ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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今回で完結です。


エピローグ:そして少年と少女は

 

――――約40時間後。

 

 

 

 

日曜の深夜に起きた事件……<GGO>ログアウト後の恭二の襲撃、それに続き一登が起こした銃撃事件に遭遇した詩乃は丸1日病院で警察に拘束された結果、月曜日の授業を全て休む羽目になった。

 

何せ恭二に襲われただけならまだしも、住宅地で本物の銃が発砲されたのだ。一旦事が知れ渡ると詩乃の部屋を爆心地に周囲一帯が大騒ぎになった。

 

だが現場から逃亡した一登は未だ発見されていない。

 

詩乃が暮らすアパートの部屋のドアは銃撃によって破壊された上に右手を撃たれた恭二の血で汚れ、事件現場となった詩乃の部屋丸々1室が警察の手によって現在も封鎖されてしまっている。しばらくは病院か、或いは警察が手配したホテル住まいになりそうだ。

 

事が全て終わる直前に駆けつけたキリトは無傷だったが、恭二と取っ組み合いを繰り広げた詩乃は軽度の擦過傷と打撲傷、加えて興奮状態にあった詩乃自身は気づいていなかったが、恭二の顔面に頭突きを見舞った際に僅かに額が切れていた。その為今の彼女の額には大きめのガーゼが貼られている。

 

1番の重傷者はもちろん、一登に撃たれた恭二である。

 

詩乃は、恭二を撃ったのが一登であると警察に伝えていない。

 

キリトにも、一登の正体については黙っておいてくれるよう頼み込んだ。

 

一登が<一兎>であり詩乃の学校の先輩であると彼も知っている筈だが(大体キリトの前で一登の名前を呼んでしまっている)、度々尋問に訪れた警官の反応や態度からしてキリトは詩乃の頼みを受け入れてくれているようだ――――今の所は。

 

まだしばらくは病院で拘束されつつ、繰り返し警察から質問を受け続けるだろうと、詩乃は覚悟していた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからキリト共々、急に解放された時は驚いた。

 

もっと驚いたのは解放された2人を出迎えた刑事の左腕が義手だった事だ。最新技術の筋電義手。義手の刑事に促されるがまま車に乗せられる。

 

見た目以外の違和感もなく悠々と車を運転する刑事は警察手帳も見せず、詩乃とキリトにただ「ツキジマだ」とだけ短く名乗った。

 

 

「公安の人間を学生の送迎に引っ張り出すなよまったく……」

 

 

運転しながら、後部座席の2人の元までは届かない音量で刑事は愚痴を呟く。

 

やがて詩乃とキリトが送り届けられた先は自宅でも、警察が用意したホテルでもなく……何故か都心の高層ビルだった。

 

それも一般市民の中でも慎ましい生活を送っている部類に入る詩乃にはまったく縁の無さそうな、一目でそれと分かるほど格式高い超高級ホテル。そんな施設の正面入り口前で降ろされた少年と少女は、揃って大口を開けてポカンと棒立ちになってしまう。

 

予想外の展開と明らかに場違いな自分達の存在に棒立ちになる庶民育ちな2人の元へ、新たな人物が近づいてきた。切れ長の目を持つ、調教された動物を想像させる端正な顔立ちをしたスーツの青年。

 

 

「朝田詩乃さんと桐ヶ谷和人さんですね」

 

「え、あ、はい」

 

 

呆然となりながらも名前を呼ばれたので反射的に首肯する。

 

 

「皆様がお待ちです。私に付いて来て下さい」

 

 

顔中に疑問符を浮かべながらも2人は青年の後に続いてホテルの中へ。高速エレベーターに乗って最上階へ。

 

詩乃とキリトが抱いた疑問はまったく共通していた――――こんな場所で自分達を待っている人間とは一体何者なのか?

