ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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そして――

 

 

 

 メガトロンの記憶を持つルイズには分かった。その姿や声音は間違いなく、かつて自決を選んだプライム達のものなのだろう。特徴的な鬣や痩身を見れば一目で分かる。ただ一点だけ。ルイズの見たかつての光景とは異なる物があった。

 その眩い後姿の数が、一つ増えて。六から七になっていたことを除けば。

 

 

 

 

 ――――――我々は君を見てきた。長い長い間ずっと。

 

 

 

 

 ――――――君は我らが同朋である彼らのために闘ってくれた。勇敢に犠牲を問わず。

 

 

 

 

 ――――――リーダーにふさわしい素晴らしい行いだった。

 

 

 

 

 ――――――君はまだ命尽きる定めにはない。我らの秘密。その一片を授けよう。

 

 

 

 

 ――――――目指すべき答えとは、いずれ出遭うものなのではない。自らの手で勝ち取るものなのだ。

 

 

 

 

 ――――――メガトロンの下へ戻れ。そして見届けてあげて欲しい。彼が勝ち取ったその答えを。その結末を。

 

 

 

 

 ――――――慰めの言葉も労わりもいらない。ただ見届けてあげて欲しい。ただ傍にいてあげて欲しい。孤高であるメガトロンにとってそれこそが唯一の餞になるのだから。

 

 

 

 

 

 七人の後ろ姿は何物にも代えがたいほど美しく輝いて見えた。メガトロンだけではない。その師匠もまた結果として救われたのだろう。誇るべき矜持に殉じた仲間達。その気高さや誇りある姿にフォールンが恋い焦がれることはもうないのだ。過去に取り残された仲間を加えて、その誇りある眩い姿は完成された。憎しみに墜落したかつてのフォールンはもう居ない。トランスフォーマーの誇りあるプライム。その始まりは墜ちた者という汚名を雪ぎ、本来の気高い姿を取り戻したのだった。

 

 

「――――ああ。良かった。本当に良かった。」

 

 

 眩い光に包まれながら母なるサイバトロンへと帰っていくプライム達を見てルイズは心の底から安堵した。その光景は微睡の中で見た刹那の幻だったのかもしれない。だが、幻でも構わなかった。狂乱の檻に囚われたフォールン。憎しみに憑りつかれ悪鬼のように険しかった彼が見せた最後の表情。それがあんなに穏やかで優しげなものに変わっていたのだ。その木漏れ日の様な柔和な顔を見れただけでも、もうけものというべきだろう。わずかばかりだが、サイキックエネルギーで精神を凌辱された屈辱も癒されるというものだ。

 そうしてルイズは微睡から目覚める。

 

 

「今日もいい天気。シエスタなら絶好の洗濯日和だって言ったのかしら。」

 

 

 多大な魔力消費。身体に穿たれた巨大な貫通痕。その傷穴から失った大量の出血など、ルイズは間違いなく死亡した。しかし、彼女はまだ生きている。絶命した命が強力なダークマターエネルギーによってかろうじてその命脈を保ち、プライムの秘宝によって完全なる蘇生を遂げた。

 絶命した使者が甦るという奇跡の裏には、奇跡とは程遠い必然が隠されていた。何故ならば、奇跡とは諦めを踏破し、最後の最後まで足掻き続けた者のみに微笑むからである。

 

 

「おはようドクター。相変わらず飲んだくれているわね。そんなに呑み過ぎていると身体の調子を損っちゃうわよ。大丈夫?」

「うるせぇバカヤロー。俺は全然酔っぱらってなんかいないんだよ。うーぃ。チクショー。何でメガトロン様は俺を置いていっちまったんだよ。よりにもよってこんな未開の何にもない星によー。やってられねぇよこんちくしょーめ。」

「クスクス。そんなに腐らないでちょうだいドクター。貴方の居た場所に比べればここは何もないところよ。でも一から新しい技術を社会に普及させるっていうことも乙な面白味があるかもしれないし。そう悲観しないで。ドクターの助力もあって、私たちの生活はこれから随分と楽になるわ。本当に助かってる。」

 

 

 カーテンから洩れる暖かな光を感じてルイズは目覚めた。寝所のベッド脇には赤い顔をしたドクターがうなされていた。醸造エタノールを呑み過ぎてよっぱらっているのだろう。コルベールと共同での研究は工業技術のみに留まらず、食品生産などの様々な分野にも実践されている。研究の進捗状況は上々らしい。学内ではハイテンションなコルベールの反応がいつでも見られるくらいなのだ。加えて、工場にて生産された酒も出荷を控えている。中々の売り上げが期待できそうだ。

 

 

「うーぃ。うーぃ。」

「この星に残されて貴方は面白くないかもしれない。でもね。ドクターをここに残したメガトロンの思惑も考えて欲しいの。」

「あぁ? メガトロン様の思惑だ?」

 

 

 ルイズの言葉に対して訝るドクター。しかし、ルイズは怯まない。唸るドクターを前にしてもその瞳は何処か遠い場所を見つめていた。その先にいるメガトロンを思いやるように、ルイズは達観している。その瞳は既に、以前までのルイズではなかった。

 

 

