ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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他のクロスオーバー作品のUAや感想の増え具合を比べてみては『やっぱり深見作品はマイナーなのか』と思う今日この頃です。


14:BoB(5)・キラー・シューター・セイバー・ヤングガン

 

「――――仮に、死銃が俺達の推理通りのやり方でプレイヤーを殺してきたとして」

 

 

一登の『死銃=複数犯』説に対する議論が終わる頃には、3人共顔全体を非常に険しく強張ったものへと変貌させていた。

 

特に酷い表情をしているのはシノンで、彼女の顔からは血の気が完全に消え失せ、まるで臨終間際の半死人のようだ

 

その理由は、一登の意見をきっかけにキリトが導き出した推理が原因だった。

 

キリトの推理――――死銃は透明化可能なメタマテリアル光歪曲迷彩を所持。BoBの参加者は参加エントリーの際、入賞時に運営元から記念品を受け取る為に自宅の住所を入力しなくてはならない。

 

もしエントリー会場の総督府ホールでも透明化が使用可能だとしたら、スコープ或いは双眼鏡を使って、姿を晒す事無く、誰にも気づかれずに参加者の現実での住所を入手する事が可能なのではないか?

 

そして死銃の正体が複数犯だとすれば、<GGO>内での死銃の目撃証言というアリバイは完全に意味を無くす。

 

 

「死銃はスタジアムであの時、麻痺状態になったシノンを拳銃で撃とうとした……既にあの時点で死銃の共犯者が現実世界のシノンの部屋に侵入し、銃撃に合わせて君を殺す準備を終えていた可能性がある」

 

 

住所が分かっても次は住居への侵入方法が立ちはだかる、とシノンは抗議。少女の質問に対するキリトの答えは、犠牲者の住居が古いアパートのようなセキュリティが甘い場所なら十分可能という判断だった。

 

これまでの犠牲者である<ゼクシード>と<薄塩たらこ>も古いアパートで1人暮らし。

 

侵入方法についてのキリトの説明に一登も加わる。

 

 

「これは人から聞いた話なんですけど、ブラックマーケットでは電波式の電子錠も解除できる装置が高値で取引されているそうなんです。それにキリト、これまでの犠牲者の死因は心不全で、死体に目立った外傷は見られなかったんでしたよね?」

 

「ああ、時間が経って腐敗が酷かったらしいけど、それといって特徴的な傷は残っていなかったみたいだ」

 

「という事は殺害方法は死体にそれと判る損傷を与えないやり方……注射か何かで即効性の毒薬を投与して心臓を停止させているんだと思います。毒も電波ロックの解除装置も今のご時世、ネットで簡単に手に入れる事が出来ますからね」

 

 

実際には人から聞いたどころか、一登自身も電子錠の解除装置を使った事すらある。

 

敵対組織の中にはアパートやマンションの一室(大規模になるとマンションの1フロアやアパート丸ごと)を拠点として利用している場合もある。そういった拠点を襲撃する際はハイブリッドの支援班が偽造カードキーや解除装置を用意してくれるのだ。

 

 

「シノンは家族と一緒に暮らしてるんですか?」

 

「う、ううん。一人暮らし。古いアパートで、電波ロックだけじゃなくてシリンダー錠もかけてあるけど、鍵そのものはうちも初期型の電子錠……チェーンもかけ忘れた、かも、しれない」

 

「シノンが暮らすようになってからシリンダー錠の交換をしたりは?」

 

「それも、全然……」

 

「シノンのアパートは何階建てで部屋は何階ですか?ベランダはありますか?そこの窓の鍵の種類と戸締りは?」

 

「に、2階建てで、私の部屋は階段から上がって2番目の扉。ベランダも私の部屋の大きな窓のすぐ外にあって、鍵もと、扉と一緒で備え付けのまま……」

 

 

執拗に問う一登。次第に言葉が途切れ途切れになりながらもセキュリティの情報を告白していくシノン。

 

するとシノンの言葉に合わせて少年2人の顔つきもどんどん重苦しいものになっていくものだから、彼らの顔色の変化を目の当たりにした少女の中でもたげた不安は急速に膨らんでいってしまった。

 

特に顕著な反応を見せたのは一登の方だ。若い殺し屋としてピッキングを基本とした解錠技術も叩き込まれてきた身からしてみれば、シノンの自宅のセキュリティはザルも同然だ。

