ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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※今回原作者繋がりのネタを含みます。


2:戦闘準備

――――詩乃との昼食から数時間後。

 

 

 

 

その日の授業を終えた一登がまず実行したのは、ゲーム機本体とゲームソフトを買う為に秋葉原に行く事だった。詩乃が告げたゲームとその対応ハードは一登が所有していない機種であり、プレイする為にはまずは機材一式の購入から始めなければならなかったのだ。

 

 

「アミュスフィアに<ガンゲイル・オンライン>、かぁ」

 

 

<ガンゲイル・オンライン>――――悪名高きナーヴギア、その悪評を払拭すべく安全性を高めた後継機のアミュスフィアが発売されて以降、爆発的に展開したVRMMOゲームタイトルの中の1本。

 

ナーヴギアが史上初の民生用VRマシンとしての栄光、それを遥かに上回る悪名を生み出した<SAO>事件が勃発した時、一登は当時中学生。

 

当時から美少女物のアニメや恋愛ゲームに嵌まっていた一登だが、その頃はまだ母親と同居中。精神を病んだ母の介護に殺し屋としての厳しい修行が重なり、また当時は殺しで金を稼いでいなかったのもあって、金銭的にも時間的にも余裕が無かった一登は通常のゲーム機より遥かに高価なナーヴギアを購入出来なかった。

 

だがそのお陰で1万人が仮想世界に捕らわれになり、4千人の脳を焼き滅ぼした<SAO>事件に巻き込まれずに済んだが、一登がハイブリッドに所属した丁度同じ時期に、イラクで戦死したと思われていた一登の父親が所属していた新沼分隊と豊平重工絡みの抗争が勃発。

 

母親が入院しなくてはならなくなったのは、抗争の際に一登の力不足から豊平の私兵に拉致され、酷い目に遭ったせいで病状が悪化してしまったのが原因だ。

 

そんな一登の家族と因縁浅からぬ豊平重工だが、現在はハイブリットと同盟関係にある。

 

一登にとって心底不思議なのは、現在の豊平重工を支配する女社長であると同時に凄腕の殺し屋でもある豊平琴刃が、一登の殺しの師匠である小暮塵八にお熱である事。万が一塵八先輩が豊平琴刃に靡いてしまったらどうしよう、とちょっと不安だったりする。

 

 

 

 

 

 

よく美少女物のゲームを買う行きつけの専門店にやってきた一登はアミュスフィアとソフトを纏めて購入。

 

店を出ると、<ガンゲイル・オンライン>の説明書を読むのと並行して昼間の詩乃の説明を脳内で再生しながら帰路につく。一登はVRMMO系統は完全に初心者なので、まずは基本内容を頭に叩き込まなくてはならない。

 

 

「GGOの舞台は戦争で荒廃した未来の地球……武器は実弾銃と光学銃の2種類……弾道予測線?……やっぱり扱い慣れてる実弾銃を選んだ方が良いかな」

 

 

<GGO>はリアルマネートレーディングを採用している。つまり課金システムの事だがゲーム内で稼いだ専用通貨を現実の金に換金する事も可能なのだ。

 

詩乃曰く、日本で稼働しているVRMMORPGでこのシステムを採用しているのは<GGO>だけらしい。トッププレイヤーの中にはこのゲームでの稼ぎを文字通りの意味で生活の糧にしているプロプレイヤーもチラホラ居るとか。

 

そういえばハイブリッドの活動の一環に、オンラインゲーム内の高価なアイテムや成長させた高レベルプレイヤーキャラクターの売買によるマネーロンダリングも含まれていると聞いた記憶を一登は思い出した(なお説明してくれた白猫は解説中妙に苦々しい表情をしていた)。最近のゲームも変わったなぁ、と妙に年長者めいた感想が頭を過ぎる。

 

携帯で時刻を確認。現在午後5時半。一登と詩乃は<GGO>の仮想空間で待ち合わせをしていた。約束の時刻は午後8時なので、十分に時間の余裕はある。

 

 

「仮想空間での銃撃戦、かぁ」

 

 

変な話だ、と一登は思う。

 

――――訓練で銃を撃ちまくり、実戦でも銃撃戦を繰り返してきたというのに、わざわざ仮想空間の中でまで銃撃戦をやりに行く事になるなんて!

