ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。 作:ソン
あの螺旋の樹の出来事から凡そ一ヶ月。この一ヶ月は今まで一番忙しかったけど、その分様々な事を知れた一ヶ月だったと思う。いや思いたい。
丁度一週間程前に、極東支部の古参であるソーマさんが帰還した。で、そのソーマさん曰く『螺旋の樹に匹敵する程、人類の未来を左右する』何かがあるらしい。
ちなみにソーマさんは、研究者+ゴッドイーター。すなわち完全に僕の上位互換である。何だろうへこむ。
そして今日まもなく、例の三人が帰還する。神薙ユウ、雨宮リンドウ、雨宮ツバキ――極東支部を代表するゴッドイーターであり、最強の名に最も近いとされる者。
彼らの同僚でもある職員やゴッドイーター、そして彼らを一目見ようとする者達でラウンジは人だかりが出来ていた。
「凄い人ですね……」
「まさかこれほどとは……」
「……完全に予想外だったね」
ジュリウスすらこの状況は予測出来なかった。僕も少しは考えてはいたけれど、何と言うか予想の範疇を大きく超えている。
ツバキさんとは電話などで話した事は一度だけあるけれど、ユウさんやリンドウさんはまだ話した事すらない。……何か緊張してきた。
ちなみに僕らがここにいるのはブラッドの挨拶である。ブラッドの隊長であるネルちゃんと、元隊長であり現在は副隊長を務めているジュリウス、そしてラケル博士の代理としてブラッドの責任者である僕が、挨拶の担当となった。何でこういう場面で僕に押し付けるんでしょうかラケル博士。
他のブラッドの面々は任務で不在。ラケル博士は何でも用事が出来たらしく、このため僕が代理になったと言う訳だ。
出迎え口となる出撃ゲート。そこにはコウタさんやアリサさん、ソーマさんがどこかそわそわしながら、ゲートを見つめている。
そういえば新兵の頃は皆、第一部隊だったから同僚のような存在なのだろう。僕の同級生は……今頃何をしてるのかが少しだけ気になった。
「……っ!」
胸が一際強く鼓動したような気がした。
前胸部を強く殴られたような衝撃が走るけれど、深呼吸と共に荒れる心を落ち着ける。
……うん、大丈夫。もう何もない。
「セン?」
「大丈夫、何もないよ」
「……そうか」
近頃、体のどこかがおかしい。ふと手が痺れたり、頭痛が走ったり、呼吸が乱れたりとどこか異常が生じている。
ラケル博士に体を診て貰おうか、とも考えたけれどどうなんだろうか。何か色々ヘンな事されそうで怖い。いや、腕はかなりいいんだけれど体を色々と楽しそうに弄るのはやめて欲しい所だ。
「――」
瞬間。ゲートが開いた。
そこから姿を現すのは深緑色のフェンリル士官服を着込んだ茶髪の青年。人懐っこい笑顔と共に、彼はそこに現れた。その背後にいる二人の人影。
「――ただいま、皆」
途端、ロビーに大声が走った。
「うおおおお! ユウ、久しぶりだな!」
「はは、コウタも元気そうで。隊長はちゃんとやれてる?」
「勿論さ!」
――神薙ユウ。実力は極東にその人在りと呼ばれる程。
僕は初めて彼と直接出会ったけれど、その片鱗をどこかで感じていた。
強い、ゴッドイーターとしても人間としても。間違いなく、僕の知る人達の中で。
「ユウー。隊長さんが待ちくたびれてるぞー」
気の抜ける声を出すリンドウさん。彼もまた極東でその名を轟かせた程。
どこか飄々としているけど、隙が無い。
適わないな、と心のどこかでそう呟いた。
「初めまして。セン・ディアンスです」
「はい、初めまして。螺旋の樹の一件は、僕らの耳にも届いていました。
――セン博士、お会い出来て光栄です」
柔らかな物腰と、どこか芯の強さを感じさせる瞳。
ジュリウスとはまた違う感じのカリスマを感じる。そこにいるだけで、ただ大丈夫だと安心させてくれる存在。それが彼なんだ。
ただそう思った。
「あー、ここで立ち話もなんだ。ひとまず博士の所行こうや」
リンドウさんの言葉に僕らは頷いて、支部長室へと向かった。
“――あれ……”
体が、何かおかしい。
――どうして今日はこんなに落ち着かないのだろう。
で、支部長室でも挨拶も終わり、極東支部にいるゴッドイーターのほとんどがラウンジに集っていた。
何でも極東支部の今後の方針を決めるとかなんとか。ラウンジの照明は落とされていて、仄かな暗闇が、スライドに映る資料をはっきりと浮かびあげている。
「――皆、オラクル細胞についてはどこまで理解してる?」
ユウさんの言葉に一部のゴッドイーターが顔を見合わせる。まぁ、オラクル細胞がどんな物かと言うのは、説明に困るし。
けれど僕はまだ傍観者でいい。余計な口は出来るだけ挟まないように。
リンドウさんが頭を掻く。
「あー、まぁ俺達ゴッドイーターの体とか、神機とかに使われてる奴だ。意志を持った細胞って言えばいいか。まぁ、分からん奴はセン博士にでも聞いとけ。
で、ユウ。続きを」
「うん、僕らの目的はたった一つ。原始のオラクル細胞を入手する事」
「……原始のオラクル細胞?」
ジュリウスが顎に手を当てて思案しながら呟く。
僕もよく考えてみる。
オラクル細胞は言うなれば、一種の個体だ。喰らう事に特化した細胞。偏食因子と言うのは、その喰らう事に一種の目的を与えたモノ。例えば近接型の神機だったらアラガミに触れる事で、構成するオラクル細胞を食いちぎる。このおかげで神機はアラガミにダメージを与えることが出来るのだ。