 

仮に扉のセキュリティが万全だとしても、ベランダなどの窓の鍵にまでは気が回っていない場合は珍しくない。上の階の窓となると特に見落とされがちだ。むしろ外壁の起伏や排水用のパイプを足掛かりによじ登り、警戒されにくい高層階の部屋ばかりを狙う窃盗犯すら多く存在している。

 

ベランダに辿り着けさえすれば、音を立てずにガラスを割る手段も幾らでもある。そういった知識もある程度習得しているからこそ、より深刻な考えを容易に導き出せてしまう。

 

 

「死銃が本当に複数犯だとしたら、もしかすると共犯者が1人とは限らないかもしれませんよ」

 

「そうか!死銃が鉄橋でペイルライダーを撃ってから次にシノンを撃とうとするまで、あの時は30分しか経っていない。現実世界のペイルライダーとシノンの家までの距離が30分で移動できる圏内だとしたら、あり得なくはないけど流石に都合が良すぎる。一兎が言うように、シノンの家にいるかもしれない共犯者は、ペイルライダーの殺害を担当したのとは別の人物の可能性もあるんだ!」

 

「……狂ってる」

 

 

信じられない、いや信じたくないといった体で呆然と呟くシノンへ冷酷な言葉を告げたのはやはり一登だった。

 

 

「そういう人間も世の中には存在するんですよ。ただ人を殺したい、命を弄びたい――――それだけの為に労力を惜しまず、あらゆる手段を講じるのを厭わない様な人間は確かに存在しているんです。

そして、そんな狂人に対して嫌悪感を持つどころか、逆に共感を抱いたり、協力したり……そんな人達もまた存在するんです」

 

 

一登もハイブリッドの仕事の中で、そんな人間や彼らが犯した所業を何度も見聞きしてきた。

 

特に人間の残虐性の象徴として印象的だったのは、豊平が所有していた造船所地下にかつて存在した極秘施設。通称ドッグハウスと呼ばれた、ありとあらゆる残酷なアトラクションを見世物にしてきたその施設の壊滅に一登も加わった過去がある。

 

ドッグハウスで催された本物の残虐ショーを、一登は直接目撃した訳ではない。

 

代わりに捕虜となった弓華と、同じく拉致された弓華の恋人の少女が、あの施設に連れ込まれて酷い目に遭った事は知っている。

 

人間は非常に残酷な生き物なのだと、一登は身に沁みて理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なのよそれ、意味分かんない……そんなのが私の部屋の中に……入り込んでる、なん、て……!」

 

 

少女の全身が震えだした。まるで突然酸素が存在しない空間に放り込まれたかのように喉を押さえて苦しそうに喘ぎ始めるシノン。目からも急速に光が失われていく。

 

精神的動揺が大き過ぎたあまり、一時的なショック状態に陥りかけているのだ。

 

 

「ダメだシノン!今自動切断したら危ないぞ!」

 

「じ、自動切断?」

 

「アミュスフィアの非常用機能だよ!プレイヤーの心拍数や体温が急激に変化すると強制的にログアウトさせられるんだ!もしこっちの推理通りシノンの部屋に共犯者が侵入している状態で、シノンが現実世界に復帰したら……!!」

 

 

顔を見られた殺人者の行動など決まっている。焦った口調のキリトの説明に、詳しくVRゲームの仕組みを把握していなかった一登もその危険性を理解するなり慌ててシノンを落ち着かせに入った。

 

 

「落ち着いて下さいシノン!」

 

「あ、ああっ……!」

 

 

一登が呼びかけてもシノンの動揺は収まらない。何度も口をパクパクとさせながら、顔色もまた死人のように血の気が失せつつある。

 

声をかけるだけではダメだ。もっときつめのショック療法でなければ今のシノンに効果は無い。

 

 

「すみませんシノン……!」

 

 

先に謝罪してから、一登はおもむろにシノンの頬を張った。

 

力は殆ど籠めていないが、手首のスナップが利いた平手打ちがシノンの頬に触れるなり、ぱぁんと小気味良い空気が破裂したような音が洞窟中に響いた。

 

親しい女の子の頬を引っ叩くのは非常に心苦しかったが、最悪シノンの命に関わる非常事態である以上早急に落ち着かせる必要があった。ハイブリッドは基本的にスパルタなのだ。

 

