IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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今日も寝不足!もう慣れました!
…orz


気づいた気持ち

Kanzashi View

 

「…う…ん…あれ、此処は…?」

 

「あ~、かんちゃん、起きた~」

 

「本音…?」

 

まだ頭がクラクラする。

眼鏡をかけ、周りを見てみる。

間違いなく私の部屋だった。

なんで部屋に戻ってるんだろう?

私の最後の記憶は…

 

「確か、学校を出てから…」

 

一夏の自転車に飛び乗ってそれから…

 

「帰ってきたときには驚いたよ~。

おりむ~が、かんちゃんをおんぶしてたから」

 

「そ、そうなの?」

 

「うんうん~、部屋に運んでもらったけど、その後も苦労したよ~♪

かんちゃんったら、おりむ~の事を離そうとしなかったんだから」

 

「え、え、え、え…」

 

「背中から胸に手を回して~、ガッチリとホールドしてたよ~。

しがみついてたって言うか~、抱きついてた感じ~♪」

 

「~~~~~~~~~~!!!!!!」

 

 

 

Ichika View

 

「なんか騒がしいな…?」

 

簪を部屋に運んでから、もうそろそろ20分程。

あれから俺は鈴に頼んで、各教科がどれだけ進んでいるのかを教えてもらった。

一応学校にも連絡を入れ、月曜日からの復学を担任に告げておいた。

するとその際に大量の課題を渡すとの事。

一ヶ月も無断で休んでいたんだ、それくらいはやっぱりやらなきゃいけないよな…。

 

「今から思うと本当に複雑だ…」

 

でもやらなきゃ千冬姉も怒るだろうしな…。

提出期限が四日後の水曜日と異様に短いが、この際四の五の言ってられない。

 

「一夏君、ここの答え、間違ってるわよ」

 

「あ、はい、すみませ…」

 

声が聞こえ、前を見てみる。

目の前には簪と同じ色の髪の女の子が一人。

 

「なんで此処に居るんですか!?」

 

反応が遅れた。

窓もドアも開けてないのに!?

俺が視線をそらしていたのは5秒も無かったはずだぞ!?

…落ち着いて部屋を観察すると、天井の板が一枚中途半端に動いている。

天井から入ってきたのか、忍者ですか貴女は。

 

「さあ、どこから入ったのでしょう?」

 

「天井裏から、ですね」

 

広げた扇子にはやたらと達筆な字で『大正解』。

なんなんだ、あの扇子は?

 

「簪ちゃんとデートしてたらしいわね、出会ったその日から大胆ね~」

 

「…違うって判りきってて言ってますよね?」

 

「あら、バレた?」

 

扇子が閉じられ、再び開く。

今度は『失敗?』と書かれている。

何なんだ、この扇子は?

 

「さてと、冗談話はここまでにして…一夏君、私が家庭教師をしてあげるわ。

苦手分野もあるみたいだし」

 

「何か見返りとかは…有ったりしませんよね」

 

なんかムチャな要求とかされたら…全力で逃げたい。

 

「うっふっふ~♪、よく判ってるわね~♪

…お願いしたい事があるの」

 

言葉の調子が急に変わった。

楯無さんの目は真っ直ぐに俺を見つめている。

でも、真紅の瞳はどこか迷っている。

 

「簪ちゃんとの事でお願いしたいの!」

 

簪は言っていた。

優秀な姉が居る事で辛い、と。

今の関係が辛い、と。

けれど、それは楯無さんも同じだったようだ。

 

「お願い、とは?

詳しく話してもらえませんか?」

 

「妹…簪ちゃんが私に対して苦手意識と言うか…その…疎遠にしてるのは判るかしら?」

 

「何となく、ですが…」

 

「私が苦も無く何でもこなす様に見てしまって…自分にはそれが出来ない。

そういうコンプレックスを抱いちゃってるみたいなのよ」

 

正確にそれも把握してるんですね。

といいたくなったが口には出さないでおく。

話の腰を折りたくは無い。

 

「仲の改善、ですか」

 

既に一つは考えてはいるが…。

それも明日の朝からだ。

 

「まあ、出来る範囲でやってみますよ」

 

「本当に!?ありがとう一夏君!

