焔の軌跡   作:神宮藍

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前回の投稿から大幅に時間が経ち、申し訳ありません。学業の方が忙しかったのが理由です。すみません。さて、今は夏休みの為、少しは進められるかな、と思っております。皆様、どうか宜しくお付き合い下さいませ。


第2話 -再会と出立-

 その時、俺は妹が、エリゼが何を言ってるのかが良く分からなかった。――士官学院が無期限休校……? 一瞬だが、確実に目の前が真っ暗になった。だが、しっかりと意識を保って聴き返した。

 

「ど、どういう事だ……?」

「……私も詳しくは分からないのですが、ただ、クレア大尉はこう言っていました。3人いらっしゃる常任理事の方々がこのような事になってしまった以上、一時的な休校は止むを得ない……とのことでこの様な措置を決定した模様です。オリヴァルト殿下もそれを承諾した、とのことです」

「え……? そ、それじゃ、Ⅶ組の皆は……? 他のクラスの生徒は……?」

「そこまでは聞けませんでした。ただ休校・解散になる、と聞かされただけなので」

「……そうか……」

 

 リィンはそれだけ言い残すとおぼつかない足取りでリビングを後にし、自室へと向かった。父が自分の脇と通り抜けたように思えたが、全く視界に入らなかった。部屋に着くと電気もつけずにベッドにダイブし、寝っ転がった。両目の上に腕を交差させて置く。

 

「アリサ……ユーシス……エリオット……ラウラ……ガイウス……フィー……エマ……マキアス……ミリアム……」

 

 そこで一拍おいて呼んだ。

 

「クロウ……」

 

――士官学院が休校・解散? 理事会が決定? オリヴァルト皇子も承諾? 一体何が……

 

 その時。

 

コンコン。コンコン。

 

 何かが窓を叩いているようだ。その方に目をやる。

 

「!? セリーヌ!?」

 

 窓の外にはセリーヌが居た。リィンは慌てて窓を開けてセリーヌを部屋の中に迎え入れる。それと一緒に外のひんやりとした空気が入って来た。

 

「今までどこに居たんだ!?」

「ユミルの路地裏とかにいたわよ。今日の夕方、貴方が外に出るのを見たから、そろそろ接触しても良い頃合いかな、と思ったのよ。もしかして心配かけちゃった?」

「そうか、ハハ、無事でよかった」

「そう思ってくれてたなら嬉しいわ。さて、リィン、何か情報はあった?」

 

 リィンはセリーヌにエリゼ帰郷の訳、トールズ士官学院の現状を伝えた。

 

「そう、クレア大尉が……それに士官学院の休校、ね……」

「ああ。何が何だかさっぱりで……」

「……確か3人いる常任理事の内の1名は革新派、1名は貴族派、そして最後の1名はどちらとも言えない立場ね。想像でしかないけれど、おそらくこの休校の決定は内戦が始まってから決まったものではないと思うわ。予め決められていた事かもしれないわ」

「えっ!?」

「だってそうでしょう。ガレリア要塞の事件、ザクゼン鉱山の事件、帝国はいつ今の様な状況に陥ってもおかしくない状況だったわ。あんなに先を読む力がある人々が揃っていて、今回のような事態を予測できなかったと思う?」

「た、確かに……」

「休校になったことでこれからの方針が決めにくくなったわね」

「学院に居る皆がどうなったか知りたいところだよなぁ……」

「そうね……」

 

コンコンコンコン

 

「兄様? いらっしゃいますか?」

「あぁ、エリゼか、少し待っててくれ」

 

 セリーヌは咄嗟にリィンのベッドの下に隠れる。

 

「いいぞ、入って来てくれ」

「失礼します」

 

 エリゼが入って来た。

 

「先ほどの話をした事で兄様が酷く混乱されたように見えたので、ホットミルクでも飲んで気分を落ちつけられては、と思ったのですが」

「ああ、有難う。有り難く頂くよ」

 

 リィンはエリゼからホットミルクの入ったマグカップを受け取って一口口に運ぶ。

 

「うん……砂糖も入ってて美味いよ」

「良かったです」

 

 そういうとさっきのように椅子を持って来て座った。

 

「兄様、実は先ほどお父様も下に降りていらっしゃいまして、勝手とは思いますが、トールズ士官学院が休校になった事をお伝えしました」

「うん、そうか……俺の代わりに言ってくれて有難う」

「いえ、……それでは失礼します」

 

 何か言いたそうだったが、去って行った。バタン。ドアが閉まった。

 

「ふぅ……さて、どうしたもんかな……」

 

 解散と言う事は生徒全員とは言わなくとも、帰郷させられることになる筈だ。ただ、Ⅶ組の場合、どうなるか分からない。ユーシスはバリアハートに戻るかもしれないが、マキアスやアリサ、ラウラあたりはどうなのか……士官学院に引き留められているかもしれない。セリーヌがベッドの下から這い出してきた。

 

「リィン、あの娘、前よりもよそよそしさが無くなって来たわね」

「ああ。それで、セリーヌ、これからどうする?」

「そうね、今は細かく決められないわ。リィン、貴方の体もまだ回復しきってないのだから、詳しくはまた明日相談するとしましょう」

「ああ。分かった。それじゃお休み」

 

 セリーヌは窓を開けるとユミルの村中に消えて行った。そして空を見上げると今までは気付かなかった星、そして月が美しく輝いていた。

 

「皆、無事でいてくれよ……!」

 

 そう願いつつ眠りに落ちた。

 

チチチ。チチチ。

 

 朝は鳥の囀りで目が覚めた。外を見ると霧がかかっている。レグラム程ではないがうっすらと霧がかかっているレベルだ。時間を見ると6時を少し過ぎた辺りだ。この時間だと家族もまだ目覚めてはいないだろう。朝食まで時間があるだろうし、散歩でもするか。そう思い、着替えをし、ジャケットを羽織った。

外に出ると早朝の爽やかな空気が肺を満たしてくれた。良い気持ちだ。そう思いながらユミルを探索する。昔よくお世話になった教会、商店、本屋。そして他の街には無いであろう、その昔シュバルツァー家が時の皇帝陛下から恩賜されたという温泉施設、鳳凰館。ここには何度もお世話になった。昔は家族で入ったり、鳳凰館の従業員の方に遊んでもらったり。一番記憶に新しいのは小旅行の時だ。色々な思い出がある。そんな事を考えながら歩いていると、昨日と同じくケーブルカーの乗車所に着いた。此処まで来るともうこの先には何もない。帰るか、と思い踵を返したその瞬間。ケーブルカーが着いた。

 

「え……?」

 

 ――いや、なんでこの時間に? 確かケーブルカーは早くても8時を過ぎないと運行しないはずだ。まさか……敵!? 

