ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第三十三話 故郷

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 ルイズたちがヨシェナベを堪能していた時、メガトロンとシエスタはタルブの村郊外に広がる草原を見つめていた。より正確に言えば、草原を眺めていたメガトロンに後から来たシエスタが勝手に合流した形になる。

 ルイズたちのヨシェナベを配り終わった後、姿の見えないメガトロンをシエスタは探しに行った。誰から命令されたわけではない自発的なものだった。多大な恩があるメガトロンに何かしら報いたい、と思っていたシエスタ。メガトロンが何を思いながら草原を見つめているのか、察することは出来なかった。

 だが、シエスタにとってメガトロンが草原を眺めているこの現状はとても都合が良かった。報いたい恩人と自身の大切な宝物である美しい草原。その二つが奇跡的にも一つの場所に共存している。この絶好の機会を逃す訳にはいかなかった。

 ならば、シエスタがすることは単純である。勇気を振り絞りメガトロンへの一歩を踏み出す。

 

 

「メガトロン様にもこの景色を一度見てもらいたかったんです。」

「………。」

 

 

 機嫌を伺いながらシエスタはおずおずとメガトロンへ近付いた。だが、メガトロンは何の反応も示さなかった。地面に座り込みただ目の前の光景を鑑賞している。無言を肯定と受け取ったのか、シエスタは続けてメガトロンに語りかけた。隣に腰を落ち着け、メガトロンと同様にその美しい草原を見渡す。さわさわと揺れる下草の漣。その美しい光景はシエスタにとって一番の宝物だった。

 

 

「とても綺麗ですよね。草原が細やかな光を反射して波間のように揺らめいている。私はこの光景が大好きなんです。心がどれだけ苦しくても辛くなっても。このタルブの景色を思い出せば元気が湧いてくるんです。何故かは分りません、ですがそうなんです。とっても不思議ですよね。タルブが私にとって故郷だからでしょうか。」

 

 

 耳にかかる髪を整えシエスタは微笑んだ。そうやって穏やかに笑う姿は年相応の少女には似つかわしくない達観したものだった。村での厳しい生活環境がシエスタの成長を促したのかもしれない。貧しくても歯を食いしばって必死に生きてきたシエスタは逞しかった。苦しみの中からでも光る宝石を見つけ出すしなやかさを持っている。

 

 

「タルブは田舎で何もないところです。けど、村の人達は互いに手を取り合って頑張って生きています。助け合いの大切さや尊さを故郷での暮らしが教えてくれました。この美しい草原も村での生活も皆が私にとって掛替えのない宝物なんです。」

 

 下草が刳り貫いた夕日の光。そよ風に揺れて踊る影絵がシエスタの横顔を彩った。

 故郷を語るシエスタの姿は美しかった。それは上辺で左右される不確かなものではない。人間が持つ揺るぎのない根源的な尊さ。皆が生来生まれ持ち、そして忘却していく人間的な美しさに溢れていた。

 ルイズやウェールズが持っている誇りと何処か通じるものがあったのかもしれない。死と破壊を司る破壊大帝。その破壊大帝だからこそ分かることもある。あのメガトロンも人間的美しさ溢れるシエスタを自然と称えていた。

 

 

「……故郷を思う気持ちは尊い。……大切にするがいい。」

「……はいッ!」

 

 

 今まで無言無反応を貫いていたメガトロン。そのしみじみとした賞賛の言葉を受けてシエスタは強く頷いた。今まで無言だったメガトロンが何故言葉をかけてくれたのか、シエスタには分からなかった。だが、メガトロンが無言を破って話しかけてくれただけでもシエスタにとっては好ましかった。

 この流れを繋ぐことが出来れば自然と恩人に礼を言えるかもしれない。そう思ったシエスタは必死で頭を回転させ、話題を探す。そして思いついた疑問を何気なくメガトロンへ投げ掛けた。

 

 

「そういえば、メガトロン様は何処からおいでになられたんでしょうか?。私の故郷がタルブであるように。ルイズ様に召喚される前は、メガトロン様にもメガトロン様の故郷が有る筈ですよね?。」

 

 

