ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第四十一話 邂逅

 

 

 メガトロンという絶対的な首領が存在するとはいえ、ディセプティコンが完全な一枚岩の組織である訳ではない。

 

  ディセプティコン軍は破壊大帝メガトロンの出現によって大きな恩恵を享受している。無益な縄張り争いに終始することもなく、様々な戦力や資材を身内同士の潰しあいで浪費することもない。本来であれば発生していた無駄が削減され効率的な戦力展開が可能になるなど、あくまでも支配という軛の上でだが、彼らディセプティコン軍は課せられたその軛を上回るほどの多大な恩恵を享受していた。

 

 それらの多大な恩恵とメガトロンのカリスマがあったからこそ多くのディセプティコンは現状を受け入れたしメガトロンからの支配にも従順だった。

 

  しかし、それら多大な恩恵があろうとも、頂点たるメガトロンに弓を引く者がいない訳ではなかった。 自分で自分をコントロール出来ず、歯止めなく破壊行動に興じてしまう者。自身が生まれ持った戦闘本能が強すぎる場合、ディセプティコンは理性のタガを十分に効かせることが出来なくなってしまうのだ。一度理性のタガが外れてしまえば、その後は一直線である。例えどのように不利な状況であろうとも、例え味方が相手だろうとも構わない。自身の内側で叫ぶ本能を満たすためだけに、ただただ死地に身を浸す。その戦闘本能に準じた行動は徹底している。

 眼前にいる相手が、例え破壊大帝メガトロンであろうとも構わないのだから。

 

 

「You shall die!!---Megatron!!!!」

 

 

 築かれた死体の山を踏み躙り、一体の装甲車両がメガトロンへ向けて突進してきた。黄土色の装飾と武骨な外装が特徴的な装甲車、バッファロー地雷処理装甲車だった。

 

 個体識別ネーム、ボーンクラッシャー。

 首を切り落とされた彼が復活したのか、はたまた同型機であるかは定かではない。だが、ボーンクラッシャーの持つ『方向性無き破壊衝動』は健在である。彼が生まれ持った戦闘本能は強力だ。全てに対する憎しみを理由なく発生させている。その憎しみが向かう矛先は敵であるオートボットだけには留まらない。それは同胞であるディセプティコンメンバー、果てはメガトロンに対しても例外なく向かっている。

 

 

「die!! die!! die!! ――――Megatron!!!!」

 

 

 メガトロンに対する恐怖心だけが唯一、彼を辛うじてディセプティコンというチームに繋ぎ止めていた。しかし、メガトロンが何処とも知らない辺境の星で。あまつさえ、その辺境に原住する下等な有機生命体と背中を合わせているなどという馬鹿げた様子を披露していればどうだろうか。

 結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 

「■■■■ッッ!!」

 

 

 その光景を見た時、ボーンクラッシャーを制御するタガは簡単に外れてしまった。

 

 その無様な光景をディセプティコンの頂点たるメガトロンが披露するのだ、見る者には特別の衝撃があったのだろう。戦端を切ったその暴走も当然のものだった。

 猛然と突進するバッファロー地雷処理装甲車は跳躍すると、即座に全身をトランスフォーム。カーキ色の装甲が組み変わり、その内部より鬼のように恐ろしい鋼鉄の巨人が出現する。背中から生える大型のクローは、アルビオン兵士たちの虐殺によって付着した血肉で既にべっとりと濡れていた。標的となる得物を見て猛然と吠えるボーンクラッシャー。脚部のタイヤをローラースケートの様に利用して地面を舐めるように移動する。その巨体からは考えられないような速度を維持したまま、吠えるボーンクラッシャーは嘗てを思い出させるような強烈な突進を繰り出した。

 

 

「■■■■ッッ???」

 

 

 困惑した声音のボーンクラッシャー。自身が想定した結果とは180度異なる光景にその困惑を隠せない。突進によって態勢を崩し、その後に相手のマウントを奪い一方的に攻撃を加える。その暴力的な攻撃がボーンクラッシャーの狙いだった。背中から生える大型のクローを用いた攻撃は強力だ。

 

 

「――下らない。こんな時に俺様は一体何を考えているのだ。」

 

 