 

流されるがまま付いてきているが、幾らなんでもこの展開はどう見てもおかし過ぎる。警察にいきなり解放されたと思ったら、連れて来られた先は超高級ホテル。おまけに事件当時の格好のまま病院で缶詰にされていた今の詩乃はだぶっとしたトレーナー、下は素足にショートパンツと、今居る場所の雰囲気にそぐわないにも程がある格好をしていた。

 

いつの間にか自分がとんでもない事に巻き込まれている気がして、詩乃は思わず頭を抱えたくなった。キリトも隣で似たような顔をしている。

 

2人と案内役の青年を乗せたエレベーターは最上階へ到着。

 

最上階は、フロア1つを丸ごと利用したロイヤルスイートルームだ。余りに贅沢なフロアの使い方と一目で分かるぐらい高級な設備の数々に、狭い安アパートに慣れた詩乃は眩暈がしそうになった。

 

そのまま案内されるがまま奥のリビングルームへ。最高級の部屋らしくホームシアターやカウンターバーを完備し、ちょっとしたパーティーを開けそうなぐらい大きなマホガニーのテーブルが置かれている。テーブルの周りには複数の人物の姿。

 

女性が1人、男性が3人。たった1人を除いて初めて見る人間ばかり。

 

唯一詩乃が知っていた人物は、あの運命の夜に彼女の前から姿を消した公魚一登だ。

 

 

「公魚先輩!」

 

「えっと、2日ぶりですね朝田さん。大丈夫そうで何よりです」

 

「その、この人達は……?」

 

 

不安そうな目で一登以外の人々を観察する。

 

女性は赤く染めたロングヘアをクリップでまとめた珍しい金眼の美女。他人を見下す事に慣れた雰囲気と物憂げな表情が奇妙に同居している。富、名声、才能……あらゆる意味で普通の人間と全く違う、生まれながらの女王様。そんな印象を詩乃は覚えた。

 

男性2人はどちらも背が高く、スーツ姿で黒髪にメガネと似通った特徴だったが、雰囲気はまるで違った。片方はダークブルーの高級スーツを纏い、学者かやり手の若手役員を思わせる雰囲気。もう1人はくたびれたスーツに身を包み、やる気のないサラリーマン然とした着方をしている。

 

後者はキリトも初めて見る顔だが、前者はキリトの顔見知りだった。どちらも非常に疲れた表情をしているが、特に顔色が悪いのはキリトの知り合いの方だ。

 

 

「菊岡さん、何でアンタがここに!?」

 

「いや、うん、あはは、その辺りは色々込み入った事情があるもので……」

 

 

疲弊しきった顔で乾いた笑みを何とか作りながら菊岡誠二郎――――死銃事件捜査の為キリトを<GGO>へ送り込んだ張本人はこう続けた。

 

 

「いやぁそれにしても災難だったね、まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ね」

 

「はぁ?」

 

「しかも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いやはや世の中物騒になったものだねぇ……」

 

 

言っている意味が分からない、と言わんばかりにキリトと菊岡の声が耳に入った詩乃は怪訝な表情になった。

 

だが2人の疑問は、表面上はにこやかだが目だけは必死な色を浮かべている菊岡の様子と他の面々から向けられた意味有り気な視線に気づいた事によって否応無しに理解させられた。

 

つまり詩乃の部屋で起こした一登の銃撃は『拳銃強盗による強盗未遂事件』として表向き処理される、という事だ。

 

あの晩詩乃の部屋に駆けつけた一登の存在は闇に葬られ、存在しない拳銃強盗が詩乃の部屋のドアを破壊し恭二を撃った……筋書きとしてはそんな所か。詩乃とキリトがこんな場違いな空間に連れて来られたのは当事者である2人を説得または口封じをする為に違いない。

 

詩乃とキリトはアイコンタクト。それから詩乃は一登へも視線を向ける。

 

彼女の選択を全て受け入れたいが、出来ればこのまま従って欲しい――――そんな内心がありありと伝わってくる、罪悪感と申し訳無さでいっぱいの一登の顔を見て、詩乃はつい小さく笑みを浮かべてしまった。

 

故に彼女はこう答える。

 

 

「……()()()()()()()。私も強盗に遭遇するのはこれで2回目ですし、生きた心地がしませんでした」

 

 

するとあからさまなぐらい一登と菊岡と呼ばれた役人が安堵の溜息を吐き出した。くたびれたスーツの青年が優しげな笑みを浮かべながら一登の肩を叩く。どうやらこちらは一登の関係者らしい。

 

場の空気が俄かに柔らかい雰囲気に包まれたのもつかの間、詩乃達の間に赤髪の女王様が割って入った

 

 

「それじゃあ私達の出番はこれでおしまいという事で良いわね」

 

 

詩乃達に尋ねるのではなく、ハッキリとした断定口調で女王は言い放つ。

 

