ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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感想一気に減ったなぁ…


15:BoB(6)・redEyes

 

――――洞窟で別れる前の会話。

 

 

「キリト、ちょっと良いかな」

 

「何かな、一兎」

 

「死銃がキリトの因縁の相手だって事はよく分かってますけど……だからって、因縁の決着をつけるのに夢中になりすぎて、自分の命を追い込むような真似は絶対にしないで下さい」

 

 

戦いの中で冷静な思考を保ち続ける事が難しいのは一登も身をもって理解している。

 

それでも、言わずにはいられなかった。ゲームの中限定の共闘関係とはいえ、今やキリトは立派な戦友だと一登は考えている。何も言わずに危地へ送り出すのは良心が咎めた。

 

 

「出来れば自分の手で決着をつけたいって思う気持ちもよく分かります。でも倒されたらそこでおしまいです。もしこれ以上続けたら危険だと感じたら、すぐに撤退を。その時は僕も可能な限り援護しますから」

 

 

言いながら一登はスタングレネード――閃光音響弾――をキリトの手に握らせた。

 

 

「使う時は耳をしっかりと塞いで、なるべく投げた方向を見ないようにして下さい。外だと効果は薄いですけど、退却時の目晦まし程度には使えますから」

 

「これは一兎の受け売りだけど……」

 

 

行動前に最後の装備チェックを行っていたシノンも口を開いた。

 

 

「生きてる限り、チャンスはあるわ。私が失敗して――まあ絶対に成功させてやるけど――アンタが死銃と直接対決しなきゃならなくなったとしても、その1回こっきりで終わらせようと死に物狂いになる必要はないんだから、気張らずに何時もの調子で戦いなさい」

 

 

さっきまでの弱弱しい姿が嘘のような不敵な笑みを張り付けたシノンが、拳を掲げてキリトの胸板を小突く。

 

 

「一兎、シノン……」

 

 

仲間からの激励の言葉に胸をうたれたキリトは、感極まった小さな声で2人の名前を口にし、一瞬だけ両目を閉じる。

 

彼らに出会えて本当に良かったと、キリトは心の底から思う。

 

 

「ありがとう。いざって時は、よろしく頼む。じゃあ俺行ってくるよ。また後で――――」

 

「あ、すみませんあともう1つ!」

 

「今度は何よ?」

 

「2人が無事に死銃を倒したり、僕が闇風を倒した時の合図とかを決めておきませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――何故あの時のやり取りが唐突に蘇ったのか。

 

理由は、分かっている。死銃は消音ライフルとハンドガンしか武器を持っていない――――そう勝手に思い込み、油断したからだ。

 

死銃の一撃目の回避に成功し(余計な感覚をカットしモンスターやプレイヤーだけが発する異音のみを感じ取る、SAO仕込みの索敵技術が役に立った)、シノンのカウンタースナイプによって消音ライフルの破壊に成功したまでは良かった。

 

だが、その後がいけなかった。死銃はなんと、突如壊れたライフルから刺剣を抜き出したかと思うと、キリトの攻撃を容易く回避。間髪入れず刺剣による一撃を繰り出し、キリトはその一撃をまともに食らってしまったのであった。

 

VRMMOでは痛みを感じない代わりに、作品ごとに設定されたペイン・アブソーバが衝撃や痺れといった不快感に置き換え、プレイヤーへと伝える。

 

痛みは伝わらない……その筈なのに、死銃に貫かれた左肩が鋭く痛む。だが、この痛みは幻覚だとキリトは理解していた。過去に受けた痛みの記憶が生み出す幻覚痛。

 

過去の苦痛を蘇らせた張本人をキリトは睨みつける

 

一見ボロマントだが、装着者を透明化させるという外見からは想像もつかない特殊機能を持つメタマテリアル光歪曲迷彩に身を包み、両の肩の付け根から指先までを包帯でグルグル巻きにしている。ワザとらしく右手首周りだけ包帯を緩め、<ラフィン・コフィン>メンバー特有のタトゥーをチラつかせている。

