ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。   作:ソン

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RB編6 奪還

 感じたのは二人とも同時だった。突如、全身を寒気が襲い――本能的にその場から離脱。物陰に身を潜めた途端、地上をオラクル弾の掃射が覆った。

 カリギュラが、瞬殺されている。まるで用済みだとでも言わんばかりに。

 

「アイツ、は……!」

 

 殺意が牙を研いだ。体が熱を持ち、全身に力が篭る。眼差しは一点に、その視線には深い憎悪を込めて。

 神機の刺さった赤いサリエル。――ネモス・ミュトスの襲撃者。

 滾った思考を、通信音が逸らす。

 

『セン、聞こえる?』

「良好。……怪我は」

『何とか間に合ったわ、神機も無事よ。……赤いサリエル。確か』

「あぁ、ネモス・ミュトスで見た。正直な所、今すぐ殺したくて堪らない。けど、今ここから出たら間違いなく蜂の巣だ」

『もう一つ気づいてる? レーダーを見て』

「……!?」

 

 レーダーには神機使い二人と大型アラガミが交戦している状態が映し出されている。いくらスキャンし直しても反応しない。

 思い出すのは、ネモス・ミュトスでラーヴァナと交戦した時の記憶。あの時はラーヴァナの影響だと思っていたが、赤いサリエルが原因ならば――。否、考えるだけ無駄だ。

 

『偽装されてるわ、これじゃ応援も期待できない』

「……どう考えても、普通じゃ生まれないアラガミ。暴力的な程、人殺しに向けて進化してる」

 

 赤いサリエル。神機使いを一撃で致命傷に追い込み、カリギュラの装甲を容易く貫き、広範囲へ一斉射撃を仕掛ける事も可能。

 その戦闘能力は極めて脅威。故にここで確実に仕留めなければならない。

 震えは無かった。ただ、復讐と呼ぶに言い難い何かが、体を突き動かす。

 

「ッ! ネルッ!」

 

 サリエルの射撃。それはネルが身を潜めていた場所の上部を破壊していた。いくつもの瓦礫が、彼女へ降り注ごうとする。

 常時ならば何も問題は無い。だが、カリギュラとの死闘で疲弊した体では、無事を期待するのは思いこみも同然。

 ネルを庇うように跳び込みながら――センはその意識を閉ざした。

 

 

 

 

「……生きてる?」

 

 目が醒める。どうやら瓦礫の山に埋もれていたようで、辺りは暗い。

 だがその切れ目から光が差し込んでいた。

 記憶を辿る。カリギュラとの戦い。サリエルの襲撃。崩落する――。

 

「! ネル、ネル!」

 

 傍で彼女が気を失っていた。見れば額から血が流れている。

 瓦礫で全身に擦り傷を負っており、全身のあちこちから出血を起こしており、このままでは彼女は衰弱する。

 

「……」

 

 手持ちの回復錠は少ない。全て使いきれば、ネルを助けられる。

 だが、外にはまだ重圧を放つ何かがいる。このまま助かるには、それを排除しなければならない。――今の状態で生きて戻れるとは限らない。

 考える――までも無い。

 サラに救われた命。彼女がその身と引き換えに、センは生き残った。生き残ってしまった。

 だからもう、この命は決して自分だけのモノでは無い。

 無論、生きて元の世界に帰らなければならないのは分かっている。だが、ここでネルを見捨ててしまえば、その事を一生引きずって生きていく事になる。

 

「……生きて帰るよ、必ず。だからもう少しだけ、待っててくれ」

 

 彼女に回復錠を咥えさせ、顎を動かして噛み砕かせる。

 全身の出血が、少し和らいだように見えた。その事に安堵して、外に出る。

 出口を瓦礫で塞ぎ、アラガミに見つからないように。――アラガミは視覚で獲物を見る。故に嗅覚は極めて弱い。背後から神機使いが堂々と攻撃をぶちかませるのも、そのためだ。

 

「! やっぱり、あの時の……!」

 

 赤いサリエル。頭部には神機が刺さっているものの、胴体は健在。その背後には三つの光球が浮かんでいる。

 震える体を抑え付ける。――今の自分では、アイツを相手に生き抜くビジョンが見えない。

 けど、それがどうした。ならば相打ち覚悟で挑むだけの事。元から逃げるなど、有り得るはずも無い。

 

「――!」

 

 身を屈める。光球から放たれた小型のオラクル弾が、抉るような速度で額のあった場所を貫いていった。

 即座に装甲を展開。――数秒後、けたたましい音と共にいくつもの光球が連射。いくつかの流れ弾が狙いから逸れて、地面へ着弾した。

 

“まるで、ガトリングだ……!”