 

「じゃあ私の役目はこれでおしまい。私が頼まれたのは事後処理の手伝いと話し合いの場を提供する事だけ。後は当事者達だけで勝手に話し合ってちょうだい」

 

 

女王は嬉しそうな微笑みを一登に向け、

 

 

「今回は貴方に感謝してあげるわ、公魚、いいえ石動一登。『彼』、こういう貸し借りが無い限り私に付き合ってくれないのだもの」

 

「……無茶な見返りは拒否させてもらうからな」

 

 

そう答えたのは一登の関係者の青年。固さと疲労感が滲む声でそう告げた青年の元へ赤髪の女王は近づくと、彼の右腕にするりと両腕を絡ませた。

 

 

「あら、セックスの何処が無茶な見返りなのかしら?」

 

「セッ!?」

 

 

突然の直球過ぎる発言に詩乃は噴き出した。キリトは顔を引き攣らせた。一登は怒るに怒れない複雑な表情を浮かべ、眼鏡の役人は危うくその場でひっくり返りそうになり、抱きつかれた青年は更に疲れた表情を顔いっぱいに張り付けそんな彼に案内役の青年が怒りの視線を浴びせる。

 

唯一女王だけは、態度を変えずに蠱惑的な瞳でメガネの青年を見つめ続けていた――――まさか2人はそういう関係なの!?

 

 

「お前……場所を考えて発言しろよ!」

 

「相手が難敵ならまずは外堀から埋めていくのも常套手段の1つでしょう?貴方には滅多に個人的な貸しを作れない分、たっぷり見返りを払ってもらうわ……貴方にしか払えない見返りでね」

 

「うわぁ……」

 

 

同性の詩乃から見ても絶世の美女から積極的に誘惑されているにもかかわらず、誘惑の対象者であるメガネの青年は非常に嫌そうな顔をしながらガックリと肩を落とした。

 

 

「ごめんなさい先輩、僕のせいでこんな事になってしまって……!」

 

「あーうん、そんなに気にするな。直接その場に居た訳じゃないから大層な事は言えないけど、お前のした事は正しい選択だ。俺に言えるのはそれだけだよ」

 

 

一登の血を吐くような謝罪にそう応えたメガネの青年は今や諦観の笑みを浮かべていた。

 

 

「場所を変えるわ。流毅、車を廻してちょうだい」

 

「…………了解しました」

 

 

女王は2人の青年を引き連れ、上流階級独特の優雅さと獲物を捕らえて運び去るネコ科の獣のようなしなやかさが同居した身のこなしでその場から立ち去っていく。

 

3人の姿が見えなくなった途端、菊岡は近くの椅子に勢い良く腰を下ろした。緊張の限界だと言わんばかりに首元のネクタイを緩め、盛大な溜息と共に脱力する。

 

 

「……何で、よりにもよって僕達の大口スポンサーの、それもトップ直々に隠蔽工作に出張ってきたのか詳しく聞かせて欲しいんだけど……」

 

「詳しい事は言えませんけど……色々あって、僕がいる組織と豊平重工は同盟を結んでるんですよ」

 

「……キリト君に死銃を釣ってもらうよう依頼したのは僕なんだけど、まさか一緒にとんでもない相手まで釣ってくるなんてなぁ」

 

 

遠い目になりながら総務省仮想課所属、その実防衛省から出向中の菊岡誠二郎2等陸佐は力無く呟く。

 

豊平重工と防衛省は重大な密約を交わし、多数の極秘プロジェクトを共同で行う程度には密接な関係にある。

 

 

「先輩、今のは一体……?」

 

「まずは君達も座ったらどうかな?その事も含めて、僕も彼も色々と話さなければならない事があるからね」

 

 

菊岡の誘いに従い、詩乃とキリトはテーブルの周囲に配置された椅子に腰掛ける。室内に残されたキリトと詩乃、一登と菊岡がテーブルを挟んで向かい合う。

 

まず口火を切ったのは菊岡からだ。まったく面識の無い詩乃に軽く自己紹介。自分の名前と所属部署を明かしてから、菊岡はおもむろに深く頭を垂れた。菊岡達の捜査によって詩乃を危険に晒した事を謝罪する。

 

謝罪を経た後、菊岡は死銃事件に関する捜査内容を詩乃達へ公開し始めた。

 