 

だけど少し考えてみると、一登の行動はそう珍しい話ではない。今時の兵士は基地の娯楽室でFPSゲームをプレイして敵を殺し、最前線の戦場で更に敵を殺すのだ。違いは殺す相手が画面の中か、それとも現実の存在かどうかに過ぎない。最前線の基地に最新鋭のゲーム機。VRゲームの急激な発達と流行によって、仮想と現実の壁は急速に失われつつある。

 

一登は片手にぶら下げたアミュスフィアと<GGO>入りの紙袋を見やる。

 

仮想空間での銃撃戦がどういうものなのか、興味が無いと言えば嘘になる。

 

それ以上に、朝田志乃という少女を虜にしている<GGO>そのものがどんな世界なのか――――そちらの方が、一登の琴線に触れた。

 

 

「アカウント作成したら一応課金しておこうかな……」

 

 

今は自宅からネットで自分の銀行口座にアクセスするのが当たり前の時代。確か<GGO>内の通貨と現実の金額のレートは100対1、例えば100円課金すれば<GGO>内では1万クレジットを入手できるという事になるが……

 

この手のゲームでプレイ初日から課金を行うのは邪道だと一登も理解している。

 

だが<GGO>は銃の世界、つまり如何に銃を上手く扱え、尚且つクールに銃撃戦をこなせるかどうかが全てなのだ。一登は本物の銃器に精通したプロのヤングガン。傲慢なつもりはないが、ゲームの中でしか銃撃戦をした事が無い連中に返り討ちに合うような真似は、殺し屋としての沽券に関わる。

 

もし<GGO>でゲーマー風情に仕留められて、万が一ハイブリッドの仲間に知られでもしたら……白猫や師匠には呆れられ、幹部の毒島将成にはグチグチ嫌味を言われるに違いない。

 

 

「(昔合宿の卓球大会で、凄腕の殺し屋軍団を差し置いて素人のカノコさんが優勝しちゃった時も鉄美先輩とか散々なじられてたし)」

 

 

それにハイブリッドは支給する装備に糸目を付けない事でも有名だ。細かいカスタマイズを注文する場合は自腹になるが、仕事に必要と判断すればどんなに珍しい銃やアクセサリでも必ず調達してきてくれる。命を賭ける装備と技量を支える訓練に金を惜しまないからこそ、ハイブリッドの戦力は極めて高水準なのだ。

 

他のジャンルのゲームならともかく、これから銃撃戦を行うのに装備に手を抜くような真似は、殺し屋としてのプライドが許さなかった。金で解決できる程度に過ぎない問題となれば、尚更だ。

 

自宅に到着すると防寒具と学生服の上着を脱ぎ捨て、そそくさとアミュスフィアの設置を開始する。説明書を片手にものの数分で準備を終えると次にゲームパッケージからソフト本体を取り出し、アミュスフィアのスロットに挿入。あとは頭に装着して起動すれば何時でも仮想空間に飛び込める。

 

詩乃との待ち合わせにはまだまだ余裕がある。一足先にキャラクターを作成し、仮想空間内での行動に身体を慣らしておこう。

 

偵察を終えたら一旦ログアウトし<GGO>の運営元であるザスカーの口座に入金、夕食を軽く取ってから指定の時刻に詩乃と合流……予定としてはこんな所か。

 

VRゲームをプレイ中は現実の肉体が完全に無防備になるそうなので戸締りは厳重にしておかなくてはならない。裏稼業の人間なら尚更セキュリティに気を使うべきだ。

 

