ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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17:BoB(8)・エンドゲーム

 

 

死銃を撃破した一登は、横転したテクニカルに挟まれたキリトの元へ向かった。

 

今一登の手には死銃の身体から引き抜いたカランビットが握られている。一登を取り囲む中継カメラの向こうの観客達の目には動けないキリトへ止めを刺しに近づいているように見えているのだろうが、生憎そんなつもりはまったくない。

 

全身に刺剣が作り出した大量のダメージエフェクトを痛々しく纏った2人の少年がしばし見詰め合う。

 

 

「シノンから話は聞いてたけど一兎がここまで強かったなんて……」

 

 

転がったまま感嘆の言葉を呟くキリト。

 

 

「経験の差、ってやつですよ。それでも結構手こずりましたけど」

 

「……経験の差、か。まいったなぁ、俺もSAOや他のVRMMOで結構修羅場を潜ってきたつもりだったんだけど」

 

 

悔しそうな呻き声が美少年の口から漏れる。砂の上に寝転がったまま、大きく息を吐いて脱力する。自分の無力さへの落胆振りが、ありありとキリトの吐息から滲み出ていた。

 

そんなキリトを他所に、一登はキリトの両足を押し潰している車体に手を置き、どうにかキリトの上から退かす事が出来ないか試みる。

 

 

「ナイフを投げつけて懐に飛び込んでからのあのコンボ――――もしかして一兎も何らかの武術を修めていたのか?空手以外にも関節技や寝技までこなすなんて相当な技量だぞ」

 

 

リアル情報につながるような質問はご法度であると重々理解していても、ついついキリトはそう訊ねる衝動を抑え切れなかった。それほどまでの戦闘能力だった。

 

 

「とりあえず古流空手を数年ほど。ここ2~3年は総合格闘技もそれなりにやってます」

 

「……俺も剣道を再開して鍛え直すべきかな」

 

 

虚実を交えて答えながら状態を確かめる。キリトが挟まれているのは地面とひっくり返った荷台の間。大型の車体は全体的にパラメータが低い一登程度の能力では、まず持ち上げられそうにない。

 

重い狙撃銃を手に動き回るスナイパーとして筋力値を重点的に強化しているシノンに手伝ってもらうか、それとも砂を掘り返してキリトが車体から抜け出れるだけの隙間を作るか……一登が悩んでいると、「ん?」とキリトが足元で声をあげた。

 

 

「シノンが今こっちに向かってきてるみたいだ」

 

「よく分かりますね」

 

「SAOで鍛えたシステム外スキルってやつさ。あの世界(SAO)で前線を張ってたプレイヤーなら大体習得してる。お陰で死銃の狙撃も察知できた……多分、あの爆発と砂煙の中でも死銃が正確に車のタイヤを撃ち抜けたのも、俺と同じようなシステム外スキルを活用したからだったんだと思う」

 

 

車体をどかすのを一旦諦めた一登は、横転したテクニカルに背を向けてからその場に腰を下ろす。

 

背中を冷たい車体に預けながら、夜空を仰ぐ。作り物とは思えないほど美しい――或いは仮想だからこそ、とことん美しさを追求して創り上げた――星々と満月が、2人の頭上いっぱいに浮かんでいる。

 

先程までの激戦が嘘のような静寂が2人を包む。満天の星空を見つめながら、一登とキリトは自然と同じ事を考えていた。

 

 

「……そろそろ、大会の方も終わらせないとな」

 

「そうですね、シノンの部屋に侵入している共犯者の事も気になります」

 

「死銃が倒れた今、シノンを狙っていた共犯者も姿を消している筈だけど……念の為警察を呼んだ方が良いってシノンに伝えないと」

 

「でも警察には何て説明するんですか?死銃の事について説明しようにも、内容が突飛過ぎてちゃんとした証拠資料を見せない限りは警察は信じてくれないと思いますよ」

 

「それもそうだな。俺の依頼主は一応公務員だから奴に動いてもらう手もあるけど、まさかここでシノンの住所や名前は訊けないしなぁ……そういえば一兎はシノンの住所は知らないのか?」

 