死銃の犯人は新川昌一と恭二の新川兄弟に加え、SAO時代の恭一こと<赤眼のザザ>と同じく殺人ギルド<ラフィン・コフィン>に所属していた<ジョニー・ブラック>、本名金本敦の3人。新川兄弟は逮捕されたが金本は逃走中。

 

一登に撃たれた恭二は言わずもがな、兄の昌一も警察に逮捕された際に酷く怯えた様子を見せていたという。それを聞いた詩乃とキリトは反射的に一登を見やった。本戦中に死銃を演じていた昌一へ止めを刺したのは一登だ。見つめられた本人は「当たり前だ」と言いたげな表情をしている。

 

説明は続く。新川兄弟の家庭内の事情や兄弟仲、『死銃』という存在を生み出して凶行に及ぶ様になった動機などが菊岡の明らかになっていく。兄弟の実家は個人経営の病院で、現実の人間を死に至らしめる凶器として用いたサクシニルコリンと注射器、緊急時に患者の家のドアを解除する為のマスターキーはそこから入手したという――――命を助ける医者の家族が命を奪うという皮肉。

 

標的の情報を収集し、必要な装備を整え、襲撃する……その過程自体がゲームだったと昌一は警官にそう供述したそうだ。SAOに居た頃となんら変わりない、人の命を奪う過程を楽しむゲーム。

 

 

「……」

 

 

それを聞いた途端、一登から濃密な殺気が放たれだした。

 

一登が、本気で怒っている。

 

詩乃は彼の言葉を思い出す。

 

『ただ自分の楽しみの為だけに関係の無い人を苦しめ、命を奪う――――そんな人間は殺された方が良い』と彼は洞窟で語った。そう本気で考えているであろう彼からしてみれば、人の命をゲーム感覚で奪ったと嘯く昌一のような人間はまさに許されざる存在に違いなかった。

 

 

「わ、公魚先輩……」

 

 

詩乃の声に、己の強烈な殺気に中てられた周囲が顔を青褪めさせている事に気づいた一登は慌てて殺気を抑えた。

 

 

「ご、ごめんなさい!つい頭に血が上っちゃいまして……」

 

 

謝罪を口にしながら(今からでも殺してやりに行こうかな)と一登は割と本気で悩んだ。

 

菊岡が咳払いをして仕切り直し。

 

昌一は一登に脅された事で逮捕当時は軽度の恐慌状態にあったものの、肉体的には無傷なので現在は警察署で大人しく拘留中。

 

一方の恭二は重傷だ。頭部を強打され、顔面は詩乃の頭突きによって鼻骨を骨折。最も酷いのはやはり一登に撃たれた右手首だ。

 

銃弾が腕の骨を直撃しており、元通り右手が使えるようになるには長いリハビリが必要になるだろうと予想されていた。それを聞いたシノンの顔が痛ましいものに変わる。自分を殺そうとした人間とはいえ、1人暮らしを始めた詩乃を甲斐甲斐しく支えてくれたのも恭二であった。つい、心がざわめいてしまう。

 

最後に菊岡は昌一からの伝言をキリトへ伝えて話を締めくくる――――これが終わりじゃない。終わらせる力はお前にはない。すぐにお前もそれに気づかされる。イッツ・ショウ・タイム。

 

 

「僕から君達に伝えるべき事はこれでおしまい。後は君達で話し合ってくれ、これ以上僕がここに居たらお邪魔だろうからね」

 

 

菊岡が退出する。

 

室内には病院で治療中の恭二を除く、あの夜詩乃の家に集まった当事者だけが残される。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……色んな事を隠していてすみませんでした」

 

 

いきなり一登に謝られたものだから、詩乃とキリトは思わず戸惑ってしまう。

 

 

「いや、俺も人の事言えないからあまり気にしなくてもいいんじゃないか?そりゃあ一兎……」

 

「あ、一登で良いですよ」

 

「でも俺も本名が和人だからちょっとややこしいな。じゃあ<GGO>の中と同じように一兎って呼んでも構わないか?」

 

「ええもちろん。じゃあ僕もここではキリトって呼ばせてもらいますね」

 

「……呼び方はどうでもいいですけど、こうして私達だけ残したって事は、公魚先輩の事について本当の話を聞かせてもらえると考えて良いんですよね……?」

 