「そう。メガトロンの思惑よ。とても賢いドクターなら何となくでも気づいていたんじゃないかしら? 私の中にメガトロンの失われた記憶が隠されていたことを。その事実を知っていても見逃してくれていたのよね。敢えて私を泳がせた。それは何故か? それはメガトロンを戦場から離れた場所に留めておきたかったから。敬愛する総司令官を戦いという終わりの無い泥沼から遠ざけておきたかったから。」

 

 

 ルイズの瞳はドクターを見つめている。その瞳は全てを見通すように、透明だった。何もかもを知り抜いているような超然とした雰囲気。その空恐ろしい態度を纏うルイズを前に、ドクターは何も言い返せない。その口から発せられる言葉は過たず正鵠を吐いているからだ。まるで、あの破壊大帝の様に。

 人間とは思えないような奸智。その貫くような視線を持つルイズにドクターは射竦められていた。

 

 

「でもね。ドクター。貴方も賢いけれど、メガトロンもとっても賢いのよ。貴方の目論みを破壊大帝は看破している。戦場から引き離しておきたいという思いが例え善意のものであろうとも関係なかったのね。メガトロンには。だから懲罰的な意味合いもあると思うのよ。よくも俺様の状態を見逃したな、っていうね。だから、貴方はメガトロンの傍ではなくここにいる。この場に残れと命令されたのよ。」

 

 

 死から復帰したルイズに何が起こっているのか。ドクターには分からなかった。あの戦場でドクターはルイズを治療した。だが、既に絶命したという事実までは如何にドクターでも変えられない。行われた治療は巨大な貫通痕という致命傷を塞いだことだけ。ただそれだけのことをしただけなのに、ルイズは目を覚ました。

 死から目覚めた少女は変わっていた。それまでとは明らかに。より聡明に、より賢く、より恐ろしい騎士になっていた。

 

 

「言われるまでもねぇ。分かっているんだよ。そんなことわ。」

 

 

 舌打ちをしながらドクターはルイズの部屋を後にする。誰にとっても心の内を見透かされることは気持ちの良いものではないだろう。ドクターもそうだった。聡明すぎるルイズとは一緒に居づらいのかもしれない。最近ではルイズよりもコルベールと時間を共にする機会のほうが多いくらいだ。

 舌打ちをしながら部屋を後にするドクター。コルベールの研究室へと向かうその後ろ姿を気にかけながら、ルイズは一人空を見た。窓から吹くハルケギニアの薫風。その温かな風を感じながら、メガトロンの隠したもう一つの思惑をルイズは語る。

 

 

「ドクターをこの星に残した理由は、罰だけじゃあないんでしょ? 罰だけじゃなくて感謝もしている。だから、この星に残した。迫りくる危険からドクター達を遠ざけたかった。軍団の総攻撃にドクター達を参加させたくなかった。健気な忠臣に対しては如何に貴方でも冷酷になりきれないものね。誇り高いドクターにはこんなことを直接命令しても聞き入れる訳がないし。懲罰という形式にしたことは間違っていないと思うわよ。」

 

 

 そしてルイズは瞼を閉じる。かつて見た結末の光景を想像しながら。

 

 

「――――メガトロン。貴方は死を覚悟しているのね。そうでもなければオプティマスには立ち向かえない。貴方が恋い焦がれる宿敵はとっても強いものね。それこそ時には貴方を凌駕しうるほどに。破壊大帝を打倒してしまう程に。だからこそ、貴方が恋い焦がれるのでしょうけど。」

 

 

 言ってルイズは部屋を後にする。向かわなければならない場所がある。いつまでも部屋でのんびりとはしていられないのだ。閉じられた窓。空を映す鏡からはもうハルケギニアの風は入ってこない。主を失った部屋は、再び沈黙を取り戻す。メガトロンにもう会えないと分かったルイズの心。その心象を映し出すように、室内は穏やかに静まり返っていた。

 

 

「おはようキュルケ。今日もいい天気ね。」

「おはようルイズ。…………身体の具合はどう? 何か痛みが残るところは無いの?」

「大丈夫。ドクターの治療に間違いはないから。それに、私のことはいいの。それよりもシエスタよ。シエスタの具合はどう? 今日はキュルケが朝から容体を見ていてくれたのよね。何か変わったところはなかった?」

 

 

 ルイズの問いにキュルケは黙って首を振った。無言の否定。キュルケによって救出されたあの時から何も変わらない。シエスタは変わらずに眠り続けている。ただ、眠りつづけていた。目の前の悪夢が終わるよう祈る子供の様に。眠りに浸ることでシエスタは目の前にある現実を拒否し続けた。

 地獄のようなタルブの戦場においてシエスタは奇跡的にも生還を果たした。しかし、相当の代償を負って。それこそ、死んだ方がましだったのではないかと思えてしまう程に重い苦痛を味わいながら。

 

 

「…………私には分からないけれど。このまま眠りつづけたほうがシエスタにとって幸せなのかしら。」

「そうかもしれないわね。シエスタはとても家族思いの子だったから。働きに出たことも家族の為を思ってのことだったそうよ。きっと幼い弟妹達を学校へ行かせてあげたかったんでしょうね。目の前で野党に両親を殺されるなんて体験は、特に辛いでしょうね。言葉に出来ない程に。凄まじく。ドクターによれば治療は完璧に終わったそうよ。身体は何処も健康そのもの。でも、心が身体に追いついていない。肉体に意思が伴っていないともいっていた。」

