ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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1:殺人者たちのランチタイム

 

 

ヤクザとその助っ人を皆殺しにした一登は、行きと同じくハイブリッドの支援要員の運転する車に乗って自宅に戻った。もちろん一登は傷1つ負っていない。

 

一登は、マンションで1人暮らしをしている。

 

東京都文京区湯島、JRの駅近くに存在する比較的新築のマンション。家賃は自腹ではなく白猫持ち。

 

甘い顔立ちに似合わず漫画やアニメや美少女ゲームが好きな一登にとって、東京に移らされて良かったと思う点は秋葉原への行き来が非常に楽になった事だ。行こうと思えば徒歩や自転車で十分なぐらい近く、仕事や部活動が無い日は学校帰りにふらりと気楽に足を向けたりしている。

 

千葉時代と合わせて1人暮らしになってから既に2年位経っているが、一登は1人暮らしの生活に未だ慣れない。自宅では1人ぼっちの生活から逃げ出すように料理やゲームやアニメ鑑賞やトレーニングに没頭していた一登だが、東京に移ってからはその兆候が一層激しくなっている。

 

しかし今日は普段と違った。靴を脱いで部屋に入るなり、学生服から着替える事も忘れてベッドの上に胡坐を掻き、自分のものではない女の子向けの通学鞄を前に腕組みをして唸り声を漏らす。

 

 

「探して会えたとして、一体何て話しかければいいんだろ……」

 

 

恋愛ゲームに登場する女子の攻略法は熟知している一登だが、現実では正反対。学校ではしょっちゅうラブレターを貰っているが、恋愛はゲームの中だけで十分というスタンスのせいが原因で、付き合っているどころか学校内で必要以上に仲良くしている女子は1人も居ない。

 

女子が苦手だったり女嫌いという訳でもない。実際ハイブリッドの女性陣とは仲良くしている。ただ女子が一登と交際したがる気持ちが分からず、現実の恋愛にも興味が湧かないだけだ。

 

ただそのせいで普通の女子相手の会話スキルが身に付かず、結果初対面も同然の女子に自分から接触しなければならない状況に陥った今、こうして頭を悩ます羽目に陥っているだが。

 

たっぷり数十分は頭の中でシミュレーションを繰り返した挙句、一登は結論を出す。

 

 

「……難しく考えずにストレートにいこう」

 

 

考えてみれば、恋愛シミュレーションゲームの主人公みたいな変に気の利いた言葉や甘い口説き文句を囁く必要はどこにも無かった。普通に話しかけて普通に鞄を返せばいい。彼女の事情に踏み込むのはそれからの話だ。

 

次に対策を立てるべき事柄は、どうやって彼女との関係を深めていくべきか。

 

朝田という少女の学校での立場や境遇を改善させる為には、やはり何より本人の意思と協力が必要だ。まずは彼女と話し合い、事情と意志を確認しなくてはならない。

 

普通ならカツアゲの現場を助けて彼女の落し物を拾ったという展開は親しくなるのに十分な内容だろう(恋愛ゲームの良くある展開そのままだなぁ、と一登自身思う)。

 

――――しかしそれだけじゃ足りない、とも思う。

 

何となくだが、それだけではまだ充分な予感がした。出来ればもう1押し、スムーズに彼女と話し合いに持ち込める要素が欲しい所。

 

 

「よし」

 

 

一旦決心してしまえば一登の行動は早い。キッチンに向かい、冷蔵庫の中身を確認。殺しの仕事で大金を稼いでいるだけあって冷蔵庫の中には多種多様な高級食材や調味料が勢ぞろいしている。

 

授業に必要な物を運ぶための鞄が手元に無い以上、嵩張る弁当箱だけ持って通学してくるような目立つ真似はしないだろうと一登は予想した。明日は購買か学食を利用しようと財布だけ持って登校してくる筈。そこで料理を得意とする一登の出番だ。

 

冷蔵していた食パンを中心に大量の食材を取り出し、お気に入りのアニメの主題歌の鼻歌を奏でながら一登は調理を開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分がどうしようもなく目立っているのを、詩乃は理解せざるを得なかった。

 

何故なら学校への通学路を歩く学生達の中で、自分だけが手ぶらなのだから仕方があるまい。

 

