ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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9:人を殺す事に必要なモノ

 

 

「あー、その、シノン?シノンさーん?」

 

「……………」

 

 

無言である。<GGO>世界、SBCグロッケン北端の総督府タワー前広場での、一登と詩乃改めシノンの不毛なやり取りである。

 

リアルがダメならゲームの中で、とBoB本大会エントリー会場である総督府前の広場で網を張ったまでは良かったが、生憎何を話しかけてもシノンはまったく口を開こうとしてくれなかった。時折何か言いたげにジト目を送ってくるだけで、それ以外には一登の呼びかけに対しちっとも反応してくれない。

 

おろおろする少年と不機嫌丸出しな少女の進む先は多くの人で賑わっていたが、アバターの外見はともかく一登もシノンもBoB本戦に勝ち残れるだけの実力者。周囲の野次馬達は恐れをなして勝手に道を開けていってくれる。

 

……なお2人の様子は、BoB本大会を観戦しに集まった見物客なプレイヤーの目には、怒らせた彼女のご機嫌伺いに四苦八苦している彼氏……ぶっちゃけ喧嘩中のカップルにしか見えなかったりするのだが、当事者の2人は自分の事に集中していて周囲の視線の意味に気づいていない。

 

そんな近寄りがたい組み合わせに自ら接触を試みる猛者が、2人の反対側から歩いてきた。2人と同じく本戦に出場予定のキリトである。

 

 

「よ、シノン今日はよろしく――――」

 

 

フレンドリーに話しかけてきた美少女みたいな少年に対するシノンの返答は、高威力レーザーライフルの火線もおっかない眼光だった。

 

(俺何かやらかした!?)とたじろいだキリトは、少女の隣で頬を引きつらせている一登に近づいて耳打ち。

 

 

「(な、何で今日はこんなに不機嫌なんだ!?)」

 

 

器用に小声で悲鳴を上げるキリト。一登はとても言いづらそうにしながら、

 

 

「(僕のせいなんです。ログインする前に彼女をちょっと怒らせちゃって……)」

 

「(ゲームにログインする前って、もしかして2人はリアルでも知り合いなんですか)」

 

「(一応……)」

 

 

頭を寄せ合って小声で話し合う2人の少年。

 

尚傍から見ると、説得に四苦八苦していた彼氏が彼女を放って別の美少女といちゃつき始めたように見えなくもない。

 

一登(一兎ver)の横顔を間近で見つめていたキリトの中で、ふと昨日彼の腕の中で嗚咽を漏らした時の記憶が蘇った。結局昨日は予選後、一登に再会できないままログアウトしてしまったのだ。

 

 

「そういえば昨日はありがとうございました。その、お見苦しい所を見せちゃって、本当すみませんでした……」

 

「気にしなくていいですよ。誰だって身近な人に縋りたくなる時は必ずありますから。キリトが色々と抱え込んでるって事は伝わってきましたし、僕の肩を借りたい時は何時でも言って下さい!」

 

 

爽やかな笑みを浮かべて言い放つ。これは一登の純粋な気持ち、紛う事無き本音である。

 

白猫からキリトの正体を教えて貰ったお陰で、目の前の少年の背負っているものの正体を一登はおぼろげながら悟っていたが、仮に白猫に情報を渡されていなくても一登はキリトの助けになろうと心に決めていた。

 

キリトに失った弟の面影を見てしまった以上、見捨てるという選択肢は一登の中から消えたも同然だ。

 

 

「ありがとう……」

 

 

頼もしい一登の言葉に、キリトははにかみながら礼を告げた。

 

それにしても、冷静な精神状態じゃなかったのを差っ引いても、初対面同然の相手に抱きつき、嗚咽を漏らし、あまつさえ頭を赤ちゃんみたいに撫でられるという行為はよくよく考えなくてもかなり恥ずかしい姿だったんじゃなかろうか――――?