「…………身体に心が追い付いていない?」

「そう。つまり、目が覚めるかどうかは本人次第。これだから人間は面倒くさいとドクターは言っていたけれど、それでもやっぱりシエスタの努力に期待するしかないわね。私たちに残されたことは、こうして待つことだけ。シエスタを信じて待つことだけよ。」

 

 

 地獄からの脱出賃。野盗の集団という絶体絶命の窮地においてシエスタは代償を差し出した。まだ幼い弟妹たちを助けるために、差し出されたもの。

 それは、両親の命と、シエスタの身体だった。

 

 

「いけない。もう行かなきゃ。姫様に王宮へ来るようにと言われているの。だから、シエスタの事をよろしくねキュルケ。私はしばらく学院には帰れないみたいだから。」

「…………ちょっと。帰れないってどういうことよ。シエスタのことは任せられたけど、急に学院を離れてどうするの? まだ二学期が始まったばかりなのに残された授業は?」

「アルビオンとの冷戦はまだ継続中よ。多分姫様からの相談も対アルビオンについてのものだと思う。命令の内容はまだ分からないけれど、課される任務によっては長期に渡って取り組まなきゃいけないかもしれない。だから、しばらく私は学院を空けようと思うの。もう話は通してあるわ。オールドオスマンは学院長を辞してしまったから、学院長代行を務めるコルベール先生にね。それなりの融通はしてくれるそうだから進級は無事できそうよ。それに――――――――」

「それに?」

「シエスタの両親を殺して、シエスタに乱暴をした野盗たちは、スコルポノックにしっかりと一人残らず殺してもらったから大丈夫。私が学院でやるべきことはもうあまりないから。」

 

 

 ルイズは優しげに微笑みながらそう言った。優しげな微笑みとは裏腹に、言葉の内容は残酷だ。何処までも酷薄で現実的。血に塗れた少女の微笑みを見てキュルケは思う。ここまで残酷なことを以前までのルイズは平然と言っていただろうか。頼もしいが頼もしすぎた。それこそ旧来の中であるキュルケが恐ろしく感じてしまう程に。あの地獄のような戦場がルイズを変えてしまったのか。それともメガトロンとの離別がルイズに何かしらの影響を与えたのだろうか。キュルケは悩むが答えは出ない。ただ、ルイズが以前までとは変わってしまったということだけは確かだった。

 

 自分の手が届かない所まで成長し、進化したルイズ。血に塗れる美しい少女は一人でもその戦いを続けている。

 しかし、キュルケもただ黙してはいない。孤高の戦いを続けるルイズを前にしても彼女が怯むわけにはいかなかった。双月が美しい夜に結んだベッド上の誓いはまだ生きている。その誓いをキュルケは一時も忘れていなかった。

 

 

「シエスタの安否はドクターに任せましょう。ルイズ。宮殿へは私もついていくから。どんな任務を命じられるのかは知らないけれど、私は貴方を一人にはしないわ。決して。」

「クスッ。大げさねキュルケは。私は別に一人じゃないわ。キュルケもいる。タバサもいる。ドクターやラヴィッジ。スコルポノック。沢山の仲間が私を支えてくれる。だから、私は戦えるの。いままでもこれからも。」

「後、タバサも連れて行きましょう。宮殿まではシルフィードに乗った方が断然早い。もう、ミスタはいないんだもの。私たちだけでなんとかしなきゃ。そうとわかれば善は急げね。すぐにタバサを呼んで来るからちょっと待ってて頂戴。」

 

 

 慌ただしく廊下を走るキュルケ。協力を惜しまない仲間の存在は何よりも頼もしいものだった。仲間の背中を頼もしく感じながらルイズは空を見た。窓から覗くハルケギニアの空。蒼く澄み渡る空にもうメガトロンは飛び回っていない。いまごろは何処かルイズの与り知らない場所を飛び回っているのだろうか。もうあの絶対的な力にルイズが頼る訳にはいかない。メガトロンの庇護という恩恵はもう存在しないのだ。

 だが、それでも変わらず明日は訪れる。変わらずに問題はルイズに降り注ぎ続けるのだ。ならば、独力で何とかしなければならない。自分自身の力で、前に進まなければならないのだった。

 

 今際の際のこと。メガトロンにマスターと呼ばれた事実をルイズが知ることはない。しかし、ルイズは変わらずにルイズである。自分が守りたいものの為に彼女は戦う。目の前に広がる茨の道をルイズは進み続けるのだ。

 

 

 

「メガトロン――――貴方は貴方の戦いを。私もここで頑張るから。ここで逃げることなく自分の戦いを戦い抜くから――――」

 

 

 

 後に王家を守る騎士としての役割をルイズは課せられることになる。アンリエッタの女官としてルイズはトリステインを、ハルケギニアを守護し続けた。鋼鉄の使い魔たちを傍らに従えて。

 どこまでも透き通ったハルケギニアの空がルイズを照らしている。ルイズの歩むことになる厳しい道程とは対照的に、雲一つない空はどこまでも透き通って美しかった。空を駆ける小鳥の鳴き声。耳を楽しませるその囀りに癒されながら、ルイズは懐かしむ。かつてハルケギニアに君臨した破壊大帝の威容を。

