ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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4:虎口(下)

 

 

 

 

 

――――たった数秒で全ての盤面が引っくり返った。

 

 

 

 

 

 

シノンが逃げ込んだオフィススペースを包囲する襲撃者達。

 

彼らの背後から大型機械の陰に隠れて難を凌いでいた一登の出現は、本命の標的である超レア武器を所持した少女を仕留める事に全神経を集中していた彼らの不意を完全に突く形になった。

 

いち早く奇襲を察知した一登ではあったが、対戦車ロケット弾による攻撃を無傷で回避出来たわけではない。

 

課金の賜物で店売りで入手できる中でも最高の防護装備を揃える事ができたとはいえ、今日が初プレイの一登自身のパラメータは全くの無強化。ロケット弾が着弾した時点で爆発と破片のダメージによりHPは危険域に突入。特に左手は破片の直撃を受けた為に消失してしまっている。

 

一撃目を半死半生になりつつも凌いだ一登は大型機械の陰に隠れ、たどたどしい操作でどうにか治療キットを使用。現在のHPは既に危険域を脱してはいるが左手首から先は未だ無くなったままだ。腕の断面からは、大量の出血の代わりに微かな赤色の発光エフェクトが漏れている。

 

生身とは違って一定時間が経過すればアバターの部位破損は自動で回復される。左手が元に戻るまで潜んでいたかったが――――ハイブリッドは仲間を見捨てない。窮地に陥ったシノンを見殺しにするのは、一登の信義に反する。

 

気配と足音を可能な限り消して隠れ場所から抜け出た一登は、まずシノンが潜むオフィススペースへ手榴弾を投げ込もうとしている男達を狙った。

 

左手を銃身を覆う保持用のバレルジャケットへ添える代わりに、無事な手首から上を緩く湾曲したマガジンに引っ掛けるように構え安定性を確保。出現した着弾予測円内に襲撃者達の背中を捉えるなり、がら空きの背中へ5.56mmライフル弾が襲い掛かった。

 

着弾の証である赤いエフェクトが無防備な男の背中に次々と生じた。一登が最初に狙ったプレイヤーは無用心にも防弾プレートといった装甲を背中にまで施していなかったので、ダメージはほぼ軽減されぬまま男のHPを奪い去った。

 

武器と弾薬を残して爆散・消滅するアバター。VRゲーム独特のアバターの派手な散りっぷりに、一登は自爆テロを連想してしまう。もちろん実際の自爆テロと違って甚大な被害を与えない分よっぽどマシだが。

 

 

「な……!?」

 

 

すぐさま2人目を照準。唐突に仲間が四散した事に動揺した隣の男(MP9サブマシンガンを所持)を狙う。

 

驚愕を顔面全体に貼り付けながら振り返ろうとした敵は、間抜けにも銃に手を伸ばさず手榴弾を握ったままだった。反撃の銃弾を放てぬまま、最初に散った仲間の後を追う2人目。持ち主を失ったMP9がガシャリと床に転がる。

 

 

「テメェ!!」

 

 

残りの襲撃者が一登の奇襲の対応に移った。特に反応が早かったのは、シノンが隠れている場所へ手榴弾を投げ込むよう指示を出していたプレイヤーだ。

 

シノンが特攻を仕掛けてきた場合に備えての警戒に当たっていた襲撃者のリーダーは、バネ人形のように勢い良く振り向きざま肩から吊るしていた銃をフルオートで掃射。彼が使っていたのは一登にも馴染み深いSIG・SG552アサルトライフルだ。

 

一登の目にはSG552の銃口から伸びる弾道予測線がハッキリと映っている。

 

振り回すように乱射されるアサルトライフルが生み出した弾道予測円は一登の上半身をすっぽり覆う太さ。内側へランダムに着弾する予測円から、一登は身を低くし極端に傾ける事で逃れた。

 

銃弾の飛翔音と衝撃波が耳元を通り過ぎても一登はまったく動じない。これぐらいは現実でも日常茶飯事。

 

 

 

 

――――当たっても痛くなければ実際に死ぬ事もない銃弾を恐れる理由がどこにある?