 

恐る恐る放たれた詩乃の質問に一登は真面目な表情で頷く。

 

 

「……先輩は一体、何者なんですか?」

 

「僕は――――プロの殺し屋なんです」

 

「殺し屋……」

 

「ええ、お金を貰って人を殺すのが仕事です。ですけど殺す対象は基本的に法律で裁けなかったり、警察が逮捕に動けないほど大きな権力を持っていたりする悪人ばかりで、罪も無い堅気の人達を殺そうとした事は決してありません」

 

「……どれぐらいの人をこれまでに殺してきたの?」

 

「……数え切れないほどの数を」

 

 

黙りこむ詩乃とキリト。他に何を聞けば良いのか、これ以上尋ねて良いものか、深く悩んでいる気配が色濃く伝わってくる。

 

 

「一兎、は」

 

 

次に質問を放ったのはキリトだった。

 

 

「何で、殺し屋になったんだ?」

 

 

少し考えてから一登は正直に答える事にした。

 

 

「僕が今の組織に入ったのは通っていた空手道場でスカウトされたお陰なんですけど……そもそものきっかけは弟がいじめで殺された事ですね。当時弟はまだ小学生で、弟の死をきっかけに母親も精神を病んでしまいました。おまけにいじめていた人間の名前全てを記載した遺書を残していたにもかかわらず、学校側はいじめの事実を認めずに隠蔽すらしたんです」

 

「酷い……」

 

 

思わず詩乃は呻いてしまう。幼さ故の限度を知らない悪意と、事なかれと目を逸らす大人の歪な無関心ぶりに関しては、彼女も嫌というほど身に覚えがあった。

 

口元に手を当てた詩乃の隣では、キリトも驚きと嫌悪感に大きく表情を歪めている。

 

2人の反応を見ながら、一登は弟を殺した連中と事件を揉み消そうとした当時の学校関係者を皆殺しにする予定である事は黙っておく事にする。

 

 

「例えば罪の無い人が殺されたとします。殺された人には家族や大事な人が居て、でも犯人が未成年だったり、政治の力だったり、警察の無能が原因だったり……色んな理由で犯人が捕まらない事は意外なほど多い。そんな時、中にはこんな事を考える人達も居る――――『誰かがこの犯人を殺せばいいのに』って。

 その誰かが、僕達なんです」

 

「…………」

 

「って言っても、今の言葉は僕を鍛えてくれた師匠の受け売りですけど、僕は師匠のこの言葉こそ、僕達みたいな殺し屋が存在すべき理由なんだと考えています」

 

「……本戦が始まる前に一登があんな事を言った理由がよく分かったよ。『殺るに相応しい理由と必要性がある以上、何時かは必ず誰かがしなければならない事だった』、一兎がそう俺に言ったのは、一兎自身がずっとそんな世界で生きてきたからだったんだな」

 

「ええ、人間の中には面白半分で人を殺せる人間も居る。そういう事が出来る連中は殺すしかない。この世界には正義の殺人も存在すると僕は確信しています」

 

 

何と答えたものやら、詩乃の口からは上手い言葉が出てこない。

 

似たような言葉は洞窟の中でも聞いた覚えがあるけれど、現実の世界で現実の一登の姿で現実の一登の声で聞かされてしまっては、やはり感じ方や衝撃の度合いが格段に違ってくる。卵サンドの味を褒められて無邪気に喜んでいた時の彼の笑顔を知っているだけに尚更だ。

 

 

「普通だったら、相手がどんな人物であっても人を殺すのは許されないって言う所なんだろうけど……」

 

 

詩乃が答えあぐねていると、先にキリトが一登の考え方に対する自分なりの感想を口に出す。

 

 

あの世界(SAO)で凶行を止めようとして結果的に人の命を奪った俺なんかに、一登のその考えを否定できる権利なんて無いよ」

 

「キリト……」

 

「だけど教えてくれ。これから俺やシノン……一兎は一体どうなるんだ?一兎が新川恭二を撃った事は拳銃強盗に偽装されるのは分かったけど、俺達に殺し屋である事を教えても大丈夫なのか?」

 

「今回は大丈夫です。もう上の方で色々と話はついていますし、僕が所属している組織はそこまで暴力的でもありません。後は現場に居た当事者である朝田さんとキリトが今回の話を広めないと約束さえしてくれれば、それで一件落着になります」