 

 

「今日も、いい天気。」

 

 

 立ち止まる暇などありはしない。ただ目的へ向けてその歩を進める。目指すべき目的へ向けて。勝ち取るべき答えへ向けて戦い続ける。鋼鉄の使い魔と結んだかつての約束と違うことなく、蘇生したルイズは自らの戦いを始めた。誰に頼るでもなく、誰に促されるでもなく自分から。

 

 伝説を紡ぐ者として、ピンクブロンドの美しい少女は険しい茨の道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして――――――長い長い時が過ぎた。幾つもの戦乱を。幾つもの困難を。幾つもの試練を乗り越えた先。ルイズとメガトロン。運命の出会いを果たした二人は、その答えを勝ち取るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ルイズ…………? どうしたんだ。こんな雨の強い日に外へ出て。それに外套も身に着けていないし、風邪をひいてしまう。早く中へ入ろう。身体を冷やしちゃだめだ。」

「いいのよサイト。…………大丈夫。私は行かなきゃいけないから。先に部屋で待っていて頂戴。」

「行くってどこへ? こんな雨の強い日に行かなきゃいけないのか?」

「うん。……声が聞こえるから。どんな時でも私は行かなければならない。」

「…………声?」

「そうよ。声が聞こえるの。――――――メガトロンが私を呼んでいる。私を呼ぶ声が聞こえる。だから、行かなきゃ。」

 

 

 

 雨の降りしきる真夜中の時分。一組の男女が丘までの道を歩いていた。学院から使い魔召喚の丘まではそう遠くないが短くもない道程がある。月が出ていれば歩くことに苦労もないだろう。しかし、ハルケギニアの美しい月も雲に隠されては、その輝きを発揮できない。男が持つランタン。特殊な機械式の明かりが足元を照らす唯一の灯だった。

 

 

「悪いわねサイト。ここまで付き合ってもらって。」

 

 

 一人目は美しいピンクブロンドが目立つ妙齢の女性だった。目鼻立ちの整った顔と美しいスタイル。折り目正しい所作とその身に纏う落ち着いた雰囲気は特別な人間のみが持つ洗練されたもの。雨に濡れようとも陰らないその美しさは模範的な貴族の在るべき姿を体現していた。

 男のエスコートを支えにして、丘までの道を進んでいる。その瞳は全てを予期するように透き通り、全てを理解するように達観していた。

 

 

「別に構わないよ。エスコートすることも、使い魔の役目だろ?」

 

 

 二人目は精悍な顔つきをした青年だった。鍛え上げられた肉体に、動きに易い衣服が身に着けられている。無駄な装飾がないその衣服は直ぐにでも戦いに挑めるよう配慮されたものなのだろう。背中には身の丈ほどの大刀が吊られている。余程使いこなしているのか、その柄は手油でやや黒っぽくなっていた。無駄のない所作。周囲に目配りする油断のなさなど、彼は間違いなく戦士だった。それも、相当に上の部類に入る手練れだった。

 

 

「俺は嫌だぜ。こんな雨の中で行軍するなんざ錆ちまうっつうの。何考えてやがるんだこの小娘は。」

「デル。五月蠅い。後でメンテするから今は黙っててくれ。」

「本当かよ? 絶対だぞー。忘れるなよー。」

 

 

 カタカタと柄を鳴らして喋る大剣を何とか懐柔して、二人は先を急いだ。喋る魔剣・デルフリンガーは五月蠅いが、その指摘は間違っていない。この降りしきる雨は衣服に染み込み容赦なく体温を奪っていく。外套も身に着けずに進むなんて風邪をひきたいと言っているようなものだった。サイトはまだ平気だが、ルイズの唇はやや震えていた。女性の身にこの寒さはやはり厳しいのだろう。引き返すように言いたかったが、そうもいかない訳があった。ルイズの表情を見てサイトは口を噤んでしまう。二の句を継ごうとした唇が動かなくなってしまった。

 何故ならばあのルイズが泣いているからだ。頬に付いた雨ではなく本当の涙。幾つもの戦いを共に潜り抜けてきたサイトでさえも見たことがない表情。数えるほどしか見たことがないルイズの涙はランタンの明かりを写して臙脂色に煌めいた。

 

 

「――――ッ! 下がれルイズ!」

「いいの。大丈夫。落ち着いて頂戴サイト。…………剣をおろして。」

 

 

 使い魔召喚の丘。見晴らしの良いその場所までたどり着いた二人の前に何かが出現した。空間を割り開いて、現れた異形。只ならぬ雰囲気を発するその異形は燃えるような赤い瞳で二人を見つめていた。危険を感じたサイトはすぐさま抜刀。臨戦態勢へと突入する。

 しかし、ルイズの制止を受けて、再び大剣を鞘に納めた。指示をするルイズも、指示を受けたサイトにも動揺は無い。それらたったの一挙動だけを見てもはっきりと分かる。二人の間に結ばれている信頼関係が、どれだけ強固なものなのかということが。互いを強く信頼しなければ、このやり取りはありえない。

 