やっぱり男の子は頼りになるわね~♪」

 

…まあ、力仕事であれば男のほうが頼りになるのは否定はしないけれど、それも個人差があるからな…。

 

「さあ♪それじゃあ勉強に戻りましょう♪」

 

「楯無さんも家庭科の課題を片付けた方がいいですよ、溜まってるんでしょう?」

 

「…うぐ…」

 

簪を部屋に運ぶ途中、虚さんにも遭遇したのだが、その際に口が滑ったらしい。

『お嬢様は縫い物が苦手で…』だったかな。

やりぃ、何となく楯無さんに苦手意識を持ってしまっていたが、このネタを使えば…。

 

「ふふふふふ…、お姉さんをからかうなんて一夏もなかなかの度胸を持ってるわね」

 

「は、はい…!?」

 

「ちょ~っと機嫌が悪くなったから~、明日修練場に連れて行ってあげるわ。

そこで相手をしてあげるわね」

 

…窮鼠猫を噛む、とか言う。俺はそれを実践してみたが…俺の場合はとんでもないものに噛み付いてしまったのではないのだろうか…?

たとえば、虎とか狼とか。

ネタで人をからかうと碌なことにはならない、俺はそれをその日に学んだ。

なお、翌日にコテンパンにされてしまったのは余談だったりする。

 

 

 

 

 

翌朝。

朝早くから厨房を借り、数人分の朝食を作っていた。

米は産地から直送のコシヒカリ。

更には焼き魚に味噌汁、野菜の和え物。

金平牛蒡も添え、日本の朝食らしく作っていく。

更識家は名家らしく、何人もの使用人を抱えているらしい。

この厨房にしても、専属の料理人が居るらしい。

交渉はしたが、アッサリ貸してもらえたが…しかし、何なのだろうか、この妙な視線は…?

 

「後は…出汁巻き卵も一緒に作るか。

それから…」

 

「き、君、本当に中学生なのかね!?」

 

料理人の一人がそんな風に聞いてきた。

とはいえ隠してる訳でもないし…。

 

「ええ、まだ中学二年生ですけど」

 

「実に見事な手際だ、どうかね、卒業後は此処で働いてみないか!?」

 

ハルフォーフ副隊長に続いて又もやスカウトが来たか。だが、俺の返答は決まっている。

 

「すみません、中学卒業後は進学するつもりなので…」

 

「そ、そうか…」

 

そう、卒業後は進学だ。

あの日、千冬姉にしかられてから俺は進路変更を決めたんだ。

そこに進学するかはまだ決めてはいないけど、とっとと決めてしまおう。

出来れば学費が安いところがいいかな、なんて。

あ、それと今後のためにもまたバイトを決めておこう。

 

 

 

用意した料理を簪の部屋に運ぶ。

そこには私服に着替えた簪と

 

「なんでのほほんさんも居るんだ?」

 

「えへへ~、おりむ~の手料理を食べられるって聞いたんだ~♪」

 

「ごめん、口が滑っちゃった」

 

「いや、別に構わないさ」

 

料理を乗せたお膳を床におろす。

二人分しか作ってなかったけど、この二人に食べてもらおう。

 

「じゃあ、早速食べてみてくれ。

冷めない内にな」

 

「いただきます」

 

「いただきま~す♪」

 

そう言って二人は食事を始めた。

その間、俺はいったん部屋の外に出て、携帯電話でかつてのバイト先に連絡を入れておいた。

新聞の早朝配達のバイトは、一ヶ月も無断欠課していた為、やはりクビになってしまっていたらしいが、俺が戻りたいといったら歓迎してくれた。

判断早すぎるんじゃなかろうか、いや、俺が言う事でもないけどさ。

 

「は~い、一夏君♪

お迎えに来たわよ」

 

「…すみません、用事を思い出したので失礼します」

 

「駄・目♪」

 

そのまま修練場にまで引きずられていき、俺はコテンパンにされてしまった。

 

千冬姉に学んだ剣術に関しては隠しておいたけど、それでも俺の居合いを全て見切られたのは本気で悔しい。

いつかリベンジをしよう、そう決めた。

 

 

 

 

Kanzashi View

 

一夏が姉さんに引きずられていくの思わず見送ってしまった。何か触れちゃいけない何かに触れたりでもしたのかな?