 シエスタの質問を聞いてメガトロンの瞳が一瞬見開かれ、そしてまた元通り細められた。投げ掛けられたシエスタの疑問は意図せずに確信を突いた。記憶を失くしたメガトロンの苦悩。使われない戦場刀が悩む原因はそこにある。大切な故郷と大切な友人。その二つを天秤にかけ、故郷を選択したメガトロン。自身の存在意義にも等しい目的の喪失はメガトロンを煩悶の渦へと追いやった。

 目的を失くした破壊大帝。振るわれない力は行き場を無くし、存在する意味を持たなくなった。

 

 

「…………在った筈だ。在った筈なのだ。…………俺様がここにいる。………存在があるということは、俺様は………何処かから来た。………出所となる場所。………故郷と呼べる場所がある………ということだからな。」

「………メガトロン様?」

 

 絞り出すようにして紡がれた言葉。その言葉を聞いてシエスタは首を傾げてしまう。本当にあのメガトロンが発した言葉なのかと疑ってしまう程、その言葉はか細いものだった。猶もメガトロンの言葉は続く。目的を失くした破壊大帝。心の内より湧き上がる叫びは悲哀に塗れたものだった。

 そして、ルイズは絶妙かつ最悪のタイミングでメガトロンに合流した。

 

 

「俺様は…………何処から来た。そして、…………これから何処へ行けばいい。」

「「―――ッ!!」」

 

 

 大切な友人を打倒してでも守りたいと思った珠玉の至宝。記憶が失われようとメガトロンにとって故郷は掛替えのないものである。夕日の細やかな光を反射して波間のように揺らめく草原。その美しい自然の光景が失われた故郷への郷愁を誘ったのかもしれない。失われた故郷に思いを馳せるメガトロン。絞り出された哀惜の言葉。浮かび上がる問い掛け。それは誰に向けられたものではない自身に向けられた独白だった。

 だが、その言葉を聞いた二人にとっては全く違う印象を与えた。

 

 

 一人目はルイズだった。

 メガトロンとシエスタが一緒になって何を話しているのか。木陰で様子を伺っていたルイズだったが、漏れ聞こえてきたその言葉を聞いて奈落の底へ突き落された。持っていたヨシェナベを取り落し、震えはじめる膝を止めることが出来なかった。度々メガトロンの記憶を垣間見るルイズには分かった。メガトロンから発せられた哀惜の言葉。その言葉がどれだけの重みを持っているのか。その重みを知っているからこそ、ルイズの全身を夥しい罪悪感が襲った。身体に突き刺さるような鋭利さと奈落へと引きずり込まれるような重みを持ってルイズに降りかかる。

 

 大切な友人を打倒してでも成し遂げたい目的。故郷の復活はメガトロンにとっての悲願である。その事実を知ってもルイズに出来ることは何もなかった。記憶の譲渡など出来る訳もない。自信の平静を保つために、心の中で様々な言い訳を作って普段は何とか誤魔化してきた罪悪感だった。しかし、メガトロン本人の言葉でその防壁は突破された。滞留した罪悪感は容赦なくルイズの精神を蹂躙していく。ズタズタに引き裂かれ、傷ついた心から止め処ない血液を垂れ流す。

 

 これまでのルイズであれば耐えることは出来なかったかもしれない。ただの幼い少女に背負いきれるはずもない。全てを投出して自身の責務から逃げ出してしまうことが、予期される自然な落着だった。

 

 だが、ルイズは最早普通の少女ではない。確かな覚悟を持った決断した者だった。

 歯を食いしばり頬を噛み締める。口内に広がる生臭い液体、それを一息に飲み干した。咽喉を伝う生ぬるい液体の触感。罪悪感で崩れ落ちそうになる身体をルイズは傷の痛みと鉄臭い血の味で繋ぎ止めた。

 

 

 背負うべき罪に言い訳はしない。ワルドの額を打ち抜いたとき、ルイズはその覚悟を既に固めているのだった。

 

 

 平静を取り戻したルイズ。心の中を暴れ狂う罪悪感をそのままに、踵を返しその場を離れた。夥しい罪悪感を乗り越えたルイズ。その姿はこれまで以上に高潔で美しく感じられた。背負うべき罪を増やしながらルイズは進む。最早その歩みを止める訳には行かないのだった。

 

 

 

「…………あ、あの。……も、ももも……もし!メガトロン様が良ければのお話ですが!」

 

