ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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久々にがっつり接近戦を書いてみました。


16:BoB(7)・Killer vs Killer

 

ボロボロの少年こと一登/一兎は左手にカランビットを握り、反対側の手には何も持たない状態で死銃へと右手を伸ばした。

 

キリトに気を取られ過ぎて一登の接近に気づくのが遅れた死銃は、反射的に拳銃の照準を一登へ移そうと試みる。それよりも早く、一登の手が死銃の54式を掴んだ。

 

 

「!」

 

 

掴んだ拳銃のスライドを強制的に交代させる。更にマガジンキャッチを素早く押し込んでマガジンも落下させる。これにより銃本体から全ての弾薬を抜き出し終えたので撃たれる心配は無くなった。

 

どうせならスライドストッパーも外して完全に分解し使用不能にしたかったが、54式は一般的な自動拳銃と違いスライドストッパーが簡単に抜けないようクリップで固く留められている為、片手での分解は困難だ。

 

仕方なくスライドを後退させた拳銃を掴んだまま、大きく振り回すように右手を手元へ引く。つられて引き寄せられた死銃の喉元を一突きしようと、逆手に構えた左手のカランビットを振るう。右手で拳銃を無力化し同時に左手のナイフを振るうまで2秒とかかっていない。

 

だが、相手も只者ではない。死銃は使えなくなった拳銃に固執せずすぐさま手放し、後ろへ飛びのいてカランビットの一撃を回避した。あと0.5秒反応が遅れていたら、死銃の喉にカランビットの刀身が深々と突き立っていただろう。

 

一登と死銃、両者は左手に握っていた刃物を利き手に持ち替えながら相対する。

 

 

「大丈夫ですかキリト」

 

「一兎……無事だったのか」

 

「最初に横転した瞬間に車から投げ出されていたみたいで……砂がクッションになってくれたお陰でギリギリ生き延びれました」

 

 

一登の残りHPは現在3割弱。闇風から2発の銃弾を受けた直後の大クラッシュによって、今の一登は全身を軽めの電撃を浴びた直後のような痺れによって包まれている。

 

不快ではあるが、これ以上の辛い苦痛を散々味わってきた一登からしてみれば感じないも同然だ。

 

 

「邪魔を、するな……!」

 

「生憎だけど、身動きの出来ない無抵抗な相手しか殺せないような臆病者のサイコパスの邪魔は喜んでやる主義なんですよ、俺」

 

 

戦いは既に始まっている。わざと挑発的な発言をしつつ、一登は極細剣を構える死銃の身なりを観察。

 

死銃が扱う刺剣の長さは80cm前後。柄(つか)すら存在しないせいで剣というよりは針や串にしか見えない、異形のエストック。

 

構えた際の重心の取り方やキリトとの戦闘の様子から、死銃が本来は非常に扱い辛いであろうこのエストックを、己の手の延長のように使いこなせるほど扱いに熟達しているのは明らかだ。

 

一登の今の武装は破片手榴弾とスタングレネードが1個ずつと右手に握ったカランビットのみ。カランビットは握りの部分を含めても15cmに満たない全長。ブローニング・ハイパワーは横転時に投げ出された際に手放してしまった。

 

死銃のHPバーの残量は一見すると一登とどっこいどっこいだが、プレイ開始から1週間も経っていない一登と比べ、彼よりもステータス強化に十分な時間を注ぎ込めた死銃の方が耐久値・俊敏性・筋力・リーチなど、あらゆる点で実質的に大きく優勢だと、一登自身理解している。

 

が、だからといって死銃の勝利が確定した訳ではない。強大な敵が戦術や戦略、油断や驕りによって逆に撃破された例は歴史上でも数え切れないぐらい存在する。

 

死銃の構え方は右手右足を前に出し、癖かフェイント代わりなのかは分からないが、右手に握ったエストックをユラユラと揺らしている。フェンシング選手によく似た、刺突剣使いらしいスタイル。

 

敢えて名前を付けるならSAO流刺突剣術、といった感じか。

 

一登の方は、死銃とは逆に何も持たない左手を前に出し、カランビットを逆手に持つ右手を胸元近くで構えるオーソドックスな軍隊流の構え。

 