 

 否、それよりも早い。

 一発でも当たれば即致命傷。回復錠は全てネルの手当に使用。体は既に疲労している。ならばここで一端身を休めて回復を図り、途切れたところを狙うしかない。

 弾幕が止む。――広がる視界の片隅に、サリエルの姿が映った。

 

「ッッ!」

 

 神機を剣に戻し、地面に横転。突風と巨体が、体を掠めていった。

 もし直撃していれば――最悪即死もあり得た事態。

 光球が発光。サリエルの攻撃はまだ終わっていない。

 

「!」

 

 アレは分離型。サリエルの行動とは一切関係なく、意志で動くタイプ。最も厄介な種類。

 レーザーが地面へ直撃し、砂煙を巻き起こす。

 視界が遮られる。聞こえるのは音のみ。

 

「――あ」

 

 鈍い痛み。左肩が撃ち抜かれた。肩が激痛と共に疼き、空いた穴から血が吐き出る。左腕の動きが大きく衰えた。

 傷口を抑えようとする手を止める。ここで神機を放せば、さらに狙い撃ちされる事は分かっていた。

 砂煙が晴れる。感じたのは熱風。

 ――広がったのは、火炎。業火が辺りを囲んでいる。

 

「ネモス・ミュトスの……!? なら、あの惨劇は……」

 

 全て、あのサリエル単独で行った事。他のアラガミはそれに便乗しただけ。住民のほとんどが全滅したあの悲劇は、全てたった一匹のアラガミによって引き起こされたのだ。

 ならば、尚更奴を倒さなくては。また、どこかが襲撃される。

 

「……が、ぁっ!」

 

 斜め上部後方。死角から、右大腿部を撃ち抜かれた。

 抜けていく力を、繋ぎ止める。

 左肩と右大腿。――崩れ落ちる体を支えるのが、限界だ。

 サリエルが上空を浮遊する。右へ左へ。体当たりの体勢。辺りを火炎が囲んでいるため回避は出来ない。装甲展開では、押し留められるかは分からない。

 ならば、迎え撃つ。突進に合わせて、神機を突き刺し――その巨大は止まらない。

 体ごと持っていかれ、火炎を突っ切り、壁際まで追いやられた。背中から衝撃が激突する。

 

「あ、ぁぁあぁっ!」

 

 神機の柄が、センの腹部を貫いていた。それに加えて全身の傷口を業火で焼かれ、意識を保つ事すら限界だった。口から次々と血が溢れる。

 右腕でサリエルの顔面を殴りつけようとして、右腕もまた撃ち抜かれた。

 

「ぁぁあぁ……っ!」

 

 死ねない。ここで死ねば、次はネルが狙われる。

 だが、どうすればいい。もう体は使えない。体力は既に奪われ、意志は痛みに押し潰され、意識は霞んでいく。

 全てが遠い。何もかもが。

 

「ぁぁ……」

 

 結局、届かないのか。この身はどこにも。

 何一つ、意味も無く。何一つ、為し得ない。

 

「ぁ……」

 

 ――ならば、何故自分はここにいる。

 無価値でしかない己が、何故。

 

「……」

 

“――セン”

 

 ――助けられたから。

 たった一人の家族に、助けられたから。

 助けられた、何故? あの時、何故助けられた。

 その大事な何かを忘れてしまっている。

 

 

“ずっと、愛している”

 

 

 愛されていた。だから助けられた。

 この無意味で無価値な存在を、心から愛して、助けてくれた。

 

「……!」

 

 助けられた。ならば自分も誰かを助ける。

 それは憧れでも無い、義務でも無い。

 

「ぉ……!」

 

 腕に武器は無い。けれど、まだこの体がある。

 ならば、まだ戦える。たかが体を半壊にまで追い込まれただけ。まだ、行ける。

 

「ぉぉ……!」

 

 全ては灰に消え去った。

 けれどまだ、この記憶に確かに焼き付いている。

 左腕を動かす。サリエルの額にある、彼女の神機へ。

 

「ぉおぉぉお……!」

 