学校に向かう前、一縷の希望をかけて昨日遠藤達に連れ込まれた路地裏をくまなく捜索してみたが、詩乃が落とした鞄は影も形も見当たらなかった。つまり詩乃が逃げ出してから彼女の鞄を誰かが回収した訳で……

 

誰が詩乃の鞄を拾ったのかといえば、最も高い可能性はやはり詩乃を助けに入り、にもかかわらずまともな礼も告げぬどころか突き飛ばして逃げた相手である公魚一登が詩乃の鞄を拾って持っていったという展開だ。

 

……とてつもなく気が重い。胃も重い。足取りは更に重い。特注の強化ポリマー製レンズを使った伊達メガネの材質が鉛に変化してしまったかのような錯覚を覚える。メガネのズレを直す気力すら、今の詩乃には湧いてこなかった。

 

まるで全身に砂袋の塊を着込んでいるような気分で通学路をのそのそと歩き続ける。

 

鞄を取り戻すには改めて公魚先輩と接触しなくてはならない。朝田詩乃という人間は氷の如く冷ややかに他者を拒絶してはいるが、だからといって自分の行いに対し恥や罪悪感を抱かない訳ではない。特に昨日の事に関してはどう考えても自分の方が悪いのだから尚更だ。

 

どんな顔をして会いに行けばいいのか、どんな事を言えばこれ以上の面倒事を招かずに済むか、詩乃にはさっぱり手立てが浮かばなかった。

 

 

「はぁ……」

 

 

俯きがちに両足を自動運転で動かし続ける。

 

そろそろ校門が見えてくる頃、ふと詩乃は前方の異変に気づいて顔を上げた。周りの生徒達が校門へと妙に注目している。

 

 

「――――えっ」

 

 

校門が見えてきた事で、周囲が動揺している理由を詩乃もようやく悟った。会わなければならないけど会いたくない人物が、校門の前で待ち構えていた。

 

詩乃の位置から校門の様子が見えるという事は向こう側からも詩乃の存在が見えるという事で、彼女を待ち構えていた公魚一登も詩乃の登校に気づく。

 

一登は学生服の上に防寒具としてダッフル付きコートを着用していた。デザインや質感からブランド物の高級品だと詩乃は予想。

 

手足が長く甘い顔立ちである一登が着ていると、まるで広告の男性モデルと勘違いしてしまいそうなぐらいとてもよく似合っている。彼の横を通り過ぎていく女子生徒達が揃って彼の姿を目に追いつつ、寒さ以外の理由で頬を赤く染めているのも無理はないと、詩乃すらもつい思ってしまった位だ。

 

そんな学校のアイドルが詩乃の元へ近づいていく。一登の移動に合わせて、登校途中の生徒の視線も彼を追いかけていくのが詩乃にも分かった。

 

身を硬くして立ち尽くす詩乃の前までやってきた一登は小脇に抱えていた鞄を彼女へ差し出した。見間違えようがない、昨日路地裏に忘れた詩乃の通学鞄だ。

 

 

「君が昨日落としていったこれ……中身は開けて見てませんから、安心していいですよ」

 

 

そう言う一登の声や表情もちょっと緊張気味。

 

一登が接近してきた事に詩乃も若干動揺を露わにしていた……だがやや強張ったように見える一登の表情を見た途端、彼女の精神状態は一気に冷え込み、冷淡さと虚無感を奥底に秘めた無表情へと一変する。

 

――――目の前の彼も私の過去を知っている。だから両手を血に染めた殺人者である私と接することを彼も恐れ、嫌悪しているのだ。

 

実際の所は詩乃の勘違いである。一登が緊張しているのは知り合いでもない女の子に自分から話しかける事に対してだ。話しかけるなり詩乃の表情が能面へと変貌してしまった事に、一登は内心混乱しそうになる。

 

 

「ありがとうございました。それでは失礼します」

 

 

端的にそれだけ告げた詩乃は一登の手元から鞄を取り上げると(その際、彼の身体に手が触れないよう注意しながら)、そのまま彼の横を通り過ぎようとした。

 

――――直後、詩乃が予想だにしていなかった展開が起きた。

 

一登が離れていこうとした詩乃の手首を掴み、強制的に引き留めたのだ。初めて触れた一登の掌は予想よりも固くゴツゴツとしていてタコだらけだった。

 

 

「ちょ、ちょっと何をするんですか!」

 

「ご、ゴメン!君にまだ言いたい事があるんです!」

 

 

若干声を張り上げると一登は慌てて手を離した。四方八方から注目の視線を浴びせられているのだからさっさと話を終わらせて欲しいのが詩乃の本音だ。

 

 

「朝田さん、で名前は合ってますよね」

 

「……ええ」

 

「登校してきた時手ぶらだったって事は、今日の昼食は購買か食堂で食べるつもりだったんですよね?」

 

「それが先輩に何か関係あるんですか」

 

「――――もし良かったら、お昼休みは俺と一緒に食べませんか?」

 

 

詩乃は思った――――この人、正気か?