 

 

「ううう……」

 

 

気恥ずかしさがキリトの頭をもたげた。そして仮想空間ではアバターの感情表現が敏感且つ過剰に反映されるので、100人が99人可憐な美少女にしか見えないキリトのアバターの頬に目に見えて分かる程の朱を俄かに帯びる結果となった。

 

……第3者からしてみれば、隣に女をはべらせた男性プレイヤーが別の美少女(ただし男)に逆ナンされた挙句、耳元で甘い言葉を囁いて口説いている風にしか見えない光景である。

 

口説かれている側が嫌がるどころか照れた様子で嬉しそうに笑っている(ようにしか見えない)のが、周囲の誤解に更なる拍車をかけていた。一登に集中して向けられている他のプレイヤーの視線が、剣呑な気配を帯びつつある。

 

妙な雰囲気を漂わせ始めた一登とキリトの間に、ドスの利いた少女の声が割り込む。

 

 

「はいそこの2人、イチャついてないでさっさとエントリー済ませるわよ!」

 

「「りょ、了解!」――――ってちょっと待ってくれイチャつくなってどういう意味なんだ!?」

 

 

ようやく周囲からの視線が尋常な気配ではないのに気づいたシノンの言葉に尻を叩かれ、いそいそと総督府の中へ消えていく3人。

 

約1名講義の悲鳴を上げたがシノンは聞こえない振りをした――――自分の今の姿を考えなさいよまったく!

 

 

「一兎も一兎よ、もう!」

 

 

ポロリと一登に対する憤りの呟きがシノンの口から漏れる。

 

何故そんな言葉が自分の口から勝手に漏れ出てしまったのか、今のシノンには分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エントリー手続きを終えた3人は地下1階に設けられた酒場へと移動した。キリトが情報交換の場を設けたいと提案、ではなくシノンに懇願したところ、彼女に案内された場所がここだったのだ。

 

 

「別に一兎まで付いてこなくてもいいんだけど」

 

「いやあ、俺としても前回のBoBに参加した事があるシノンの意見も聞いておきたいですから」

 

「あっそ、勝手にすれば……」

 

 

すぐにツンとした表情になって一登から視線を反らしてしまうシノンだが、ハッキリとした拒絶を見せない辺りログイン当初よりは機嫌を取り戻しているらしい。内心安堵する。

 

次いで白猫の言葉を思い出す。キリトの背後関係やスタンスを可能ならば探って来いと言われている一登からしてみれば、キリトの提案は絶好のチャンスだ。問題はどうやって上手く情報を引き出すかだが、そこは一登の話術にかかっている。

 

――――それにしても、と一登は周囲を見回した。

 

円形状の酒場の中心部には柱を軸に、斜めに投影された大型ホロパネルが巨大なコマのように一定速度で回転しながら本戦開始までの残り時間をカウントダウン中。

 

柱を座席と利用客が取り囲んで談笑し、一部の客は誰が優勝するのかトトカルチョを受け付けている運営公認のNPCブックメイカーや、本戦参加者の情報を売り捌く情報屋を取り囲んでいる。

 

何となく、『仕事』で何度か潜入した経験がある非合法クラブを一登は思い出した。あそこまで騒々しくギラギラとスポットライトが乱舞してはいないが、享楽的な雰囲気はよく似ている。

 

だが一登・シノン・キリトの3人が新たに店内に入ってきた事に気づくなり、利用客の視線が一気に3人へ注がれた。一登達を横目に見ながら彼方此方で囁き合い始める利用客の集団。

 

 

「何だかここでも注目されてますね僕達」

 

「そりゃそうでしょ。片やステータスで圧倒的に不利な癖に判断力と純粋な戦闘技術だけで戦力差を引っくり返すルーキー、もう片方は弾丸を空中で叩き落としながら相手を切り刻む光剣使い――――2人とも昨日の試合だけで今や立派な有名人の仲間入りね」

 

 

単に予選で大暴れしたルーキー2人に加え<GGO>では希少なスナイパー、それも激レア武器を所持した女性プレイヤーが一緒に現れた……という驚き以外にも、何だあの野郎カワイ子ちゃんを2人も侍らせやがってコンチクショウ的な、事情を知らない多くの男性プレイヤーからのやっかみも注目の的になっている原因の1つなのだけれど。

 

 

「そ、そんなに目立ってました?」

 

「ま、一兎の戦い方はまだ分かるんだけど、アンタの戦い方は明らかに異常よ異常。ワザと急所を外して狙った対物ライフルの一撃まで叩き切るとか、チートってレベルじゃないわよまったく……」

 

「へ?銃弾を、切り落とす」

 

 

未だ納得がいかないという気持ち丸出しでシノンが愚痴る。昨日の一登は結局キリトの戦いぶりを見れる機会が廻ってこなかったから、キリトの戦闘スタイルを知ったのはこれが初めてだった。

 

俄かに信じられない内容だ――――重機関銃クラスの大口径弾に反応するどころか空中で切り落とすだって?

