IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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夏休み編ももう少しです。


陽炎 ~ 騒夜 ~

Tatenashi View

 

生徒会の仕事から解放された直後に、その来訪者は寮の私の部屋にやってきた。

 

「少しばかり遅れて申し訳ございませんでしたが、貴女へのプレゼントです」

 

「…私に?」

 

それは、ミステリアス・レイディ専用の後付武装(イコライザ)だった。

しかも、アクアクリスタルが複数内臓されている。

そして、その銘は…

 

 

 

 

Ichika View

 

数年振りにプールで泳ぎまわり、適当に食事もしたりした。

今回プールに誘ってくれたみんなには感謝だが…白い目を向けられた。

まあ、理由は言われずとも判っている。

俺が虚さんがお説教をしている現場を発見したことを悟られているのだろう。

マドカもメルクも頬を膨らませていたが、さして迫力が感じられなかったのは何故だろうか。

いや、どうでもいいんだが。

ラウラと鈴は肩車を要求してくるわで、なかなかに騒がしかった。

俺と簪がプールを泳いでいると、皆も寄ってきて騒ぎだす。

いつもの通りに騒がしい状態に陥ったが、これもまあ日常なのだろう。

周辺の男性客からは白い目を向けられっぱなしだったのは至極どうでもいいが。

何なんだテメェら。

それと、学園で見知った人とも色々と出会った。

『シスコン』呼ばわりされたが、酷く失敬な。

『家族思い』と言ってほしい。

 

一番ショックを受けたのはアレだな。

見知らぬ女性客から「子沢山な父親みたい」だとか言われた時だ。

同行しているメンバーは同い年なのだが…俺ってそこまで老けて見えるのか…?

歳不相応な苦労はしているのは自覚しているんだが…。

 

 

 

 

 

 

 

で、今はウォーターパークを後にして、今度は夏祭りだ。

浴衣の着付けに慣れていないラウラとメルクは、鈴や簪に手伝ってもらいながら着付けをしている。

俺は相変わらずの普段着で、浴衣は着ない。ラッシュガードとは違い、肌を見られる可能性があるからだ。

 

「これが夏祭りですかぁ」

 

現場に来たメルクの第一声がそれだった。

 

「む、騒がしいな」

 

「毎年こんな感じよ、すこし五月蠅いと思うかもしれないけどね」

 

ラウラと鈴が手をつないで祭りの喧騒の中に走り出す。

続けてマドカとメルクも走り出した。やれやれ、あいつらは子供っぽいな。

だが、この祭りが初めての奴も居るんだ、楽しんできてもらおうか。

 

「お~り~む~!

かんちゃ~ん!」

 

俺と簪を呼ぶ声が聞こえた。

そしてそんな呼び方をする人間は一人しか居ない。

 

「本音…」

 

「のほほんさんか。

それにセシリアとシャルロットもきていたんだな」

 

1組の見知った顔の三人だった。

 

「本音さんに教えてもらったんですの。

この場所で毎年お祭りが開かれていると」

 

「そうそう、面白そうだから僕たちも来てみたんだ。

本音は違うみたいだけど」

 

「えへへ~、この場所ならお姉ちゃんにもバレずにおやつ食べ放題だも~ん」

 

「ははは…見事なまでに予想通りの言い訳だな」

 

確かにこの祭りであれば言い訳をするにも十分な屋台とて存在するだろう。

綿飴に饅頭、パフェやソフトクリーム、チョコバナナとなんでもござれ。

需要があるのかは知らないが、ドリアンを丸ごと売ろうとする無謀な屋台も数年前には見かけた記憶がある。

 

「でも、食べすぎには注意しろよ、特に甘いものとかはな」

 

「一夏ぁ、それは女の子には禁句だよ」

 

「そうですわ、デリカシーが無いですわよ!」

 

おい、何の話をしているんだお前らは。

 

「歯を磨けって言いたいんだよ、俺は。

甘いものばかり食べすぎると虫歯になるだろうからな」

 

つまりは、俺が言いたいのはソレだ。

変な解釈してんじゃねぇよ。

食った後には歯を磨く、世の中の常識だろうに。

まだ何か言いたそうにしている二人だったが、のほほんさんに引っ張られ、祭りの中に飛び込むことになってしまった。

そんな三人を見送り名がら、俺たちも祭りの中に歩き出す。

 

「この人ごみだし、はぐれないように手をつないで行こうか」

 

「うん」

 

お互いに手を差し伸べ、そして繋ぐ。

細い、そして華奢な手だ。

力を入れてしまうと、今にも折れてしまいそうなほどに。

そうならないように、俺は今後も刀を握り続けるだろう。

家族を守るために…ともに生きていくために…。

 