 目の前にいる異形も、二人の強固な信頼関係を微笑ましく思ったのかもしれない。僅かに身じろぎをする異形。顔にまかれた襤褸。その奥から覗く瞳は紅蓮の様に燃え盛っているが、どこか暖かい色を湛えていた。

 

 

「こりゃーおでれーた。こいつもトランスフォーマーなのか? 空間転移だなんて超高等魔術じゃねぇか。そんな魔法を使える個体がいたなんて知らなかったぜ。あー…………、でも前戦った連中と比べれば随分とぼろっちいなぁ。こんなにぼろいんじゃぁ何もしなくてもそのうちぶっ壊れるんじゃねぇか?」

 

 

 デルフリンガーの指摘通り。二人の前にいるトランスフォーマーはボロボロだった。全身が錆に覆われ、赤茶けている。右腕はもぎ取られ、無残な傷跡が晒されているのみである。残る左腕も無事ではない。幾本かの鉄線で、かろうじて繋がっているだけという有様だった。顔に巻かれた襤褸は傷跡を隠すためのもの。右半分の顔が強烈な一撃によって破壊されていた。

 見渡す限りが損壊だらけ。無事な部分を探すことが出来ない程にその異形は壊れきっていた。朽ち果てていた。風雨に曝された墓標のように。

 

 

「このトランスフォーマーが現れることをルイズは知っていたのか?」

「ええ。……そうよ。」

 

 

 死を目前にまで控えたトランスフォーマー。錆びついて壊れ切った異形の前にルイズは立つ。その瞳から溢れる涙はそのままに。その異形の名を口にした。

 

 

「――――ざっと10年ぶりという所かしら。お久しぶりねメガトロン。」

「メガトロン?! これが? ちょっと待ってくれルイズ。俺が地球で見たメガトロンはもっと大きかったし、こんなにボロボロじゃなかったぞ。何かの間違いじゃないのか。あの破壊大帝がこんな――――」

「こんな朽ち果てた姿じゃなかった。…………でしょ? 本当にね。私もそう思うわ。…………本当に。…………本当に。」

 

 

 ボロボロと涙を流すルイズ。普段見せないマスターの涙を前にしてそれ以上の言葉をサイトは紡げない。

 どんな時も冷静沈着。絶体絶命の窮地に追い詰められようとも、優しげな微笑みをルイズは常に絶やさなかった。受け継がれた虚無の魔法とずば抜けた聡明さ。サイトが使い魔として幾つもの戦場を生き抜いてこれた最大の理由もルイズである。誰よりも何よりも頼れるマスターが傍にいてくれる。伝説と謳われたゼロのルイズがいてくれたからこそ、どんな難関も突破できる。

 その確信があったから、サイトは復讐に狂った過去を抜け出せたのだ。

 

 

「デル。戻ろう。俺たちはここにいちゃいけない。ちょっと口惜しいけど、この場は二人だけにしてあげたいんだ。」

「あーそうみてーだな。どう考えても俺たちはお邪魔虫だ。とっとと戻ろうぜ。後戻ってからのメンテは忘れんなよー。絶対だぞー。」

「ハハッ。分かってるよ。」

 

 

 強い信頼関係でルイズと結ばれているサイトだからこそ分かった。ルイズの言葉に嘘はない。目の前にいる壊れかけたトランスフォーマーは指摘通りあのメガトロンなのだろう。地球では暴虐を誇ったメガトロンが何故これだけ消耗しているのか。何故地球ではなくここハルケギニアにやってきたのか。ルイズとメガトロンにはどのような過去があるのか。どのような関わりを経てルイズとメガトロンはここにいるのか。

 問いたいことは幾らでもあった。だが、今じゃない。今は二人の邪魔をしていけない、とサイトは強く思った。あのルイズが涙を流している。周囲に弱みを見せたがらない彼女の心境を慮れば、使い魔である自分もここに居ない方が良いのだろう。

 

『私が不安がれば、皆が慌てる。皆に不安を与えたくないから、私だけは何時も微笑んでいなきゃ。』

 

 操り人形と化した竜騎士軍団。生きながらにして亡者となった不死の軍団を前にして、かつてルイズはそう言った。その窮地にも決して見せなかった落涙。周囲を憚ることなく涙を流すルイズに必要なものは慰めではない。慰めの言葉などいらないのだから。それくらいは鈍いサイトでも察することが出来た。

 

 

「ルイズがドクターやラヴィッジを連れてこなかった理由がよく分った。こういうことだったんだな。」

 

 

 機械式の特別なランタンをその場においてサイトは学院への道を歩き始めた。もう雨は止んでいるし、雲間から覗く月明かりが前を照らしてくれている。まだうっすらとした明かりだが、帰途に問題はないだろう。何度も通った道だ、目を瞑ってでも帰り方は分かる。

 大剣を背負う青年はその場を離れた。ルイズとメガトロン。美しい女性と壊れかけた異形がその場に残される。雲間から覗くハルケギニアの双月。赤と蒼の鮮やかな月光が二人を照らしている。

 

 

 

「随分とボロボロね。メガトロン。――――そんな有様で本当に戦いを続けられるのかしら。」

「まだ戦いは終わっていない。まだだ。まだ終われない。サイバトロン星の呼び声が聞こえる。――――まだだ。まだ終わっていない。サイバトロン星の復興はまだ道半ばだ。まだ――――――ここで俺様が倒れる訳には――――――」