 

 

 

 

リーダー以外の残った敵も反撃しようとしている。

 

彼らの次の動きを見て取った一登は、マイクロガリルの銃撃を確実に敵を仕留める為の短連射から、マガジン内の残弾を一気に撃ち尽くす掃射へ変更。狙いは敵を浮足立たせて反撃させない為。狙い通り、リーダーを含む敵の半数が慌てて遮蔽物の陰に逃げ込む。

 

残る半数は、ばら撒かれた弾丸の網に引っ掛かった者達だった。低い位置からばら撒いたので主に下半身や腹部に命中している。着弾の衝撃で動きが止まってはいるが、装備とパラメータの差から撃破には至っていない。

 

これが現実なら全員内臓や大動脈を損傷して死んだも同然なのに、と一登は思わず舌打ち。ゲームと現実の差にちょっと理不尽さとやりにくさを抱いてしまう。

 

マイクロガリルの弾倉が空になると、躊躇い無く一登は右太腿のレッグホルスターに収納したブローニング・ハイパワーへ手を伸ばした。一登だけビデオを高速再生しているかのような早業。両足を動かし間合いを詰めつつ、弾切れのマイクロガリルをスリングで襷掛けに吊るしたまま片手撃ちの姿勢を取る。

 

ハイブリッドの構成員が受ける戦闘トレーニングは予算が潤沢な大国の特殊部隊の訓練に引けを取らない。構成員も軍隊上がりが多く、『ハイブリッドの戦力はどこかの国の特殊部隊並み』と称される程。

 

実際、ハイブリッド側も多大な被害を受けはしたが、現役防衛大臣の私兵だった自衛隊の非合法部隊を最終的に壊滅させた実績を有している。

 

自然、一登が習得してきた射撃技術も、軍・警察の特殊部隊で採用されている、極めて実戦的な手法そのものだ。

 

映画のヒーローみたいに仁王立ちになるのではなく、身体はやや開き気味に前傾姿勢。肘を僅かに曲げた状態で拳銃を視線と同じ高さまで持ち上げる。視線と前後の照星が一直線上に並ぶように構えるのが正確に狙うコツだ。

 

まず1番近くに立つ敵を狙い、慌てず騒がず優しく……しかし迅速に引き金を連続して絞る。

 

手の中で拳銃が跳ねた。手首・肘・肩関節を上手く使って反動を逃がし、立て続けに照準修正と発砲を繰り返す。

 

距離は近いが、予測円内にランダムに着弾する特性から生じる不確実性を嫌った一登は、まず敵の胸元を狙って撃った。シャープな反動を受け流しつつ、銃口の跳ね上がりを計算して微妙に照準を上へ映しながら発砲していく。

 

まず胸元、次に喉元、更に顔面に2発命中。当然残りのHPは消滅する。これで3人目。一登の視界内に残る敵は2人だが、一旦隠れた敵リーダー達の横槍も要注意。

 

だから一登は仲間を頼る。

 

 

「シノン!」

 

「――――っ、ええ任せて!」

 

 

一登から唐突に名前だけ呼ばれたシノンは一瞬呆けてしまう。だが彼が何を求めて自分の名を呼んだのか、シノンは何故か察する事が出来た。

 

覚悟を決め、デスクの影から立ち上がった。左手のMP7を敵リーダーが逃げ込んだ廃車の山へ向け乱射。大雑把な狙い方を証明するかのように、着弾予測円も普段のシノンからは信じられないぐらい大きかったが、1発も敵に当たらなくたって別に構わない。

 

 

「(ナイス援護!)」

 

 

一登の望み通り時間稼ぎをしてくれたシノンへ、口に出さずエールを送った一登は更に敵との距離を縮めていく。レーザーサブマシンガンも持つ敵の斜め後ろにもう1人、ステアーAUGを構えた敵の姿が。どんどん距離を詰めてくる一登の存在に2人ともパニくり、照準修正が間に合っていない。不意を突くチャンスだと一登は判断。