 

そして、髑髏をあしらったゴーグルマスクの眼窩部分でギラギラと輝く赤い瞳。

 

動揺から立ち直る為の時間稼ぎついでに刺剣について尋ねてみると、意外にも素直に教えてくれた。ナイフ作成スキルの上位派生である銃剣作成スキルによって生み出された細身の剣。どおりでライフルにくっついてた訳だと納得するキリト。

 

だが今キリトが使っている光剣<カゲミツ>も決して悪い剣ではない。少なくとも一撃の威力については光剣に大きな分があると、キリトは自分のHPバーの減り具合から見抜いていた。

 

 

「<黒の剣士>、お前は、現実世界の、腐った空気を、吸い過ぎた。さっきの、なまくらな<ヴォーパル・ストライク>を昔のお前が見たら、失望するぞ」

 

 

特徴的な途切れ途切れの口調。まるで蛇の鳴き声の様に掠れた声。

 

 

「かもな。でもそれはお前も同じだろう。それとも、お前だけはまだ<ラフィン・コフィン>のメンバーでいるつもりなのか?」

 

「ほう、そこまでは、思い出せたか……なら、もう、理解している、だろう。俺と、お前の、違いを。俺は、本物の、殺人者(レッド)だが、お前は、違う。お前は、恐怖に駆られて、ただ生き残る為に、殺しただけだ。その意味を、考えもせず、何もかも、忘れようとした、卑怯者だ」

 

「――――確かに、人を殺した罪を忘れようとした俺は卑怯者なんだろうな」

 

 

快楽殺人者から放たれた殺人に対する断罪の言葉にという皮肉に、思わずキリトは忍び笑いを漏らした。

 

けれど、動揺はしない。

 

キリトの罪を認めてくれた人が居た。最初に聞かされた時は絶句してしまったが、今思うとSAO内でキリトが行った殺人を肯定した時の一登の態度は至極、真剣だった。

 

それに今はいっその事開き直ってみせた方が、逆に死銃へ動揺を与えられるかもしれない。

 

 

「けどな、そういうそっちだって自業自得だったじゃないか。今更殺すべき人間を殺した事を必要以上に気に病むつもりは俺は無い。俺はやるべき事をやった――――それだけの話だ」

 

「……ふん、減らず、口を」

 

「それにお前ももう、殺人者なんかじゃない。お前がどうやって犠牲者を殺したのかはもう見当がついている」

 

 

動揺を誘うべく、キリトは一登やシノンと共に導き出した推理を披露する。死銃の正体――――SAO時代の昔の名前が分かれば最後、本名や住所といった現実での個人情報も判明し、お前を逮捕する事が出来ると。

 

返ってきたのは……沈黙。そこからやや間を置いてからの、嘲りと自負が篭った嗤い声。

 

 

「お前は、俺を、止められない。何故なら、お前は、俺の昔の名前を、絶対に思い出せない、からだ」

 

「何故そう言い切れる!」

 

「お笑い、だな。お前は、自分がそれを忘れた理由さえ、忘れている。何故なら、お前は、名乗ろうとした俺に対して、こう、言ったからだ――――」

 

 

『名前なんか知りたくないし、知る意味もない。アンタと会う事はもう2度とないんだから』……死銃の言葉に、今度こそキリトは打ちのめされた。愕然と、目を見開く。

 

間抜けな話だった。死銃のSAO時代の名前を思い出せさえすれば捕まえる事が出来ると偉そうにしておきながら、実際には手がかりになるであろう犯人の名乗りを、当時の自分は『聞きたくない』と切り捨て、無視したというのだから。

 

まるで自分が実は2重人格者で、もう1つの人格が知らない内に殺人を犯したと宣告された被告のような気分だ。

 

 

「お前は、何も出来ない。ここで俺に倒され、無様に転がって、邪魔者を排除し――――そして俺があの女を殺すのを、ただ見ていること以外には、何も、出来ない!!」

 

 