「どこから廻ってみようか」

 

「そうだねぇ…ねぇ、形抜きやってみようよ」

 

また難易度の高いものを…。

まあ、物は試しにやってみるかな。

どうせ失敗するだろうけど、形抜きは苦手なんだ。

 

 

 

Lingyin View

 

ラウラと一緒になって祭りを巡っていたけど、随分とナンパ野郎が迫ってくる。

その都度、蹴っ飛ばして追い返す。

それを何度も繰り返してしまっていた。

大半はラウラの軍隊格闘で、だけど。

ナイフを取り出さないだけマシかもしれないけど、下着を見られたらどうするつもりなんだか。

…絶対に考えてないわね。

 

「ふぅ…祭りでどうしてこんなにも疲れなきゃならないんだか…」

 

「暴れすぎだからだろう」

 

「アンタにだけは言われたくないわよ」

 

すぐそこの店で購入した林檎飴を舐める。

…あんまり美味しくないわね…腕が落ちたみたいだった。

 

「鈴、あの屋台は何だ?

色々と人形とかが並んでいるようだが」

 

ラウラが指差す先、そこにあるのは射的屋だった。

玩具の銃で的になる商品を狙い撃ち、倒せば商品をもらえるというシンプルなもの。

でも、兄貴は二年前からは、その屋台に視線もむけようとはしない。

玩具とはいえ、『銃』であることに変わりはないからだ。

自己暗示で今はある程度の時間までは耐えられるらしいけど、それだけ。

完治はしていない。

 

「射的よ、アタシも以前はよくやってたわ。

商品とりすぎて屋台の店長から入店お断りになっちゃったけどね」

 

「ふむ、ならば私がやってみるとしよう」

 

はいはい、それじゃあ、玩具の銃の腕前を見せてもらいましょうか。

 

射的屋で300円を支払い、ラウラに玩具の銃を持たせる。

勿論、実銃のような火力も、威力も無い事を説明しておく。

そこの屋台のオヤジは、見覚えのある人だった。

アタシを見るなり顔をギョッとさせたのが気に入らない、けどまあ、以前の事もあるから敢えて何も言わないでおくけどさ。

 

「ふむ、ならばあの一番大きいのを狙うとしようか」

 

「いや、無茶だってば!?」

 

ラウラの視線と銃口が向かった先には、ラウラの身長と同じ位の大きさの招き猫だった。

…絶対に需要が無いでしょうが!

このオッサンは何を思ってこんなものを屋台に並べてるのよ!?

 

コツン、コツンとコルクの弾丸がぶつかるけど、当然倒れる訳も無い。

繰り返さること合計8発。

当然ながら微動だにしなかった。

 

「むぐぐぐ…!」

 

「いや、だから無理だってば…!」

 

ラウラの右目は苛立ちに満ちている。

これは…倒れるまでやりそうね。

その証拠に料金を倍額支払って両手に玩具の銃を握る。

更に同じ金額を叩き付け、残る銃も手元に置いた。

…まさか…

 

「てぇぇ――!」

 

両手の銃を連射。

僅かにタイミングをずらしながらコルクの弾丸を叩き付ける。

 

「…嘘…」

 

招き猫が揺れだす。

コルクが尽きた銃を放り捨て、手元に置いていた銃を握り、再び両手で連射。

最後の合計32発目にて

 

ガシャアァァンッッ!

 

「…マジ…?」

 

とうとう招き猫が派手な音を起てて倒れた。

 

「この勝負、私の勝ちだ」

 

「何の勝負よ…!?」

 

ってーか、本当に凄いわね、コイツ…。

 

「これはクラリッサ達のところにでも送っておこう」

 

「絶対需要は無いだろうけどね」

 

送られた側もいい迷惑だと思うわよ…。

 

 

 

 

Madoka View

 

メルクと屋台巡りをしていたけど、そんなに美味しそうなものを売っている屋台は見当たらなかった。

同行しているメルクは焼きそばに夢中になってるけど…。

口の周りにソースが少しばかり飛び散っている。

 

「ふ~む、日本のパスタってこんな感じなんでしょうか?

お兄さんがこの前に作ってくれたお蕎麦とは大きく違っていましたけど…」

 

「あれは蕎麦の粉を捏ねてつくったものだ。

焼きそばの麺は、そば粉ではなく、小麦粉と鶏卵から作られているんだ」

 

「なるほど」

 

メルクの疑問に答える間にも、その本人は今度はたこ焼を見て少し興味を持っていた。

…バトルジャンキーにスピードジャンキー、今度は料理オタクにでもなろうってのかな?