 

軌道は弾道予測線で読めるとはいえ、音速の数倍で飛翔する弾丸に斬撃を合わせるなんて真似、一登の想像の範囲外の所業だ。なまじ実際に対物ライフルが発砲される様、高速で飛来した大口径弾の破壊力を何度も直接目撃してきただけに、理性が尚更理解を拒む。

 

 

「いや、それは流石に無茶というか無理じゃないっすか」

 

「そんな無理無茶無謀な真似を私の前でやってみせたのよ、この男」

 

「いやー意外とやれるもんですよあっはっは」

 

 

軽く笑うキリト。一方シノンの顔も口調も至って大真面目で嘘を言っている気配は微塵も感じられない。

 

……本戦ではキリト相手に絶対真っ向勝負は挑まない様にしよう。一登はそう心に誓った。ゲームはゲームでもデスゲームの英雄は伊達じゃないという事か。

 

店内から奥まった位置のブース席を確保した3人は情報交換を開始。

 

キリトが質問し、不満半々面倒臭さ半々の態度丸出しなシノンが答える。一登は2人の間に挟まれながらキリトとシノンの質疑応答の内容を頭に刻み、時折キリト以上に細かく突っ込んだ質問をシノンへと向ける――――そんなやり取りを幾度か繰り返す。

 

ここまでキリトが質問したのは、主にBoBの舞台となるフィールドやルールに関する内容が中心だった。本戦のルールに関しては予選が終了した時点で運営から送信されてきたメールに全て記載されてはいたのだが、前回のBoBにも参加しているシノンなりの視点や体験を含んだ解説はキリトにとっても一登にとっても、単なる文面のみのルール説明よりよほど参考になった。

 

 

「(本戦会場に存在するエリアは都市廃墟エリアを中心に山岳エリア、森林エリア、田園エリア、砂漠エリア、草原エリアに分布……下手に戦い慣れてない空間はうろつかないで、都市エリアに篭る方が得策っぽいなぁ)」

 

 

ハイブリッドには元軍人の構成員も多く所属している――実際一登の上司兼偽造戸籍上の母親である公魚志保は元自衛隊員だし、弓華も傭兵の娘としてアジアを中心とした様々な戦場で戦ってきた――だが一登の場合は市街地以外で戦った経験が無い。

 

だが、一登は兵士ではなくあくまで殺し屋だ。なら殺し屋らしく慣れないロケーションで悪戦苦闘するよりも自分の土俵で戦うべきだろうし、本戦中は15分に1回、衛星からのスキャンによって生存者の存在位置を受信できる端末が全プレイヤーに与えられるから、使い方さえ間違えなければ単に敵の位置を知るだけでなく逆に敵を誘き寄せる事にも使えそうだ。

 

一登が脳内で今後の方針を決めている間に、話すべき事は話したと判断したらしいシノンが立ち去ろうと腰を上げる。

 

するとシノンが座っていた方とは反対側から、唐突に何かが一登にぶつかってきた。

 

 

「わぁ待ったま、ってうわぁ!?」

 

「ちょっ!?」

 

 

ぶつかってきたのはキリトだった。立ち去ろうとしたシノンを引き止めようと慌てて身を乗り出した結果、横合いから一登に覆い被さるような体勢になってしまったのである。

 

 

「「あ……」」

 

 

漏れた言葉が重なり、一登とキリトの視線がぶつかり合う。

 

ハラリ、と垂れたキリトの艶やかな長髪が一登の頬を擽る。

 

伸ばされたキリトの右手はどうにかシノンのジャケットの袖を掴む事に成功しているが、左手は一登の胸元に添えられた格好。2人の少年の顔の距離は10cmに届くか届かないか、といった微妙な近さ。

 

ちなみに今の状況は傍から見れば男性プレイヤーを押し倒す美少女プレイヤー、という構図以外の何物でもない。

 

 

「「………」」

 

 

何故か間近で見詰め合ったまま固まる2人。

 

……得物の対物ライフルの砲声も真っ青なシノンの怒号が頭上から振ってきた。

 

