ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

12 / 20
なろうの活動報告でも書いたんですが、完成直後何故か古いデータに上書きされてヒイヒイ言いながら書き直しました(汗)


11:BoB(2)・Sin City

 

 

 

 

「あのさ、シノンは一兎の事について親しい方なのかな?」

 

 

唐突な質問に、シノンは一瞬何と答えれば良いのか分からなくて黙り込んだ。

 

本戦開始から1時間が経過し、本日4度目のサテライト・スキャンを終えて生存プレイヤーの名前を確認した直後の出来事だった。

 

 

 

 

 

BoB本戦が開始してから30分が過ぎた頃からシノンは――自分自身でも信じられない事に――あのいけ好かない少女みたいな男の光剣使いことキリトと共に行動をしている。

 

こんな展開になってしまった経緯も実に中々複雑怪奇で、キリト曰く<GGO>内に生身のプレイヤーを殺して回っている<死銃>なる人物が出没しており、その死銃某がこのBoBにも参戦しているだとか、死銃の正体はキリトと本当の殺し合いを繰り広げた人物で間違いないだの云々……

 

正直、突拍子が無いにも程がある話ばかりだ。こんな与太話を噴くような相手にわざわざ付き合ってやっている(それもよりにもよって生放送中の大会の場でだ!)事自体、シノン自身未だに信じられないぐらいだ。

 

だけど今は疑念よりも、興味や真実への探究心の方がシノンの中で勝っていた。キリトの言葉や態度はどう見ても演技とは思えなかったのだ。特に予選1回戦の直後にキリトが露にしていたあの怯えようが、シノンの脳裏にこびり付いている。

 

先程、キリト共々不可解な光景を目撃する羽目になった事も、この光剣使いと同道している理由の1つである。

 

ボロボロのフードマントを身に纏い、眼窩に真紅のレンズが嵌め込まれた髑髏を模したフルフェイスマスクで顔を隠した謎のプレイヤーに拳銃で撃たれた<ペイルライダー>という名の参加者が、ルール通りHP全損によって<死体>と化すのではなく、悶え苦しみながら回線切断……すなわちログアウトしてしまう一部始終を、ヘカートⅡの大口径スコープ越しに見せ付けられたのだ。

 

 

『あいつはサーバーから落としたんじゃない……殺したんだ。たった今、ペイルライダーは、ペイルライダーを操っていた生身のプレイヤーは、現実世界で死んだんだ!』

 

 

そう、キリトは語った。実際に現実世界で2人死人が出ている……とも。

 

信じたくなかった。認めたくなかった。

 

ゲームとしてのプレイヤー殺しではなく、本当の人殺しをするVRMMOプレイヤーの存在など……!

 

だが――少なくともキリトの言っている事が事実であるのならば――VRMMOを舞台に人殺しを繰り返している人物は確かに実在しているのだ。それもシノンとキリトと同じISLラグナロクという名の巨大な密室空間に。

 

おまけにこれまたキリトによれば死銃以前にも仮想空間で人殺しを行った前例が存在していて……これ以上聞く気にはなれなかった。

 

 

「(何でまた私の周りで――――)」

 

 

 

 

――――どんな形であれ、人殺しという名の罪科から私は逃れる事が出来ないとでもいうのか。

 

 

 

 

また自分1人になったら今度こそ逃れられなくなるかもしれない……死銃を追跡しようとまたシノンと分かれかけたキリトに同行を申し出たのは、心の奥底で俄かに生じた恐怖心から無意識に目を逸らそうとした為だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして話は冒頭に戻る。

 

キリトからの質問は、都市廃墟に向かったと思しき死銃の位置を4度目のサテライト・スキャンで探った直後のタイミングだった。死銃の正体は<銃士X>という名のプレイヤーではないかと2人は推測しており、実際銃士Xの光点は市街地に存在していた。

 

シノンとキリトを除いて都市部に存在する光点は3つ。2人が追いかけてきた死銃こと銃士X、その銃士Xが次の獲物と見定めて追跡している<リココ>――――そして一登こと<一兎>。

 

