ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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6:前夜祭(上)・人を殺す幾万通りのやり方

 

 

「…………はぁ」

 

 

心底気まずげな吐息が一登の口から漏れた。

 

彼のアバターの左頬には、まるで漫画かアニメのギャグシーンみたいにくっきりと刻まれた手の平の痕。

 

強烈なビンタの名残を左頬に貼りつけているのは一登だけではない。先程知り合ったばかりの黒髪の美少女……改め、黒髪の美少年キリトの頬でも赤々とした手形がその存在を主張している。

 

男2人にビンタを食らわせた張本人であるシノンはというと、『私超不機嫌です』と云わんばかりに2人とは反対側の席で足と両腕を組み、とても怖い顔のままそっぽを向いて一登とキリトを視界に入れる事を断固として拒んでいた。

 

 

「「(……どうしてこうなった)」」

 

 

心中頭を抱える野郎2人。

 

 

 

 

 

 

――――こうなってしまった発端は、戦闘用の装備に着替える為にシノンがキリトの手を引いて更衣室へと消えていった事。

 

他の更衣室は他のプレイヤーが使用中だったので、2人が出てきたら交代で使おうと入り口の前で待っていた所……突然、扉の向こうから悲鳴が聞こえた。まるでトンでもない衝撃の事実を突きつけられ、数秒かけて認めたくない現実を理解してしまった瞬間のような、シノンの絶叫。

 

 

「朝田さん!?」

 

 

焦りのあまり思わず、プレイヤー名でなく本名を叫びながら施錠された扉を叩く。

 

悲鳴から少し間を空けて、内側からの施錠が解除された自動ドアが開いた。扉が開くなり、転がるようにしてキリトが外へと飛び出してくる。彼の頬には、何故か真っ赤な手形の痕。

 

扉が開いたのは、一登が扉へ再び拳を叩きつけようとしたまさにその瞬間だった。目の前の壁が唐突に消え去り、拳を空振らせた一登は勢い余って更衣室の中へ踏み込んでしまう。たたらを踏んだ彼の背後で勝手に閉じる扉。

 

そして、下着姿で顔を真っ赤にしたシノンと目が合った。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

一登の思考が凍りついた。ハイブリッドのヤングガンとして数々の修羅場を潜り抜けてきた一登だが、下着姿の女の子の前に飛び出してしまうなんて経験はこれが初めてだった。

 

おまけに相手は気心が知れたハイブリッドの仲間ではなく、知り合ってまだ日の浅い学校の後輩――――ベタだ。ベタすぎるまさか一登が愛好する恋愛ゲームの主人公みたいなラッキースケベを現実(正確には仮想空間だが)に体験する事になるなんて!

 

シノンの目が据わる。(あっ、これヤバイ)と遅ればせながら悟る一登。

 

 

「あ、アンタも出てけぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

振り上げられる、シノンの右手。

 

……大振りな彼女の一撃を、一登は何故か避ける事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

以上が事の顛末である。

 

一登は横目で隣のキリトを見た。見れば見るほど彼女、じゃなくて彼の容姿は女の子にしか思えない。

 

後で聞いた話では、キリト本人ももっと強者っぽい背が高くて筋骨粒々なアバターを本当は望んでいたそうだが、よりにもよってこんなアバターが選ばれてしまったのだそうだ。この手のアバターは激レアらしいけどこんなのまったく嬉しくない……とは当人の談。

 

大変ご立腹なシノンの隣にはシュピーゲルという名の男性プレイヤーが腰を下ろしている。一登は初対面だったが、話を聞いてみるとシノンと長い付き合いの友人であるそうだ。

 

実際シュピーゲルと話す水色の山猫少女の雰囲気はかなり柔らかい。ただ彼はBoBには参加せず、予選会場にはシノンの応援をする為に駆け付けたのだとか。

 

 

「良い友達が居て良かったですね」

 

「……そうね。彼には色々と世話になっているわ」

 

 

シノンの返答から察するに彼女もまんざらではない様子。

 

……ただシノンが一登とキリトの事を紹介するまで2人の姿が視界に入っていなかった――――いや、ワザと無視するような態度だったのが、一登には少し引っかかった。

 

