ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第四十三話 辿り着いた答え

 タルブの村における虐殺には数十体に及ぶディセプティコンが参加していた。ディセプティコンの生みの親であり、総指導者でもあるフォールンは現在でも隠然たる支配力を持っている。フォールンの影響下にあるディセプティコンは少なからず存在している。そのフォールンによる命令を受けてタルブにおけるアルビオン軍虐殺が行われたことになるが、下されたフォールンの命令に対して従わないディセプティコンもまた存在していた。

 

 ディセプティコン軍の大幹部であり、メガトロンの腹心を務めるショックウェーブなどがそうである。フォールンから発せられた招集に従ってワームホールを通りハルケギニアにやってきたショックウェーブだが、その虐殺命令に従うことはなかった。ショックウェーブにとって下等な有機生命体の虐殺もフォールンの命令も、そのどれもがどうでもよいことだったからである。

 

 ワームホールから飛び出すこともない。境圏の狭間でその時を待つ。

 

 遠路はるばると碧落の場所にまでショックウェーブがやってきた理由はたった一つ。メガトロンのみである。ショックウェーブの忠誠は筆舌につくしがたい凄まじいものがあった。ショックウェーブとメガトロンの関係は、右腕と頭脳との関係にそのまま当てはめることが出来る。頭脳が下した命令に対して、その連なる右腕が逆らうことはない。上下関係すら超越したその関係は徹底を通り越して最早異常だった。メガトロンからの命令に対してショックウェーブが疑問を差し挟むことはない。メガトロンの望みをメガトロンが願うままに成し遂げる。流水が川上から川下へ流れるように、その忠誠は自然律と化している。僅かの疑義すら抱くことなく、何があろうとどのような状況であろうともその姿勢がぶれることは決してない。

 それが、突撃隊長ショックウェーブ。メガトロンの右腕を務めるディセプティコン有数の実力者だった。

 

 

「――――――Lord:MEGATRON.」

「(――――――メガトロンッッ!!)」

 

 

 心中におけるルイズの叫びは期せずしてショックウェーブと同じ内容のものだった。メガトロンに対して実際に声を投げ掛けたいと思っても敵わない。か細い声を出すことすら出来ない程、ルイズは消耗していた。大量の魔力を消費する虚無の魔法を連続で使用したのだ。その消耗も当然の結果だろう。自身の生命力を燃料として代替し、詠唱を紡ぐ。それは、必要に迫られたからという言い訳があってもあまりにも無謀な行為だった。

 

 混濁する意識の中でルイズは思う。闘ってはいけない、と実際に声を出してメガトロンに伝えたかった。メガトロンの記憶を受け継いでいるルイズには分かる。夢の中で見る記憶が正しいものであるならば、結果は蓋を開けずともに明らかであるからだ。フォールンには如何にメガトロンであろうと対抗できない。大切な使い魔であるメガトロンに、ただ一人だけでその災禍に立ち向かわせることは何よりも避けたいことだった。加えて、尊敬する師匠とその弟子が互いに剣を交えるなど、どの様な理由があろうともあってはならないことだったからだ。

 

 しかし、精も根も尽き果ててルイズには何も残っていない。受け継いだ虚無の魔法が強力であればあるほどその代償も莫大だ。僅かなエネルギーすら残っていないルイズには唇を動かすことすら出来なかった。許されていることはただ一つ、何もできない無力に苛まれることのみである。血の染み込んだ大地の冷たい触感を頬に感じながら、生気の失われた眼でぼうっとルイズは眺めていた。

 大切な使い魔が打ちのめされるその無残な様子を。

 

 

「――――――ぬううっ。」

 

 

 破壊大帝メガトロンが地面に膝をついていた。口から洩れる呻きの声は、破壊大帝であろうと抗えない災禍の凄まじさをこれ以上ないほどに物語っている。手練れのディセプティコンを一蹴する実力を持ったメガトロンが赤子のように捻られる。六人のプライム達を一度に相手取り、なおかつ圧倒したフォールン。保有するその強さは折り紙つきだった。

 

「――どうしたメガトロン。これで終わりか。――――この程度で膝をついてしまっては破壊大帝の名前が泣くというものだ。」

 