 

そう思うとケーブルカーの降車場からは死角になる所に身を隠した。迂闊だった。こんな時に限って刀を持っていない。ならば八の型で対応するしかないか……? ケーブルカーから人が降りてきた。霧ではっきりとは分からないが、2人だ。どうやら男女の2人組の様だ。拳を握り、気を高め、呼吸を整える。それでいて出来る限り覇気を出さないようにする。至難の業だが、今は何とかできる。4月の時点では無理だっただろう。男女が近づいて来る。改札を通った。もう少し。10アージュ。9,8,7,6……3アージュを切った所で打って出た。

 

「はああぁっ!」

 

 八の型、嵐空。右手で殴り、流れるように右足で蹴り、その反動を使って回転し、左足の踵蹴りをお見舞いする。だが、それは躱された。右手の拳は空を切り、右足はひらりと上半身を曲げられて不発。最後の踵蹴りは左手で止められた。そして女性が攻撃してくる。銃の様な物だ。やられる――! そう思ったが、何も起こらなかった。銃は額にピッタリつけられている。

 

「ふふ、警戒心と即時の対応は良いけど……まだまだね」

 

 その声は聴きなれた、女性の声。

 

「サ、サラ教官!?」

 

「俺もいるぜ」

 

 ひょこっとサラの背から現れたのは、リィンがレグラムでの実習でお世話になった、今や帝国では数少ない遊撃士、トヴァル・ランドナーだった。

 

「ど、どうして……!?」

「蛇の道は蛇、ってね。ロダイ村にいたでしょ?」

「なんでそれを!?」

「あの村には元遊撃士の人が居てね、色々と分かったのよ。アンタ、領邦軍とイザコザ起こして逃げたでしょ。その方角から考えて、逃げ込む先は此処しかないと思ったのよ」

「い、色々と規格外ですね……」

「あら、これ位できなくて最年少でA級遊撃士になれると思う?」

「そ、そう言われれば……」

「ハイハイ、そこまでにしとけや、サラ。なーにをさも自分の手柄の様に語ってんだ」

「あー、もう分かったわよ」

「……つまり、本当に情報を入手したのはサラ教官じゃなくて、トヴァルさんだった、ってことですか?」

「まぁ、正確に言えば完璧に、じゃねぇけどな。」

「俺の居場所を予測できたところまでは納得できるとして、何でこの時間にケーブルカーが動いてるんですか?」

「ああ、それはアタシよ」

「え?」

「ほら、前に小旅行でここに来た時にケーブルカーを使ったでしょ? その時に運転手の人と親しくなってね。あとはコレ、ね」

 

 そう言うとサラは羽織っているロングジャケットの胸元を指す。そこにはあるエンブレムがぶら下がっていた。

 

「それは……遊撃士のエンブレム!?」

「そうよ。このエンブレムを見せて、事情を話したら特別に動かしてくれたわ。いやー、本当に助かったわ」

 

 そう言うと、サラはケーブルカーの運転席に向けて手を振った。トヴァルも頭を下げる。運転手は手を振り返して、

 

「いいってことよ、リィンぼっちゃんが関わってるとなれば行かねぇ訳にはいかねぇしな!」

 

 べらんめぇ口調でそう言うとケーブルカーを動かして麓に帰って行く。リィンも頭を下げて見送る。

 

「さて……と。とりあえず無事は確認できたわけだ。本当に良かったぜ」

「そうね。ま、簡単に死ぬような鍛え方をした覚えはないし、そこまで心配はしてなかったけど」

「いや、むしろ教官よりも特別実習に鍛えられたって感じが……」

「何か文句あるの?」

「イエ」

 

 そこで諦めた。さて、これからどうするか。

 

「教官、トヴァルさん、とりあえずウチに来ますか?」

「その必要はないわ。もう凰翼館に部屋を取ってあるから」

 

 3人で凰翼館に行くと、確かに部屋が取られていた。昨日の内に電話をしたらしく、そつがない。

 

「ってな訳で、アタシ達はここにいるわ。多分10時くらいにお邪魔するかもしれないからお父さんにそう伝えてくれる?」

「分かりました。それは良いんですが、今すぐには帰れません。お2人の部屋にお邪魔しても良いですか?」

「ちょ、ちょっ、何を……ハッ、そう言う事!? で、でもトヴァルもいるし、アタシの趣味は……」

「コラ。んーなことじゃねぇだろ。しっかりしろよ紫電」

「何よ、もー。ノッてくれたっていいでしょーに」

 

 そんなやり取りをしつつ、部屋に3人で入る。すると途端にサラが座布団を枕に畳の上に寝っ転がる。するとそのまま寝息を立て始めた。勢いをつけて寝っ転がったものだから、着ているひとつなぎのスカートの裾が捲れてその美しい太ももが露出する。健全な男子には目の毒だ。

サラはいつも酒をかっ喰らって寮の1Fや3F、時には男子学生が住む2Fのソファや食堂の机に突っ伏して寝ていたり、自室で酒瓶を抱いて寝るという、様するにダメな大人の見本なので、エロさなど感じる事は無い。酔っ払いの相手をしている感じだった。だが、こうして素面の時に真面目に向き合うと美人なのだ。ルックスも良い、容姿端麗。いつもはスルーされてばっかりだが、実は胸も大きい。エマを超えているのでは、と思える位だ。だからこそ余計にタチが悪い。

 

「やーれやれ、コイツは……」

 

 そう言いながらトヴァルは素早く押入れから掛布団を引き出し、サラに掛ける。衣服の乱れたサラを見ても全然動じていない。リィンはそんなトヴァルを見て、尊敬値がまた上がった。

 