空中に投影されたホロパネルに映し出されていたカウントダウンが0を告げる。予選会場に集まるプレイヤー達の頭上で、BoBの予選開始を告げるファンファーレを伴った合成音声が高らかに響き始めた。

 

 

『大変長らくお待たせしました。ただ今より第3回バレットオブバレッツ予選トーナメント、AブロックからEブロックの予選トーナメントを開始いたします。FブロックからJブロックの予選は後ほどの開始となります。エントリーされたプレイヤーの皆様はカウントダウン終了後に、第一回戦のフィールドマップに自動転送されます。幸運をお祈りします』

 

 

一登の予選ブロックはEブロック。シノンとキリトはFブロックなので一登だけ一足先に戦いの場へ向かう格好になる。

 

 

「それじゃあ行ってきますね」

 

「本戦まで上がって来なさいよ。その頭、すっ飛ばしてやるから」

 

「もちろんです。一足先に本戦で待ってますから、シノンも頑張ってくださいよ」

 

「心配はご無用よ」

 

 

不敵な笑みを見せたシノンに(やっと許してくれたかな?)と内心安堵する一登の身体が、青い光の柱に包まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光が収まると、一登は暗闇の中に浮かぶ六角形のパネル上に立っていた。

 

目前に浮かぶ薄赤色のウィンドウに表示されているのは対戦カードと戦闘の舞台となるフィールド名、そして試合開始までのカウントダウン。

 

一登が対戦する1回戦目の相手の名前は『Citadel』――――シタデルと読むのだろう。MMOトゥデイの特集記事には無かった名だ。一登と同じく初出場なのだろうか?

 

フィールド名は『廃棄された地下駐車場』。駐車場が舞台というからには放置されている車両が主な遮蔽物となりそうな予感。

 

転送直後からいきなり試合開始とならないのは指定されたフィールドに合わせた装備を選ばせる為だろう。しかし生憎日の浅い一登はマップの知識も持ち合わせていなければ予備の武器も揃えていなかった。

 

プレイ初日に使っていたマイクロガリルは一応アイテムボックスに収納したままだが、マイクロガリルもSG552同様中~近距離戦向けの武器だ。そもそもレア武器であるSG552の方がマイクロガリルよりも高性能だから持ち替える意味も無い。

 

そういえばシノンとキリトのドタバタに巻き込まれてまだ戦闘用の装備に着替えていなかったのを一登は思い出す。慌てて右手でメニューを呼び出し武器・装備を実体化させていく。

 

厚手の防弾ジャケットの中に防弾プレート入りタクティカルベストを着込み、レッグホルスターとコンバットブーツを着用。ジャケットの下に隠れたベストと拳銃を収めたホルスターが無ければ、死んだ目以外に特徴の無い顔立ちのアバターと相まってどこにでも居る防寒具を着込んだ男子高校生にしか見えなかった。

 

最後に、忘れてはならない武装の状態を最終チェック。メインアームはSIG・SG552アサルトライフル。サイドアームはブローニング・ハイパワー。格闘専用に折り畳み式のカランビットを袖の中に潜ませて準備完了。

 

目前に浮かんでいた残り時間の表示がゼロになった。2度目の転送エフェクト。

 

 

 

 

 

 

 

光が消え去った途端、分厚いコンバットブーツの底越しに固く冷たい地面の感触を一登は感じた。

 

視界は薄暗く、一登の頭上では照明の一部が不規則な点滅を繰り返している。ぐるりと見回してみても窓の類は1つたりとも存在していない。点いたり消えたりしている頼りない照明だけがこの空間を照らす唯一の光源な訳だ。

 

天井や壁面、規則的に並ぶコンクリート製の支柱はどこも薄汚れ、落雷の瞬間を切り取ったような細い亀裂がそこいら中に生じていた。本来整然と停車している筈の車両も今は通路を塞いだり、横転していたり、壁や柱に突っ込んでいたりと好き勝手に放置されている有様。

 