銃士Xの光点は街中心部に存在するスタジアムの外周部。リココが居る、スタジアムからやや西側に位置するビルを狙うにはうってつけのポジション。一登の現在地はリココから更に南寄りに建っている立体駐車場付近だ。

 

質問してきた少年にシノンは訝しげな視線を向け、

 

 

「何で唐突にそんな事聞くのよ……アンタまさか、一兎の事も疑ってるの!?」

 

「ち、違うよ!いや、俺だって一兎が死銃だとはこれっぽっちも――――ま、万に一つの可能性としては考えてはいたけど……」

 

 

対物ライフルを持った女スナイパーの眼光を浴びせられたキリトは、しどろもどろになりながらも正直に白状する。少女の表情に険しさが増したのを見て取ったのに気づいたので、慌てて弁解の言葉も付け足す。

 

 

「もう一兎の事は疑ってないから睨まないでくれよ。一兎も容疑者の1人に入れたのは彼も今回の大会に初参加だからであって、あくまで一応のつもりだったんだ。

 でもそもそも一兎は本戦開始からずっと都市エリアから外には出てないのはサテライト・スキャンの度に確認してたんだ!ペイルライダーを撃ったプレイヤーが一兎でないのは俺だってとっくに分かってる。だから怒らないでくれ!」

 

「…………分かったわよ。まったく驚かせないで頂戴」

 

「それはこっちの台詞だよ……だけどそんなに怒るって事は、一兎とかなり親しかったりするのかい?一兎から聞いたけど、2人はリアルでも知り合いみたいだし」

 

 

シノンは再びキリトを睨みつける。

 

また怒鳴りつけてやろうかと思ったが、キリトが『静かに』のジェスチャーをしていたのでどうにか怒声を呑み込んだ。そもそも自分達は密かに銃士Xを追跡している最中である事を思い出す。

 

 

「絶対他の連中にバラすんじゃないわよ……!」

 

「それはもちろん」

 

 

声を張り上げられない分、怒りを濃縮した重苦しい声で脅しの言葉を囁いてからシノンは告白する。

 

 

「同じ学校の先輩よ。<GGO>どころかVRMMOの類をプレイするのも今回が初めてで、そもそも先輩がプレイを始めてから1週間も過ぎてないわ。最初の……その、ゼクシードが死銃に撃たれたのはもっと前の筈だから、まったく時期が合わないわ」

 

「そっか、シノンの言う通りなら確かにそうだな」

 

 

ゼクシードが撃たれたのは1ヶ月以上前の出来事だ。シノンの情報が正しいのならば、一兎が初めてプレイした時期には既に2人目の被害者の死体が発見済みだったから、やはり一兎はシロと考えて良いだろう。

 

 

「……で、何でシノンさんは先程から怒り顔のままなんでせうか……?」

 

「……アンタに対して怒ってる訳じゃないから安心して。今は別の事考えてるだけだから」

 

 

おずおずとした態度のキリトの問いかけに首を横に振りながら答えるシノン。

 

 

「彼(一兎)なら死銃の事を知ったらどう思ったのかな、なんて考えただけよ。多分、私と違って即決でキリトに協力してくれたかもしれないわね。その点で言えば、私よりも一兎を探して声をかけた方が良かったんじゃない?」

 

「どうかな。そもそも陸橋の傍でシノンに声をかけたのだって、ペイルライダーを追って見晴らしの良い場所を探してる途中でたまたまシノンを見つけたからだしなぁ」

 

「……次からはカンストになるまで<隠蔽>スキルを鍛えておいてやるんだから」

 

 

発砲の瞬間まで敵に露見されないよう上手く身を隠す事がスナイパーの必須技能なのにあっさりルーキーに見つかる私って……シノンの肩が落ちる。

 

 

「けどどうしてシノンは自分よりも一兎を頼った方が良いなんて自分で言うんだ?俺はシノンも頼りがいのある相手だと思ってるんだけど」

 

「その答えはそうね――――私よりも一兎の方がお人好しな善人だからかしら」

 

 

人殺しの自分なんかよりよっぽどね、と心の中で付け足す。

 

 

「リアルでもゲームでも、人がピンチの時は自分から首を突っ込む主義の人みたいだし」

 

「ふーん、それってもしかしてシノンも一兎に助けられた事があったりするのかな?」

 

