ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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3:虎口(上)

 

 

 

 

 

――――真に虎穴へ飛び込んだのはどちらなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

<ガンゲイル・オンライン>とは、極端に言ってしまえばわざと追加されたゲーム的要素を除けば、限りなくリアルさを追求したサバイバルゲームである……という認識は、大きな間違いだ。

 

――――銃声と反動。この2つの要素こそが、生身で行うサバイバルゲームと仮想空間を舞台とした<GGO>の間に隔絶した差を生み出している最大の要素である。

 

サバイバルゲームで使われる銃は空気の圧力でプラスティックのBB弾を撃ち出す遊技銃……外見を限りなく本物に近づけようとも、模造品のおもちゃという扱いからは決して脱しようがない。何より引き金を絞れば一目瞭然、その結果生じるのは圧縮空気が生み出す腑抜けた噴出音と偽りの反動に過ぎない。

 

その点、<GGO>は違う。運営元が銃の本場・アメリカの企業なだけあって、少なくとも作品内に登場する実弾銃――現実に存在する銃器をそのまま登場させている――に関し、非常なこだわりと労力が<GGO>へ注がれている。

 

モデリング用の実銃をパーツ単位で取り込み、質感や機関部の作動システムを忠実に再現。もちろん発砲音も実際の発砲音を収録して採用。その再現度は射撃ツアーの参加経験がある一部のコアなプレイヤーが『何から何まで実銃そっくり』と評する程の入れ込みようだ。

 

銃器だけではない。ショップで売買されていたりMobモンスターがドロップする装備品の多くも、現実の各国軍並びに特殊部隊で採用されている品物が一部を除き実名で登場している。各企業にとって今が旬のVRゲームは宣伝媒体としてまさにうってつけ、という訳だ。

 

実際<GGO>内で入手した装備品を気に入ったプレイヤーが現実でも全く同じ装備を購入する、という事例が増加しているという。<GGO>内で流れるホロ広告の中には、実在の銃器・装備品メーカーのCMも混じっている。

 

 

 

 

 

 

……少し話が逸れた。

 

日本より銃規制が緩い海外ならばともかく、銃規制が世界でもトップクラスに厳しい日本で本物の銃器を扱った経験がある人間は警官か自衛官か猟師か――――或いはシノンこと朝田志乃の様に、銃器絡みの犯罪に巻き込まれた過去を持つ人物位に限られている。

 

だからこそ<GGO>を初プレイするばかりのプレイヤーは、まず自分が握った銃の意外な重さに驚く。次にその凶器を(プログラムで構築された仮想の存在と理解しているにも関わらず)動物や人間を模したMobモンスターに対し向ける事に躊躇いと恐怖感を覚え――――最後に覚悟を決めて引き金を引いた瞬間、鼓膜を強打する火薬の破裂音と両腕から全身へ伝播していく痛烈な反動に肝を潰す。

 

そこまでの一連の流れが、プレイヤーの誰もがすべからく平等に体験する通過儀礼なのだ。もちろんこれはシノンも通った道である。

 

彼女の場合、銃を撃つ際に衆目も気にせず悲鳴を撒き散らした挙句、撃ったら撃ったでその場にへたり込んでしまった。もちろん放った銃弾は的から大外れというおまけつき。2度と思い出したくない、だけど強く脳裏に刻まれてしまっている、ルーキー時代の恥ずかしい失敗の1つ。

 

 

 

 

――――だからこそシノンは、目の前で繰り広げられる展開に驚愕していた。

 

 

 

 

銃器を扱うだけの知能を与えられて人為的に開発された2足歩行型の生物兵器……という設定のMobモンスターが遮蔽物から飛び出してくるなり、短い連射音と共に的確に胸部を射抜かれる。

 

全長1kmを超える、廃棄された全自動式自動車製造工場。大型の組み立て機械や作りかけで放置された車体が点在し、左右の壁際にはキャットウォークが設けてある。

 

朽ち果てた自動車工場に出現するMobモンスターは武器を所持してはいるものの、弾道予測線が出現してから発砲するまでのタイムラグが長い分回避は容易。行動ルーチンも遮蔽物から出たり引っ込んだりを繰り返すだけの単調な命令しか与えられていない。このフィールドは初心者が<GGO>流の戦い方を習得する為の、所謂チュートリアルステージなのであった。

