ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第四十二話 予兆

 

 

 ザ・フォールン。墜落せし者の正体は初代リーダーである7人のプライム達の内の一人である。フォールンとその他のプライムたちは当初から反目し合っていた訳ではなかった。中途までは強固な絆で結ばれた理想的な関係を構築していたが、ある切っ掛けを境として血で血を拭い合う恐ろしい抗争が繰り広げられることになる。彼ら七人のプライムは惑星サイバトロンの滅亡を早い段階で察知していた。何れ迎えることになるサイバトロン星の崩壊を回避する為に、彼らトランスフォーマーにとって命の源であり、かつ、惑星サイバトロンを延命しうる可能性を持ったエネルゴンの探索が積極的に行われていた。

 また、エネルゴンは太陽のような恒星を素材として生み出すことも出来るため、必然的にエネルゴンの探索は条件に適する恒星の探索と同時並行して行われることになる。エネルゴンの探索は全トランスフォーマーが協力して、かつ徹底的に行われていた。だが、自由と平和を愛する彼らトランスフォーマーらしいことに完全な無秩序ではなく、そこには一つのルールが設けられていた。

 

 

「生命体の存在する星は滅ぼしてはならない」というルールがそうである。

 

 

 自由と平和を愛するトランスフォーマーたちの大半はこのルールに納得していた。惑星の存亡という大義があろうとも、目的を達成する為に他種族の生命を犠牲にするようでは本末転倒だからである。無論、攻撃的な属性を生まれ持った者の中にはその弱腰な姿勢を批判する者も存在した。だが、多くのトランスフォーマーたちは生命の尊さを理解していたため、攻撃的な姿勢を求める者たちの主張が通ることは無かった。一部のトランスフォーマーはそのことに対する不満を燻らせていたが、平和を尊重する現状の態勢は概ねして穏便かつ平和に運営されていた。大半のトランスフォーマーたちは自由と平和を愛しており、好んで戦火を生み出すようなことは望んでいなかった。反乱や内紛が起こることもなく、トランスフォーマーは一つの種族として平和と安寧を享受していた。

 

 だが、その平和が長く続くことは無い。

 平和な種族であったトランスフォーマーに転機が訪れる。反旗を翻す一人のプライムが現れたからだ。

 ある時、トランスフォーマー達はエネルゴン作成に適した「地球」という一つの惑星を発見する。探索の結果、既にその惑星ではその惑星特有の有機生命体が発生し、各々の営みを行っていた。トランスフォーマー達は落胆するが、現実は現実として受け入れなければならない。定められたルールに則り地球を諦めようとするプライムたち。通常通りに事が進めば、トランスフォーマー達は再びエネルゴン生成に適した恒星探しやエネルゴン探索に取り組むことになる。

 

 しかし、そうはならなかった。七人の内の一人が地球を諦めるとする決定に不服を申し立てたからだ。その不服申し立てを行ったプライムこそが後のフォールンであった。フォールンは地球に原住している有機生命体達を「生きるに値しない」と見下していた。惑星サイバトロン星の崩壊を防ぐことを最優先するフォールンの主張は、期せずして不満を燻らせていたトランスフォーマー達にも賛同された。生命を尊重するべきだと主張するトランスフォーマー達と、有機生命体達に配慮する必要などないと断定するフォールン一派。両者の主張が歩み寄ることは無く、トランスフォーマー達はその後、種族を別つ内戦へと突入することになった。

 血で血を洗う内戦の発端であるフォールンは、目を懸けている愛弟子を見てその口を開いた。

 

「――――派手にやったものだなメガトロン。」

 

 フォールンの視線の先には戦闘不能となったディセプティコン達の姿があった。メガトロンによって叩き伏せられ地面にうずくまっている。辛うじてその命は取り留めているが、これ以上の戦闘続行は不可能だと他の誰が見ても察することが出来た。

 