 

地面を一際強く蹴った事で、一登の身体が斜め前方へと跳ねた。ルーキーからのまさかの反撃に動揺してしまいもたついてしまっている敵の懐へ、一気に飛び込む。

 

まずレーザーサブマシンガンから始末する。手を伸ばせば届くほどの距離にまで飛び込んできた一登に、慌てて接近戦向けに小型化された光学銃を突き付けようとする敵。AUGを所持した方の敵には一登の姿が仲間の身体に隠れてしまって狙えない。勿論偶然ではなく狙って懐に飛び込んだのだ。

 

触れ合える程近ければ、銃の優位は殆ど失われたも同然。熟練の兵士ともなれば、接近戦では銃を撃つよりも殴ったりナイフを使った方が素早く敵を無力化できる。

 

そして一登は熟練の兵士ではないが凄腕のヤングガン――――特に銃撃戦よりも徒手での格闘戦を得手としている。中学時代から古流空手、ハイブリッドに入ってからは軍隊格闘技もきっちり仕込まれた。格闘センスは俺以上、と師匠からもお墨付きを頂いている程の才能。

 

故にこの距離は、一登の得意とする間合いだ。

 

ここからが一登の本領発揮。まず強く踏み込みながら軍隊式の関節蹴りを繰り出す。何百何千と練習してきた蹴り技が光学銃持ちの膝を直撃。通常の可動域からはありえない方向へ足がへし曲がる。

 

仮想空間内ではペインアブソーバーの存在によって痛覚が遮断されているので、関節破壊が生み出す激痛で悶絶は免れたが、アバターを支える大事な2本の足の片割れが半ばから折れたせいで敵の身体が大きく傾ぐ。

 

驚愕を通り越し呆気に取られた表情を貼り付けた所へハイパワーの銃口が頭部へ押し付けられる。落ちかけた頭部を下から支えるような状態で密着させたまま絞られる引き金。脳漿の破片ではなく赤色の粒子の飛沫が後頭部から飛び散った。

 

立ち塞がっていた味方の背中がレーザーサブマシンガンとマガジン代わりのエネルギーパックを残して消失した事で、再び一登を狙えるようになったAUG持ちが仲間の仇を取るべく身構える。

 

一登はまだ元に戻らない左腕を使い、ブルパップ式アサルトライフルの銃身を横薙ぎに叩いた。払いのけられた銃口から放たれた弾丸が一登の後方へ飛び去った。

 

手首から先が無くなったままなのもお構いなしに銃を払いのけるとは想定外だったらしい。ゴーグルの内側で両目がこれ以上無いぐらい大きく見開かれていた。

 

 

「(1人ぐらい捕虜にして尋問した方が良いな)」

 

 

ふとそんな考えが湧いた一登は瞬時に予定変更。AUG持ちもこのまま殴り殺すつもりだったが、一登とシノンを襲ってきた理由は把握しておくべきだと思った。不測の事態の時こそ情報収集は欠かせない。

 

一登が習熟している古流空手の技は武器術へも応用できる。

 

手刀を打ち込む要領で、AUG持ちの顔面を右手に握ったハイパワーのグリップで叩く。力はそれほど籠めていないが、手首と肘のスナップを鞭のように効かせた一撃。

 

視界を埋め尽くしたグリップ底部と鼻先を襲った衝撃に、銃撃戦には慣れていても殴り合いの喧嘩からは全く縁遠かったAUG持ちは目を閉じて酷く全身を強張らせてしまう。もちろんそれが一登の狙い。

 

棒立ちになったところへ、今度は空手仕込みの中段前蹴り。AUG使いの身体が『く』の字に折れ、「おげふっ」と間の抜けた吐息を派手に漏らしながら後方へ吹き飛ぶ。

 