 

シノンの現在位置はキャットウォーク上。地上にてチュートリアルを攻略中の一登を階上から見守っている。

 

いざという時は愛用のヘカートⅡでカバーするつもりだったが、この分だとシノンの出番は必要なさそうだ――――シノンの出番が無いまま終わってしまいそうな事自体、彼女には驚きだった。

 

銃撃戦に慣れていない初心者の多くは、見え見えの弾道予測線から逃れるのを忘れて棒立ちのまま撃たれたりする。或いは興奮の余りMobモンスターに対して銃を乱射する。そして弾切れになった所を別のMobに撃たれ、無様な姿を晒した代償に衝撃と不快感を味わうのがお約束だ。

 

だが初心者向けのMobモンスターを既に十数体狩り終えた現在に至るまで、『彼』は1度も被弾していない。

 

射撃は正確、照準は迅速。Mobを撃ち倒しては遮蔽物から遮蔽物へ素早く移動し、Mobの銃口から伸びた照準予測線の円の中へ彼の身体が捉えられても、決して動揺せずMobより先んじて銃弾を叩き込んでいく。

 

耳を劈く銃声にも、肩を強打する反動にも、彼は全く怯んだ様子を見せない。

 

撃たれたMobの状態をよくよく確かめてみると、短連射音の度に生じる赤い着弾痕の間隔が狭い。弾道予測円の内側にランダムに命中する仕様の<GGO>で、短く区切っているとはいえ、フルオート射撃でこれだけ纏まるのは非常に珍しい。また弾道予測円は射手の心拍によって極めて左右されやすく、鼓動が大きければ大きいほど弾道予測円は大きくなり、早く脈打てばその分予測円は激しい収縮を繰り返す。

 

着弾痕間の幅が狭いという事は、つまりそれだけ精密な照準と適切な反動吸収が行われていると同時に、今の一兎の内面は銃撃戦に身を置いていながら極めてクールな状態を維持している事の証左なのだ。

 

 

 

 

――――まるで銃を撃つという行為、ましてや銃撃戦そのものに慣れ切っているかのように。

 

 

 

 

「貴方は一体何者なの?」

 

 

スコープ越しに淀み無く移動と射撃を交互に繰り返す一登の姿を追いかけながら、シノンは独り呟く。

 

やがて短時間に一定規模のMobモンスターを殲滅してしまった事で、Mobの出現が一時的に停止した。元々チュートリアル代わりのステージなだけにMobの難易度・出現数が低く設定されていたのも原因の1つだが、最たる理由はやはり今日が<GGO>初プレイらしからぬ一登の異常な強さが理由であろう。

 

唐突に訪れた平穏な時間を利用してシノンは地上に移動し、一登と合流する。

 

 

「それだけの腕なら、私が付いてる必要無かったんじゃないかしら」

 

 

開口一番こんな事口走っても仕方ないじゃない、とシノンは心の中で自己弁護。

 

 

「いえ、そんな事ありませんってば!ここまでやれたのはシノンが援護してくれるって分かってたからですよ!」

 

「それでも凄過ぎよ。初めて<GGO>をプレイする人間は、まず銃声と反動に腰を抜かしてる間にMobに撃たれるのが当たり前なのに、一兎は被弾するどころか銃を完全に扱いこなしてたじゃない」

 

「たまたまですって、たまたま。ほら言ったじゃないですか、俺サバゲーにハマってて、師匠からも鍛えられてるって。その賜物ですよ!」

 

「ふーん……」

 

 

頭を掻きつつどうにか誤魔化す一登だが、今のシノンが送ってくる視線はどう贔屓目に見ても胡乱気だ。

 

――――マズイ、殺し屋として無様な姿を見せられないと思ってちょっと張り切り過ぎたかも。

 

 

「まぁ、別に良いけど。この手のVRゲームはプレイヤー自身の反射神経や判断力にダイレクトに依存している分、武術やサバゲー経験者が有利だって話はよく聞くもの。これ以上は何も言わないでおいてあげる」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

とりあえず一安心。ホッとしながら一登は周囲を見回してみる。メンテナンスを施されずに長期間放置された結果、ビッシリと錆を浮き上がらせた大型機械や車体、工場の柱や鉄骨が醸し出す荒廃の空気。

