ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。 作:ソン
そして余りにも急展開が多い気がしますね。もう少し閑話でも入れた方がよかったのか……。
次回、終末捕喰編完結予定です。
予定としては「キュウビ編」と「レイジバースト編」を考えておりますが、どうにもレイジバースト編の導入が決まりませんね。禁断の手を使うべきか……。
ようやく思い出せたことが一つだけある。
昔――遥か遠い昔に、守ろうとした一人の少女。名前も顔もまだ思い出せてはいないけれど、それでも大切な人だと言う事だけは強く覚えている。
彼女を守りたい、助けたい、力になりたい。
だから、生きたいと強く願った。
突然ではあるが、僕は現在ウォールクライミングの真っ最中である。アラガミ防壁――人々をアラガミから守る巨大な壁。まさかのまさかではあると思うけれど、僕は今そこをよじ登っている。
理由は色々あるけれど、一番の理由はこのルートが何よりも発見されにくいからだ。壁を破壊しようとするアラガミがいたとしても、まさかよじ登って来るアラガミがいるなどとは思わないだろう。
外部居住区には極東支部のゴッドイーターが自由に出入り出来るから、ルートとしては使いにくいし、それ以外の道も分からない。それに逃走経路として考えると、壁の上からの侵入が一番簡単だ。
『どうだ、体を動かすのも中々いいとは思うが』
今回の通信相手はウェルナーさんである。この人の安心感はヤバい。だけど、鍛錬ではもう少し手を抜いてください。
「この時ばかりは、自分の体に感謝、ですかね」
僕の体は少し休めばすぐに疲れが取れる。と言うのは本当に有難い。前回の作戦でもほとんど不眠不休で動けたのは、この特性があったからだ。
「よっ……と」
堀の淵に手をひっかけて体を引き上げる。
そうして僕の眼前に広がるのは、極東支部と外部居住地区だった。
かなりの高さがあるため、地上から僕を肉眼で見つけるのは不可能に近い。それにいまの僕は特殊なコートを着ている。地形の色彩認識によって、コートの迷彩を自動的に変化させる機能付きだから、よほどの事が無い限り見つかる事は無い。
まぁ、眼前に出たりすれば見つかるのは当然なんだろうけど。その時は眠ってもらうだけだ。
両手のナックルガードに両足のレガースは、相手がゴッドイーターであったとしても十分な衝撃を与えるように作成されている。何でもこれはネモス・ディアナの技術であり、本部からのゴッドイーターを撃退するのに使っていたらしい。どれだけフェンリルが嫌いなんだろうか。
『目的は分かっているな、セン』
「極東支部に潜入し、ラケル博士との接触。そしてアニーリング計画の事を聞き出す」
『――力尽くも考えておけ。研究者と言うのは、一癖も二癖もある奴ばかりだ』
「了解です。それは僕が日々実感してる事ですから」
そうして僕は仮面をつける。今回の仮面は非殺傷を目的とした対人戦闘に特化させる外的因子を持つ。
まさしく今回には打って付けだ。
『……少し待て、ニーナから情報が入ったぞ。前にお前が集めて来たデータを復元していたようだ』
「結果は?」
『まずアニーリング計画の一人はお前だと判明した。廃棄処分と書かれていたがな。そしてもう一人だが――すまん、カーティスと言う名前までしか分からなかった』
「カーティス……」
『一応調べてみたが、その家名は既に断絶している。逃走中という事を考えるなら、何らかの偽名を使っているだろうな』
「分かりました。詳細は帰ってからまとめてみます」
カーティス。どこかで何かが引っかかる。
けれど今は目の前に集中しよう。
「よし、じゃあ行きますか」
無論、事前に連絡はジュリウスとラケル博士へ済ませている。けれど、ラケル博士の事だ。何かイベントを用意してるに違いない。
目指すはラケル博士の下へ。
まずは窓から侵入して居場所を探ろう。
「……」
ジュリウスは極東支部の屋上で、ラケルと共にフライアを見つめていた。
今日、センが極東支部へ侵入し、ラケル博士へ接触に訪れると言う。無論、極東支部の警備はかなり厳重であり、警備員の実力も比例する。見つからずに進むのは不可能に近い。
「ねぇ、ジュリウス。センはどうして赤い雨を止めようとするのでしょうね」
「……」
「この間にも人間と大いなる神との争いは続いています。いずれ朽ち落ちていく世界、消え去る人々――なら人々の破滅を変える事は、そんなに重要な事でしょうか」
ラケルの瞳には冗談など介在しない。
彼女は心の底から、ただ思った事だけを口にしただけ。
ジュリウスは僅かに考える。この問いにセン・ディアンスならばどう返すのだろうか。
「――人の可能性」
「……」
「センは、それを信じていると言っていました。それが俺には何を意味するのかは存じません」
「人の可能性……。そう、なら直接訪ねてみる事にしましょう。ねぇ、セン」
警報が鳴る。けたたましいサイレンが極東支部に響き渡った。
部隊帰投ではない。この警報は――。
『侵入者発見! 繰り返す! 侵入者発見!
