伴侶だ。

 

「マドカ、私はそろそろ向こうのアリーナに向かうからな」

 

「…判った、もう目を離さない」

 

これから始まるのは、簪と楯無先輩の本気の試合だ。

片やロシア代表にして学園最強。

片や世界最初の第四世代機。

その双方がナノマシンを使って自分にとって有利なフィールドを広げるというもの。

 

「姉上、私はここから応援している」

 

兄上とて今は必死に刀を振るっている筈だ。

我武者羅に刀を振るうことは誰にだって出来るだろう。

ただ、自分が掲げる目標をまっすぐに見つめることが出来るものはそうは居ない。私とてかつては教官を偶像化してしまった。

今でこそまっすぐに見据えられるようになったが…一歩踏み外してしまえば泥沼でしかない。

姉上も以前はそうなってしまっていたらしい。

そこから救いの手を差し伸べてくれたのが兄上だと教わった。

本当に…兄上は優しいと思う。

だが、それと同じだけ厳しさも持っている。

それは…兄上を慕うものならば誰でも知っている。

…だから懸命に追う甲斐があるんだ。

私も、姉上も…。

 

 

 

Kanzashi View

 

一度深呼吸をしてみる。

お姉ちゃんと真正面から向き合えるようになってから私は強くなれただろうか。

それを知りたい、だから全力でぶつかると決めた。

 

「正直、びっくりさせられたわ、簪ちゃん。

夏休みのこの最後の日、私にISで勝負を挑みたいだなんてね」

 

「私は…お姉ちゃんみたいに強くなりたかったから」

 

「正直に言うと、普通の女の子としての幸せを求めていてほしかった、というのも確かな話なの。

でも、それは今となっては昔の話ね。

今は…簪ちゃんのお姉ちゃんとして、教えられる全てを教えてあげるわ、全力で」

 

私たちはお互いに武器を取り出し、その手に握る。

自分たちがもっとも得意とする武器を。

 

私は薙刀形態の『黎明』を。

お姉ちゃんは、槍を象った兵装である『蒼流旋』を。

 

「さあ、かかってきなさい、簪ちゃん!」

 

「全力でいくよ、お姉ちゃん!」

 




雪と星

戦女神と黒白龍

霧と風

その場所には火花と嵐が舞い散る

ぶつかるのは刃と、強すぎる想いだけ

次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 灼想 ~』

最初から本気で行く

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