 

これら1つ1つがアミュスフィアから一登の五感へと送り込まれる擬似信号が生み出した偽の風景だと、は到底信じられない。もしこんな場所が現実に存在していたのであれば、果たしてどれだけの人が働いていたのだろう。どれだけの活気に溢れていたのだろうか――――

 

 

「…………」

 

 

そんな無機質で物悲しくなってくる光景の中に、ふと一登は違和感を覚えた。

 

違和感を覚えた理由は、この廃工場を包む気配が微妙に変化し始めていたから。今感じている違和感を現実でも何度か経験した事がある。音も無く地面に広がったガソリンが一登の足元にまで近づきつつあるような、危険な臭い。そこには先程散々打倒してきたMobモンスターとは比べ物にならない生々しさが色濃く混ざっている。

 

 

 

 

間違いない。一登は確信する。

 

これは殺し屋の仕事で度々感じた自分に迫る死神の気配――――敵の放つ殺気だ。

 

 

 

 

「(相手は一体誰なんだ?)」

 

 

まさかゲームの中でも殺気が感じ取れるとは!現実で度々嗅ぎ取ってきた死の気配と比べると感じ方がややおぼろげなのは、仮想空間からアミュスフィア経由で脳へ伝達される感覚信号と現実の五感が伝える感覚信号に僅かな差異があるからか。

 

殺気という本来不確かな感覚すら再現してみせている仮想空間の凄まじさに少し戸惑いすら覚えてしまうが、ともかく今は為すべき事をすべき時だ。為すべき事とはつまり、殺気の大本である脅威への対応である。

 

まずは大まかな位置や規模を感じ取れないかと、殺気が特に濃密に漂ってくる方向へ意識を集中させる。

 

一登から見て右側の壁際約100m、キャットウォークの途中に張り出した制御室から嫌な気配。

 

何時でもマイクロガリルを撃てるように身構えながら、ジッと目を細めて注目してみる。

 

全ての窓ガラスが割れるか消失してしまっている制御室の中で、もぞもぞと震える人影が見えた。

 

――――次の瞬間、一登とシノンを覆い尽くさんばかりに太い、極大の予測線が一登の視界を埋め尽くした。

 

その時点で一登はシノンの二の腕を掴んで近くの大型機械に隠れようとした。

 

一登の試みは、一登が急に表情と気配を強張らせて自分に触れてきた事にシノンが驚き、抵抗しようと両足を踏んばらせたせいで失敗に終わる。彼女は制御室の人影に気付かず、従って自分を狙う予測線も視界に映っていなかったのだ。

 

制御室のコンソールの影から男が出現し(どう考えてもMobではなくプレイヤー)、2本のグリップが突き出た円柱状の物体を右肩に背負う。

 

円錐状の弾頭を発射口に装填した武器……RPG7・ロケットランチャーの照準が一登とシノンへ据えられた。

 

本来大型Mob狩り用が主な用途である筈の存在が、たった2人のプレイヤーを粉砕すべく向けられている。弾薬費は1発につき5万クレジットと極めて高価格だが、威力は絶大。

 

 

「RPG!!」

 

 

事情を説明している暇はもう残されていない。一登は戦争映画みたいに絶叫しながら思い切りシノンを突き飛ばした。強く押し出した反動を逆に利用し、一登も大きく後ろへ飛び退く。

 

 

 

 

距離が開いた2人の間に、発射された対戦車ロケット弾が着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――油断した!

 

爆風に全身を叩かれながらシノンは歯噛みする。

 

対人スコードロンに所属してMob狩り特化スコードロンの襲撃に参加した事はあっても、まさか自分が襲撃をかけられる側になるとは。

 

自分を直接狙った奇襲を受けるのはこれが初めての経験ではない。シノンが愛用するヘカートⅡ・アンチ・マテリアル・ライフルは2千万クレジット、日本円にして20万円もの値が付けられた事もある激レア武器だ。シノンが激レア武器を所持しているという情報が出回るなり、プレイヤー死亡による装備品のランダムドロップを狙ってフィールドで突如襲ってきたプレイヤーが過去に何人かいたが、シノンは何れも冷静に12.7mmをプレゼントする事で撃退に成功している。

 

