ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

44 / 50
最終話 ゼロの忠実な使い魔

「忠臣とは何か、について私に問う人がいた。それによれば、下を向けと言えば下を向き、上を向けと言えば上を向き、何もないときには静かにしていて、呼べばはじめて答えるような者があるべき理想の忠臣であるという。果たして、このような者を忠臣と呼べるだろうか。理想の忠臣とはこのような者を指すのだろうか。」

「下を向けといえば下を向き、上を向けといえば上を向くというのはまるで影のようなもの。何もないときには静かにしていて、呼べばはじめて答えるというのはまるでこだまのようなもの。影やこだまのような曖昧で不確かなものに貴方は一体何を期待するというのだろうか。」

 

 

 

 抑えきれない困惑がフォールンから見て取れた。始まりの災禍である彼が戸惑うなど滅多に見られないことだが、その困惑は偽りのない心からの物だった。混じり気のない殺意に染まっている筈の瞳が困惑の色を宿している。所在なさげに彷徨う視線が直面する状況の異常さを証明していた。気の遠くなる年月を生き抜いたフォールンには夥しい知識と経験が兼ね備えられている。そのフォールンに分からないことなどほぼ存在していない。

 しかし、今、直面している状況は違った。

 記憶の喪失すら一見で看破したフォールンでも理解が及ばないこと。それは、忠誠を誓い従っていた部下が、その刃を自身へと向けていることだった。

 

 

「――――何を、――――しているメガトロン。」

「…………。」

 

 

 メガトロンからの返答はない。だが、間違いないことに、右腕のエナジーブレードはフォールンへと向けられていた。ダークマターエネルギーを漲らせる刃はメガトロンの強い意志を証明しているようでもある。一体何が起こったのか。フォールンは考えを巡らせるが答えは出ない。

 今フォールンが目の前にしているメガトロンは、記憶を失っていたこれまでのメガトロンではなく悪逆を誇ったかつてのメガトロンである。記憶を取り戻す以前のメガトロンであれば、向けられるその殺意にも問題はない。生来生まれ持った性質を鑑みれば、持て余したその暴力を自身へとぶつけてくることも十分考えられることだからである。

 しかし、現状は全く違った。一切の遠慮なく振り下ろされるエネジーブレードの一撃。思考を中断し、回避へと専念するフォールン。その一撃を躱すために空間を跳躍しての回避を試みた。

 

 

「――――!!」

 

 

 だが、フォールンの目論みは大きく外れた。強い衝撃が鉄棍を伝わってフォールンへと襲い掛かる。余りに強い衝撃に対応しきれず、すんでのところで武器を取り落さないようにすることが精一杯だった。

 

 

「(馬鹿な――――。俺の空間跳躍を見破り、俺が出現するその先へ攻撃を繰り出すだと!?)」

 

 

 後方へと転がることでなんとか衝撃を受け流すフォールンだが、その心中には強い衝撃を受けていた。何ということだろうか。メガトロンの背後へと瞬間的に移動した筈が、この有様である。殺意を感じて前方へと、咄嗟に鉄棍を構えたことが幸いした。振り下ろされるエナジーブレードを何とか防ぐことが出来たが、そうでなければ間違いなく深手を負っていただろう。武器を握るフォールン自身の手がびりびりと痺れ、感覚を失っていた。まぐれ狙いの一撃であればここまでの重い打撃を繰り出すことなど適わない。それは間違いなく意識的に行われた強力な攻撃だった。

 テレポーテーションによる絶対防御はいとも簡単に看破された。 自身の持つ絶対的優位性が覆されたのだということを自覚してフォールンは愕然とする。

 焦るフォールンとは対照的に、メガトロンは我が意を得たりと勝ち誇っていた。

 

 

「どれだけの長い年月を貴様と共に過ごしたと思っている?どれだけの戦いを貴様と共に潜り抜けてきたと思っている? ――――貴様が何処へ移動するかなど、先読みできぬ俺様ではないわ。」

 

 

 翻弄され続けてきた鬱憤を晴らすかのように、笑うメガトロン。悪魔が笑うようにメガトロンもまた笑う。恐ろしい修羅の貌が破顔して、自身の有利を物語っていた。

 先ほどまで弄られ続けていたメガトロンとは大きな違いである。身体能力は変わらないが、これまでの記憶を取り戻したことでメガトロンの振るう力は圧倒的に洗練されたものへと昇華していた。サイキックエネルギーによる瞬間移動を先読みして攻撃を仕掛ける。むやみやたらに振るわれる無秩序な破壊では到底不可能であるその芸当。銀河を支配するかつての破壊大帝メガトロンが完全復活を遂げたことは揺るぎのない現実だった。

 

 その現実を鑑みれば分かる。フォールンの目の前には長い年月を共に戦い抜いてきたメガトロンがいた。

 

 記憶の喪失でもなく、何らかの不具合でもなく、何者かからの強制でもない。自身を慕っていた弟子が、その弟子自身の判断によって攻撃を仕掛ける。明確な弟子からの下剋上。これ以上のない挑戦状を叩きつけられたのだということを理解した時、堪らずにフォールンも叫び返した。

 

 

「お前の実力を見出し育て、ディセプティコン軍の指揮権を授けたのは誰だ? お前が今その地位にいられるのは一体誰のおかげだと思っている!? 他の誰でもないこの俺だぞ!! メガトロン!! 今のお前がここにあるのも俺がいたからこそのものだ。その恩を忘れたか!! 」

 

 

 その反駁を聞いたとき、メガトロンの眉根が俄かに険しくなる。フォールンに対してメガトロンが強い恩義を抱いていることは確かである。その事実は例えメガトロンが反旗を翻そうとも変わることはない。

 恩義のある師匠へとその刃を振るう弟子。

 その構図のみを見て判断すれば、間違いなく大義を有している方はフォールンだった。しかし、その恩義があろうともメガトロンの意思が揺らぐことはなかった。否、その恩義があるからこそ、メガトロンは揺らぐわけにはいかないのだった。恩義ある師匠からの懇願を退けなければならない理由がメガトロンにはあるからだ。背負う忠義がメガトロンを動かす。

 両者は暫しそのままの状態で黙して睨み合っていた。だが、メガトロンの抱く気持ちに変化は訪れないと察したのか。続く沈黙を断ち切るようにしてフォールンはその口を開いた。

 

 

「まさか――――本気でこの俺を裏切るつもりなのか?」

「ふん。……裏切りだと? 違うな。――――反旗を翻したのは貴様が先だ。」

 

 

 ディセプティコンが創設された始まりの時からフォールンとメガトロンの関係は始まった。結ばれた師弟関係、その繋がりはちょっとやそっとのことで崩れてしまうほど半端なものではない。しかし、強い繋がりを持っているからこそ、戦わなければならないこともある。強い繋がりがあるからこそ、これまで見逃してしまった瑕疵もあるのだ。どれだけ明確な罪科があろうとも、その強固な師弟関係が隠れ蓑となってしまったため、これまでは手付かずのままだった。その罪を問い正すことがメガトロンにはできなかった。

 だが、メガトロンは知ってしまった。

 知ってしまったからもう戻れない。懸命に生きる蛆虫の存在を。地面を這い、足掻く者たちが放つ眩い光がその歪みを照らし出す。

 

 

「――――どうでもよいのだろう? 我らが故郷であるサイバトロン星の復活も我らディセプティコン軍もその他に存在する何もかもが、貴様にとってはどうでもよい些末なことなのだろう? 貴様の中にあるのはプライムへの復讐だけだ。貴様の中にあるのはそれだけだ。」

 

 

 からっぽなフォールンの心。

 

 復讐という漆黒の闇に囚われ突き動かされる師の狂気をメガトロンは見逃さなかった。止めようとしたことがなかった訳ではない。『狂気に囚われることなく目指すべき宿願を』その諫言をこれまでにメガトロンは何度試みてきたことだろうか。だが、遂に最後までその諫言が注進されることはなかった。メガトロン自身と同じ使命を抱き共に同じ目標成就へと向けて活動していた頃の姿をいずれは取り戻してくれると期待していたからかもしれない。

 しかし、メガトロンが望んだ結末にはとうとう至らなかった。狂気に染まるフォールンにその言葉が届くことはもはやありえない。サイバトロン星復活のために奔走するかつての姿は永遠に失われてしまったのだ。

 

 

「――――フォールン。――――貴様は変わった。変わってしまった。」

 

 何時からだろうか手段と目的が逆転してしまったのは。

 

「――――貴様が目指す先には何もない。母星への思いもかつてあった目的も何も、何も存在していない。――――――それも当然だ。貴様が求める者達は既に存在していないのだからな。」