扉と窓の鍵がしっかりかかっているのを確認。ハイブリッドの仲間から緊急の連絡がかかってきた時すぐさまログアウトできる様、自宅の電話と携帯の着信音量も最大に。

 

初めての仮想空間体験に内心ワクワクしながらベッドに横たわり、頭にアミュスフィアを装着。非常事態に備え、手元にはコック&ロック――薬室に装填した上で安全装置をかけた状態――をしたブローニング・ハイパワーを置いておく。

 

これで準備は整った。

 

電源を入れる。スタンバイ完了を示す微かな電子音。

 

 

「リンク・スタート!」

 

 

瞼を下ろしながら起動コマンドを唱えると、目を閉じている筈の一登の視界が急速に白い閃光によって埋め尽くされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<GGO>世界の中央都市、SBCグロッケンに降り立った朝田詩乃……この世界ではシノンと名乗る少女は、公魚一登との待ち合わせ場所を目指して歩を進めていた。

 

ネオン眩い未来世界をイメージして構築された仮想空間の街中を歩いていると、反対方向からやって来る物騒な装備に包んだゴツい外見のプレイヤーの多くが、水色のショートカットに藍色の瞳を持ち砂色のマフラーを巻きつけた少女、シノンの存在に気づくなり勝手に道を開けていく。

 

現実世界同様小柄な少女はしかし、<GGO>世界においては背丈を上回るほど長大な超レア級武器の<へカートⅡ>アンチ・マテリアル・ライフルを使いこなす凄腕のスナイパーとして名を馳せている。

 

畏怖と対抗心、嫉妬の念が複雑に入り混じった周囲からの視線などどこ吹く風と言わんばかりにシノンは街中を闊歩する。

 

今の彼女の思考はこれから合流する人物の事で大半を占めていた。詩乃にとっての2人目となる、リアル・ゲーム両方での仲間がこの先で待っている筈だ。

 

 

「向こうがさっさと見つけてくれれば良いんだけど」

 

 

<GGO>内でのアバターは性別を除き基本ランダムで決定されるので、今日が初プレイとなる一登のアバターがどんな姿なのかは、シノンには全く分からない。

 

その為予め一登に学校でシノンの外見と特徴を伝えておき、向こうの方から見つけてくれるまで待つという方法を取らざるを得なかった。

 

荒廃した世界で銃撃戦、というコンセプトの<GGO>で女性プレイヤーは珍しく、一応シノンはここでは有名人なので最悪通りがかりのプレイヤーに彼女の名前を出せば、運が良ければ案内してもらえるだろう。もっともそうなると周囲のプレイヤーにシノンと一登の関係が知れ渡ってしまうわけで、そんな事態になれば余計のトラブルも招きかねないから、一登にはさっさと自分を見つけて欲しい所であった。

 

一登との待ち合わせ場所は、初期キャラクター出現位置として設定されているドーム状の建物の前。人通りは多いがそれなりに目立つ場所だし、<GGO>にログインしてまず真っ先に訪れる施設なので初心者との合流地点にはうってつけ。

 

ドーム前に到着したシノンもとりあえず見慣れないプレイヤーを探してみる事に。

 

捜索開始から15秒と経たず、自分の元へ近づいてくる人物の存在に気づく。

 

中肉中背、目立つ外見ばかりのVRゲームのアバターとしては逆に浮いてしまいそうな位、平凡な顔立ち。ただ1つ特徴的な部分があるとすれば、死んだ魚のように生気が感じられない目つきをしている点か。

 

 

「朝田さん、で合ってるかな?」

 

「ここではリアルの名前じゃなくてシノンと呼んで……ください。とりあえず逸れた時に連絡が取り合えるようフレンド登録をしておきましょ……う。初心者には少々複雑ですから、この街は」

 

「了解です。えーっと、フレンド登録フレンド登録……」

 

