ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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7:前夜祭(下)・The Way of the Gun

 

 

――――彼は何に怯えていたのだろう?

 

銃弾の雨を防壁越しに浴びながら、一登の意識は数分前の出来事へと遡る。

 

 

 

 

 

 

一登が総督府のホールで先程知り合ったばかりのプレイヤー……キリトの異変に気づいたのは偶然だった。

 

1回戦を無事勝ち抜いて地下20階に帰還した一登が最初のボックスシートに戻ってみると、一登よりも先に突破したらしいキリトの姿がそこにあった。

 

だが声をかけようと近づいてみると、何だか様子がおかしい。文字通り頭を抱え、細い身体をガタガタと小刻みに震わせている。

 

最初は初めての銃撃戦がそんなに恐ろしかったのだろうか?と思ったのだが、それにしたって只事ではないと感じた一登は、小走りに駆け寄りキリトに声をかける。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「――――ッ………」

 

 

酷い顔だ、と一登は思った。

 

まるで最悪の悪夢に飛び起きたばかりの小さな子供みたいだ。今のキリトの有様に、一登は何となく弟を亡くした時の母親や、師匠を目の前で失った直後の塵八の姿を思い出した。

 

今目の前で蹲っている少女にしか見えない華奢な少年の場合は、喪失の苦しみが原因ではなく認めたくない真実を突きつけられて打ちのめされてしまったかのような、そんな気配が感じ取れる。大事な人が死んでしまったせいで絶望の淵に落とされた(そして母親は精神が耐え切れず狂った)人物を直接――それも2人も――目の当たりにしてきた一登だからこそ判別できる。

 

 

「何が、あったんですか」

 

 

細い肩に両手を乗せて屈み込み、キリトと視線の高さを合わせる。

 

VRゲームでは、アバターの感情表現が増幅されて示されるという。しかしキリトの反応はどう見ても感情表現の増幅というレベルを超えた怯えようだ。

 

 

「ぁ……い、いや、何でも……」

 

 

キリトはどうにか笑みを作って誤魔化そうとしていたが、一登からしてみればキリトの笑みも、言葉も、明らかに嘘としか思えない。今の彼は恐怖に縛られてしまっているのが丸分かりだ。

 

……今度は弟の事を思い出した。

 

一登の弟はクラスメイトのいじめに苦しみ、小学校を卒業する前に命を落とした。一登は弟はいじめっ子達に殺されたと確信している。

 

彼らが成人次第、1人ずつ殺してやろうと一登は決意している。その次は弟のいじめを見て見ぬ振りをした当時の学校関係者が標的。一登の復讐を師匠の塵八も応援してくれているのが何よりの支え。

 

弟が生きていた時、時折一登に縋るような目を送ってきていた事が何度かあった。弟はいじめっ子から兄である一登には言うなと脅迫されていたそうだ。

 

あの時の意味ありげな目は、きっと弟からのSOSだったに違いない。何故弟の苦しみとSOSに気づいてやれなかったのだと、未だに一登は後悔している。

 

 

 

 

 

 

――――だから、今度は見逃さない。

 

 

 

 

 

 

「……自分だけで抱え込まなくても良いんですよ」

 

 

一登はキリトの頭を優しく胸に抱いた。

 

本当なら初対面の人間相手に(しかも外見美少女だが中身は男)詳しい事情も知らないくせにこんな風に接するのは大いに問題ありだが、一登は今のキリトにはこうしてやるのがきっと1番良いと思ったのだ。

 

今のキリトは華奢で幼い女の子みたいな外見も相まって一登には悪夢に怯える子供にしか見えない。心が壊れ、精神が昔に戻ってしまっている一登の母親は幼い頃の様に一登を抱きしめ、頭を撫でながら子守唄を歌ってくれた。子守唄まで歌うつもりはないが、一登は母親の行動を参考にさせてもらう事にした。

 

実際、キリトは一登の行動に殆ど抵抗しないまま、一登の右肩に顔を埋めている。

 

 

「……ぁあ………!!」

 

 

顔を一登に押し付けたまま、一際大きくキリトの肩が震えた。白魚の様な5本の指が防弾コートの布地へと食い込み、細い両腕も一登の背中に廻されたかと思うと、細腕からは想像できない位の力が加えられて一登の身体を固定する。

 

一登も、右手をキリトの後頭部へと運んだ。母親が一登にしてくれたように繊細なタッチで優しく撫でてやる。

 