 

 

 ディセプティコン軍が創立された目的はサイバトロン星の復活である。滅びゆく故郷を憂いてどの様な手段を用いようとも構わない。母星の復活を成し遂げようと希求し、そのために求められる行動を実行に移す。それが例え他の星に住む生命体を滅ぼすような悪徳だろうとも。そうした、サイバトロン星に対する強烈な渇望がディセプティコン軍の根底には流れていた。例えどのような悪徳に身を浸そうとも、様々な悪名の誹りを受けようとも。母星の復活という目指すべき大義は不変に存在し続ける。その矜持は保たれるはずだった。

 

 しかし、変容しない組織など存在しないようにディセプティコンもその例外ではない。

 

 戦いに次ぐ戦いが何もかもを変えてしまったのだろう。時間の経過と共に組織は変質し、当初の目的は失われた。目的のためへの戦いが、戦いのための戦いへと墜落していったのだ。狂乱するフォールンを始め、次々と戦闘に憑りつかれるディセプティコン達。種族としての名誉を守るために、それら戦いに狂うディセプティコン達を止めようとオートボットは奮闘した。しかし、それが終わりの無い泥沼の戦いであることは分り切ったことだった。そうした種族内の戦いが長引いた帰結か。何時の間にかディセプティコンは、オートボットを滅ぼすことのみが目的の組織へと成り果てていたのだ。

 

 

「憎しみに憑りつかれ自我を失い、それを自覚していようとも構わずになお更なる復讐を欲する。」

 

 

 がらんどうの心は既に壊れ果てている。狂気に囚われていることすらフォールンには分からない。忠義を捧げた師はもう何処にもいなかった。だが、破綻した関係であるにも拘らずメガトロンはフォールンを支え続けた。狂い続ける師を前にしてもなお従順に頭を垂れ、更なる服従を捧げる。メガトロンがディセプティコンを支配する限り、フォールンの狂気は見逃され続けた。どれだけ破綻した関係であろうとも構わない。メガトロンがその関係を継続する限り、狂気という歪みが清算されることは永遠にないのだった。

 

 

 ――――――――私の名前は、――――

 

 しかし、メガトロンの脳裏をよぎる、ピンクブロンドの美しい少女が全ての契機となった。

 

 

 

 目の前にある生に食らい付き、日々を必死で生きている健気な少女の姿をメガトロンは知っている。直向きな少女の鮮烈さと盲目的な服従を捧げ続ける自分。光と影が対比するように歴然とした差異がそこにはあった。浮き彫りとなった違いを自覚した時、メガトロンは猛烈な恥ずかしさを覚えた。

 下等な有機生命体がしていることを、何故自身が出来ないのか。盲目的な服従が本当に忠義を捧げることになるのか。真の意味で忠を尽くすことに繋がるのか。下等な有機生命体との出会いが目を背け続けてきた問題と向かい合う呼び水となる。その問題に対してメガトロンはどのような結論を見出したのか、答えは瞭然だった。

 

 

「――――この世に存在しない幻の復讐相手を、自らの憎しみを解放する捌け口を求めて止め処ない暴走に身を浸す。……哀れだ、…………どこまでも哀れだな。――その惨い姿をこれ以上見ることは忍びない。」

 

 

 憎しみの彼方に辿り着いた成れの果て。かつて、同じ目的のために戦った同志が狂乱の檻に囚われ狂い続ける様を見ることにメガトロンは耐えられなかった。

 だからこそ、メガトロンは反旗を翻す。狂気を見逃し、幇助した責任を果たさなければならない。惨禍を断ち切り、師殺しの汚名を背負うべくは弟子である自分でなければならないのだった。そして、これまで引きずってきた禍根をこの手で断つために、メガトロンは右腕のエナジーブレードを高々と掲げた。まるで断頭台から振り下ろされるギロチンのように、その刃は日の光を反射して冷たく輝く。

 一つの確信と共にメガトロンは宣誓した。

 

 

「フォールン、我が師よ。――――――貴様はここで死ね。俺様自らの手で以て貴様を殺す。それが最後に弟子として送るせめてもの餞だ。」

 

 

 延々と紡がれてきた憎しみの惨禍をここで断つことこそが、目指すべき真の忠義を尽くすことになると信じて。

 

 

「黙れメガトロンッ!! ――――俺の復讐を邪魔するものは誰であろうと滅ぼしてやるッ!!」

 

 

 下された宣誓を聞いて激高するフォールン。揺るぎない事実を突き付けられたからだろうか。その三行半は彼の逆鱗をこれ以上なく逆なでした。最早自身の弟子だろうが何だろうが関係ない。フォールンの視界から、既にメガトロンの姿は消え失せていた。遂げるべき復讐を妨げる者は須らく邪魔者なのだ。それが例え愛弟子であるメガトロンだろうと例外ではない。

 

 立ちはだかる邪魔者を排除するために始まりの災禍はその邪悪を発揮する。鉄棍が振るわれるとともに、周囲を滞留するサイキックエネルギーが俄かに沸き立ち、暴走を始めた。サイキックエネルギーを纏った岩石が、メガトロンへと降りそそぐ。圧倒的物量で以て押し潰そうとしているのだろう。メガトロンもエナジーブレードやフュージョンカノン砲を用いて防御するが、それら飛来物はどんどんとその数を増していた。引き絞られた矢のような速度を纏って飛来する浮遊物の群れ。それら空を覆い尽くす餓えた飛蝗はフォールンの狂乱を顕現させたように荒れ狂っていた。

 

 

「この星を――――――そして太陽を我が手に――――――。」

 

 

 それら飛来する物質は最早岩石のみに留まらない。アルビオン兵士たちの死体が舞い、夥しい鮮血が空を彩る。屍の群れが彷徨い、死が溢れる無間地獄へと変貌するタルブの草原がそこには広がっていた。その地獄を生み出した始まりの災禍は攻撃の手を緩めない。サイキックエネルギーを用いた遠距離攻撃だけではなく、自分自身でも果敢に攻撃を仕掛けていた。使い慣れた鉄棍を振るい、猛然と近距離での攻撃を繰り出すフォールン。空間を跳躍して繰り出されるありとあらゆる方向からの攻撃はメガトロンを容赦なく削り取る。波濤のように押し寄せるそれらの攻撃に愛弟子への力加減など一切含まれていなかった。

 

 

「――――復讐は必ず成し遂げるッッ!! 何があろうとも――――あの屈辱を俺は忘れない!!」

 

 

 遠距離と近距離双方の強力な合わせ技を前にしてメガトロンは守勢に追い詰められていた。しかし、メガトロンの眼に宿る強い意志は些かも揺らいでいない。それを証明するように目を見張るような奮戦が地獄のタルブにて繰り広げられる。フォールンがどれほどの攻撃を繰り出そうとも、防御に徹するメガトロンを突破できない。溢れる波濤の攻撃を完全に捌き切り、逆に攻撃を仕掛けるメガトロンの実力は破壊大帝の名に違わない凄まじさだった。

 

 

「――――――■■■■■■■■■!!!!!!!」

 

 

 そして、何時までもメガトロンの防御を突破できない鬱憤からか、死体が飛び交い血飛沫が噴き上がる地獄のタルブにおいてフォールンは狂気の叫びをあげている。自身が狂っていることすら分からずにただ血に塗れ続けるその姿はともすれば物寂しい哀愁を感じさせた。師の狂乱する様を見て、弟子であるメガトロンは何を思うのだろうか。終わりの無い憎しみの虚しさを感じてもメガトロンは揺らがない。攻撃の手を緩めることなく、ただ哀しげな表情を浮かべるのみだった。

 

 

「……フォールン。……貴様が憎悪する相手はもう死んだ。遥か過去のことだ。この銀河中、何処を探そうとも貴様が求める相手など何処にもいない。」

 

 

 そして、強力なサイキックエネルギーが渦巻き屍が闊歩する地獄の只中にあってもメガトロンは動じていなかった。受けた恩義をメガトロンは忘れていないからである。培った恩義に報いるためであるならば、どれほどの攻撃を被弾しようと、呪いの言葉をどれだけ浴びせられようとも苦ではなかった。

 弟子が抱く思いは不動の強さを持っている。しかし、その思いは師へと伝わることはない。唯一の愛弟子による命を懸けた諫言も狂乱の檻に囚われたフォールンには届かなかった。

 

 

「――――黙れッ!!! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――――…………」

 

 

 

 背負う罪と正面から向かい合わせられたその瞬間、フラッシュバックするフォールンの記憶。

 