 膝をつくメガトロンを見てフォールンは余裕の表情を浮かべていた。それも当然だろう。戦う相手がメガトロンであろうとも関係ない。フォールンの余裕を証明するように、五階建てのビルの様な巨石がメガトロンの周囲に浮遊していた。空を舞ういくつもの巨塊。数十tもの巨石を軽々と持ち上げるほどに強力なエネルギーがフォールンから発せられていた。始まりのプライムのみが持つサイキックエネルギー。超能力者であるフォールンのみが持つ最強の切り札だった。手招きをするように差し出された右腕が強力なエネルギーを操っている。右掌の上だけで弟子の反抗を押さえつけるその力は凄まじかった。

 しかし、メガトロンとて黙ってはいない。師匠であるフォールンの実力が凄まじいように、その弟子であるメガトロンの実力もまた虚飾ではないのだ。防戦一方の状況を打開する為に、自身の持つ剛力を思う存分に開放する。

 

「――――おおおおッッ!!!!」

 

 凄まじい膂力を以て突進を繰り出すメガトロン。その剛力を活かして浮かぶ巨石を排除する様子は圧巻だ。振り下ろされるエナジーブレードはビルの様に巨大な岩石を両断する程の威力を持ち、猛進する身体は巨石によって進路を妨害されようとも揺らがないほどの壮健さを持っている。立ちはだかる障害、その悉くを破壊する勇猛な姿は間違いようもなく破壊大帝そのものだった。自身の持つ剛力を発揮して、敷かれた巨石の結界を突破する。

 結界の先には邪悪な笑みを浮かべるフォールンが待っていた。不敵に笑うその姿を見て、メガトロンは展開された右腕の兵装を解き放つ。

 

「――――――ッ?!」

 

 しかし、眼前の敵を倒すべく振り下ろされたエナジーブレードは空を切った。倒すべき敵はメガトロンの周囲から忽然と消えてしまう。一体何処へ消えたのかと逡巡する間もなく、背後から浴びせられる鉄棍の打撃。強力な一撃をまともに食らったメガトロンは再び膝をつかされてしまった。

 

「――――ぐおあッッ」

 

 呻くメガトロンを余所に、背後から空間を跨いでフォールンが現れる。強力なサイキックエネルギーが可能とする瞬間移動だった。無様に膝をつくメガトロンを見て、鉄棍を体の一部の様に繰りながらフォールンは笑った。戦闘中にあるまじき態度も余裕の裏返しだ。忽然と姿を消すタネがどれだけ明らかであろうと、対処する方法など存在しない。剛力を持つメガトロンが何者にも止められないように、空間を透過するフォールンを捕まえられる者もまた存在しないのだ。余裕の態度を崩さないフォールンに対してメガトロンはそれでも果敢に攻撃を繰り出した。何度膝をつかされようとも関係ない。破壊大帝は諦めを知らないのだから。

 しかし、繰り広げられる千変万化のテレポーテーションによってメガトロンは完全に翻弄されていた。

 

「――何処を見ている? メガトロンッッ!」

「ぐうっっ?!」

 

 攻撃の際に生まれる隙を徹底して突くフォールンは容赦がなかった。鉄棍による強力な打撃を食らい、削られ続けるメガトロン。装甲が再生する間もないほどの連撃は着実にダメージを蓄積させている。加えて、如何に剛力を誇るメガトロンだろうと、その攻撃を当てることが出来なければ意味がない。蓄積されたダメージが影響してか、果敢に攻撃を仕掛けるメガトロンの勇猛さにも陰りが見えてきた。そうして翻弄されるメガトロンだったが、その下剋上も俄かに終わりを迎える。

 幾度目かに大地を拝まされた際、浮遊していた巨石がメガトロンに圧し掛かったからだ。俯せのまま磔にされ、身動きの取れないメガトロン。通常であれば、この程度の巨石を押しのけられないメガトロンではない。しかし、巨石に加えて身体全体を押さえつけるように強力な念動力がz全身に働いていた。10階建てのビルの様に巨大な岩石と逸脱したサイキックエネルギー。その二つの超重に圧し掛かられては流石のメガトロンでも対抗することができなかった。

 

「さて、――――――。」

 

 とうとう動けないように拘束されてしまったメガトロン。超重に押し潰されている弟子を前にして、フォールンはその口を開いた。戯れを終わらせるために、自分へと立ち向かってきた弟子を見る。反乱を企てた弟子を始末するのかと思われたが、そうではない。目を懸けた愛弟子を簡単に始末してしまう程、フォールンも愚かではなかった。