 

VR初心者らしく大ぶりな動作で右手を振り、メインメニュー・ウィンドウを表示させる一登。たどたどしい操作でフレンド登録を行う。

 

登録するプレイヤー名の欄にシノンは注目――――Itto、と記載されている。

 

 

「じゃあ俺の事もここでは『一兎』って名前で呼んで下さい!」

 

「分かったわ……分かりました」

 

「あ、あとここでは無理して敬語を使わなくたって構わないですよ。ここ(GGO)ではシノンの方が先輩なんですし」

 

「……そうさせてもらうわ。貴方にだけ一々口調を変えてたら、周りから余計な勘繰りされちゃいそうだもの」

 

 

シノンの肩から余計な力が抜けていくのが一兎こと一登にも分かった。何となく嬉しくなって、自然と唇の端が持ち上がる。

 

 

「今の姿をアバターっていうんですよね。俺のはパッとしないですけど、シノンのアバターは猫っぽくて可愛いと思いますよ」

 

「……そういう口説き文句、これまで何人の女子に言ってきたのかしら?大体この顔も運営からランダムで宛がわれただけの存在に過ぎないわ。他のゲームからコンバートしてきたのならともかく、幾ら見た目が良くても初期パラメータは皆平等よ」

 

「別にそんなつもりで言ったつもりはないんですけど……怒らせたんなら謝ります」

 

「ごめんなさい、こちらも意地悪過ぎたわ。前にうっかり現役の学生って口を滑らせてから、事ある毎に男のプレイヤーからしつこく口説かれるようになっちゃったから」

 

「やっぱりこういうゲームではリアルの話は禁物、って事なんですね」

 

 

会話を交わしながらシノンを案内役に道を歩く。どうやら都市の中心部へ向かっている模様。シノンの2歩後ろを追従しながら、一登はしきりに首を上下左右に動かし、仮想空間に構築された未来都市の風景に目を奪われた。

 

多層的に複雑に重なり合った通路が生み出す隙間を立体的に埋めるように、様々なホログラムの広告が空中に浮かんでいる。広告の多くで妙に露出度の高い美女が出てきている辺りに何ともいえない海外製ゲームらしさが感じられた。ハイブリッドの先輩でレズビアンの凄腕ヤングガンである鉄美弓華がこの光景を見れば喜びそうだ。

 

ふとシノンが足を止めて氷点下の視線を送ってきているのに気付く。

 

 

「やっぱり一兎もあんなHな格好をした女が好みなのね。でも残念、ああいう格好をしてるのは皆NPCばっかりだから口説いたって意味無いわよ」

 

「いやいや違いますって!俺が感心してたのはこの街の構造の方っすから!」

 

 

現代日本の巨大迷宮と評される悪名高き新宿駅を何十倍に大規模・複雑化した上で、ブレードランナーかトータル・リコール(リメイク版の方)っぽいサイバーパンク調にコーディネートした街――――それがSBCグロッケンに対し一登が抱いた印象だ。

 

頭上を見上げれば乱立した高層ビルから何本もの空中回廊が伸びてビル同士を繋ぎ、またビルそのものが階層を貫き更に上へと伸びているのが分かった。この街を完全踏破しようと思ったら何週間、いや何ヶ月かかるのやら、見当もつかない。

 

街の中心部へ歩き始めて数分後、シノンが目指していた場所に到着した。一見大手の外資系スーパーを思わせる建物の正体は、まさに外観から連想出来る通りドンパチに必要な各種装備を豊富に品揃えた、戦場で戦う戦士ご用達のスーパーマーケット。

 

入店するなり、一登とシノン同様必要なアイテムの購入に訪れた多数のプレイヤーの視線が、一斉に2人へと集中照射された。

 

 

「何かえらく注目されてますけど、これが普通なんですか……?」

 