「悪かったな、コイツがぶっ倒れて。っていつも通りか」

 

 そう苦笑しながら座椅子に座って茶を入れる。リィンの分も入れ、薦めてくれた。素直に受け取り、一口、運ぶ。お互いに落ち着いたところでトヴァルが切り出した。

 

「さて、と。お前がここに来たのは“情報”が聞きたかったからだろ?」

「はい。士官学院が本当に休校になったのか、それから皆はどうなったのか聴きたいです」

「ほう、もう休校になった事は聞いたか。なら話は早いな」

 

 トヴァルは詳しい経緯を話してくれた。10月30日、士官学院が襲撃されたその日。帝国解放戦線は一旦軍を引き、トールズ士官学院に猶予を与えた。すなわち、学院に居る全員での意志の統一をし、学院としてどうするか決める猶予だった。期限は31日午後3時まで。ヴァンダイク学院長やトワ会長をはじめとして教員、各クラス代表が学院長室の隣の会議室で話し合い、相手が条件を受け入れてくれるならば降参することになった。その条件とは。

 

1.士官学院生及び関係者、トリスタの住民を傷つけない事

2.建造物を破壊しない事

 

 帝国解放戦線はこの条件を受け入れた。そして学生は寮において軟禁されることとなった。貴族生徒は第1学生寮、平民生徒は第2学生寮。Ⅶ組は第3学生寮。教師陣は第1学生寮、第2学生寮にて軟禁。貴族生徒の中で何人かは実家に帰らされた者も居るらしい。

 そして10月31日夜、理事長であるオリヴァルト皇子及び常任理事からの連絡が入り、士官学院は休校になった。それにより生徒達は実家に帰らねばならない事となった。帝国解放戦線は渋っていたが、従わないわけには行かなく、最終的にこれを了承。どうやらオリヴァルト殿下直々の命令であることと、常任理事からの連絡が効いたようだ。それによりほとんどは実家へ帰ったようだが、帰れない、または自分の意志で帰らない生徒もいると言う。そして今はトリスタには住民とほんの僅かの生徒以外にはいないと言う。

 

「と、まぁ、これが今の現状だ。この情報はあの爺さんからだから信用は出来ると思うぜ」

 あの爺さん……つまり、ミヒュトの事である。その情報が正しいとして、これから自分達はどう動くべきか。それを決めなければならない。

「まぁ、俺とサラは今日はここに泊まるつもりだ。なにしろここ4日ほど寝てないんでな」

「えっ?」

「あぁ、俺は30日、あの宰相が銃撃された時から各方面とのやり取り、ヴィクター子爵と今後の話し合い、加えて色々と根回しを……な。その後、サラから連絡が入って、此処まで来たってことだ。いやぁ、大変だったぜ。ガレリア要塞消滅の件で止まっていた大陸横断鉄道が運行を再開したとはいえ、本数もまだ本調子じゃねぇし、チェックは厳しいし、所々では領邦軍と鉄道憲兵隊が衝突してるしよ。その疲れもあるし、サラも4日間は寝てないらしい。お前の事が心配で心配で眠れんかったらしいぜ。遊撃士やってた時からは想像できんなぁ」

「えっ!?」

 

 4日。それはつまりトリスタが襲われてからずっと起きている、と言う事だ。

 

「まぁ、いつものサラからは想像できねぇだろうけどな」

「はは……そうですね。でも、そうですか、サラ教官が……」

 

 そろそろトヴァルも眠たそうな顔をしていたので、暇することにした。「サラは10時と言ったが、無理だろう」と言う事で、2人は12時頃、リィンの実家にお邪魔するとのことだ。リィンは出て行く直前、呟いた。

 

「サラ教官、有難うございます」

 

そう言うと照れくさいのか、足早に出て行った。パタン。ふすまが閉まる。

 

「……オイ、起きてんだろ? ったく、お前も素直じゃねぇな」

「うっさいわね」

 

 サラが声を上げる。寝ていなかったのだ。いや、寝てはいたが、会話が分かるくらいには意識が覚醒していたと言うべきか。

 

「ずるくねぇ? 狸寝入りなんてよ」

「ちゃんと寝てたわよ。にしても有難うだなんてね……何気に初めてかも」

「お前レベルだとそうじゃねぇだろうが……どんだけだらしないんだよ……寝るわ」

 

 そう言うとトヴァルは寝息を立て始めた。遊撃士と言う職業柄、寝れるときは寝ておくのだ。遊撃士は皆この技術を持っていると言って過言ではない。更に誰かが近づけば一瞬で目が覚めるというテクも併用だ。これがプロ。

 

「ふー……でもまぁ、無事でよかったわ……」

 

 

 そう零す。そしてまた横になる。柱の時計は7時半前を指している。

 

 

 リィンは実家に戻り、朝食時に家族に2人が来たこと、家に来ることを伝えた。最初はびっくりしたが、受け入れてくれた。母は「腕が鳴るわ~」と言っている。料理を振る舞うつもりなのだろう。エリゼも「母様、私もお手伝いします!」発言。食材は山の様にある。おそらく母の独自料理のフルコースになるのではないか。それを想像したら涎が落ちそうになる。朝食の豆のスープがスプーンから零れそうになる。エリゼが「兄様……」と言って来た。

 

「じゅるり……おっと、危ない危ない。父さん、構わないですか?」

「もちろん大歓迎だ。どれ、私も行って来るか……」

 

 そう言うと猟銃を担いで山の方に消えて行った。この季節だと鴨だろうか。シュバルツァー家の本気料理が出そうだ。

 朝食後はリィンは力仕事になる洗濯物干しをしようと思ったのだが、エリゼに取られてしまった。母にそのことをぼやくと、「あ、なるほどね、うふふ」と言っただけでそれ以上は何も言ってくれなかった。皿洗いの後はバドと遊んだ。母は料理の下ごしらえをしている。随分と念入りだ。10時を少し回った頃、父が帰って来た。鴨を仕留めてきていた。4羽だ。いつもながら見事な腕前だ。そして12時近くになった時。ドアがノックされた。リィンが開ける。

 

「どうぞ、サラ教官、トヴァルさん」

 

 2人ともお邪魔しますと言い、家に入った。キッチンからは美味しそうなにおいが漂ってくる。

 