一登はハイブリッドを所属する前までは古流空手を、所属後は師匠の塵八からは軍隊格闘技をみっちり学んできた。加えてハイブリッドの養成担当であり、偽造戸籍上の母親でもある公魚志保からは自衛隊格闘術も仕込まれている。

 

塵八から教えてもらった軍隊格闘技は合気道をベースに生み出されたもの。最近の軍隊格闘技は何でもありで、打撃はムエタイやボクシング、組技はブラジリアン柔術を中心にレスリングや柔道を参考にし、ナイフを中心とした武器術はフィリピン武術から……各国の軍隊は様々な武術の中から実戦に活用できそうな技を採用し、日々敵を効率的に殺す為の技術を研究している。

 

塵八仕込みの軍用格闘技に対し、元自衛官の志保から学んだ自衛隊格闘術は日本拳法がベース。

 

柔道と相撲の投げ技に合気道の関節技を取り入れた徒手格闘術に加え、銃剣格闘術や短剣格闘術を含んだ呼び方が、自衛隊格闘術だ。現在の自衛隊格闘術はこれまでよりも大幅に投げ技・締め技・関節技に力を注ぎ、より実践的な戦闘術へと進化している。

 

今となってはあまり思い出したくない記憶だが、自衛官だった一登の実の父親も銃剣格闘術の名手だった。

 

横たわって動けないキリトを視界の端に捉えながら死銃と睨み合う。

 

 

「…………ははっ」

 

 

唐突に、一登の喉の奥から押し殺した笑いが漏れた。

 

 

「何を、笑っている」

 

「いえ、前にも似たような経験があったのを思い出しまして」

 

 

師匠と初めて実戦に出た時の記憶。

 

誘拐された母親を助ける為に敵の拠点を襲撃したのは良かったが、敵の指揮官の砲撃によって一登は塵八と分断。得意としていた格闘戦に持ち込むまでは良かったが散々痛めつけられて、もうダメかと思ったところで塵八に助けられた。

 

車に挟まれて動けないキリトが当時の一登のポジションなら、キリトに代わって死銃と相対している自分は塵八役といったところか。そう考えた途端、一登の全身に闘志が漲っていく。

 

塵八は一登が苦戦した相手をあっさりと殴り殺してしまった。あの時ほど師匠を尊敬した事はない。

 

 

 

 

――――先輩みたいにもっと強く、カッコよくなる為にも、こんな奴相手に負けてはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャッ……!」

 

 

まずは死銃から口火を切った。ガラガラヘビの威嚇音に似た吐息を小さく発しながら右足を強く踏み込み、切っ先が一登の顔面を襲う。

 

一登は僅かに身を捻って回避。しかし、完全に避け切れなかった。死銃の突きが予想以上に速かったのだ。一登の頬に一筋のダメージエフェクトがくっきりと刻まれる。

 

死銃が続けざまに動く。のど、左胸、鳩尾と、正確に急所を狙った瞬速の刺突が一登を襲う。一登は後ろに仰け反りながら首を傾け、上半身を右に捻り、サイドステップでかわす。

 

キリトとの戦いを見て頭では理解していたつもりだったが、実際に受ける側に回ってみると、改めて死銃のエストック捌きは本物だという事が身をもって感じ取れた。

 

……だが完全に見切れない程の速さというわけではない。ノーモーションで放たれる超高速の刺突は確かに驚異的だが、隙を晒し易い大げさな回避を行わずに必要最小限の動作で凌げさえすれば、或いは――――

 

今度は一登が攻めに回る。

 

左手を前に突き出した状態で大きく前へ踏み込むと、死銃が一登の動きに合わせて再び刺突を放った。

 

衝撃波すら伴いそうな速度の突きを一登はかわすのではなく、胸の中心部を狙って突き出されたエストックの鋭利な先端をしっかり追った上で、左手の甲を使って軽く打ち払う。

 

横合いから叩かれたエストックは、信じられないほどあっさりと軌道を捻じ曲げられ、一登の頭の横を通り過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

――――並の感覚を持つ人間は通常、刃物の切っ先を向けられた時点で身を竦ませ、可能な限り刃物から身を遠ざけようとする。それは生命の危機を感じた生物が本能的に行う当たり前の行動だ。

 

兵士や警官は逆に、刃物に向かっていくように仕込まれる。危険な武器を駆使する敵を無力化するのが彼らの役目だからだ。

 