 

「おいし~ね~、かんちゃ~ん」

 

「凄く美味しい…」

 

悔しいけど、私なんかよりもずっと料理上手。

それに、何だか心が落ち着いてくる、安心させてくれるような料理だった。

お料理、一夏に習ってみようかな、なんて思わされてしまう。

 

「はぐ、はぐ、はぐ、もぐもぐもぐ…おいひ~♪」

 

「本音、お行儀が悪い」

 

「かんちゃん、お姉ちゃんみたい~」

だって、本当にお行儀が悪いんだもん。そんなに散らかしちゃって…。

此処が私の部屋だって分かってるのかなぁ?

 

 

 

「御馳走様~♪美味しかった~♪」

 

本当に一夏が作った料理は美味しかった。長い時間をかけて鍛えた料理の腕は本物だった。

ちょっと嫉妬…と羨望感が出てくる。

 

「ねえ、本音。相談があるんだけど」

 

「ほえ?かんちゃんが私に?」

 

ちょっと頼りないけど、一番最初に頼れるのは本音だった。

ずっと一緒に居たからかな、誰よりも近くに居る友達のように思えてた。

だから、私は本音に胸の内を曝け出した。

「ふんふん、つまり~、かんちゃんはおりむ~の事がずっと気になって気になって仕方ないんだね~」

 

「う、うん、本当はそれ以上なのかもしれなけど」

 

一夏の事を考えるとドキドキしてくる。なのに、ずっと一緒に居たいと思えてくる。なんなのだろう、この気持ちは?

ドキドキし続けているのに、それが嫌だなんて思えなかった。

 

「簡単だよ~、かんちゃん。

つ~ま~り~、かんちゃんは~、おりむ~の事を好きになっちゃったんだよ~♪

ザ・乙女の恋心~♪」

 

す、好き…!?わ、私が、い、一夏の事を!?

で、でででででででででも、い、一夏は、わわわわわ私の事なんて友達くらいに見てる筈だし…

 

「それに~、おりむ~だって、かんちゃんの事を気にしてる筈だよ~?」

 

「一夏が、私の事を」

 

そんな節、あったかな…?

 

「さっき楯無様に引きずられていった時だって、かんちゃんに笑って見せてたよ~。

あれは~、かんちゃんに安心してほしかったんだよ、きっと」

 

「………」

 

「それに~、かんちゃんの事が気になってなかったら~、昨日の夕方だって、かんちゃんの忘れ物を取りに行く時に同行なんてしてないよ~」

 

昨日の夕方の事を思い出すと顔が熱くなる。無意識だったといえ、最後は完全に抱き着いていたんだもの。

…私は…一夏の事が好き…私の想いは確かにそうなのかもしれない。

一夏が好き…もう、認めるしかなかった。私は、一夏に初恋をしたんだと。

認めると、なんだか胸の奥が軽くなった気がする。

 

「…あぅぅ…でも、これからどんな顔をして逢えばいいの…?」

 

新しい悩みまで出来てしまった…。

 

 

 

 

 

Ichika View

 

そして数日が過ぎ

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

更識家の使用人の人に軽く挨拶をしてから、俺は早朝から自転車にまたがり、走り始めた。

今日からまたアルバイトだ。

新聞社に顔を出し、担当する新聞を受け取り、再び自転車に跨る。

早朝の空気はまだ冷たく自転車で駆け抜けると、少しだけ気持ちいい。

次第に体が火照ってくるが、この冷たい風が俺の体を自然と冷却してくれているみたいだ。

バイトが終わると、更識家に戻り、自分の食事を用意し、普段よりも早くに学校にむけて出発する。

一ヶ月振りの中学校だ。

俺としては普段通りの時間に到着しても構わないが、今回ばかりは話は別になる。

担任の先生に顔を合わせる必要もあるだろう。

怒鳴られるのを覚悟しておこう…。

 

「はぁ…朝っぱらから気分が憂鬱だ…」

 

なんて思っていたが、話は思っていた以上にスムーズに進んだ。

どうやら更識家の人が事前に話を通していたらしい。

俺が一ヶ月に渡り、休学していたことに関しても『療養の為』として押し通していたとか。

更識家って凄いな…今更だけど。

バイトを再び始める事に関しても、OKがあっさり出た。

『家庭の事情』の一言で説明が着いた。

さあ、これからも頑張ろう、勉強も。

聞けば一学期の中間考査は目の前だとか…オワタ…

 

 

 

そして朝のSHRの時間

 

「今日から織斑が学校に復帰する。

以前と同じように仲良くしてやるように」

 

