士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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6.真実の陰謀論

 裏切った人間を裏切っていないことにするのは困難だ。例え切り抜けて納得はさせられても、疑心暗鬼を拭うのは更に難しい。

 

 ――だから、これから十香を本当に裏切る(・・・・・・・・・)

 

 脳内設定は既に構築できた。だが、この真実(もうそう)は士道一人では完成させることはできない。

 

 士道は十香に気取られないように、八舞姉妹、そして折紙に目配せする。これまでに何度も士道の妄言を聞いてきた彼女たちならば、きっと理解して気付いてくれる筈だ。

 これから行うのは折紙にやったように、士道の勝手な都合を押し付けるだけの我侭だ。口が裂けても十香のためだなんて言えない。

 

 それでも、救える心があるのなら――押し通す。

 正義なんて名乗るつもりはない。何故ならば、俺は闇に生きる咎人。光に導くことなどできはしない。より深い闇で世界を覆い、微かな光さえも希望の道に変えるだけだ。

 

 語ろうか、誰も犠牲にならない陰謀渦巻く世界の物語を!

 

「十香、俺は――」

「おまえがその名を呼ぶな!」

 

 十香の否定の言葉と同時に、八舞姉妹は士道を組み伏せた。

 即効で出鼻を挫かれた士道は実に無様だった。

 格好良いままで始めたかった。く、悔しくなんかない。いや、寧ろ予定通りだ! 流石は耶倶矢と夕弦、言葉を交わさずともこちらの意図に気付いてくれたか!

 

 開き直った中二病は強かった。不都合な展開や要素は忘却し、都合の良い妄想だけに目を向ける。日常においては傍迷惑な奴だが、非常事態ともなれば、あらゆる事態に動じることのない鋼の精神に映る。

 

「警告。妙な動きを見せればすぐに関節を外します」

「我が眷属を弄んだ罪は重いぞ?」

 

 迫真の演技で迫る夕弦と耶倶矢に対して、士道は抵抗する振りで話し声を隠す。

 

「……俺が合図を送るまで、二人はできる限り意味のある言葉は喋らないでくれ」

 

 地面に叩き付けられた士道は、十香の顔を見上げた。どのような経緯で八舞姉妹と知り合ったのかは分からないが、少なくとも今の士道よりは信頼されている筈だ。それを利用させてもらう。

 折紙は様子見に徹してくれている。今はそのままでいい。彼女も既にこちらの意図は汲んでいることだろう。

 これから口にするのは事実と嘘を重ね合わせた境界線上の真実。心が読むことができなければ、決して辿り着くことのできない答えだ。

 

「俺は、お前を最初から裏切っていた」

「今更命乞いでもするつもりか?」

 

 十香は歩み寄ってきて、士道をすぐ側から見下ろした。

 

「そう取ってもらっても構わない。俺は……精霊によって、人生を歪められた」

 

 琴里と共に確認した五年前の記録。そこに映された正体不明の精霊。あの精霊が士道と琴里の人生を大きく歪めたのだ。

 

「それがお前に会いに行った理由だ」

 

 わざと勘違いさせるように言う。悪意などないのに、悪意があったように感じさせる。

 

「……ッ!」

 

 十香は怒りよりも悲しみを露わにした。どこまでも優しい少女だ。だからこそ、ここまで歪ませてしまった。

 

「折紙も同じだ」

 

 名前の呼び掛けを合図に、折紙は舞台に上がる。

 

「私は、精霊に両親を殺された」

 

 ここに二人の復讐者が誕生する。一人は復讐する気がなく、もう一人は既に復讐を終えている。嘘だけど本当。十香にそれを調べる術はないけれど、できる限り嘘の割合を少なくする。それがせめてもの誠意だった。

 

「ふふ、ふふふっ……要するに、おまえたちは、自らの手で私を殺すために懐柔しようとしていた訳だな」

「それは違う!」

 

 このタイミングで反論すればどうなるのか。

 答えは至極単純だ。

 

「何が違う!? おまえは何度、私を虚仮にすれば気が済む?」

 

 激昂する。これで思考を更に乱すことができた。

 その殺気だけで人を殺せるような鋭い視線が、士道の心臓を鷲掴みにした。呼吸が乱れそうになる。動揺が表情に表れようとする。

 

 耐えろ。耐えて、耐え抜いて、演じ切ってみせろ。

 今度は失敗しない。自分のせいで絶望する誰かが居るんだ。救わせてくれ。お願いだ、彼女に笑顔を取り戻させてくれ。

 

「さあ、本当のことを答えろ!」

「違うと言っている!」

 

 ここで屈してたまるものか。

 真実はまだこの先にある。ここで、物語を完結させれば勘違いと擦れ違いのまま、現実如きに敗北してしまう。

 

「俺はお前を傷付けるつもりも、ましてや殺すつもりなんて無かった!」

「私も同じく、彼に賛同している。今の私は、あなたに害意を持たない」

 