蹴り飛ばされたAUG使いが上半分を失ったパーテーションを乗り越えていってしまったので、一登も後を追ってオフィススペースの中へと続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事務用の空間内に侵入すると、デスクを弾除け代わりにしているシノンと目が合った。全弾撃ち切ったMP7を置いてヘカートⅡを敵リーダーが逃げた方へ向けている。蹴り飛ばされてきた敵のAUG使いと、蹴り飛ばした張本人の登場に、ちょっぴり面食らっている様子。

 

 

「無事ですか?」

 

「ええ、どうにか。かなり危ない所だったけど……ありがとう、助かったわ」

 

 

シノン、本名朝田詩乃が一登に危ない所を助けられるのは、現実での事も含めるとこれで2回目になる。

 

 

「少しの間で構わないので警戒をお願いします」

 

「分かったわ」

 

 

床に倒れたAUG使いに近づきながら、一登はスリングに吊るしたマイクロガリルと予備マガジンをシノンへ差し出す。

 

弾数が少ないヘカートⅡだけでは心許ないので、青髪の女スナイパーはありがたく受け取ると空マガジンを足元に落とし、中身が満タンの予備マガジンを新たに嵌め込んだ――――でも一体何を始めるつもり?

 

シノンには一登が何故襲撃者の1人を撃ち殺さずに残している理由が分からない。

 

仰向けのまま腹を未だ押さえているAUG使いの上に一登が馬乗りになった。両膝を使ってAUG使いの肘を抑え込む。AUG使いはグレネードも提げていたがこれで自爆も出来なくなった。

 

完全に動きを封じた所で尋問を開始。やり方は至ってシンプル、動けない相手に銃弾装填済みの拳銃の銃口を覗き込ませながら質問するだけだ。そこまで時間は取れないしここはあくまでゲームの世界。堅気の女の子もすぐ隣に居るので、これ以上過激な拷問は出来そうにない。

 

 

「何で俺と彼女を襲った。正直に吐け」

 

「い、言ったって――――」

 

 

無駄口を叩こうとしたので一登は躊躇わず撃った。但しいきなり頭にブチ込んだら生け捕りにした意味が無いので、男の耳元でだ。現実の肉体に実害は及ばなくても、銃が発する大音量の破裂音が耳元で鳴り響けば大抵の人間は委縮し、肝を潰す。

 

 

「いいか、口を開いていいのはこっちの質問に答える時だけだ――――どうして、俺と彼女を襲った」

 

「俺達が狙ってたのはあの女が使ってる超レア武器だよ!

 ヤツの使ってるヘカートⅡみたいなアンチ・マテリアル・ライフルにはどれもとんでもない高値が付けられてる。BoBの開催もまた近づいてきてるから、オークションに流されてるレア武器の価値も高騰し続けてる。だから襲ったんだ!

 珍しくシノンが今日は足手まといの新兵(ルーキー)と一緒だって聞いたから、数で囲んで叩けば倒せると思ったのに……なのにまさか、チクショウ……!」

 

 

南国の七面鳥(ライフルバード)と同じぐらいに楽に狩れると高を括っていた新兵が実は百戦錬磨の龍だった――――それを事前に察知できなかった事こそ、襲撃者達の唯一にして最大の誤算だった。

 

 

「でも<GGO>じゃ死んだプレイヤーの装備は基本的にランダムドロップするものなんだから、仮にシノンを仕留めたとしても都合良くレア武器が入手出来るとは限らないんじゃ……」

 

「ソイツの胸元、よく見てみなさい」

 

 

シノンの声に従い、ハイパワーを向け続けつつようやく再生した左手で組み敷いている男の胸元を探ると、カジノで使われてそうな派手な色合いのダイスを模したアクセサリーが出現した。一見変哲の無い装飾品かと思ったが、実際にはRPGゲームでお馴染みの特殊な効力を持つマジックアイテム的代物っぽい。

 

 

