ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第三十八話 辿り着いた答え

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 それが起こった時より「陽向にも関わらず、日が覆い尽くされる日」は忌み日に定められた。

 トリステイン国民は日が覆い尽くされる日蝕の日は外出が原則として禁じられた。労働に従事することも娯楽で余暇を彩ることも許されず、国民はただひたすらに始祖ブリミルへの祈りを捧げなければならない。何故そのような行いを強制されなければならないのかと理不尽に思った国民は大勢存在したが、不思議とその行いが改められることは無かったという。

 

 トリステイン建国史に曰く。「日が覆い尽くされる日は忌み日である。何者もそれに抗うことは出来ない。それに対抗することも出来ない。ただ逃げ惑い、祈りを捧げることだけが我々に許された唯一の行いだった。」

 

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 その巨大な大孔は、地上に展開している軍勢と太陽との間を遮るほどに巨大で、射し込んでいる日光を完全に遮蔽するほど濃密な闇を孕んでいた。大孔の外延部では強力なエネルギーが脈動し、火口から溢れ出すマグマのように迸っている。輪郭線より中心には先の見えない濃縮した漆黒と果てしのない闇がどこまでもどこまでも広がっていた。その果てのない闇が何を意味しているのか、その先に何が潜んでいるのか。この場にいる者の中でその救いのない終わりを知っているのはピンクブロンドの少女、ただ一人のみである。

 

 眩い光から重苦しい暗闇へ。戦争を終結させた破壊の光から全てを終わらせる終末の暗黒へ。急激な変化に脳が追いつかない兵士たちが案山子のように呆然と突っ立っている中、それは到来した。一つ、二つ、三つ、四つ、と数を増して降り注ぐ。地上に展開するアルビオン兵士たちはそれら降り注ぐ鉄塊の雨を見ても反応することは出来なかった。目の前に繰り広げられる急激な変化に対応することで手一杯だったからである。故に、兵士たちは気づくことが出来なかった。それら鉄塊が彼らアルビオン兵を包囲するように円の形をとって落着しているのだということを。

 

 

 彼らはただ茫然とそれを見つめた。

 

 

 地上に展開するアルビオン軍へとその鉄塊が直接落ちてくることはなかったため、巨大な鉄塊が落着することによって生じるだろう著しい被害は避けられた。空から降ってきた何かが自分たちへ向かっている訳ではないことを確認して、アルビオン兵士達はそれぞれが安堵の表情を浮かべている。だが、言葉を費やす必要もなくハルケギニアの終末を告げる死は地上に展開する彼らアルビオン軍やトリステイン軍へと着実に迫っていた。鉄塊の内に孕む猛威を解放するその瞬間へ向けて着々と準備は進められている。着々と着々と、その時は迫っていた。高空から確認すれば一目瞭然に理解できる。彼ら兵士たちは落着した鉄塊達によって完全に包囲されていた。タルブの村周辺には狙われた標的を包み込むための堅固な網が構築されていたのだった。

 

 そして、彼らは見た。落着した鉄塊が自身の姿を変えようとしているおぞましいその様を。

 足が生え、腕が生え、そして最後には恐ろしい顔が形作られる。悍ましい変貌を経て出現した鋼鉄の巨人。総数およそ数十体。惨たらしい鉄塊の落着痕、それら落着痕の中心にはこの世に遍く存在する恐怖と災禍を集合させた畏怖の顕現が屹立していた。それは、とてもこの世のものとは思えない光景だった。鋼鉄で出来た身の丈10メイル近い巨人が獰猛な唸り声をあげている。辺りを森の木々を薙ぎ倒しながら進行するその様は最悪の悪夢そのものだった。誰がこのような結末を想像しただろうか。想像できただろうか。ハルケギニアに存在する数多の建国史にも記載が残っていない終末の光景。地獄で繰り広げられる奈落の所業が今、ここに顕現しているのだった。人ならざる者の強烈な殺意を感じて兵士たちが先程まで浮かべていた安堵の表情も何処へともなく消え去った。後に残るものは驚愕と収集のつかない混乱のみである。

 

 

 彼らはただ慌てふためく。

 

 