……防弾ジャケットの下に幾つものマガジンを収めたポーチが並んだ防弾プレート入りタクティカルベストを着込んだ今の一登の抱き心地は、分厚い布地と防弾繊維越しに感じるゴツゴツとした感触のせいで正直良いとは言えない。

 

けれど否応無く伝わってくる異物感以上に、左肩を通って後頭部に巻き付けられた腕の確かな頼もしさと、長い黒髪を梳かしていくしっかりとした指先の感覚が、キリトにはとても心地良かった。

 

短い時間、抱き合う2人の少年。

 

 

 

 

……・この時点で2人の頭の中からは、今居る場所が予選の待合室であり、1回戦を勝ち抜いた他のプレイヤー達が現在もまだ大勢残っているという事実が完全にすっぽ抜けていた。

 

抱擁し合ったまま固まる野郎2人――傍目から見れば平凡な少年と儚げな美少女にしか見えないが。周囲のプレイヤーの中には『チクショウイチャつきやがって』『リア充もげろ』と怨嗟を漏らしている者もチラホラ存在している――の元に、非常に怪訝そうな少女の声が降ってきた。

 

 

「……………………何やってるのアンタら」

 

 

複雑な少女の内心を発言前の微妙に長い沈黙が表していた。

 

え、と2人は一瞬固まり、キリトの方から慌てて身を離す。一登はキリトほど動揺を見せず、立ち上がりながらばつが悪そうに頭に手をやり、

 

 

「僕も詳しい事情は知らないんですけど、何だかキリトが動揺してるみたいだったからほっとけなくて……」

 

「ふぅん、初めての銃を使った戦いにビビった――――って訳じゃなさそうね」

 

 

キリトの顔からはまだかなりの血色が失われたままで、彼が漂わせている雰囲気からも、一登が話しかけるまでキリトを支配していた陰鬱な負の感情がまだ色濃く残っているのが、シノンにもハッキリと感じ取れた。

 

――――シノンは今のキリトの姿に、何故か強烈な既視感を覚えた。

 

 

「どうしたのよ一体」

 

「いや、その……」

 

 

言い辛そうに言葉を濁すキリト。

 

その時、一登とキリトの身体を淡い光が包み始めた。

 

次の戦場に送り込まれる合図。

 

 

「一区切りついたら詳しい話を聞かせて――――」

 

 

 

 

キリトに最後まで伝え終えるよりも早く、一登の姿は予選会場から再び消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――彼は一体、何を抱え込んでいるんだろう。

 

悩む一登の思考を、連続する銃声と頭上を通り過ぎる弾丸の飛翔音が引き裂いた。

 

まるで今はこちらの相手に集中しろ、と対戦相手が文句を言っているように思えたので、一登はお望み通り戦闘に集中する事にした。

 

 

 

 

2回戦の対戦相手の名はR・諏訪。試合の舞台は『白銀の車両基地』、真っ白な雪化粧が施された貨物列車や巨大な車庫が幾つも並ぶステージである。こんな白銀の世界で戦うのは一登も初めてだ。

 

遮蔽物はそれなりに多いが、射界も長く開けている構造なので長・中・近距離、どのレンジでも対応出来る武器と技量が勝敗の鍵を握る。

 

R・諏訪は、第2次世界大戦(WWⅡ)の兵士風に装備に身を固めたプレイヤーだ。未来世界が舞台である<GGO>の時代設定に逆行するかの如く、可能な限りWWⅡ当時の米軍兵士の姿に近づけており、第1回戦目のシタデルとは対照的に軽く180cmを超える巨体も相まって、SF世界の住人というよりはまるで戦争映画の中から抜け出してきた登場人物のようだ。

 

鉄製のM1ヘルメットに、カーキ色のジャケットとダンガリーズボン。布製のマガジンポーチを通したベルトを腰だけでなく両肩に交差するように巻きつけるように装備し、大量の予備弾薬を所持している。

 

弾薬の豊富さを見せ付けるかのように、R・諏訪は一登へと絶え間ない銃撃を加え続けている最中だ。

 

R・諏訪の装備武器はブローニング・M1918自動小銃とトンプソン・M1928A1短機関銃。前者は.30-06スプリングフィールド弾、後者は45口径ACP弾を使用。

 

M1918自動小銃はBAR、M1928はトミーガン或いはシカゴ・タイプライターと、どちらも有名な通称が与えられている往年の名銃だ。古い銃が好みな辺り毒島さんみたいだな、と感想が浮かぶ。

 