 

 墜落した者と疎まれ蔑まれた過去の憎しみをフォールンは忘れていない。侮蔑を受けた矛先が信頼を傾けていた同胞達からのものであれば尚更だろう。全身が炭化するような激烈な憎悪。抱く信頼が強ければ強いほど裏切られた際に抱える反動はより大きいものとなる。絶対の信頼は、その強すぎる信頼が故に暴走することとなった。

 

 必死でメガトロンの言葉を否定するフォールン。自身の正気を保とうとしているのだろうか。誰に言い聞かせるでもなく、繰り返し繰り返し、呟かれる否定の言葉。その脳裏を過ぎる六人の後ろ姿がフォールンを苛むのだ。

 

 

 何故このような結果になってしまったのか。最早フォールン自身にすら分からなかった。

 

 

 果てのない戦いは互いの譲れないものを巡って始まった。自由と平和を愛し、生命への敬意を忘れないプライム達とフォールンは決定的に相いれない運命だったのだ。フォールンが望んだサイバトロン星への愛は本物である。墜落した者と罵られることになろうとも構わない。汚名の誹りを受けてでも守りたいものがあった。

 サイバトロン星への強い愛を持つフォールンにはどうしても分からなかった。地を這う下等な有機生命体と故郷であるサイバトロン星。その二つを天秤にかけ、前者を選択する兄弟達。その選択も、兄弟達の行動も、そのどれもが許容できないものだったし、理解することができなかった。

 

 

 

「何故だ――――。何故だ兄弟たちよ――――。何故俺を憐れむ?何故訝るのだ?我らが故郷であるサイバトロン星とこの下等な有機生命体達。天秤にかけるまでもない。その違いなど分かり切ったことだ。なのに、何故この虫けらどもを優先させるのだ。何故サイバトロン星を見捨てるのだ。分らない――――何故だ。何故。――――――俺は俺にとって大切なものを選んだだけだ。なのに何故俺をその目で見る?何故――――――俺を――――――――――俺を――――――――――。」

 

 

 

 仕留めきれないメガトロンに痺れを切らしたのか、かつての過去を振り切ることが出来ない焦燥からか。フォールンは自身に隠された最後の力を解放させた。秘されたパワーが久方ぶりの復活に快哉を叫ぶ。その力が解放されたのは紀元前17’000より以来のことである。六対一という圧倒的不利を覆し、ディセプティコン創設を決定的なものとした無二の力。決して斃れることなく、全オートボット宿願の標的であり続けられる根本。

 

 

「――――■■■■■■ッッッ!!!!」

 

 

 雄叫びをあげるフォールンに呼応して、その身体に顕著な変化が表れた。各部至る所から赤紫色の猛火が噴出し、全身を覆う。収束するサイキックエネルギー。魂のような陽炎が揺らめいて強固な関節部分を形作り、その細身な身体をカバーしていた。

 

 顕現した始まりの災禍。

 

 その姿は一言で言い表してしまえば、焔の塊。半分霊体化しているのではないかと思えてしまう程の空疎な不気味さを伴っていた。幽鬼の様に佇む墜落せしもの、ザ・フォールン。幻想的であり恐ろしくもあるその様風貌は、どこまでも始まりの災禍にふさわしいおどろおどろしさを放っていた。

 

 

「「――――」」

 

 

 心を引き裂かれるようなフォールンの叫びとは対照的に、地獄と化していたタルブには静寂が訪れた。辺り一帯が冬の湖面の様に静まりかえる。空を彩っていた鮮血も闊歩する屍もいない。けれども、それは内奥に更なる暴風雨を控える嵐の前の静けさにすぎなかった。

 

「グガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!」

「オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!」

 

 

 交錯する雄叫び。師弟の戦いは佳境を迎えた。赤紫の炎に包まれたフォールン。異形と化した師を前にして弟子は最後の戦いに臨む。異形と化したフォールンの姿をメガトロンが見たのはこれが二度目のことだった。極限の状況を突破する際のみに使用される秘中の秘。

 

 

 フォールンが隠し持っていた最終形態・ファイナルモードである。

 

 

 周辺へと展開していたサイキックエネルギーを自身の身体へと集中させる。拡散していたサイキックエネルギーを限界まで収束させることで身体能力の異常な向上が可能となった。六人のプライムを一度に相手取っても勝利を納めることができた秘密はここにある。フォールンはこのファイナルモードを駆使することで、六人のプライム達との激戦を勝ち抜くことが出来たのだ。六対一という圧倒的劣勢ですら覆す。その圧倒的な暴力は、全ての物を平伏させる。銀河を支配する破壊大帝メガトロンですら、太刀打ちすることすら叶わないのだ。

 

 

「■■■■■■――――!!!!」

 

 

 音速を超える速さでぶつかり合う鋼鉄の巨人達。振るわれた鉄棍が空間を断ち切り、衝突した長大なエナジーブレードと激烈な火花を散華する。その火花が消失する間すらない狂乱する打ち合いが繰り広げられた。波濤の様に襲い掛かる焔の塊をメガトロンは捌き続ける。静まり切ったタルブの村でその激戦が繰り広げられた。

 

 静まり返る血肉塗れたタルブと狂奔する激闘。

 始まりの災禍と破壊大帝。

 

 両者の戦いは苛烈を極め、他者が割り込める余地など全く残されていない。タルブに展開するディセプティコン達も、ただその戦いを見つめることしか出来なかった。強力なディセプティコン達ですら射竦められしてまうほどの迫力。ディセプティコンとしてあってはならないふるまいだろうが、戦いの内容が内容である。繰り広げられる余りに激しい戦闘に尻込みしてしまうことも無理はないだろう。その戦いには何者も近寄ることを許されなかった。

 ただ一人の例外を除いては。

 

 

「――――――――ッ。――――――――ッ。」

 

 

 少女が奏でるか細い吐息のみが二人の戦いを彩っている。漂う小さな声が血肉塗れるタルブの地獄に咲いていた。

 

 

「――――おおおおおおおッッッ!!!!!!!」

 

 

 まるで寄り添うようにして紡がれる優しい声を聞いて、メガトロンが吠えた。意気軒昂に奮起するメガトロン。天を突くような咆哮をあげると、フォールンへ向けて突進を繰り出した。

 強力無比なファイナルモードにも欠点は存在する。超絶な身体能力を得る代わりに、その状態では瞬間移動や念動力などのサイキックエネルギーを使用出来ないのだ。そのため、両者の戦いは必然的に肉弾戦へと限られた。

 猛進するメガトロンとファイナルモードのフォールン。激しい殴り合いをする両者の戦いは熾烈を極めた。活火山のような轟く鉄鋼の衝突音がその戦いの激しさを物語っている。

 

 

「ッ――――(何だ――――? この声は?)。」

 

 

 ――――だが、銀河に名をとどろかせるメガトロンですらフォールンには届かない。燃え盛る憎しみの焔は、破壊大帝ですら抑えきれない勢いを持っている。超絶の身体能力を発揮するフォールン。その剛力には流石のメガトロンでも対抗できない。六人のプライムを圧倒したその実力は伊達ではないのだ。恐ろしいことに、ファイナルモード状態のフォールンは単純な力比べでもメガトロンを上回っている。メガトロンの剛力を上回る超絶な身体能力。如何に破壊大帝だろうとも、自身の剛力を超えた更なる暴力には敵わなかった。

 

 

「――――――グウゥッッ?!(――――――誰かが俺様を呼んでいる。)」

 

 

 思わず漏れる呻き声。フォールンの猛攻に耐えきれず、防御する両腕を突破されてしまう。メガトロンも必死に攻撃を仕掛けるが、その努力の甲斐なくサンドバッグのように嬲られてしまった。間断なく降り注ぐ雨の様な、強烈な連撃だった。加えて、雲霞の様な手数の多さにもかかわらず、繰り出されるその一撃一撃が砲弾の様に猛烈な威力を持っている。

 

 

「(――――――ここが、――――――――――――俺様の迎える果てなのか――――――――――――。)」

 

 

 ラッシュの直撃を受け、膝をついてしまうメガトロン。これまでに経験したことのない損傷がメガトロンに自身の死を予感させた。狂気に染まるフォールンがその隙を見逃すことはない。息の根を止める絶好のチャンスとばかりに天高く跳び上がり、使い慣れた鉄棍を振り下ろす。数々の敵を葬ってきた一撃は紛れもなく本物。例えメガトロンとてその例外ではない。フォールンの猛攻に屈して、そのまま勝負が決してしまうのか。

 始まりの災禍が勝ち誇る、当然の結末がそこには待っていた。

 