精神的な衝撃で表情のみならず全身を強張らせたキリトの隙を、死銃は右手の先でゆらゆらと揺れる刺剣を使い、文字通りの意味で突きに動く。小型ナイフと大差ない細さの刃が、キリトの身体を切り刻む。

 

銃弾すら両断可能な高エネルギーの刃で死銃の剣を切り裂こうとしたが失敗し、再び手痛い反撃を食らってしまう。

 

何度か大きく後方へ跳躍して距離を取ると、死銃がまたも自慢げに解説してくれた。曰く、死銃が使う刺剣の素材は<GGO>で最高の金属なのだそうだ。

 

黒い稲妻のような刺突が再び閃く。寸での所で回避に成功――――と思いきや、突きはフェイクだった。本命は何と剣戟ではなく、地を這うような水面蹴り。異形のモンスター相手の剣術ではなく、対人戦に特化した流れるようなコンビネーション。

 

刺剣に意識を裂き過ぎていたせいで予想外の攻撃に足を掬われるキリト。姿勢が大きく崩れた所へ、追撃の刺突が襲い掛かる。キリトはそのまま地面に倒れこみ、無様に転げ回る事で今度こそ死銃の攻撃を凌ぐ。

 

死銃のラッシュは止まらない。キリトは自分のペースに持ち込む事が出来ずに防戦……いや、防戦どころか急所を除いた身体のあらゆる部分を刻まれる一方だ。

 

光剣で切断できず、また質量を持たないエネルギーブレードの特性上、剣で弾く事も封じられたキリトの状況は現在進行形で悪化の一途を辿りつつある。

 

 

 

「(どうする?ここからどうすれば良い?どうすればコイツに『勝つ』事が出来るんだ!?)」

 

 

死銃はまさに刺剣使いの剣士として完成されていた。一撃一撃から死銃が積んできた鍛錬の密度と、その原動力となった執念が伝わってくる。

 

SAO時代の名前を聞いていなくとも、踏み込みや剣戟の放ち方1つ1つから僅かな既視感を今のキリトは感じていたが、記憶の中の動きと比べると今の死銃の技量はあまりにも桁違いだ。

 

だがこのまま自分が倒されてしまったら、それこそ死銃自身が宣言した通りにこの殺人者は次に一登を倒し、そしてシノンを襲うだろう。あの黒い拳銃に撃たれれば、それを合図に死銃の共犯者が現実のシノンをその手にかけてしまう。それだけは断固として防がなければならない。

 

けれど、果たして。俺は本当に、この男に『勝つ』事が出来るのだろうか――――必死に剣を振りながらキリトは自問する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

突然、荒廃した砂漠には全く似つかわしくない、甲高い人工音が彼方から確かに聞こえてきた。

 

緊迫した状況下で不意に鳴り響いた異音に、思わず、といった様子で死銃の動きが硬直する。その一瞬の間隙を突いてキリトは体勢を立て直し、距離を離す。

 

音の正体は車のクラクションだ。闇風の相手を受け持った一登が乗っていったテクニカルのクラクション。バトルロイヤル形式のBoBでは通信機が支給されない為、作戦開始前に合図代わりにクラクションを鳴らす事にしていたのだ。

 

まず短く1回、間を開けて更に2回――――意味は闇風の撃破完了。一登は見事に彼の役目を果たしてくれたのだ。

 

更にクラクションが鳴らされる。また1回だけ鳴らしてから、今度は数秒間に渡って単調な高音が、月下の砂漠に吸い込まれていった。

 

後半の合図の意味は――――

 

 

「なあ、死銃(デスガン)。お前は仲間の手を借りた事で、今回の事件を実行に移したんだろう」

 

 

意識をクラクションからすぐさま戻した死銃に対し、キリトは静かな口調で話しかける。

 

死銃からの怒涛のラッシュによって焦燥の極みに追い詰められかけていたキリトの思考は、一登からの合図を耳にした途端、キリト自身が驚くほど瞬時に冷静さを取り戻していた。

