ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第三十九話 最後の戦い

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 得られた答えが求めていたものだったのか。ルイズにはまだ分からない。答えを得られた今も、ルイズの身体を走る震えは止まることはないし、何かの心理的な変化があった訳でもない。あれだけ焦がれていたにも拘らず、得てしまえばこんなにも呆気がないものなのかと心配してしまう程である。

 そうして、答えを得るとはこういうことか、とルイズが頷いている今も戦争という名の虐殺は続けられていた。顕現した畏怖の象徴。総数凡そ数十体は足元に群がる矮小な有機生命体達を思う存分に殺戮していた。火も水も土も風も意味を持たない。ハルケギニアが誇る魔法という名の防壁も、鋼鉄の殺意を前にすればぺらぺらの紙切れも同然だった。何者にもそれに抗うことは出来ない、対抗することなど以ての外である。幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦のアルビオン兵士たち六万人がローラーで踏みつぶされる地虫のように散ってゆく。抵抗することすら叶わない圧倒的な虐殺の光景は最早戦場ではなく、家畜の屠殺場とでも表現すべき恐ろしい地獄へと変貌していた。誰もが抵抗を諦め、逃げ惑わなければ生き残れない状況にあった。どれほどの実力を持つ者であろうと、通常では戦うという選択肢などあり得ない。

 だが、それでもルイズは戦わなければならなかった。どの様に絶望的な状況であろうとも、ルイズがルイズである以上。その身に有する貴族としての誇りが。そして、仲間たちを守りたいという思いがある限り、ルイズが臆する訳には行かないのだった。屠殺場と化したこのタルブにおいて戦うことが出来る者はルイズ以外に残されていない。その先に破滅が待っていると理解していても、ルイズはその破滅へと立ち向かわなければならなかった。

 

「…………キュルケ。聞こえる?」

「一体どういうことよッ?! 何がどうなっているのよ?! あんなに沢山――――何が、――何が起こっているのッ?!」

 

 

 右耳に装着された漆黒の結晶体に手を添える。身体の震えは止まっていないのにも関わらず、脳内の思考は嫌に冷静だった。その先にある未来が見えてしまったからだろうか。泰然とした雰囲気のルイズとは対照的に、イヤリングからは狂乱気味になったキュルケの声が飛んできた。矢のように飛んでくるキュルケの悲鳴を宥めるために、ルイズは努めて落ち着いた声音を意識して通信に臨んだ。

 

 

「――――キュルケ。今、貴方は何処にいるの?」

「――――ッ。――――ッ。――い、今は避難していた住人たちを誘導し終えて、また、そっちへ向かおうと、していたところよ。――――一体ッ?! ――――何が起こってッ?!――――。」

「落ち着いて、キュルケ。――大丈夫。――大丈夫だから。もう少しゆっくりと、落ち着いて話を聞かせて頂戴。」

 

 

 ルイズの努力の甲斐もあってか、キュルケは徐々にだが普段の落ち着きを取り戻し始めていた。鋼鉄の巨人たちによるタルブにおいた殲滅は相当に激しく行われているのだろう。間延びするような遅延とやや耳障りなノイズが通信に混入していた。だが、キュルケが自身の冷静さを取り戻したこともあって、意思の疎通を図るうえでそこまで支障を来すことは無かった。

 

「急に真っ暗になったと思ったら――、何かが降ってきて――、鉄の巨人達があんなに沢山沢山――――。それで――――凄い悲鳴とここからでも見える吹き上がる血柱が――――。」

 

 キュルケの報告は相変わらずやや混乱気味だったが、報告の内容が分からない程ではなかった。もたらされた報告から判断すれば、キュルケは巨人たちによる包囲円の外に居るようだった。その事実だけでも知ることが出来て良かった。そうルイズは心の底から思った。自分を信じてくれる大切な友人を失わずに済む。それだけでも現状は喜ぶべきなのだろう。それほどまでに状況は最悪だった。

 

「――――ルイズ? あなた何か変なことを考えている訳じゃあないわよね?」

 

 

 黙秘を続けるルイズから漂う何かの雰囲気を感じ取ったのか、キュルケは問いただす。腐れ縁ではあるが、ルイズと最も親しく身近な友人であるキュルケ。長年の付き合いは伊達ではないというべきだろうか。そのキュルケが感じ取ったという何かは間違っていなかった。

 

「――――――私は、戦う。」

「馬鹿を言わないでちょうだい!! 無理に決まってるでしょう?!! あんなに沢山幾らミスタでも無理に決まっているわよッ!! 」

 