 

悪戯っぽく尋ねるキリト。下手なアイドルよりも可愛らしいアバターのせいで、まるで陳腐なラブコメ漫画に登場する小悪魔みたいだとシノンは呆れてしまった。だが正体はれっきとした男である。

 

 

「ノーコメント。でも実際一兎が居てくれれば遠・中・近、どの距離でもカバーできるんだけど……・」

 

 

真冬の公園、そして本戦開始前の酒場でのやり取りが脳裏で再現され、互いの交わした言葉を思い出したシノンは、今自分が口走った言葉の内容を掻き消そうと何度も首を左右に振った。

 

あの2回の話し合いの場でヒステリーを起こして先に逃げ出したのは確かにシノンの方だ。けどシノンは衝動的に逃げ出した事はともかく、自分の発言は間違っていないと信じている。

 

一登の方は一見冷静に言葉を選んでいたが――――それでもシノンからしてみれば、鉄錆臭い鮮血に塗れた事が無い人間の綺麗事としか感じられなかった。

 

そして酒場での発言が、もっとシノンの精神を更なる同様に追い込む

 

 

「(『殺した殺そうとした、その行為自体は重要じゃない。殺すべき人間を殺した事を必要以上に気に病む必要も無い』?――――殺すべき人間って何よ!?人をこの手で殺したって記憶を、忘れられる筈が……!)」

 

 

何を言っている。自分こそ殺人の記憶から逃れる為にこの世界(GGO)に逃げ込んだ張本人じゃないか――――と、意識の片隅でもう1人の自分が嘲った。

 

それでも彼のあの発言を聞いた瞬間、一兎……公魚一登という人物が俄かにおぞましい別種の存在の様に、その時のシノンには思えたのだ――――良い面の皮だ。シノンこそ嫌悪されて当たり前の殺人者であるというのに、よくものうのうと恩人相手にそんな考えが浮かぶものだ。

 

――――それに。

 

 

「(一兎は、VRMMOで人殺しを楽しむような人間じゃない……!)」

 

 

記憶は更に遡り、今度は<GGO>プレイヤーの『一兎』ではない、現実世界での『公魚一登』という人間と直に接してきた時の記憶に切り替わった。

 

捨てられた子犬みたいな目をしながら昼食に誘ってきた学校のアイドル。家庭科室で食べた彼の手作りサンドイッチの味。一人暮らしを始めてから初めて味わった手作りの味の思い出。

 

 

 

 

――――不意に、一登の作る卵サンドが無性に食べたくなった。

 

 

 

 

「この戦いが終わったら、またあのサンドイッチ作ってもらおうかな……」

 

「何か言ったかな?」

 

「ううん、ただの独り言」

 

 

キリトが不思議そうに見つめる中、今やシノンの脳裏からは一登への疑惑や恐怖は綺麗に消え去っていた。

 

――――あんな美味しいサンドイッチを作れる人が、人殺しを楽しむシリアルキラーの筈が無い。

 

意識を新たに、銃士Xを仕留めるべくシノンとキリトはスタジアムを目指す。

 

スタジアムに到着すると、シノンの狙撃能力を生かす為2手に分かれる事にした。キリトが先行して南ゲートへと駆けていく。シノンも、キリトを援護できる狙撃地点を探して行動し始める。

 

 

 

 

そして、狙撃された。

 

銃士Xではない。メタマテリアル光歪曲迷彩、つまり透明化可能な光学迷彩で姿を消していた別の人物――――本物の死銃によってだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今、シノンの左肩には細身のダーツのような電磁スタン弾が突き刺さっている。最初に死銃にやられたペイルライダーも、まずこの銃弾で麻痺させられてから止めを刺されたのだ。

 

死銃は拳銃と狙撃用ライフルを組み合わせて使っていた。ライフルの種類は.338ラプア・マグナム弾を使用するサイレンサー一体化型ボルトアクション式ライフルL115A3。<GGO>内での通称はサイレント・アサシン。

 

そして、拳銃。

 

ソ連製トカレフ・TT33の中国コピー版である51式拳銃の改良型――――54式拳銃。またの名を、グリップの色と刻まれた星のマークから黒星(ヘイシン)とも呼ばれる。

 