 ただの外道に光が宿った。ここからだ。どんでん返しで巻き返してみせる。

 十香の士道を踏み付けようとした足が空中で止まり、地面に下ろされた。

 

「それなら、私に近付いて何が目的だった!?」

 

 正念場の連続だ。これ程までに<無反応(ディスペル)>をありがたく感じたことはない。

 折紙との会話がどこからどこまで聞かれたのかは分からない。しかし、すべて聞かれたことを想定して動くことが無難だろう。設定の整合性を失わないように、細心の注意を払い突き進むんだ。

 

「最初は精霊に対する復讐だった」

「だった……だと?」

「でもこの世界の黒幕に気付いた。俺は、俺たちの復讐心は利用されていたんだ」

 

 悔しそうに拳を打ち付ける。何度も血が滲むぐらいに繰り返した。込める意味はまったく別物だけど、宿した想いは同一だ。

 十香を孤独にさせてしまったことが悔しい。もっと注意深く行動するべきだったのに、それを怠った。この危機を招いたのは自分自身だ。

 

「そして……俺もまた、お前を復讐に利用しようとしていた! 奴らに一矢報いるためだけに、お前を傷付けた」

 

 士道が項垂れることで、耶倶矢と夕弦にバトンタッチする。

 妄想を舐めるなよ。たかが全人類に共有された認識(げんじつ)がなんだというのだ。

 俺の、俺たちの真実で、そんなものはぶち壊してやる!

 

「まさか、貴様らも騙されていたというのか? あの悪名高き『機関』の連中に!」

「驚愕。二人も機関の被害者だったのですね」

 

 現状で最も信頼している相手の口から出た、新たなる敵の存在。それは十香にとっては予想以上の衝撃となるだろう。

 

「機関だと? なんだ、そいつは? あの空を飛び回るメカメカ団とは違うのか?」

 

 戸惑う十香に折紙が答えた。

 

「所詮は末端。何も情報を与えられず、ただ精霊を戦わされているだけ。でも、私は士道のお陰で気付くことができた。私の両親を殺したのは精霊。でも、それはあなたではない」

 

 士道がそれを引き継いで語る。

 

「機関は復讐心を利用して、精霊をこの世界から駆逐しようとしている。なんの罪もない精霊を! 俺は……その真実に気付いて、機関に逆らおうと思った。だが、所詮は個人の力では機関に捻り潰される」

 

 そう、すべて裏で画策していたのは機関だったのだ。なんて卑劣な組織なのだろうか。無垢なる少女を世界から排除しようと企み、そのためならばあらゆる外道な方法を躊躇いなく実行する。

 これより語るのは事実だが偽りの計画。

 

 ――機関の目を欺き精霊を手に入れる。

 

 その強大なる力を所有するために、士道と折紙は協力していた。

 

「では、精霊を消すと言っていたのは……なんだったのだ!? おまえ達は確かに口にしていたぞ!」

「……俺には、精霊の力を奪い取る能力――<王の簒奪(スキル・ドレイン)>がある」

「力を奪うだと? それは結局、私を殺すのと変わりないではないか!」

 

 次の正念場だ。頼む、夕弦、耶倶矢……気付いてくれ!

 士道はポケットから赤色のカラコンを取り出して素早く取り付ける。

 

「そ、その魔眼はっ!?」

 

 耶倶矢が意味を明確にしないリアクションでフォローしてくれた。これで、士道は会話の主導権を握ったまま進行できる。

 

「……そうだ、あの時とは雰囲気が変わっていたから気付かなかっただろう。お前達の力を奪い取ったのは俺だ」

「動揺。夕弦と耶倶矢を救ってくれたのはあなただったのですね」

「俺は救ってなどいない」

「否定。あなたが救ってくれたのです」

 

 十香は八舞姉妹の反応に戸惑う。

 

「ど、どういうことなのだ?」

 

 八舞姉妹は士道の拘束を解くと、十香に改めて自己紹介を行った。

 

「我は颶風の御子――天空の支配者とまで謳われた精霊、そして今は人間の八舞耶倶矢だ」

「追随。夕弦も精霊であり、今は人間の八舞夕弦です」

 

 後退る十香に、士道は止めの一言を口にした。

 

「俺が力を奪い取った精霊は人間になる。そうすれば、もう機関に追われることなく、平穏に暮らすことができるんだ。でも……お前を騙していた事実は変わらない。お前が力を奪うことに同意しないことを考えて、わざと近付いた目的を話さなかった。信頼させ、そして……お前から力を盗み取ろうとしていたんだ。どれだけ詫びようとも罪は消えない……だが、謝らせてくれ。本当にすまない」

 