今回、こうも容易く初撃を許してしまったのは完全にシノンの失策としか言いようがない。驚きの腕前を見せつけた一登に気を取られた上、彼の方が先に奇襲に気付いて警告しようとしていたというのに、自分が勘違いしてしまったせいでこの様だ。

 

爆風に全身を打ち据えられたシノンの身体は、タイヤとシャーシが無い状態で放置されたワゴン車の所まで転がった。強烈な爆風を比較的近距離で浴びたせいか、一時的な行動制限状態に陥ってしまっている。完全なスタン状態になっていないだけまだマシだ。

 

 

「対大型Mob用の武器をたった2人に撃ち込む普通……!」

 

 

もし一登に突き飛ばされていなかったら、間違いなくシノンのアバターは爆散していたに違いない。シノンを救った張本人である一登の方は、一体どうなったのか。

 

 

「一兎!」

 

 

重度の過重状態によるペナルティを受けた時の様に、全身の動きが酷く緩慢で重たい。ぎこちなく身体を起こし、一登の安否を確かめようと試みた。

 

シノンの頭がワゴン車のサイドウィンドウと同じ高さまで持ち上がった直後、実弾・エネルギー弾問わず大量の弾丸がシノンを隠す車体へと降り注いだ。

 

1丁や2丁というレベルではない、多種多様な口径や属性の銃が、シノンに対し集中砲火を浴びせている。シノンが隠れている廃車両がガワだけの存在でなければ、ものの数秒と経たず耐久値を越えて爆発していた筈だ。

 

だが爆発のリスクが無い代償に、薄っぺらい鉄板のみで構築されている車体は弾丸の雨からシノンを守る盾なりえない。易々と車体を貫通した弾丸が地面に寝転がるシノンの頭上を通過していく。

 

至近を掠める弾丸の多さにシノンの喉から悪態が漏れそうになるが、どうにかグッと飲み込んで耐え忍んでいると、あまりに大量の弾丸を浴びせられたドア部分が車体から脱落してしまった。

 

それを合図に銃撃が止む。一転して耳が痛くなりそうなぐらいの静寂が廃工場を包んだ。

 

ほんのちょっとだけ頭を持ち上げて、先程までドアがあった空間から銃撃が飛んできていた方角をシノンは覗き見る。スナイパーとして視力強化スキルを習得しているシノンの目が、双眼鏡も無しに襲撃者達の情報を鮮明に映し出した。

 

 

「(P90にMP9、接近戦用のレーザーサブマシンガンが2人、AK系統にHK416にAUG他諸々、上の制御室にはMG3持ちともう1人、総勢約10人前後……大盤振る舞いね)」

 

 

装備の充実度や身のこなしから、集まっているのは大体中の中から下クラスのプレイヤーばかりと推測。だが数が多過ぎる。

 

しかも片方とはRPGの砲撃によって離れ離れになってしまった。車体の影で弾雨を凌いでいる間に砲撃で生じた煙は晴れたものの、一登の姿は消えていた。逃げたか、隠れたか――――それとも直撃を食らい、オブジェクト片と化して爆散してしまったか。

 

3番目が正解なら、それはシノンを逃がそうとしたせいで逆に自分が逃げ遅れてしまったのが原因なのは間違いない。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

ポツリ、とシノンの唇が極めて端的な謝罪の言葉を紡いだ。

 

シノンは過去に複数のスコードロンに所属していた経験があるが、そこで知り合ったプレイヤーはどれもつまらない人物ばかり。彼ら有象無象と比べると、リアルでの知り合いであり恩人でもある一登に対するシノンの好感度は、彼女自身が自覚している以上に意外と高い。

 

――――貴方の仇は取ってあげる。決意を胸に、シノンは寝転がったまま身体を僅かに移動させた。

 

 

 

 

 

 

ヘカートⅡが放つ12.7mm弾の反撃を恐れてか、地上に居る敵は中々接近してこない。

 

シノンの武装は単発の威力は極大だが連射が利かず7発しか装填されていないヘカートⅡに護身用のMP7。一斉に突撃すればまず全員の撃退は不可能である。向こうがそれに気づくのもそう先の事ではあるまい。一刻も早くシノンが得意とする長距離戦に持ち込む必要があった。

 

