IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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ここから先、夏休み故に暑苦しい話になりますので要注意

でも対決はもう少しだけ先になりますので


陽炎 ~ 双姫 ~

Tatenashi View

 

使い心地は悪くなかった。

いや、悪くない(・・・・)などといえるような生易しい話じゃなかった。

 

「これ、凄いわね…」

 

右手と左手に握る『星』は、正にミステリアス・レイディのためだけにあるような代物だった。

もう一度強く握る。

『星』が大きく震えたかのように錯覚する。

「闘いたい」と言わんばかりの脈動を…鼓動を…そこに確かに感じられた。

 

「お嬢様」

 

「あら、どうしたの虚ちゃん。

生徒会の書類仕事も、家のお仕事も全部終わって…」

 

虚ちゃんに視線を向けてビックリした。

なぜかは分からないけれど…物凄いツヤツヤして見えた。

何というか…女として磨きをつけたといった方が良いのかもしれない。

このリア充!

 

「いえ、その話ではございません。

簪お嬢様の件です」

 

「確か…一夏君と一緒にドイツに行ってたのよね。

ちょっと嫉妬しちゃったわ、鈴ちゃんに写真を見せてもらった時には」

 

まさか私よりも先にウェディングドレスを着せてもらっただなんてね。

…これは姉としてではなく、純粋に女としての嫉妬ね。

 

「いえ、それも今は関係ありません…」

 

「酷っ!?

じゃあ、…何なの?」

 

「簪お嬢様が、楯無お嬢様にISで勝負を挑みたいそうです。

既に第1アリーナに予約が入っています」

 

「…え?」

 

 

 

Ichika View

 

夏休みが終わるまで、残り4日。

夏祭り以降から俺と簪は視聴覚室を貸切の状態にしてまで映像に没頭していた。

ここで見ているのは、楯無さんの映像と、モンド・グロッソにて活躍している千冬姉の映像だった。

最初こそ、二人の戦い方に思わず映画を見ているときと同じように没頭してしまったが、すぐに気持ちを入れ替えた。

俺たちは後日、この二人に挑む。

簪は楯無さんに。

俺は千冬姉に。

全力での勝負を要求した。

幸い、俺たちの申請は受諾された。

 

「いやあ、君たちもガラにもなく熱血になってきたねぇ」

 

「…いつから見ていたんですか束さん?」

 

「二人がちーちゃん達に決闘を挑んだ時にはもう見てたよ」

 

「結局、いつからなんですか?」

 

「ふっふふ~ん♪

夏祭りの時からだよ♡

二人ったらラブラブだぁねぇ♪」

 

一瞬で簪が真っ赤になった。

だが束さんはそんな簪を見てニコニコとしている。

こうやって人をからかって楽しむのが楽しいのだろうか?

まったく…『姉』という身の人は皆、こうなのだろうか…。

 

「束さんがここに来たのはね、来年の為だよ。

来年には宇宙航空学科をIS学園にて開設するから、そのために必要な資材だとか、書類を持ってきたんだ~♪」

 

「お、お疲れ様です」

 

「そんなに疲れてないよ。

それにくーちゃんが自ら働きにでてるから、今のように話をする時間も作れているんだから」

 

束さんが言う所の『くーちゃん』とやらのこと俺も覚えている。

臨海学校にて、皆のために新たな兵装を持ってきたあの少女だろう。

ラウラを猫かわいがりしていたが…何者なのかはある程度は予想できている。

そして…剣術の才もありそうだったな…。

訊いた話では、一時行方不明になってしまっていた俺の捜索にも一役買って出てくれたらしい。

あの時以降、顔を一度も見ていなかったな…接触する機会があれば礼を言っておこう。

 

「あ、いっくんが簪ちゃん以外の女の子のことを考えてる~♪」

 

「いぃちぃかぁ?」

 

「痛い痛い痛い痛い」

 

束さんの余計な言葉のせいで背中を両手で抓られることになった。

理不尽だ…。

 

「それにしても、二人も凄いことを思いついたよねぇ」

 

「そんなに並はずれたことを考えたつもりはありませんよ。

いずれは、対決するつもりでしたから」

 

「私達も、オーストラリアや、ドイツで懸命に自分の腕を磨いてきました。

その修行の成果を…私たちの全力が、お姉ちゃん達にどれだけ通用するのかを知りたいんです」

 