この前のペスカトーレは美味しかったけどさ…。

 

「う~む、日本料理は奥が深いですねぇ…」

 

「焼きそばにたこ焼といつまで食べるものに興味を持ち続けているんだ。

ほら、行くぞ」

 

「そうしましょうか」

 

それでもメルクはあちこちの屋台に興味を持っていた。

イタリアではそんなに祭りのようなものが多くはないのだろうか?

それとも、屋台がそんなに出ない、とか?

 

「ジェラートも出てるみたいですよマドカちゃん!」

 

「イタリアが本場のものだったっけ?」

 

「店長さん!これを二人前!」

 

え?私は食べるとか言ってないんだけど…?

まあ、いいか。

 

「美味しいですねぇ」

 

「うん、これなら、まあ…」

 

「季節の果物が乗せられたものもあるみたいですね…。

これも今後は研究してみますか。

これならお兄さんも作れるんでしょうか…?」

 

「ドイツに居た時、そこで作ってたぞ」

 

「レパートリーが本当に広いですねぇ」

 

時には女性のプライドを粉砕する場合も有るらしいからな…。

私もそうだけど、炊事、洗濯、掃除、裁縫、更にはマッサージも会得しているから、並の女子の手でも届かない家事万能スキルの持ち主だ。

料理に関しても、私のほうが教えてもらうほうが多かったりする程だったな…。

姉さんはボヤを起こしかけたらしいので、台所には立ち入り禁止になっている。

精々、冷蔵庫を使うか、シンクで手を洗うかだ。

 

「今度は何を作ろうかな…そうだ、調理実習室で…」

 

「調理実習室は当面の間、使用禁止になっちゃいましたよ、ガス爆発が起きまして」

 

「…まさか…姉さんの仕業、とか言ったりしないよな?」

 

「そのまさか、なんですけどね」

 

ええぇ…。姉さん…。

というか…ガス爆発って…。

 

「夏休みの恒例になってましたよ。

毎日何度も調理実習室で爆発が起きていましたから。

でも、爆心地に居た織斑先生はいつも無傷なんですよねぇ…。

セシリアさんは多少ですけど、服が焦げたりとかしてましたけど」

 

姉さん…調理実習室で何を作ろうとして、何をしてたらガス爆発が起きるのさ…?

 

「…メニューは?」

 

「教えてくれませんでした。

もう食材も真っ黒焦げになりまして…自費で用意されたものだったらしいですけど」

 

…今後は姉さんの料理の技術向上のために私がしっかりと監督しよう。

心にそう決めた。

 

「そう言えば、『土鍋』と呼ばれるものが爆心地の近くに転がってましたね」

 

…真夏に鍋?

 

 

 

 

Dan View

 

虚さんとの夏祭、これは以前からの約束だった。

今日この日のためにジンベエを用意しておいて正解だったぜ!

一夏が居たらオレの胸板を見せつけるようなものは着ることも出来ないからな、ワハハ!

 

「お、お待たせしました」

 

「いえいえ、全然待ってなんか――」

 

声に振り向くと…女神が居た!

虚さんは朝顔の刺繍が施された紺色の浴衣姿だった。

すうっげぇ似合ってる!

こんな恰好が似合うのは虚さんか、本物の女神以外に居ないだろうぜ!

いや、実際にその女神様が目の前に居るわけだが!

 

「えっと…どこか変でしょうか…?」

 

「い、いえ、そ、そんな事は…ないッス…!

じゃ、じゃあ、行きましょうや」

 

情け()ぇぇっ!

似合ってますよ、とか言えたらよかったのに!

オレのおバカ!

随分と前の一夏じゃねぇんだからよ!

どうしてデリカシーの利いた言葉を言えないんだよ!?

チックショ―――!

この悔しさはあの時以来だ!

少年が見つけたらドキドキ雰囲気になれると思って拾った本がハズレだったあの時だ!

実際に拾ったら…『Notドキドキ Yesムキムキ』な本だったあの時の…!

 

魂の叫びだ!

チィッックショォォォォォォォォォォッッ!!!!!!

 

「弾さんのその浴衣、だ、大胆ですね…」

 

「あ、ははは…若気の至りって奴でさぁ…」

 

なんか至極今更になって言われたら胸板の露出が恥ずかしくなってきたな…。

…今後は控えよう。

 

「弾さんにはよくお似合いですよ」

 

よっしゃ!これ毎年着よう!

浴衣デートにはやっぱりジンベエだよなぁ!

(わり)ぃな一夏!胸元露出は俺が先に頂くぜ!

打ち上げ花火が空で弾けるのを見ながら俺は

 

ドォォォォンッッ!!

 

「虚さんも…その…似合ってますぜ…」

 

言えた!言えたぜ!どうだ鈴!