 気の遠くなるような長い年月を生き抜いたフォールンには恐ろしいほどの知識と経験が兼ね備えられている。それら深い知識と夥しい経験があるからこそ、総指導者としての適切な指示が出せたのだろう。難破した宇宙船からでも的確な命令を下せるフォールンに分からないことなど殆どなかった。そうした遍く知識と経験があってこそ可能となったのだろう。恐ろしいことに、メガトロンが抱える様々な事情をフォールンはたったの一見で看破していたのだ。

 

「…………なるほど。――――記憶か、記憶だな。」

 

 顎に手を当てて得心が言ったように呟くフォールン。ゆっくりと頷きながら周囲を眺める。辺り一面に積み上がる死体の山やハルケギニアの美しい青空を眺望するが、それら関係のないものには一瞥もくれることはなかった。始まりの災禍はありとあらゆるものを見透かす眼を持っている。目的の物が何処に隠れていようが、どれだけ小さかろうが関係ない。フォールンは目的のものを発見すると、緋に染まる冷然とした眼を僅かに細めた。

 

「――――そこか。」

「――!」

 

 臓腑に纏わりつくような恐ろしい視線がルイズへと注がれる。心臓を鷲掴みにされたような怖気をルイズが感じた時には既に何もかもが手遅れだった。サイキックエネルギーを纏ったフォールンの人差し指が手招きするように折り曲げられる。すると、ふわりとルイズが浮き上がり、まるで弾丸のように空を走ったのだ。重力を完全に無視したこの移動は、フォールンによる念動力が働いているからだろう。巨石を操ることに比べれば小さな有機生命体の移動など何でもない。それよりも、何故フォールンはルイズを見つけられたのか。もしかすれば、メガトロンとルイズとの間にある経絡路に何らかの特性があったからかもしれない。全てを見透かすフォールンの眼がその特性を見逃がす筈がなかった。

 

 そして、虚無の連撃によってルイズは魔力をすっかりと使い切っている。何か抵抗しようとしても何もできない。ただ為されるがままに宙を浮くだけだった。始まりの災禍によって囚われた美しい少女。手も足も出ないその様子は断頭台に並ぶ死刑囚も同然の絶望を感じさせた。順調に目的の物をその手中としたフォールン。準備は整ったとばかりに、更なるサイキックエネルギーを右腕へ集中させる。

 そして、悲劇が始まった。

 

 

「――――――うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

 ルイズへと絡まりつくサイキックエネルギー。フォールンの邪悪な波動がルイズの精神をズタズタに凌辱していた。心の中をぐちゃぐちゃに荒し回り、目的の物を探索。収められた記憶を取り出すために、絡み合った複雑な精神をこじ開け無理やりにでも奪取する。記憶の保持者へ一片の配慮すら示さないその荒々しい手法はルイズの精神にも多大なダメージを与えていた。

 

 響き渡るルイズの叫び。その悲痛な慟哭を聞いてもフォールンは何も感じていなかった。フォールンにとって有機生命体の存在など地面に転がる石ころと等しいものである。かつて地球において初めて人間を発見したころから何も変わってはいない。細を穿ってその蔑視は徹底している。愛弟子の記憶が何故、その有機生命体に転移していたのかという疑問すらもフォールンが抱くことはない。道端の石ころに思いを馳せることがないように、有機生命体の苦痛など、取るに足らないことなのだった。

 

「………………。」

 

 フォールンの掌の上で精神を凌辱されるルイズ。意志の強いあのルイズでも耐えられない程だ。相当の激痛を感じているのだろう。周囲をはばかることなく、喉も裂けよと力の限り泣き叫んでいた。叫ぶ彼女を前にして、拘束されているメガトロンは何もすることが出来ない。苦しむルイズを前にして、何をするでもなくただ眺める。

 その状況に対するメガトロンの心情はどこまでも複雑だった。動けないよう磔にされている屈辱もあるが、それ以上の何かがメガトロンの中で燻る。メガトロンにとってルイズが大切な存在である訳ではないのに何故だろうか。メガトロン自身でも自分の心情を理解することが出来なかった。

 メガトロンとルイズとの関係は未だ曖昧なままに保たれている。メガトロン自身もルイズに対してどのような感情を抱けばよいか、分かっていない。下等な有機生命体、騒々しい隣人、そのどれでもない何か。心中を占めるルイズの姿が何時の間にか大きくなっていたことに対してメガトロン自身も驚きを隠せなかった。