「しかし、流石は俺の愛弟子だ。何処へとも分からない辺境の星で何をやっているのかと思ったが、その心配は不要だったな。」

 叩き伏せられたディセプティコン達の慰労もおざなりにして、フォールンは嬉しげに呟く。タルブを照らす眩い恒星の光は、フォールンが求めて止まない目的のものだったからだ。

 

「この星は素晴らしい。恒星との距離もまた適切。まさに、我々が求めていたものに合致する条件を兼ね備えている。この地にグレートマシーンを築くことで、エネルゴンの結晶であるマトリクスを精製することが出来るだろう。更なる軍団の拡充を通して、目障りなオートボットの連中を排除することも可能となる筈だ。」

 

 嬉しげに呟くフォールンだったが、その声音は氷のように冷然で耽々とした様子が変わることはない。混じり気のない殺意が込められた朱色の瞳は先程まで賞賛していたハルケギニアへの興味すら失っているようだった。フォールンの言葉を聞いて愕然とするルイズ。来たるべき時が来ても抗うことすら許されないその絶望にルイズはただ一人直面していた。既に決定はなされたものなのだ。ハルケギニアは滅びることになる。太陽を奪われれば全ての生命が死に絶えることになる。ハルケギニアは死と闇が支配する世界へと貶められることになるのだ。

 

 

 フォールンが恒星をマトリクスの生贄に捧げようとした試みはこれが初めてのことではない。かつて、フォールンはグレートマシーンを起動することで地球を照らす太陽を破壊しようとした経緯がある。フォールンを覗く六人のプライムたちは、その破壊行動を止めるために戦いを仕掛けた。だが、フォールンはプライムの中でも最強の実力を持っている。戦闘の結果は惨敗だった。真面に太刀打ちすることすら出来なかった六人のプライムたちは、目標を変更。フォールンによって行われる際限のない破壊が宇宙中に広がることを危惧して、グレートマシーンを起動させる役割を持った「リーダーのマトリクス」を彼ら自身の命で以てエジプトの某所へと封じ込めることにした。その試みは成功した。六人のプライム達の命は失われたが、地球がフォールンの犠牲になることは一先ずの所避けられたのだ。

 

 加えると、フォールンとは墜落した者を意味するあだ名である。誇るべき倫理を失い、道を踏み外した者としてトランスフォーマー達から侮蔑されているフォールンだが、元々は別の名前を持っていた。改称前の本来あるべき名前はメガトローナス「Megatronus」。そして、弟子の一人は彼の名前を承り「メガトロン」と名乗っている。

 無論、その部下とはメガトロンのことであり、記憶を失っているメガトロンは今それらの事実を知らない。

 

「――貴様は何者だ。ずいぶんと馴れ馴れしげに話しかけるが、俺様のことを知っているのか?」

「――――ほう。」

 

 それは弟子が師匠に対して言う声音ではなかった。弟子から浴びせられる荒々しい声音を聞いてフォールンもその瞳を細めて反応する。フォールンはディセプティコンの創設者であり、総指導者でもある。現在の大勢力を持つディセプティコン軍団を築いた功労者はメガトロンであるが、与えられている地位はあくまでも統括リーダーのみだ。メガトロンはフォールンに従う立場にある。また、過去の経緯からメガトロンはフォールンに対して強い恩義を感じてもいた。そのため、通常であれば反乱が起こることなどありえない。

 しかし、現状は異なった。

 エナジーブレードを展開し、フォールンへ向けるメガトロン。向かい合う相手がどのような者だろうと破壊大帝は自身への無礼を許しはしない。

 

「いや、やはり止めだ。――――答えは必要ない。この俺様が何者かの下に付くなどというくだらない世迷言を吐く者に聞くべきことなどありはしない。」

 

 黙してフォールンの言葉を傾聴していたメガトロンだが、記憶を喪失した現在のメガトロンはただ一人のメガトロンである。ディセプティコンを支配するかつての破壊大帝ではない。自身と目の前にいる者がどのような関係を持っているのか。何かしらの関係があったのだろうと推測することは出来るが、あくまでもそれだけだ。メガトロンの心中では、その興味よりも非礼に対する怒りが勝ったようである。目の前に立つ鋼鉄の巨人が自身の恩人であるという事実すらもメガトロンは覚えていないのだ。自身の本能に従って戦闘行動を投げ掛けてしまうことも致し方のないことかもしれない。