どうせオレにはこのセリフが言えないだとか考えてほくそ笑んでいるんだろう!

どうだ!言えたぜ!

 

「すみません、花火の音で全然聞こえなくて…あの、先ほどは何と?」

 

「いえ、何でも無いっす…」

 

オレのバカ野郎ぉぉぉぉっっ!!!!

 

 

 

 

Ichika View

 

簪と一緒に形抜きを始めて数分。

 

「あちゃ、失敗だ」

 

「私も…」

 

残念ながら商品は缶ジュースを一本ずつ。

俺は林檎、簪はオレンジ味だ。

次の屋台ではそれぞれ団扇を購入する。

これで扇げば熱さも紛らわせるだろう。

 

「騒がしいけど、こういうお祭りも楽しいよな」

 

「以前の一夏なら『悪くない』で済ませてたかもしれないね」

 

「それは言わないでくれ」

 

簪の言葉に俺は苦笑する。

感情を失ってしまっていたあの頃の俺は、確かに無骨な言葉を吐いていた。

けど、今は違うんだ。

俺が微笑んでいたら、簪もまた微笑んでくれる。

簪が悩んでいたら、俺も一緒になって悩むだろう。

そうやって、お互いの記憶と感情を響かせることができるんだ。

この想いは…だれにも奪われない、俺だけの想いだ。

 

「なぁ、簪」

 

「どうしたの?」

 

「いや…至極今更なんだけどな、俺は…恵まれた人間だと思ってな」

 

世界にとどろく名声を持つ姉が居る。

その姉に剣を叩き込まれた。

いつも俺を慕ってくれる妹が居る。

両親が居ない俺達に親身になってくれる師範や奥方も居る。

そして、俺の隣には…簪が居る。

たったそれだけでも、俺は自分がとんだ幸せ者だと思う。

 

「私もそうだよ。

一夏と一緒にいられるだけでも幸せだから」

 

「そうか…」

 

繋いでいた手を離し、今度は指を絡ませる。

先程までよりも掌のぬくもりがつたわってくる気がした。

そのぬくもりが、今はとても心地いい。

 

「ずっと一緒に居たい」

 

「俺もだ、簪と共に生きていきたい。

今は…障害があるかもしれないけどな」

 

世界最初の男性IS搭乗者。

イレギュラーというだけで世界中から狙われる身にまでなってしまっている。

二年前には誘拐された身だというのに嫌な話だ。

あの時の記憶が無い、そして思い出そうとするとひどい頭痛に襲われる。

まあ、今は失った過去よりも、形のない未来を思い浮かべておくほうがいいだろう。

 

「とは言えども…新しい未来を始めるための言葉はその時までに温存しておかないとな。

簪もその方が良いんだよな?『女心』的には」

 

「楽しみにしてるから」

 

「でも、シュヴァルツェア・ハーゼの皆はフライング気味だったけどな」

 

あいつらはいい仕事をしているというか、気を利かせすぎというか…。あの日は、いきなり俺と簪を無理やりバスに詰め込み、ハンブルク州にまで移動させられた。

何が目的なのだろうかとも思ったが、ウェディングドレスの試着だったとはな。

まあ、俺も新郎の衣装を渡されて、馬鹿正直に着替えまでして撮影に加わっていたのだから似たり寄ったりだったかもしれないがな。

 

「まあ、本番前の予行演習だったと思えば大丈夫かもな」

 

「前向きだね」

 

「立ち止まってなんかいられないからな、俺は先を目指して歩き続けるだけだ」

 

俺が目指し続ける道の先には楯無さん(あの人)や、千冬姉(あの人)が居る。

いつの日か追いつき、追い越し…そして…守れるような自分でありたい。

そして…その道を歩むのなら…簪と共に…。

 

「ねえ、一夏」

 

「どうした?」

 

「夏休みがもうすぐ終わるけど、私…やってみたいことがあるの」

 

 

簪のやってみたい事。

それはある程度は想像が着く。

俺と簪は似ている。

あまりにも遠すぎる場所に居る姉を目標としている点だ。

 

「私…おねえちゃんと戦ってみたい。

私と…天羅との全力で…!」

 

これは…簪に先を越されてしまいそうだな…。

俺も、前へと歩むペースを上げないとな。

 

 

「奇遇だな、俺もそろそろ千冬姉に挑もうと思っていたんだ」

 

いつまでも黒星ばかりで燻ってられないんだ。

 




夏の終盤

追い続けた二人の姉

追いつきたい

守りたい

強すぎる思いは交錯する

二人は雪の刀に

二人は長柄の刃に強すぎる想いを乗せる

夏の終わりに刻まれるのは…交わる刃と劫火の想い

次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 双姫 ~』

うわあ、なんて殺生な

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