 

「■■■■■■――――ッ?」

 

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 ――――――背中は任せるわ。私と一緒に戦って。――――――

 

 メガトロンの発揮する力が爆発的な増加を続けたからだ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!」

 

 

 振り下ろされた鉄棍の一撃を驚異的な力でもって受け止めると、メガトロンは反撃を開始した。長大なエナジーブレードに漲る強力なパワー。その身体にはダークマターエネルギーの強力な波動が纏われていた。

 メガトロンは心の中で静かに頷く。自身に流れ込む新たなエネルギーの出所が何所なのかを知っていたからだ。

 

 

「(――――そうか。――――貴様か。)」

 

 

 その身に纏われる波動にはダークマターエネルギー以外の異なるエネルギーが加わっていた。目を凝らせば視界に映る。力強い海原のような青い焔。鮮やかな蒼炎が迸る紫電と共に破壊大帝を彩っている。鮮烈な青は、紫色の波動と混ざり合いより強力な波動となって昇華していた。反攻に転ずるメガトロンに反応して、フォールンも対応を試みる。だが、振るわれるメガトロンの刃は明らかにその力を増していた。ファイナルモードは超絶な身体能力を現実のものとしているが、モードを解放したフォールンですらその対応に手古摺っていた。

 

 

「(――――この膂力は何だ?!――――――死にかけの身でこれだけのパワーを発揮するだと?一体何が起きている!??)」

 

 

 フォールンは困惑するが答えは出ない。如何に破壊大帝だろうともその異常さは不可思議だった。何故ならば、メガトロンにはフォールンの様な隠されたモードなど存在していないからだ。潜在以上の実力を発揮することなど叶わない。しかし、上昇を続けるメガトロンのパワーは本物だった。溢れ出るマグマのようなエネルギー。一体何が起こったのかとフォールンは混乱するが、明確な答えは判然としなかった。

 

 

「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!!!!!!」」

 

 

 轟く両者の絶叫。烈しさ極めるその戦いは永遠に続くものと思われた。しかし、一瞬が永遠にも感じられる濃密な時間でも、積み重なれば山となる。過ぎない時間はないし、終わらない戦いも成立しない。熾烈さを極めるメガトロンとフォールンとの戦いも同様。永遠にも思える時を経て、師弟の戦いは佳境を迎える。

 

 

「尽きた筈のエネルギーが沸いてくる。まだだ、――――――まだ俺様は戦えるぞ。フォールン。」

 

 

 六人のプライム達が生贄となった今、ファイナルモードを解放するフォールンに対抗できるものなど存在しない。プライムはプライムにしか倒せないからである。プライムであるフォールンを打倒出来る者がいるとすれば、それはプライムの末裔のみ。本来であれば、オートボットを率いるリーダーのトランスフォーマーのみが、フォールンを打倒する最後の手段なのだった。

 

 

 

「(何故だ――――……。メガトロン。お前は何故倒れない――――――?それだけのダメージがありながら、何故俺に向かってくる?それほどまでに損傷しながら――――――――何故――――――――――。)」

 

 

 

 しかし、フォールンに多量のダメージが見られるようになって、その常識は過去のものとなった。何故ならば、破壊大帝メガトロンが、まだ無事に佇立しているからである。ボロボロで損傷のない場所は何処にも見られないが、それでもメガトロンはここにいた。

 

 

「(―兄弟たちよ―――――――何故だ。何故俺を――――――――見捨て――憐――――――――哀――――――――俺は、――――――――メガトロン――――――――貴様は――――――――何故――――――――俺は――――――――。)」

 

 

 

 混濁を増すフォールンの思考。いつまでも倒れないメガトロンに対して、終いにはフォールンが先に根をあげて崩れ落ちそうになっている有様だった。フォールンが秘めたファイナルモードを解放しても未だにメガトロンは葬れていない。フォールンがあらん限りを振り絞ろうとも、絶対の逆境を跳ね除けてメガトロンはここにいる。弟子と師匠における地位交代。かつての復讐に固陋し、囚われているフォールンが新旧を覆されようとしていた。

 

 

 

「(あの輝きは――――――?)」

 

 

 

 自身が乗り越えられようとしているというその瀬戸際にあってフォールンはようやく目の前で起こる変化を知った。

 メガトロンの右肩にあった文様。消えたはずの刻印が復活していたのだ。右肩に刻まれた特徴的な刻印。それはメガトロンが記憶を喪失する契機となったかつてのサーヴァントルーンではなくなっていた。

 

 ガンダールブのルーン。伝説を受け継いだ少女が背負う宿命の痣。

 

 フォールンは知らない。人間を下等な有機生命体と侮蔑し、見下す墜落せし者には決して理解できないのだった。その文様がハルケギニアに受け継がれし伝説であることを。ハルケギニアに伝わる伝説。受け継がれた虚無の力。ガンダールブのルーンがルイズとメガトロンの繋がりを象徴するように眩く輝いていた。

 

 何故ルーンは変化したのだろうか。記憶を取り戻し、なおかつ自らの師へ向けて刃を振るうことを選択したメガトロン。その心中における変化が反映されたのかもしれない。美しい少女との間に結ばれたつながりは、メガトロンの心境の変化を鏡映すように沸き立ち、盛んな行き交いを見せていた。

 

 

 

「――――――ッ ――――――ッ」

 

 

 

 メガトロンとフォールンが繰り広げる激闘の傍。打ち捨てられた死骸群のただ中。美しい少女が、血に塗れたその口からか細い息を吐いていた。奏でられる微かな喘鳴。惨たらしく開いた貫通痕が痛々しいが、その息はまだ途絶えていない。絶命した筈のルイズが、奇跡的な蘇生を遂げていた。かろうじての所だが、ルイズはその命脈を保っていたのだ。

 

 

「(これが――――――――――――貴様の持つ力か――――――)」

「(これが―――――――――――貴方の持つエネルギーなのね――――――)」

 

 

 数々のダメージをその身体に蓄積させ、おまけにその身体には大きな穴が開いている。多量の出血と内臓の機能停止。数々の損傷が原因となってルイズは間違いなく絶命した。虐殺されたアルビオン兵士たちと同様、冥途への道筋を歩んでいた筈だった。その筈なのに、何故かルイズはまだ生きている。心臓は力強い拍動を打ち、肺腑は取り込んだ酸素を全身の各器官へと分配していた。

 

 

「(――――――――――――ルイズ――――――――――――)」

「(―――――――――――メガトロン―――――――――――)」

 

 

 そして、その全身からはマグマの様に強力なエネルギーが溢れだしている。絶命を強制的にリセットしてしまう程の絶大なエネルギー。そんな代物を持つ者は、銀河宇宙を探してもただ一人しかいない。ルイズの全身から迸る紫電の光。その光はまぎれもなくメガトロンの持つ波動。強力なダークマターエネルギーが発する光だった。

 

 

 回復した繋がりが、絶命の窮地を挽回させた。

 

 

 メガトロンはルイズの虚無が流れ込んだことでパワーアップを遂げ、瀕死を負ったルイズはメガトロンのパワーによってその命を取り留める。ルイズとメガトロン。奇跡的な幸運を我が物とする二人の出会いは、やはり運命であり必然でもあったのだろう。

 何故ならば二人は互いが互いを補い合う最高の相性を持っていたからだ。

 

 

 ▲

『神の左手』ガンダールヴ。その姿は勇猛果敢で、一騎当千。剣はその光輝く左手に、槍はその右手に持ち、あらゆる武器の悉くを例外なく使い熟す。勇猛果敢なその様は、まさしく神の左手ガンダールヴ。

 ▲

 

 

 ルイズがガンダールブの虚無を生まれ持ったことと、召喚者としてメガトロンが呼ばれたことは決して無関係のことではない。メガトロンは自分自身が最強の武器を兼ねている。そのメガトロンにとってありとあらゆる武器を使いこなすガンダールブの力はうってつけ。まさにメガトロンの為だけにあるような能力だった。

 

 

「(――――――――――――ねぇ、メガトロン。私は貴方の役に立てたのかな?)」

 

 

 虚無の援護を得て、メガトロンは戦った。ガンダールブの力をその身に纏って戦うその強力さは凄まじい。千のメイジを相手にしたとしても決して負けることはなかったというガンダールブの伝説は虚飾ではないのだ。自身の能力を何倍以上にも引き出し発揮するメガトロンには何者も敵わない。それが例えファイナルモードを発揮するフォールンであろうとも例外ではないのだ。

 

 