 

 

 

5年前シノン、いや幼い朝田詩乃が郵便局強盗から奪い、そして射殺するのに用いた――――忌まわしきシ人殺しの罪科の象徴。

 

 

 

 

「(――――何故、ここに?何で、今、このタイミングで!?)」

 

 

54式、その特徴的な星のマークを目にした途端、シノンの中から反撃の意思のみならず、ありとあらゆる気力が急速に蒸発していく。

 

芝居がかった大層でゆっくりとした動作で死銃が54式のスライドを引く。拳銃の薬室へ7.62mmトカレフ弾が装填され、ハンマーが起き上がる。後は引き金さえ絞れば、細かく震えながら地面に転がるシノンの身体に、直径1cm足らずの穴(だが現実では場所によっては致命的な傷と化す)を何時でも好きな時に穿つ事が可能となった。

 

逃げたくても、シノンは逃げられない。

 

電磁スタン弾の効力はもはや関係なしに、自分に対し向けられた凶器から逃れようという考えすら、今の彼女には浮かばなかった。

 

本来髑髏型マスクが見え隠れする筈のフードの中に、シノンは自分が殺した強盗犯の顔を見た。もちろんそれは彼女にしか見えない幻覚だ。けれどシノンには本物の存在、実体を得て蘇った亡霊の復讐者としか思えなかった。

 

――――あの男が帰ってきた。この世界で、私に復讐する為に、死銃という名を得てまで。

 

ああならば納得だ、この手で殺した筈の存在が蘇る事が実際に起きたのならば、仮想空間に居ながらにして現実の生身の人間を死に至らしめる事だって可能なのではないか?という事はつまり死銃の犠牲になった2人、いや3人のプレイヤーが死んだのも、突き詰めてしまえば自分が殺したも同然なのでは……

 

 

「(逃れる事なんて出来ないんだ……)」

 

 

きっと彼はどこまでも朝田詩乃を追いかけてくる。これは最早運命だ。

 

どだい殺人の十字架から逃れ、過去を断ち切ろうと目論んだ事自体が間違いだったのだ――――永遠に追われ続ける運命の咎からの逃亡者。待ち受ける結末は、手にかけた者直々の断罪。

 

亡霊が放つ弾丸は罪人の少女に確実なる死を与えるであろう。仮想のダメージではなく、実際にシノンの心臓を貫き、詩乃の精神を撃ち砕き、破壊し、殺す。

 

周囲にはシノンと死銃、2人以外の姿はどこにも見当たらない。お前は誰からも助けてもらえないと、言外に断言されているかのように。

 

 

『――――っ』

 

 

死銃(亡霊)の構える54式の銃口がピタリとシノンの額へ据えられた。

 

恨み言か何か、『彼』は声を発していたが、肉体も思考も完全な虚脱状態に陥っている今のシノンには全くと言って良い程届いていない。

 

撃つなら早く撃ってくれ。私はもう諦めたから、お願いだから鉛弾をさっさと撃って私を楽にしてよ――――復讐の銃弾を受け入れる覚悟は出来ている。実際には覚悟というより、完全なる諦観と表現した方が正しかったが。

 

ところで、諦める事と悔いを残す事は決して矛盾しない。

 

グチャグチャに掻き回された意識の片隅で、2人の少年の顔がちらついた。

 

 

「(せめて……)」

 

 

 

 

――――キリトを見届けて、強さと戦う事の意味を理解したかった。

 

――――せめてもう1回、公魚先輩が作った卵サンドを食べてみたかった。

 

 

 

 

自分を撃った銃声は聞こえないという。

 

その格言通り、自分を撃ち抜く銃弾が放たれる音はシノンの耳に届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そもそも撃たれたのはシノンではなかった。

 

銃声の代わりに彼女が聞いたのは、金属の表面が削られる甲高い擦過音だった。

 

フードの中でシノンを見下ろしていたおぞましい亡霊の姿が不意に消失し、目元が赤いレンズのゴーグルマスクへと戻る。金属製のマスクの表面には斜めに横断するようなダメージエフェクトがくっきりと刻まれている。

 

 

「え……」

 

 