それぞれがメインアームとして使うに足るだけの火力を秘めた代物を、R・諏訪は近距離では大量の弾をばら撒けるトミーガン、距離が離れると威力と射程に優れたBARと、状況に応じて巧みに使いこなしていた。

 

特に恐ろしいのはトミーガンで、彼が使うトミーガンには100連発のドラムマガジンが装填してあった。一登が反撃しようにもその装弾数の多さを生かして長々と一方的に撃ち続けてくるものだから、中々反撃に移れないでいる。

 

ようやく連射音が途切れたので、一登はボロボロになったコンクリート製のバリケードから頭と右肩だけ露出させ、SG552を構える。先程まで景気良く撃ちまくっていたR・諏訪の姿は既に消えていた。

 

 

「意外と手強い人ばっかりだ……!」

 

 

姿は見えなくなったが、追いかける事自体は簡単だ。古い軍靴の跡がくっきりと雪面に刻まれているのだ。

 

だが一登が追跡してくる事は向こうもしっかり予測しているだろう。間違いなく、迎撃体制を整えている筈だ。単に足跡を追いかけるのではなく、一登も相手の不意を突く為の手立てを講じなければならない。

 

 

 

 

一登はすぐ横に停車している貨物列車に目をやった。何両もの貨車が連結しているその姿は、鋼鉄の大蛇と表現するのがしっくりくる威容を放っている。その貨車は屋根付の有蓋車で、屋根に登る為の梯子が備えられている。

 

一登は梯子を使って有蓋車の屋根の上へ。もちろん屋根の上も雪の塊に覆われている。

 

雪を分厚く積もらせるほどの寒気で冷え切った車体はまるで氷のようだった。これが仮想空間でなければ寒さのあまり手が張り付いてしまっていてもおかしくない位だ。

 

 

「(相手はどこまで逃げたかな?)」

 

 

貨物列車の屋根から地上の足跡を追いかける。

 

相手に余計な猶予を与えたくないので、隠密性を犠牲に可能な限り早く足を動かす。雪で足を滑らせないよう気を付けなければならないがそれは相手も同じだ。

 

一定距離毎に道を分断する谷間――貨車の連結部――をリズミカルに飛び越えながら一登は走り抜ける。

 

そして、R・諏訪の姿を発見する。

 

 

「(見つけた!)」

 

 

足跡が残っている方の列ではなく、列車を挟んで反対側の列でBARに持ち替えていた。足跡を囮に誘導し、列車の陰から強力なBARの.30-06スプリングフィールド弾を一登に浴びせ、確実に仕留めようという魂胆だったに違いない。

 

R・諏訪も列車上の一登の存在に気付いて、BARの銃口を持ち上げようとしている。

 

一登も走りながらSG552のストックを右肩に押し付け、両手でコンパクトなアサルトライフルを構える。

 

射撃姿勢に移るまでの速度も照準の正確さも、一登の方が上だった。弾道予測線がR・諏訪の巨体を捉えるが、回避行動が間に合わない。

 

移動しながらの短連射。5.56mm弾はR・諏訪の左肩周辺にかけて命中した。

 

だが銃の腕は一登の方が上でも、パラメータの強化の度合いはベテランプレイヤーであるR・諏訪の方が遥かに高い。特に彼のアバターは体力を重点的に強化済み――――まだ、彼は倒れない

 

衝撃で仰け反りながら、R・諏訪も反撃の銃弾を放った。張り詰めた極寒の空気がビリビリと震えるほどの轟音が連続する。

 

.30-06スプリングフィールド弾の威力と貫通力は現行の軍用弾を上回る。苦し紛れに放たれたR・諏訪の弾丸は車体と雪の層を容易く突き破り、一登の足元に幾つも穴を開けた。ガンガンガン!と弾丸が強烈に車体を叩く。

 

屋根を突き破った弾丸の中の1発が、一登の左足首に命中した。

 

 

「く!」

 

 

予想外の負傷。バットで叩かれたような衝撃だが、痛みはない。足首から先の感覚が消え失せているのは大口径の銃弾によって一登の左足首が消滅してしまったからだ。今の被弾だけで一登のHPバーの半分近くが左足諸共吹き飛んだ。

 

被弾から立ち直ったR・諏訪が更にBARをぶっ放す。足元から飛び出してくる弾丸によって、一登の周囲で雪が舞い散る。

 

 

「まだっ!」

 

 

屋根の上に居続けたら殺られる、と判断した一登は、残った右足だけで強く屋根を蹴った。

 