 鋼鉄の巨人が一歩を踏み出す。すると、アルビオン兵士たちは皆揃って一歩退いた。

 鋼鉄の巨人が更に一歩を踏み出すとアルビオン兵士達も更に一歩足を後退させた。

 身じろぎの度に奏でられる鋼鉄の軋み合う音は兵士たちの心胆から寒からしめる。そうして鋼鉄の巨人たちの進撃に合わせて兵士たちは後退するが、直ぐに限界は訪れる。何故ならば彼らは完全に包囲されているのだから。右を見ても左を見ても視界に映るものは恐ろしい鋼鉄の巨人たちだけ。逃げ道などありはしない。鋼鉄の巨人たちによる侵攻を見てアルビオン兵士たちは自身たちが標的とされている事実をようやく悟ることが出来た。六万人という数の優位性など紙切れも同然に砕け散る。このままでは命が危ないことを知ると訓練を積んだ兵士達でも嫌が応にも慌てざるを得ない。隊列を崩さないようにと命令を下す上官の指示も完全に無視された。隊列や軍規を無視して彼らはひたすらに逃げ惑った。周りの仲間たちを押しのけ踏み退け、その手に持つ武器を振り降ろしてでも生き残ろうと奮闘するその様子は鬼気迫るものがあった。必死で逃げ惑うその姿は逃げ惑うネズミも同然。最早同じ轡を並べた兵士であるという事実すら見て取れなかった。質よりも量。傭兵たちを主体としたアルビオン軍、それ故の弊害か。六万のアルビオン軍隊はコントロール下から外れた完全な狂奔状態へ陥った。

 しかし、それら兵士たちの混乱も狂奔も長くは続かない。鋼鉄の巨人たちが戦艦砲のように巨大な武器を掲げた時、全てが始まり全てが終わった。

 

 そして、彼らは何もすることが出来なくなった。

 

 

 

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 外界の世界が現世ならざるおぞましい情景へと移り変わっているとき、ルイズは夢を見ていた。ルイズが誘われたその眠りは喧しい現実の世界とは異なり、終始健やかで静やかに進行した。武骨な部品だらけのコックピットという過酷な環境では通常の健やかな眠りは望めない。だが、虚無の魔法を使用した消耗は一方ならぬ著しいものがある。まだ幼いルイズにとってその消耗は大変な重荷だ。その激しい消耗は大きく体力を削り取り、鋼鉄の使い魔を従える伝 説を受け継ぎし少女を眠りの奈落へと引きずり込んだ。

 

 

 ルイズはその夢の中で二つの光景を見ていた。失われたメガトロンの記憶を受け継ぎ、度々夢の中でその内容をうかがい知るルイズにとっても、その二者二様の光景は初めて体験するものだった。

 

 

 一つ目に現れた姿。

 それは燃え滾るような憎しみに魂までも支配された成れの果てを映したものだった。憎しみが沈殿することによって形成された澱。その昏い昏い暗闇の中に浸り続け、有する魂も身体もその他の何もかもが変質してしまった成れの果て。行き尽くしてしまったその姿は仄かな哀愁すらをルイズに感じさせた。

 最も信頼し絶対の信服を於いていた掛け替えのない仲間達。その魂の片割れともいうべき同胞たちから裏切られた憎しみはどれほどのものがあったのだろうか。何故理解してくれないのか、何故分かり合えないのか。衝突を解決できたかもしれないその葛藤は燃え滾る憎しみの前には小さな水泡にしか過ぎなかった。絶対の信頼をおいていた同胞から受けた裏切り疎み蔑み。その事実だけは何があろうとも変わることは無く。その後数千年に渡る果てのない戦いの 連鎖を生み出した。

 夥しい犠牲を強いられた種族内の争いは、その憎しみから端を発した。その憎しみが悲劇の始まりだった。紀元前17、000年から連綿と続く戦いの歴史はこの時点ではまだ避けられたかもしれないが、争いのない未来というささやかな希望も最早元の木阿弥に過ぎなかった。

 

 

 

 そして、夢の終わりに現れた二つ目の光景。

 

 それは、――――――――。

 

 

 ――哲学ぶるな、オプティマス。偉そうなことを言っても俺には分かっている。我々は似た者同士だ。

 

 

 ――感じただろう。感じたはずだ。我等が世界の引力を。俺を呼ぶようにお前も強く呼ばれたはずだ。俺はその呼び声に素直に従った。それがお前と俺の違いだ。俺とお前との間にある違いはそれだけだ。

 

 

 ――いや! ここで得られるものは何もない。だが貴様も分かっているはずだ。いつか我々二人最後の決戦の日が来るそのとき…生きて帰れるのは一人だけだとな!