「うーん、多分近所だとは思うんですけど、残念ながら詳しい場所までは。住所が分かりさえすれば僕もすぐにシノンの自宅に駆けようとはおもってますけど、でもログアウトするには大会を終わらせないといけませんし……この期に及んでキリトやシノンとまで戦うのはちょっと」

 

 

一兎の手元に残っている武器はカランビットに破片手榴弾と発煙弾が1つずつ。キリトはレッグホルスターに未使用のファイブセブンがあるが、車体に挟まれているせいで抜く事が出来ない。

 

おまけに2人ともボロボロでHPも最早1割以下しか残っていない一方、シノンは無傷も同様で対物ライフルだけでなくMP7も温存しているから、どう考えても戦力差は明白だ。

 

 

「いっそこの場で自殺してシノンを優勝させた方が手っ取り早いな、この有様だと」

 

 

はっはっは、としばし乾いた笑い声を上げる2人だったが、おもむろに真面目な表情へ切り替えると顔を見合わせ、頷き合う。

 

 

「その手でいきましょう。僕が参加したのはあくまで腕試しがメインであって優勝とかには大して興味はありませんし、ゲームの勝敗よりも人命が優先です」

 

「そっか、まあその通りだよな。シノンを怒らせるかもしれないけど仕方ない、その手でいこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シノンを優勝させる為の企みを小声で相談し終えてから数分後、ようやくシノンも2人の元へ辿り着いた。彼女の腕の中のヘカートから大口径スコープが失われていたのは、死銃との狙撃合戦を制した代償だろう。

 

全身傷だらけではあるものの元気そうな一兎とキリトの様子に、大きく安堵の溜息を吐き出す。

 

 

「2人とも、お疲れ様。何とか死銃を倒せてよかったけど、キリトは大丈夫?思いっきり挟まれちゃってるみたいだけど……」

 

「あー、HPの減少は止まってるけど自力で抜け出すのは無理っぽいや」

 

「しょうがないわね、じゃあ一兎と私で車を持ち上げれるか試してみるから、その間にさっさと――――」

 

「ちょっと待ってくれ!それよりも先に話し合いたい事があるんだ!」

 

 

シノンが到着する前に相談し合った内容を彼女へも告げる。

 

――――シノンを狙っていた共犯者は死銃が倒された段階で既に姿を消していると思うが、警察に通報しようにも事態が突飛過ぎるので説明が難しくすぐには駆けつけてくれないかもしれない。キリトを<GGO>に送り込んだ依頼主である公務員に頼むか、直接キリトと一兎が駆けつけるという手もあるが、その為にはシノンの住所や本名を教えて貰う必要がある……

 

といった旨の説明をキリトから伝えられたシノンは少しだけ黙考し、決断する。

 

――――昔の事件の事を自分から2人に教えてしまった以上、今更な話だった。ただ1つだけ、直接2人の口から確かめておきたい事があった。

 

内心の不安を必死に押し殺しながら、出来る限り普段通りの口調を心がけつつ訊ねる。

 

 

「住所を教えてくれたら、本当に2人も来てくれるの……?」

 

 

洞窟でも似たような質問をした記憶が蘇る。か弱いお姫様のつもり?と再び自嘲。それでも聞かずにはいられなかったのだ。

 

そしてこれまた洞窟での焼き直しのように、2人の少年はシノンの期待通りの答えを返す。

 

 

「ええ、ログアウト次第超特急で駆けつけますよ!腕っ節にも自信がありますんで任せて下さい!」

 

「場所にもよるし、一兎みたいな近所じゃなかったら難しいけど、出来る限りの事はするつもりだ」

 

「――――そ。分かったわ、教える。私の名前は朝田詩乃、住所は……」

 

 

周囲の中継カメラに音声を拾われない為と起き上がれないキリトの為に、首に巻いたマフラーの端が砂地に触れそうなぐらい大きく屈み込んでから2人の少年へと耳打ちする。

 

驚くべき事に、キリトが今回のダイブに利用している施設もまた、シノンの自宅と目と鼻の先の住所に在った。これなら一兎のみならず、キリトもシノンの自宅へ駆けつける事が出来そうだと一安心。