 ようやく繋がった。ただ胡散臭い裏切り者だった存在が、十香の中で姿を変える。

 信じてもらえるラインを見極めて、徐々に詰めていく。完全に詐欺師の手口だった。それでも救われる心があるのならば――幾らでも汚名は背負うし、罵られても構わない。

 こうなれば、悪意を隠さなかったのが、まるで誠意的に映る。終わり良ければすべて良しと言うように、最後の印象で人は認識を大きく左右されるのだ。

 

「う、あ、ああっ」

 

 混乱が極まって、十香は頭を押さえ込んで震えていた。早口に動かして何か呟いているが聞き取ることはできなかった。

 

 

    *

 

 

 十香は混乱の中にあった。裏切りを指摘すれば、無様に命乞いをするかと思ったが事態は予想外の方向に動いて、振り回されて、そして正反対の位置に着地した。

 言い争った時の怒りに触発されて、凍り付いていた他の感情が目覚めていた。

 涙が零れそうになっているのが、果たしてどの感情によるものなのか分からない。

 

 ふと、八舞姉妹に連れられて入ったカラオケの記憶を思い出す。警戒するのが馬鹿らしくなるぐらい、二人は無警戒で決して敵意を向けてくることはなかった。

 愉快な音楽が鳴り響き、色取り取りの光が乱舞した。

 

「……宴か」

 

 歌って踊って笑い合う。一歩踏み出せば、混ざることができる。

 時を止めた心は、再び針を前に進めることを求めた。しかし、それを許さなかった。もう裏切られるのが嫌だったから。

 でも、もしもの話だ。もしも、本当は裏切られていなかったのならば――私はどうしたいだろうか?

 

「もう一度、名前を呼ばせてほしい」

 

 士道が真っ直ぐに手を差し伸べてくる。

 初めて出逢った時、取ることのできなかった手が再び目の前に現れた。

 

「私は、シドー……おまえを信じていいんだな」

 

 士道は首を横に振った。

 

「決めるのは俺じゃない」

「そうか、そうだな。私は――おまえを……やっぱり、信じることができないようだ」

 

 壊れ掛けの街灯が瞬いた。光と闇が交互に顔を出し、まるで十香の迷いを表しているようだった。

 肩を落とす士道に、今度は十香から手を差し伸べた。

 

「だから、信じさせてほしい。この世界のことをもっと教えてほしい。色々な場所へ連れて行ってほしい。私とたくさん話をしてほしい」

 

 十香は涙を流していることに気付いた。今ならば分かる。この涙は砂埃が入ったからでも、絶望に沈んでいるからでもない。希望を見付けて縋ろうとする――迷子の懇願だ。

 

「やりたいことが、見たいものが、知りたいことが、いっぱいいっぱいあるんだ。それを全部、私に教えてほしい」

 

 メカメカ団と私だけの戦場ではなく、カラオケのように楽しい場所を知りたい。この世界の魅力をこの目で確かめたい。そして、できるのなら、この世界で一人の人間としてただ平穏を過ごしたい。

 

 ――壊れ掛けの街灯が点灯する。その光が揺らぐことはなかった。

 

 光が見守る下で、十香の手に、士道の手が繋がれる。

 二人の結び目に八舞姉妹が加わって、まるで円陣のようになった。

 士道、夕弦、耶倶矢の三人で期待の眼差しを向けると、折紙が渋々といった様子で手を重ねた。

 

 十香と折紙が睨み合うが、やがて二人は視線を逸らして落ち着いた。

 夜闇に街が沈んでいく。しかしお姫様のご要望だ。

 

「もう遅い時間だが、寧ろこれからが本番だろう?」

 

 この世界を思う存分、味わってもらおう。

 

「さあ、俺たちの」「我らの」「夕弦たちの」「…………」「わ、私たちの?」

 

 ――戦争(デート)を――

 

「始めよう」「始めるぞ」「始めます」「…………」「は、始める?」

 

 状況を理解できていなかったり、無言のままだったり、てんでバラバラの掛け声を上げたり――どこまでもズレたままの一同は、ようやく繋がり合った。

 

 よく分からないし、受け入れられるかと訊かれれば頷くのは難しい。

 それでも、零れ落ちる涙が温かいものに変わったことが、十香の抑え込もうとする想いを表していた。

 

 ――この瞬間を十香は忘れないことを誓う。

 

 例え未来に、どんな困難が待っていようと、きっとこの瞬間だけは。

 十香は光を取り戻した瞳で、繋がり合った手を見詰めた。

 口端を緩めて目を細める。

 それが、この世界で見せた、十香の初めての笑顔だった。

 

 




 間を開けないことが秘訣。絶望の対策はお早めに。
 絶望さん、さようなら。私、本当はイチャコラさんが好きなの!

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①嘘は最小限に留める
②安易に『味方』であることを強調しない
③信頼は他人の口に語らせる
④段階的にゆっくりと相手の認識を誘導する

 どう見ても、ただの詐欺師です。本当ありがとうございました。

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