 だが、全体重を乗せた突進を受け止めてもなお平然とメガトロンはその場に佇立していた。メガトロンの腹部に食らい付いているボーンクラッシャー。必死で脚部のローラーを回転させ、何とかメガトロンを横転させようと奮起している。しかし、メガトロンは揺らがない。何という剛力だろうか。大地に根を張る大木と見紛うかのような重厚感を前にしてはボーンクラッシャーの奮戦も意味を持たなかった。

 

 

「…………けろ。」

 

 

 メガトロンはポツリと呟く。前方への推進力を得るために、ボーンクラッシャーのローラーは大地を容赦なく抉りとっている。その抉られた大地には僅かに残されたタルブの草原も含まれていた。中空に巻き上げられた草地の面影。その事実が大帝の逆鱗に触れたのかもしれない。脳裏にちらつくシエスタの横顔もそのままにメガトロンは展開されたエナジーブレードを振り下ろした。

 

 

「愚か者めが、その足を退けろと言っているのだッッ!!」

「giiiiiiiaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」

 

 

 

 展開した長大なエナジーブレードがボーンクラッシャーの背骨へと叩きつけられる。両断される上半身と下半身。砕け散ったカーキ色の装甲はまるで砲弾の直撃を受けたかのように拉げていた。一撃で脊椎を破壊されたボーンクラッシャー。彼我の差は未だ遥か彼方の所にあるのだろう。下剋上へと至ることなくあっという間に戦闘不能に陥った。

 

 

「ddiie!! dddie! Megatrooooon!!!!」

 

 

 そうして下半身を切り落とされたボーンクラッシャー。それでも彼の持つ憎しみが治まることは無いのか、メガトロンへの攻撃を諦めてはいなかった。腕だけで這いずり、背中のクローを伸ばして攻撃を加えようと足掻き続ける。

 だが、その抵抗も実ることは無かった。上半身だけで悶えるように足掻いているボーンクラッシャーをメガトロンは蹴り飛ばす。剛脚の一撃を頭部へと食らった時点でボーンクラッシャーの意識は雲散霧消する。蹴られた衝撃のまま死体の山へ頭から突っ込むとボーンクラッシャーはようやくその動きを停止した。

 

 

「ふっ…反吐がでる。」

 

 

 その言葉は果たして誰に向けられたものだったのだろうか。{命を奪ってはならない}下等な有機生命体であるルイズの指示に何故メガトロンは従っているのか。何故従ってしまうのか。メガトロン自身にもその理由が見えてこなかった。自分の背後で呪文を唱えるルイズからは強力なエネルギーが立ち昇っている。先程上空で戦艦を撃ち落とした時のよう。それはダークマターエネルギーを想起させるような鮮烈なエネルギーだった。

 

 

「――――分らない。分らないことだらけだ。このメガトロンがなんと情けないことだ。」

 

 

 何故、下等な有機生命体がこのようなエネルギーを発することが出来るのか。自身とルイズとの関係は何か。自身の失われた記憶は何処へ行ってしまったのか。自身の周りにいるこの同種ともいうべき金属生命体達は何者なのか。金属生命体達と自身との関係は何か。

 

 

 そして、なによりも知りたいこと。自分は何者なのか。

 

 

 メガトロンの脳内に巡る幾つもの疑義。凄まじい頭脳と奸智を有するメガトロンであっても記憶の喪失という憂き目にあっては、その疑義に適切な答えを導き出すことは難しいのだろう。そうしてメガトロンは煩悶を重ねるが、周囲の状況はメガトロンの煩悶とは関係なしに変化してゆく。

 複数体のディセプティコンが、メガトロンとの距離を測るように、じりじりと接近している。にじり寄る殺意。漂う戦闘の匂いはあるべきメガトロンの姿を思い起こさせる。メガトロンは最もシンプルで分かりやすい欲望に従うことで、自身の抱く煩悶を振り切ることにした。

 

 

「――――さぁ、次は誰だ?」

 

 