 

 

「どうせだからこの際だし、2人も個人情報開示しちゃえば?2人とも直接駆けつけてくれるんだったら、遅かれ早かれリアルでも顔を合わせる事になるんだし」

 

 

それもそうか、と一兎もキリトも暴露してしまう。もちろんシノンに倣って囁き声で、リアルでの名前と住所を白状する。

 

一登の方は偽装戸籍上の名前だが、過去の経歴に関しての偽装工作もハイブリッドは抜かりがないので大して悩む事無く教える事にした。

 

 

「公魚一登に桐ケ谷和人……キャラネームの時点で響きが似てたし何となく予想はついてたけど、リアルの名前が同じだったなんて。おまけにどっちも安易なネーミング……」

 

「僕なんて単に漢字と呼び方をちょっともじっただけですしねぇ」

 

「し、シノンには言われたくないなぁ。ま、リアルネームが一兎と同じだったのには俺もちょっと驚いたけど」

 

 

残る問題はどうやって大会を終わらせるかだ。

 

どうしようかとシノンは悩むが、一登とキリトが合流前に行った談議の結果、彼女の与り知らない所で今大会の終わらせ方については既に結論が出されていた。

 

思案にふけるシノンの目を盗んで少年2人はアイコンタクト。覚悟を決めた表情で、一登はおもむろにシノンへ身を寄せた。肩同士が触れ合いそうな距離でシノンと視線を合わせる。

 

頭上からの月光が遮られ、ふと顔を上げてみると一登の真剣な顔が視界いっぱいに映ったものだから、驚いたシノンは後退してしまう。離れようとしたシノンの動きはしかし、彼女の小さな身体に回された少年の手によって失敗する。

 

 

「シノン……」

 

「い、一兎?」

 

「……実は君に、伝えなきゃならない事があるんです」

 

 

奥底に強い決意の光を宿した黒い瞳がまっすぐシノンを貫いた。気恥ずかしさを覚えたシノンはせめて視線だけでも逸らそうとして……けれど離れようとして捕らえられたのと同じように、今度は頬へと手を添えられた事で顔を背ける事すら封じられてしまう。

 

 

「な、何よ……」

 

 

声が震えてしまうが、問題はどういった感情が原因で震えた声が出てしまったのか、シノン自身理解出来ていない事だ。

 

――――動揺?もちろん含まれている。羞恥?それもある。恐怖?……ちょっと、いやきっとそれは違う。期待?……あるかもしれない。最も大きい感情は……なんて表現すれば良いのか言葉が思い浮かばない。

 

強いて例えるならば――――ときめき?生まれてこの方シノンにはとんと縁の無かった情感だ。

 

男の子に抱きしめられてときめいているというのか、私は――――?

 

 

「(ってちょっと待ちなさい私!ここは仮想世界、今の私も一兎の姿も全て仮想のアバターにすぎないんだから……!)」

 

 

現実での自分と一登の容姿を思い出させて必死に己に言い聞かせるシノンであったが、そこでふとこう考える。

 

 

「(でも実際のところ、<GGO>のアバターよりリアルの一兎の方がよっぽど見た目は整ってるのよね……)」

 

 

そんな考えが浮かんだ途端、脳裏で構築中だった今の状態の第3者視点予想図が、現実世界でのシノンと一登verへと一瞬で書き換えられた。

 

手足が長く、アイドルのように甘い顔立ちの少年の腕の中で見つめあう冴えないメガネの少女。服は両方とも学生服で、テンプレ的学園ラブコメ少女マンガの表紙を髣髴とさせる――――そんな陳腐だけど、妙にリアルな妄想。

 

瞬間、爆発的にシノンの顔が赤く染まって、頭の中が活火山のマグマを髣髴とさせる灼熱でいっぱいになったかのような錯覚に襲われた。

 

今の自分はきっととんでもなく酷い顔をしているに違いない。即刻この場から逃げ去りたいのに、身体がシノンのいう事を聞いてくれない。真っ赤っかな顔で一登の腕の中に抱かれたまま、抜け出す事も出来ずにただただ見つめ合う。

 