 二人目はシエスタだった。

 これまでに見たことがないほどに弱弱しいメガトロン。その姿を見て当初は慌てたシエスタだったが、メガトロンへ恩返しをする絶好の機会だ、と自らを更に発奮させた。メガトロンから記憶が失われていることをシエスタは知らない。だが、メガトロンの言った文面の端々から内容を推測したシエスタ。メガトロンは故郷への郷愁を募らせているのだと勝手に思い込んでしまった。

 その上でシエスタは提案した。抱いている恐怖を抑え込み内側から湧き出た思いをそのままメガトロンへと叩きつけた。

 

「このタルブをもう一つの故郷としていただけないでしょうか?」

 

 その提案を聞いてメガトロンの眼が丸くなる。何を言っているんだ此奴は、という呆れにも似たメガトロンからの視線をひしひしと感じながらも必死で二の句を継ぎ足した。

 

「メガトロン様が仰られた様に、故郷というものはとても尊いものだと思います。その人が何処にいようとどの様な苦境に喘いでいようと。心に活力を与え励ましてくれる。心の拠り所、心穏やかに過ごせる安住の場所。それが故郷の大切さだと私は思います。」

 

 一度区切って息を吸い直し、シエスタは真っ直ぐな視線でメガトロンを見つめた。

 

「メガトロン様にもその大切さを知って欲しいんです!」

「タルブをメガトロン様のもう一つの故郷と思っていただければ、いつでもメガトロン様は故郷を感じることが出来ます。苦しくても辛くても、どんな時でもタルブの草原は何時でもメガトロン様の傍にいて、メガトロン様へ活力を与えてくれるはずです!!タルブの草原は何時でもメガトロン様の味方ですから!!」

 

 

 あのメガトロンに対して臆さず言い切ったシエスタ。随分勝手な提案だが、シエスタの中で既にタルブはメガトロンのもう一つの故郷になっているようだった。強い緊張から暫くは荒く息を吐いていたが、その頬を叩く冷えた風を受けて正気を取り戻したのかもしれない。あの恩人であるメガトロンに対して何てことを言ってしまったのか。そもそもメガトロンが故郷への郷愁を募らせていたかどうかすら曖昧であるにも関わらずである。幾らなんでも礼儀知らずな行為だ。

 恥ずかしさのあまりシエスタは顔を手で顔を覆った。そして、その場を取り繕うように言い訳がましく捲し立てた。

 

 

「……私の家は大家族でいつも金銭的に苦しんでいました。……私が魔法学院へ御奉公に出た理由もそうです。ですが、メガトロン様のご支援があったお蔭で下の兄弟は奉公に出ずとも済みました。……家族の生活も随分と楽になって、それでですねメガトロン様に何かお礼がしたくて。い……いろいろ考えたのですが、私が送れるものなんてこの故郷の景色くらいしか………、差し出がましいことを言って申し訳ありませんでしたッ!!失礼します!!」

 

 顔を真っ赤に染めたシエスタ。言葉を重ねるたびに墓穴を掘っていることを自覚したのか、頭を下げてこれ以上の会話を切り上げた。小走りで走り去ってゆくシエスタを横目にしてメガトロンは再び美しい草原へと視線を移す。黄金色に彩られた草原は飽きることなく大帝を労った。

 破壊大帝に無礼を振るい、無事でいられるものなど存在しない。それが矮小な有機生命体であれば尚更である。では何故シエスタは無事でいられたのか。何故メガトロンは無事に済ましてしまったのか、それはメガトロン本人にしか分からなかった。

 紅に染まる眼房を僅かに細め、メガトロンは自嘲する。

 

 

「…………ふ。俺様も焼きが回ったか。」

 

 

 小さな有機生命体程度に諭されるとは、高位種族である金属生命体にとってあるまじき姿だった。下等な有機生命体などメガトロンにとっては路傍の石刳れと同じ。何の意味も価値もメガトロンは持ち合わせていなかった。夥しい屍の上。積み上げられた死体の丘。その頂が本来あるべきメガトロンの居場所である。死と破壊を司る破壊大帝にとってこのハルケギニアは余りにも平和過ぎる場所だった。

 

 だが、悪くない。

 