 見開かれた紅眼には力が漲り、吐かれた息吹は猛獣のように獰猛だった。掲げられたエナジーブレードに満ちるダークマターエネルギー。ディセプティコン達のおぞましい雄叫びが響き渡るが、対峙する破壊大帝はまるで動揺していない。その姿はまるで地獄を統括する鬼の首魁のようで、傍から見る者に数的劣勢を全く感じさせないほど軒昂だった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 タバサとスコルポノック対グラインダーの戦いは佳境を迎えていた。タルブの村郊外で繰り広げられるその戦闘も中央で行われるメガトロンの戦闘に呼応するように激しさを増していく。この場からアンリエッタ姫殿下を生かしたまま逃走させることがタバサに課せられたミッションである。激しさを増す戦闘とは対照的に、そのミッションが達成された現時点で既にタバサは戦う理由を失っていた。犠牲となったトリステイン護衛兵士達に対して思うところがない訳ではない。広域殲滅プラズマ砲の直撃を受けて内側から身体を焼かれたその苦しみは如何ばかりだろうか。

 しかし、その仇を晴らすことが出来るほどタバサに残されている余裕は多くなかった。

 

 

「――――――まだ駄目。」

 

 

 この場を離れようと懇願するシルフィードの願いをタバサは否定した。首を振りながら見据える先には鋼鉄の巨人・グラインダーがいる。飛行を重ね、どの様な攻撃を加えようともグラインダーの照準は今だタバサに狙いを付けていた。何という耐久力だろうか。鬼のように恐ろしいグラインダーの刺すような視線がタバサを射抜いている。その殺気を鑑みれば分かる。

 

 

「(あの凄まじい殺気。このまま機首を返して背中を見せれば間違いなく撃墜されてしまう。どうすれば、この場から生きて帰れる――――――? どうすれば――――――。)」

 

 

 タバサは逡巡するが答えは出ない。

 騎乗より浴びせられるタバサの狙撃と地中より繰り出される黒華の剛爪。その二つからの攻撃を全身に浴びてもなお、グラインダーは健在だった。

 同種であるスコルポノックもstrength rankにおけるグラインダーとの差異はあまりない。しかし、スコルポノック元来のstrength rankは5である。その事実はダークマター由来のダークエネルギーを供給されていても変わることは無い。二対一という数的有利な状況にあっても両者の実力は拮抗していないのだ。タバサとスコルポノックが苦戦することも当然である。

 加えて、タバサやスコルポノックにとっては恐るべきことに、対するグラインダーのstrength rankは8だった。

 

 

「■■■ッッ!!!!」

 

 

 放出される広域殲滅プラズマ砲は地上のみならず、空中にいるタバサにも容赦なく影響を及ぼす。60mm多連装機関銃を始めとするグラインダーの持つ多彩な兵器は様々な射程距離を持っている。その兵器があらゆる射程距離をカバーする為に、タバサは近付くこともその場から離れすぎることも出来なかった。

 特定の距離を維持しなければならないタバサはグラインダーによって釘付けになっている。

 故に、タバサが思うように動けない現状において、より一層の奮起がスコルポノックには課せられていることになる。しかし、そう簡単には進まない事情がタバサだけではなくスコルポノック側にもあったのである。

 

 

「■■■■ッッ!!!!」

「■■ッッ!!!!」

 

 

 地中より躍り出るスコルポノックの剛爪がグラインダーに突き刺さる。対応するグラインダーも右手に展開するローターブレードをスコルポノックへ向けて勢いよく振り下ろした。激烈な火花を伴って弾ける鍔迫り合いが幾度にも渡って繰り広げられた。その激しい剣戟の応酬は当初互角に繰り広げられた。だが、時を置くにつれ徐々にそして確実にグラインダーが優勢となっていた。グラインダーに押されるスコルポノック。ローターブレードの直撃を受け、たまらずに地中へと身を隠す。

 

 

「――――黒蠍が押されている。やはりあの巨人は強い。巨人たちの中でも相当に強い個体であることは間違いない。」

 

 

 通常のスコルポノックにはあるまじき対応。その消極的な行動はスコルポノックに内蔵されているエネルギーの残量が影響していた。恐るべき俊敏性と攻撃力を保持できる代わりに、共生者であるスコルポノックは行動に必要とするエネルギーを生成できないのだった。アルビオン軍の足止めを始めに当初から激しい戦闘を繰り広げてきたスコルポノック。残量エネルギーとの相談がスコルポノックの足を引っ張る。自身の持つ俊敏性と攻撃力を思う存分に発揮できない現状でグラインダーを相手取ることは難しいのだろう。底が見えてきた自身のエネルギー残量を見てスコルポノックもタバサ同様苦しい戦闘を強いられていた。