 メガトロンから燃え上がるような殺気を向けられても、フォールンは全く慌てていなかった。弟子の下剋上を受けても揺らぐことなく泰然としている。流石はフォールンと評するべきだろうか。六人のプライムを撃退し、かつメガトロンの師匠を務められるその実力は虚飾ではなかった。自身が愛用する鉄棍を握りなおしてフォールンは言った。

 

 

「まぁ、構わないだろう。――――久々の再開なのだ。時間はある。――――彼我の差を思い起こさせることも悪くはないな。」

 

 フォールンから立ち上る不気味な波動。それは、ねっとりとした粘着質かつ臓腑を凍えさせるような冷然としたオーラだった。立ち昇るフォールンの殺気に対応するように、メガトロンもまた武器を構える。どのような強敵であろうとも破壊大帝が怯えることは無い。じりじりと距離を詰める弟子とその師。ディセプティコンを生み出した創設者とディセプティコンを支配する破壊大帝。

 屍が積み上がる地獄のタルブにおいて、弟子とその師匠が鎬を削る最後の戦い。頂点を決する事実上の最終決戦、その第一幕が始まった。

 

 

 ■

 

 

 適度な距離を保ちつつ、グラインダーの周囲を飛び回るタバサ。卓越したスナイパーライフルの狙撃と魔法を駆使した攻撃は実力者であるグラインダーすら舌を巻いてしまうほどの完成度を持っていた。しかし、戦闘に長けるディセプティコンが一方的な被弾に甘んじる状況をいつまでも看過することは無い。何時までも隙を見せず、仕留められない外敵に対してグラインダーはとうとう痺れを切らしてしまったのかもしれない。地中を泳ぎ回るスコルポノックへの攻撃を停止して、その矛先をタバサへと集中させたのだ。

 

「――――ッ?!」

 

 異変を察知したタバサの反応も虚しく解放されるグラインダーの武装。六連の高射迫撃砲と60mm多連装機関銃が降り注ぐ雨の様に火を噴いた。グラインダーの攻撃から身を守るため、タバサたちも必死だ。シルフィードによる必死の飛行と、タバサが放つ全力の魔法防壁が展開される。要所要所で放たれる氷と風の防壁が迫撃砲の直撃を何とか防いでいた。しかし、卓越したメイジであるタバサにも限界はある。降り注ぐ雨を躱しきることが出来ないように、グラインダーによる圧倒的物量攻撃を阻止しきることなど叶わないのだった。そして、グラインダーによる波状攻撃を受けて生死の瀬戸際までタバサは追い詰められていた。

 だが、攻撃を集中させるということはそれだけの大きな隙を生むということでもある。その絶好の隙を見逃すスコルポノックではない。残り少ないエネルギーとの兼ね合いもある。ここで勝負を決するために、スコルポノックは残り少ないエネルギーを存分に使って攻撃を試みた。

 恐るべきことに、それがグラインダーの狙いでもあったのだ。

 

「■■――――――。」

 

 攻撃を繰り出したはずのスコルポノックが撃墜されていた。決死の攻撃を繰り出すスコルポノックにグラインダーの放ったプラズマ砲が直撃したからだ。そのプラズマ砲の直撃はスコルポノックの堅牢な黒装甲を融解させ、修復不可能な致命傷を与えた。本来であれば拡散して放たれるプラズマ放射砲が、攻撃力を高めるために収束して放たれたのだ。如何にパワーアップしたスコルポノックの装甲だろうと無事に防ぎきることは不可能である。