R・諏訪とは反対側の地面へ身を投げ出しながら空中で身を捩り、背中から落ちる体勢を取る。

 

落下ダメージで残りのHPが全て無くならなければいいのだが。厚く積もった雪がクッションになってくれる事を祈ろう――――

 

一登の背中が「ぼすっ」と音を立てて雪の中に埋まった。それでもかなりの衝撃だったがHPバーはまだ残っている。丁度列車を挟んでR・諏訪のすぐ横に落下した形だ。もちろん偶然ではなく、そこに狙って飛んだのだ。

 

雪に身体を沈めたまま一登は射撃の体勢に。完全に上半身を起こさず首だけを持ち上げ、射界の確保と照準器で狙いをつけられる最低限の動作と姿勢変更を行った状態で射撃を行う。

 

――――スパインと呼ばれる軍や警察関係者向けのトレーニングをきっかけに近年広まりつつある実戦向けの射撃技術、その変則版だ。

 

一登の視界は、列車とレールの隙間からR・諏訪の下半身をバッチリと真正面に捉えている。スコープではなくその上部に取り付けた小型ドットサイト、名前の由来である光点を敵の半身の中心に据える。

 

相手は列車の陰に消えた一登の姿を見つけようと慌てて屈み込むが、その行動は逆に急所である頭部と上半身を自ら照準器の中へ飛び込むという失策である事にR・諏訪が気づいたのは、SG552の銃口を覗き込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

SG552が火を噴き、巨漢の顔面に全弾命中。

 

今度こそR・諏訪の残りHPバーが完全消滅する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Eブロック・3回戦。

 

今度の相手はレインマンという名のプレイヤー。薄手のボディアーマー以外に重量が嵩みやすい防具を着用していない外見から分かる通り、敏捷力を重点的に強化してきた機動性重視のプレイヤーだ。

 

使用武器は右手にフルオート連射可能なグロック18C自動拳銃、左手にソードオフ――――極限まで銃身を切り詰めたレミントン・M1100ショットガンを同時に使用する変則的な2丁持ちスタイル。

 

一登はシタデルやR・諏訪を相手にした時よりも苦戦を強いられていた。

 

レインマンの戦闘スタイルは機動力を活かして縦横無尽に動き回りながら一気に距離を詰め、両手の銃を撃ちまくったらすぐさま逃げていく一撃離脱型。

 

とにかく速過ぎる。毒島のように、敵の虚を突いて瞬間移動してくるような錯覚を覚えさせるのではない。単純に、瞬発力が高くて身軽なのだ。オリンピック選手も真っ青の超人的な動きをしながら弾幕を浴びせてくる。

 

鉛弾の雨を降らせる男――――レインマン。

 

シチュエーションも悪い。3回戦目のステージは『封鎖された研究所』という場所で、狭い通路や司法が防弾ガラスに囲まれた実験室、棚などの遮蔽物が多い実験道具用倉庫などが幾つも並ぶ屋内戦専用のマップだ。

 

『職場』の都合上嫌というほど屋内戦を鍛えてきた一登ではあるが、今回ばかりはステージの特徴が相手にとって有利に働いている。遮蔽物が多過ぎて、レインマンの姿が見えたと思った次の瞬間には別の物陰に移動されてしまうのだ。

 

ダンッ、と強く蹴る音がしたので咄嗟にそちらに振り返ってみると、レインマンがテーブルを飛び越えて一登の方へと跳躍してくる所だった。

 

空中で一回転しながらレインマンは右手のグロック18Cを連射。一登も後ろへ跳んで柱に身を隠し9mmパラベラム弾の雨から逃れる。一登が反撃に移ろうとすると、さっさと飛び込み前転で隣の部屋へと転がり込み、姿が見えなくなる。

 

 

「(まるで小暮先輩の師匠を殺した男みたいだ!)」

 

 

塵八の師匠である椿虚を撃ち殺した人物――――レインメーカー。

 

SW・M500を遥かに上回る、.600口径ニトロ・エクスプレス弾を使用する化け物リボルバー、フェイファー・ツェリザカを手足のように駆使し、驚異的な身体能力でハイブリッドの殺し屋達を苦しめた凄腕の戦士。

 

レインメーカーとレインマン。成程、名前も似ているし、戦い方も近しい部分が多い。

 

 

「(それでも、あのレインメーカーほどじゃない)」

 

 

実際のレインメーカーの戦いぶりと比べれば、今一登が戦っている存在はステータスの高さに飽かせてチョロチョロと跳ね回っては手当たり次第に弾をばら撒いているだけだ――――そう一登は己に言い聞かせる。