 

さりげなく身を捻り、腰元に廻した左手を死銃の目から隠しながら決然と言い放つ。

 

 

「けど忘れたのか?――――仲間が居るのは。お前だけじゃないんだぞ……!!」

 

 

洞窟で別れる前に一登がキリトへ告げた言葉――――

 

『倒されたらそこでおしまいです。もしこれ以上続けたら危険だと感じたら、すぐに撤退を。その時は僕も可能な限り援護しますから』

 

後半のクラクションは、一登が宣言通りの援護実行する際に味方を巻き込まないようにする為の、キリトに向けた合図だった。

 

熾烈な剣戟と過去の記憶に夢中になり過ぎてキリトは大事な事を忘れていた。

 

キリトが死銃に『勝つ』のが重要なのではない。如何にして死銃を『倒す』かどうかが、今は何より重要だったのだ。

 

死銃を撃破する事でシノンの命の危険を取り除けるのであれば、キリトが一騎討ちに執着する必要も、ない。

 

キリトは洞窟で一登から手渡されたスタングレネードのピンを抜くと、左のアンダースローで死銃の足元へ転がす。すかさず忠告通りに顔を反対側へ背け、瞼を硬く閉じ、両耳を手で塞ぐ。

 

初めて体験するスタングレネードの炸裂は、目前で稲妻が炸裂したかと錯覚するほどの凄まじさだった。

 

背を向け、耳を塞いで身構えていたキリトでさえも、一瞬頭が真っ白になってしまう位の閃光と轟音。これでHPへのダメージは皆無だというのだから驚きだ。使用したキリト自身がこれなのだから、不意を突かれた死銃への影響はもっと大きいに違いない。

 

とにかく一登の指示通りに、死銃の元から離れる。次に何が起きるかが分かっているからこそ、全力で足を動かす。

 

背後で唸り声が発せられたのを確かにキリトは聞いた。目晦ましを使って脱兎を図るキリトに対する死銃の怒りの声だ。

 

逃げるキリトを追いかけようと足を踏み出し――――遠方で響いた砲声を耳にしてすぐさま身を翻す。

 

風切音を伴いながら無反動砲の砲弾が飛来。

 

キリトの後方で、爆発が起きた。

 

洞窟で一登が提案した合図。クラクションの後半の意味は、テクニカルに搭載した無反動砲による砲撃支援を行うという合図だったのだ。

 

 

「やったか……?」

 

 

無反動砲の威力はその目で目撃している。直撃していれば確実に死銃のHPは消滅している筈だが、砲撃で広がった砂煙が中々晴れず、死銃がどうなったのか確認する事が出来ない。

 

奇襲を警戒してキリトが遠巻きに煙を見つめていると、今度は南西の方角から接近中のテクニカルの音が聞こえてきた。

 

そちらへ目線だけ向けると、一登がハンドルを握るテクニカルが猛烈な勢いで砂丘を駆け下りてきている様子が目に入る。運転席の一登の手には、警戒の為か拳銃が握られたままだ。

 

宣言通り駆けつけてくれている一登の姿に頼もしさを覚えながら、キリトは思案を巡らせる。

 

――――このまま退却してしまうべきか?いや、一登には悪いが逆にこのまま一登の援護の元、死銃を追い詰めるべきじゃないのか?この機を逃してしまったらまた死銃に奇襲や迎撃のチャンスを与えてしまうのでは?