「……しまった、もう少し時間をずらせば良かったか」

 

 トヴァルがそう言う。しかしリィンは全然大丈夫です、と言う。華やかだが、華美過ぎない服を身に纏ったエリゼが出てきて2人をリビングに通す。すると父が1人用ソファに腰掛けていた。読んでいたらしい地方紙を置く。

 

「遠い所からわざわざ訪ねてきて下さり、感激しています。サラさん、トヴァルくん、ようこそ、我が家へ」

「いえ、こちらこそお昼時に申し訳ありません」

 

 そうトヴァルが言うと、

 

「いえ、むしろ歓迎です。妻も作り甲斐があるようで、嬉々としています」

「それでしたら良いんですが……」

「さて、改めまして、此処ユミルを治める、テオ・シュバルツァーと申します」

「帝国遊撃士協会レグラム支部長、トヴァル・ランドナーです」

「同じく、サラ。バレスタインです。今は教官職は休業中と言う事になります」

「これはご丁寧に……トヴァル殿は8月以来でしたな」

「そうですね。ヴィクター氏のお手伝いと言う形で来ましたね」

「それから……サラ教官。先月は世話になりました」

「いえ、小旅行中の事件の事でしたら、私よりも生徒達に言って下さい。事件を解決したのは彼らです」

 

 そう言うとリィンに向かってウィンクした。

 

「いや、それでもあの非常時での指揮力はさすがの物でした。さすがはトールズ士官学院の戦術教官と言ったところですな」

「褒めてもなにも出ませんが……有り難く受け取っておきます」

 その後は、たわいもない話をして、ルシアの「そろそろ出来ますわ。いらして下さい」という声で全員が食堂に向かった。

 

 食事の前の拝礼をして、食事が始まった。

 

「! この鴨肉、とても柔らかくて美味い!」

「ここまで美味しい手作りパン、食べた事無いです!」

 

 トヴァルは鴨肉のソテー、サラは手作りパンが気に入ったようだ。2人はそれぞれに舌鼓を打つ。ルシア夫人はそれがとても嬉しかったらしく、より上機嫌になる。

 

「そこまで言って頂いて嬉しいですわ。さぁ、どんどんどうぞ!」

 

 2人の子供も大絶賛。

 

「本当に母様の料理はすごいです。何年も食べてますが、毎回毎回より美味しくなって行ってます」

「確かにな。シャロンさんには悪いけど、俺はやっぱりこっちの方が良いな」

 

 あのスーパーメイド、シャロンさんも母の味にはかてなかったようだ。6人で美味しい食卓を囲み、話をしているとあっという間に時間が過ぎて行った。デザートを食べたあとは夫人特製のハーブティーを飲んでリラックスする。

 

「本当においしかったわ。私もあれぐらいのものが作れたらいいのに」

「母さんも初めからあそこまでじゃなかったらしいです。やっぱり慣れと経験、練習の積み重ねだそうです」

「うっ、やっぱりアタシには無理かも。キッチンに立つだけでも駄目かも」

「確かにな。お前は結婚したとしても旦那に料理させるタイプだよなぁ」

「うるさいわねぇ」

「ハハハ……バレスタイン教官に弱点がおありとは」

「ホホホ、イケないところをお見せしまして……料理は昔からからっきしなんですわ。いつも外か、買って来る事が多いものですから」

 

 エリゼがサラに対して話し掛ける。

 

「お母様とご一緒に料理を作った事はないのでしょうか?」

 

 その一言に少し、表情が硬くなる。だが、気付いた者は2人のみだった。事情を知っているトヴァル、それから教官から昔の話を少し聞いていたリィンのみだった。

 

「いえ、残念ながら私の両親は私が幼い頃、早逝したらしく。その後も色々あって、結局そう言うのは出来なかったわ」

「も、申し訳ありません! そんなご事情とは露知らず……」

「ふふっ、良いのよ。でも、そうね、貴方のお蔭で少し里心がついたかもしれないわね。いつか行こうかしら」

「……」「……」

 

 トヴァルは頭を軽く掻き、リィンは目を瞑っている。そして思いを巡らせた。

 

(サラ教官は以前、俺に話してくれた。彼女には戦友と言える人物がいて、その人物はもう亡くなっている、と。それから少し前にサラ教官が夜、寮の食堂で酔いつぶれて机に突っ伏して寝ていて、毛布を掛けようと思ったら、寝言かうわ言でこんなことを言っていた。「う……ん……イオ……なんで……」と。おそらく、そのイオ、と言う人が戦友なのかと思うのだが)

 

「……これは娘が失礼を……おや、妻が特製のクッキーとハーブティーのおかわりを持ってきたようだ。サラさん、トヴァル君、そろそろ、話してはくれないかな」

「……そうですね。我々がこうして早朝からユミル入りをした訳をお話ししましょう。奥様、ご息女の方も心の準備は如何ですか?」

 

 トヴァルのその言葉に女性2人は大丈夫、という意思表示の様に頷いた。

 

「では、お話しします。今日から4日前、帝都が襲撃されました。それとほぼ同時刻にトリスタも攻撃されました。そして士官学院は一昨日、無期限休校に入りました。この事はご存じで?」

 

 4人は頷いた。そこにサラが質問した。

 

「失礼ですが、その情報はどこから?」

 エリゼがクレア大尉から聞かされたことを話す。

「そうですか、鉄道憲兵隊が……失礼しました」

 

 トヴァルが話を続ける。

 

「では続けます。それにより、ほとんどの学生は帰省した模様です。教官陣はまだ学院に居る様です。僅かですが、生徒も残っているようです。確実なのはトワ・ハーシェル生徒会長、技術部長ジョルジュ・ノームです。他にもいるようですが、まだ詳細は掴めていません」

「すみません、Ⅶ組の皆は、どうなったんでしょうか?」

「どうやらユーシス君はバリアハート、ガイウス君はノルドへ、ラウラ君はレグラムへ。アリサ君はルーレだろう。エリオット君、マキアス君、エマ君、ミリアム君、フィー君は分からない」