工場の端まで移動して高所に陣取る事さえ出来れば一方的な七面鳥撃ちに持ち込める自信がある。その為にはまず、どうにかして車の影から出ていかなくてはならない。

 

シノンが隠れている廃車から数m離れた位置に、事務用のオフィススペースが見えた。埃まみれでグチャグチャに積み上げられたデスクの奥に扉が見える。シノンが襲撃者達の視界から逃れえる為に与えられた唯一の脱出口。

 

 

「(3秒だけでいい。あそこに飛び込む為の猶予を稼がないと)」

 

 

本来運転席が存在する部分まで身体の位置をずらすと、襲撃者の集団に悟られないように最大限注意しながら、穴だらけになった運転席のサイドウィンドウがあった場所、その枠の部分にヘカートⅡの銃身を乗せて膝立ちの射撃姿勢を取る。

 

シノンの位置は男達も知っている筈だが、彼女が射撃準備に移った事に気付いていない様子。

 

砲撃から逃れ弾雨を耐え忍んでいる間に、いつの間にか60秒以上が経過して位置情報消失状態になっていたらしい。パニックにならず地面に這い蹲って我慢した甲斐があるというものだ。

 

 

「(私は冷たい氷でできた機械)」

 

 

己を冷静にさせてくれる呪文を唱え、自己暗示をかけると、拡大・縮小を繰り返していた着弾予測円のリズムが一気にスローダウン。照準は最も脅威度の高い、制御室のロケラン持ちだ。

 

操作盤の陰に隠れて第2射のタイミングを図っているようだ。プレイヤー本体の姿は完全に隠れているが、バックブラストを吐き出す為ラッパ状になった発射機の尾部が丸見えだった。

 

 

「お尻が丸見えよ」

 

 

たかが100mなんて距離、このヘカートⅡには無いも同然――――

 

ヘカートⅡが吼えた。重機関銃クラスの大口径弾による壮絶な雄叫び。片膝を突いたやや不安定な射撃姿勢で撃ったシノンの小柄な身体が大きく仰け反った。

 

シノンの弾丸は操作盤のど真ん中に命中……大穴が生じたかと思うと、次の瞬間大爆発が起きて制御室を蹂躙した。操作盤を容易く貫いた弾丸が隠れていたロケラン持ちに直撃、その際RPGの弾頭か身に着けていたグレネードにも当たって誘爆したのだ。

 

炎に包まれて半壊する制御室から、ロケラン持ちと行動を共にしていたMG3軽機関銃使いのプレイヤーが落下してくる。巻き添えを食らった哀れなプレイヤーは地面に激突するよりも早く空中で四散した。ロケットランチャーの次に厄介な高火力の軽機関銃持ちを同時に仕留める事が出来たのは僥倖だった。

 

一石二鳥ならぬ一弾二殺を達成した幸運を噛み締める事無く、シノンは射撃姿勢を解いて廃車の陰から飛び出す。地上の敵集団は制御室での爆発に気を取られている。これが窮地を脱する最初で最後のチャンスだ。

 

上半分がガラス、下半分が鉄板のパーテーションで囲まれたオフィススペースへ駆け出した。今のシノンは長大なヘカートⅡを片手だけで抱え、左手には牽制用にMP7を握っている。パーテーションのガラス部分は全て砕かれていて、シノンはハードル飛びの要領で鉄板部分を飛び越え、オフィススペースへの侵入を果たした。

 

汚れたデスクを回り込んで扉へ辿り着く。そこから通路へ出れば襲撃者の目を掻い潜って廃工場の端に辿り着ける筈……そう考えながらシノンはドアノブに手をかけ、肩からぶつかるようにして扉を押す。

 

シノンが感じたのは、錆び付いた蝶番を軋ませながら勢いよく扉が開け放たれる感覚ではなく、シノンの筋力程度ではまったくビクともしない強固な手応えだった。

 

僅かに数cm隙間が出来ただけで、ドアと壁の間から、シノンよりも大きな瓦礫が幾つも積み重なって通路を塞いでいるのが垣間見える。

 

 

 

 

――――唯一の脱出口と思われた扉は、実際には行き止まりだったのだ。

 

 

 

 

「最っ悪……!」

 

 

慌てて反転し、袋小路と化したオフィススペースから脱出を図る。

 