「例え、ここで敗北したとしても…俺達は諦めない、何度でも、何度でも挑み続けます。

それまでの間にあの二人も実力を伸ばしてくるかもしれませんが、だからこそ、追いかけ甲斐がある、越え甲斐がある。

目標とするには、充分過ぎるほどに」

 

 

 

 

Tabane View

 

もう本当に…いっくんってば熱くなっちゃったねぇ。

これだからいっくんは見ていて楽しい。

その熱さに私も影響されちゃったのかな。

本気で二人を応援してあげたくなっちゃったよ。

 

「ちーちゃんは『世界最強(初代ブリュンヒルデ)』の称号を得た女性。

楯無ちゃんは、現在在学している生徒の中では最強の女の子。

二人が挑むのはそんな人だよね、勝算はあるのかな?」

 

「今は何も。

だからこうやって映像を繰り返してみているんです。

勿論、自分たちを鍛えることも忘れてはいません。

夏休み前には楯無さんも俺達の訓練を見物に来ていましたが、すべてを見せた覚えはありませんから」

 

なぁるほどねぇ。

二人は、映像を繰り返してみることで対策を練ろうとしているんだね。

でも、それは幾らか考えが甘いよ。

映像の中で、二人の本当の実力(隠し弾)までもが映されているとは限らないのだから。

 

『クリアパッション!』

 

映像の中で水蒸気が幾度も炸裂する。

それは広範囲に対しても影響の出る技。

でも、リスクや欠点の無い攻撃なんて存在しない。

それを見越すことがができるのなら、戦いようがあるかもしれない。

 

「ありゃりゃ…派手にやられたねぇ、いっくんは」

 

そう、今の映像の中では、打鉄を纏ったいっくんが一方的に負けてしまう映像が出ていた。

これは…いっくんが入学したばかりのころの映像らしい。

 

「見てて気が滅入る」

 

じゃあなんでこんな映像を出してるんだろう…?

続けてちーちゃんの映像が映し出される。

イタリアのテンペスタ相手でも瞬時加速(イグニッション・ブースト)にて一気に肉薄。

そして雪片にて一閃する。

そのブレードは青白い光に包まれている。

零落白夜だ。

でも…ただの(・・・)零落白夜だ。

ちーちゃんは世界大会でも、進化した零落白夜を使っていない。

その理由は知らない。

第二回モンド・グロッソでも、それを使わなかった。

そして…ちーちゃんの遠距離攻撃も映像の中では見えなかった。

あれは…いっくんにも教えていないのかな…?

やれやれ、ちーちゃんはいっくんやマドっちには随分と過保護だねぇ…。

 

 

 

Lingyin View

 

兄貴と千冬さんの決闘、そして簪と楯無さんの決闘。

この二つの話は、一気に学園全体へと広まった。

前代未聞な話らしい。

訊いた話では、この学園の生徒会長は選挙制はあるらしいけれど、ほかにも制度がある。

早い話が実力勝負だ。

生徒会長にどういう機会でもいいから勝負を挑み、勝利できれば生徒会長を襲名出来るとか何とか。

言ってしまえば、生徒達の長でありながらも、学園の生徒全員からいつでも襲われるリスクを背負うことになる。

その楯無さん本人も、入学直後に先代生徒会長に勝負を挑んで勝利したということだろう。

それで一年以上も生徒会長を続けているのだから、あの人もいいレベルで化け物なのかもしれない。

簪は今回、そんな人物にISで真っ向勝負を挑む気でいる。

まあ、アタシは簪応援はするけどね。

 

問題はその後だ。

兄貴が千冬さんに挑む件だった。

あの人の剣の実力は怪物レベルだと思う。実際に見たわけじゃない。

アタシも映像を繰り返して見たことがあるだけ。

兄貴の刀だって尋常じゃないくらいに速いのに、その剣を教えた張本人とまで言うのなら、その数段上を行くかもしれない。

世界最強の刀と、最速の双刀。

どんな勝負になるのかは判らない。

 

「あの二人…勝算はあるのかしら…?」

 

特にあの姉弟は何をやらかすかは分からない。

ISでの勝負の後は、刀を生身でふるって切り結ぶなんてこともやらかしそうだ。

無事平穏に終わってほしいものだけど…無理だろうなぁ…。

 

「鈴さんは、あの4人の勝負はどうなると思ってますか?」

 

「正直に言うと、想像がつかないわ。

勿論、簪と兄貴の応援に回るけどさ」

 