今の平手打ちでシノンのHPは約1%減少。恐怖に歪んだ顔から一転、今のシノンは何が起きたのか分からないといった表情を浮かべていた。その反対側でキリトもそっくりな表情を浮かべているのはご愛嬌。

 

シノンの精神が恐慌状態から一時的に漂白された所で、すかさず一登はシノンを抱き締めた。再度シノンの頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でながら耳元で囁いた。

 

 

「落ち着いて。僕に合わせて、ゆっくり息を吸って下さい」

 

「……ぅ、ん」

 

 

頬に走った衝撃で、一旦強制停止した少女の思考が再起動を果たす。

 

一登の囁きに従うまま、耳元で聞こえる彼の呼吸音に合わせてシノンは呼吸を再開。

 

ペインアブソーバーによって痛み自体は伝わっていないが、一登に張られた方の頬にはまだ痺れが残っている。

 

――――その痺れが、何故かシノンには酷く心地良かった。

 

全身を包む一登の身体の逞しさ、頭に触れた掌の温かさも同様だ。彼の腕の中に居るとみるみるうちに強張っていた全身と神経があっという間に解れているのが分かる。

 

体温や吐息だけでなく、彼の心臓の鼓動も伝わってくる。一登の鼓動は、こんな時でも殆ど変化していなかった。狙撃時のシノンよりも更に遅いテンポだが、ドクン、ドクンと、とても力強く血液を送り出しているのが感じられる。

 

 

「大丈夫。今はまだ、シノンの命は安全ですから」

 

「……何でそんなのが分かるの」

 

「んー、そうですね。人を殺す時にわざわざ人目が多いタイミングを狙ったり、あんな芝居がかった演説やジェスチャーを見せ付けるような相手って、自分からルールを破るような真似は出来る限りやりたがらないから……そう思ったからですかね。

後も言ってましたけど、このタイミングで自動ログアウトして侵入してた共犯者の顔を目撃したらそっちの方が逆に危険だった筈です」

 

「だけど……それでも怖いよ……!」

 

 

悪夢を見て怖さのあまり親が眠るベッドに潜り込んできた幼い子供みたいに、シノンは一登の肩口に顔を埋めたまま離れようとしない。

 

少女のその姿に一登はしばし考えてから、「まぁ、しょうがないですよね……」と漏らしつつ、シノンの頭だけでなく背中にも手を回して一定のリズムで慎重に撫でていく。

 

 

「ログアウト出来るんだったら、僕が脱落してシノンの部屋に向かう事も出来たんですけど……」

 

「大会中はログアウト不能――――なら取れる手は1つだ」

 

 

真剣な表情でキリトが言う。美少女としか思えない外見にはそぐわない、チャンピオンに挑む挑戦者みたいな顔つき。

 

 

 

 

「俺達で死銃を倒す。あそこまで殺し方に拘る様な奴らだ、死銃を倒しさえすれば現実世界でシノンを狙う共犯者は何も出来ずに姿を消す筈だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(今更かもしれないけど、シノンとキリトが無事に生き残ってくれますように……)」

 

 

十数分後、一登は潜伏していた洞窟からやや離れた砂丘の南西に潜んでいた。

 

3人は現在、それぞれがバラバラの位置で待機している。キリトは一登の背後に聳え立つ砂丘の天辺に。シノンは3人が潜んでいた洞窟が存在する岩山の上。

 

7度目のサテライト・スキャンは既に通過済み。生存しているプレイヤーは一登・シノン・キリトを除いて――――残り2人。死銃ともう1人、機動力特化型で全大会準優勝者である<闇風>というプレイヤーだ。

 

対死銃討伐計画の内容はいたってシンプルだった。

 

一登とシノンを残してキリトは洞窟の外へ。サテライト・スキャンに映ったキリトが囮となって開けた場所に身を曝し、死銃の狙撃を誘発させ位置を割り出したらシノンがヘカートで撃ち抜く。

 

死銃がキリトに過剰な執着心を抱いているのは既に判明している。間違いなく、キリトの誘いに乗ってくるだろう。

 

同時に闇風も数少ない生き残りであるキリトを仕留めようと寄ってくるに違いない。

 

一登の役目は南西方向から接近しつつある闇風の撃破、もしくはシノンとキリトが死銃を倒すまでの足止め。もちろん倒してしまった方が後々楽にはなるが、シノン曰く今大会の最有力優勝候補だそうなので、かなり手強い相手なのは間違いあるまい。