警備隊及び非番のゴッドイーターは侵入者の対応を行え!』
屋上からラケルはただ眼前を見下ろす。
そこに映るのは、無数の警備兵に囲まれた少年。仮面を被り、コートを纏った――即ちセン・ディアンスであった。
「さぁ、ここまで来なさいセン。早く早く早く早く。あぁ、一秒でも早く私の下に――」
結論から言おう。失敗しました。
壁伝いに行くまでは良かったけれど、まさか侵入口が窓しかない。その窓を開けるために開錠しようとした瞬間、強風。しかも途中で手を滑らせて、見事に落下。外部居住地区まで落ちました。
ちょっと体の一部が潰れたけれど、まぁ元通りです。
“……結局、正面突破かー”
僕が立つ周囲をくまなく埋め尽くす警備兵。しかも警戒態勢で。それはそうだ。
今の僕の格好は不審者に違いないし、警戒しない訳にもいかない。と言うか落下まで見られて、立ち上がる所まで目撃されたからもう人じゃないって思われてるだろう。
風に煽られてコートが翻る。何かこれ、怪盗みたいな感じになってない?
「大人しくしろ、いいか動くなよ」
警備兵の装備は小銃に警棒。まぁ、これくらいなら問題ない。
ともかく問題はゴッドイーターが相手になった場合だ。あの身体能力を相手にするとなれば、中々に骨が折れる。
“まぁ、やらない理由にはならないけど”
今の警備兵は油断している。ならば強引にでも切り抜ける。全員を叩きのめす必要は無い。ただラケル博士の下まで――今、僕を見下ろす彼女の所にまで辿り着けばいい。
そうして僕は無数の警備兵を相手に正面突破を敢行した。
意表を突く行動。一気に踏み込んで、集団の中心部へ。真ん中を崩しさえすれば、外側は自然に崩壊する。集団とはそういう物だ。
そうして腕を大きく振るった裏拳と、腰を大きく落とした回し蹴り。体勢を一時的に崩壊させる。
“――今!”
一目散に極東支部の入口へと飛び込む。背後から地面へと撒き散らされる銃弾。――誤射防止のための撃ち方だろうけど、生憎当たってやるつもりはない。ラウンジへ入り、正面を向いたまま、背後の鉄柱を踵で蹴り崩し、入り口を崩落させる。極短い時間のバリケードではあるが、これで充分。
帰って来る時を考えてこれくらいに。まさか支部全体を壊す訳には行かない。
「! 皆さん避難してください!」
受付に立っているヒバリさん。うん、大丈夫。何もしないよ。
隣の階段へ直進。と前と後ろを同時に塞がれた。――そこにいたのは。
「フハハハ! ついに人となって現れたな、闇の眷属よ!」
「っ! そんなバカな事言ってる場合!?」
エミールとエリナの二名。平常運転だ、安心した。
背後を見る。まだ警備が来るまで時間はある。
エミールの戦闘分析――騎士道に伴う猪突戦法が多い。だけれど、何だかんだできちんと周囲が見えており、フォローする行動にも長けている。ある意味、一番侮れない。
エリナの戦闘分析――ゴッドイーターとしての成績は非常に優秀。エミールと異なり、冷静沈着な戦いを得意とするけれど、一度激情に駆られれば冷静にはなりにくい。一番行動が予測できない。
「さぁ、来い! 僕は逃げも隠れもしないぞ!」
「捕まえるのに、逃げ隠れしてどうすんのよ!」
そういえば余談ではあるけれど、エミールはネルちゃんに殴られた事があるらしい。何でも、自責の念に駆られていたからと言うけれど。
閑話休題。
とりあえず、二人は撒こう。無理に戦う必要は無い。階段を塞ぐように立っている。階段からの逃走は不可能。
――けれど、ルートが無いなら作ればいいだけの話。
「あっ!」
「何っ!」
階段から壁へ跳躍。さらに壁を蹴る事で受け身を取りながら着地。フロアの上層部へ到着。
こんな事普通は考えないだろうけれど。多くは正面突破を敢行すると思う。