「彼らは私に注目してるだけよ。自慢するつもりはないけど、一応私もそれなりに名の通ったプレイヤーだから……

 さて、まずは装備を揃えなきゃいけないけれど、今日が初めてのプレイとなると大した装備は買えそうにないわね……」

 

 

<GGO>初回プレイ時の初期金額は通常1000クレジット。

 

初期金額だと買える武器は精々アレにコレに……とブツブツ呟き始めたシノンだが、彼女の計算は実際に購入する張本人である一登の発言によって覆される。

 

 

「あ、金の事なら大丈夫ですよ。シノンと合流する前に一旦ログアウトして課金したんで」

 

「プレイ初日から課金したの!?……課金額はどれくらい?」

 

「まずはとりあえず1万程……」

 

「そう、1万クレジットもあれば最低限の装備なら何とか一式揃えられるかも……」

 

「いえ1万円です」

 

「ひゃ、百万クレジットですって……!?」

 

 

ピシャーン、とシノンの背後に落雷らしきシルエットが一瞬生じた……気がした。

 

予想以上の課金額を告げられたシノンはまず愕然と立ち尽くし、次に何かを堪えるように口を大きくひん曲げ、最後にそれはそれは大きな溜息を吐き出してから若干険が増した眼差しで一登を見据える。

 

……<GGO>の月々の接続料金は毎月3000円。シノンの場合、接続料金の半分をゲーム内でどうにか稼ぎつつ、それでも小遣いの半分が消えてしまう額である。なのにこの冴えない見た目のアバターをした学校の先輩殿は、今日が初プレイにもかかわらず接続料金3ヶ月分を超える額をあっさり課金したという。

 

 

「……1万円分ポンッと課金するなんて、公魚先輩はさぞお金持ちなんでしょうね」

 

 

表情以上に刺々しい言葉がシノンの口を吐いた。あれ怒らせた、何で!?と戸惑う一登。

 

 

「いや、こういうオンラインゲームをやるのは本当に初めてで、普通はどれぐらい課金するものなのか分からなかったんですよ!」

 

「そういう事にしておくわ。ごめん、また八つ当たりして……先輩と話してるとどうにも調子が狂うわ」

 

 

後半の愚痴を一登に聞こえない程度の音量で呟きつつ購入用のカウンターへ。

 

大型のガラスケースの中には拳銃やサブマシンガン、カウンター後方の壁に設置されたガンラックにはアサルトライフルやショットガン等の長物がずらりと並べられている光景は壮観だ。銃の本場アメリカの銃砲店がまさにこんな感じに違いない。

 

 

「プレイヤーが装備できる銃器は2丁まで。普通はサブマシンガンやアサルトライフルみたいな高火力をメインアームにサイドアームの拳銃を装備するのがセオリーなんだけど」

 

 

シノンはそこまで解説してから、大量の銃器が並ぶガラスケースの表面を人差し指でそっとなぞる。

 

 

「そういえばせんぱ、一兎は銃の種類とかには詳しい方?あまり分からないのなら、適当なのを幾つか見繕ってあげてもいいけど」

 

「いえいえ、そこまでシノンを煩わせたりはしませんよ。こう見えて結構銃には詳しいんですよ俺」

 

 

殺し屋は武器が商売道具。特にハイブリッドには銃器を使った殺しを得意としている殺し屋が多い。数年前までは銃の用語1つも分からず師匠に散々叱られた一登も、今では銃器を手足の様に扱う事が出来る。

 

こうやって1から銃を選んでいると、初めて塵八に引き合わされて殺しの修行を受け始めた頃を思い出す。自然、当時の師匠から直々に選んでもらった銃と同じモデルを見つけると勝手に意識がそれへと吸い寄せられた。

 

 

「ブローニングのハイパワーを」

 

「ファブリックナショナル(FN)の名銃ね。使用弾薬は9mm、装填弾数はマガジンに13発。設計は古いけど小奇麗に纏まったバランスの良い銃よ。中々渋いのを選んだわね」