 

シノンから教えて貰った闇風の情報を思い出す。

 

闇風は9mmパラベラム弾を100連発可能なキャリコ・M900Aサブマシンガンで武装。とにかく限界まで上げた機動力をフル活用して走りながら撃ちまくる、ラン&ガンという戦法の名手。

 

一登が使うSG552は中~近距離戦向けのアサルトライフルだから、戦闘スタイルが超遠距離型のシノンや超近距離型のキリトと比べれば、一登の方がまだ闇風との相性が良い……一登が闇風の相手に回されたのはそういった理由もあった。

 

もし一登が合流していなければ、シノンは死銃と同時に闇風も相手にしなくてはならない状況に追い込まれていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「(――――来た!)」

 

 

手の平大の鏡の中にポツンと生じた動く点の出現から、一登は目標の相手が接近中である事を悟る。

 

一登が潜んでいるのは砂の中から突き出た、かつての建造物の土台らしきコンクリートの障害物の陰。3人を砂漠地帯まで運んで来たテクニカルからもぎ取ったドアミラーを使い、姿を晒す事無く西方向の様子を窺っていたのだ。

 

なおテクニカルは現在一登の位置から斜め上方、キリトから見ると砂丘の稜線にギリギリ車体が隠れるか隠れないかの地点に停めてある。シノンのカウンタースナイプが失敗した場合はテクニカルの無反動砲を使って2人を支援、その後車を突っ込ませて彼らを回収する手筈になっている。

 

ぐんぐん大きさを増す、鏡の中の人影。自前の脚力だけで移動しているとは思えないぐらいのスピードだ。

 

死銃と違い両目だけを隠すデザインのゴーグルに、竜の背びれのように赤く染めたソフトモヒカン。シノンから教えてもらった人物的特徴とも一致する。

 

ヘリカルマガジン独特の細長いシルエットを持つキャリコを両腕に抱えた闇風は障害物の少ないだだっ広い砂漠を、ランダム且つ緩急巧みなジグザグ機動で横切ろうとしている。一登と闇風の間の砂漠は障害物がまったく無いというわけではなく、岩石やサボテン、地面の隆起といった身を隠せそうな遮蔽物がそれなりに点在していた。

 

残像すら見えそうなぐらいの勢いで動かしている両脚とは対照的に上半身は殆ど揺れていない。ガンマンというよりも、まるで忍者かはたまた加速装置を内蔵した改造人間なのではないか、とすら思えてくるほどの速度。

 

一登のチャンスは1度きり。ギリギリまで引きつけて闇風の不意を突く。この作戦は一登が如何に迅速に照準・発砲をこなせるかにかかっている。

 

潜む一登と走る闇風。

 

彼我の距離が200mに達した所で、まず一登の方から口火を切った。

 

物陰から右半身を覗かせニーリング――――片膝を突いた状態からの射撃姿勢を取り、ACOGスコープ内の中心に闇風の身体を捉え、発砲。射程と精度を上げる為、SG552からサイレンサーは外してある。短銃身のアサルトライフル独特の大きな発砲炎が月下の砂漠で花開く。

 

一登が放った5.56mm弾は予想通り、闇風の身体に掠りすらせず呆気なく外れた。一登の出現を敏感に感じ取った闇風が急激に方向転換したからだ。

 

ランダムに緩急と方向転換を繰り返す闇風の機動が一際激しくなる。砂漠を駆け抜けるその様は最早人外染みた機動力で、少しでも気を抜くとスコープの中からあっという間に外れてしまいそうなぐらいだった。

 

 

「(予想以上に速い!)」

 

 

何とか闇風の姿を追いかけて銃撃を加えていく。フルオートの短連射ではなく、マガジン内の弾薬を節約する為に敢えてセミオートで撃つ。

 

進行方向を先読みすると同時に闇風の移動速度から闇風本体ではなく、0.5秒後に闇風が到達しているだろう空間を狙って弾丸を送り込む。移動中の標的の未来位置を予測して狙う事をリードを取る、という。

 

それでも当たらない。右へ左へ、曲がって曲がってオブジェクトに隠れてを繰り返しながらどんどん一登との距離を詰めてくる闇風。

 

間隔が100mを切った所でようやく闇風も発砲を開始。

 