 

 間髪入れずにキュルケは叫び返してしまう。その叫びは親友という立場から見ても正しい諫言だ。状況が状況である。六万人のアルビオン軍そのものを相手取れと言われる方が幾分まだましの状況だった。畏怖の象徴、その総数数十体。幾らメガトロンやスコルポノックがいるとはいえ到底相手取れるとは思えないと、キュルケは判断したのだろう。ややメガトロンの力を侮っているが、キュルケの判断に大きな間違いはない。叶うのであればキュルケの提案に従ってこの場を逃げ出してしまいたいとすらルイズは思っていた。しかし、ルイズは知っているがキュルケは知らないのだった。その先に待ち受ける災禍を。待ち受ける邪悪の根源がいるということをキュルケは知らない。知っている人物はルイズだけだ。その災禍を思えばルイズがここで戦わない選択を選ぶ訳には行かなかった。

 

「貴女が残るなら私だってッ――――。」

「大丈夫。大丈夫よキュルケ。心配はいらないわ。これが終われば、――――また会いましょう。」

 

 

 自分も残って戦いたいとキュルケは叫ぶが、その余りにも落ち着いた言葉によって遮られてしまった。ルイズの発した言葉は不思議なほどに落ち着いていて、聞いているものが首肯させられてしまうような奇妙な説得力を持っていた。事情を知っているキュルケでさえ、二の句を差し挟めない。キュルケは以前にもこの声音を発するルイズを見たことがある。土くれと呼ばれた盗賊がメガトロンの犠牲になったあの日。{求めてしまったから、もう戻れない。}そう言って無理やりに微笑んでいたルイズがそうだった。

 ルイズは覚悟を固めてしまったのだということをキュルケは感じた。

 

「 ――――聞こえているわねラヴィッジ。引き摺ってでもキュルケを連れて行きなさい。安全なところに付くまで振り返らないで。」

「――――――――からッ!」

 

 

 そうやって足早に言い切るとルイズは通信を切断した。けがを負っているとはいえキュルケの傍に控えているのはラヴィッジだ。幸いにも鋼鉄の巨人たちの包囲網から外れていることもあって、キュルケやタルブからの避難民の安全は十分確保されるだろう。余計な心配をルイズが払う必要はない。ルイズが心配をすることと言えば最後に発せられたキュルケの言葉だった。通信の遅延で上手く聞き取ることが出来なかったが、断片からでもその言葉の内容は理解することが出来た。

 {さよならなんて許さないから。}

 果たしてその約束を守り切ることが出来るだろうか。今のルイズにはどうしても分からなかった。

 

 

 

「あれは、………………。」

 

 シルフィードに乗っているタバサは遥か高空、飛行を続けるメガトロンに巡航する形で飛行を続けていた。怯えているシルフィードを宥めながら飛行を続けていたが、飛べば飛ぶほどその幾つもの鉄塊が降ってくるという急激な状況の変化。突如として出現した鋼鉄の巨人たちと繰り広げられる虐殺の嵐。冷静で学生とは思えない程に成熟したタバサであっても、その地獄の光景を見て絶句せざるをえなかった。だが、流石にと評価するべきだろうか。タバサは比較的早期に自身の冷静さを取り戻し、既にその事実を看破していた。

 虐殺を始めている鋼鉄の巨人達。その鋼鉄の躯体や恐ろしい容貌から見て取れる通り、彼らは間違いなくメガトロンに準ずる何かだった。そう考えれば様々なことが説明出来る。ここに彼らが出現した理由もまたメガトロンがいるからなのだろう。メガトロンと彼ら。両者の間にどのような関係が構築されているのかということまでは想像が及ばなかったが、何かしらの繋がりがあることは間違いない。では、その関係とは何なのだろうか。彼らとメガトロンにはどのような関係が結ばれているのか。という所までタバサは自らの思考を組み立てていたが、中途に連絡が入ってその思考も中断された。連絡先の下はルイズだった。自分に連絡が入るということは、まだルイズは諦めていないということだ。この状況下でも慌てることなく、対策を打とうとしているのだろう。その精神的なタフさは瞠目に値した。

 どのようにしてこの絶望的な窮地に立ち向かうのか。その相互通信機へと耳を近づけた時、タバサは更に驚愕することとなった。

 

「それは、――――そのままの意味だと理解しても?」

「ええ、構わないわ。そのままの意味よ。」

 

 