――――地下駐車場といえば、一登の父親・高尾錠輔が所属していた新沼分隊と戦ったのも地下駐車場だった。

 

回想を断ち切り、戦闘に集中する。既に戦いは始まっているのだ。

 

 

「対戦相手から最低500m離れた位置からスタートだっけ」

 

 

規則的に並ぶ柱とランダムに配置された大量の車両が鉄とコンクリートの迷宮を形成していた。見通しは悪く、敵との戦闘は必然的に近距離での遭遇戦が多くなるだろう。一登のSG552が得意とするのは屋内の接近戦なのでうってつけの舞台と言えた。

 

しかし時折混じる大型車両の屋根によじ登ればある程度射界が確保出来るので、敵が敢えて狙撃を試みる可能性もある。油断は禁物だ。

 

敵の捜索を開始。とにかく隠れる場所が多いので迅速に索敵を進めていく。奥まって頭上の明かりが届かない場所では一瞬だけフラッシュライトを点灯させてはすぐに切る。一登の身のこなしは警察や軍の特殊部隊と比べても遜色無い。

 

照らしては消すを10回ほど繰り返した頃、一登は敵の接近に気づいた。

 

一登が今居る駐車場は単なる地下駐車場ではなく多層的な構造をしている。足音が聞こえてくるのは上階へ続く車両用スロープからだ。足音の質からしてかなりの重装備。

 

一登はすぐさま対戦相手が現れるであろうスロープへと向かった。スロープの正面に当たる位置に、支柱に突っ込んだ近未来風SUVが放置されていたので、そこに身を隠す事にする。

 

 

「…………」

 

 

更に近づいてくる足音。照明から伸びた人影が、スロープに映る。ずいぶんゆっくりとした足取りだ。

 

対戦相手が、ようやく一登が目視できる位置まで近づいてきた。

 

 

 

 

「……うわぁ」

 

 

 

 

そして思わず呻いた。

 

対戦相手は盾……防弾シールドを真正面に構えた状態でゆっくりとスロープを下ってきていた。

 

しかも相手であるシタデルはかなりの小兵らしく、全身が盾の中にすっぽりと隠れてしまっていて狙えそうにない。ならば盾と床の隙間から覗く足を撃ってやろうかと思ったが、向こうもそれを警戒しているようでシールドを床に擦れそうなギリギリの高さで構えているので不可能だった。

 

ならば、と一登はSG552に装填していたマガジンを抜くと別のマガジンを差し込んだ。向こうに悟られないよう、出来る限り慎重にマガジン交換を完了する。

 

最初のマガジンに装填してあったのは通常弾だが、新たに入れ替えたマガジンには徹甲弾が装填されている。問題はシタデルが構えるシールドに徹甲弾が通用するかどうかだが、試してみる価値はあった。

 

まずは手榴弾で奇襲。相手の出鼻を挫いた所で本命の銃撃――――こんな所か。

 

 

「――――よしっ」

 

 

SG552をすぐ撃てる状態で車に立てかけると、一登は左胸のポーチに入れた手榴弾を取り出した。

 

点火レバーを押さえながら音をたてないようゆっくりと安全ピンを抜くと、次に点火レバーから指を離す。時限信管が作動した手榴弾を持ったまま静かにカウントし、かっきり2秒経った所でシタデルめがけ手榴弾を投げつけた。

 

 

「!!」

 

 

相手の反応は意外と素早く、目前に落下した破片手榴弾が炸裂するより早くシールドを手榴弾に対して掲げる事に成功する。

 

爆風と破片が無差別に放たれた。密閉された駐車場内に爆発音が反響して耳が痛くなりそうだ。

 

一登は爆発で生じた煙の中へと5.56mmの短連射を撃ち込む。一登ぐらいになると、直接相手を目視出来なくても撃った弾が当たったかどうかが何となく分かるようになる。

 

手応えは感じなかった。それどころか、未だ空気を振るわせ続ける反響音と銃声の間から混じって弾丸が装甲に弾かれる音が一登の耳に届いた。

 