 

 

 ルイズを凌辱する強力なサイキックエネルギーは、ルイズの精神を凌辱するに留まらない。強力すぎるエネルギーの余波だろうか、二人の間にある経絡路をすら断ち切ってしまう。メガトロンの右肩に刻まれる使い魔のルーン。彫り込まれた刻印が徐々に徐々にその姿を消していた。断ち切られた繋がりを反映したが故の帰結だろう。フォールンの助力を得ることで、ルイズとの主従関係からメガトロンはとうとう解放されたのだった。

 

 そして、何もすることが出来ない無力感が誘ったのかもしれない。メガトロンの葛藤は深みを増し、より奥深く深化する。

 

 自身の掲げる誇りを貫くべく闘うルイズの姿は幼い少女には似つかわしくない程の偉容を持っていた。下等な有機生命体らしい無様な姿を晒したかと思えば、破壊大帝であるメガトロンが驚いてしまう程の雄姿を披露したりもする。ルイズという少女が披露するその直向きな生き様に、いきおいメガトロンも引きつけられていたのかもしれない。複雑に入り乱れ変容するルイズへの思い。メガトロン自身は少しも意識していないが、ルイズがメガトロンから多大な影響を受けているように、メガトロンもまたルイズから強く影響を受けているのだった。

 

 下等な有機生命体であるルイズがどのような苦境にあろうと、メガトロンは何も思わない。孤高の金属生命体であるメガトロンは何があろうと揺らぐことはないからだ。しかし、何故だろうか。揺らぐことのないメガトロンの内側で燻る何かがあった。燻る元となっている原因は間違いなくルイズだ。ルイズがメガトロンにどのような影響を与えているのか、具体的なことは何も判然としていない。しかし、今、そのルイズは泣いて苦しんでいる。そのルイズを前にして、今、自身が感じているこの思いは何なのか。メガトロン自身にすら分からなかった。

 

 

「――――さぁ目覚めろメガトロン。――俺の唯一の愛弟子よ。戯れはおしまいだ。」

 

 

 所定となる作業が終了したのか、用済みだとばかりにフォールンはルイズを放り投げる。死体の積み上がった山へと投げ捨てられたルイズはぐったりとしていて、生きているのか死んでいるのかどうかすら分からない有様だ。ごみの様に捨てられたルイズを他所に、フォールンは朱に染まった目を細めてメガトロンを見る。目的の物を抜き出すことに成功したのか、フォールンの右腕には紫電が迸っていた。歩み寄るフォールンに対してメガトロンは何も打つ手が残されていない。ぐったりとしたルイズが視界の端を過ぎるが、受け入れなければならない屈従はその目前にまで迫っていた。圧し掛かる超重に対して矢庭に抗おうと身を悶えさせるが、踏みつけられることでその反抗までも封じられてしまう。

 そうして弟子の抵抗を押さえつけたところでフォールンは、一思いに、その右腕をメガトロンへと押し当てた。

 

 

 ド ク ン ッッ !!!

 

 

 使い魔召喚を執り行った運命の日。夕暮れの丘で見られたかつての光景がそこにはあった。ルイズとメガトロン、その二人が出会った始まりの時とは真逆。虐殺されたアルビオン兵士たちの死体が積み上がる地獄のタルブにおいて、終わりが始まった。

 心停止した人間が電気ショックを受けた時のようにメガトロンの胸部が跳ね上がる。その刹那、辺り一帯の空気が明らかな変容を呈していた。深海の様に重々しく冷然とした空気が広がり、タルブ一帯を包み込む。何かを感じ取ったのか沢山の鳥類たちが、この世の終わりを歌うように喧しい鳴き声をあげていた。周辺に広がる森林では、森を住居としている小動物たちが、まるで何かに巣を追われるようにして逃げ惑う。蜘蛛の子を散らすようにしてタルブを逃げ出す動物たちの群れ。人間よりも鋭敏な感覚を持つ彼らだからこそ、その復活を感じ取ることが出来たのだろう。その恐ろしさや獰猛さはただ一人、彼だけが持ちうる唯一のものだからだ。周囲のディセプティコン兵達も整然とした姿勢で、その時を待つ。

 