 

 

「■■■■■■■■」

 

 

 不幸中の幸い、グラインダーに搭載されているセンサー群はトリステイン護衛兵達が射出したファイヤーボールによって破壊されていた。つまり、スコルポノックが抱えている事情がグラインダーに把握される心配は多くない。しかし、現状の苦しい状況が変わることは無いのだ。この苦しい事情を抱えたままであろうともこの戦場を生き残るためには、眼前に佇立するシコルスキー・CH-53Eスーパースタリオンを倒さなければならなかった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 地獄の窯の底。虐殺されたアルビオン兵士たちの屍が何処までも積みあがるこの場所でその戦いが繰り広げられていた。鋼鉄の身体を持った巨人達が繰り広げる大立ち回り。鋼鉄の巨人が叩きつけられるたびに地面が揺れ、その衝撃は巨大な裂け目を生み出した。

 積み上がった死体の山が弾け、迸る激烈な一撃を受けた血の海が俄かに沸き立つ。メガトロンと戦う数体のディセプティコン達がその命を削って戦っている。生まれ持った戦闘本能を満たすために闘う彼らディセプティコンの必死さは目を見張るものがあった。それも当然だろう。求めるものは自らが欲する更なる戦闘の坩堝を味わうこと唯一つ。その欲望を満たすためであればメガトロンという燃え盛る篝火に自らを投出すことすら厭わない。それが彼ら強すぎる戦闘本能を持ち合わせたもの、火中に迷い込む哀れな羽虫の悲劇である。

 彼らディセプティコンがそうやって自らの命を削る熾烈な戦場にルイズは一人立っていた。

 

 

「べオーズス・ユル・フヴェル・カノ・オシュラ――」

 

 

 苦渋の表情を浮かべながらもルイズはその呪文を紡いでいた。

 二つの秘宝と大量の魔力を依代とし、必要となる詠唱をくべることで虚無の魔法は完成する。伝説として受け継がれたその秘宝はそう易々と用いることが出来るものではないのだ。既にルイズは虚無の魔法を一度使用済みである。旗艦レキシントン号を撃破する為に用いられた魔力量は膨大だ。桁外れの魔力を持つルイズであっても、もう一度虚無の魔法を使用するに十分な魔力量からは程遠い。

 

 

「ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・イル・ベオルク――」

 

 

 にもかかわらず、その呪文は紡がれ続けていた。ルイズの中にある魔力と共鳴して浮かび上がる詠唱は淡雪のように儚げで、呟かれた声音に反応してしとしとと降り積もる。枯渇したはずの魔力が何故ルイズを出所として湧き出て来ることが出来るのだろうか。

 

 

「オオオオオオオオッ!!!!!!」

 

 

 吠えるディセプティコン数体に立ち向かうはメガトロンただ一人。だが、その獰猛な戦いぶりが数的劣勢さを吹き飛ばす。その戦いぶりを見てメガトロンの後方に控えるルイズも後顧の憂いなく、安心して虚無の詠唱を続けることが出来た。

 

 

「(ここで戦っている者は、メガトロンだけじゃない。メガトロンだけに背負わせない。――――私もここで戦うんだ!)」

 

 

 ルイズの内側に残されている魔力はほぼ存在していない。そんな状態で虚無の魔法を放つなど不可能だ。

 しかし、不可能を可能とする方法がない訳ではなかった。不可能を可能とするために必要な代償はただ一つ、自らの命がそうである。シンプルで分かりやすい方法。ルイズは自らの生命を代替として虚無の魔法を紡いでいたのだった。

 

 

「ゼーゼー。」

 

 