 

ついまじまじと一登の顔を真正面から見つめてしまうが、彼の顔色や瞳に浮かぶ光から、一登が大真面目に自分を昼食に誘っているのだと、詩乃は否応無しに理解させられた。

 

ファンクラブすら結成されていると噂の学校のアイドル的存在から食事の誘いを受けた事に対し、自分以外の女子なら喜んでOKを出すのだろうが、アイドルや有名人の類に全く興味を抱かない詩乃の場合は困惑しか浮かんでこなかった。

 

そもそも周囲から孤立している詩乃が家族以外の異性から食事に誘われた経験など……詩乃の同好の志である、小柄な少年を除けば…・今回が初めてだった。むしろ戸惑わない方がおかしいに決まっている。

 

 

「……本気で言ってるの?」

 

「うんまあ、とりあえず本気で誘ってるつもりなんですけど。実は朝田さんの分のお弁当も作って持ってきちゃってたりしてて」

 

「………」

 

「色々と朝田さんと話したい事もあるんだけど……ダメかな?」

 

 

どうしよう。詩乃は本気で困った。

 

本心では昼食の誘いを断りたい。だけどロケーションが最悪過ぎた。

 

登校真っ最中の多数の生徒が行き交う校門前が現場なせいで、一登が詩乃を食事に誘うまでのやり取りの一部始終を数多くの生徒が目撃している。2人を遠巻きに見つめる多数の野次馬の中には勿論、詩乃のクラスメイトも混じっていた。

 

――――こんな注目を浴びている中で学校のアイドルのお誘いを無碍に断れば最後、今以上のトラブルが詩乃の元を襲うに決まっているではないか!

 

何より一登の表情もいけない。表情や雰囲気は雨の日に捨てられた子犬みたいな癖に、詩乃を見つめる瞳だけはとても大真面目。詩乃に劣情を抱いて口説こうと企んでいるのではない、本気で詩乃と話し合いたいのだという意思が伝わってきて、頑ななつもりの詩乃の心は大いに揺さぶられる。

 

この場の拒絶と今後の平穏。

 

――――どちらが大事なのか、どちらを選んだ方が得なのかは、とっくに分かり切っていた。

 

 

「……分かりました」

 

「良かった!それじゃあ昼休みに、家庭科室で待ってますんで」

 

 

待ち合わせの場所を耳打ちした一登は校舎へと去って行く。

 

 

 

……一登の姿が消えた途端、詩乃は目を血走らせたクラスメイト達に包囲される羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

ようやく、昼休みの時間が訪れた。

 

休み時間の度に質問攻めに遭って心底精神力をすり減らされて自分の選択を今更ながら後悔しつつ、まだまだ質問し足りないとピラニアみたいに集ってくるクラスメイト達を何とか振り切ってから、詩乃はようやく家庭科室の前に辿り着く。

 

詩乃が扉をノックしようとした矢先、勝手に家庭科室の扉が開かれた。一登が扉のすぐ向こう側に立っていた。

 

3度目の顔合わせでまず詩乃の中に浮かんだのは疑問だった。

 

 

「授業以外では閉まっている筈なのに、この部屋の鍵はどうしたんですか?」

 

「部活ではいつもここを使ってるからね。それでもって俺は料理同好会の部長だから、部長権限で合鍵を渡されてるんです」

 

「それ、職権乱用っていうんじゃ……」

 

「固い事は言いっこなしですって。ほら座って座って」

 

 

一登に案内されるまま、規則的に配置されたシンク一体型のテーブルの元へ。

 

家庭科室用の丸椅子に腰を下ろすと、テーブルの上に大きめの弁当箱が置かれた。一登の手によって中身の全貌が明らかになる。

 