ここまで闇風が撃ってこなかったのは武器の違いが原因だ。装薬量が多く弾頭部分の先端が鋭い形状で空気抵抗が少ない5.56mm弾を使う一登のSG552と比べると、9mmパラベラム弾を使用する闇風のキャリコは射程と精度に劣る。

 

今の闇風の発砲は牽制に過ぎず、一登を仕留める為にはもっと距離を詰める必要がある――――そこが一登の狙い目。

 

周囲を闇風の牽制射撃が通過していくのを感じ取った一登は(まずは第1段階成功)と胸の中で呟く。

 

今の銃声は間違いなくシノンとキリトにも聞こえているだろう。サイレンサーを外しての戦闘は2人への合図代わりだ――――闇風は僕が抑えるから、2人は死銃の撃破に集中してくれ。

 

今や一登の元には銃弾のみならず、闇風から放たれる強烈な戦意がひしひしと伝わってくるのが全身で感じられる。闇風の意識は作戦通りキリトから一登へと移っていた。

 

距離が詰まりつつある事で闇風からの銃撃は次第に正確さを増しつつある。その証拠に一登が利用している遮蔽物や、その周囲に降り注ぐ銃撃の密度が高まっている。

 

出現当初から短距離走の金メダリストを遥かに超える速度で疾走し続け、まったく速度を落とさないまま射撃を行っている事を考えると、シノンが言っていた『今大会最有力優勝候補』という触れ込みはまさに伊達ではないと、今更ながら一登は思い知った。

 

一登までの距離が50mまで縮まる。

 

今の闇風と一登の間にある障害物は、砂に埋もれたかつての建造物の名残らしき畳1畳分ほどのコンクリートの壁が数枚、まるで石碑のように砂地の中から横並びに聳え立つのみとなる。

 

キャリコの有効射程に一登を捉えたい闇風は、間違いなくコンクリート製の石碑もどきを利用する筈だ。

 

闇風と石碑の距離が数mまで近づいた所で何度目かの未来予測射撃。

 

闇風は数歩先の空間を通過する弾道予測線から外れるために再度急転換し、石碑の影へ滑り込む。

 

一登の狙い通りに。

 

 

「(かかった!)」

 

 

すぐさまSG552のセレクターをフルオートに変更。

 

闇風が逃げ込んだ石碑へ、彼の姿が隠れているのもお構いなしに銃撃を加える。

 

すると突然、石碑の根元で爆発が起きた。強烈な爆風と、呆気なく粉砕された石碑の破片がすぐ裏側に身を滑り込ませた直後の闇風を襲う。

 

 

「!!?」

 

 

石碑が消滅し、闇風の姿が巻き上がった煙と砂塵の中へ消え去る。

 

闇風が砂漠地帯へやってくる前に、一登は罠を仕掛けていた。テクニカルに搭載された無反動砲、その砲弾を石碑の根元に設置。反対方向から接近してくる闇風からは地雷代わりの砲弾は石碑が死角になって見えない。砲弾に余裕があったので、全ての石碑に砲弾を仕掛けてある。

 

闇風が石碑の陰に隠れようとしたのも偶然ではない。幾らキャリコの装弾数が100発という大容量とはいえ、闇風は一登へ接近する間にかなりの量の弾薬を消費していた。彼はこの場で確実に一登を仕留める為、ラストスパート寸前にコンクリートの石碑を利用してマガジン交換を行うに違いない――――そう一登は踏んだのだ。

 

わざわざ遠距離から射撃を開始して存在を露呈させつつ、セミオートで節約しながらの銃撃を繰り返したのも、今の状況に追い込む事が目的だった。

 

問題は今の爆発で闇風を倒せたかどうかだが――――

 

 

「……」

 

 

決して気を抜かず、手早くマガジンを新品に交換してから未だ濃く舞い上がる砂塵の煙に警戒する。

 

すると、後方でアサルトライフルなど目ではない大音量の砲声が鳴り響いた。遂に死銃を発見したシノンがヘカートを発砲したのだ。

 

同時に、まるでヘカートの砲声に合わせたかのように注意深く見つめていた砂煙の中から手榴弾が投じられた。高威力のプラズマグレネード。

 

プラズマグレネードは一登から15mほど手前に落下。青白い閃光と高熱を帯びた衝撃波が解放される。砂塵で出来た2つ目の小さなキノコ雲が砂漠に生まれた。

 

 

「!」

 

 

咄嗟に屈み、顔を左腕で隠し、撒き散らされた衝撃波と砂を防ぐ。

 

――――闇風はまだ生きてる!