呆然と見上げるシノンの前で、着弾の衝撃に1度は仰け反ったものの死銃はすぐさま体勢を立て直し、大きく後方へ跳躍。

 

直後、死銃がたった今まで存在した空間を新たな銃弾が通過した。第1射を受けた事でシステムが認識し、弾道予測線から次の発砲を先んじて回避したのだ。やはり銃声は聞こえない。弾丸の飛翔音と、死銃が立っていた場所からやや後ろの地面が続けざまに小さく弾ける音だけが、第3者の銃撃をシノンに教えてくれた。

 

銃撃は格好の標的である筈の横たわったまま動けないシノンを無視し、逃げる死銃を追いかける。数発ボロボロのフードを掠めたものの、死銃は建物の柱の影に逃げ込む事に成功。

 

今の銃撃で幾つか判明した事がある。

 

まず死銃を狙ったプレイヤーはサイレンサーを装備した銃を使用している。連射速度からおそらく狙撃用のボルトアクション式やセミオート式ではなく、フルオート可能なアサルトライフルかサブマシンガン。

 

自分もまたスナイパーであるシノンは、ゴーグルマスクに弾かれた初弾によって生じたダメージエフェクトの角度と方向から狙撃者が陣取っている場所すら大まかに推測できた。

 

ゴーグルマスクの傷は斜め上から下に向かって走っていた点から、シノンと死銃よりも高所から撃ち下ろす形で発砲している。もちろんその時の死銃の体勢にもよるが、位置が低ければその分マスクの傷も地面と平行に近い角度になる。

 

弾丸が飛来してきた方向は死銃から見て真横、スタジアムより南の方角。死銃はスタジアムに背を向けていたから、明らかにキリトもしくは銃士X、リココからの銃撃でもない。

 

4度目のサテライト・スキャンを思い出す。

 

あの時、スタジアムから南の地点に表示されていたプレイヤーは誰か。

 

 

 

 

「……一兎?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の呟きはもちろん、一兎/一登の元まで届いていなかった。

 

伏射姿勢――――うつ伏せで射撃姿勢を取りながら、出来るだけ姿勢を崩さないようにしつつSG552のマガジンを交換。

 

一登が今居るのはスタジアムより南に位置する立体駐車場の屋上だ。建物は5階建て。屋上に停車中のピックアップトラックの下に潜んでいる。車高が高いお陰で、車体と地面の間に身体を潜り込ませる事が出来た。

 

一登の位置からスタジアム前までの距離は約300m前後。短銃身且つ射程と精度にマイナス補正がかかるサイレンサーを装着したSG552の有効射程ギリギリの距離。

 

そもそも一登は、狙撃を行うつもりでここを選んだ訳ではなかった。シノンと行動を共にして銃士Xを追跡しているキリトの戦闘を見届ける為の監視地点として――ぶつかり合った時の対策に、1度キリトの戦闘スタイルをこの目で確認しておきたかった――立体駐車場の屋上を選んだに過ぎない。シノンのピンチに気づいたのは、本当に偶然だった。

 

銃の有効射程ギリギリ、しかも遠距離の狙撃に対応していないACOGスコープでは中々難しい狙撃だったが、何とか一登は初弾でのヘッドショットに成功。シノンを襲ったプレイヤーが動けない彼女を前に油断したのか、開けた空間のど真ん中で棒立ちしていたのも成功した要因の1つ。

 

頭部を捉えた筈の銃弾がゴーグルマスクの表面で弾かれてしまったのは予想外だったが、骨など固い物に当たった弾丸があらぬ方向へ向きを変える事態は決して珍しくない。頭部に命中した銃弾が頭蓋骨に当たった瞬間滑ってしまい、表面だけを削り取って別方向から飛び出した事例も極稀ながら実在する。

 

距離とサイレンサーのせいで威力が低下し、マスクを貫通するだけの威力が残っていなかったのか?或いはゴーグルマスク自体が高い強度を誇る防具だったのか?命中時の角度が浅過ぎたのか?……考えられる理由は幾つもあるが、マスク男を1発目で仕留める事に失敗したのは紛れも無い事実だ。

 

意識と共にアサルトライフルのセレクターを切り替える。精度重視のセミオートからフルオートへ。マスク男に対し短連射を行う。

 