特に兵士の場合は、訓練でも本物の刃物を使うのは珍しくない。鋭利な刃が身体すれすれを通過していくのを繰り返すうちに、やがてはその事に慣れる。向けられた刃物への緊張や恐怖心が薄まり、冷静な思考を保てるようになる。

 

冷静さを保てるようになれば、簡単に適切な対処を取れるようになる。そこから先は、如何に迅速且つ確実に相手を無力化できるかどうかの問題だ。

 

様々なパターンの対処方法を、とにかく身体に叩き込む。考えるよりも先に身体が勝手に動くようになるまで、ひたすら反復練習を行う。

 

――――もちろん一登もそうしてきた。ハイブリッドで行われるナイフ術の訓練も軍隊式に習って実物を使用。ただし刃の部分にはゴム製のカバーを被せるので、遠慮なく相手に当てる事が許される。

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

顔全体をゴーグルマスクに隠れていても、至近距離まで踏み込んだお陰で一登には死銃の動揺をありありと感じ取る事ができた。

 

本番はここからだ。エストックの一撃を容易く打ち払った左手で円を描き、伸びきった死銃の右腕に一登は左腕を絡みつかせて流れるような動きで脇に挟み、右腕を固定してしまった。

 

軍隊流のナイフコンバットは前腕や手の甲を最大限活用するのが特徴的だ。敵のナイフによる攻撃を直接受けとめるのではなく、その根元にある敵の手首に前腕を押し当てて円を描くようにいなすのだ。そうして敵の体勢を崩したところで止めを刺す。原理としては、空手の回し受けとよく似ている。

 

一登の左脇に挟まれ、戻せなくなった事でがら空きになった死銃の右脇を逆手に握ったカランビットで切り裂こうとする。太い動脈や脳からの命令を伝える神経が通過する脇は、人間の立派な急所の1つである。

 

刃が触れる寸前に、死銃が左手を割り込ませて一登の右腕を押さえつける。僅かな時間の拮抗の後、ジリジリと一登の右腕が押し返され始める。根本的なステータスの差が筋力にも及んでいる為だ。

 

力比べも不利、と素早く一登は判断すると不意に右腕から力を抜き、同時に両膝も脱力させて下方向へ重心をかけると、右腕を一登の左脇に挟まれたままの死銃の体勢が前のめりに崩れた。慌てて踏ん張る死銃。

 

その隙を突いて、一登は一旦引いて死銃の手から逃れた右腕を折り畳むと、コンパクトな肘打ちを繰り出した。ゴーグルマスクごと顎をかち上げる。骨の最も硬い部分と鋼鉄の仮面が激突し、鈍い衝突音を発する。

 

 

「ぐ……!?」

 

 

視界を揺らされ、強制的に仰け反らされた死銃の首筋へ、右手を引き戻しざまに再びカランビットを真横から突き刺そうとする。

 

これまた死銃は予想以上の立ち直りの早さと反応速度で致命的な一撃を防御。再度一登の右手首を掴んでカランビットを押さえ込もうとしたが、今度は完全に防げずに僅かながら刃先が死銃の首筋へと触れていた。小さな傷から赤いエフェクトが漏れる。

 

筋力差で負けていると既に理解していた一登はすかさず右手を戻そうとしたが、今度はしっかりと手首を掴まれているせいで簡単に振りほどけそうにはなかった。

 

死銃の左手を振り解くために姿勢を入れ替え、上半身は左脇に死銃の右腕を固定したまま捻りつつ、右足は死銃の右足側へ。変則的な体落としで死銃を地面に転がす。同時に死銃の右腕を捻じり上げながら体重を加えると、関節を極められた右腕が軋み声を上げるのが伝わってきた。

 

 

「ガァッ!」

 

「く!」

 

 

完全に右腕が破壊される前に、仰向けに転がされた死銃が右足を振り上げた。軽く首を振って苦し紛れの蹴りを避ける。その際一緒に蹴り上げられた砂が顔面に飛んできて、思わず一登は右腕を押さえる力を緩めてしまう。

 

死銃は足を振り上げた勢いを活かして後転を打ち、身を起こすと同時に右腕の拘束からの脱出にも成功した。大きく後ろに下がって間合いを取って、仕切り直す。

 