 砕かれた巨石の破裂音が狼煙となって終わりが始まる。

 

 粉々に砕かれた巨石の破片が噴出する水の様に空を舞う。天へと突きだされた剛腕には強力なダークマターエネルギーが纏われ、朱色に染まる紅眼には凄まじい殺意が満ちていた。ビルの様に巨大な岩石も、超重をかける念動力も何ものも彼を止めることなど敵わない。始まりの狼煙は高らかと、そして猛々しく行われた。

 

 

「俺様はッッ!! メガトロンだッッ!!!」

「I am!! Megatron!!」

 

 

 轟く号砲。記憶を取り戻したメガトロンの快哉を叫ぶ怒号が木霊する。鳥は飛び立ち、怯えた動物たちは隠れ場所を求めて逃げ惑う。地獄を統括する鬼のように恐ろしいその声音は、地獄と化しているタルブにおいてどこまでも似つかわしいものだった。たった一撃で以て巨石を破壊する凄まじいエネルギー。全身から強力な殺意が溢れ出し、猛獣のように獰猛な咆哮が口を吐く。その様子を見てフォールンも満足げだ。その態度も当然だろう。今、ここにいるメガトロンはただのメガトロンではないからだ。大勢力を誇るディセプティコン軍団を支配し、銀河中から恐れられているかつての破壊大帝がここにいた。記憶を失うことで誕生したただ一人のメガトロンはもうどこにも存在していない。自身が何者であるのか、自身の所在を憂う必要などありはしないのだ。メガトロンはメガトロンであり何者にも妨げられることはない。完全復活を遂げた破壊大帝。

 記憶を取り戻した彼が望むことはただ一つ。自身を使役という屈従へと貶めた張本人へ、積もり積もったその借りを返すことだった。

 

「――――――ゴホッ」

 

 それは瞬きの間だった。五本の鋼鉄製アームがルイズの身体を貫いている。高々と掲げられるその様は百舌鳥の早贄のように残酷だった。噴き出る血液がルイズのローブを濡らし、破壊された内臓はその機能を停止した。何者であろうと破壊大帝は自身への無礼を許しはしない。ましてや無礼を受けた相手が下等な有機生命体であれば尚更である。その巨体からは考えられない程の速度で以て接近。展開した左腕を振り下ろし、自身が受けた借りを貸主に対してしっかりと返済していた。

 

「――――貴様の肉を掴むのは気分がいいぞ。」

 

 たったの数瞬で決着はついた。メガトロンの鋼鉄製アームにとって有機生命体の身体など紙ペラ同然。身体を貫通した一撃は間違いなく致命傷だ。かろうじて急所は避けていたが、それも時間の問題だろう。莫大な魔力を消費する虚無の魔法。多量の出血に伴って進行する体力の消耗。フォールンによって散々に嬲られることで蓄積した精神的ダメージもある。どれだけ軽く見積もっても幼い少女であるルイズが耐えられるものではなかった。重なる数々の損傷がもたらす当然の帰結。時を置かずしてルイズは間違いなく死ぬ。それは定められたハルケギニアの崩壊同様、何者も逃れられない絶対運命だった。

 

 

「下等な蛆虫が、よくもこの俺様を使役してくれたものだ。」

 

 

 その声音にはルイズを慮る配慮は一切含まれていなかった。それも当然だろう。サイバトロン星の復活という掛替えのない目的を奪い去り、強制的な使役に貶めた。ルイズが背負うべきその罪科は決して軽いものではない。加えて、下等で醜悪な有機生命体から使役されるなど、金属生命体を至上のものとするディセプティコンにとって、これ以上のない不名誉なことでもある。その不名誉はディセプティコンを支配する破壊大帝が許容できるものではなかった。メガトロンが何かの配慮を払う必要など何処にも存在しない。傷つけられた名誉を回復させるために、メガトロンがとるべき手段は一つだけだった。

 

 

「薄汚い虫けらめ。ゆっくりと時間をかけて殺してやりたいところだが――――」

 

 