とまで皆の真ん中にて言われるのだから、正直恥ずかしくて仕方がない。

 

「織斑、皆に一言くらい挨拶しておけ」

 

この台詞のせいで気分としては転入生だ。

 

「都合あって一ヶ月程療養生活をしてた。

心配かけてすまなかった。

それと…左手に傷があるから手袋を着用するようになってる。

握手するくらいなら構わないけど、叩いたりとか殴ったりとかは勘弁してほしい。

特に弾、数馬」

 

そう言って視線を向ける先は、悪友の弾と数馬だ。

こいつらはフザけてやってきそうな気がするから先に釘を刺しておく。

 

「だそうだ、全員その事を頭に入れておけ。

これでSHRを終わる、日直、号令」

 

「起立、気をつけ、礼!」

 

 

 

SHRが終わってから真っ先に俺の所に来たのは、いつもの三人だった。

悪友の弾、数馬、そしてセカンド幼馴染の鈴だ。

 

「心配してたんだぜ一夏!」

 

「今まで何処で何をしてたんだよ?」

 

「元気なら電話よりも先に顔を見せに来なさいよ!」

 

まあ、いつもとそんなにも変わらない奴等だった。

 

「悪かったよ。

けどまあ、このとおりピンピンしてるから、もう心配は要らないぜ。

また普段通りにやっていこう」

 

そして…鈴の視線は、俺のオープンフィンガーグローブに突き刺さっていくのを俺は確かに感じていた。

この左手に関しては、俺は何が起きているのかは全く判らない。

左手には…闇色の十字架が植えつけられている。

もう取り外すことはできない。

神経や、骨にまで侵食しているので一生このまま十字架を隠し続けたままになるだろう。

これを見られたら、こいつらはどんな反応をするだろう?

きっと恐れる。

そして離れていってしまうだろう。

そうならないように、万が一にも…万万が一にも見られないようにしよう。

 

「ねえ一夏、その左手って…」

 

「悪い、鈴。

見せられないんだ、療養も、これが理由なんだけど…人に見せられないような傷跡があるから…誰にも見られたくないんだ…例え、身内にも、さ」

 

「そう、じゃあ左手に関しては触れないようにするわ。

それと、近い内にまた私の家に食事しに来なさいよ、父さんたちも楽しみにしてるんだから」

 

「ああ、判ったよ」

 

鈴の実家は中華料理店だ。

長らく帰ってこない千冬姉の仕事の影響もあって俺は時折、鈴の家が経営している中華料理店で世話になっていた。

当然だけど、ちゃんと料金も支払っている。

 

「来週からは中間考査よ、それに間に合うように勉強の方もお世話してあげるわよ」

 

つまり、アルバイトの掛け持ちシーズンでもあるが、その内の幾らかは鈴の好物であるスイーツだとかラーメンに変わって腹の中に収められていくんだろう。

…しばらくは徹夜になりそうだ。

 

「一夏、なんなら俺もオマケで勉強を見てやるぜ」

 

「弾、アンタは引っ込んでなさい。

どうせアンタは殆どの教科が赤点なのは決まってるんだから」

 

「だな、俺からも遠慮しとくわ」

 

「お前ら…」

 

弾の成績はクラスでも学年でも下から数えたほうが圧倒的に早い。

俺は一ヶ月も休んでたからな…このブランクをどうにかしないと…。

 

 

 

それから放課後の時間は最終下校時間まで図書室での勉強会が始まった。

クラスメイトの数人からもノートを借り、図書室からは参考書を拝借し、一気に頭の中に詰め込む。

国語、数学、社会、歴史、科学、英語、美術に保健体育、エトセトラエトセトラ…。

体育に関してはもうどうしようもないので苦手分野である保健教科でカバーするしかない。

普段から下心を見せている弾は、その教科だけは得意だったりするので、白い目を向けながら話を聞いていた。

 

「今日はこの辺までにしておきましょうか」

 

「覚えることが多すぎる…」

 

水曜日までに覚え切って、課題を全部提出できるのか、俺は…?