マスクの内側で大きく息を荒げ、右腕を押さえながら一登にどす黒い感情と視線を送る死銃。ペインアブソーバーによって本来痛みは感じないものの、今の死銃は危うく破壊されかけた右腕にかなりの痺れを感じているのだろう。

 

よく見てみると、死銃のHPバーがぶつかり合う前と比べて若干減っている。打撃や関節技でもHPに対し一応のダメージを与える事が出来るようだ。

 

 

「お前の、その、戦い方……」

 

「……」

 

あの世界(SAO)とも、違う……何なんだ、お前は……!」

 

 

理解出来ない、と言いたげな声と共に死銃が放った攻撃は、やはり黒い閃光のような速さの突きだった。踏ん張りが効き辛い砂の上でよくもここまで出来るものだと感心してしまうほどの踏み込み。

 

この突きに対し一登はナイフを持つ右手の甲を使って逸らす。今度は向こうもカウンターを警戒していたのか、即座にエストックを引っ込めて再び取られるのを防いでくる。

 

下手に近づいては不利だと判断した死銃は攻撃パターンを変更。キリトを一方的に追い詰めたラッシュを封印し、突いては退いてのヒット&アウェイを繰り返す。また突きのみに拘らず斬撃も挟んでくるようになってきた。

 

こうなってくるとステータスの違いによる戦力差が目立つようになってきた。素早さと筋力のステータス差が大きいせいで、今の一登のステータスでは死銃の離脱速度に追いつけないのだ。

 

武器の差も、大きい。全長80cmのエストックに対し一登のカランビットは精々手のひら大。リーチ差では圧倒的に死銃の方が上であり、必要以上に踏み込んでこない一撃離脱戦法と相まって中々攻め込む事が出来ない。

 

 

「………・…」

 

 

攻め手と受け手のぶつかり合いが2桁に到達した頃、おもむろに死銃が周囲を窺うような素振りを見せた。念の為、一登も一瞬だけ周囲を観察しておく。

 

シノンの狙撃を阻む、砂塵と化学薬品が生み出した煙の壁が少しずつ薄れ始めていた。するとそれに気づいた死銃が憎悪に満ちた言葉を忌々しげに呻く。

 

 

「遊びは、終わりだ……!」

 

 

先程一登にも放った言葉を吐き捨てた死銃の全身が俄かにぼやけ、背景に溶け去っていく。これは――――

 

 

「光歪曲迷彩!」

 

 

一登の内心をキリトが代弁してくれた。

 

このままでは不味い。足跡は残るので大まかな位置は見失わずに済むが、ステータス差で完全に上回られているこの状況で攻撃のモーションすら見えなくなれば、これ以上攻勢を凌ぎ続けられるかどうかは一登でも確証を持てなかった。

 

 

「(こんな奴なんかに――――)」

 

 

一登はこの状況を打破する為の手段を超高速で模索する。

 

完全に姿が透明になってしまうまでの僅かな時間に死銃の動きを封じ、接近して仕留める為にはどうすべきなのか。

 

 

「(絶対に、負けてたまるか!)」

 

 

そして、一登は賭けに出た。

 

 

 

 

 

 

――――右手のカランビットを投擲する。

 

 

 

 

 

 

「「な――――っっっ!!?」」

 

 

唯一対抗する為の武器を自ら投げ捨てた一登の行動に動揺する声が2つ生じた。放ったのは勿論、死銃とキリトだ。

 

SAOでずっと剣を振るってきた2人にとって、剣とは自分の命を預ける一心同体の様な存在であるという考えが強く刻まれていた。その点で言えばキリトと死銃はまるで血の繋がらない兄弟の様な存在だ。どちらも銃の世界である<GGO>でまで剣を手放そうとしなかった事が何よりの証と言える。

 

その点、生粋の殺し屋として育ってきた一登からしてみれば、銃も剣もあらゆる武器も結局は人を殺す為の道具にすぎないという現実を骨の髄まで理解していた。

 

自分自身は代えが利かないが、量産品の道具ならば取り替えが利く。どんなに愛着がある武器でも必要とあらば証拠隠滅の為に捨てざるを得ない場合も度々あるし、まともな武器も無しに徒手で敵を倒さなければならない状況もしょっちゅうだ。己の肉体が最後の武器……そう意識している一登達は、素手で人を殺す為の特訓もみっちりと積んでいる。