シタデルの姿が煙を突き破って現れた。彼が構えるシールドの表面は銃弾に手榴弾の爆発と破片で大きく傷ついてはいたが、シタデル自身は無傷も同然だ。というかシールド越しでも衝撃そのものは伝わる筈なのに、相手はその衝撃すらも耐え凌いでみせたらしい。

 

一登は知らないが、シタデルはパラメータ強化を筋力と体力に特化した防御型ビルドのプレイヤー。しかもガチガチに防御を固めた装備編成に加え、攻撃の命中や至近距離での爆発に衝撃を仰け反り効果を防ぐ<仰け反り耐性>というスキルも習得済みだ。

 

彼が持つ盾の素材も、装甲車両に使われているものと同じ素材である。NIJ規格で言えばクラスⅣ相当。ヘカートⅡのような対物ライフルやロケットランチャーの直撃でもない限り貫通不可能な代物。5.56mmの徹甲弾では完全に威力不足だ。

 

 

「爆発も防げるとか流石に反則でしょ!?」

 

 

思わず文句の悲鳴を上げた時、シタデルが新たな行動に出た。

 

シールドを左手だけで構え、シールドの横から前方に突き出した右手には巨大な回転式拳銃(リボルバー)が握られていた。S&W・M500の8インチモデル。名前の通り、拳銃弾としては最大最強の弾丸である.500インチ(12.7mm)マグナム弾を使用する規格外の拳銃だ。

 

シタデルのM500は、下品に感じられるほど長い銃身にアクセサリ装着用のレイルシステムが追加されたカスタムモデルだ。上部には低倍率スコープ、下部にはフラッシュライトを装着。

 

――――オートマなら分かるけどリボルバーにフラッシュライト?映画でも滅多に出てこなさそうな組み合わせに、一登は少し驚愕。

 

右腕だけをシールドから露出させたシタデルがM500を一登へ向けた。

 

大型リボルバーに取り付けられたフラッシュライトの強烈な白光が一登の視界を塗り潰し、敵の弾道予測線は光の中に紛れ、瞬間的に見分けがつかなくなってしまう。

 

 

「やっべ!」

 

 

咄嗟にSUVの陰へと引っ込む一登。

 

シタデルがM500を発砲。顔を顰めたくなる位壮絶な銃声――――否、砲声が再び駐車場中に反響する。

 

屈んだ一登の頭上を飛び越えた弾丸が、壁に当たって小さな爆発を起こした。

 

銃本体だけでなく弾薬にもシタデルはカスタマイズを加えている。装薬量を増やし、弾頭内に特殊な弾芯を仕込んだ強装徹甲弾を使用。

 

並の大口径ライフルすら上回る威力を得た大型リボルバーはその代償に反動も更に強烈になったが、シタデルは可能な限り強化した筋力によって――ギリギリのラインではあるが――片手で扱いこなしてみせている。ゲームの世界だからこそ可能な装備と戦術。

 

シタデルは更にM500を連射。一登が隠れるSUVのドアに命中した弾丸はあっさりと奥のドアもろとも貫通し壁にめり込む。ほんの数発撃ち込まれただけで、着弾の衝撃に耐え切れなくなったドアが車体から落下する。

 

シールドに身を隠した状態でM500を撃ちながらシタデルは少しずつ接近してくる。

 

並の遮蔽物など役に立たないシタデルの銃撃を、一登はエンジンブロック部に身を置く事で堪え凌ぐ。銃撃に晒されながらも冷静にM500の発砲回数をカウント。M500の回転式弾倉に装填できる弾丸の数は5発。

 

5発目がエンジンに突き刺さり、SUVの車体そのものを震わせすらした。壁越しに蹴り飛ばされたような衝撃を感じながら反撃に転じる一登。再びSG552で銃撃を浴びせ続けてシタデルの反撃を封じ、接近戦で仕留めようという魂胆。

 

SUVの一部がひしゃげたボンネット上を飛び越えながら、銃撃。シールドの表面で火花が幾つも散る。リボルバーに再装填させる余裕は与えない。SG552を小刻みに撃ちまくりながら一気に距離を詰める。

 

このまま近づかれたら危険だと相手は判断したのだろう。一登に撃たれながらもシタデルは武器の持ち替えを試みる。

 