 多量の血液を失ったからだろうか、元々白いルイズの肌が白磁の様に青白くなっていた。刻一刻とルイズは死への階段を上っていた。このままメガトロンが放置するだけでも、間違いなくルイズはその命を失うだろう。手を下そうが下さまいが、たった数刻程度の違いしか生じない。しかし、既に死にかけているルイズを見ても、メガトロンから噴出する猛烈な殺意は些かも薄れていなかった。メガトロンの怒りに呼応するように脈動する暗黒物質。全トランスフォーマーの中で唯一、桁外れの耐久性を持つメガトロンだけが、その莫大なエネルギーを使用することが可能となっていた。内部で活動する暗黒物質が変換され、強力なダークマターエネルギーがメガトロンの全身に纏われる。

 

 

「――死ね。」

 

 

 下されるメガトロンの宣告。その決定と共に、右腕の砲門が唸りをあげた。組み変わるメガトロンの武装。展開していたエナジーブレードが格納され、代替となる兵装が現れる。メガトロンが最も信頼を置き、かつ最強の威力を持つ破壊兵器。フュージョンカノン砲だった。ダークマターを用いた対消滅でターゲットをその一欠けらすら残さず消滅させる。凄まじい威力を誇るフュージョンカノン砲はこれまでにもメガトロンに刃向う数々の敵を葬ってきた。解放されようとしているカノン砲はメガトロンに逆らう敵を破壊する。これまでも、そしてこれからもその破壊が変わることはない。砲門の最奥に蠢くエネルギー。濃縮された暗黒物質を破壊する目標へと一切の躊躇なく解き放つ。

 

 

「――――――!」

 

 

 その刹那のことだった。メガトロンは鋼鉄製アームに加えられる何かの力を感じた。何事かと怪訝に思うメガトロンだったが、何のことはない。鋼鉄製アームを通じて感じた微かな力。その要因はルイズだった。身体を貫かれ既に死にかけているにもかかわらず、何処か明後日の方へとその腕を伸ばしている。差し出された腕の先には何があるのか。大したものなど転がってはいない。そこには、始祖の祈祷書が転がっていた。ルイズ自身の血がべっとりと付着しているが、まだかろうじて判読可能だ。秘宝としての機能を失ってはいない。その始祖の祈祷書へと手を伸ばすということはまだ戦う意思が残されているということ。

 つまり、ルイズは諦めていないのだ。

 大量の魔力を消費しても、ズタズタに精神を嬲られようとも、鋼鉄のアームで貫かれその身体に大穴を空けられようとも挫けることなくか細い可能性へと手を伸ばす。ルイズの瞳に燈る強い意志はまだ終わってはいなかった。

 

 ――――まだ、諦めていないのか。

 

 ルイズの瞳に宿る強い意志を見て、そうメガトロンが実感した時、落雷のような衝撃が全身に走った。その衝撃は身体的なものではなく、精神的な側面のもの。心に冷水を浴びせられるような愕然とした知覚。メガトロンの長大な生涯でも数えるほどしか感じたことがない心が震えた瞬間だった。

 失われていた記憶をメガトロンが取り戻したとはいえ、召喚された後に経験した記憶までが無くなってしまう訳ではない。記憶を取り戻し破壊大帝として復活を遂げた今、メガトロンの中には二つの記憶が併存していた。するとどうなるのか。自然、かつての記憶とこれまでの記憶が重なり、交わることになる。そこまでは何ら自然な当然の成り行きである。しかし、何故だろうか。その強い衝撃を感じた時、メガトロンの脳裏を過ぎる光景。それは、元々メガトロンが持っていた戦いの記憶ではなく、このハルケギニアで獲得した光景だった。

 

 

 

 ――メガトロン。私は必ず貴方からの忠誠を勝ち取って見せるわ、必ずよ。

 

 

 ――やめなさいメガトロン。まだ決闘は終わっていないわ。

 

 

 ――私は貴族よ、使い魔を置いて先に逃げる者を貴族とは呼ばないわ。敵に後を見せない者を、真の貴族と呼ぶのよ。

 

 

 

 このまま何もせずともに数刻も経ればルイズは死ぬだろう。数々の消耗に加えて身体には大穴が空いている。アームを伝って流れだす夥しい血液は迫りくるルイズの死を如実に物語っていた。避けられぬ死を目前に控えているにも拘らず、何故ルイズは諦めていないのだろうか。精神を嬲られ、その身体を貫かれても諦められないものがルイズにはあるからだろう。何があろうともルイズが諦める訳にはいかないのである。大切な友人たちや忠誠を誓うトリステインなど、ルイズが背負うものは少なくない。加えて、彼らディセプティコンに対抗できる力を持つ者はルイズだけだからだ。このハルケギニアにおいて虚無の魔法のみがディセプティコンに通用する唯一の力である。その力を持つルイズが諦めれば全てが終わる。人々の抵抗も虚しく、ハルケギニアは滅亡してしまうだろう。だからこそ、ルイズが諦める訳にはいかないのだった。