だけど彼らは敵では無い。だから出来る限り彼らを傷つけない。
――けど人数が多くなったらノーカンである。
「っとお、こっからはR指定だ。お面君」
「――げっ」
「お、大人しくしてください」
思わずそんな声を挙げてしまう。
上へ繋がる非常階段を前に待ち受けていたのは、真壁ハルオミさん。僕が苦手なゴッドイーターの一人。
どこか飄々としているけれど、その実力は一際秀でており、前衛と後衛のどちらもそつなくこなすベテランの域に達している。
が――問題はその性格だ。何でも女性であればすぐに点数を付けたり、口説き始めたりするのである。そのせいか、何度も査問会にお世話になっているとかなんとか。
で、その隣でおどおどする台場カノンちゃん。神機を持つと性格が変わるとか何とか。ネルちゃんを教官先生と呼んで、一緒に出撃してるらしいけれど誤射の癖はまだ治っていないらしい。
「ちょいと素顔拝見させてもらうぜ」
どうする。力尽くで突破するか、それとも。
考えている暇は無い。ならば最初から――。
「おっと!」
「きゃっ!」
わざと見える速度での回し蹴り。勿論ブラフだ。
そうしてハルオミさんが回避に動き、カノンちゃんが驚く僅かな時間。それさえあれば、目的を果たすには充分。
そのまま非常階段の扉を蹴り開けて、階段の手摺を足場にしてさらに上に登っていく。
出撃ロビーのところで僅かな時間を取り過ぎた。――手摺を上がった感覚としては恐らく間もなく最上階だろう。
いくらラケル博士と言えども、わざわざ場所を移る意味は無いと思う。と言うか思いたい。お願いだから上にいてください。
「!」
そうして屋上に辿り着き、最後の扉を開ける。
――いた。
「――お久しぶり、という時間でもないですね。博士」
「えぇ、そうね。でも私はずっと待っていたわ、セン」
フェンリル極東支部の屋上。
そこに彼女は、いた。
ジュリウスが見当たらない理由として、今頃ブラッドの事を任せているのだろう。道理で、途中でブラッドに会わなかったわけだ。
「博士、単刀直入に聞きます」
「どうぞ」
「博士、貴方は――最初からアニーリング計画に関与していたんですか」
「……」
博士は微笑を浮かべたまま、じっと僕を見つめていた。
その瞳に飲み込まれそうになる。まるで魂ですら掴まれそうな程。
思わず唾をのんだ。
「アニーリング計画の結果とアニーリング計画の被験者の行方。それが私の知る全て」
「……つまり、アニーリング計画と博士は直結しないと」
「そうね、そう思ってくれて構わないわ」
――その瞳の奥は伺えない。何も悟る事の出来ない不気味な感覚。
けれど、ここで下がるわけにはいかない。
僕は仮面を外して、ラケル博士と向き合った。
彼が仮面を外した。その表情に、ラケルは一層微笑みを強くする。
「ラケル博士、貴方はマグノリア・コンパスで……一体、何をしていたんですか」
「実験よ。P66因子の適合試験――その成果がジュリウス・ヴィスコンティと言う存在」
彼女の言葉に、彼は表情一つ変えない。
ただ情報を噛み砕いて、整理している。ただそれだけだ。
「それは今も……?」
「今は何もないわ。お父様がマグノリア・コンパスの方針を決めているから。私にはもう手出し出来ないもの。
だからね、本当なら私はとうの昔に――お父様を、殺してるはずだったの」
「……なら、どうしてジェフサ博士を」
「さぁ、どうしてかしら。私にも分からないわ」
そしてラケルは顔を上げる。
翠緑色の瞳が、彼を捉える。
「ねぇ、セン。どうして、貴方は赤い雨を止めようとするの?」
「……」
「大いなる神の声は、今の人々を滅ぼすように告げた。現世の時代は終わりを迎える。赤い雨はその象徴。貴方にも聞こえてる筈。――なら、それに従うのが摂理では無くて?」