 体はある。記憶はある。そして目の前に敵がいて、近くには守るべき人がいる。

 あの時、届かなかった手。もう二度と、失くさないように。

 柄を握りしめる。全身に力が篭った。

 

「おおおおおぉぉっ!」

 

 ただ気づかなかっただけで、この心にあったのは復讐では無い。

 愛してくれた家族に報いる――。そう定めた鉄の誓い。

 力を絞り切って、その神機を振り抜いた。

 

 

 

 

 神機は他者には使えない。それが共通の認識。ただし極稀に、他者と適合する事例がある。例えば雨宮ツバキの使っていた神機が、藤木コウタに適合したのがその例だ。ただしその場合はチューニングが行われる事によって、藤木コウタの神機となった。

 ――センの左手に握られている神機は完全な適合であった。サラ・ディアンスの使っていた神機は、何一つ手を加える必要無く、セン・ディアンスへ完璧に適合した。

 

「……っ!」

 

 腹部の神機を右手で引き抜く。滴り落ちる血が、血溜まりを作った。

 神機二刀――それを同時に使うゴッドイーターなど、過去に存在した例が無い。

 

「……どうやら、タフさは僕の方が上らしい」

 

 赤いサリエルは頭部を切りつけられ、地面で悶えていた。

 どうやら、ニュクス・アルヴァよりも脆いようだ。光球も無く、それを作り出す事も出来ないらしい。考えてみれば一ヶ月前にネモス・ミュトスでサラが与えた手傷が今も残っているのだから、それもそうだろう。

 歩み寄り、サリエルの手前で二刀を振り上げる。

 

「――ありがとう、お前のおかげで大事な物に気づく事が出来た。もし君が人なら、見逃したいくらいの恩だよ。

 けどそれじゃあ、ネモス・ミュトスの皆が浮かばれない。だから、これでさよならだ」

 

 振り下ろす直前、サリエルが金切り声を上げた。だが、センの振り下ろす刃は澱む事なく、その身を完全に破壊した。

 

「終わった……訳じゃない、な」

 

 センの周囲を数々のアラガミが取り囲んでいく。サリエルの断末魔は、無造作にアラガミを呼び寄せる力だったようだ。

 ヴァジュラ、コンゴウ、ディアウス・ピター、ボルグ・カムラン、シユウ、ハンニバル、マルドゥーク、ガルム。そして無数の小型種。

 対して残るのは、満身創痍の身と、二振りの神機。さらに体は動かせば出血が酷くなるおまけつきである。

 

「……」

 

 無数のアラガミ。対峙するはこの体ただ一つ。――余りにも絶望的な戦力差。

 無意識に手が震えた。今までは一対一だったからこそ、戦えた。けれど今の自分で、この暴力に立ち向かえるのか。

 

“――大丈夫。傍にいるよ”

 

 震えが止まった。サラ・ディアンスが傍にいる。そんな錯覚が、決意をくれる。

 

「……ありがとう、姉さん」

 

 二刀を振るい、前方のアラガミを悉く薙ぎ払う。

 右手の神機を銃形態へ変形させ、背後へ射撃。スナイパーの貫通弾が、サイゴートを纏めて撃墜する。

 もう一方の神機で迫るアラガミを抑えつつ、銃形態の神機を戻し、再度二刀へ。――塞ぐアラガミを、殲滅する。

 この戦場を生き抜く術はただ一つ。己に迫る死神よりも早く、荒ぶる神々を討ち払う事のみ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、は」

 

 泥の様な眠りから、ようやくネル・カーティスは己を取り戻した。

 体を動かすと、微かに痛む。全身には数か所の擦り傷があるものの、出血自体は少ない。

 

「確か瓦礫が……。っ、セン!」

 

 瓦礫を蹴飛ばして、辺りを見渡す。もう薄暗く、日が沈み始めていた。出撃したのは正午前。

 鼻に着いたのは血の臭いだった。アラガミ特有の臭いと、鉄の臭いが混ざり合っている。

 

「……!」

 

 辺りにあるのはアラガミの骸。

 その中心に、一人の青年が立っていた。全身血だらけで、最早服の色など分からない。

 両手に血塗れの神機を握りしめ、ただ立っていた。

 

「セン……!」

 

 その声に彼は何かに気が付いたように振り向いて、糸が切れたかのように倒れ込んだ。

 ――響くのは一人の少女の叫び声だけだった。

 

 


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