 

「やっぱりこういうのは使い慣れてる武器が1番ですから」

 

「……『使い慣れてる』?」

 

「さ、サバゲーでの話ですよ!実は俺、サバゲーが趣味でよく同じ組織、じゃなくてチームのメンバーと組んで撃ちまくったりしてるんです」

 

 

慌てて誤魔化す。まぁサバゲーという表現も間違ってはいない。行う場所がハイブリッドの訓練施設で相手はハイブリッドの構成員、使うのは訓練用のプラスチック弾を装填した実銃であるのを除けば、だが。

 

ハイパワーが置かれている部分のガラスを指先で叩くとポップアップメニューが表示。躊躇う事無く一登の指先が『BUY』のボタンを叩くと一瞬ケース内の拳銃が消え、すぐさまガラスケースの外側に再出現した。

 

マガジンが装填された状態の自動拳銃を掴むと、まずマガジンキャッチを押し込みグリップ内のマガジンを引き抜いてからスライドを引く。銃身が露出し、薬室内に弾が残っていないか確認。弾切れの際スライドが後方に移動したままスライドストップで固定されている状態をホールドオープンという。

 

ホールドオープンさせた拳銃の銃口を、一登は人が居ない天井へ向け両手で構える。質感、重み、スライドを引いた時の感触――――限りなく実銃に近い。

 

スライドストップを親指で押し下げスライドを戻し空撃ち。撃鉄が落ちて撃針を叩く金属音も本物そっくりだった。ただ一登が愛用している実銃よりも心なしかトリガーが固い気がするが、それでも誤差の範囲である。

 

仮想空間で初めて握る銃の感触やディティールを真剣な目で吟味する一登の隣では、シノンが関心の眼差しを一登に浴びせていた。

 

 

「成程、VRゲームは初めてでも銃に関しては素人じゃないって事ね。レクチャーの手間がある程度省けそうで助かったわ。メインアームは何がご希望かしら」

 

「SIGの552はありますか?基本それを使う事が多いんで、出来ればここでも同じのを使いたいんですけど」

 

「残念だけど、SIGのアサルトライフルシリーズは基本レア物扱いでこういう初心者向けの店では売ってないのよ。レアものだけあって基本性能が高い分、プレイヤーに要求されるステータスも高めだから今日ログインしたばかりのプレイヤーには使用できないだろうし、諦めて頂戴」

 

「分かりました!それじゃあどの銃にしようかな……」

 

 

一登の焦点が今度は壁に掛けられたとある銃に据えられる。

 

 

「あ、じゃあアレにします!」

 

 

シノンが誰何するよりも早くまた一登の右手が動き、再び『BUY』ボタンにタッチ。拳銃弾よりも炸薬量が多く威力・貫通力ともに高いライフル弾用のマガジンが取り付けられていながら、折り畳み式の銃床を倒せばサブマシンガン並みにコンパクトになるショートサイズのアサルトライフルが、ガンケース上に出現した。

 

 

「マイクロガリル……一兎はコンパクトなカービンが好きなの?」

 

 

一登が選んだ銃の名前をシノンは口の中で転がす。

 

イスラエル製の軍用アサルトライフル、ガリルをサブマシンガンクラスのサイズまで短縮・改良を施したモデル。装弾用のコッキングハンドルが機関部左側に変更されているので、素早い装填と射撃準備が行える。

 

シノンの質問に一登は首を横に振る事で否定した。師匠の塵八は45口径派、弓華はFN社の拳銃ファイブセブンがお気に入り、毒島は第2次世界大戦時代の骨董品を愛用とハイブリッドの殺し屋の殆どは使う武器に対しそれなり以上のこだわりを持っている者が多い。一登は銃の種類そのものにこだわりがある方ではなかったが、一登がマイクロガリルを選んだのは別の理由からだ。

 

 