 

「アンタら――――男同士でさっきからベタなラブコメみたいな真似繰り広げてんじゃないわよ!!!」

 

『何ぃー!!?男同士ぃぃぃぃぃぃ!!!!?』

 

 

シノンの怒号に次いで、彼女の発言を耳にした客全員の大合唱が地下酒場に轟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリトちゃんが……俺のキリトちゃんが男だったなんて……」

 

「こんな事なら有り金全部キリトちゃんに賭けるんじゃなかった……!」

 

「いや待てお前ら、キリトちゃんがあの見た目で男だから良いんじゃねぇか!」

 

「ギンロウさんが予想以上の強者だった!?」

 

「ギンロウさんマジパネェっす!」

 

 

あの見た目でキリトの性別を知るやショックを受けたり後悔したり、と本戦参加者や観客で賑わっていた酒場は今や阿鼻叫喚な空間に変貌を遂げていた。

 

そんな状況を生み出した元凶であるキリトは、自らが原因で生じた惨劇から必死に意識を逸らそうと(精神的に)死屍累々なプレイヤー達を視界に入れまいとしていた……特に3番目に聞こえてきた発言については意味を理解するなり即灰色の記憶領域からのデリートを敢行済みだ。

 

好きでこんな顔手に入れたんじゃないやい!と絶叫したい衝動を必死に堪え、シノンから真に聞き出したかった本命の質問を発した。

 

――――BoB本戦参加者の一覧を表示し、この30人の中で知らない名前はどれだけあるのか、と。

 

 

「……初めてなのは、どっかのムカつく光剣使いとサバゲー上がりの先輩殿を除くと3人だけ」

 

 

銃士X、ペイルライダー、そして。

 

 

「このSterben(スティーブン)かな」

 

 

シノンがぎこちなく読み上げながら指差した名前に一登とキリトも注目する。

 

その際2人の距離が肩と肩が触れ合うぐらいまた近づいたのに気づいて、シノンの顔色がまたムッとしたものになり――――直後彼女の中に戸惑いの感情が広がった。

 

 

「(何でいちいち不機嫌になってるのよ私。馬鹿みたい、2人は男同士なのに)」

 

「でもこれ、スペルが違いません?」

 

「えっ?」

 

「ほらこれ、スティーブンなら普通『Stephen』か『Steven』が正しいスペルなんです。これだと『r』が余計だし、『b』じゃなくて『v』か『ph』の筈なんですよ――――授業で習いませんでした?」

 

「わ、悪かったわね!英語の成績は可も無く不可も無い程度なの!……プレイヤーが名前を登録する時に打ち間違えた可能性は?」

 

「もしくは別の読み方、別の意味を持つ単語なのかもしれません」

 

「スティーブンじゃないとすると……ステルベン、って読むのかな」

 

「……で、それが一体何なのよ?さっきから私に訊くばっかりで、キリトは何も説明しないじゃないのよ」

 

 

とうとう我慢の限界に達したシノンが強い口調でキリトを問い質し始める。

 

シノンのように口に出すような真似はしなかったが、自分もキリトの事情を聞かせてもらいたいと――少なくとも表面上は――言いたげな目を向ける事で女狙撃手の援護射撃を行った。表向きは一登もキリトの事情をまったく知らない事になっているので、下手な事を言うのは避けるべきだった。

 

言いたいけど言えない、上手い言葉が見つからない――――躊躇いと困惑の表情で黙りこくるキリト。しばしの間、3人の間に沈黙が広がる。

 

すると急角度につりあがっていたシノンの目尻が不意に緩んだかと思うと、

 

 

「もしかしたら、昨日の予選でアンタの様子が急におかしくなった事と、何か関係あるの?一兎に縋りついてた時、まるで悪夢に怯えた子供みたいな顔をしてたわよ」

 

「――――っ…………ああ、そうだ」

 

 

憔悴しきった顔でキリトは白状する。

 

――――昨日、地下の待機ドームで昔同じVRMMOをやっていた人物に声をかけられた事。

 

――――そのプレイヤーは、かつてキリトと命を賭けた本気の殺し合いを行った筈の相手である事。『筈』、と付くのは当時の名前を思い出せないからだ。

 