つまりはその始まり。――言うなれば全ての原点。
「――性質を変化させる事の出来るオラクル細胞」
ふとそんな言葉が漏れた。皆の視線が僕に集中する。
「その通りですセン博士。僕らはそのオラクル細胞をレトロオラクル細胞と名付けました。
このオラクル細胞は、人類の進化に繋がる。僕はそう考えている」
「……すまんが、具体的に言ってくれ」
「あー、ソーマ博士。説明を」
またもや頭を掻いたリンドウさんがソーマ博士へ説明を放り投げた。
――強いゴッドイーター程変わり者が多いと聞くけど、リンドウさんもある意味変わり者に含まれるのだろう。
けれど、それが彼の魅力なのかもしれない。
「それはアンタの仕事だろうが。
レトロオラクル細胞と言うのは、オラクル細胞と同じ形質でありながら、まだ指向性を持たない……つまりオラクル細胞でありながら、それに特徴的な『喰らう』と言うモノを備えていない。
ここまで理解出来たか?」
まだ一部のゴッドイーター達は頭の中がこんがらがっているようだ。
ロミオは目を回しているようだし。
「セン博士、悪いが捕捉頼む。どうにも説明は苦手だ」
溜息を吐くソーマ博士。
何でも昔はかなりの人間嫌いだったらしい。そのせいか、まだ説明とかは苦手だとか。
「オラクル細胞は既に中身が入っている。レトロオラクル細胞って言うのは、まだ中身が空っぽ、つまり僕達で中身を決めることが出来る。
こういう事ですよね」
「あぁ、そうだ。例えばレトロオラクル細胞に防壁と言う特徴を持たせれば、アラガミからの防護テントへ展開したりする事が出来ると考えられている」
おぉーと声が漏れた。
その声に消されるように、僕は何度か咳込む。
どうにも今日は様子がおかしい。
「大丈夫ですか?」
ネルちゃんがそっと手を握ってくれた。温かいその手を優しく握り返す。
大丈夫、まだ立てる。
「うん、ありがとう」
僕とネルちゃんの会話は幸いにも気取られる事は無かったようだ。
皆、スライドに映っている一匹のアラガミに注目している。
僕はそのアラガミに見覚えがあった。――忘れるはずも無い。あの時、あの雨の中で僕が死にかけた場所、そこにいたアラガミ。
「レトロオラクル細胞を持つアラガミ。クレイドルは、このアラガミをキュウビと名付ける事にした」
キュウビ――それが僕の体に呪いを与えたアラガミ。そして僕に世界を救う力をくれたアラガミ。
そいつの討伐が、今回の目的。
何故だろうか、素直に頷けないのは。
支部長室では、榊とラケルが向かい合っていた。
榊の表情は相変わらず読めないが、その雰囲気は重い。それはラケルもまた同様だった。
「それは、本当かい。ラケル博士」
「はい、経過観察ではっきりと分かりました。――彼は、もうすぐ人類の天敵になります」
榊の前にあるのは、検査結果の一覧。その名にはセン・ディアンスと書かれている。
『
「……そうか。これではっきりしたよ。道理でセン君は負傷しないし、体調を崩す事も無かったわけだ。――彼は決して死ぬ事が出来ない」
「彼はアニーリング計画で血の力を得てしまった。例えどんな状況になろうとも、生き抜く『生存』の力。
その力は強すぎるが故に、周囲のゴッドイーター達にまで影響を与えていた。その力が世界を変えた」
「つまり、螺旋の樹が構築される際、彼の血の力が無ければ――」
「――えぇ、終末捕喰は止まった代わりに、彼らは間違いなく死んでいたでしょう」
榊が静かに手を組む。
「この事は極東支部全員に通達する。その上で問わなくてはならないだろう。
――彼の命か、人類の更なる進化か」
「……」
「下らないね、本当に運命とやらは下らない。彼は足掻いてきた。人でありながら足掻き続け、やがて世界まで救った。
だと言うのに、何故その彼が生死の天秤に掛けられなくてはならない。――あぁ、本当にやりきれないよ」
ラウンジでの説明も終わり、ネルはセンと共に休憩を取っていた。
今後の極東支部の方針としては、レトロオラクル細胞の入手。そのためのキュウビ種の撃破。これが当面の課題となる。
資料映像では無数のコンゴウを前にして、一歩も動く事なく全てを葬り去って見せた。
強さならば間違いなく上位に食い込んで来るだろう。つまり充分な対策が必要になる。
資料の映像を踏まえ、センはこれからの対策をブラッド隊長であるネルと打ち合わせていた。
「センさん、大丈夫ですか? 少し顔色が悪い気がしますけど……」
「……そう、かなぁ」
センの様子がどこかおかしい。
直感でしかないが、ネルは少なくともそう感じている。
「ちょっと私、水貰って来ますね」
「大丈夫。自分で行けるよ」
そういってセンが歩き出そうとして、ふと立ち止まる。そのまま彼は動かない。
余りにも不自然なその動きに、言葉が詰まった。
「セン……さん?」
途端、彼の体が横に倒れていく。
ネルの瞳にはスローモーションのように、ゆっくりと見えた。
だと言うのに、体が動かない。全身が硬直してしまって、指先すらまともに言う事を聞かない。
ただ倒れていく彼を見つめる事しか出来ない。
そうして――彼が床へ倒れる音を聞いて、ようやく体が声を絞り出した。
「センさんっ!」
その日、彼の全てが壊れた。