 耳障りな喘鳴が自然とルイズの口を吐く。視界が霞み、目に映る光景が昏く鬱然としたものになる。周囲に充満している死のにおいが周囲に積み上がった死体から香るのか、それとも自分から匂っているのか分からなくなっていた。呪文を唱えるごとに自分の命が削られているのだ。詠唱を続けるごとに確実に自分が死への階段を上っていることをルイズは感じていた。それでも、ルイズは虚無の詠唱を辞めはしなかった。ルイズの脳裏には、鮮烈な生を最後まで生き切ったメガトロンの雄姿が在る。自身のパートナーであるメガトロンが戦っているにも関わらず、自分が先に諦めることは出来なかった。

 

 

 ――――――――ク、――クク。

 

 

 そして、最大にして災厄の問題がまだ残っている。首筋をなぞるピリピリとした感覚が未だに晴れていないのだ。臓腑の内側を這いずりまわるようなねっとりとした視線をルイズは感じていた。そして、その視線を注ぐ大本に何かがいるということも。タルブの村に充満する死のにおい。その薄皮を剥いだ向こうにいる何かは確かに、そして確実にこちらを見ているのだった。

 

 

「何をしている――――――、メガトロン。」

「――――ッ!?」

 

 

 何処からともなく響く声。地獄と化したタルブに何処までも似つかわしい声音が一帯に木霊する。その余りにもおぞましい雰囲気にルイズは自身の悪寒を抑えることが出来なかった。湿り気のある声音が鼓膜をくすぐった時、闇への手招きがルイズの首筋を柔らかく摩った。首筋を伝う冷ややかな感触。

 その恐怖に耐えることが出来ずルイズは虚無を解き放つ。

 

 

「エクスプロージョンッッ!!」

 

 

 後ろも見ずに放たれたルイズの虚無は数メートル四方の辺り一帯を焼き尽くす。その一撃は旗艦レキシントン号を撃破した先程の一撃よりも遥かに弱く規模の小さなものだった。しかし、直撃すれば如何に強大な金属生命体だろうとも唯では済まない。

 

 

 ――――――無駄だ。

 

 

 自身の放った一撃が目標を捉えたかどうか、ルイズは確認しようとした。しかし、自分の命を魔力の代替として燃やしたことによる疲労からか、遂に自らの足で立つことが出来なくなった。全身を襲う強烈な倦怠感。力の入らない両足は棒のように固く、霞む視界は型落ちの映写機の用に虫食いの風景を写しだしていた。

 

 それでも、求められる負担に相応しい成果を上げることが出来ればそれでいいとルイズは思っていた。あの闇への手招きをする災禍の顕現を打ち倒すことが出来たのであれば、これ以上を望むことは無い。

 だが、昏く霞む視界の先でルイズは見てしまった。血が染み込んだ大地の冷然とした触感を自身の頬で感じながら、ルイズは目撃した。視界の先に広がるおぞましい光景を。空間を割り開くようにして出現する災禍の顕現。全ての始まりは、全てを終わらせてしまうからこそ始まりと呼ばれているのだった。

 

 

 かつて古代民族が崇めた神の姿、その顕現ともいうべき恐るべき外見。

 エジプト王を思わせる特徴的な面。

 タランチュラのように長い腕と脚。

 

 

 無駄な装飾や武装を排した痩身はまさに災厄を振りまく異形そのものだった。混じり気のない朱色に染まった瞳には言葉では測れないおぞましい力を漲らせている。その姿はそのおぞましさは、ルイズがメガトロンの夢で見たあの姿そのものだった。

死体から溢れた返り血に塗れ、猛獣のように獰猛な吠え声を出しているメガトロンを懐かしい旧知を見るように目を細める。そして、地獄から這い出るようなそのおぞましい声音で呼びかけた。

 

 

「会いたかったぞ、――――愛しきわが弟子よ。」

 

 

 手の届く距離にいる愛弟子に、墜落せし者は思いを馳せる。

 原初のトランスフォーマーである7人のプライムのうちの一人。死と破壊を司るディセプティコンのリーダー破壊大帝メガトロンから師として仰がれる唯一の存在。兄弟を裏切り反乱の狼煙をかかげた逆賊の徒。

 

 

 墜落せし者、ザ・フォールン。

 

 

 血で血を洗う闘争の果て、紀元前17、000年から連綿と続く戦いの歴史はまだ終わっていない。

 

 

 

 

 

 


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