一登に抱き締められたのは、洞窟に続いて2回目だ。あの時とは状況も精神状態も全く違う。自分が何をしていて、何をされているのか冷静に理解出来ているのに、身体の方は彼の為すがままだ。意識と肉体のギャップがシノンを更なる混乱状態へと追い詰めていく。

 

少年の手がシノンの頬から離れたかと思うと、つっ……と顎先から首筋のラインをなぞってから、首に包帯宜しく幾重も巻き付けたマフラーに手をかけて、ゆっくりと解いていく。

 

厚手の布地の下に隠れていた細い首筋が一登の視界に曝け出されると、顔のみならず露わになった首元までが赤く染まった。シノンが装備している衣服は防御力が高い割に意外と露出が多く、マフラーが外れた事で首筋から小さく膨らんだ胸が防具に締め付けられた事によって生み出された僅かな谷間までのラインが、一登からは丸見えになってしまう。

 

一登に見られた事への恥ずかしさは覚えたが、嫌悪感は何故か湧いてこない。彼の為すがままにされているにもかかわらず、不思議と抵抗しようとは思わなかった。

 

 

「(な、なんなのよもうっ)」

 

 

突然突飛な行動を実行に移した一登と、彼の行動を受け入れ続けてばかりの自分に文句を言ってやりたくて仕方が無いのに、現実は抗議の言葉を一言も発する事も出来ないでいる。

 

 

「シノン……」

 

「一兎……」

 

 

やがてシノンは目を瞑った。もうどうにでもなれだ、とやけっぱち気味に腹をくくる。ちょっとだけ、期待もしつつ。

 

一登には幾つもの借りがある。何度となく支えられ、相談にも乗ってもらい、そして自分の罪に許しを与えてくれた。

 

短い付き合いなのに、彼ほど親身にシノン/詩乃を支えてくれた人物は誰も居ない。血の繋がった家族でさえも、彼女が犯してしまった人殺しという罪に答えを出してくれなかったというのに、彼だけは真正面から向き合って考えてくれたのだ。

 

多数のカメラの存在どころか、足元で依然車に挟まれっぱなしのキリトの存在すらも忘れて覚悟を決めた少女を前に、一登は――――

 

 

 

 

「――――ごめんっ!!!」

 

 

いきなり、謝罪の言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へっ?」

 

 

予想だにしていなかった一登の言葉に、不意を突かれたシノンの意識が一瞬停止してしまう。

 

呆然となった少女の精神状態などお構い無しに、シノンとの密着状態を解除した一登は彼女の首元から外した下手なロープよりも長いマフラーを、ぐるぐると彼女の両腕ごと少女の身体に巻きつけていく。

 

2週3週としっかり巻きつけてから手早くマフラーの余った両端部分同士を結び、ものの数秒でシノンの拘束を完了。

 

その頃にはシノンの意識は再起動を果たしていたものの、突然の展開に彼女の頭の中は大混乱に陥っていた。へ?へ?と縛られた自分の身体と一登の顔へ視線を行ったり来たりさせている。

 

足元に違和感を感じたのでそちらへも目を向けてみると、なんと左右のブーツの靴紐までもが何時の間にやら結び付けられた状態にされてしまっていた。

 

ふと焦点をずらすと、今度はシノンの足元へ両手を伸ばした状態のキリトと目が合う。何故かシノンに対し両手を合わせ、苦笑交じりの非常に申し訳なさそうな顔をしていた。

 

そこへ一登が更なる予想外の行動を起こす。

 

シノンの背中と膝裏に手を当てたかと思うと、彼女の身体を横抱きの姿勢で抱えあげたのだ。いわゆるお姫様抱っこの格好なのだが、両手両脚を拘束された今の状態ではむしろ誘拐犯が人質をどこかへ運び揃うとしている真っ最中としか、傍目には映るまい。

 

 

「えっ、ちょっ、えええ~~~っ!?」

 

 

もはやシノンには素っ頓狂な悲鳴を上げる以外の行動が出来ないでいる。

 

するとキリト以上にすまなそうな表情を浮かべた一登が、ようやくシノンへ説明してくれた。

 

 

