ヤングガン・オンライン   作:ゼミル

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プロローグ:私の学校の暗殺者

 

 

 

 

――――朝田詩乃は銃口を向けられていた

 

 

 

 

詩乃が本物の銃を目にしたのはこれが2度目の経験である。

 

自分自身に向けられている銃の名前は、ブローニング・ハイパワーという。1935年に開発国のベルギー軍で採用されたのを皮切りに、2025年の現在でも細かい改良が加えられながらも未だに生産が続けられている、自動拳銃の元祖とも呼べる名銃の1丁だ。発射する弾薬はポピュラーな9mmパラベラム弾。

 

そんな歴史に残るベストセラーの拳銃が今自分に対して突き付けられているという現実を、しかし詩乃は冷静に受け止める事が出来た。

 

普通なら命を奪う為だけに作られた鋼鉄の塊を突き付けられているという現実にまず驚愕し、次に怯え、身の危険に恐怖し泣き叫ぶのが普通の人間の反応なのだろうが、生憎詩乃は己が普通の人間からは程遠いと自覚していた。

 

――――何故なら朝田詩乃という人物は、本物の人殺しなのだから。

 

 

 

 

詩乃は冷静に自分へ向けられた拳銃の銃口を、そして拳銃を構える人物をまっすぐ見据えた。命の危機に晒されているというのに、彼女の瞳には不思議と恐怖の色は浮かんでいない。

 

ハイパワーの銃口を詩乃へ向けている人物は彼女の知人……否、友人であり戦友とも呼べる存在だった。

 

拳銃を握る青年の名は公魚一登という。

 

彼の背後にはもう1人、どうすればいいのか分からないという感情が丸分かりの混乱した表情を顔いっぱいに浮かべた黒髪の青年が立ち尽くしている。

 

詩乃の推測が正しければ彼がキリト――――桐ヶ谷和人に違いない。

 

 

「――――――――っ」

 

 

射撃姿勢を保ったまま一登の唇が動く。彼の構え方はとても堂に入っていて、全く銃口がぶれていない事からも明らかに銃器の扱いに――仮想空間の話ではなく、現実世界に於いても――慣熟しているのは間違いない。

 

一登の銃器の扱いが本物なら、彼が構えているブローニング・ハイパワーもまたモデルガンではなく本物の拳銃であると、詩乃は確信していた。1度だけとはいえ、詩乃もまた実際に本物の拳銃を扱った事があるからこその確信だ。一体どこで入手したのかという疑問も今は些末事に過ぎない。

 

 

 

 

黒光りする実物の銃口が、自分へピタリと据えられていると自覚し、理解した上で。

 

……詩乃は静かに瞼を閉じた。

 

視界を自ら暗闇で覆った直後、「止せ!!」と絶叫したのはきっとキリトだろうが――――もう遅い。

 

 

 

 

室内に、9mmパラベラム弾の乾いた銃声が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩乃が公魚一登と初めて面識を持ったのは、ほんの数日前の事に過ぎない。

 

最初の出会いは、詩乃が同級生であり、一時期は友人だと勘違いしていた――もっとも向こうは自分を金づるとしか認識していないのは明らかだったが――遠藤という名の女子生徒をリーダーとした3人組に、路地裏へと引きずり込まれたのがきっかけだ。

 

案の定、遠藤達は詩乃に財布を置いていくよう要求。

 

もちろん詩乃が抵抗すると、不快なニヤニヤ笑いを浮かべながら遠藤は右手を持ち上げた。握り拳の状態から親指を立てて人差し指を伸ばして指鉄砲を形作り。銃口代わりの人差し指を詩乃の眉間へ突き付ける。

 

子供染みた遠藤のジェスチャーに、しかし詩乃の肉体と精神はたったそれだけの動作を見せつけられた事が原因で異常反応を起こしていた。

 

詩乃は銃に対し大きなトラウマを抱えていた。銃を連想させる存在に直接対峙すると、例えそれが安っぽいおもちゃや今遠藤がしているような指鉄砲であっても、パニック発作が誘発されてしまう。

 

トラウマを悪用した遠藤の脅しに容易く追い詰められていく詩乃の心身。眩暈がする、息がまともに出来ない、視界が渦を巻いて耳鳴りが――――

 

 

 

 

現実から乖離しかけていた詩乃の心身を呼び戻したのは、背後から響いた若い男の叫び声だった。

 

 

 

 

「何やってんだお前ら!」

 

 

鮮明さを取り戻した詩乃の視界に、突然カツアゲの現場に踏み込まれて酷く動揺した遠藤達3人の姿が映る。

 