 発せられたルイズの声音に迷いはなかった。冷静で落ち着き払った声音。それでいて血を吐くように絞り出された声がタバサの鼓膜に突き刺さる。

 

 

「{スコルポノックと協力してアンリエッタ姫殿下をこの場所から救出して頂戴。障害になるのであれば味方の兵を排除しても構わない。幾ら犠牲を払ってもいい。姫様だけは何があっても生かさなければならないから。}」

 

 

 その言葉を聞いてタバサは愕然とした。この覚悟は何だろうか。この彼我の差は一体何か。自分とそう変わらない年齢のルイズは何故このような苛烈な決断を固めることが出来たのだろうか。余りの言葉にタバサは気を失いそうになってしまった。

 本当の所を言えば、タバサは既に諦めていた。こちら側の戦力にメガトロンや黒蠍の怪物が居たところで焼け石に水。この絶体絶命の状況を見て何か出来るとは思えない。そう、タバサは判断していた。この地獄から脱出し、体勢を立て直す。それが残された最善の方法だろうとも思っていた。それがどうだ。見方を犠牲にしても構わないとルイズは言い切った。その残酷で苛烈な決断をタバサはどのように受け止めればよいのだろうか。刹那の間逡巡してしまう。

 ルイズの決断に齟齬は無い。トリステイン軍全員の救出は無理でもアンリエッタ姫殿下及びその周辺の一軍のみであればあの包囲網を突破することが出来るかもしれない。けれども、成功の見込みが余りない危険な任務であることもまた事実だった。相手は鋼鉄の巨人そのものである。トリステイン軍背面に聳える巨人もまた強力で恐ろしい容貌を備えていた。黒蠍の怪物が味方すると言っても果たして無事にその包囲網を突破することが出来るだろうか。

 

 思考を重ねるタバサだったが、その答えは決まっていた。恐らくタバサがこの依頼を断ったとしてもルイズは決して咎め無いだろう。これだけ危険な任務だ。タバサが断る可能性を聡明なルイズが織り込んでおかない筈がない。では、その可能性を織り込んでいたとして、果たしてルイズに起死回生を図るその他の策があるだろうか。絶望的な状況を覆す手段が他にあるだろうか。答えは否である。何の協力が得られなくとも、たった一人でも、目の前にいる軍勢に立ち向かって行く筈だ。この絶望的な状況にあっても決してあきらめない。聡明すぎるほどに愚直でもあるルイズだからそうしてしまうのだろう。

 そのことが分かってしまうからこそ、タバサがこの依頼を断るわけにはいかないのだった。

 

「――――了解した。姫殿下は必ず生かして見せる。」

 

 

 タバサの力強い返答を皮切りに、ルイズも新たな行動に移った。トリステイン軍が布陣していた方角へ矢のように向かうタバサとはここで袂を分れることになる。両者が最後に交わした目線にはどのような意味が込められていただろうか。普段と変わらない落ち着いた視線からは二人にしかわからない特別な意味合いが隠されていたのかもしれない。

 タバサとの別れを終えたルイズは、高空を巡回していたメガトロンへ指示を出す。その指示に従ってメガトロンは維持していた高度を落として着陸姿勢を整える。着陸地点は無論、戦場のど真ん中。元タルブの村があった場所。元アルビオン軍が誇る歴戦の兵士達六万が布陣していた場所。現在は肉塊の丘が山脈を築いている場所だった。濃厚な消炎の煙と赤黒く錆びついた血液の海。ドロドロに煮込んだシチューを思い起こさせる光景は見渡す限りが血と肉と骨。ドラム缶のように巨大な鋼鉄の殺意が降り注げば、何者もその形状を留めることは叶わない。元々が兵士達だったとは思えない成れの果てが積みあがる地獄の一丁目が広がっていた。

 

「――――ッ。」

 

 

 鼻腔を突く強烈な死臭と血の匂いがルイズを苛む。着陸したメガトロンから降り、肉塊の積みあがる地面へと足を伸ばした。足裏から伝わるグニョリとした血の通わない肉の感覚を受けて背骨が凍りつく。ふと、視線を感じて顔を逸らす。すると、砲弾によって焼け焦げた兵士の目玉。それら幾つもの眼球が血だまりにプカプカと浮かんでルイズを見つめていた。とてもではないが目を合わせていられない。ドロリとして生気が失われた視線から目を背ける。即座にでも気絶してしまいそうな激烈な環境だった。