弁当箱の中に詰め込まれていたのは長方形のサンドイッチだった。様々な具材が耳を切り落とされた食パンに挟まれ、色とりどりに自らの存在をアピールしている。

 

そこいらのコンビニやパン屋で売っている売り物よりも遥かに美味しそうだ。どう考えてもいち男子高校生が作った代物とは思えない見た目で、反射的に詩乃の喉がゴクリと音を立てる。

 

すぐさまこの場に自分以外の人間の存在を思い出してサンドイッチから視線を引き剥がすと、詩乃の反応を見て満足そうにはにかむサンドイッチの製作者とバッチリ目が合った。

 

 

「~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

頬が急速に熱を持っていくのを自覚した。

 

……この先輩と一緒に居ると調子が狂って困る。遠藤達に絡まれた時とは全く別の意味で、さっさとここから立ち去りたくなったが、きっと目の前で微笑む先輩は詩乃が自家製サンドイッチを食べ終えるまで絶対逃がしてくれないに決まっている。

 

 

「飲み物はどれがいいかな。ティーバッグで良ければ緑茶と紅茶と番茶があるよ」

 

「……紅茶をお願いします。出来ればミルクと砂糖付きで」

 

「コーヒー用のミルクで構いませんか」

 

「構いません」

 

 

図々しい注文もサラリと流されるどころか希望の品をしっかり用意されてしまった詩乃は、いい加減覚悟を決める事にした。

 

……こうなれば開き直って御馳走されてしまおう。そしてさっさと食べ終わって退散してしまうのだ。

 

 

「じゃあ頂きます」

 

 

弁当箱へ小さな手を伸ばす。最初に手に取ったのは定番の卵サンド。すり潰された黄金色の黄身の中に、細かく刻まれた白身が見え隠れしている。一口目に含んで、ゆっくりと咀嚼。

 

2度3度と噛み締めた所で、詩乃の動きが静止した。

 

 

「お、美味しい……!」

 

 

これまた思わず、といった体(てい)で詩乃の口から賞賛の呻きが漏れ出る。

 

具材そのものはシンプルだが、口の中に広がる卵サンドの味は非常に複雑だった。土台となる卵を構成する白身と黄身、それぞれしっかりとした味わいを秘めたそれらをマヨネーズのまろやかな酸味が上手く調和させている。そこにコショウと少量の唐辛子が加わり、ピリリとしたアクセントが意表を突く。

 

栄養とカロリーと原価のバランスが取れてさえいれば基本的に味を気にしない詩乃の味覚と胃袋は、たった一口の卵サンドによってあっさりと陥落させられた。

 

気が付くと、手と口が止まらなくなった。手に取ったサンドイッチを1個ずつ口の中に放り込んではしばらくの間味を堪能し、呑みこんでは残りを口に運んで新しいサンドイッチを手に取るという動作を繰り返す。

 

耐え切れぬ満腹感を覚えた詩乃がようやく我に返った頃には、ぎっしりと長方形にカットされたサンドイッチの半分以上が消え去っていた。

 

こんなに我を忘れて――――と言うよりも、誰かの手料理を食べたのは、少なくとも高校に入ってから今日が初めてだ。

 

 

「いやー、俺の料理が口に合ってくれたみたいで良かったよ」

 

「く、くぅっ……!!」

 

 

今や顔どころか頭全体が恥ずかしさで沸騰状態だ。何故昨日出会ったばかりの学校の先輩にこうも情けない姿ばかり見られているのだろう?――――本当に泣きたくなってきた。

 

誤魔化すようにまだ熱さの残る即席ミルクティーを詩乃は一気に飲み干した。一登が自分へ送ってくる生温かい視線を、中身が飲み干された紙コップをテーブルに叩きつける事で払いのける。

 

 

「それで、校門で『私と話したい事がある』って言ってましたけど」

 

「えっと、じゃあまずは昨日の事からなんだけど」

 

 

一登は背筋を伸ばし、じっくりと腰を据えて話をする姿勢を取りながら、

 

 

「あの3人にたかられるようになったのは何時からなのかな?」

 

「……何故教えないといけないんですか。あの場で助けてくれた事は感謝しますけど、公魚先輩には関係のない事じゃないですか」

 

 

どうせ自分の過去を知れば、目の前の先輩だってクラスメイトや教師と同じ様に離れていくに決まっているのだ。

 