「いえそうでもありませんね。場合によっては軽機関銃とか、スナイパーライフルとか……役割や目標の内容に応じて武器は変えてます。でも――――」

 

「でも?」

 

「これは俺の師匠が愛用してる銃の1つなんです。だからこの際だし師匠に肖ってこの銃を使ってみようかな、と思いまして。あ、師匠っていうのはサバゲーでの話ですよ!?」

 

「……まぁ、その『師匠』って人の事には別に興味はないし、根掘り葉掘り問い詰めるつもりは全然ないから慌てる必要はないわよ」

 

「す、すみません」

 

 

ハイブリッド本社の射撃場で何度か触らせてもらった時の記憶を蘇らせながら、新たに購入したライフルの具合を確かめる。

 

ハイパワーに触れた時にも思った事だが、やはり重みや構えた時の感覚は実物に限りなく近い。それでもトリガーを絞った時の感触やチャージングハンドルを前後させた際の手応えがやや固く思えたが、充分許容範囲だ。

 

そのままの流れで弾薬や防具類の購入に移る。

 

プレイ初日にしては豊富な資金に飽かせて、初期パラメータでも装備可能なアイテムの中で最も性能が良い物を選んで購入していった。防弾プレート入りタクティカルベスト、その上から着込める厚手の防弾ジャケット。太腿に巻き付けるタイプの拳銃用レッグホルスターとベルトに取り付けるタイプの対光学銃防護フィールド発生装置にお守り代わりの手榴弾。破片の代わりに高熱を帯びた衝撃波を撒き散らすプラズマグレネードもあったが、一登は仕事で使った事がある破片手榴弾の方をチョイス。

 

100万クレジット分の課金の半分以上を代償に購入した品々が、どさどさどさとケース上に山積みとなった。その中からまずタクティカルベストを、次にレッグホルスターを手ずから身に着けていく。

 

手馴れた手つきのその様子を何故か呆れた目で見送るシノン。

 

 

「いちいち1つずつ身に着けていかなくても、武器も装備もメニューを表示させて『全種類装備』を選択すれば一瞬で終わるよ」

 

「えっ、そうなんですか」

 

 

メニューを呼び出してシノンの指示通りに操作してみると、山となっていた装備一式が発光エフェクトを伴って消えた。同時に一登の格好も一変し、各ポーチを予備弾薬で膨らませたタクティカルベストを身に着け、その上に防弾ジャケットを着込み右太腿にブローニング・ハイパワーを突っ込んだレッグホルスター、肩からマイクロガリルを吊るした完全武装の少年が瞬時に出来上がる。

 

 

「おおー」

 

 

一瞬で武装完了した自分の身体を見下ろしながら一登は驚きと関心の声を漏らした。

 

 

「準備は完了ね。それじゃあさっさとフィールドに向かいましょ。初心者向けのうってつけの狩場があるの」

 

「え。でもまずは試射をして照準調整をしておきたいんですけど」

 

「そういうのはね、フィールドのMobモンスターを狩るついでにやっちゃうもんなの。リアルのサバゲーとは一味違うここ(GGO)流の戦い方をきっちり仕込んであげるから、さっさと付いてきて」

 

 

あっさりとそう告げてカウンターから離れていくシノン。一登も慌てて水色の少女を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――店から出て行く2人の背中をずっと見つめ続ける男が存在した。

 

男は隣に立つ仲間へ声をかける。

 

 

「足手纏いの新兵(ルーキー)と組んでる今が絶好のチャンスだ。この間の話に乗ってきた連中、全員を集めろ。山猫狩りといくぞ!」

 

 

 

 

 

 

 




SAO事件が一登が中2の頃に発生、原作の時間の流れから一登がハイブリッドに所属したのは中3という設定にしています(ALO編はYGC最終巻の時間内で発生)
時代設定に関して矛盾点がありましたらご指摘下さい。



次回、オリジナル戦闘回になります。

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