 

 

 何時か経験したマチルダの記憶をルイズは思い出した。煌めく魚影のようして移り変わる記憶の断片。血を吐くように、その全霊を以て戦いに身を投じるメガトロンの姿は、鮮烈だった。剛腕から繰り出される激烈な一撃。ダークマターを依代とした対消滅フュージョンキャノン砲。打ち、叩き、破壊する。赤と青を基調とした巨人を相手に交わされる激闘。それは命の相互争奪とも表現できる熾烈な戦いだった。本来あるべきメガトロンの姿。生まれ備えたその 本懐を全うするメガトロンはどこまでもがメガトロンで。終わりがないことを知りつつも戦わなければならないその光景はどこまでもが無謬の哀惜を誘った。

 しかし、終わらない憎しみは無いように、終わりの無い戦争もまた存在しない。破壊の権化であるメガトロンはその存在自体が最高の武器である。彼がいるところに破壊が吹き荒れ、彼が赴くところは必ず激しい戦闘地帯と化すことになる。そのメガトロンが、破壊大帝である彼がいるにも関わらず争いが終結する。憎しみの連鎖が紡がれ続けないということは、詰まる所、そういうことなのだ。

 

 記憶の流浪は続いている。戦いに次ぐ戦いをルイズの使い魔であるメガトロンは果たし続けていた。メガトロンにとって破壊はその存在理由にも等しいが、その終わらない戦いが終わるということ。終わりを迎えるということ。定められた帰結はただ一つ、行き着く先は決まっていた。

 

 そして、次に映し出されたその光景はルイズにとって大きな、とてつもなく大きな転機となった。

 

 

 

 ――すべて終わりだ。終わりなき戦争もいつか終わらなくてはならない。サイバトロン星の呼び声が聞こえる。俺はこの身と全ディセプティコンの存在を、オートボットや人間たちを攻撃することではなく、母星へ帰ることに捧げたい。

 

 

 ――破壊だけを長らくやってきたが、何も残らなかった。何も得られなかった。今度は創造を試みてみたい。それによって……得るものがあるか知りたい。

 

 

 ――俺がサイバトロン星に戻り、星を蘇らせたら、必ず連絡する。その時は合流し、一つの種族に戻ろう。平和な種族に。そうやって故郷を取り戻すのだ。

 

 

 

 その声音は弱り切っていたが、何処か達観した清々しさを感じさせた。まるで芽を付けて華をふぶかせ始めたばかりといった様相の麗らかな春を感じさせる柔らかな声音。暴虐の化身であるメガトロンらしくないその素朴な調子の声は、夢の中という今際の際に聞こえたルイズの妄想だったのかもしれない。

 

 ルイズにとってメガトロンの存在はただの使い魔に収まる範疇には位置していない。自分自身を認めさせたいライバル。最高の信頼をおいている大切な使い魔。強大すぎる力を持て余す暴虐の化身等々がそうである。ルイズにとってメガトロンの存在は多様で複雑で、それでいて絶対だ。ルイズの心中の大半はメガトロンに対する様々な思いで占められている。メガトロンに対してどのように接すればよいのか。どうすればメガトロンに対する罪科を贖うことが出来るのか。メガトロンの抱える過去を知ってより、ルイズはそういった葛藤を常日頃よりその胸中に抱いていた。途轍もない巨大な罪科。抱える巨大な罪を晴らしきることなど出来ない背負い続けなければならない、と半ば諦念の境地にすら至ろうとしていた。

 

 だが、ルイズが抱いていたその考えも改められることになった。

 夢中という今際の際に聞こえた声音を聞いて、ルイズはメガトロンに対して尊敬以上の尊敬を抱くようになったからである。

 

 擦り減り摩耗し尽くしても終わりの無い果てを戦い抜いた。その身体の全て、肉と骨の一片残らず、最後の最後まで、死力を振り絞って戦い尽くした。共に育ち笑った掛け替えのない友人を捨ててでも諦められなかった捨てきれなかった故郷への思い。幼い少年のように純真で、この世界全てを知り尽くした賢者のような素朴な願い。それは、同胞の夥しい犠牲を払うには余りにも素朴すぎるささやかで愚かな願いだった。

 

 何時か迎えなければならない故郷の滅亡という絶対運命へ抗うべく果てのない頂への道を進み続ける。掛け替えのない友人と敵対しても構わない。どの様な犠牲を出しても躊躇しない。犠牲となるものが自分自身にかかる全てに上ろうとも決して諦めることなく突き進む。その先には破滅しかないと分かっていても、それでも、それでもその先へ。

 自分の生命そのものを懸けて母星の呼び声を求め続ける。

 それが、メガトロンだった。

 

 

「………………そういうことなのね。メガトロン。」

 

 

 そう呟いたルイズの瞳は濡れていた。

 夢の中という死に近づいた今際の際。地獄へと変貌したタルブの村上空で美しい少女は健やかな眠りについていた。そして、獲得することが出来た答えの果て。求めていた答えは残酷すぎるほどに現実だった。

 破壊大帝メガトロンという解答をルイズは目の当たりにしたのだった。

 

 

 

 

 




お待たせさせてしまい大変申し訳ありません。
大変申し訳ありませんでした。
作品は必ず完結させたいと思っています。鋭意制作中ですので、より一層のご愛顧を切に希求しています。

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