「リスキーアイテム、死亡時のペナルティであるランダムドロップの発生率と規模を増大させる効果を装備者と装備者に倒された敵、双方に与える特殊アイテムよ。この分だと襲ってきた連中全員が装備してるのかも。どーりで妙にドロップして死んでいく敵が多かったのね」

 

 

だからといって同情はしない。先に襲ってきたのは彼らの方なのだから弁解不能の自業自得である。

 

 

「……思い出した。襲ってきた連中の顔、どれも前回のBoBの予選会場で見かけたプレイヤーばっかりだったわ。出たは良いけど予選を勝ち上がれなくてあっさり退場した連中よ。大方ヘカートⅡを売って山分けした金で次のBoB用の装備を整えるつもりだったんじゃない?」

 

 

ぐっ、と分かり易く男が鼻白んでみせた辺り、シノンの推測は正鵠を得ているのは明らかだ。

 

 

「お前達の規模は。援軍を呼び寄せたりは」

 

「じ、10人だ!援軍もいねぇよ、俺達で全員だ!」

 

 

これも本当だろう。まだ伏兵が残っているのであれば、一登が割り込んだ時点で仲間の援護に加わっていなければおかしい。

 

 

「なぁ、知りたい事は教えただろ。お、俺を解放してくれよ。もうアンタ達は狙わねぇ、素直にログアウトもするからさ、な!?」

 

 

命乞いを始める男。図々しくも情けなく、卑しいに程がある大の男の姿を見せられて、シノンが小さく吐き捨てるのが一登にも届いた。

 

 

「……最低ね。ゲームの中でくらい、銃口に向かって死になさいよ」

 

「な、なぁ頼むよ、正直に喋ったんだから俺を解放してくれ」

 

「悪いけど」

 

 

拳銃の引き金に触れさせている人差し指に籠める力を強めていく。

 

 

「知り合いでもない限り、敵にかけてやる情けはありません」

 

「よ、よせっ」

 

 

命乞いを無視して一登はハイパワーを撃った。恐怖で顔を引き攣らせた男の頭部に弾丸を撃ち込むと、1度だけビクン!と震えてから呆気無く消滅した。押さえ込んでいた腕の感触が足の下から消え去り、今度は冷たい床の感触が伝わってくる。

 

尋問を終えるなり問答無用でせっかく生け捕りにしていた敵を射殺してみせた一登の姿に、シノンは若干の驚愕とショックを覚えた。実はゲームとサバゲーが趣味である学校の人気者の秘めた別の顔を、少女は垣間見た気がした。

 

 

「今の奴が吐いた事が全部本当なら、残っている敵はさっき逃げたあの3人だけなんだけど、どうします?」

 

 

一登だけなら見せしめの意味でも皆殺しにするつもりだが、今回はシノンが一緒なので彼女の意見も仰いでおく。

 

 

「……基本スコードロン同士の戦闘はどちらが一方が白旗を上げてログアウトするか、相手を1人残らず全滅させるまで続けるのが暗黙の了解になってるわ」

 

 

そこまで説明してからシノンは間を置き、碧眼をギラギラと獰猛に輝かせて戦意に溢れた口調で結論を告げた。

 

 

「逃がしはしないわ。たった2人に10人で襲っておきながら尻尾を巻いて逃げ出すような真似、絶対に許してやるもんですか。最後までとことん付き合わせてやるわよ」

 

「……シノンって結構根に持つタイプだったりしません?」

 

「……わざわざ指摘されると腹立たしいけど、否定はしないわ。一兎は残った連中をどうするつもりなの?」

 

「もちろん逃がしませんよ。売られたケンカのツケは必ず払わせるのが流儀なんです」

 

 

言い放った時、一登の靴に何かが当たる感覚。

 

足元に目を向けてみると、小型のナイフが地面に転がっていた。今撃ち殺したAUG使いが所持していたアイテムだろう。丁度一登の死角になり、気づくのが遅れたのだ。

 

 

「カランビットじゃないですか。銃ばっかりかと思ってましたけどこんなのまで使えるんですね、このゲーム」

 