――――和解は有り得ない間柄だった。剣で決着をつけようとした事自体は後悔していない。だが相手を殺そうとした、その行いの意味と責任を忘却し、逃げ続けた事はもう決して許されない、正面から向き合わないといけない……

 

 

「……『もしその銃の弾丸が』」

 

「っ!」

 

「……?」

 

「『現実世界のプレイヤーをも本当に殺すとしたら、それでも君は引き金を引けるか』。昨日キリトが決勝戦で私に向けて言った言葉よ」

 

「そんな事を話してたんですか」

 

 

タイミング悪く一登のブロックの決勝戦も丁度キリトとシノンの対決と重なってしまっていた為、一登が知っていたのはシノンが自ら敗北を宣言した、という点ぐらいだ。

 

 

「キリト、あなたはもしかしてあのゲームの中に――――ゴメン、聞いちゃいけない事だったね」

 

「いや、良いんだ」

 

 

キリトから目を逸らすシノン。2人の口が再び固く閉ざされる。

 

具体的な単語を伏せたぼかした言い方であったが、一登はキリトのSAOでの体験を資料として知っていたから、彼が語った内容をより詳細に推察する事が出来た。キリトが話した内容は、判明しているだけでも3桁に及ぶ犠牲者を出した殺人ギルド<ラフィン・コフィン>討伐作戦についてでほぼ間違いないだろう。

 

SAO事件当時はキリトもまだごく普通の中学生に過ぎなかった筈。一登の様に、半ば自ら望んで裏社会の住人になった訳ではない。

 

強制的に生死を賭けたゲームの世界に閉じ込められて、もしかすれば助け合えたかもしれないプレイヤー同士で殺し合って――――何処にでもいる学生だった彼の背中に圧し掛かったプレッシャー、成長途中の未熟な精神に加わった負荷がさぞ凄まじいものであった事は、想像に難くない。

 

 

「こうやって問い詰められるのは良い気分じゃないだろうけど……」

 

 

一登は改めてキリトに向き直り、老人の様に疲れ切った彼の目を真っ向から捉えながら、周囲の客に届かない程度の音量で問う。

 

 

「何でキリトはそのプレイヤーと殺し合わなければならなかったのか、何でその必要があったのか……具体的な理由を、キリトの口から直接聞かせてほしい」

 

「一兎!それは――――」

 

「ゴメン。だけど確かめておかないとダメなんだ」

 

「――――彼らは、自分達から楽しんで人を殺していた」

 

 

重苦しい口調で応えるキリト。

 

 

「彼らのせいで、その時点だけでも100人以上のプレイヤーが死に追いやられていた。これ以上の被害を食い止めなきゃならなかった。幹部連中は凄腕揃いだったから、こちらも腕利きを集めたけど逆に奇襲されて、気が付いた時には無我夢中で……」

 

「関係の無いカタギの人達を巻き込んだりは?」

 

「それはしてない!そもそも俺達が突入する予定だった奴らの拠点は存在が殆ど知られていないダンジョンの奥深くで、俺達討伐部隊とラフコフの連中以外のプレイヤーはまったく――――」

 

「もうそれ以上言わなくていいですよ。辛い事を聞いて本当にすみませんでした……だけど」

 

 

言わなければならない事がある。一登は無性にそう思った。

 

1プレイヤーとしてではない、その手をキリトの何十倍もの人間の血で汚してきたヤングガンとして。

 

 

「……僕みたいな人間がこんな事を言っても慰めにはならないかもしれませんけど」

 

 

真摯な口調で、キリトへ言葉を向ける。

 

 

「キリトの選択は間違ってなかったと僕は思います」

 

「でも俺は……確かにこの手で、人を、殺そうと、殺して……!」

 

 

ハンマーで頭をぶん殴られたような衝撃がシノンの頭を襲って、自覚も無く少女の喉から掠れた呻き声が小さく発せられた。

 

 

「やっぱりキリト、貴方は……」

 

 

キリトも自分と同じだ。頭がグチャグチャになって、無我夢中で人の命を奪った殺人者なのだと、シノンは知った。

 

衝撃的な過去を告げられても一登の態度や表情は変わっていない。片手を小刻みに震えるキリトの肩に乗せ、もう片方の手はテーブル上できつく握り締められたキリトの両手に添える。

 

 

「殺した殺そうとした、その行為自体は重要じゃありません」

 