「――だから、何ですか」
振り絞るような声。ラケルが初めて聞いた感情だった。
「大いなる神が滅ぶように命じた――ただ
「貴方を無能だと蔑む者がいると言うのに?」
「僕を認めてくれる人がいます。その人達を、そして彼女を守るためなら、僕は世界を殺す覚悟がある。だから僕は赤い雨を止めます」
「――そう」
ラケルは小さく息を吐いた。
彼の思いを知る事は出来た。ならそれだけで十分の価値はある。
「行きなさい、セン。もうすぐ審判の時が来る。貴方の願いを、叶えなさい」
「はい。――それと、博士」
「何かしら」
「僕の思いは変わりません。博士、貴方が実験で多くの死者を出した過去があるとしても、貴方が僕を救ってくれた事は変わらない。
ラケル博士、もしも貴方が人々の敵になったとしても、僕は貴方の傍にいる。そう、約束します」
彼女が息を呑む。
けれど、彼はその事に気づかずに仮面を付けて去って行った。
「……」
静寂が流れる。
風の過ぎる音が、耳に響く。
「フフッ、フフフッ。あぁ、セン。セン。セン」
彼女の胸の底にある想いが燻り始める。
今までラケル・クラウディウスと言う存在を欲しがる者は多かった。そういう者に、彼女は数え切れない程出会って来た。
けれど、その中の誰一人として彼女が興味を抱く者などいなかった。皆等しく、風前の塵と同じ価値だった。
欲しい、ただ純粋に彼が欲しい。
「セン、セン、セン、セン。あぁ、あぁっ!」
名前を呼ぶ都度乾いた心が満たされていく。大いなる神との声すら、騒音にしかならない程の昂揚感が、彼女を支配していく。
こんなにも一人の人間を強く欲しいと思うのならば、彼と言う存在がここまで強く心を占めると言うのなら――。
この思いが胸に刻まれる前に。あの時に、あの幼かった彼と出会ったあの時に――。
「――殺しておけばよかった」
そうしておけばきっと、大いなる神の示す通りに動いていたと言うのに。
彼女の響きは極東の風に飲み込まれて、小さく消えた。
『――約束しようね、セン』
少女の声。顔は塗りつぶされていて思い出せないけれど、その声だけは何とか思い出せている。
『いつか大きくなったら、二人で世界を回ろうって』
一人の少女と交わした約束。その少女が今どうしているのかは分からない。けれど――僕は彼女に会うまで、世界を終わらせる訳にはいかない。
だから僕は赤い雨を止める。そう――決めたのだ。
「っ」
意識が覚醒する。目を開ければ、極東の空。
さすがに極東支部の屋上から、飛び降りて地面に激突すれば意識を失うのは当たり前だろう。
直前に仮面を外していたおかげで、後遺症は残っていないみたいだ。うん、良かった。
「はー」
息を吐く。出来れば二度とこんなことはしたくない。映画スターばりのアクションばかり行っていれば、さすがに心が持たないし。
しかも極東支部の裏側――要するにゴッドイーター達が出撃するゲートのすぐ近くで、外部から直接極東支部へ繋がるたった一つの場所。
意識が無い間に見つからなかったのは、運が良かったと言うべきか。それとも榊博士が何か細工をしてくれていたか。
「――」
さすがに通信機も二度の墜落を受ければ、故障くらい起こすだろう。
どうやら僕はまた歩いて、ネモス・ディアナに行かなくてはならないようだ。
まだ埋まっていないファクターはたった一つ。――僕の過去だ。それさえ辿り着くことが出来れば僕は確かな意志を以て、この力を扱える。
空を見る。遥か先に見える広大な赤乱雲。
審判の時は近い。
「ジュリウス、そろそろ私達も動きましょうか」
「では、皆に真実を」
「えぇ、そうですよ。――これで全ての準備は整いました。
審判の日――人々の意志の力、見せて頂きましょう」