「シノンには悪いけど、シノンが来る前にキリトと話し合って決めたんです。少しでも早くログアウトして警察に通報しないといけませんし、今更3人で殺しあうのも気まずいですから。僕もキリトももうそれほど優勝には拘ってない以上、こうするのが1番手っ取り早いんです」

 

 

10mほど離れた所で、一登は出来る限り優しくシノンの身体を地面に横たえさせた。

 

そこはやや窪んでおり、凹みの底にシノンが下ろされた格好になる……爆風と破片から身を隠すにはうってつけの、天然の塹壕。

 

 

「……本当にごめんなさい。だけどこれもシノンの為なんです」

 

「一体、何をする気なのよ……!?」

 

「文句はリアルで無事に合流できた時にちゃんと聞きますから!」

 

 

シノンを置いた一登がキリトの元へ戻っていくと、可憐な美少女のような少年の苦笑がもう1人の少年を出迎えた。

 

 

「まさかこんな決着になるなんてなー」

 

「現実では絶対に真似したくないですけどねぇ」

 

「違いないやあっはっは」

 

 

キリトが漏らした乾いた笑いにつられて一登も失笑しつつ、右手を懐のポーチの1つへとやる。

 

金属の突起が突き出た黒い球体――――破片手榴弾を取り出すと躊躇いなくピンを引き抜き、安全レバーが弾け飛んで信管が作動したのを確認してから、一登は遠くへと投じようとせずに無造作に足元へと落とした。

 

 

「それじゃあ、現実で」

 

「ああ、シノンの自宅で必ず会おう」

 

 

起爆までの僅かな猶予の間に、少年達も別れと約束の言葉を交わす。

 

そして手榴弾が爆発。高熱の爆風と破片が一登とキリト、そして横転したテクニカルを襲い、間近での炸裂によってとうとう耐久値の限界を迎えた車体が2次爆発。手榴弾の炸裂以上に大きな紅蓮の爆風が、少年2人の姿を完全に呑み込んでいった。

 

2人のHP残量からして、車の誘爆以前に手榴弾が起爆した時点で既に一登とキリトが『死人』と化したのは間違いない。

 

つまりあの2人は、シノンの自由意志など無視し、勝手に2人だけで結論を出して勝手に2人だけが犠牲になる選択肢を選んだのだ――――シノンを優勝させる為に。

 

理解した途端、シノンの中に激情が俄かに宿り、荒れ狂いながら急速に膨れ上がった感情は怒りの絶叫となって、月夜の砂漠と事の次第全てを余す事無く中継し続けたカメラの向こう側の世界全てに、シノンの現在の心境を知らしめた。

 

 

 

 

「ふっ――――ふっざけんじゃないわよ、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

シノンの叫びは、一部始終を見届けた(だが声までは拾えなかったので3人のやり取りや事情までは伝わっていないせいで置いてけぼりにされた)観客達が抱いた感想そのものでもあった。

 

不本意な形で優勝者の座を半ば無理矢理押し付けられたシノンの頭上で、ファンファーレが空しく鳴り響く。

 

 

 

 

<第3回バレット・オブ・バレッツ本大会終了――――優勝者:シノン>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………最っ低」

 

 

大会終了によってようやくログアウトを許されたシノンだったが、意識が現世に帰還してシノンが朝田詩乃となってからも、一登とキリトの裏切り行為に対する彼女の怒りは燻り続けたままだった。現実に帰り着くなり開口一番飛び出した悪態が、彼女の心境を端的に物語っている。

 

だが今はまず優先すべきなのは、周囲の安全を確かめる事だ。ゆっくりと両目だけを動かして、それから出来る限り音を立てないようにベッドの上で身体を起こす。今度は首も動かして室内を改める――――詩乃以外には誰も居ない。

 

恐る恐る、まるでホラー映画の登場人物になった気分で、順番に詩乃の自宅全体も捜索していく。ベッドの下、クローゼットの中、キッチン、ユニットバスの中……人影は皆無。侵入者が居た痕跡すら見つける事が出来なかった。

 