 雄大な自然が奏でる素朴な美しさを前にして、心のどこかでそう思ってしまうメガトロンがいた。記憶を失った心が、無意識の内に拠り所を求めていたのかもしれない。小さな有機生命体が何を言ったところでメガトロンは一顧だにしていない。だが、金属生命体にとっても有機生命体にとっても故郷の尊さは等しく価値を持っていた。それはどこまでもメガトロンらしくない、そしてどこまでもメガトロンらしい感傷だった。故郷の復活を悲願とするメガトロン。記憶を失くした現在であっても目指すべき故郷への渇望が身体を焦がした。

 

 そして、メガトロンの装甲を鮮やかに彩り続けた夕日は地平線の果てへ沈んだ。

 橙色に輝いていた装甲が従来の姿を取り戻す。ハルケギニアの双月に照らし出される鋼鉄の巨人。蒼と赤に染まる凶悪な面貌。その銀影は眼の光を取り戻し、一切の齟齬もなくメガトロンそのものだった。僅かに目を細め遠方を見つめる視線の先。まるで何者かの到着を予感するように、破壊大帝は聳え立たっていた。

 ハルケギニアの双月がこの時ばかりは何故か妖しく輝いた。

 

 

 ▲

 

 

 乾ききった砂と岩石だけがどこまでも続く死の星。厳しい環境に晒され摩耗した岩石群が打ち捨てられた墓標のように佇んでいる。見渡す限りの砂の海。生物の存在しない寂謬の最果て。耳に痛いほどの静寂に支配されたこの空間で悍ましい災禍が産声を上げた。エジプト王を想起する奇怪な面貌が狂喜に歪み、タランチュラのように長い手足が喜びに震えていた。

 

 

「………遂に、………来たか。」

 

 

 ハルケギニアではない何処か別の惑星、打ち捨てられた星の打ち捨てられた母船の中で堕ちたものは観測した。何処か遠いところ。自身でも幽かにしか存在を感じ取れない碧落の場所。そこに、メガトロンはいる。陽炎のように仄かな感覚が燃え盛る篝火のように強く変化した。空間に打ち込まれた座標の存在がメガトロンの存在を揺るぎなく証明している。受け入れの準備は整った。後はこちらが赴くだけである。

 母船の最奥で蠢く災禍。原初のトランスフォーマーは全身に繋がれた管を引き抜き、これまで座していた場を後にする。穿たれた船腹を抜け、満を持して死の空間へと躍り出た。

 空間に打ち込まれた座標を感知したのだろう。そこには既に物々しいディセプティコン軍の軍勢が待機している。死の空間を埋め尽くす異様な軍勢。全宇宙で最大の勢力を誇るディセプティコン軍の大軍勢がその偉容を湛えていた。来たるべき号令の瞬間を今か今かと待ち侘びる仮初の静寂。

 その期待に応えるように堕ちたものはその腕を振り上げた。

 

 

「………………時は来た。」

 

 

 死の空間に濃密なエネルギーが満ちた。乾ききった砂とうらぶれた墓標が微細に振動し、注ぎ込まれるサイキックエネルギーの強力さを物語る。無理やり捻じ曲げられた空間の悲鳴。世界の理を無理やり加工する不協和音がその場に響いた。打ち込まれた座標の位置。目的の場所へ続くワームホールが音もなくその場に現れた。仄かな感覚を頼りにしただけでは不十分。打ち込まれた座標と強力なサイキックエネルギー。その二つが揃って初めて可能となった直通路だった。

 堕ちたものはその大孔を指差して、言った。

 

 

 

「……さぁ行くぞ、皆のものよ。……俺の弟子が待っている。」

 

 

 

 朗々と告げられた宣告。ハルケギニアの崩壊を意味するその狼煙に反応してディセプティコン達は次々と潜行を開始した。身体を戦闘体型からトランスフォーム。異なる惑星への移動を行うために高い耐久力を誇るトランジッション・モードへと移行した。防御力に優れたこのモードであればどのような衝撃を受けようと、その超高密度の流体金属ボディが傷つくことはありえない。

 移動の準備が整い、雪崩を打って大孔を目指す漆黒の奔流。穿たれた座標軸へ向けて進撃を開始するディセプティコン軍の群れ。その蠢動を止めることが出来るものなど何処にも存在しなかった。

 

 

 


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