 

生半可な遮蔽物ごとぶち抜くツェリザカで壁越しでも正確に狙ってくる訳でもなし、何より迫力と殺気が足りない。そう思うと一登の中の焦りと興奮があっという間に治まっていった。

 

――――動きに惑わされるな。いつも通り、自分のリズムで銃を向けてくる敵を撃ち殺せば良いだけ。

 

 

「ふぅー………」

 

 

意識を切り替え直すと、一登もレインマンを追って隣室へ。念の為、使いかけのマガジンを捨てて新しいマガジンに装填しておく事も忘れない。

 

 

 

 

隣の部屋は薬品保管庫だった。研究用の薬品棚が、長方形構造の保管庫を縦に2つに区切るような格好で一列に並んでいる。

 

薬品棚は側面が両方ともガラス戸になっていて、得体の知れない薬品を収めた瓶と瓶の隙間から向こう側の様子を一応確認する事ができる。

 

――――薬品棚の向こう側で人が身動ぎする気配。

 

 

「!!」

 

 

気配を感じた方を向くと、ガラス戸の奥にショットガンの太い銃口が存在した。薬品棚の向こう側で、レインマンがM1100を構えて待ち構えていたのだ。

 

反射的に、身体を前方へ投げ出す。

 

真横に鎮座した薬品棚のガラス戸が爆発的に粉砕した。

 

銃身が切り詰められ、遠距離での精度と威力を代償に拡散率を極端に上げた散弾が、中身入りの瓶を撃ち砕きながら一登へと襲い掛かったが、咄嗟に身を投げ出した事で間一髪回避に成功。代わりに大量のガラス片が一登の身体に降りかかったが、大部分は防弾ジャケットが防いでくれたのでHPの減りは皆無に近い。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

ガラスが一斉に砕け散る騒音の中でもハッキリ聞こえる程盛大な舌打ちが聞こえてきた。

 

この保管庫は薬品棚以外の障害物が存在しない為、互いの存在がバレた以上は必然的に……というよりは、強制的に真っ向からの撃ち合いを薬品棚を挟んで行わなければならない場所なのだ。

 

一登も反撃する。貫通力に重きが置かれた5.56mmライフル弾はいとも容易くガラス戸と瓶をまとめて貫いて反対側に飛び出す。レインマンは弾道予測線を元に一足跳びに前へ大きく跳躍する事で凌ぐ。

 

薬品棚を挟んで、並走し合いながらの銃撃戦が勃発。交差する弾道予測線と弾道予測線、そして銃弾。

 

2人の周囲で次々とガラスが砕け散っていくかと思うと、耐久度を超えたオブジェクトの破片が床に散乱するよりも先に光の粒子と化して空中で溶けていく。まるで流星群だ。

 

<GGO>初心者の一登は持ち前の運動神経と実戦で鍛えた判断力によって。

 

ベテランプレイヤーのレインマンは強化された身体能力と<GGO>流の戦闘慣れを存分に発揮し、相手の弾道予測線を瞬時に判断し回避しながら、銃撃戦を交え続ける。

 

それでも限界はある。2人の弾丸は互いの四肢を掠め、HPを少しずつ削り合いながらも両者共にクリーンヒットを与えぬまま、ドアが開けっぱなしだった隣の部屋へと場所を移す。

 

2人が同時に別の部屋へ飛び込んだ時、一登のSG552のマガジンの残弾は残り僅かだった(マガジンが半透明なので一目で残弾数が分かる)。一方レインマンのG18Cは弾切れを起こしホールドオープン、M1100に装填してあるダブルオー・バック弾も残り1発。

 

相手の頭部へ照準を合わせ、同時に引き金を絞る。両者ともこれでマガジン内は弾切れだ。

 

 

 

 

 

 

――――瞬間、両者を隔てる空間にクモの巣状の大きなヒビが生じた。

 

 

 

 

 

 

「「!!!」」

 

 

突然ヒビが虚空に生じた原因は防弾ガラスだった。

 

一登が飛び込んだ部屋とレインマンが飛び込んだ部屋は実は防弾ガラスによって仕切られた別々の部屋だったのだ。2人が同時に放った弾丸は厚い防弾ガラスに深く突き刺さりはしたが、貫通には至っていない。

 

するとレインマンが仕切りの向こう側で悪趣味な笑みを浮かべた。弾切れの銃に新しいマガジンを装填せず、目の前にあったコンソールを操作。直後、一登の頭上から電子音声が大音量で流れ出す。