 

 

 

 

だからこそ、自ら(武器)を手放した一登の行動が2人には理解できない。

 

だからこそ、致命的な隙を晒してしまう。

 

 

 

 

カランビットはマントを貫いて死銃の左肩に突き刺さる。ダメージを受けると光迷彩が破られる仕組みなのか、不可視化寸前だった死銃の全身が激しく明滅しながら再出現した。

 

動揺とナイフの命中で死銃が足を止めている今こそが最後のチャンス――――

 

一気に間合いを詰める。エストックの間合いよりも内側、懐に飛び込む事に成功した一登は右足を跳ね上げた。膝を折り畳んだまま大きく持ち上げたその恰好は一見、上段廻し蹴りのモーションによく似ていた。

 

反応が遅れた死銃は回避が間に合わないと判断し、咄嗟に左腕で頭部をガード。キリトとの殺陣で見せた見事な回避行動や防御と違い、死銃が今見せたガードは明らかに不完全なものだった

 

 

「(かかった!)」

 

 

一登の計算通りの動きだ。

 

上段狙いはフェイント。回し蹴りの軌道が急激に変わり、死銃の左膝を襲う。伸ばした足をバットの様に振り回すのではなく、膝を曲げて一瞬『溜め』を作ってから放つ、古流空手の蹴り。

 

予想外の軌道を描いた下段蹴りが直撃し、死銃の体勢がぐらついた。

 

一登が最も得意とするのは古流空手の経験を活かした格闘戦。

 

中継カメラに四方八方を囲まれる中、師匠からもお墨付きを貰った一登の格闘センスが開放される。

 

まず、蹴り抜いた右足を地面へ戻さずに再び折り曲げてから三日月蹴り。膝のばねをよく利かせた蹴りが風を切りながら死銃の股間を襲う。

 

肉が肉を打つ鈍い衝突音。これには死銃もたまらず股間を押さえ込んで完全に動きを止めてしまった。現実の生身なら間違いなく今ので陰のうが潰れていたであろうと、誰もが確信してしまうぐらい強烈な一撃。

 

これは余談だが、今の金的シーンが流された瞬間、ライブ映像を観戦中だった男性プレイヤー全員が揃って股間を押さえる仕草をしたそうだ。

 

続けざまにまた蹴りが飛ぶ。思わず両手を股間に当てる格好になった死銃へ今度は右回し蹴り。足を伸ばし、しっかりと腰を捻って勢いを加えた蹴りが死銃の右手に命中。手を強打され、キリトと一登を苦しめたエストックが死銃の右手から飛ぶ。

 

一登は動きを止めず、右の回し蹴りから上段後ろ回し蹴りへ繋げた。

 

3発目の回し蹴りの捻りが加わった踵が側頭部を強打鉄製のゴーグルマスクで頭部全体を保護しているとはいえ、衝撃までは防げない。死銃の身体が大げさに吹っ飛ぶ。

 

それでもまだ死銃を仕留めきれていない。

 

相手の残りHPは15%前後。今度は一登がラッシュをかける番だ。

 

 

「あ、ああ゛あ゛あ゛aaaaaaAAAAAAA!!」

 

 

また、死銃が立ち上がる。

 

本来なら頭部への後ろ回し蹴りは脳が損傷してもおかしくない一撃だったが、仮想空間では脳へのダメージまでは再現されない。死銃に立ち上がるだけの気力が残っていた理由もそれだ。

 

しかし今や、死銃の手からはSAO時代からからずっと握り続けてきたエストックが失われていた。素手での戦闘スキルは明らかに一登が上。代わりに左肩に刺さったままのカランビットを利用しようと右手を動かすが、それよりも先に一登が懐に潜り込んでくる方が速かった。

 

 

「うおおおおっ!」

 

 

前に出した左手で死銃の右手を押さえたところへ右の手刀で首筋を打つ。かふっ、と気管に衝撃を受けた死銃の口から奇妙な音が漏れる。

 

右手を戻して今度は肘打ちでこめかみを叩く。ヘルメットなどもはやお構いなしだ。仮想空間の身体を痛めても現実の肉体には影響が及ばないのだから、思う存分防具の上から叩かせてもらう。