「私は…兄さんと姉さんのどちらを応援すればいいんだろう…?」

 

そういえば問題はここにもあったわね。

ブラコンだけでなく、シスコンまで拗らせているマドカは、兄貴と千冬さんの決闘でどちらを応援すればいいのかを本気で悩んでいるみたいだった。

 

「まあ、マドカはほっとくとして」

 

バッサリと切って捨てた。

 

「うわあ、なんて殺生な」

 

やかましいわよそこのテンペスタ。

 

「ただ、許せない話もあるのよね」

 

噂が一人歩きしている件だった。

『生徒会長の座を求めて勝負を求めた』だの『落ちこぼれの妹がイカサマ勝負を挑もうとしている』だとか。

そんな噂をしている連中は、簪達に見られないうちにアタシが叩きのめした。

簪の努力はアタシだって知っているから。

それも知らずに妙な事を言ってのける連中が気に入らなかったから。

 

「そういえば、ラウラちゃんはどうしたんですか?」

 

「あの四人が決闘すると知ってすぐにどこかに連絡を入れるだとか言ってたわよ」

 

「またゲストを呼ぶ気なんですね、簡単に想像が出来ますよ」

 

学年別タッグマッチトーナメント決勝戦では、とんでもないゲストを呼び寄せていたのは今でも鮮明に覚えている。

兄貴もメルクも驚いていただろうなぁ。

というか呆れ果てていたと思う。

 

あの日は誰もが言葉を失っていた。

決勝戦開始直前のラウラの名乗りだとか、それにこたえる兄貴だとかに。

 

「世界最強に生徒最強か…」

 

「その二人に勝利出来たら…お兄さんも簪さんも晴れて『国家代表生』になれるかもしれませんねぇ」

 

アタシ達よりもさらに一歩先へと進もうとしているんだわ、あの二人は。

本当に歩みを止めるってことを知らないわね、あの二人は。

まあ、待ってなさいよ、アタシ達も追いついてやるんだから。

 

 

 

 

Chifuyu View

 

「久しぶりだな、この場所は」

 

学園の地下深くに、彼女は鎮座していた。その姿は今となっては見る影もないほどに変わり果てていた。

かつては私と共に舞い、私と共に刃を振るい続けた。

 

「では、作業を始めますね」

 

「頼む…暮桜(コイツ)を長すぎる眠りから解放してやってくれ」

 

束の娘であるクロエ・クロニクルが暮桜に触れる。

傍目から見ていては何かをしているようには見えない。

 

「暮桜、待たせすぎてしまったな」

 

マドカが連れ去られ、絶望に染まった。

一夏が誘拐され、私は錯乱しかけた。

無事だと分かった時にはどれだけ安心しただろうか。

それから私は誓った。

家族を守る、と。

皮肉にも、その誓いが私の歩みを止めてしまったのだろう。

 

「暮桜、お前は私を愚かだと言って笑うか?

かつては相棒だったお前よりも、家族を優先したこの私を…」

 

私の停滞を感じ取ったからだろう、暮桜はその姿を石のように変えてしまった。

…あれからの日々は長かった。

だが、お前も私も歩みだす時だ。

 

「千冬さん、触れてみてください。

彼女もそれを望んでいます」

 

「ああ、判った」

 

檀上に鎮座している暮桜(相棒)に、そっと触れた。

…熱い。

手触りは石そのものだというのに、そこにはまるで太陽のような熱が内包されている。

そうか…お前も前へと進むことを祈っているのか…なら、共に歩もう。

 

「なあ、暮桜。

お前は一夏を覚えているか?

私の弟だ、お前は覚えていないかも知れないがな。

以前は私を恐れているかのような時もあったというのに、いまではまっすぐに私の目を見てくるようになった。

信じられるか?私を…私達を追っていたあいつが、時折に私よりも前へと進みながらも振り返ってくるんだ。

そして今回は驚いたな」

 

思い出す、あのまっすぐな目を。

私の顔色をうかがうかのような時もあったアイツが、今や立派な男の目をして決闘を申し出てきた。

 

『千冬姉、俺と勝負をしてほしい。

ISでの勝負を…俺は…輝夜と共に全力で戦う。

だから、千冬姉も…暮桜で』

 

『たわけ、アイツは今は原因不明の使用不可の状態だ』

 

『なら、訓練機同士での勝負を挑みたい。

それなら対等な条件になるだろう』

 