「(――――――――――――貴方の記憶に留まらず、故郷を取り戻したいっていう目的をも奪っていたんだって知った時は本当に悲しかった。なんてことをしてしまったんだろうって。私はもう二度とあなたに顔向けができないとも思ってる。でも――――――――――――今、この場でならこの場所でなら貴方に背を向けることなく向かい合える。メガトロン。――――――――――――私は――――――――――――貴方のマスターとして――――――――――――。)」

 

 

 戦いの結末は決定したようなものだった。憎しみの澱に身を浸し、戦いに次ぐ戦いを渡り歩いた果てがそこにある。

 

 

「――――――――――――…………。」

 

 

 メガトロンの眼前に聳える幽鬼の姿。強すぎる憎しみは精神を汚染し、悲鳴をあげる身体は蓄積されたダメージに耐えきれず自壊する。備蓄するサイキックエネルギーが尽きたのか、最早正常に歩くことすらままならない有様だ。

 しかし、その瞳に宿る殺意は些かも薄れていない。混じり気のない憎しみは、壊れるまで止まらないし止められない。手段と目的の逆転。囚われた狂乱の檻はいつのまにか囚われること自体が目的と成り果てていた。壊れた心が自身の正常さを証明する為に、更なる破綻を求めてさ迷い歩く。暴走が暴走を生み続ける憎しみの連鎖が、ひとりでに癒えることなどあり得ない。自壊する身体を無理押して攻撃を仕掛けるフォールンは恐ろしくも、何処か寂しげな哀愁を感じさせた。

 

 

「■■■■■ッッ!!!!!」

 

 

 その絶叫には隠しようのない強い感情が含まれていた。取り戻せない過去を取り戻そうと暴走を重ねたフォールン。強すぎるサイバトロン星への愛が理想的なプライムの関係を崩壊させた。有機生命体を毛嫌いするフォールンにとって生命を尊重するプライムの方針はフォールンにとって邪魔者以外の何物でもなかった。フォールンがプライムの方針に対して反旗を翻すに至ったことは自然な成り行きだったのだろう。 

 

 

 しかし、一つの誤算がそこにはあった。

 

 

 紀元前17‘000年の地球におけるかつての話。圧倒的不利を覆し、フォールンはディセプティコン軍団の創設と自身の反乱を成功に導いた。

 

 だが、兄弟たちの自決という結末に直面して、フォールンは愕然とした。

 

 取り返しのつかない兄弟達の喪失はフォールンにとって何よりも衝撃だった。魂を分け合った最愛の消失はフォールンの精神に重すぎる罪科を背負わせたからだ。際限なき破壊を危惧したとはいえ、そこまでするのか。自身を生贄に捧げてまで、サイバトロン星を優先させた自身の選択は否定されなければならないのか。

 

 

 

「――――――――――――兄弟たちよ。何故――――――――――――俺を見捨てた?――――――――――――俺を一人にしたのだ。何故――――――――――――どうして――――――――――――」

 

 

 フォールンの葛藤はどこまでも積み重なるが、その苦しみを理解できる同朋は既に死に絶えた後である。失ったものの巨大さをフォールンが自覚した時にはもう遅かった。取り返しのつかないものの巨大さと、命を捨ててまで否定されたのだという事実。その二つの要因が重なってフォールンを苛んだ。

 

 この宇宙中、どこを探そうともフォールンが求める相手は存在しない。六人のプライムは種族の誇りに殉じて自決を選択したのだ。しかし、失われていると知っていても、フォールンは求め続けた。失った過去を取り戻そうと、果てのない災禍を振りまきながら足掻き続けた。

 六人の兄弟達を。復讐を遂げる彼岸の宿敵を求めて。

 

 

「――――――――殺してやるッッ!!殺してやるぞ――――――兄弟たちよッッッ!!!!」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、メガトロンは自身の師を亡き者とする覚悟を固めた。

 過剰なサイキックエネルギーの乱用からか。既にフォールンは正常な意識すら維持できなくなっていた。暴走するフォールンが見た今際の光景。それは最愛の同胞が見せる誇り高い後ろ姿だった。

 

 墜落した者と侮蔑され闇に塗れるフォールン。

 尊い誇りと共に白銀の名誉に包まれる兄弟たち。

 

 浮き彫りとなる明と暗。ほんの少しの違いがここまでの結果を生み出した。眩いプライム達の遺功が漆黒に染め上げられた堕落を照らし出す限り、暴走を続けるフォールンの精神は止まらない。六人のプライムを打倒したかつての瞬間からフォールンは一歩も動けていないのだ。メガトロンが見透かした通り、フォールンの中にあるものはプライムへの復讐だけ。変質を遂げた尊い目標。理由のある憎しみは、いつしか憎むことそれ自体が目的となっていた。

 

 

「我が師よ――――――――これで終わりだッ!!」

 

 

 決別の言葉と共に武器を振り降ろすメガトロン。

 

 メガトロンは迷わない。どれほどの重い決断だろうとも構わない。その選択にどれほどの苦しみが伴おうとも喜んで享受する。それこそがメガトロンの苛烈な忠なのだから。

 メガトロンの強い意思を反映して全身にまとわれる波動がより明るく煌めき、強力なものとなる。蒼炎と紫電を纏って闘うその姿は鮮烈で勇ましかった。

 

 暴走をするフォールンの憎しみは果てしない。だが、メガトロンは何があろうとも負けられないのである。

 

 何せ一人ではないのだから。

 

 忠誠を捧げる二人の主。掛替えのないマスターたちの為にも、メガトロンは負けられない。果たすべき忠を尽くすために、メガトロンは最後の攻撃を試みた。振り下ろされるエナジーブレード。長大なギロチンは、虚無のブーストを受けて加速する。振り下ろされる刹那、メガトロンの腕は微かに鈍った。刹那の際に訪れた躊躇いの葛藤。強い恩義のある師匠への一撃を前にして強い躊躇が伴った。

 しかし、微かに脳裏を過ぎった少女の横顔がその葛藤を拭い去る。

 

 交差する鉄棍とエナジーブレード。行き交う視線は師弟が交わす最後を象った。

 

 

 

「「――。」」

 

 

 

 断裁される大動脈。噴出する大量の血飛沫が決闘の終了を告げていた。振り下ろされたエナジーブレード。迷いなく放たれた一閃は過たずフォールンの命脈を断ち切った。最後に漏れたか細い吐息のような声ならない声。末期の言葉は大気中に霧散し、静まり返るタルブの村に溶け込むようにしてなくなった。

 

 血だまりに沈む草原が、地獄の終焉を祝うようにして嘶く。フォールンの囁いたかすかな声音は広場に吹きよせる木枯らしと紛れて混ざり合う。

 しかし、メガトロンの鼓膜には確かに届いていた。憎しみの暴走から解放されたフォールン。終わりを迎えた憎しみの旅路の果て。今際の際に師匠は残された弟子へ向けて何を呟いたのだろうか。それは、メガトロンにしか分からなかった。

 

 

「………………」

 

 

 フュージョンカノン砲を最後まで用いずに、自分の身体だけで闘ったメガトロンには何かの拘りがあったのだろう。命脈を断たれ、ずるずると斃れるフォールン。崩れ落ちる師匠へ向けて、弟子が注ぐ視線には言葉にならない万感の思いが込められていた。相も変わらずにその面貌は鬼の様に恐ろしかったが、その瞳には抑えきれない哀愁が含まれている。

 

 大切なものが失われてしまった苦しみ。

 そして、取り返しのつかない過去をそれでも取り戻そうと足掻く葛藤をメガトロンは痛いほど理解していた。メガトロンにもあるからだ。大切な親友を打倒してでも守りたい故郷が。自身を呼ぶ母星の呼び声がメガトロンを導く。フォールンと同様の結末を迎えるだろうことをメガトロンも知っている。だからこそ、メガトロンに侮蔑の言葉はないし、瞳を伝う流水は偉大な師匠への敬意を物語っていた。

 

 

 道半ばで倒れたフォールンとは違い、メガトロンの旅路は終わらない。

 

 

 多少の寄り道はあったけれども、母星の呼び声を求めて進むその道程は、まだ始まったばかりである。溢れる哀しみを振り切るように、メガトロンは為すべき次の行動へと取り掛った。切り裂かれたフォールンの胸元。其処には煌めく何かが収まっている。その煌めきを確認すると、メガトロンは果てる師の胸部へと手を伸ばし、収まっている輝きを握りしめた。大切な思い出を取り扱うようにして丁重に大切に。

 

 

 眩い輝きを放つ球体状の物質。それは金属生命体であれば誰もが持ちうるコアだった。

 

 