 祈祷書へと手を伸ばすルイズの姿は滑稽だ。致命傷の傷を負うその身体で一体何が出来るのか、と見る者に可笑しさすら感じさてしまう程である。

 

 しかし、諦めを踏破し、微かな希望を目指して闘い続けることを選択したルイズは例えようもないほどに勇ましかった。

 

 命乞いをすることや泣き叫ぶことなど、幼い少女であるルイズが本来とりうるべき行動はいくらでもある。けれども、ルイズはそれをしなかった。どれだけ滑稽でも、どれだけ無様でも、戦い続けることをその手で選び抜いたのだった。

 

 

 

 ――私も貴方たちと一緒に戦えるんだってことを証明してみせるから。

 

 

 ――背中は任せるわメガトロン。私と一緒に戦いましょう。

 

 

 ――これからよろしくね、メガトロン。私の大切な使い魔。

 

 

 

 まるで魚群の様にきらめく記憶の群れ。メガトロンが見たルイズの姿が、何時かの日にシエスタと共に見たタルブの草原の様に揺らめいている。細やかな光を反射して波間のように揺蕩うそれらの記憶は美しかった。

 

 メガトロンの脳裏を過ぎるハルケギニアの美しい光景。それはメガトロンに現れた変化を象徴していた。何かを与えるということは、何かを与えられるということ。ハルケギニアに住む人々に対してメガトロンが強い影響を与えた様に、メガトロンもまた彼らから影響を受けることは避けられないことだった。友人を思うキュルケ。憎しみで身を焦がすタバサ。誇りに殉じたウェールズ。生まれ育った故郷を愛するシエスタ。

 

そして、――――ルイズだ。

メガトロンを召喚した張本人である少女。彼女は誰よりも目の前にある毎日を必死で生きていた。自らの誇りを貫くべく、自身の全てを懸けて進むルイズ。その姿は鮮烈だった。記憶を失おうともメガトロンが恋い焦がれる赤と青の宿敵を思い出させるほどに。

 

 そして、メガトロンが見た人々はルイズたちだけに留まらない。人々は例外なく目の前にある生を必死で生き抜いていた。ハルケギニアで出会った人々が見せたそれらひた向きな生には素朴な生命の尊さが溢れていた。その尊さは何者にも侵害されてよいものではない。まばゆい煌めきを放っているそれらの尊さ。力を信奉する破壊大帝ではその尊さは本来絶対に知覚できない筈だった。しかし、記憶の喪失という奇禍がメガトロンの契機となった。ルイズからの召喚が呼び水となり、その変化は始まった。ルイズが様々なことをメガトロンから学んだように、メガトロンは破壊大帝ではない一人のメガトロンとして様々な人々と触れ合った。一人のメガトロンとして、その尊さに触れあってしまったのだ。

 そして、ルイズと同様にメガトロンもまたその答えを獲得した。

 

 

「――――そうか。そういうことか。――――――ルイズ。貴様は――――――――」

 

 

 かつて、ルイズがキュルケに対して言ったように、メガトロンもまた知ってしまった。知ってしまったからもう戻れない。

 

 ルイズが願ってしまったように、メガトロンは知ってしまった。

 

 地を這い、蠢いている虫の気持ちを。下等な有機生命体である彼ら人間達も、もがき苦しみ足掻いているのだということを、メガトロンは知ってしまったのだ。

 

 

「何を――――している? ――――――メガトロン。」

 

 

 そして、流転するメガトロンの記憶が終わりを迎えた時、向けられるべき刃は自身の師へと掲げられていた。太陽の破壊。ハルケギニアの崩壊という定められた絶対運命。その不可逆を覆せるものなどただ一人しか存在しない。

 

 不可能を可能とする者。起こりえない絶対へ到達することが出来る者は、破壊大帝メガトロンをおいて他にない。屍が積み上がる地獄のタルブにおいて、弟子とその師匠が鎬を削る最後の戦い。頂点を決する事実上の最終決戦、その第二幕が始まった。

 

 

 

 


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