しかし最早遅い。混乱から立ち直った襲撃者が一気に距離を詰め、既にオフィススペースの包囲を完了しようとしていた。取り回しの良いサブマシンガン・PDW系統で武装した敏捷力重視のアタッカー4名を先頭に、急速に距離を詰めてきているのがシノンの視界に映った。

 

左手のMP7で足止めしようとしたが、シノンよりも先にアタッカーが口火を切った。MP9、P90、2丁のレーザーサブマシンガンからばら撒かれる弾丸が、半ば朽ち果てたオフィススペースへ襲い掛かる。

 

B&T・MP9はオーソドックスな拳銃弾である9mmパラベラム弾を使用するサブマシンガン。だが別の男が持つFN・P90は9mmパラベラム弾よりも命中精度と貫通力に優れた5.7mmを使用するので、薄い壁では貫通されてしまう。

 

シノンの憂慮を証明するかの如く、P90が放った銃弾が金属製のデスクの天板やパーテーションを貫通して少女の頬を掠めた。シノンがもっと頑丈そうな引き出し部分へ身体を押し付けた所へ、大量の9mm弾と小口径の光弾がシノンが隠れるデスクへと集中して浴びせられる。天板の破片が舞い散り、指先大の熱弾が鉄板に幾つもの焦げ跡を刻み付ける。

 

アタッカーがシノンの行動を封じている間に、とうとう襲撃者達はオフィススペースの包囲を完了してしまった。

 

もう、シノンに逃げ場は残されていない。デッドエンド、文字通りのどん詰まりが彼女の終着点だった。

 

完全武装の男達がじりじりと包囲を狭めつつあるのが、手に取るように感じ取れる。

 

せめてお守り代わりに手榴弾の1つでも持ち歩いておくべきだった。今みたいに敵が固まっている時こそ、手榴弾の出番だというのに。一登が生き残っていれば彼が温存していた武器弾薬が活用出来たのだが、過ぎた事を愚痴っても物事は解決しない。

 

……いや、そもそもルーキーである一登に見栄を張ろうと超レア物だがチュートリアルステージでは強力過ぎて扱い辛いヘカートⅡを持ち込まず、もっと万能性に長けたアサルトライフルを装備して直援に当たっておけば良かったのではないか?

 

自分の迂闊さに、シノンは頭を抱えたくなった。

 

 

「ああもう」

 

 

シノンは宙を仰いだ。数瞬で覚悟を決めると、ボルトを操作して新たな弾薬を薬室へと送り込む。

 

装填音を耳にした襲撃者達は身を強張らせ、不安そうに視線を交し合う。彼らの視線はやがて今回の臨時スコードロンを率いるリーダーへと集中した。

 

 

「あの狙撃野郎は袋のネズミだ!グレネードで封じ込めちまえ!サブマシンガン持ちは撃ちまくって野郎の頭を押さえとけ!」

 

「誰が野郎よ誰が」

 

 

突っ込んできたら派手にぶっ放してお仲間の1人や2人を道連れにしてやろうと思ったのに、残念ながら向こうのリーダーは戦闘に関しては慎重派らしい。

 

またシノンが隠れているデスクへと銃撃が集中する。壁側を除いたあらゆる方向から弾丸が飛来してくる。点火したグレネードが投げ込まれるまであと数秒――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――しかし、グレネードが投げ込まれる事はなかった。

 

拳銃弾よりも装薬量が多く、大音量の銃声が新たに加わる。

 

だがそれは襲撃者の仲間が発したものではない。泡を食った男達の悲鳴と動揺が唐突に伝わってきて、玉砕準備を整えていたシノンはハッとなってデスクの陰から周囲を伺った。

 

――――誰かが、シノンを包囲している男達に銃撃を加えている。

 

短く区切られた連射のリズム、銃ごとに違う発砲音の質……どれもシノンには聞き覚えのあるものだったから、襲撃者を襲う銃撃の主が誰なのか、彼女は本能的に悟った。

 

 

「一兎……!」

 

 

 

 

――――公魚一登が救援に駆けつけたのだ。

 

 

 

 

 




原作の文章イメージとアニメ版との際に四苦八苦しております。
そしてアニメ版キリコさん、どう見てもアンタ嫁さんの真似じゃないかその演技w

あと漫画版プログレッシブのアスナが可愛過ぎて辛いです。

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