『何故戦おうとしているんだ、お前は?』

 

『ずっと目標にしていたから…いつの日か、絶対に越える。

そう誓ったんだ。

…それに、家族を守る、その負担を一人で背負わせたくない。

俺だって家族を守れる人間でありたいんだ。

その覚悟を…示す為に…俺のすべてをぶつけたいんだ』

 

『…よかろう、第7アリーナを予約しておけ。

お前の覚悟と誓い、見せてもらおう』

 

『必ず勝つ』

 

『ふふ、やって見せろ。

例えお前が負けたとしても…何度でも勝負に受けて立つさ』

 

 

 

そして思い出すのはもう一つの光景。

一夏が誘拐された場所だった。

ドイツ郊外にあった謎の施設。

あの地下深くで何があったのかは判らない。

周囲はアチコチ黒こげになっていた。

中には真っ黒焦げになった死体も転がっていた。

そのど真ん中に、一夏が倒れていた。

両肩と腹部には銃創、左手には十字架、それが何をされた跡だったのかはわからなかった。

そして、それを実行したのは誰だったのかも。

今でも束がその不逞の輩を追っている筈だった。

だが、手掛かりとなりうるものは見つかっているのだろうか…?

いや、今はそれを気にする必要はない。

 

「さあ、歩み始め(目覚め)の時だ。

目覚めろ暮桜」

 

装甲を覆う石がバキバキと音を起てて砕けていく。

永過ぎる眠りから目覚める相棒から、私は手を、目を反らさなかった。

 

相棒は私の停滞を感じ取り眠りについた。

だが、私も歩みだす覚悟を決めたんだ。

 

「来い!暮桜!」

 

目の前の鎧が消失する。

粒子となって漂い、私の体を包み込む。

白と青のツートンカラーの懐かしき鎧の真の姿。

 

「コアの起動を確認しました。

データは生きています、『零落白夜』もまた…そして、『零落白夜・識天』もまた」

 

「ああ、感謝する」

 

腰の鞘から刀を…『雪片』抜刀する。

 

「姉として…刀を教えたものとして…簡単に負けてやる気はないぞ」

 

懐かしい重みを感じながらも私は刀を振るう。

この一振りだけで私はすべての試合で勝ち抜いてきた。

今度もまた…私は勝利を掴み取ろう。

 

『あら、負けてもいいと思うわよ。

弟君の成長を認めてあげるのもお姉さんの務めでしょ』

 

貴様は覚醒直後の第一声がソレか。

 

「なら、見極めてやろう、それも姉としての務めだ」

 

『頑固者ねぇ』

 

喧しい。

 

 

 

 

Kanzashi View

 

時が来た。

今日の日のために私は訓練を繰り返した。

お姉ちゃんにも知られるわけにはいかないから、倉持技研の演習場にて。

天羅と一緒に必死になってまで。

 

「ねえ、天羅。

今日の対戦では全力で行こうね。

向こうのアリーナではこの後、一夏と千冬さんの試合が待ってる。

あの二人もきっと全力で戦うだろうね。

だから私たちも全力で戦おう、そして勝とう!」

 

『ええ、そうね。

必ず勝ちましょう、そして勝利を彼に自慢しちゃいましょ』

 

うん、そうだね。

 

ピットのカタパルト付近にまで行き、私は一度だけ深呼吸をする。

気合は充分、あとは、後悔の無いように全力で戦うだけ。

 

「おいで、天羅」

 

機体を展開し、私はまっすぐにアリーナのグラウンドに目を向ける。

向こう側のピットにはお姉ちゃんが居る。

負けないよ、絶対に勝つ!

 

「更識 簪

『天羅』!行きます!」

 

私が飛び出すと同時にお姉ちゃんも蒼の機体を纏って飛び出してきた。

 

『大丈夫、緊張しなくていいわ』

 

「うん、わかってる…ありがとう、天羅」

 

もう、視線は反らさない。

まっすぐにお姉ちゃんを見据えた。

 

「正直、驚いちゃったわ。

簪ちゃんが私に決闘を挑むだなんてね」

 

「私、全力で行くから」

 

「いいわ、だったら私も全力でいくわ、手を抜いたら承知しないわよ。

さあ…来なさい、簪ちゃん!」

 




アリーナはたった二人の戦場となる

霧が

氷が

風が

水が

二人の想いを乗せて星となって駆け巡る

次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 禊星 ~』

勝つさ、必ず

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