 しかし、うなじをピリピリと刺激する視線はまだ治まっていない。その恐ろしい視線を放つ元凶がまだ残っているのだ。まだ、気を失う訳には行かない。ルイズは懐にしまってある始祖の祈祷書を取り出すと、再び掲げた。左手に嵌められた秘宝のルビーと共に構えて呪文を唱える。すると、先程コックピットで見せた様な濃密な魔力がルイズから溢れはじめた。

 

 

「背中は任せるわメガトロン。私と一緒に戦いましょう。」

 

 

 屍溢れる地獄にあってなおルイズは美しかった。

 背中を任せられるほどの実力を持っているのか、と本来であればその行動はメガトロンにとって嘲笑の的だろう。だが、破壊大帝であるメガトロンは力に対して絶対の信奉をおいている。自らの持つ伝説を披露したルイズ。その実力にはメガトロンもまた一目置かざるをえなかった。これまでの付き合いもあってかメガトロンがルイズに抱く感情はより一層複雑なものになっていた。

 呪文を唱えるまでの時間を稼いでほしいとルイズは言った。{彼らと戦闘をする際に、彼らを決して葬ってはいけない、時間を稼ぐことに集中してほしい。}何故そのような不可解な規制を敷くのか。メガトロンには怪訝に感じられたが、その理由を答えたり尋ねたりする余裕はメガトロンにもルイズにも残されていない様だった。数十体の巨人による六万人の殲滅もその半ばまで終了していた。数十体の巨人たちによる攻撃は猛烈だ。逃げ惑うアルビオン兵たちは殆どが根絶やしになっている。その包囲網からは何者も逃げられはしないのだ。そして、新たな標的を見つけたことで噴出する猛烈な殺意。ルイズとメガトロンの戦いはその目前にまで迫っていた。

 

 充満している死のにおいを感じて、メガトロンはふとした懐かしさと悲しさを覚えた。記憶を失っているメガトロンにとってその懐かしさは思い出しようがないものである。だが、死と破壊を司る破壊大帝にとって目の前にある地獄の空間はホームグラウンド。幾多の戦場を渡り歩き、身に付いた戦いの残滓が何処かで反応したのかもしれない。

 そしてもう一つ思い浮かんだ哀しさについてメガトロンは不思議に思った。まただった。また、あのひた向きなシエスタの面影が脳裏を過ぎる。破壊大帝であるメガトロンが矮小な有機生命体に対して思いを馳せるなどあり得ない事柄なのに、何故だろうかその言葉が甦る。

 

『苦しくても辛くても、どんな時でもタルブの草原は何時でもメガトロン様の傍にいて、メガトロン様へ活力を与えてくれるはずです!! タルブの草原は何時でもメガトロン様の味方ですから!!』

 

 あの日シエスタと共に見たタルブの草原は美しかった。夕日に煌めき魚影のように揺れる草原の凪ぐ様子は記憶の失われたメガトロンに故郷への思いを想起させた。しかし、今その光景は最早何処にも存在していない。多数の兵士に踏み荒らされ、血みどろの肉塊が積み上がっている。どれほどの時間をかければまた元の美しい草原を見ることが出来るだろうか、また元の草原に戻れるのだろうか。恐らくは叶わないだろう。細やかな光を反射して波間のように揺らめいているあの美しい光景はもう失われてしまった。この光景を見た時、故郷は最早失われてしまったということを知ってシエスタは何を思うだろうか。まったくメガトロンらしくないことである。失われてしまったという事実を改めて実感した時。メガトロンの胸中に去来したその哀しみは、ゆらゆらと燃える怒りへと変換された。

 幾体かの鋼鉄の巨人は起立しているメガトロンを確認すると、目前の虐殺を放棄してそのままメガトロンへと向かって侵攻を開始している。それらの巨人たちを見てメガトロンは何を思ってか、その口を開いた。

 

「――どいつもこいつも、裏切者だらけだ。」

 

 

 吐かれた唸り声は猛獣のように獰猛だった。爛々と輝くメガトロンの紅眼に力が漲る。自分を目指して進撃をする巨人を見て自然と口を吐くその言葉。記憶がないにも拘らず、その口調に淀みは無い。かつての破壊大帝のように、その全身には力が漲り、溢れる。巨大な武器を掲げ、メガトロンへと向けて侵攻を開始する複数体の巨人たち。舞台は夥しい死骸が積みあがる地獄の窯の底。それら迫りくる強大な敵を前にして。メガトロンとルイズ。二人が奏でる物語は最終章へと行き着いた。

 

 

 

 

 

 


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