 

「一夏、約束通りに今度の休みには駅前の喫茶店でパフェを奢ってもらうからね♪」

 

「ぐっ…判ったよ…」

 

どの道、ドイツ軍で働いていたから軍資金は結構ある。

それを早速削るか…今後のバイトは忙しくなりそうだ。

 

予想外な事にも課題は全部提出できた。これも悪友達のお蔭だ。

それからも俺は学校には自然と馴染めた。最初は転校生のような気分だったけど。

 

それから数週間が経った、ある日の放課後。

 

俺の携帯電話が鳴り響いた。

 

「はい、織斑です」

 

『一夏君、私よ』

 

「楯無さん?どうしました?」

 

『簪ちゃんがまだ帰ってきていないのよ!

テスト期間中で放課後には部活も無いのに!』

 

簪が、帰ってきていない?

もしかして俺と同じように勉強をしているのでは?

「まだ学校に残ってるんじゃないんですか?」

 

『本音ちゃんが学校全体を探し回ったのに居ないのよ!

どうしよう一夏君…簪ちゃんに何かあったら…私…私…』

 

「落ち着いてください、俺もこれから急いで探してみます。

普段、簪が行きそうな場所があったら教えてください」

 

 

楯無さんから、簪がいきそうな場所をリストアップしてもらい、俺は通話を切る。

 

「悪い、急なバイトが入ったから、俺はすぐに帰る。

じゃあ、また今度な!」

 

その言葉を最後に俺は図書室を飛び出した。

この際面倒だ、窓から飛び出し、外に生えている木を足場にして地面へと下りていく。

ドイツで学んだフリーランニングをこんな場所で使うとは思わなかった。

地面に着地してから下駄箱まで走り、急いで靴を履き替える。

駐輪場まで再び全力疾走し、自転車のロックを外して跨り、ペダルを踏み込んだ。

 

「ん?なんだ、あれ?」

 

校門のところで妙な人だかりが出来ていた。

俺には関係がなさそうだと思い、通り過ぎようとしたが、一瞬、目に触れた特徴的な髪飾り…振り返ると…

 

「あ、一夏…」

 

「か、簪…!?」

 

捜し人がそこに居た。

 

「え、織斑の知り合い?」

 

「こんな可愛い子が…?」

 

「畜生!爆発しろこのリア充どもが!」

 

…妙な声がいくつか聞こえるけど、全部無視する。

それよりも、だ。

 

「そ、その……来ちゃった…」

 

来たのは判った。

で、理由は?

 

 

 

 

今の状態でも面倒だけど鈴達に見つかったら殊更に面倒になりそうな気がしたので、簪には自転車の荷台に座ってもらい、そのまま出発した。

 

「いきなりどうしたんだ?

のほほんさんにも黙ってこんな所に来て、さ」

 

「一夏が通ってる学校を見てみたくなったの、迷惑だったかな?」

 

「そんなことは無いぜ、でも、今度からはほかの人にも伝えたほうがいいぞ。

虚さんも、のほほんさんも、楯無さんも心配してたからさ」

 

「姉さんも?」

 

ここで簪の表情がすこしだけ暗くなった。

多分、信じられないんだろうな。

優秀過ぎる楯無さんが、自分を心配するだなんて事を。

 

「さっき電話をしてきたんだよ。

簪が居なくなった事を伝えに」

 

「淡白な態度…だったよね…?」

 

「そんな訳無いだろう」

 

そうだ、家族が急に姿を消したんだ。

心配しないわけが無い。

心配しないほうがおかしいんだ。

 

「とても心配してたぞ。

本当に動転していたんだ、今頃は、簪が普段から行ったりしている場所を自分の足で、しらみつぶしに探し回ってると思うぞ」

 

「私、なんかを?姉さんが…お姉ちゃんがそんなに…?」

 

「『なんか』、なんて言うなよ。

楯無さんにとって簪は…たった一人の大切な妹なんだから。

ただ、過保護なだけなんだ、大切に思い過ぎてしまっているから、自分がなにもかもやるべき。

そんな風に思っているんだ、悪く言ってしまえばただ不器用なんだ」

 

そしてそれは姉妹揃って、な。

 

「不器用…」

 

「けどな、良い言い方にも言い換えられる。

それは、簪の事が大好きなんだよ、たった二人の姉妹だからこそ」

 

俺の背中越しに、簪の涙を感じた。

お姉ちゃん、お姉ちゃん、と幼い子供のように繰り返して泣いている。

きっと、この二人はもう大丈夫だ。

すれ違うなんて事は無い。

きっと真正面からぶつかりあっていける。

お互いを理解するのには時間は掛かるかもしれないけれど、それでもいい。

 