「ええまあ、この手のゲームでは定番の武器ではあるけど、<GGO>の場合は基本的に銃撃戦だけで戦闘が終わるからその手の武器はかなり陰が薄いのよね。基本護身用だし。

 <GGO>のサーバーが国単位で封鎖される前のBoBで優勝したプレイヤーは拳銃とナイフだけで無双したらしいけど、今じゃ最初に案内したショップでも光剣ぐらいしか置いてないし、路地裏の片隅にあるナイフショップぐらいでしか手に入らない位廃れてるわ……ところでカランビットって何?銃にはそれなりに詳しいけど、ナイフに関しては全然なの」

 

「ナイフの一種ですよ。ほら握りの部分に穴が開いてるでしょ。ここに指を引っ掛けて使うんです」

 

 

カランビットはハイブリッドの幹部で凄腕の殺し屋、毒島将成が愛用しているので、彼と組んで仕事をする機会が結構多い一登にとっても馴染み深い武器だ。

 

刃渡りを含めた全長は掌(てのひら)大。刃を開くと死神の鎌のように湾曲している刀身が姿を現す。かつての所持者の質を示すかのように安っぽい作りではあったが切れ味だけは良さそうだ。

 

毒島のナイフ捌きを真似て素振りをしてみる。使ってみた感覚は可も無く不可も無く、といった所。年季も修羅場も才能も格上な毒島みたいに手品の如く一瞬敵の急所を掻き切るとまではいかないが、最低限の役目はこなしてくれるだろう。

 

カランビットの試運転をしている内に一登の脳裏に作戦が閃いた。単純ではあるが敵との力量差は明らかだし、十分不意を突く事が可能だ。

 

 

 

 

「――――確認したいんですけど、このゲームでは接近戦、それもナイフを使ったりするような格闘戦はかなり珍しいんですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

積み上げられた廃車や作業機械で上手く姿を隠し、階段ではなく壁を走るパイプや柱の突起物に手足をかけてよじ登った一登は、キャットウォークに到達すると可能な限り足音を立てないように気をつけつつ、残る3名の敵が逃げた方向へと移動を始める。

 

地上では一登のマイクロガリルを借りたシノンが威嚇射撃を開始している。その為今の一登の武装は、新たなマガジンを装填したブローニング・ハイパワーと、先程拾ったばかりのカランビットだけだ。

 

静かにキャットウォークを進んでいくと、、シノンの銃声に混じって男達の声が階下から微かに聞こえてきたので、気付かれないよう更に慎重に足を進めていくと、横倒しになった大型バスの裏で口論を繰り広げている3人の男の姿が視界に入ってきた。

 

時折シノンの放つ銃弾が大型バスに命中して火花と金属音を生み出しているが、男達はバスの影で固まったまま動こうとしない。

 

一登の狙い通りの展開だ。距離の関係で詳細な姿を確認出来ない為、逃げ出した敵は今マイクロガリルを発砲しているのがシノンだと気づいていない。

 

一登の銃撃に釣られて反撃しようと身を覗かせた途端、何処かの狙撃場所に潜むシノンのヘカートⅡに狙い撃たれるに違いない――――と勝手に思い込み、安全なバスの陰から出れなくなってしまっているのだ。

 

またシノン曰く、ナイフや光剣を用いた超接近戦をわざわざ試みようとするプレイヤーも滅多に居ないという。

 

だからこそ一登は敢えて拳銃とナイフだけ装備して超接近戦に持ち込む事にした。格闘戦は、一登の土俵だ。3人程度、余裕で殺れる。

 

 

「もういっその事ログアウトしよう!その方がまだ……」

 

「バカヤロウ、たった2人に徒党組んで襲ったってのにむざむざ逃げ帰ったらそれこそいい笑いものじゃねぇか!ここまで来た以上必ず奴らをぶっ殺してやらねぇ限り俺達はずっと――――」

 

 