 

 

 月光に照らし出されて浮かび上がる歪な幻想。ルイズの期待していた理想は現実の前に脆くも崩れ去った。分かっていたはずだった。理解していたはずだった。かつて見た結末の光景がいずれ訪れるのだということを。この結末に至ってしまうのだということをルイズは知っていた。

 それでも、愕然としてしまう。分かっていても強い衝撃を受けずにはいられなかった。

 

 

「最後の力を振りしぼって……貴方はここまで来てくれたのかしら。今際の際。かつて結んだ約束を貴方は忘れていなかったのね。………………ねぇメガトロン。私の言葉が分かる? 私の言葉が聞こえますか?」

「………………。」

 

 

 ぶつぶつと独り言を呟くメガトロン。ルイズの言葉に対する返答は一切見られなかった。既に意識が混濁しているのだろうか。その紅蓮の瞳。燃え盛るようなメガトロンの隻眼には目の前にいるルイズすら写っていない様だった。自分の言葉が届かない。あれだけ会いたかったメガトロンが今此処にいるにも関わらず。自分の意思が通じない。そのもどかしさが悔しかった。

 あれだけ覚悟を固めていたのに、あれだけ理解していたはずなのに。それでも決壊してしまうルイズの思い。ギリギリの所で押さえていた感情の奔流を、そのもどかしさが解き放つ。

 

 

「私は――――。メガトロン。私は貴方に謝りたかった!! 故郷を取り戻したいっていう貴方の悲願を奪い去って、使い魔として使役した。破壊大帝である貴方をこれ以上ないほどに卑しめた。本当にごめんなさい! どれだけ謝ってももう取り返しがつかないんだって分かってる! 許されない行為をしたんだってことも私が一番知っている! それでも私は貴方に謝りたかった! 貴方を召喚して、貴方に出遭えて本当に嬉しかったから!!」

 

 

 メガトロンへと伝えたいことがルイズには山ほどあった。たった数言の言葉ではとても伝えきれないような万感の思い。信愛・劣情・敬意・増悪。そのどれもを内包した激情がルイズの内より湧き上がる。一度決壊した感情は留まるところを知らない。湧き上がる感情のまま周囲を憚ることなくルイズは叫ぶ。溜めこんだ10年越しの思いを吐き出すように。

 

 

「――――私は、貴方に私を認めさせたかった! 認めさせてやりたかった! 何時も私を操り人形のように使う貴方に。私を試すように試練を与える貴方に、私を認めさせてやりたかった! 貴方が私を利用することは構わない。でも、貴方が私のマスターなんじゃない。私が貴方のマスターなんだって認めさせたかった! 周囲の人達に! そして何よりも、貴方自身から認めさせたかった! 私が貴方のマスターなんだって!! 私は私だということを!!! 私もここで戦っているんだってメガトロンにも認めて欲しかった!!」

 

 

 ルイズは叫ぶ。10年来の思いを清算するように。

 しかし、その言葉が届くことはない。混濁した意識。汚泥の海に浸るメガトロンには何も届かなかった。到頭、その朽ち果てた身体は最後の崩壊を開始した。ボロボロと剥がれ落ちていくメガトロンの装甲。堅甲を誇る外部装甲は以前の姿を失っていた。鋼鉄の生命体トランスフォーマー。銀河に名を馳せた破壊大帝メガトロンが錆びついた瓦礫の山へ成れ果てようとしていた。

 

 

「――――分かってた。貴方との再会がこうなってしまうことは。貴方がどこまでも続く果てしのない戦乱を経てここにいるんだって――――分かってた。分かってたのに…………あんまりよ。こんな…………こんな形で終わってしまうの? 私たちの最後が……こんな…………。」

 

 

 死に向かう道程をメガトロンは着実に進んでいる。刻一刻と死へと近づくその身体。身体を構成していた部品が剥がれ落ち、錆びきった装甲が悲鳴と共に落下する。発生する金属的な異音。繰り返し繰り返し無限に与えられた疲労。蓄積され限界を超えた負荷に耐えかねて超鋼を誇る身体は鉄屑へと還元される。

 

 

「う…………あぁ。……あああああああああああ。………………グスッ。あああああああああああああああああああああ。」

 

 

 響き渡る泣声。ボロボロと崩れていくメガトロンがいる。自分の使い魔が死に瀕しているにも拘らず何もすることが出来ないということに、ルイズは耐えられなかった。この結末を迎えることは分かっていたことだった。無限のパワーと不死身の身体を持つメガトロンは無敵である。そのメガトロンを殺しきることは実質上不可能だ。

 だが、メガトロンはそれでも生命体である。数えきれないほどの復活を経て蓄積された夥しいダメージ。膨大な金属疲労は復活を経ても完全に消える訳ではなかった。蓄積された夥しいダメージ。復活の度に蓄積される重い負担。脈動するダークマターエネルギーの浸食。数百年数千年の長きにわたる激烈な戦いはメガトロンを致命に追いやった。

 

 

「――――…………ぅぁ。」

 

 

 使い魔召喚の丘で泣き伏せるルイズ。迎えるべき結末を前にして感情を爆発させる彼女だったが、突如として跳ね起きる。その耳孔に聞こえた音がとても懐かしいものだったから。