「じゃあ、帰ろう。

帰ったらなんて言えばいいのかは、わかるよな?」

 

「『ただいま』って…それから、『ごめんなさい』と『ありがとう』、お姉ちゃんにも言うよ。

それから、一夏にも」

 

俺の胴に回される腕の力が、ほんの少しだけ強まった。

今の簪は目元が腫れてるだろうし、それを隠したいのかもしれない。

なら、今はそっとしておこう。

少しだけ遠回りして帰ることにした。

今だけは、幾らでも涙を流しても許されるはずだ。

連絡を入れるのは後回しにしても良いだろう。

そう思い、胸元のポケットに入れておいた携帯電話の電源をOFFにした。

 

 

 

 

その21分後、涙を全て流しきった簪と一緒に更識の屋敷に到着した。

そこで待ってくれていたのは、のほほんさんと虚さんの二人だった。

 

「かんちゃ~ん!心配したよ~!」

 

「ただいま、本音」

 

「おりむ~!かんちゃんをさがしてくれてありがと~!

みんな、大騒ぎしてたんだよ~」

 

のほほんさんを見ていると、本当に大騒ぎしていたのかどうか怪しく思えてくるのは何故だろうか。

この間延びした喋り方によるものだとは思うが。

 

「いや、探したって言うか…見つけたと言うか」

 

「私から一夏へ声をかけたと言うか…」

 

「んう~?」

 

 

 

それからのほほんさんが楯無さんに連絡を入れ、25分後に自転車が塀にぶつかり派手な音を起てた。

その自転車に乗っていた人は、その直前に飛び降り、塀を飛び越え、事なきを得ていたが、自転車は無事では済まされていなかった。

仲直りする現場に居合わせようかと思ったけど、虚さんにその場から退出させられ、塀に突き刺さっていた(・・・・・・・・)自転車の処理をしていた。

よくよく見ると、これは…簪の自転車、それも新品だった。

…簪に気づかれないように修理に出す必要がありそうだ。

 

「今頃は仲直りしてる頃、でしょうね」

 

「一夏さんのおかげですよ。

それにしても、何処で簪お嬢様を見つけられたのですか?」

 

「それが…俺が通っている学校の目の前だったんですよ。

どうやら俺が通ってる学校を見てみたかったらしくて。

いったん屋敷に戻ってから、そこに訪れたようです」

 

もしかしたら、最終下校時間の直前に到着したのかもしれない。

けど…それよりも早くに訪れていたら…簪のことだ、周囲の生徒達に囲まれて不安になっていたかもしれない。

それでも、簪があんな場所にまで来ていたんだ。

だれも臆病だなんて言えないし、誰にも言わせない。

最後の一歩を踏み出す勇気を持っているんだ。

 

「何やら騒がしいですね?」

 

「簪達に何かあったんでしょうか?」

 

耳を澄ませてみる。

…新たな喧嘩が勃発していた。

どうやら塀と衝突して壊れた自転車の情報が漏洩したらしい。

犯人はのほほんさんだった。

 

「普段から送迎してもらってるのに、なんで今日に限って!

それも買ったばかりの私の自転車を使ったの!?」

 

「簪ちゃんがどこかに行っちゃったから気が動転して探しに出てたのよ…ごめんなさい!」

 

「もういいもん…自転車が修理から返ってきてからも…、私は…明日から一夏と一緒に登下校するから!」

 

「か、簪ちゃ~ん!?」

 

 

 

 

 

そんな遣り取りだった。

 

「あの…虚さん…」

 

「どうされました?」

 

「俺がもっと早くに連絡を入れておけばこんな事にならなかったんでしょうか…?」

 

「いえ、変わらなかったと思います」

 

この人はこの人で即答してるし…。

仕方ない、か。

それでも、簪と一緒に登下校ができる、その事実に俺が嬉しく思っているのは確かだった。

 

「では、私は早速本音にお仕置きをしてきますので、失礼します」

 

「…お手柔らかに」

 

言っても無駄かもしれないが…。

 

ちなみに、有言実行とはこの事か、翌日から簪は俺と一緒に登下校するようになった。

虚さん、楯無さん、のほほんさんはの三人は更識家お抱えの送迎車で登校していた。

 




今回はのほほんさんの大活躍(?)でした。良い方向にも悪い方向にも。
次回はちょっと短くなります。

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