 

「俺はもうそれで構わないさ。他言はしないし、そもそも誰かに教えたとしても今回の事ばかりは信じてくれるかどうか甚だ疑問だし、俺自身他人から聞かされる側に回ったらまず信じないだろうからなぁ」

 

「朝田さんは――――」

 

「……先輩は」

 

 

気がつくと、何故か勝手に口が動いていた。

 

口をついて出たのは、詩乃の頭の奥底で気になって気になって仕方がなかった疑問、もしくは願望。

 

 

「もし私が公魚先輩の秘密を黙っているって誓ったら、先輩はまた学校に戻ってきてくれますか?」

 

 

本当は学校ではなく、私の傍に、と言いたかった。そう問いかけるにはまだ詩乃と一登の関係は深くも近くない。

 

同時にもっと一登と近づきたい、もっと一登と関係を深めたい。そんな願望を詩乃は抱いた。そしてまた彼が作った卵サンドを食べて、一緒に笑いながら長閑なランチタイムを楽しむのだ。

 

 

「はい、多分そうなると思いますよ」

 

「そうなんだ……良かった」

 

 

一登の返答に詩乃は安堵し、そして喜んだ。彼とまた一緒の時間を過ごせると思うと無性に心が躍り、口元が緩んでしまう。こんな気持ちになるのは初めての経験だった。

 

 

「なら1つだけ、我侭を言わせてもらってもいいですか?」

 

「……無茶な内容で無いなら、僕の出来る範囲で」

 

「――――また、あの卵サンドを食べさせて下さい」

 

 

 

 

 

――――きっとこれは、恋という感情なのかもしれない。

 

自覚に至るまでの道のりは少しばかり硝煙と暴力の臭いが混じっていたけれど、一旦自覚してしまえば恋する乙女にはそんな経緯などほんの瑣末事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ようやく登校出来るようになった詩乃を校門で待ち構えていた一登が出迎えた。

 

彼の手には、見覚えのある弁当箱。

 

それを見た詩乃は嬉しそうにはにかむ。彼女の笑顔に、一登も優しく微笑む。合流した2人は視線を浴びせてくる登校途中の他の学生達の存在も忘れて、楽しげに談笑しながら校舎の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この関係が何時まで続くのかは分からない。

 

だが血塗られた過去を共有した少年と少女は、再び同じ時間を生きていく。

 

 

 

 




駆け足でしたがこれにて完結となります。読んで頂いた皆様お付き合いありがとうございました。
オリジナルを執筆していて1から話を作る事の苦しみを味わったせいか、今作を描く時は妙に筆の進みが良かったですw






未公開シーンまとめ

原作5巻部分
①射撃場にて:ゲーム内と現実での射撃の際についての考察。本当はここでのやり取りがきっかけでモブ集団に目を付けられる予定だった。
②学校生活:一登の詩乃餌付け日記
③BoB予選準決勝:M14SOPMODとSW1911使いのメガネっ娘と対戦。正体は組織の同僚ことダニエラだった、というオチ。

原作6巻部分
①モブとの格闘戦:VR流格闘技vs超実戦的戦闘術
②死銃との追撃戦:テクニカルvsアイアンホース。もっと派手に追いかけっこしたかったけど長くなりそうだったので断念。
③ダイシーカフェにて:リズに逆ナンされる一登や厨房に立った結果自分より一登の料理が美味くて凹むエギルなど

番外編
①cv子安の逆襲:トチ狂った須郷が鳳凰連合の残党を雇って脱走、キリト達を襲撃して一登が奔走する羽目に
②一登inALO:剣と魔法だけが殺す手段とは限りません
③琴刃様のVR日記:孤高の女王は殺し屋とイチャラブする夢を見るか。一見鉄面皮な人間が感情表現が分かり易くなりやすい仮想空間に入るとどうなるかというお話。
④女たちの挽歌:ある人物との出会いがきっかけで終結する事になった由美子・ミナ・琴刃・ダニエラ。同盟を組んだYGCヒロイン達の思わぬ攻勢にどうなる塵八!?
⑤オーシャンタートル攻防戦:ハイブリッド・豊平重工連合軍vsグロージェン・ディフェンス・システムズ。全ては友情の為だけに。


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