 こちらから敢えて隙を見せることで相手を誘い出したその手管。数々の戦場を潜り抜けてきたグラインダーだからこそのものだろう。損傷した腹部を庇ってスコルポノックは魚の様に地面を跳ねている。最早スコルポノックは俎上の魚であり、戦闘続行は不可能となった。止めを刺そうとするグラインダーとスコルポノックとの間には何の障害もない。高く掲げられたローターブレードは止めを刺すための断頭台と化していた。

 

「(――――――救助しなければ!)」

 

 動けないスコルポノックを見てタバサは救援に駆け付けた。ローターブレードを叩きつけようとするグラインダーの眼前へと滑空して躍り出る。それは振り下ろされる刃に首を晒すような危険な行為だったが、それでも救援を試みない訳にはいかなかった。窮地に立たされていたところを救ってもらった恩がタバサにはあるからだ。グラインダーからの総攻撃を受けてタバサも生死の境にあった。隙を伺ったスコルポノックからの攻撃が行われなければ、致命傷を負っていたのはタバサの方だっただろう。成功するかしないかは問題ではない。死ぬことよりも、頼もしい味方を見殺しにしたという罪科を背負う事の方が何倍も嫌だった。決死の覚悟を以てタバサは背負う新しい力を解き放つ。

 

「――アイスニードルッ!!」

 

 

 構えられたスナイパーライフルが音速を超える弾丸を射出する。加えて、放たれた弾丸はただの弾丸ではなかった。タバサの魔力によって射出された弾丸に氷の粒子が纏われる。射出された弾丸を核として生み出された強靭な氷の槍。それが、最後にタバサが選んだ乾坤一擲だった。見る見るうちに巨大化する氷の剛槍。正確な狙いを以て打ち出された弾丸は、寸分の狂いなく目的地へと着弾した。

 

「■■■。」

「(――――駄目か、届かない。)」

 

 

 タバサは心の中で歯噛みした。音速を超える速度と氷の刃を伴って放たれたタバサの一撃でもグラインダーに致命傷を与えることは出来なかったからだ。装甲の隙間を狙って放たれたタバサの槍は、グラインダーの持つ頑丈な内部機構に阻まれた。深奥にまで到達しなければ行動するに支障はない。僅かによろめいたグラインダーだったが、戦闘続行に支障はないようだ。

 また、強硬な滑空による着地の失敗によって、タバサも窮地に陥ってしまう。地面に叩きつけられた痛みもあるが、そんなことに構ってはいられない。動けないスコルポノックとシルフィードを庇うようにしてタバサは立つ。勇ましいタバサだったが、10階建てのビルのように巨大なグラインダーを前に何か友好な対抗手段をうてる訳ではなかった。圧倒的な絶望を前にしてタバサは自身の死を覚悟した。

 

「(――――――――かあさま。)」

 

 脳裏をよぎる母の面影。末期の光景は幸せなかつてを呼び覚ます。

本来であればこの時点でタバサは死んでいた筈である。装甲の間隙を縫うことで致命傷を与えるという狙いも露と消え、残された選択は何もない。起死回生となる都合の良い一手などは残されていないし、圧倒的な実力差は健在だ。順当に考えれば、戦闘不能となったスコルポノック共々仲良く始末されるだろう。

 しかし、そうはならなかった。何時までも振り下ろされないローターブレードを見て怪訝に思うタバサ。何が起こったのかとグラインダーを見上げるが、具体的なことは判然としなかった。グラインダーは既にタバサを見ていない。同様にスコルポノックにすら意識を向けていなかった。眼前にいる敵を無視してでも見なければならないものとは何か。ディセプティコンであるグラインダーが戦闘を中断するほど何か。向けられる視線の先には一体何が居るのだろうか。

 グラインダーは重々しく、確かな実感を伴って呟いた。

 

「MEGATRON shall rise again.」

「メガトロンは甦る。」

 

 タバサの鼓膜にははっきりと、終わりを告げるその言葉が届いていた。戦場には似つかわしくない晴れ晴れとした木枯らしが頬を撫でる。その先にある終わりは目前にまで迫っているのだった。

 

 

 


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