彼女らの注目は詩乃から彼女の背後へと移っており、詩乃も食道の途中までせり上がってきていた胃液を必死に押し戻しつつ、反射的に遠藤の視線を追って彼女も振り返った。

 

少女達の視線の先に居たのは、詩乃や遠藤が通学している高校の制服を着た少年だった。詩乃には見覚えのない人物だ。

 

童顔で瞳が大きく、カッコいいというよりは可愛らしいと例えるのがピッタリな、アイドルみたいに甘い顔立ち。人懐っこい犬を連想させる容貌に似合わず眼力は強く、詩乃……ではなく、その後ろに立つカツアゲ女×3をまっすぐ睨みつける彼の瞳は、異常反応の後遺症から抜け切れていない詩乃にも感じ取れるほどの怒りで燃えている。

 

 

「わ、公魚先輩……」

 

 

動揺した遠藤の呻き声が詩乃の元まで伝わってくる。

 

彼女の発した名前を耳にした途端、詩乃の記憶が突如として鮮明に呼び覚まされた。偶然耳にしたクラスメイトの噂話の中で度々出てきた名前だった。

 

公魚という苗字を持つ生徒で詩乃の知る人物は1人しか存在しない。その人物は詩乃が通う学校の有名人だ。

 

――――公魚一登。詩乃より1年先輩で、彼女が高校に入学した年に転校してきた。成績優秀でスポーツ万能、遅刻や欠席は多いがそこを除けば品行も方正で、見た目によらず特技は料理。実際部活動では料理研究会に所属している。

 

彼を遠目から目撃した経験は詩乃も数回体験していたが、まさか転校後僅か半年で学校のアイドル的存在にまで上り詰めた人物がこのタイミングで現れるなど、詩乃はまったく想像もしていなかった。その点については遠藤も同意見の筈だ。

 

動揺から覚めやらぬ3人へと、公魚一登は容赦なく追い打ちの言葉を放つ。

 

 

「言っておくけど、お前達のやり取りはみんな録音してあるから誤魔化しは通用しないぞ」

 

 

スマートフォンをチラつかせながらの追撃が3人へ止めを刺した。信じられない速さで駆け出した遠藤達の姿が、人で溢れるアーケードに呑まれてあっという間に消え去った。

 

限界だった。3人の姿が完全に見えなくなった途端、詩乃は膝から崩れ落ちた。

 

ゴミが散乱する路地裏のど真ん中でへたり込んでしまった詩乃だったが、尻餅を突く直前大きな手が詩乃の両肩をしっかと掴んだ事で、汚れきった地面で制服を汚してしまう事態は何とか避けられた。

 

詩乃の小さな身体を抱き留めたのはカツアゲの場に割って入ってきた張本人だった。

 

 

「大丈夫!?」

 

「え、ええ、大丈夫です……」

 

 

心配そうに覗きこんでくる一登。今詩乃と一登はほぼ密着状態にあるので、自然と2人の顔の距離は10cm足らずの距離まで近づいている。

 

幾ら相手が学校のアイドルで助けに入ってくれた恩人とはいえ、初対面の異性相手に唇が触れ合いそうなぐらい顔が近づくのは詩乃にとって初めての体験だ。

 

故に、一登への感謝やときめきを覚えるよりも先に羞恥の感情が詩乃の中で不意に噴き出してしまった。

 

ショック反応とは別の理由で動悸が高まり、頬が勝手に熱くなる。臓器や血流のみならず四肢全体も勝手に動き出してしまい、気が付くと詩乃の両手は一登の身体を強く突き飛ばしてしまっていた。その弾みで詩乃はカバンを取り落としてしまう。

 

どん、と鈍い音と共に小さな掌が上級生の胸板を叩く。意外にも童顔の優男の割にはかなり鍛えているらしく、学生服の上から触れた一登の胸板から、みっちりと詰まった筋肉の感触が伝わってきた。無我夢中でかなり強く押してしまったにもかかわらず一登の肉体は小揺るぎもしなかったが、詩乃への思慮一色だった少年の顔は今は戸惑いの表情に変わっている。

 

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 

短く謝罪の言葉を発せた所までは良かったが、その後の行動は数多い失敗の中でも五指に入るレベルの大失敗だったと、後に詩乃は述懐している。

 

両手に続いて両足まで詩乃の支配下から勝手に抜けだし、まるで遠藤達の後を追う様な形で路地を離れる。

 