「そうですか、分かりました」

「さて、トリスタ及び士官学院の現状はこのようなところです。そして、我々が此処に来たのは、Ⅶ組のメンバーにリィン君が騎神に乗って北の方角に行った、と言う事と、我々独自の情報網によって、ロダイ村と言う所から巨大な人型が飛び去ると言うものを入手しまして。その方向からユミルだと判断し、確認にやって来た、と言う事です」

「なるほど。そう言う事でしたか。ですが、それだけではないようですな?」

「さすが男爵、鋭いですね。そうです。ただ確認しに来るだけなら1人で十分。我々2人がこうして来たのはオリヴァルト皇子の任務でもあります」

 

 流石にびっくりした様子で声を発するリィン。

 

「オリヴァルト皇子……!? 理事長が……!?」

「そうです。今回、我々は士官学院の休校の決定の時に休校通知とは別に任務を仰せつかって来たのです」

「トヴァル君、その任務とやらは我々に話してしまっても大丈夫なのか?」

「ご家族の方になら問題ないと思っています。むしろ協力して頂く為には任務を言わなくてはならないと思っています」

「そうか、分かった。続けてくれ」

「はい。その任務の内容は、『Ⅶ組の諸君を保護し、結集させよ』というものでした。おそらく、オリヴァルト皇子はこの内戦を終わらせる為に尽力する心積もりだと思われます」

 

 リィンはその言葉を聞いて、ある事を思い出していた。

 

「第3の道……そしてカレイジャスという翼……」

 その言葉に一同が反応した。

「リィン、それは……?」

 

 父の問いかけに以前、帝都での実習でアストライア女学院で非公式であるがオリヴァルト皇子と会食をし、そこで自分達Ⅶ組の創設、その理由、そしてオリヴァルト皇子が持つ信念を聞かされたことを話した。それを受けてトヴァルが言葉を紡いだ。

 

「そうです。貴族派でも無く、革新派でもなく、別の第3の道……オリヴァルト皇子はそれを実現するために努力されています。その象徴があの紅き翼、カレイジャスなのでしょう。さて、リィン君、君に聞きたい。恐らく俺達はこれからは激戦の中に身を投じる事になると思う。君はどうする?俺達と一緒に行くか、それとも……」

 

 トヴァルがその先を言うよりも早く、リィンは答えた。

 

「行きます」

 

 ガタン! その言葉にエリゼが音を立てて立ち上がる。

 

「に、兄様……! 正気ですか!? あんな……正規軍の守備隊も歯が立たなかった貴族派の軍勢に……立ち向かうおつもりですか!? 私はっ! 嫌ですッ! 死ぬ可能性だってある……! 兄様を失うのは……嫌です!」

 

 エリゼはそう言うとルシア夫人に抱かれて席に戻った。

 

「……エリゼ、すまない。だが、俺は……」

 

 そこに男爵から言葉が降って来た。

 

「リィン、今エリゼが言った通り、戦地に赴くと言う事は死ぬ可能性がある。無論、私も出来る事ならば行かせたくはない。家族の制止を上回るだけの覚悟があっての事か?」

 

 厳しい。今まで見た事の無い鋭い眼光。本気だ。ならばこちらも本気で返さねばならない。

 

「はい。……俺は士官学院に入ってからの7か月間、実習で帝国各地を見ました。問題もあり、だがその一方で良い面もある……特にその地に住まう人々。俺は、その人々、土地を守りたい。そして……何より仲間たちの為に。それが、俺が士官学院に入って思った事です。その仲間、土地、人々が危険に晒されている、自分には力が多少なりともある。ならば、ここで立たないで一生後悔するよりも立って行動して、その結果がどうなっても後悔しない。他の人の気持ちを考えないで我が儘な様ですが、貫き通したい、それが俺の信念です。」

 

 それを聞いて、男爵は軽く息を吐いた。

 

「これはもう止められんな……分かった。お前の思う通り、行動すると良い。ただ、絶対戻って来てほしい」

「父さん……分かりました」

 

 リィンはトヴァル、サラの方に向き直る。

 

「お2人の腕前には及ばず、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが……俺も連れて行って下さい」

「分かった。出発は今日の夕方だ。それまでに準備は済ませておいてほしい」

「はい」

 

 そこで黙っていたエリゼが声を上げた。

 

「すみませんッ! あの、私も連れて行って下さらないでしょうか!?」

「エリゼ!?」

 

 流石に驚く。妹が混迷極まる地に行くと言ってるのだ。止めない兄はいないだろう。

 

「何を言っているんだ! お前はここに居た方が安全だ!」

「兄様。お言葉ですが、私はもう待つのは疲れました。兄様と一緒に居て、護りたいと前々から思っていました。兄様は本当に無茶ばかりで……! 私が、いいえ、父様も母様もどれだけ心を痛めているか! 戦闘の面ならば気遣い無用です。これでも武術は嗜んでおりますので」

「しかし……!」

「それに兄様、私が居れば、そこまで無茶はなさいませんでしょう?」

「うっ」

「アルフィン様の御身も心配です。直接、助けに行きたいと言う想いもあります」

「……」

 

 ついに何も言えなくなった。そこでサラから助け舟が出された。

 

「ふぅ、まさか妹さんがねぇ……ご両親はどうお考えですか?」

 

 シュバルツァー男爵、ルシア夫人共に悩んだ様子もなく、即答した。

 

「ふむ、確かに可愛い娘が危険な所に行くと言っているのは頂けないが、娘の決意はもう固いようで」

「実は昨夜、夕飯の後、エリゼが私達に大事な話があると言って、もしもリィンがここを出て、仲間を助けに行く時が来たら、その時は自分も行きたい、と。じっくり話しましたが、どうも思い付きからの言葉ではないようで」

 

 つまり、エリゼがリィンと共に行くことに大反対、と言うわけではないようだ。

 

「どうする? これでも反対する? 確かに私達がいつも守ってあげられると言う訳でもないし、同行を薦める気もないわ」

 

 それを聞いて、リィンは息を吐いた。

 

「仕方がない。でも条件がある。さっき、武術の腕を磨いている、と言ったな? それを見て、連れて行くかどうかを判断しよう」

「! 兄様……! 分かりました」

「じゃあ、直ぐで悪いんだが、広場に行こう。あそこなら十分なスペースがあるからな」

 