その際右半身が僅かに露出したので、そのチャンスを逃すまいと一登は頭部を狙った。

 

一登の狙いは正確だったが、残念ながら運と備えがシタデルに味方した。シールドに隠れて気づかなかったが、シタデルは鋼鉄製の防弾マスクに防弾ヘルメットも着用していたのだ。角度も災いし、丸みを帯びたヘルメットの表面に一登の放った弾丸は弾かれてしまう。

 

おまけにそのタイミングで、アサルトライフルが弾切れまで起こしてしまった。

 

 

「「……っ!!」」

 

 

一登とシタデルの視線が一瞬絡み合う。両者の瞳はどちらも戦意の炎でギラギラと輝いている。

 

一登の手が右太股のホルスターの拳銃へ。速かったのは、先んじて持ち替えようとしていたシタデルの方だ。スリングで背中に回していたもう1丁の銃を、リボルバー同様右手だけで一登を狙う。

 

新たにシタデルが構えた銃は一見AKアサルトライフルの短銃身モデルにそっくりだったが、オリジナルのそれよりもマガジンと銃身が一回り分厚い。何より取り付けられたドラムマガジンの側面、肉抜きされた部分から覗く弾薬は鈍色のライフル弾ではなく、赤く塗装されたプラスチックシェル。

 

 

「(ショットガン……!!)」

 

 

AK47をベースに散弾銃として設計されたサイガ12K・コンバットショットガンの銃口が一登へと据えられた。

 

散弾をセミオートでばら撒く銃口から出現した死の円の中に一登の上半身がすっぽりと包まれる。

 

 

「やべっ!」

 

 

咄嗟に一登はシタデルから見て左側へと飛んだ。左に飛んだのは、シタデルが左手で構えているシールドが邪魔になって狙えなくなると判断したからだ。

 

一登のパラメータは敏捷力と筋力重視。全力で地面を蹴るとぐんぐん動きが加速していく。一登の予想通り、至近距離での発砲にもかかわらずシタデルの散弾は的を外した。

 

逃げる一登を追ってセミオートショットガンが連続で鉛玉の雨を吐き出す。コンクリートの壁が砕け、車体を穴だらけにし、中身を吐き出したプラスチックの空薬莢がシタデルの足元で幾つも跳ねる。

 

ホルスターから抜いたブローニング・ハイパワーで牽制射撃を加えながら、一登は駐車区画へと逃げ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全速力で放置された何台もの車の間をすり抜けながら一登は考える。

 

 

「(中距離まではスコープ付きのマグナム。距離が詰まればセミオートの散弾。正面からだと防御をまず貫けない……厄介だなぁ)」

 

 

おまけにシタデルの防御はシールドやヘルメットのみならず、胴体には分厚いボディアーマー、両手両足にもプロテクターを装着。徹甲弾や手榴弾すら火力不足となると、一登の取れる手立ては極々限られてくる。

 

 

「(離れて撃ち合ってもこっちの攻撃は向こうの守りを貫けないんだし、不意を突いて接近戦で仕留めよう)」

 

 

シタデル対策を立てながらSG552に新しいマガジンを嵌め込む。撃ち尽くした空マガジンはその場に捨てず、タクティカルベストのマガジンポーチの隙間に収めておく。

 

後方に剣呑な気配を感知した一登は、急激に方向を転じて四角い枠線内に止められたワゴン車の陰へ滑り込む。片目だけ車の陰から出し、元来た方向の様子を窺ってみると、案の定追跡してくるシタデルの姿が見えた。

 

シタデルの足取りそのものはやや速足ではあるものの、しかし『走っている』という表現からは程遠いレベルの移動速度に過ぎない。パラメータの限界まで武器と防具を装備している分、それ以上素早く移動できないのであろう。少なくとも機動力に関しては一登の方が上だ。問題はそれをどう生かすか、だが――――

 

一登とシタデルの間に広がる距離は50m前後といったところか。

 

2人の頭上ではさっきから照明が不安定に点滅していて、広大な密閉空間である地下駐車場にホラー映画染みたおどろおどろしい雰囲気を漂わせるのに一役買っている。

 