すなわち一登の元から一目散に逃げ出したのだ。遠藤達に絡まれた自分を助けてくれたにもかかわらず、礼を告げぬどころか強く胸板を突いて逃げ出すという所業を実行してしまった自分に、詩乃は軽く絶望してしまう。今からでも来た道をUターンして謝りに戻っても遅くはないのに、どういう訳か足は止まってくれない。

 

走って、走って、走り続けて。

 

両足が自動運転を終えてようやく止まってくれた頃には、自宅のアパートの前に辿り着いてしまっていた。長時間全力疾走を行った詩乃の全身は真冬の寒空の下では不似合いな大量の汗にまみれており、大きく肩で息を切らしながらコンクリートブロック製の塀にもたれ掛る事で今度こそ崩れ落ちてしまいそうな身体を支えていると、キンキンに冷えきった空気が一気に詩乃の体温を奪い取っていく。

 

 

「はぁ……はぁっ……ああもうっ」

 

 

自宅に辿り着いてしまった以上は仕方ない。せめて明日は登校次第、必ず公魚先輩に御礼を言いに行かなくては――――

 

決意を胸に、しかし酷使された反動で両足が猛烈な抗議を発しているせいで足取りはとてつもなく重い。右へ左へ不安定に身体を揺らしながら階段を上って2つ目のドアへ。

 

スカートのポケットから部屋の鍵を取り出した段になって、詩乃は遅ればせながらある事に気付く。

 

 

「鞄、忘れた」

 

 

今度こそ詩乃はへたり込んで泣きたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「困ったなぁ」

 

 

自分以外誰も居なくなった路地裏で一登は独りごちる。

 

一登の手には、彼本人の持ち物である通学用バッグとはまた別の鞄が存在した。一登が助けに入ったはいいが何故かそのまま逃げられてしまった、カツアゲの被害者である小柄なメガネの女子生徒の落し物。

 

どうしようこれ、と首を傾げる一登。

 

逃げてしまった少女(彼女に絡んでいたいかにもな不良っぽい女子生徒の1人は『アサダ』と呼んでいた)はすぐに人ごみに紛れてしまった。

 

やりたくはないが、非常手段としては彼女が忘れていった鞄の中身を探って身元と住所が分かる物を見つけて直接自宅に持っていく手もあるにはある。が、タイミングの悪い事に一登はこれから『仕事』が待っており、もうすぐ迎えが来る予定なので離れる訳にもいかない事情があった。

 

だからといって見なかった振りをしてこの場に放置していく訳にもいかない。アサダ……浅田、朝田?と呼ばれた少女は自分と同じ学校の制服を着ていたから、明日登校次第真っ先に彼女を探して返しに行こうと心に決める。

 

 

「…………」

 

 

ふと一登は振り返った。路地の一角のコンクリート壁に埋め込まれた銀色のドアへ注目する。ゲームセンターの裏口であるドアは僅かに隙間が開いていて、騒々しいゲームの効果音の合唱が扉との間から漏れ聞こえている。

 

先程から自分を見つめる視線の存在に一登は気づいていた。

 

 

「そこに居る奴、隠れてないで出て来い」

 

 

扉の向こう側からありありと動揺が伝わってきた。人の気配が離れ、扉が完全に締め切られる。

 

変な視線だった、と一登は思う。

 

職業柄、一登は悪意や殺気を含んだ視線には敏感な方だ。今の視線から感じたのは悪意というよりも強い嫉妬心のように思えた。気配がバレバレだった辺り、視線の主がド素人だと一登は判断。気にはなるが待ち合わせ時刻が近づいているので、仕方なく放っておく事にする。

 

 

「いけね、そろそろ待ち合わせ場所に行かないと」

 

 

一登も路地裏を抜け出し、表通りに出るとやや早足気味に待ち合わせ場所へ向かう。

 

指定された地点に一登が到着して約1分後、迎えの車が一登の前に停まった。見た目は何処にでも見かけるワゴン車だが、実は車体全体に防弾処理が施され中身もチューンナップされている。

 

 

「お疲れ様です」

 

「今日もよろしくお願いします」

 

 

運転手の男性と挨拶を交わしながら車に乗り込む一登。この運転手との付き合いは半年ほど、丁度一登が生まれ育った千葉から東京へ移り住んできたのとほぼ同じ期間になる。

 

 

「道具と装備は座席の後ろに」

 

 

そう告げた運転手は一登が彼の物とは別の鞄を小脇に抱えているのに気づき、

 

 

「その鞄はどうしたんですか?」

 

「あー、あまり気にしないで下さい」

 

 