 

一登が悟った瞬間、薄く視界を覆った砂のベールの向こう側から延びた何本もの弾道予測線が一登の身体にぶつかった。

 

 

「うおおおお!!」

 

 

チーターも真っ青の驚異的な瞬発力で跳躍した闇風が砂のベールを突き破って姿を現す。

 

一登の不意を突く為か、闇風が跳躍した方向は左右でも前でもなく、上だった。凄まじいジャンプによって一登を見下ろし、右手1本でキャリコを一登へ向けている。

 

不意を突いた至近距離での爆発に流石のベテランプレイヤーも無傷で凌げなかったらしく、全身にダメージエフェクトが刻まれ左肘から下は消滅してしまっていた。

 

それでも一登が闇風を有効射程圏内まで接近を許してしまった。

 

空中で吼えながら闇風が発砲。

 

 

「く!!」

 

 

一登は咄嗟に構えていたSG552を盾にした。闇風に対し側面を見せる形でSG552を掲げたのと同時に、複数の衝撃が一登を襲った。

 

キャリコから放たれた9mm弾の内、一登の胴体に命中する筈だった弾丸の大部分をSG552によって防ぐ事に成功。それでも即席の盾で防げなかった銃弾が一登の左肩を掠り、右脇腹を抉る。衝撃でひっくり返ってしまう。

 

だがHPはまだ残っているし身体も動く。

 

思考よりも速く、何百何千と繰り返してきたハイブリッドでの訓練の記憶が勝手に一登の身体を動かした。

 

金槌で叩かれたような衝撃に押されて背中から倒れ込みながら、盾にしたSG552から離した右手を太腿のホルスターへ。ブローニング・ハイパワーを引き抜く。

 

親指が側面の安全装置を弾いて射撃可能な状態にする。ステータス強化によるブーストに頼らない、純粋な一登自身の技量によるアサルトライフルからサイドアームへの迅速な持ち替え。

 

両手で構えた拳銃の照準を空中の闇風へと合わせるまでに2秒とかからぬ早業だった。

 

 

「くそ……!」

 

 

未だ宙に留まった闇風が悔しげに吐き捨てた。蹴る為の足場が存在しなければ取り柄の敏捷性など発揮できない。つまり回避行動は不可能だ。捨て身の奇襲を防がれた事で、一登の不意を突く為の大ジャンプが逆に仇となってしまったのだ。

 

一登のハイパワーが9mmパラベラム弾を吐き出した。

 

今度こそ確実に仕留める為立て続けに撃ち込む。一登は2秒間に6発という速さで高速連射。その全てが、闇風の胴体に命中した。

 

両手で拳銃を構えた姿勢で背中から倒れこんだ一登の頭上を闇風が通過していく。

 

空中でHPが0になった事でプレイヤーの意思から隔離された闇風の身体は、2本の足ではなく顔面から突っ込む形で砂地に落下。2度3度とバウンドしてからようやく停止した闇風の上に赤い『DEAD』のタグが浮かび上がる。

 

 

「危なかった……」

 

 

闇風の撃破という目標は達成できた。

 

だが安心するのはまだ早い。シノンとキリトはどうなった?無事死銃を倒す事に2人は成功したのだろうか?

 

弾丸を複数受け止めた事で使えなくなったSG552(トリガーのすぐ真上に直撃したせいで引き金が折れてしまっていた)をその場に投げ捨てた一登は背後の砂丘を駆け上った。

 

稜線の最上部まで辿り着くと、首を巡らせ拳銃を右手に握ったまま左手で双眼鏡を引っ張り出し、シノンとキリトと死銃、3者が激突しているであろう空間を必死に探す。

 

 

 

 

 

 

――――そして一登は、キリトの左肩へ死銃が放った刺剣の一撃が吸い込まれる瞬間を目撃した。

 

 

 

 

 

 




超高速武器切り替えのイメージはttp://www.youtube.com/watch?v=ZqGVU1sW8pgの0:57~辺りが良い例です。
特殊部隊はこれぐらいの早撃ちがデフォなのかと思うとやはり凄まじいものを感じますね(汗)

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