だったら心を開いたって何になる――――過去の傷痕が、半ば自暴自棄な思考と言動を詩乃に取らせる原因だった。

 

拒絶の言葉に、しかし一登は怯まない。真っ直ぐ詩乃を見据えながらキッパリと言い放つ。

 

 

「関係あるよ――――知ってしまったのに、 知らん振りをして逃げだすなんて真似は絶対にしたくない。それにああいう遊び半分で人を傷つけたり苦しめたりする、イジメをやるような連中には俺も嫌な記憶があってさ……」

 

 

そう話す一登の表情が、少しだけ険しく歪む。どうやら人気者の彼も、思い出したくない過去の1つや2つを秘めている様子。

 

イジメといえば、詩乃にとってただ1人存在する異性の友人である新川恭二も、所属していたサッカー部で酷いイジメを受けたのが原因で不登校になった身だ。こういうのを類は友を呼ぶ、と言うんだろうか?

 

――――詩乃は知らないが、一登には弟がいた。だが小学校でのイジメが原因で死亡。弟の死をきっかけに母は心を病み、現在病院に入院している。

 

自分達を捨てた父親の代わりに唯一残った家族を守る為、そして弟を殺したいじめっ子と事件の関係者への復讐の為に、一登は殺し屋になった。

 

だからこそ、弱者ばかり傷つけるような輩を一登は最も嫌っている。憎んでいる、と表現してもいい。

 

 

「だから――――朝田さんを放っておけないんだ」

 

 

余計な修飾を一切省いたストレートな言葉を躊躇い無く言い放った一登の顔を、詩乃は朝の校門でのやり取りの時と同様に、思わずジッと見つめてしまう。

 

彼は本気だ。詩乃の事を本当に慮っているのだという事が、強く伝わってくる。

 

――――それでもきっと。投げやりな思いはまだ詩乃の中から消え去らない。わざと自分を貶め、一登を突き放そうとする言葉が勝手に口から飛び出した。

 

 

「私が昨日の彼女らみたいに絡まれたって仕方のない、悪い人間だったとしても?例えばそう……血塗られた手をした、人殺しだったとしたら?先輩だってどうせ――――」

 

「もし、朝田さんが本当に人を殺した事があったとしても」

 

 

詩乃が言い終える前に一登の声が被せられる。

 

 

「……朝田さんが悪い人かどうかは関係ないんじゃないかな。っていうか今ので分かりましたけど、朝田さんは絶対悪い人じゃありませんって」

 

「…………どうして、そう思うの」

 

「本物の悪人は自分の事を自分から『悪い人』って言ったりしませんよ」

 

 

一登は真顔で断言した。妙に説得力のある口調だったものだから、これ以上の反論を封じられてしまった詩乃は絶句する他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばちゃんと自己紹介してなかったですよね。俺は公魚一登っていいます。君の名前は?」

 

「――――朝田、詩乃」

 

 

サンドイッチを口に詰め込む光景を目撃された時以上に気恥ずかしくなって、目を逸らしながらぶっきらぼうに自己紹介する格好になってしまう。

 

気を悪くした様子もなく、一登は微笑む。

 

 

「改めてよろしく、朝田さん」

 

「……こちらこそよろしくお願いします」

 

 

するとここで一登はちょっと戸惑った表情を浮かべた。

 

まずは上手い事お互いの名前を交換するのには成功した。さてここからは何を話せばいいのやら、異性と1から関係を築く事に慣れていない一登は次に何を話すべきなのかパッと思い浮かばなかった。

 

恋愛シミュレーションゲームと違って勝手に選択肢が表示されない分、現実の人間関係はやっぱり厳しいものだ。やはりまずは無難な話題から始めるべきか?

 

 

「えっと、朝田さんは何か趣味とかは持ってるのかな」

 

「い、一応、趣味っていえるかどうかは微妙なんだけど……」

 

 

 

 

 

 

――――後になって詩乃は思う。

 

あの日あの時、家庭課室で一登の質問への答えが少しでも違っていたのならば、本当の彼の姿を知る機会は巡ってこなかったであろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

「<ガンゲイル・オンライン>、って知ってる?」

 

 

 

 

 

 




一登の口調に四苦八苦しながら書いてます(汗)
次回はGGO突入&オリジナル展開の予定。



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