 

 

『実験室の消毒措置を行います。実験室の出入り口を封鎖』

 

 

いきなり、一登の部屋のドアがスライドして勝手に閉まった。蹴りや体当たり程度では破れそうにない頑丈そうな扉だと一目で判る。

 

一登の入った部屋は実験室。レインマンが入った部屋は、実験観察用の制御室。消毒措置とは――――つまりはそういう事なのだろう。ゲームによくあるステージごとの特殊なギミックの1つ、という訳か。

 

レインマンが白くひび割れた防弾ガラスの外側から嗜虐的な視線を一登へ向けている。消毒措置が開始されれば最後、一登の命運はここで尽きるのだと確信している勝者の態度だ。

 

 

「………」

 

 

閉じ込められ、罠にかけられ、見下した目を向けられても、一登の態度は落ち着いたままだ。彼の目は実験室と制御室を区切る防弾ガラスの亀裂に集中している。

 

防弾ガラスの厚みとひび割れの規模、5.56mm弾がめり込んだ深さを目算し、頭の中で計算――――これならいける、と結論を出すとすぐさま行動に移った。

 

 

『消毒開始までカウント開始。10――――』

 

 

スピーカーがカウントを始める。一登に残された猶予は僅か10秒。

 

 

 

 

 

 

――――ならば10秒以内にレインマンを仕留めれば一登の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

一登は空になったマガジンを銃から抜くと、落とした空マガジンが床にぶつかるよりも早くマガジンポーチから別のマガジンを掴み出し――念の為2本抜いて――挿入部へ差し込む。もう1本は予備として左手の指に挟んでおく。

 

新たに装填したマガジンは、ここまで使っていたマガジンとは中身が違った。今までのは通常弾だが、今装填したマガジンの中身は貫通力を高めた徹甲弾だ。対シタデル戦では相手の防御が予想以上で真価を発揮できなかったが、今こそ徹甲弾の出番に相応しい。

 

ステータスとスキルを限界まで鍛えてもこうはいかない、と思えるぐらい素早い手捌きでマガジン交換・ボルト解除・射撃姿勢移行を終えた一登は射撃再開。通常よりも更に猫背気味になり、両手と右肩、ストックに押し付けた右頬を使って銃全体を固定。命中精度の押し上げを図る。

 

短連射ではなく、マガジン内の全弾を一気に撃ち尽くすつもりで一登は防弾ガラスを撃った。着弾する度に小さな爆発が起きているかのように細かな破片が舞う。新たなヒビが次々と生じ、漏斗状に抉れた弾痕がどんどん深くなっていく。

 

レインマンはといえば、ポカンとした様子で一登の行動を黙って眺めていた。慌てるのでも悪態を吐くのでもなく、冷静に防弾ガラスへ銃撃を行う一登の行動の意味が分からないようだ。

 

徹甲弾が穴を穿つよりも先に1本目のマガジンが弾切れを起こした。予め左手に保持していた2本目のマガジンを差し込む。カウントダウンは残り5秒。絶え間なく撃ち込まれ、更に深く削られていく防弾ガラス。

 

2本目の半分を撃ったところで、とうとう防弾ガラスが限界を迎えた。一点に集中して撃ち込み続けた徹甲弾が反対側に貫通したのだ。

 

飛び出した銃弾が立ち尽くしていたレインマンの頬を掠めて、ようやく我に返る対戦相手。慌てて身を翻して逃げ出そうとしたが、反応が致命的に遅過ぎた。

 

すかさず一登は穿った穴にアサルトライフルの銃口を突き刺し、レインマンの背中にマガジン弾の残弾全てを撃ち込む。敏捷性の強化の為に最低限しか体力を強化せず、軽量性重視で気休めにしかならない性能の防弾チョッキしか装備していなかったレインマンが、耐え切れず筈がない。

 

――――レインマンのアバターが爆発的に消滅する。

 

虚空に『コングラッチュレーション!』の文字が浮かぶ。

 

消毒開始のカウントダウンが中断され、一登は安堵の溜息を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――やがて一登は順調に決勝戦まで勝ち進み、BoB本大会参加の切符を無事入手した。

 

 

 

 




サブタイは筆者お気に入りの映画の原題から。
フルサイズのガリル好きな方は是非探してみて下さい。

流石に全ての予選を描写するとダレそうだったので最後の方は省かせてもらいました。
次回から原作6巻突入になります。

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