後部座席に座った一登は誤魔化しながら身体を捻り、荷物用スペースに置かれていた大型のスポーツバッグを持ち上げて隣の座席に置いた。かなりの重量だが、鍛え抜いた一登にとっては『少し重いかな?』と感じる程度に過ぎない。

 

スポーツバッグの口を開くと、中には特殊部隊御用達のアサルトライフルと戦闘用装備が入っていた。

 

 

 

 

 

 

――――公魚一登は。ハイブリッドという犯罪組織に所属するプロの殺し屋だ。

 

一登みたいに若い少年少女の殺し屋を、裏の業界ではヤングガンと呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

運転手……ハイブリッドの支援要員が今回一登の為に用意したのはSIG・SG552コマンド。スイス製の傑作アサルトライフルSG550を極限までコンパクト化した特殊部隊向けモデルで、一登が新人ヤングガンだった頃から扱い慣れた銃でもある。

 

SG550シリーズ独特の半透明マガジンに装填されているのは、5.56mm・NATOライフル弾が30発。ストックを折り畳めばリュックサックに楽に収まるサイズの割に火力は高い。今回のSG552には銃声を押さえるサイレンサーにフォアグリップ、接近戦向けの低倍率ドットサイトが既に取り付けてあった。

 

 

「今回の仕事は飛竜会の助っ人として暴れるんでしたっけ?」

 

 

運転手に問いかける。仕事との内容は予め頭に入れてあるが念の為確認しておく。

 

 

「ええ。鳳凰連合から分裂して関東に進出してきた暴力団が、コネを使って韓国の暴力団から軍人上がりを数名助っ人として呼び寄せたそうです。いくら飛竜会が武闘派揃いでも元軍人相手には分が悪いという事で、向こうの組長もハイブリッドに援軍を要請したというのが今回の流れですね」

 

 

飛竜会は、千葉を中心に活動する関東最大の広域指定暴力団。

 

ハイブリッドと協力関係にあり、驚くべき事に今の飛竜会の組長は一登の知り合いでもある。正確に言えば一登の殺しの師匠が飛竜会現組長と学校の先輩・後輩という関係だったのだ。

 

鳳凰連合はハイブリッドや飛竜会と敵対関係にある巨大ヤクザ組織だったが、抗争でカリスマ指導者だった女組長が消息不明になってからは急速に瓦解し、現在は内部分裂を繰り返しつつも懲りずに関東への再進出を目論んでいた。その都度ハイブリッドと飛竜会は鳳凰連合からの刺客を撃退している。

 

 

「手筈は勿論覚えていますよね」

 

「鳳凰連合の残党と韓国からの助っ人が集まっているビルに裏口から侵入。敵は全員皆殺し――――数は多いですけど大丈夫ですよ」

 

 

頼もしい言葉を吐きながら一登は学生服の上からタクティカルベストを着込む。防弾プレート入りの戦闘用ベストに付属している大量のポーチにSG552の予備マガジンを詰め込んでいった。今回は標的の数が多いので携行する弾薬の量も多くしておく。

 

サイドアームはブローニング・ハイパワーを装備。こちらは日頃から護身用に持ち歩いている拳銃だ。太腿に巻きつけるタイプのレッグホルスターへ差し込み右太腿に配置。

 

戦闘準備は完了したが、殺戮の舞台となるビルまではもうしばらく時間がかかりそうだ。

 

手持ち無沙汰になった一登は視線を車外へ向ける。

 

景色が次々と後方へ流されていく中、過剰なまでに飾り付けられた電飾でピカピカと光り輝くクリスマスツリーの姿が不意に視界に飛び込んできた。

 

 

「そういえばもうクリスマスかぁ」

 

 

ぼんやりと一登は独りごちる。東京に移ってからは初めてのクリスマスが迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この半年程は、一登にとって長いようでとても短く感じた。理由はきっと殺しの仕事が次から次に舞い込んでとても忙しかったからだ。

 

千葉で生まれ育ち、殺しの修行も千葉で積んできた一登。

 

そんな一登がハイブリッド本部がある千葉から東京の支部に籍を移した主な理由は上司の命令。

 

そもそもの発端は、元自衛隊員で国を裏切られた一登の実の父親が、殺された上官の報復に一登の殺しの師匠が通う高校に乗り込んできた事にある――――しかもよりにもよって師匠の卒業式の日に!