 

返す刀で今度は反対側の首筋に右手の手刀。めり込ませた右手を死銃の首の後ろに当て、前のめりに姿勢を崩した死銃の下腹部へ膝蹴りの連打。その間、死銃の右腕は左手を使っててこの原理で封じておく。相手の重心を操作しつつ攻撃を加え続ける事で、これ以上死銃に主導権を握らせないようにする。

 

するとヤケクソ気味に死銃がタックルを仕掛けてきたが、こちらはエストックの扱いと比べると明らかに素人臭い不慣れなタックルだったので、一登はタックルを上手く捌くと、逆に死銃を上から押し潰してしまった。顔面から砂漠に倒れこんだ死銃の仮面が砂へと埋まる。

 

捌きながら、死銃の右手首を掴んで背中側へと回った。

 

類稀なる格闘センスの持ち主の一登だが、かつての一登は打撃戦を得意としていてもグラウンドからの寝技は不得手だった。

 

しかし敵にその弱点を突かれ、寝技で完敗して捕虜となってからは血反吐を吐くほど寝技の技術を鍛えに鍛え、今では師匠とも互角の戦いが出来るまで成長している(しかしスパーリングの対戦成績は負け越しているのだが)。

 

相手の背中を文字通り下敷きにして起き上がれないよう押さえ込み、併せて死銃の右腕を両足で挟み込んで固定。肘に押し当てた膝で肘関節を極めながら、相手の右手首をしっかり保持した己の両手を思い切り手前へと引き寄せる――――変則的な腕十字固め。

 

完全に極められて限界を迎えた死銃の右腕が反対側に折れ曲がった。

 

とうとう死銃の喉から絶叫が迸った。痛みは感じず、顔面を砂面に押し付けられて自分の目で確かめる事が出来なくとも、自らの身体の中を走った致命的な感触と右腕の断末魔から何が起きたのか理解出来てしまったからこそ、実際に激痛を感じているかのような悲鳴をあげてしまったのだ。

 

右腕を奪った一登は手早く体勢を入れ替え、死銃の左腕も同じように破壊。

 

死銃の残りHPは残り僅かだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両腕を壊し終えた一登は「よっこいしょ」と死銃の身体を持ち上げると背後から抱きついた。念の為足をがっしりと絡めて、引き剥がされないよう気を付けながら右手をゴーグルマスクの突起に引っ掛け、思い切り後方へと引っ張る。

 

死銃の身体を海老反らせながら、左手で相手の左肩に刺さったままのカランビットを引き抜く。

 

両腕を破壊された死銃には必死で身を捩る以外の抵抗が行えない。苦しげに荒い呼吸を繰り返しながら、途切れ途切れの言葉を死銃が発する。

 

 

「お前は、何、なんだ……一体、何者、何だ……!?」

 

 

信じられないといった感情がありありと伝わってくる。

 

この世界での死銃の死が、死銃を演じてきた現実のプレイヤーに何の影響も与えないと思うと、口惜しくて仕方がない。息も絶え絶えな死銃へ向けて、一登はあらん限りの怒りと殺意を籠めて耳元で囁く。

 

 

「……・お前とは、殺しの場数が違うんだよ」

 

 

ガタガタと、恐怖に震え始めた死銃の喉元に当てたナイフの刃先をゆっくりと刺し込んでいく。

 

根元まで刀身が埋まった所で一登は最後にグッと一押しし、ゆっくりと捻じってから真横へと一気に切り裂いた。

 

最後に1回だけ激しく痙攣した後、死銃の頭上に赤い『DEAD』のタグが表示される。

 

 

 

 

 

 

「もしまた懲りずに人の命を奪おうとしたら、今度は現実のお前が死ぬ番だ。もう1度シノンやキリトを狙ってみろ――――あらゆる手段を使ってでもお前を探し出して、必ず息の根を止めてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 




参考動画
ttp://www.youtube.com/watch?v=zF_L9GZGxbQ
ttp://www.youtube.com/watch?v=bf2hYRUGWLk

本気の戦闘術や格闘技って怖い(真顔)

次回でBoB完全決着、次々回で現実世界での山場を終わらせた後にエピローグを書いて締める予定です。

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