 トランスフォーマーの心臓部。強力なエネルギーの動力源となる臓器であり、再生能力を持つトランスフォーマー達にとって唯一にして絶対の弱点でもある。トランスフォーマーを打倒するためには、本来この部分を破壊しなければならない。しかし、フォールンの場合は異なった。

 蓄積したダメージとサイキックエネルギーを使い果したことによる虚脱。そして切り裂かれた大動脈が決定的な要因となったためフォールンは絶命した。だが、外傷的要因が先行したため、奇跡的にもコアの部分は無傷のまま残されていたのだ。メガトロンが手にしているコアはその際に取り残されたものである。

 

 取り出したコアを持って、メガトロンは自身の胸部へと一思いに押し当てる。触れ合う子弟の力の源。フォールンのコアがメガトロンのコアと接触したその瞬間、激しい雷光が辺り一帯に撒き散らされた。放電するように刺々しく溢れる強力なエネルギー。突き刺さる波動の直撃を受け、メガトロンは苦悶の表情を浮かべている。

 そして、時間の経過と共に、その放電現象も収まっていった。

 

 

 徐々に収まる放電現象と反比例して、フォールンのコアはその輝きを失っていた。コアに宿る力はそのコア特有のものである。金属の身体はあくまでも器でしかないのだ。属トランスフォーマー的なエネルギーではないため、トランスフォーマー本人が死亡しようとも、消え失せてしまう訳ではない。

 

 力の委譲が滞りなく終わったのだろうか。コアの輝きが消失すると、新たな波動がメガトロンに加わっていた。赤銅色へと変化した波動。紫電と赤銅のエネルギーは混ざり合いより強力な波動となっていた。見間違いようがなくその強力なエネルギーは先程まで激戦を繰り広げていたパワーその物。

 紛れもなくフォールンが使用していたサイキックエネルギーだった。

 

 

 

「ディセプティコン共よッ!! 集結せよッッ!!」

 

 

 

 轟くメガトロンの咆哮。世界を響かせるようなメガトロンの咆哮が辺り一帯に到達すると、空が割れ無数のワームホールが出現する。青空に穿たれる幾つもの黒点。遮られた太陽が虫食いの穴だらけになる恐ろしい光景が復活していた。

 

 サイキックエネルギーを持たないメガトロンでは空間を繋げるワームホールの創生は行えない。しかし、現状のメガトロンはその技を当たり前のように使用していた。フォールンのサイキックエネルギーを完全に吸収し、自分のものとした結果だろう。空間を跳躍する道を作り出したメガトロン。その命令に従って穿たれた黒点から出現する金属生命体達がいた。鬼の様に恐ろしいそれら大量のトランスフォーマー。皆がディセプティコンに所属しているトランスフォーマーである。

 

 

 彼らは戦闘に参加することなく、メガトロンとフォールンの決闘が終了する今の今まで境圏の狭間で見物を決め込んでいたのだった。彼らが服従している相手はメガトロンであり、フォールンではない。実際のところ、フォールンの命令に従って戦闘に参加したディセプティコンは殆どいなかった。血気盛んな十数体のディセプティコンはその戦闘に加わっていたが、それも自身の戦闘意欲を満たすためであり、下された命令に従っての参加ではなかった。

 

 

 ディセプティコン内においてフォールンは隠然とした影響力を持っている。しかし、軍団内における影響力の多寡は圧倒的にメガトロンが上だった。フォールンが第一線を離れてから気が遠くなるほどの年月が経過している。荒くれ者のトランスフォーマーを統率し、大勢力を誇る現状のディセプティコンを築き上げたのは紛れもなくメガトロンだ。例えフォールンが軍団の創設者であろうともそれは遥か過去のことである。大多数のディセプティコンがメガトロンに服従を捧げることも無理からぬことだろう。

 形骸化する創設者ではなく、名実ともに影響力を振るう支配者を。

 長い年月の果て、既にディセプティコンはフォールンではなく、メガトロンの支配するものとなっていた。

 

 

 

「――お迎えに参上いたしました。メガトロン卿よ。」

「――――。」

 

 

 

 朽ち果てたフォールンには目もくれず、二人のディセプティコン軍大幹部は自身が信奉する破壊大帝へと頭を垂れる。大多数のディセプティコンを代表して、破壊大帝へと傅く二人のトランスフォーマー。

 

 

 鶴翼のような基幹部品が特徴的なトランスフォーマー、情報参謀サウンドウェーブ。

 均一さを欠落させる巨大で不格好な右腕がメガトロンを髣髴とさせるトランスフォーマー、突撃隊長ショックウェーブ。

 

 

 いずれともメガトロンからの信頼も厚く、ディセプティコン軍に欠かすことが出来ない大戦力である。

 二人は元よりフォールンではなくメガトロンに対して忠誠を捧げていた。大多数のディセプティコンが服従を強いられていることとは対照的に、その忠誠は絶対。メガトロンが記憶を失おうとも、軍団の創設者に対して反旗を翻そうとも二人の姿勢がぶれることはない。

 

 寡黙な二人だが、その表情にはメガトロンが名実ともにディセプティコンの頂点へと上り詰めた事実に対する歓喜が現れていた。記憶を取り戻し、新しい能力を吸収することで更なるパワーアップを遂げた破壊大帝メガトロン。フォールンという楔が外れ、メガトロンを頂点としたディセプティコンは勢力拡大を続けるだろう。

 その大躍進をメガトロンと共に歩むことが出来る。メガトロンへの心酔をますます強める二人はその約束された未来を前にして歓喜に身を震わせた。

 

 

「御苦労。」

 

 

 ワームホールから雪崩を打って出現するディセプティコン兵士達を見て、メガトロンは満足そうに頷いた。整然といならぶ強力な兵士達。地獄と化したタルブにおいて恐ろしい獄卒たちが、命令が発せられるその時を待っていた。命令を待つ大量の兵士たちが視界一杯にまで広がっている。その光景を見て、メガトロンは自身がディセプティコンという大軍団の頂点に座していることを改めて自覚する。そして、仰臥する二人の大幹部を慰労すると、一呼吸置いた後にメガトロンは命令を下した。

 巨大な右腕を天高く突上げると、目指すべき目標への道筋を指し示す。拓かれたワームホールは碧落の場所にある地球へと繋がっていた。

 

 

「ディセプティコン共よ!! 進撃を開始しろッッ!!!」

 

 

 命令を聞いたディセプティコン達は放たれた矢のように進撃を開始した。虫食いとなった太陽へと向けて次々と飛び立つトランスフォーマー達。ワームホールを所狭しと埋め尽くす異形の集団はまるで決壊した波濤を想起させた。メガトロンが記憶を取り戻し、破壊大帝として復活を遂げた今、障害は存在しない。

 とうとう戦いが始まるのだ。

 師匠と弟子といった小さい戦いではない。軍団対軍団。ディセプティコン対オートボットという種族の未来を左右する一大決戦が始まるのだった。

 

 

 

「サウンドウェーブ。そしてショックウェーブよ。他のディセプティコンを引き連れ、地球へと侵攻するがいい。残る用を済ませて、俺様も後に続こう。――――さぁ、行け。」

 

 

 

 メガトロンの促しを受けて、ショックウェーブ・サウンドウェーブ両大幹部も侵攻を開始した。軍団を引き連れてワームホールへと向かう彼らディセプティコン兵士たち。その勇ましい姿を見送りながら、メガトロンは佇んでいる。大軍団を指揮する立場に登り詰めたメガトロンだが、その表情に喜びはない。ディセプティコン軍がこれだけの軍勢を誇っていようとも、これから迎えるその戦いが簡単に乗り越えられることはないからだ。どれほどの犠牲が生まれるのか。どれだけの死骸が積み重ねられることになるのか。

 

 これから待ち受ける激しい戦いを想像して覚悟を固めるメガトロンだったが、ふと何かを思い出したように辺りを見渡す。そういえば問題児の存在を忘れていたなということに思い至ったのだ。そうしてメガトロンが周囲を見渡していると、おべっかを使った耳障りな声がメガトロンの後方から聞こえてきた。

 

 

「いやーお久しぶりですメガトロン様。」

 

 

 舌打ちをしながらメガトロンは声の聞こえたほうへと視線を向ける。分かりやすいおべっかをましましにした声。下世話な御世辞を弄する相手はただ一人しかいない。世界最強の戦闘機であるF-22・ラプターをトランスフォーミング元としたトランスフォーマー。逆三角形のフォルムが特徴的なディセプティコン軍総参謀を務めるスタースクリームがそこに佇んでいた。

 