 求めていた答えは今、ルイズの目の前にあった。

 

 

 

「――――ぅな。――――……泣くな。 泣くなルイズ。 貴様に涙は似合わない。」

 

 

 

 これもブリミルとサイバトロンの神がもたらした奇跡だろうか。崩壊の刹那。メガトロンは正気を取り戻す。破壊大帝は結んだ誓いを反故にはしない。ピンクブロンドの美しい少女。マスターであるルイズの呼び声に応じて、メガトロンは最後の復活を果たした。かつての約束を果たすため、刹那の復活を。

 

 

「――――…………意識を、取り戻したのね…………? メガトロン。 分かったわ。私は泣かない。貴方の言うとおり、私に涙は似合わないから。」

「あぁ…………。それでいい。……それでこそ、貴様だ。……それでこそ、俺様のマスターだ。」

 

 

 くしゃくしゃになった顔を無理やり拭ってルイズは微笑んだ。これが刹那の復活であることをルイズは知っている。意識を取り戻したメガトロンだが、その復活は到底完全なものなのではないのだろう。目前に控える死は直ぐそこにまで迫っている。錆びついた果ての崩壊。訪れる二人の別れは確実なものだった。

 

 

「良かった。また貴方に会えるなんてとても嬉しいわ。」

「ふん…………。…………もう貴様に会うことなど……ないと思っていたのだがな。…………数奇なことだ。いや…………これもサイバトロンの思し召しかなのかもしれん。」

 

 

 目の前の光景が幻だろうと、刹那のものであろうとルイズは構わなかった。メガトロンは今ここにいる。かつて結んだ誓いを果たすためにここまで来てくれた。その事実が何よりの証明だった。今までに歩んできた道程。積み重ねてきた歩みと人生が、自分自身のものだったということを。

 

 

「――――その時、私は本当に驚いた。でも貴方が来てくれたから私もキュルケもタバサも助かることが出来た。私は貴方と一緒に戦おうって覚悟を決めることが出来たの。」

「――――…………貴様の声は良く響く。……まるで鐘楼の唄う音色の様にな。……俺様にとっては酷く耳障りな響きだった。だが、それでも俺様に届いたぞ。…………あの時。…………固められた貴様の覚悟がよく分った。」

 

 

 淡々と紡がれる何気ない会話。交わされるメガトロンとルイズの触れ合い。過ぎ去った昔を懐かしむように、二人は言葉を紡ぎ合う。

 

 

「貴方と出遭えて、本当に良かった。」

「…………貴様には……本当に……驚かされる。…………見過ごしていた路傍にも、…………得るべき気づきがあるのだということを……俺様は知った。」

 

 

 しかし、かけがえのない二人の時間も終わりを迎えることになる。崩壊は、続いている。錆びきった装甲が剥がれ落ちる金属質的な絶叫。破壊大帝の断末魔が鳴りやむことはない。

 

 

 

「――……ルイズ。――――俺様は誰だ? ――――俺様は何者だ?」

 

 

 

 震える声音が答えを求めて囁いた。自分自身の歩んできた道は正しいものだったのか。目指すべき目標へ向けて自分は進んでいくことが出来たのか。あの破壊大帝メガトロンでさえも不安に感じる瞬間があったのだろうか。弱弱しく囁かれたメガトロンの言葉。

 自身に仕える最高の使い魔を安心させるようにルイズは語った。メガトロンは何者なのかということを。

 

 

 

「――貴方はメガトロン。――破壊大帝メガトロン。サイバトロン星の呼び声に従い、故郷復活を成し遂げる者。」

 

 

 

 メガトロンの崩壊は佳境へと突入した。崩れ落ちる超鋼の身体。剥がれ落ちる装甲は最早外部装甲に留まらず、その内奥にまで到達している。剥がれた部品が山となり、鉄錆の丘を成していた。破壊大帝の死は目前にあった。

 しかし、まだである。まだメガトロンが終わる訳にはいかなかった。何故ならば、メガトロンは聞かなければならないから。今際の際、問わなければならないことがメガトロンにはある。

 須らく全ての生物が追い求める物。目的とする答え。

 

 

「――――…………俺様は、俺様だったか?」

 

 

 ルイズにとってもメガトロンにとっても追い求めたもの。その生涯をかけてでも勝ち取りたい答えがそこにある。

 

『目指すべき頂きへ向けて、自身の生を戦い抜くということ』

 

 生半な悲嘆論に陥ることなく。中途半端な理想論に傾倒することもない。過酷な現実、自身の生を真正面から見据え戦い抜くという泥臭い覚悟がそこにある。誇りに殉じたウェールズ。友を想うキュルケ。憎しみに身を焦がすタバサ。故郷を愛するシエスタなど。各々は各々が守りたいものの為に戦っている。

 

 

「ええ。私の命を懸けてもいい。貴方は最後まで貴方だったわ。メガトロンはメガトロンだった。貴方の誇りは本物だった。」

 

 

 その道程を歩む上で、誰もが諦めてしまうこともある。

けれども、誰もが諦めずに戦うことの出来る誇りがそこにある。勝ち取るべき答え。健気な尊さ溢れる目指すべき答えは、自身の存在証明そのものだった。

 