「えっ……」

 

「何を――――」

 

 

予想外の言葉にキリトは呆け、シノンも驚愕の眼差しを一登へ浴びせた。

 

 

「キリト達が戦った連中は殺されたって仕方の無い事をした。放置していたらもっと多くの被害が出ていたから止める必要があった――――殺るに相応しい理由と必要性がある以上、何時かは必ず誰かがしなければならない事だった。その役目をたまたまキリト達が引き受けてしまった……そういう事なんだと僕は思います」

 

 

無用な被害を容認しないのがハイブリッドの流儀。暗殺対象以外への被害は必要最小限が基本。

 

無辜の市民は決して手をかけず、依頼を受けて殺す対象も犯罪組織の構成員や、市井に紛れて法では裁けない犯罪を犯すような、殺されたって仕方ない悪人ばかりだ。時には犯罪組織でありながら暴走した自衛官達による大規模テロの阻止に奔走した事さえある。

 

もし一登もSAO事件に巻き込まれていたら、自ら<ラフィン・コフィン>討伐に加わっていただろう。好き好んで虐殺を楽しむような連中は断じて許せない。

 

 

「自分が人殺しである事、確かにその事実自体は決して忘れてしまってはいけない事です。でもだからといって、殺すべき人間を殺した事を必要以上に気に病む必要も無いんですよ。キリトはやるべき事をやった、ただそれだけなんです」

 

 

要はキリト達の行為は警官が犯罪者を鎮圧したり、兵士が戦場で敵兵を倒す事と何ら変わりないという事だ。

 

しかもキリトの言う事が正しければ先に奇襲してきたのは向こう側で前科も山積み。正当防衛の成立はまず確実だ。抵抗の結果相手が命を落としてもそれは自業自得である。

 

 

 

 

 

 

――――キリトとシノンは知らないが、一登は塵八や弓華、ハイブリッドの幹部には及ばないが、それでも数え切れない数の人間を殺してきた身だ。

 

一登を含め、彼らは皆あまりに人を殺し過ぎたせいで一部の感情が――人が人を殺す事への嫌悪感といったもの――完全に麻痺してしまっている。生活を送る上に於いては法はキッチリ順守するし、カタギの人間や害の無い存在には手出ししない程度の良識は持ち合わせているが、ある意味では一登達もまた一種の狂人だと言えた。

 

一方キリトとシノンは、法治国家の中でも加害者の生命に過剰な程気を使う日本で生まれ育った若者である。だからこそ自分と同じ人間の命を奪った事を酷く気に病んでいる……そうすべき事こそ正しい価値観なのだと、2人共固く信じているからだ。

 

或いは自らを追い込むほど価値観に固執している、とも言える。

 

 

 

 

故に。

 

命が軽く扱われる血生臭い裏社会からは程遠い、全ての命が尊い表側の世界でしか過ごした事が無かった少年と少女には、自ら手に掛けた人物の忘却を許容する一登の発言は異質に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

キリトは絶句した。シノンも一瞬呆けてから、凄まじく殺気立った表情と化しながら勢い良く立ち上がった。

 

 

「何よそんなの……何を今更、そんな事を言うのよ……!!」

 

「し、シノン?」

 

 

5年前、郵便局強盗をこの手で射殺した、始まりの鮮血の記憶。

 

ずっとあの時の選択を、行動を、周囲の誰からも責められながら生きてきたシノンにとって、今の一登の言葉は劇薬そのものだったのだ。

 

 

 

 

――――だったら人殺しの烙印に苦しんできた私の5年間は一体何だったというのか。

 

 

 

 

「そんな言葉、自分の手を誰かの血で汚した事が無いから言えるのよ……!」

 

 

相手が自分やキリトを遥かに超越した殺人遍歴を持つプロの殺し屋である事など露知らず、シノンは悲痛な言葉を残してボックス席から立ち去ってしまう。

 

慌ててキリトが追いかける。呆然と取り残される一登。

 

 

 

 

 

 

それはまさに、数十分前に冬の公園で繰り広げられた光景そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 




男の娘とのイチャラブを書けとゴーストに囁かれた結果がこれだよ!(ヤケクソ)
そして自分から地雷を踏んでいく主人公って今回初めて書いた気がします。

次回から本戦開始ー。

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