基本的に駐車場内の光源は、天井に埋め込まれた蛍光灯かスロープや非常階段周辺にある避難用の誘導灯のみだ。

 

 

「(――――よし)」

 

 

方針を固めた一登は新たな行動に移った。姿そのものはシタデルの視界に晒さない様にしながら、天井の照明へと手当たり次第に銃撃を加えていく。

 

発砲炎から一登の位置を把握したシタデルが撃ち込んで来たので、他の車両の元へ移動しつつ光源の破壊を続けた。SG552のマガジン1本分を撃ち切る頃には目に付く限り全ての照明を破壊し終える事が出来た。

 

駐車場の一角が暗黒に包まれた。文字通りの、一寸先は闇。

 

 

「…………ァッ!!!」

 

「(よし動揺してくれた)」

 

 

一登には闇の中で相手が酷く動揺する気配を如実に感じ取れた。

 

小さな要塞と呼べるぐらい防御を固めていても、精神的な防御はまた別物なのだ。その点、両親の離婚を発端とした弟の死や母の精神崩壊、幾つもの銃撃戦といった様々な修羅場を体験してきた一登の精神は闇の中でも平静を保っている。

 

不意に、一登が生み出した暗黒空間を一条の光が切り裂いた。シタデルのリボルバーに取り付けたタクティカルライトの光線だ。ライトを点けっ放しの状態で再びシタデルは索敵し始める。

 

 

「(かかった――――!)」

 

 

心の中で一登はガッツポーズ。いくらシールドと防具があるとはいえ、こんな暗闇の中でライトを使えば狙って下さいと自分からアピールしているも同然だ。

 

戦闘用ライトの専門的なトレーニングを受けた事がある軍人や警察官は極限られた数だという。ライトを使った戦闘方法は、撃つ時だけライトのスイッチを入れて相手を倒したら今度はすぐにオフにする。そして一瞬でもライトを点けたら移動する。これがライトを正しく活用する為の戦い方だ。

 

シタデルの移動速度は今や非常に鈍い。鉄仮面越しにぜぇぜぇはぁはぁと呼吸が荒さを増し、右手1本で構えるM500の銃口と平行に並ぶフラッシュライトの光が不安定に揺れ始める。

 

闇が生み出す本能的な恐怖と、どこから襲ってくるのか分からない一登に対する警戒心が、シタデルの全身を見えない鎖となって縛り付けているのだ。

 

しきりに身体と銃口の向きを変えて一登を探しているが、明らかにパニック2歩手前の状態にあった。きっと彼の視界には、着弾予測円が激しくそして大きく収縮を繰り返すさまが表示されているに違いない。

 

――――そんなシタデルの動揺を利用しない手は無い。

 

一登は静かにSG552を床に置いた。装備を解除したければ右手でメニュー画面を開けばいいだけの話なのだが、いちいちメニューを表示させるよりもこうした方が何となく一登の性に合った。

 

アサルトライフルを手放して身軽になった一登は、シタデルのライトを避けながら手探りで触れた駐車場の壁や車体を頼りに闇の中を移動し、慎重な足取りでシタデルの後方へと回り込む。

 

敵は一登の移動に完全に気づいていない。シタデルの防具は手足から背面までキッチリ防護してはいるが、完全ではなかった。唯一首元だけはヘルメットとボディアーマーの隙間から露出していて護られていない。一登の攻撃が通じそうなのはそこだけだ。

 

 

「(よし……そのまま……)」

 

 

マガジンポーチからアサルトライフルの空マガジンを取り出す。続けてカランビットも装備。右手にカランビット、左手に空マガジン。

 

シタデルが一登に背を向けたタイミングで、アンダースロー気味に空マガジンを投擲する。一登の手を離れてすぐに見えなくなった弾切れのマガジンは、停まっていた車のボンネットにぶつかって大きな音を立てた。金属と金属がぶつかる音が暗闇の中で鈍く反響した。

 

 

「!!!」

 

 