 

「そうか。――――……そうだな。メガトロンは、メガトロンだったか。ならばいい…………。俺様は俺様だ。」

 

 

 冷酷にして暴虐。銀河に名を轟かせる破壊大帝メガトロン。その本質は以前までと何も変わらない。メガトロンはメガトロンである。しかし、メガトロンは知ってしまった。路傍に転がる石の気持ちを。人間もトランスフォーマーも目指すべき目標があるのだ。勝ち取るべき答えへ向けて、それぞれが足掻き、それぞれがもがいているのだということを。メガトロンは知ってしまった。

 知ってしまったから、知る以前までのメガトロンにはもう戻れないのだ。

 

 

『必ず貴方に認めさせてみせる。――――私は貴方に認められるマスターになって見せる!』

 

 

 以前までのメガトロンでは分からなかったことがある。道端に転がる路傍の気持ちをその少女は気付かせてくれた。ピンクブロンドの美しい少女はどこまでも健やかだった。周囲からの心無い中傷にも、自分を巡る厳しい環境にも少女は決して引かなかった。目の前にある生に対して貪欲に食らい付く。目指すべき頂きへ向けて、弛みない努力を惜しまない。歩むべき黄金の道を進む可憐な少女。その後ろ姿は例えようもない偉容を持っている。メガトロンの恋焦がれたオプティマスの様に。

 

 メガトロンとの出会いはルイズを劇的な運命へと誘った。しかし、メガトロンもまたルイズとの出会いが一つの契機となったのだ。

 

 

 

「俺様は――――メガトロン。俺様はメガトロンだ!『I am Megatron!』」

 

 

 

 少女との出会いがもたらした一つの結末。メガトロンが自身の手で勝ち取った答え。それはメガトロンとオプティマスのみが知っている。最大のライバルにして、最高の戦友であるオプティマス。彼だけが、メガトロンの見た最果ての光景を知っていた。その最果てをルイズが知ることはない。けれども、ルイズはその運命を受け入れた。ルイズに出来ることは見届けることだけなのだから。

 輝かしいプライムの背中が脳裏に蘇る。ただ傍にあることだけ。慰めの言葉も労いもいらない。メガトロンはメガトロンなのだから。

 

 

「さようならメガトロン。そして、ありがとう。」

 

 

 ゴロリと転がるメガトロンの残骸。砕け散った頭部を優しく抱きしめながらルイズは別れの言葉を口にした。溢れ出る涙を、必死で耐えながら。少女は現実を直視する。自身の中から消失してゆくダークマターエネルギー。おぼろげながら感じていたメガトロンの反応。どれだけ離れていようと感じていた破壊大帝の意思。紅蓮の様に燃え盛るエネルギーが徐々に徐々に消え失せていく。

 明滅を繰り返す修羅の瞳。紅蓮の炎が何の反応も見せなくなった。暗黒の洞となった眼孔。灯火の消えた眼光が示す通りメガトロンはもういない。目の前の光景が動かない事実としてルイズに浸透していった。

 

 

 

「また彼岸にて会うその時まで。暫くのお別れよ。」

 

 

 

 女性の目の前に築かれた鉄屑の残骸。スクラップメタルの山。その鉄錆が何者だったのか、ルイズだけが知っている。破壊大帝の歩んだ黄金の道。目指すべき頂きへの道程。破壊大帝の鮮烈な生を、ルイズが忘れることはない。

 

 

「見事だったわ。故郷の復活という悲願の為に、貴方は最後まで立派に戦った。メガトロンの誇りは本物だった。貴方の歩んだ生は。メガトロンの貫いた誇りは、いままでもこれからも変わらずに燦然と輝き続けるでしょう。」

 

 

 新しく灯された篝火は、長い時を経てまた受け継がれていく。かつてサイバトロン星復活の御旗を掲げたプライムから破壊大帝へと受け継がれた様に。運命という名のバトンは受け渡された。破壊大帝から美しい少女へ。メガトロンからルイズへ。その灯火は次代へと渡されてゆく。どれだけの強い雨風が吹き荒れようとも、決して消えない温かい灯火。脈々と受け継がれる熱い血潮はいままでも、そしてこれからも輝き続けるのだった。

 

 

 身に着けていたマントで、メガトロンだった残骸を包み込む。ハルケギニアの双月に照らし出される赤茶けた鉄錆の群れ。使い魔召喚の丘に残された尊い残骸をしばし眺める。そして、ルイズは踵を返して、学院への道を進み始めた。その力強い歩みに憂いは感じられない。何故ならば、悲しむ必要など何処にもないからである。自らの生を最後まで戦い抜いたメガトロン。残された偉大な足跡は、今もルイズを照らしている。ならば、ルイズが迷う必要などどこにもないのだった。

 

 

「じゃあねメガトロン。私は戦う。私は私なのだから。ここで逃げることなく自分の生を戦い抜くから。だから、それまで待っててね。」

 

 

 目指すべき黄金の道へ向けて。ルイズは進み続ける。受け渡された灯火が彼女を突き動かす。受け継がれた灯火は、赤々とした炎を放っている。

後世に謳われたゼロの伝説はここから始まるのだった。

 

 

 

 

 

 


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