半ば覚悟はしていたが、2度目の発砲はマスク男に全て回避されてしまった。

 

ここまで一登が戦ってきた参加者と同じく、あの男もステータス強化が生み出す高い身体能力の持ち主なのだ。

 

初弾が想定外の結果になった事による動揺とセレクターを操作するまでの僅かなタイムラグのせいで相手が立て直す猶予を与えてしまったのも痛い。

 

それでも男を追って連射を加え続け、とりあえずシノンの傍から引き剥がす事に成功する。

 

 

「早く逃げてくれ……!」

 

 

一瞬低倍率スコープを僅かに動かしてシノンの状態を確認する。

 

4倍スコープで300m先を見ようとすると、シルエットは十分明瞭に映るが物体の詳細な様子まで判別するのは難しい。贅沢を言うなら今はもっと高倍率なスコープがついた、SG552よりも長銃身・大口径の狙撃向けライフルが欲しい所だ。

 

ただシノンは元々水色という目立つ髪の色をしている分、他のプレイヤーよりも見分けがつき易い。彼女は地面に横たわったまま、決してその場から動こうとしない。

 

と言うよりも、出来ないのだろう。途中まではACOGよりも高倍率で視野が広い双眼鏡で見物していたが、その際シノンの左腕に火花を散らす小さな矢のような物体が刺さっているのを確認済みだ。おそらく身体を麻痺させるスタン弾か麻酔弾の類か。

 

シノンの危機を打破するには、彼女自身が麻痺から回復してその場から逃げ出すか、別行動を取っているキリトが戻ってきて彼女を回収するか、それとも一登がマスク男を倒すかしか選択肢は無いだろう――――

 

 

「っ!」

 

 

突然、シノンとマスク男の間に白煙が広がった。新たに加わった何者かが発煙弾を投じたのだと一登はすぐに気づいた。

 

スタジアム前の空間が煙に包まれていく間際、スタジアムから黒髪をたなびかせながらキリトが飛び出してきたのが一瞬だけ見えた。発煙弾を投じたのもキリトだろう。

 

シノンは無事キリトに回収されたがまだ油断は出来ない。足手纏いになった彼女を背負って逃げるとなると、心配なのは移動速度の差だ。マスク男が追撃を仕掛けた場合、遅かれ早かれ2人は間違いなく追いつかれる。

 

 

 

 

――――このまま2人を放っておくのか?

 

 

 

 

答えは決まっている。

 

 

「早く助けないと……!」

 

 

ここがゲームの世界で現在バトルロイヤルの真っ最中である事など一登の頭から吹き飛んでいた。

 

シノンを狙ったあのマスク男は危険だ。拳銃を突きつけられた時にシノンが見せたあの怯えようも気になるし、何よりシノンもキリトも今や一登にとって大事な人だ。

 

人と人の関係の深さは、過ごした時間ではなく密度で決まる。その事を一登は犯罪者であるハイブリッドの仲間達から教えてもらった。

 

幸運にも、駆けつけるための手段は一登のすぐ近くに存在した。一登が車体の下に身を潜り込ませていたピックアップトラック。ステージにランダムに置かれた、早い者勝ちの車両系アイテム。

 

正確には単なるピックアップトラックではなく、荷台部分に銃火器を搭載した武装車両……いわゆるテクニカルと呼ばれる存在だ。立体駐車場に置かれたテクニカルには無反動砲が積まれていた。

 

一登は躊躇い無く運転席へ。自分で運転するのは初めてだが、ハイブリッドの仕事で支援要員が車を運転する様子をしょっちゅう見てきたし、テクニカルの運転方式もオートマだったから、どうにか一登でも運転できそうだ。

 

覚悟は当に決まっている。一登は思い切りアクセルを踏み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――誰も罪からは逃げられないのかもしれない。

 

――――だが罪を犯した者に助けの手が与えられないとは限らない。

 

 

 

 

 

 




銃士Xが予想外の可愛さでワロタ(だが出落ちである)
しかも使用銃がM14EBRとかますます惜しいキャラでしたね(´・ω・`)

この分だと20話位に膨らみそうな予感……

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