音に反応したシタデルが、一登がマガジンを投げつけた方角へとM500をぶっ放した。あまりにも壮絶なマズルフラッシュ。人の顔ほどの火球が銃口から噴き出し、分厚い盾を構え頭部まで装甲で覆ったシタデルの全貌が一瞬だけ浮かび上がる。

 

シタデルは発砲を止めなかった。今の彼は冷静さを欠いている。今度こそパニックになって、誰も居ない空間に向かって無駄弾を撃ち続ける。

 

無防備な彼の背後へ音も無く忍び寄る一登。

 

M500が弾切れを起こすと同時に一登の踵がシタデルの膝裏へと放たれた。強烈な関節蹴りにガクリとシタデルの体躯が不安定に傾ぐ。そこへすかさず一登の両手がシタデルの頭部へと伸びた。

 

まず、左手をシタデルのヘルメットに引っ掛けて強制的に顔を上向かせる。逆に海老反って曝け出される形になった喉元へ、逆手に握られた右のカランビットの刃が根元まで埋まる。

 

 

「――――ぁ゛っ゛……!?」

 

 

首筋に刃を突き立てられてようやくシタデルは一登の接近に気付いたがもう遅過ぎる。

 

そして一登の奇襲はまだ終わっていない。突き立てた格闘戦用ナイフを握ったまま身体の向きを前後反転させるのと同時に、右足を伸ばしてシタデルの両足を刈る。

 

 

 

 

――――過激で変則的な大外刈り。

 

 

 

 

「よっこい、せっ!」

 

 

真下の地面目がけて引き倒すイメージで、投げる。

 

重い激突音と共に、重装備のシタデルが背中から叩き付けられた。その衝撃で、喉のカランビットが刀身どころか柄の一部に達する程更に深くへと突き刺さる。もちろんその際に抉って傷口を広げる事も忘れない。

 

 

「(念には念を入れないと)」

 

 

これが生身の敵相手なら、喉笛にカランビットが突き刺さった時点で既に致命傷だ。

 

しかし、今居る戦場はHPが設定された仮想世界。HPをゼロにしてアバターの消滅を確認しない限り完全に敵を倒したとは呼べない空間だ。何よりきっちり敵の息の根を止めてこそ殺し屋が殺し屋たる所以である。止めの一撃は忘れてはいけない。

 

仰向けに転がったシタデルの胸元に片膝を乗せて押さえつけながらカランビットを引き抜く。その際、傷口から赤い光の粒子が飛び散った。現実の出血と違って、光の飛沫の量は極めて少ない。

 

合わせてグリップ部分の後部の穴に人差し指を入れ、カランビットの構えをオーソドックスな逆手持ちから、長い爪を剥き出しにした鷲か虎の様に、拳の先にカランビット全体を突き出す格好の持ち方へ。

 

投げられた拍子にシタデルの手から落ちたM500のライトが、一登に押さえ込まれた持ち主の顔を照らしている。

 

防弾マスクには視界確保用として目の部分にのみ1対の穴が空けられている。穴の直径はカランビットが十分差し込めるだけの大きさだ。

 

鉄仮面の向こうで、驚愕で見開かれたシタデルの目が愕然と一登を見つめていた。生半可な銃弾を通さないぐらい強固な装甲で守られた自分が、ちっぽけなナイフ1本に殺される現実を認められないようだ。

 

 

「生憎、実戦では撃ちまくるだけが殺しの手段じゃないんですよ」

 

 

言い聞かせるように告げながら、一登はカランビットの刃を防弾マスクの穴の中へ滑り込ませる。

 

 

 

 

 

 

 

――――アバターの爆散と共に、漆黒の虚空に一登の勝利を伝える文字が浮かび上がった。

 

 

 

 

 




主人公らしく一登にもラッキースケベに遭遇してもらいました。
ほら塵八だってラキスケの遭遇経験ありますしw(原作4巻)

2回戦や3回戦は巻いていく代わりにキリトやシノンとの交流を増やしていく予定です。


抱きつかれて顔真っ赤になりながらツンデレるシノンが可愛すぎな件<アニメ
これが(女子)攻略組の実力……w

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