 

悩むキリトの元を目指し、所々砂地の起伏が激しいせいでその度に跳ねながらも急接近するテクニカル。

 

砂漠のど真ん中で立ち尽くす美少女のような少年の手前で停まる為、運転席の一登は軌道修正しようとハンドルを僅かに動かした――――その時。

 

 

 

 

 

 

乾いた銃声が砂漠に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

撃たれたのは疾走中のテクニカルの前輪だった。タイヤが破裂し、車両のバランスが大きく崩れる。

 

傾斜によってスピードが出ていた上に、丁度一登がハンドルを回そうとした瞬間だったのも災いし、急激な振動と傾きのせいで一登の手が勝手にハンドルを大きく切る格好になってしまう。

 

そして限界を迎える。

 

 

「え?」

 

 

キリトが見つめる前でテクニカルが横転した。車体が砂地に触れるたび、遠心力と衝撃によって車体から脱落した部品が巻き上げられた砂共々、四方へ撒き散らされる。まず運転席側から地面に激突し、運転席のドアが引き剥がされ、荷台の無反動砲が車体と地面に挟み潰され、砲身があらぬ方向へとへし曲がる。

 

少しずつ分解されながら、テクニカルは惰性と傾斜で転がり続ける。

 

呆然と立ち尽くすキリトの元へと。

 

 

「……っ……!?」

 

 

これが生々しい巨大モンスターの突進攻撃であれば冷静に回避行動を取れていただろう。

 

<SAO>や<ALO>で数々の大型ボスモンスターを屠ってきたキリトだったが、下手なコンテナ並みに大きい自動車という鋼鉄の塊が、まるで子供に蹴飛ばされたボールのようにバウンドを繰り返しながら転がってくる様を目の当たりにするのは、これが初めてだった。

 

キリトにとっては、ある意味地球の生物からかけ離れた造形のモンスター以上に現実味の無い光景だったが故に、反応が遅れてしまう。

 

キリトの思考が危険を認識した時には、転がり続けるテクニカルはもう回避しきれない距離まで達していた。

 

車体は転がる内に微妙に向きを変え、やがてキリトの目の前で直立した状態に。一瞬の直立の後、断頭台のギロチン宜しく倒れ込む車体。

 

ようやく回転中のテクニカルに背を向け、その場から飛びのこうとするキリト。

 

だが、間に合わない。

 

両脚を、高レベルのボスモンスターが振るった大剣か両手斧のソードスキルが直撃したかのような衝撃が襲った。

 

 

 

 

唐突に両足が動かなくなり、顔面から砂地へと倒れ込んだキリトの視界が真っ暗になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テクニカルの横転によって生み出された砂煙の規模は無反動砲の砲撃以上だった。咳き込みながら、キリトは立ち上がろうとする。

 

だが、両足が動かない。身を捩って下半身へ目をやる。

 

両膝よりやや上の高さから先が、ひっくり返ったテクニカルの車体に押し潰されていた。完全に両足が車体と地面に挟まれてしまい、キリトはこの場から10cmも動けない状態に陥っていた。

 

大クラッシュに巻き込まれた衝撃により、キリトの手からは光剣が失われてしまっていた。右太腿に巻きつけたホルスターのファイブセブンも抜けそうにない。HPバーは赤く点滅……危険域に突入。

 

 

「何が……」

 

 

疑問に思うまでもなく答えは分かり切っていた。

 

横転直前に聞こえた、聞き覚えのある銃声。陸橋上で耳にした死銃が止めに用いていた黒い拳銃、54式・黒星の音とそっくりだった。

 

54式から放たれた弾丸がテクニカルのタイヤを撃ち抜き、横転させ――――運転していた一登はどうなった?

 

新たな疑問と同時に巻き起こる焦燥感。車体の下から抜け出そうと砂を掻いたり、車体を押したりしてみるが、キリト1人だけの力ではどうにもならなかった。

 

何かが砂の上に落ちる音がした。車に挟まれたキリトから数mほど離れた位置に、これまた見覚えのある灰色の缶のような物が転がった。キリトもスタジアム前で使った事のある発煙弾。

 

キリトの周囲で薄れ始めていた砂煙が人工的な白煙によって上書きされていく。

 

 

「……念の為に、拾ってきておいて、良かった」

 

 

しゅうしゅうと掠れた声。足音がゆっくりと近づいてくる。

 

 

「…………」

 

 

煙の中から亡霊のように姿を現した死銃が動けないキリトを見下ろす。

 