 揉み手をしながらすり寄ってくるその姿を見て、メガトロンは再度の舌打ちをする。しかし、スタースクリームは動じない。メガトロンの露骨な舌打ちにも全くめげないその様子はむしろ堂に入っていた。相当にタフな精神を持っているのだろう。メガトロンが記憶を取り戻し、なおかつ更なるパワーアップを遂げたにもかかわらず、スタースクリームには全く臆する様子が見られない。寧ろ堂々とメガトロンと対峙してこれまでにあった出来事について報告を行っていた。

 

 

「メガトロン様がおられないことで不埒な行動に出る配下も居りましたが。しかし、問題はありません。貴方様が不在である間は、この私が! この私が! 軍団を指揮させていただきましたので私の――――」

 

 

 自身の功績を露骨に主張するスタースクリーム。自身の功を前面に押し出し、自身のミスを全面的に部下に押し付ける。筋金入りのその小悪党ぶりは相変わらずだった。記憶通り全く変わっていない様子を見て頭を痛めるメガトロンだが、それ以上の怒りが頭痛を上回る。

 

 

「貴様の?貴様のものなど何一つないわ、スタースクリーム。すべては俺のものだ!!!」

「ひぃッ。し――しかしですね。貴方様がいない間、誰かが軍団の指揮をとらねばなりませんし………、何よりもフォールン様の指示が――――。」

「黙れッ!! スタースクリーム、貴様が理解するまで何度でも教えてやる。リーダーは俺様だ!上に立つのは常にこの俺様なのだ!」

 

 

 調子に乗るスタースクリームを大喝し、メガトロンは宣誓した。ディセプティコン軍を支配する者は間違いなく自分であると。頂点に君臨する者が何人も存在しては組織の方針が揺らいでしまう。船頭多くして船は山を登る。

 調子づくスタースクリームを記憶を失う前の様に釘をさす。十分にスタースクリームが首肯したところで、メガトロンは本題に取り掛かった。

 

 

「――――それで? 任務の進捗状況を報告しろ。オートボットの戦力はどうなっている? 俺様の命令通り、マトリクスの記憶を持った小僧は勿論見つけ出したのだろうな?」

 

 

 ぎょろりとした眼がスタースクリームを射竦める。指すような視線を感じてスタースクリームは脂汗を流していた。どばどばと溢れるグリースの潤滑剤が口角を汚している。その慌てようはメガトロンと対峙している恐怖からもたらされるものだけではないようだった。何か後ろ暗い隠し事でもあるのか。根掘り葉掘りと繰り返される質問に対してスタースクリームは曖昧な答えを返すだけだった。必死でその場を取り繕うと奮闘するが、誤魔化しきれないと諦めたのだろう。不承不承といった様子で任務の進捗状況を話し始めた。

 

 

  「…………オ、オートボットの連中に妨害されまして………未だ捕縛には……。」

 

 

 何も解決していないというスタースクリームの報告を聞いて、激怒するメガトロン。マトリクスの記憶を取り込んだ青年の捕縛。その問題が未解決のまま店晒しにされているということはスタースクリームの怠慢に他ならないからだ。

 堪忍袋の緒が切れたのか、メガトロンはスタースクリームを蹴り飛ばす。そして、脚部のキャタピラを回転させた状態でスタースクリームを踏みつけたのだ。キャタピラのスパイクが引っかかり、がりがりと研磨される音がその場に響いた。研削される苦痛を訴えるスタースクリームだが、その苦痛に跳ね除けるようにしてメガトロンの叱責が飛んだ。

 

 

 

「………下等な有機生命体の、虫けら1匹追う仕事も満足にこなせないのか!!!」

「ぐぁああ!メガトロン様のキャタピラが腹に…。おやめ下さいメガトロン様。……70億いるうちの1匹ですっ! 見つけ出すには手間と時間が……」

「黙れッッ!! 言い訳は許さん。」

 

 

 

 自身の失態を正直に話したお蔭か、スタースクリームに対するメガトロンの叱責も徐々に沈静していった。スパイクに削られた傷跡を摩りながら、ペコペコと頭を下げるスタースクリーム。その情けない姿を見てはメガトロンの怒りも鈍らざるを得ないということだろう。

 

 このように残念な姿を晒すスタースクリームだが、かつてブラックアウトを撃破したその実力は本物である。メガトロン自身もスタースクリームの実力を高く買っていた。決して表情に出すことはないが、虎視眈々と頂点を狙うその秘められた野心が特にメガトロンの関心を引いていた。もしリーダーの地位を禅譲するのであればショックウェーブでもなくサウンドウェーブでもない、スタースクリームがその相手として選ばれるのだろう。

 

 だからこそ、スタースクリームは総参謀の地位を与えられているのであり、メガトロン自身も更なる成長を願って普段から厳しく接しているのだった。しかし、メガトロンの努力も今のところは実を結んでいない。強力な力を持ちながらもその小悪党ぶりが裏目に出て人望を高められていないからだ。メガトロンから次のリーダーとして嘱望されながらも、期待されているその事実に気づくことなくこそこそと暗躍を繰り返すスタースクリーム。

 

 強力な実力と小悪党の人柄を併せ持つ、ディセプティコン軍きっての残念な大幹部だった。

 

 

「(――――ふう。やれやれ、やっとおわったか――――?)」

 

 

 メガトロンの叱責が終わって、一息を吐くスタースクリーム。その表情には少しも悪びれる様子は見られなかった。立ち上がり、上司であるメガトロンの機嫌を伺おうとしたその時、スタースクリームのセンサーに何かの反応があった。それは微かだが、確かな生体反応のものだった。何があるのかと確かめるために、反応があった方へ眼を向ける。すると、そこには死にかけの有機生命体が転がっていた。

 

 ピンクブロンドの髪を血に染めた美しい少女。身体に大穴が開き、いつ死亡してもおかしくはないという有様だったが、その少女はまだ生きていた。細く長い息を繰り返している少女。憂さを晴らす良い標的が見つかったと思ったのか、スタースクリームはその有機生命体の殺害を決定した。

 

 

「あそこに転がっている小娘はまだ息があるようですが……手を御下しにならないので?」

「スタースクリーム、俺に疑問を挟むな!!! お前は俺の命じた場所に行き、命じられたことをすればよい。分かったな?」

 

 

 右腕を変形させ、武装を展開するスタースクリーム。六連のミサイル砲を展開させ、肉片一つ残さず爆殺してやろうと企んだ。しかし、砲門を回転させミサイルを装填したこれからというところで、メガトロンから横やりが入る。

 予想外に激しいその叱責に驚くスタースクリーム。スタースクリームとしては忘れ物をしたなにげない感覚での企みだった。有機生命体の命など、道端の石ころと同じものである。その石ころを蹴飛ばそうとしただけで、ここまで激怒することは、普段のメガトロンでは考えられないことだった。しかし、怒りは怒りであることに変わりはない。上司であるメガトロンの機嫌を取ろうとスタースクリームはすぐさま謙った。

 

 

「もっももも申し訳ありません。メガトロン様。」

「――ふん。」

 

 

 スタースクリームの釈明を受けて、機嫌を直したように見えたメガトロンだった。だが、その後に続いたスタースクリームの言葉を聞いて、治まった筈の怒りはすぐさま沸騰へと逆戻りする。

 

 

「……ただ私は戦いを終えられてメガトロン様がお疲れだろうと思っただけでして。何もメガトロン様御自身が手を下すまでもなくこの私めに仰せつけくだされば――――」

「黙れッ!! この薄っぺらいおべっか使いめ。言った筈だ、俺に疑問を挟むなとな。こんな傷如き何ともない! それに、死にかけの虫に構っている余裕があるなら俺様の前からとっとと失せろッッ!!」

 

 

 プライドの高いメガトロンにとって、疲弊を労われるという行為は許容できないものである。労われる相手が自身の部下であれば尚更だ。地雷を踏んでしまったことに気付かないスタースクリームは、メガトロンの怒声に従ってすぐさまその場を後にした。まるで逃げるが勝ちと言わんばかりの見事な逃亡っぷり。蹴り飛ばされる前にさっさと逃げてしまえと脱兎する世界最強の戦闘機。武骨なフォルムを持つF-22・ラプターの雄姿が何故かその時だけは情けなく映った。

 トランスフォームしたスタースクリームがワームホールへと向けて突入する様を見て、止めとばかりにメガトロンは吠えた。

 

 

 

「そして覚えておけッッ!! たとえ死んでいても、俺様以外の命令が下されることは許さん。生きて現場にいる貴様の声より、不在の俺様の呼び声の方がよく届くのだ、馬鹿者め!!!」