 

結局父親は一登の師匠に殺された。問題は一部始終を一般生徒にも目撃されてしまった事だ。師匠ともう1人、一登の1年先輩で狼少女を連想させる女ヤングガンは学校から姿を晦ます事になった。

 

そして、師匠と学校の内外で頻繁に接していた一登もまた同様に。

 

 

『一登、お前も塵八に頼らずいい加減1人立ちをする時期だ。ハイブリッドは急速に勢力を拡大しつつあるがその分使える人員が不足しているんだ。お前ばかりにトップクラスに優秀な塵八を宛がい続ける訳にはいかないんだよ』

 

 

純白の髪を持つ美女でハイブリッドの頭目を務める白猫が一登に言った言葉だ。全く持って白猫さんの言う通りだと一登も同意見。何時までも師匠に頼ってないで、一登の父親に襲われたせいで重傷を負った師匠の分まで頑張らなくてはと、一登は強く誓った。

 

全く何て父親だ!と未だに憤りを覚えてしまう一登だが、同時に師匠が父親を殺した事に対し複雑な思いも抱いている。

 

しかし一登自身は父親を憎んでいた筈なのに何故今更そんな思いが湧いてくるのか、不思議でしょうがなく、またじれったくもあった。

 

結局、一登は自分の中のジレンマから逃げ出す為に殺しの仕事に没頭する道を選んだ。お陰で仕事の経験とスキルはどんどん積めたが、学生生活を度外視した代償に学校の出席率は早くも黄色信号が点滅。「仕事を幾つも廻した私にも責任はあるが没頭し過ぎだ」と白猫さんにもお叱りを受けてしまった。遅刻早退休みの多さは成績でカバー中。

 

一登の意識は東京に居を移してからの日々から数十分前の路地裏での出来事に移る。

 

あの路地裏で不良少女3人組に詰め寄られ、酷く怯えを見せていたメガネの少女。一登は彼女の事が無性に気になった。

 

今にも胃の中身をブチ撒けそうに見えた彼女の怯えようはただ事ではなかったし、彼女に絡んでいた3人組の事も気になる。一登の乱入で一旦は退いたが、遅かれ早かれ懲りずにまた朝田という少女への手出しを再開するに違いない。あの手の人間の精神の醜悪さを考えると、むしろこれまでよりも過激な報復に出る可能性もある。

 

だからこそ放置しておく気にはなれない。自分から関わりに行ったのであれば尚更だ。

 

 

「(不良のジェスチャーを見た途端、朝田って女の子は急に動揺し始めた。指鉄砲……銃にトラウマが?)」

 

 

 

 

 

 

 

「到着しました」

 

 

推測を巡らせていると運転手が車を停車させた。鳳凰連合残党が利用している雑居ビルから少し離れた地点。

 

 

「それじゃあ行ってきます」

 

 

武器と戦闘装備をカモフラージュする為に大きめのジャンバーを着込んだ一登は車から降り、徒歩での移動を開始。人気の無い路地裏を通ってビルの裏手を目指す。細い曲がり角に差し掛かると、歯科医が使う物によく似た小型ミラーが付いた伸縮式の棒を使い、姿を晒す事無く曲がり角の先を覗き見る。

 

拠点のビルの裏口には案の定見張りが2人立っていたが、立ち振る舞いから両方とも大した訓練を積んでいないチンピラだと一登は見抜いた。飛竜会・ハイブリッドの連合軍との抗争で鳳凰連合は大幅に戦力を失っている。

 

殺気立った雰囲気を漂わせながらタバコを吸っている。彼らの足元には大量の吸い殻が散乱していた。アサルトライフルやサブマシンガンといった長物は所持していない。精々拳銃を隠し持っている程度だろう――――楽勝だ。

 

 

「1、2の、3!」

 

 

口の中で小さくカウント。3、のタイミングで一登は上半身だけ角から覗かせた。地面に寝転がるように恐ろしく低い射撃姿勢を取り、SG552を見張りへ照準。

 

引き金を絞ると、サイレンサーで抑制された銃声が路地裏の空気を震わせた。フルオートによる短連射。しゅぱぱぱっ、と甲高い発射音と反動が一登の鼓膜と右肩を叩く。

 

一登が放った最初の連射はまず1人目の見張りの胸部と喉元に命中。胸と咽喉に開いた穴からゴボゴボと大量の鮮血を流して崩れ落ちる。仲間の突然の死に思考が停止したもう1人はじっくり狙って再度発砲。2度目の連射は頭部に集中し、粉砕された頭蓋骨の白と頭髪の黒、血を帯びたピンク色の脳漿が一緒くたに壁面と地面を汚す。

 

 

「頑張ってさっさと終わらせよう」

 

 

 

 

――――明日学校で朝田さんとどんな風に接触すべきか対策を立てないと。

 

サイレンサー付きのアサルトライフルを手に、完全武装の若い殺し屋はヤクザの殲滅を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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