人が隠れられそうな場所の中身を全て開放し、更に全ての部屋の照明を点して……不意に自分のやっている事がバカらしくなって、深い溜息と共にすぐさま戸を閉めて回り、必要無いと判断した照明を消していく。まるで幽霊怖さに灯りを点けたままにしたがる小さな子供ではないか。

 

しかし一登とキリトの推理が正しかったと仮定すれば、詩乃の自宅に侵入していた共犯者は死銃が倒された時点で一旦この部屋から立ち去った可能性が高い筈だが、自宅近くに未だ潜んでいて何らかの理由でまた戻ってくる可能性だってある――――

 

そう考えた詩乃は、今度こそ戸締りを完璧にしておこうと玄関へ向かった。

 

ドアの錠前はしっかりロックされていたが、懸念通りドアチェーンの方はかけ忘れたままだった。背中に冷や汗が浮かぶのを自覚しながら、今度こそしっかりとチェーンも施錠する。

 

キッチンの椅子に腰を下ろし、グラスに注いだ水を一気に飲み干してから、ようやく詩乃は一息つく事ができた。

 

 

「……一兎とキリトの馬鹿」

 

 

次に詩乃の唇から漏れた言葉は怒りの罵声ではなく、ふてくされたような複雑な感情が入り混じる切ない呟きだった。

 

2人が詩乃の事を思ってあんな行動をしたのは理解できる。理解できるが……納得はできない。

 

今の詩乃の心中を支配しているのは疎外感から来るやるせなさだ。

 

……あんな騙すような形ではなく、せめて一言でもいいから予め伝えておいて欲しかった。受け入れる受け入れられないかは別として、それでも断りを入れて欲しかった――――自分達は共に戦った仲間だったのだから。

 

 

「(けど何で、ここまでショックを受けてるんだろ私……)」

 

 

除け者にされる思いは散々味わってとっくに慣れたつもりだったのに、今回ばかりは妙に胸の奥が切なく悲鳴を上げていた。

 

 

 

 

 

――――それだけあの2人の存在が自分の中で大きかったのだと、不意に詩乃は思い至った。

 

 

 

 

 

「騙す位ならあんな演技するんじゃないわよもう……」

 

 

気がつくと手が勝手に自分の頬へと伸びていた。月下の砂漠で一登に触れられた部分。

 

そういえば洞窟で一登が詩乃の正気を取り戻す為に叩いたのも同じ部分だったと、今になって思い出す。

 

記憶の中の一登と同じように頬を指先でなぞっていく。

 

 

「…………」

 

 

妙に頬が熱を持ち始めたので、熱冷ましにもう1杯水を組もうと立ち上がった、その時だった。

 

部屋のチャイムが突然鳴って、驚いた少女の手から危うくグラスが滑り落ちそうになる。身を竦ませつつ、ドアへ注意を向ける。

 

一登やキリト、もしくは彼らが呼んだ警察にしては妙に早い。早過ぎる気がする。まさか死銃の共犯者が戻ってきたのでは?と不安を掻き立てられる。

 

すると詩乃の内心を読み取ったかのように、訪問者がドアの外側で声を上げた。

 

 

「朝田さん、居る?僕だよ朝田さん!」

 

 

聞き慣れた少年の声だった。一登より付き合いが長く、<GGO>内だけでなくリアルでも数時間前に一登共々近所の公園で直接言葉を交し合った相手――――新川恭二。

 

そういえば公園でも会った時、恭二の前で恥ずかしい姿――涙を浮かべて走り去るという、失恋した哀れな女みたいな様子――を見せてしまった事を思い出し、またも赤面してしまう。

 

だけど何故タイミングで彼が?疑問を覚えた詩乃だったが何という事はない、優勝祝いにケーキを持ってきたのだと聞いてもいないのに、勝手に向こうから答えてくれた。

 

一登やキリトではなかったが、ともかく親しい顔見知りの少年の声と素早い行動に気を緩ませた詩乃は彼を室内に招き入れるべく、掛けたばかりの施錠をいそいそと解除していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――少年が懐と胸の内に秘めた存在の正体をまったく見抜けぬまま。

 

 

 




自分で書いてて思った事:談合扱い不可避

次々回までに上手くまとめて完結できますように…

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