 

 

 

 スタースクリームが人望を集めて皆を引導するにはまだまだ時間がかかるだろうということを察して溜息を吐くメガトロン。情けない部下に対して、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべている。メガトロンの声が情けない部下に届いたかどうかは分からない。だが、どれだけ部下が情けなかろうとも上司であるメガトロンにはその部下を監督する義務がある。自身の判断のみで、その部下を軽々しく見捨てることは許されないことだった。

 

 

 全てのディセプティコンがワームホールへと突入した。

 

 

 メガトロンによって半死半生のめに会わされたディセプティコンも、他のディセプティコンが運搬していったため、広場には残っていない。そうしてディセプティコン軍が失せたタルブの広場には再び静寂が訪れる。見渡す限り、どこまでもが血に染まっている。地獄と化したタルブの草原。美しかった草原は血に染まり、もう二度と元の姿を取り戻すことはないだろう。そして、全滅したアルビオン軍の惨状は残滓したままだった。積み上がる死体の山。夥しい屍の群れはピクリとも動くことはない。

 

 静まり返る地獄と化したタルブにおいて動いている者はたった一人。ルイズだけだった。

 

 血に染まるピンクブロンドの髪が木枯らしに触れて揺れている。吹き出した血液によってその長髪が頬に張り付いていた。メガトロンから供給されていたエネルギーもなくなり、ルイズは死への階段を急速に登ってる。一度は蘇生を成し遂げたが、その奇跡は長くは続かない。その混濁した瞳は、まるで鏡のようでいて生気を感じさせない。ガラス玉のような瞳に、フォールンを抱えるメガトロンの姿が映し出された。

 

 

「――――わが師よ。貴方から授けられた教えが忘れられることはない。」

 

 

 メガトロンがフォールンに対して強い恩義を感じていることは、フォールンを殺した現状でも変わらない。その師匠をハルケギニアという辺境の田舎星に残しておくことは余りにも忍びない。大切に大切に、フォールンの遺体を抱きかかえるメガトロン。慈しむような視線を亡骸へと捧げると、自らの歩を進めた。メガトロンの先には地球へとつながるワームホールが拡がっている。自身が向かうべき場所へと、振り返ることなくメガトロンは進む。

 

 

 その際に死にかけているルイズへとメガトロンが視線を注ぐことはない。見下している下等な有機生命体を庇う必要もないからである。記憶を取り戻した破壊大帝に有機生命体への配慮など存在しない。

 そして、メガトロンのダークマターエネルギーが流れ込もうと致命傷であることに変わりはない。腹部に負った巨大な貫通傷はまだ完全に塞がってはいないのだ。死へ向かうルイズを止める者は誰もいない。

 虫の息であるルイズがその生命を繋ぎ止めるのかどうか。メガトロンにも分からなかった。

 

 

 フォールンを抱えて、黙々とワームホールへと進むメガトロンだった。

 しかし、徐々に進むスピードが鈍くなりとうとう静止してしまう。揃えられた足は異空間トンネルの外延で佇んだままだ。そのままの状態でしばし、青い空を眺めるメガトロン。かつてハルケギニアで過ごした時を思い返すようにして何処か遠いところを眺めている。

 

 その眼差しは在りし日のサイバトロン星を見つめた故郷を慈しむ視線そのままだった。

 

 

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール。力に屈することのない誇り高き者よ。尊い勇敢さを持つ者よ。――――――さらばだ。」

 

 

 

 メガトロンにとってルイズとの関係は蔑ろに出来るほど軽いものではなかったのだろう。発せられたその言葉は師へ捧げられたものと同様に敬意満ち溢れるものだった。

 

 

 ハルケギニアで体験した出来事や出会った人々に対して、破壊大帝は何を思うのだろうか。

 

 

 失われたものは二度と戻らない。仮に復活することがあろうとも、それはよく似た何かであり、失われたものそのものではないのだ。全ては諸行無常であり、永続する関係など存在しない。どれほど相性の良い関係だろうとも、どれほど強い繋がりであろうとも、終わりは訪れる。

 全てのものは終わりを受け入れ、変化に適応し、失った過去の向こう側、その先へと向かわなければならない。

 

 

 メガトロンとルイズの関係にもピリオドが打たれることになった。

 メガトロンの右肩に刻まれたガンダールブのルーン。その文様が少しづつその形を失っていたからだ。ルイズの死が近いのか、変化を受け入れる覚悟を固めたメガトロンの心境の変化が作用したのかは定かではない。

 

 本来左腕に刻まれるはずのルーンが右肩に刻まれたままだったことも、メガトロンがイレギュラーな存在であることを証明していたのだろう。本来召喚されるべき者は他に存在しているということだ。メガトロンとルイズは最高の相性を持っている。その出会いは運命であり必然でもあるが、正規のものではなかったのだ。

 その別れも当然の物だったのかもしれない。全てのものは本来あるべき場所へと収束していくからだ。ルーンが完全に消失したことを知って、メガトロンはその瞳に憂いを浮かべた。

 そして、何かを諦め何かを受け入れるようにして頷くと、その口を開いた。

 

 

 

「見事だ。……貴様は、最後まで貴様であったぞ。――――――――――――――――――――――――マスター。」

 

 

 

 ――――この俺を使役するというのならば、捧げさせてみせるがいい。永遠の忠誠と絶対の服従を。先ほどの言葉をどこまで貫けるかを、な。

 

 

 ルイズに対して残されたその言葉。始まりの日。二人が出会った運命の夕暮れの丘での宣誓をメガトロンは忘れていなかった。

 

 

 決して振り返ることなくメガトロンはその場を後にする。

 ワームホールへ向けて進むその後ろ姿は例えようもない威厳に溢れていた。待ち受ける未来が破滅だと分っていても、メガトロンは進む。故郷の消滅という定められた絶対運命に対して反逆の爪牙を突き立てる。それがメガトロンの選択であり、フォールンから受け継いだ遺志でもあるからだ。

 

 

 フォールンの能力を取り込んだメガトロンは名実ともに最強である。

 破壊大帝の名はより広く銀河へと轟き、対立するオートボットは眠れぬ夜に悩むことになるだろう。ルイズをはじめとするハルケギニアにおける有機生命体との交流はメガトロンに強い影響を与えたが、メガトロンが抱く故郷への思いが薄れることはない。

 

 破壊大帝は破壊大帝である。メガトロンは揺らがないからこそメガトロンなのだ。

 

 記憶を失おうが、どのような体験を経ようともその事実は変わらない。サイバトロン星の滅亡を避ける為であれば、メガトロンは何でもするだろう。他の生命体がどれほどの犠牲を強いられようが関係ない。記憶が失われる以前の所業と同様に、夥しい破壊がもたらされる筈だ。

 

 

 しかし、メガトロンは知ってしまった。

 

 

 地を這い、蠢いている虫の気持ちを。下等な有機生命体である彼ら人間達も、もがき苦しみ足掻いているのだということを、メガトロンは知ってしまった。

 

 知ってしまったからもう戻れない。知る以前のかつていた場所にはもう戻れないのだ。影響を与えるということは、影響を受けるということでもある。メガトロンがハルケギニアに絶大な影響を与えた様に、メガトロンもまた彼らから影響を受けているのだった。

 

 メガトロンの負った変化がこれからどのような結末を招くことになるのか。獲得した心境の変化とサイキックエネルギーがどのような未来をもたらすのか。それは誰にも分からなかった。破壊大帝がその後どのような運命を辿ることになるのか。サイバトロン星の神のみが知ってる。

 

 オートボットとディセプティコン。

 

 種族の命運を分ける巨大な戦いは目前にまで迫ってきていた。新しく獲得したサイキックエネルギーを駆使して異空間を進むメガトロン。地球へと向かうその過程の中でメガトロンは吠えた。

 決着をつけるべき宿敵の名前を。自らの大切なものを守るために切り捨てた親友の名前を。

 

 

 

「――――待っていろオプティマス。――――――――――――――――決着の時だッッ!!!!」

 

 

 

 ワームホールに轟くメガトロンの咆哮。湧き出る猛りを現すようにその叫びは烈しいものだった。烈しい叫びは果てのない戦いを象徴する始まりに過ぎない。母星の呼び声を求めて戦う道程はまだ始まったばかりである。故郷の復活を求めて、頂への道を登り詰めるメガトロン。

 思いを受け継いだ師匠のためにもメガトロンは止まらない。その果てにあるものを求めて、メガトロンは戦い続ける。メガトロンの戦いは終わらない。

 

 

 

 母星の呼び声を求めて、メガトロンは戦い続ける。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。