 その一言で決まった。エリゼはいつも使っている武器を取りに自室に戻った。リィンは一足先に広場へ向かった。途中でサラとトヴァルと話す。

 

「まさか予想もしていなかったわね。まぁ、見張っていたい、と言うのは分かる気もするけど」

「はぁ……なんで……」

「ま、あそこまで言ったらキッチリ相手してやらにゃな。どれほどの腕かは分からないが、お前さんはどうだ? 彼女の腕はどの位か分からんのか?」

「まぁ、一応知ってはいるんですが……でも最後にエリゼの腕を見てから2年以上経ってますし……どの位の腕なのか分からないんですよね」

「使ってる武器は何なの?」

「ええ……変わっていなければ、おそらく、レイピアの筈です」

「レイピア……そう言えば結構有名な使い手がいるよな。中ではリベール軍の中でも実力者と言われるユリア・シュバルツ大尉とかな。王太女のクローディア姫もレイピアの腕はピカイチだそうだ」

「ユリア大尉ですか……いや、まさか……」

 

 そう言ってると広場に着いた。周りにはあまり人がいないようで、好都合だ。少し待つとエリゼが両親と一緒に来た。その左手にはレイピアが握られている。

 

「兄様、くれぐれも手加減などされませぬよう……」

「ああ……」

 

 お互いに武器を抜く。リィンの刀、エリゼのレイピア。レイピアは持ち手に質のいい金色の意匠が施されている。その意匠が薄紫の下地に映えている。刀身は一般的なレイピアのそれだ。だが、手入れが念入りにされているらしく、少しの曇りもない。2人が間合いを取り、向き合う。

 

「審判は私がするわ。危なくなったら容赦なく、安全に介入するからそのつもりで。2人とも良いわね?」

 

 2人が頷く。リィンは刀を右下段に構えた。エリゼは半身になり、レイピアを胸のあたりの高さに保ち、刀身をリィンに向ける。

 

 その異様な状況に里人が集まってくる。両親が事情を説明し、手出しせず、見ていてほしい、と言っている。

 

「準備は良いわね?」

 

 その言葉に2人の緊張が高まる。辺りの空気が張り詰める。エリゼが緊張から唾を呑み込んだその時。

 

「……では、両者構えて! ……始めッ!」

 

 サラが空に向かって挙げていた右手を勢いよく振り降ろした。そして、先に仕掛

けたのはエリゼだった。

 

「シュッ!」

 レイピアが良い動きでリィンの体に迫ってくる。

――なんだ、この速さは。前とは比べるくもないな。だが、まだまだ!

「はぁっ!」

 刀を振り上げ、レイピアの剣先と衝突させる。

「くっ……」

 力の差からエリゼが少したたらを踏むが、即座に反撃する。

「まだ、です! ニードルティア!」

 全ての力を剣先に集中し、高速で迫る。目標はリィンの腹部。しかし。

「良い突き技だと思う。だが、まだまだ!」

 足を動かし、安全圏に移動する。エリゼの渾身の突きを全力でなくても避ける。それぐらいの力の差がある。

「ではこれはどうですか!?」

 突き技を止め、レイピアを思い切り振り、真空波を発生させる。

ギギギンッ!

 その真空波を受け止める。

――なんと。真空波まで。2年前には見なかったぞ……

「長引いては不利、では私の持ち得る全てを注ぎ込みます!」

 エリゼのオーラがレイピアの刀身に流れ込む。そのオーラはオレンジ色に輝いている。そのオーラが凝縮して行く。

「行きます! スターダストフラッシング!」

 素早い動きで円環状に突きが繰り出される。だが、その突き自体はリィンには届かない。だが、代わりに刃のようになったオーラが次々に放出される。あたかも恒星から降ってくる隕石のようだ。軌道もそれぞれ違う。速い。

「くっ! 簡単には避けれないな! こうなったら!」

 刀を鞘に納め、居合の体勢に入る。オーラが迫る。初撃が当たりそうになるその時。

「はっ!」

 抜刀。5の型、弧影斬。自らも刀身にオーラを乗せ、放った。オーラの力も違うため、エリゼが放ったオーラを全て撃破する。だが、まだ攻撃は続いていた。無数のオーラに隠れていつの間にかエリゼが迫って来ていた。

「はああぁぁぁぁっ!」

 必死の表情で懸命の突きを放つ。刀身にオーラがある為、さっきみたいに簡単には打ち返せない。ならば。焔を刀身に宿し、迎え撃つ。スターダスト・フラッシングと焔の太刀の真っ向からのぶつかり合い。

「ハアアァァァァァァッ!」「うおおおおぉぉぉ!!」

 ギィンッ。

 2人が交差した。そして。

 

 

「……そこまでね」

 

 

 2人の間にサラが割って入っていた。エリゼのレイピアはサラの銃のグリップの底で防がれ、リィンの刀はブレードの根元で受け止められていた。2人はその現実を確認してから武器を鞘に仕舞った。

 

「さて……どう思った、リィン?」

「……少なくとも、4月の時点での俺よりは強い」

「それは確かね。ただ、女学院だから当然なのでしょうけど、戦闘経験が少なさ過ぎてそれが如実に表れたわね」

「……はい。やはり兄様は強いです。ついて行くことができなくとも、兄様と久しぶりに剣を交えることが出来て良かったです」

「あら? ついて行けない? 誰もそんなことまだ言ってないわよ?」

「え――」

「嬢ちゃん、リィンの上着の襟を見てみな」

「えっ? あ――」

 

 そこには僅かではあるが、レイピアの物である傷があった。

 

「ま、そう言う事ね。あの傷がついたのは私が止めに入ってオーラがリィンから見えなくて喰らってしまったのでしょうけど……それでも立派な物よ」

「全く、面目ない。避けて当然のものなのに喰らってしまったのは俺の不覚のせいだ。修行がまだまだ足らないな……」

 

 そう言いつつ、落ち込みながらエリゼに伝える。

 

「分かった。俺の負けだ。エリゼ、一緒に行こう。なぁに、多少の事があっても守ってやれるさ」

「……! 兄様!」

 

 エリゼの顔が先ほどの悲壮な顔から歓喜の顔に変わった。

 