敵リーダーと仲間は口論に夢中で頭上のキャットウォークに立つ一登の存在にまだ気づいていない。不意を突く絶好のチャンスだ。

 

左手のカランビットを逆手でしっかりと握ると、一登はパイプを溶接しただけの手すりを踏み台代わりにキャットウォークから飛び降りた。獲物めがけ急降下する鷲のように、頭上から強襲。

 

まず、リーダーと口で争っていたプレイヤーの頭頂部へカランビットを突き立てる。頭蓋骨の繋ぎ目に杭を突き立てて割るイメージ。一登の全体重と落下速度が加わり、ナイフの刀身が呆気なく根元まで埋まる。

 

ナイフを突き立てた際の感触は、肉というよりは固い粘土の塊へ細工用のへらを押し当てた時のそれに近かった。流石に肉体を切り裂く感触まで忠実にゲームで再現するわけにはいかなかったんだろうと、一登は思う。

 

着地した一登はカランビットを引き抜きながら、仕留め終えた1人目のアバターが消滅する前に棒立ちになった敵の身体を強く押した。突如ナイフを脳天から生やした仲間に呆気に取られた敵リーダーに、突き飛ばされた消滅間近の死体がぶつかる。敵リーダーが尻餅を突くのと同時に、たった今まで口論していた相手が無数のポリゴン片へ変わり果てた。

 

一登の動きは止まらない。敵リーダーのすぐ隣を回りこんで、リーダーの後ろに立っていたもう1人に襲い掛かる。

 

その敵は世界的に有名なアサルトライフル、AK47を所持していたが一登の突然の出現に思考が追いついていない。咄嗟に腰だめに銃を構えようとしたが遅過ぎる。

 

AKを持ったプレイヤーは胴体に防弾ベストを身につけ顔をガスマスクで覆っていたので、一登は襟とガスマスクの間から覗く首筋を狙った。曲がった刃を首筋の湾曲に合わせるようにして、振り抜く。

 

致命傷クラスの斬撃が生み出したVRゲーム独特の被ダメージ描写である強い痺れとエフェクトが刻まれた首元を反射的に手で押さえた所に、背後へ回り込んでから拳銃を後頭部へ押し付け、とどめの一撃。

 

これで生き残った敵は襲撃者達を率いていたSG552使いのみとなった。リーダー格だったプレイヤーは地面を転がったまま、仰向けの体勢で反撃を行おうとしている。

 

もちろん一登も彼の行動に気づいていたので、慌てる事無く拳銃の照準を動かす。

 

SG552よりも先にハイパワーが火を噴くと、右肘を撃ち抜かれたプレイヤーの手からSG552が落ちた。悪態を吐きながら諦めずに左手を腰のグレネードにも伸ばそうとしたのですぐさま左手も撃ち抜く。指が数本消滅し、さっきまでの一登のように男も左手が使えなくなった。

 

SG552使いだった男は信じられないものを見る目で一登を見上げた。

 

自分が土壇場に追い詰められている現状も忘れた様子で、思わずこぼれたといった風に一登へ問う。

 

 

「テメェ……何モンだ?」

 

「何モン――――って聞かれても正直に答えられませんけど……」

 

 

言いながら相手のアバターが消滅するまで9mmパラベラム弾を頭部へ浴びせる。

 

SG552使いだった男が愛銃をドロップして消え去るのを見届けてから、一登は文字通り消え去った相手へ向けて正直に白状してやった。

 

 

 

 

 

「高校生の殺し屋ですよ。このゲームは初めてですけど、殺し合いは得意なもんで」

 

 

 

 

 

 




YGC読者には常識的なカランビットですがよく知らない読者向けに一応ペタリ

ttp://www.rivertop.ne.jp/rivertopsabu/nif/kukurisris.html

作中でも書いた通り、鎌に似た形状のブレードが特徴的なナイフです。
やはり深見作品にナイフは不可欠だと思ったので急遽追加しました。



次回はアニメでも色々と大人気なキリコさんが遂に登場予定です~。

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