死銃の全身には鮮血を連想させるダメージエフェクトが刻み付けられていたし、死銃のHPバーは接敵時と比べて半分以上失われていたが、それでもこうして自分の足で立っている。

 

接敵当初から2人の周囲には大量の中継カメラが浮かんでおり、カメラ越しにキリトと死銃の激突を見守っていた観客達の目には、今やどこからどう見てもキリトの方が敗者として映っているに違いなかった。

 

死銃が投じた発煙弾によって2人の姿は隠されてしまい、狙撃による援護も不可能だ。

 

 

「もう、遊びは、終わりだ……!お前はそこで、俺が、あの女を、殺すのを、無様に見届けろ!」

 

 

独特の口調に憎悪と勝利への確信を滲ませながら、死銃は54式の銃口をキリトの額へピタリと合わせた。

 

ゆっくりと、引き金にかけた指へ力を籠めていく。

 

 

「(ちくしょう……俺は、ここで終わるのか……!!)」

 

 

一登やシノンと誓ったのに……!悔しさのあまり奥歯が悲鳴を上げるほどキリトは歯軋りした。

 

シノンは『銃口に向かって死にたい』とキリトに語った。こうなったらせめて自分を撃ち抜く銃口から決して目を逸らすまいと、直径1cmにも満たない54式の銃口をきつく睨み付ける。拳銃の照星越しに死銃の赤い両眼と目が合う。

 

 

 

 

 

 

赤、赤、赤――――赤い眼。

 

――――<ラフィン・コフィン>の幹部の中にも、赤眼の刺剣使いが居なかったか?

 

 

 

 

 

 

「――――ようやく、思い出したよ」

 

 

強制的に這い蹲った状態で、キリトはポツリと呟いた。

 

記憶が断片的且つ連鎖的に、キリトの脳内でフラッシュバックする。キリトが完全に死銃のSAO時代の名前を知らないというのは間違いだった。

 

当人から直接名前は聞いていなくとも、<ラフィン・コフィン>討伐前の作戦会議で幹部陣の情報をキリトは頭の中に叩き込んでいた。その中にはもちろん、幹部達の外見やプレイヤー名も含まれていた。

 

記憶が瞬時に噛み合っていく。

 

まず重なったのは、討伐戦でぶつかり合った<ラフィン・コフィン>幹部の1人の戦い方や身のこなしだった。ゲームの違いや熟練度からくる誤差はあれど、記憶の中の戦いぶりと死銃のそれがピッタリと重なった。次に口調、そして外見。

 

<ラフィン・コフィン>幹部の1人でキリトと刃を交えた赤眼の刺剣使い。

 

その名は――――

 

 

 

 

 

 

「<ザザ>、<赤眼のザザ>。それがお前の名前だ」

 

「――――――…………」

 

 

銃声が轟く。

 

 

 

 

 

 

言い放った瞬間、死銃は初めてあからさまに動揺した態度を見せた。僅かながら、全身をびくりと震わせたのだ。

 

引き金が完全に絞られ、連動した撃鉄がファイアリングピンを叩いた瞬間のタイミングだった。そのせいで、至近距離にもかかわらず死銃から放たれた7.62mmトカレフ弾は本来狙いを定めていたキリトの額ではなく、彼の前髪を数本切り裂いてから砂にめり込む。

 

 

「……ッ!!」

 

 

動揺からすぐさま立ち直った死銃が改めてキリトの頭部を撃ち抜こうと構え直す。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、キリトと死銃と横転したテクニカルを取り囲む砂埃と化学物質が入り混じった煙の壁を突き破り、新たな人影が出現した。

 

全身ボロボロだが、普段は死んだ魚に例えられる瞳を戦意でギラギラと輝かせ、カランビットと呼ばれる小型ナイフを構えた少年が、死銃に対し右側面から襲いかかる。

 

 

 




次が本番です。楽しみにお待ちください。
この分だときっちり20話で完結できるかな?

アニメ版で最後のお土産グレネードで抱きつくシノンが可愛過ぎて死にそうになったのは俺だけではあるまい…!

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