「父さん、母さん……良いでしょうか?」

 それを聞いた男爵はこう答えた。

「フフ……お前が決めたならばもう私達に言う事は無い。エリゼを守ってやってくれ」

「そうね、リィン、頑張ってよ」

 

 両親の激励を聞いたリィンはより決意を新たにした。そして気が付くと周りは拍手に包まれていた。里人がさっきの激闘を称えてくれているのだ。

 

「エリゼちゃん、よくやった!」

「よく一撃入れられたなぁ!」

「兄さん、しっかりしろよ!」

 

 など、叱咤激励の言葉が飛んでくる。

 

「よし、これで決まりね。エリゼちゃんも連れて行く。良いわね、トヴァル?」

「まぁ女の子1人位なら助けてやれんだろ。宜しくな」

「は、はい。お2人共宜しくお願いします」

 

 その後、シュバルツァー家は子ども2人が準備をし、教官2人はそれぞれ今後の方針を話し合っていた。そしてその日の夕方5時。ついにユミルを発つ時が来た。男爵、夫人、リィン、エリゼ、サラ、トヴァルの6人はアイゼンガルド連峰に連なるユミルに程近い山の麓にいた。ヴァリマールが留まっているところだ。

 

「こ、これがヴァリマール……私も旧校舎の地下で見た事はあったけど、ここまで大きいものだなんて……」

「なんつーか……言い伝えにある巨大な騎士みてーだな」

「に、兄様、本当に乗るのでしょうか?」

 

 ヴァリマールを始めて見るトヴァルとエリゼは初めてリィン達が見た時と同じく驚いている。当然だろう。男爵は驚かず、ルシア夫人は驚いている。

 

「父さん、どうやら知っていたようだね?」

「ああ。お前が倒れていた所を里の者に聞いてな。恐らく近くに何かあると思ったのだ。そして来てみたら、森の深い所にこれがあってな。まず普通には見つかるまい」

「はは、父さんだから見つけられたんだね。さて、じゃあまずは俺が乗ります」

 リィンが心の中で念じると、ヴァリマールの眼に光が灯った。そしてリィンの体が光となって吸い込まれていく。

「に、兄様!?」

「ほう……」

「あ、あなた! リィンが!」

「なるほど……こうやって乗るのね」

「実に合理的だな。古代の技術がつかわれてんのかな、やっぱ。アイツもこの巨大な人形の事知ってるのかね?」

 

 上からエリゼ、男爵、ルシア夫人、サラ、トヴァルである。そして間もなく、

 

「皆、今1回降ります」

 

 そう声が聞こえると、また胸から光が現れて、リィンが降りてきた。

 

「兄様! 大丈夫ですか!?」

「ああ。問題ないさ。さて、セリーヌ! 出てきても大丈夫だと思うぞ」

 そう言うと、木々の間からクロネコが這い出て来た。

「全く……私の事を忘れて行ってしまうのかと思ったわよ。まぁ、幸い、貴方が準備を終えて部屋を出る前に窓に紙を貼って行ったから良かったのだけれど」

 

 リィンは部屋を出る前にセリーヌの名を呼んで、窓に何時に出る、と言う事を書いた紙を貼って行ったのだった。そのお陰でセリーヌは置いて行かれることなくこの場に居るのだった。

 

「えっと……? 兄様……? 今、その猫が喋ったように思ったのですが」

 

 エリゼの口がひくひくしている。驚きを乗り越して理解できない、と言った様子だ。どうやら男爵、夫人、トヴァルも同じ表情の様だが、唯一サラは違った。

 

「あら、セリーヌじゃない。やっぱアンタ喋れたのね」

「ふふ、やっぱりばれてたようね。さすがは紫電の名を持つ実力者と言ったところかしら?」

「褒めてもらえるとは思ってなかったわ。エマと一緒に居る所をよく見たし、演説の日、ヴィータの術を見て、『姉さん』と言った事、鳥のような使い魔を使役していた所を目の辺りにしていたからね。でも、貴方とエマは主人と使い魔と言った関係ではなさそうね」

「正解よ。あの女が使っていた鳥は確かに使い魔。でも私は違う。私はあの子のお目付け役よ」

「そう。まぁ、その辺りも後々教えてもらおうかしら」

「機会が来ればね。さて……言いたい事も沢山あると思うけど、まずは自己紹介をして置くわ。私の名はセリーヌ。そこにいるリィンのクラスメートのエマ・ミルスティンという女の子のお目付け役よ。そして……士官学院襲撃の時、リィンを戦地から脱出させた者でもあるわ」

「「「「……」」」」

 

 サラ、リィン以外はまだ言葉を失っているらしいが、その状態からいち早く回復したのは男爵だった。

 

「これはご丁寧に……ということは息子を助けてくれた、ということですな? その事についてはお礼を言いたい。出来る事ならば実家に寄ってもらって妻の美味しい料理を味わってもらいたいところではありましたが、残念ながら時間もない模様。今後こちらに来ることがあればぜひ立ち寄って欲しい」

「これは有難うございます。もしも機会があればそうさせて頂きますわ」

 

 その会話を聞いて、ルシア夫人が復活した。

 

「あ、む、息子を助けていただいて有難うございます! 危なっかしい所もありますが、どうか宜しくお願いします」

「私にとっても彼は大きな切り札だと思ってますので。そんなに固くならなくとも……」

「せ、セリーヌさん! 兄の妹、エリゼと申します!」

「ふふ、宜しくね、妹さん。さっきの決闘、見てたわよ。未熟な所も確かにあるけれどもあなたにはキラリと光る所があるわ。絶対役に立つ時が来ると思うわ。それから……もしも、貴方にその気があればだけれども、確かな師について修行すれば、もしかしたらこの帝国でも指折りの剣士になれる可能性があるわ。ともかく、宜しくね」

 

 それからセリーヌはトヴァルの方に直った。

 

「まさかここで魔法使い(ウィザード)の異名を取る、帝国でも3指に入るアーツ使いに出会うとは思わなかったわ。同行することになるわけだけれども、よろしくお願いするわ」

「っはぁ~……その名で呼ばれるとは思っちゃいなかったな。ギルドが壊滅して2年も経ってるからもう呼ばれることは無いと思ってたがな……一応名乗っとくぜ。遊撃士協会レグラム支部長、トヴァル・ランドナーだ。よろしくな」

 

 そうやって全員のセリーヌとの顔合わせが終わった所でリィンが話し始めた。

 

「皆、今聞いた通りで、俺は学院が襲撃された時、このヴァリマールとセリーヌのお蔭でここまで来た。そして彼女のお蔭でこうして僅かだけれども状況を改善できる場面にある。セリーヌは本当に恩人だよ」

 

 そう言うとリィンはセリーヌの頭を撫でた。そしたら学院で見かけて、ミルクをあげた時のように「フンッ」と言ってリィンの手から逃れた。

 

「はは……さて、これから俺達は……どうするんでしたっけ? サラ教官?」

「……ああ、まだ言ってなかったわね、ゴメンゴメン。私達はこれから来る夜の闇に紛れて、トリスタを目指します。どうやら今は領邦軍も帝国解放戦線もトリスタには居ない様子です。恐らくは正規軍との戦いに掛かり切りなのでしょう。リィンはヴァリマールで、私達はここから主要な路線が走っている駅までヴァリマールに乗せてもらい、列車に乗ります。生徒達の殆どが実家に帰り、そして教官もわずかしかいません。ですが、ヴァンダイク学院長などの重要人物がいる限り、何人かの見張り位は要ると思うべきでしょう。トリスタに戻る理由の一つとしては、何かの情報があるかもしれないからです。私がⅦ組の子たちに教えたものの中に敵が襲撃してきて、止む無く拠点などを脱出しなくてはならない状況になったときの連絡方法などもあります。なんらかの方法での残している可能性が大きいです。それからトリスタに残っていると言うトワ会長ならば、何か情報を持っていると思います。危険はありますが、今後の予定を決める要素が沢山あの学院には残っています」

 

 それを聞いた男爵が聞いた。

 

「なるほど……して、サラ教官、一つ、お考えをお聞かせ願いたい。貴方はこの内戦、どれ程で終わると思いで?」

「そうですね。実はザクセン鉱山の事件の前にルーレで軍需工場の襲撃事件があったそうです。その事件はⅦ組と鉄道憲兵隊が解決したそうなんですが、その時に正規軍、そして領邦軍に渡されていたと思われる兵器はその時点で供給がストップしている筈です。その後、ザクセン鉱山の事件が起こり、ルーレは今も皇族、政府の管理下に置かれています。つまり両方とも持ち得る兵器には限りがあり、限りがあるためにそこまで長く続くことは無いと思われます」

「そうですか。サラ教官、我々に出来る事があったら遠慮なく仰って欲しい。出来る範囲での援助は惜しみません」

「有難うございます、男爵閣下」

 

 リィンはその後、両親をヴァリマールに乗せ、安全だと言う事を説明した。そして時計の針がもうそろそろ5時半を指しそうになり、ユミルの空に夕闇が迫りつつある頃、出発することになった。出発する時にルシア夫人がそれまで持っていたバスケットを開けて、リィン達にサンドイッチを差し入れた。

 

「お腹が空き始める頃に出ると聞いたから、あまり荷物にならない軽食を、と思ったの。エリゼにお茶も渡してますから、皆さんで召し上がってください」

 との事だった。もちろんリィン達はその好意を有り難く受け取るのだった。そしてリィンは光となってヴァリマールに搭乗した。

 

「父さん母さん、有難う。絶対戻って来るよ」

 

 両親が用意してくれた紅いジャケットを翻して。そしてヴァリマールが動き、手を差し出す。

 

「父様、母様、行って参ります。兄様達の言う事をきちんと聞いて、無理はしないように致します」

 

 エリゼはスカートの裾を持ち上げ、挨拶すると手の平に乗った。そして2名の保護者は。

 

「お世話になりました。ご子息、ご息女は出来る限りお守りします」

「美味しい食事を有難うございました。リィン達はこちらにまた帰せるよう最大限努力します。遊撃士の紋章にかけて」

 

 トヴァル、サラの順に挨拶し、手の平に。そして最後に残ったセリーヌは。

 

「またこの地に来れたらその時は美味しいご飯を期待するわ。あの子たちは良い方に行くよう導く。心配しなくても大丈夫よ。それに……おそらく、この旅でリィンは自分の正体に近づくと思うわ。でも、それであの子が色々と悩み、抱えるかもしれない。そうなっても優しく、支えてあげて欲しい」

 

 そう言うと小さな光となって吸い込まれた。そして、ヴァリマールが離陸体勢に入る。

 

「それじゃあ……父さん、母さん、そしてユミルの皆、行ってきます!」

 

 大きく膝を曲げ、背中のスラスターを起動し、宙に飛び上がった。そして少しの間滞空し、トリスタの有る南西方面に飛び去った。男爵、夫人はそれを見届けた。

 

「それにしてもなぁ……12年前、拾ったあの子があそこまで逞しくなるなんて……」

「本当に……。エリゼも。貴方が拾ってきて、私がエリゼと人形で遊んでいた時に『すまん! 温かい飯はあるか!?』って家に帰って来たんでしたね」

「そう言えばそうだったな。危険な事も多いだろうが……あの子たちの旅路に幸多からんことを祈るしかないな」

 

 そう言うと、男爵は夫人の肩を逞しい手で自分の方に抱き寄せた。夫人の肩は震えている。

 

「大丈夫……大丈夫だ……あの子たちは……絶対無事に戻って来る……」

「ええ……そうね。信じましょう、エイドスの加護を……」

 

 

続く




久々の投稿をお読み下さり、有難うございます。もしも宜しければ感想・評価・間違いの指摘などがありましたらお願い致します。適宜対応して行きたいと思います。

閃の軌跡Ⅱの発売まで1ヶ月と10日ほど。色々情報が出てきました。特にムービーには圧倒されました。続編と言う事で盛り上がりそうです。ソフトの予約をすることでランクが上がって行って、特典が凄くなって行くシステムもあるそうで。

遂にオリビエの紹介がされましたね!今回は理事長自ら戦闘に参加するのでしょうか、それよりもミュラーさんとの掛け合いを見てみたいと思ってしまいます。ミュラーさんの戦闘シーンも見たいなぁ「はああぁぁっ! 破邪顕正!」

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