ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

32 / 50
第三十二話 ヨシェナベ

 

 高度な知性を有するメガトロン。どれだけ複雑で難解な機構があろうとメガトロンの前では何の意味も持ちはしない。どのような仕組みなのか、どのような構造を持っているのか。どのような作用を持っているのか。一見しただけでメガトロンには使い方が理解できてしまうのだった。

 

 捻じれた二本の柱。複雑な構造を持つ金属的異物の存在。

 自身の失われた記憶を求めるメガトロンがその異物を黙って放って置くわけがなかった。失われた記憶への一抹の期待を込めて自然その装置をメガトロンは作動させた。

『竜の顎門』がアンカーポイントというマシーンであることをドクターは知っていた。

ある思いからドクターは何が何でもその起動を中止させたかった。だが、例え記憶を失っていようとメガトロンはメガトロンである。ドクターにとってメガトロンに逆らう所業など天地を逆さにするよりも難しかった。

 

 

 

「そういう経緯を経て私はメガトロン様を『竜の顎門』までご案内したんです。ですがとても驚きました。ルイズ様やキュルケ様、タバサ様まで御一緒されているなんて。一体何をなされていたんですか?」

「別に大したことじゃないわ。宝探しよ。何かお宝を見つけようと方々を探し回っていただけ。ここがタルブの村に近かったことも、おまけにシエスタの出身がタルブだったことも全部偶々の偶然よ。私も驚いたけれどね。」

 

 シエスタの説明の甲斐もあってルイズはようやく納得することが出来た。

 見張りがいなければ直にでも寺院へと直行していたところだったが、スコルポノックという恐ろしい見張りがいては流石のルイズもその場を動けない。ガチガチと打ち鳴らされる一対の巨爪。巨大な黒蠍がルイズ達一行を見張っている中で、シエスタの説明は行われた。メガトロンが『竜の顎門』の興味を持ち、タルブ出身である自分がその案内を買って出たこと。シエスタが一通りの経緯を説明し、ようやくルイズは現状を理解した。

 

 

「ねぇシエスタ。メガトロン様って何よ。随分メガトロンと親しいようだけれど、貴方やっぱりメガトロンから依頼を受けて私のスパイをしてたってこと?脅迫されたの?それとも貴方が自分で言った通りお金で買収されたのかしら?」

「まっまままさか、そんなことある訳ないじゃないですか。一介のメイドである私が貴族であるルイズ様に虚偽を申し上げるなんて。恐れ多くてそんなことは出来ません。」

 

 下手くそな口笛を吹きながら焦っているシエスタを見てルイズもげんなりとしてしまう。本当に誤魔化せているとはシエスタ本人も思っていないのかもしれない。しかし、メガトロンから依頼されているということが例え形式上であってもルイズに露見してはいけないのだろう。他ならぬメガトロンの意思がそう望んでいるのだ、シエスタに逆らえるはずもない。

 シエスタへの追求を諦めルイズは先を促した。

 

 

「まぁいいわ。それで?この寺院に安置されている『竜の顎門』って何なのか教えなさいよ。気になって仕方がないわ。メガトロンも寺院に籠りっぱなしだし、中で一体何をしているんだか。」

「はい。勿論ご説明いたします。ですが『竜の顎門』のことであまり話せるようなこともないのですが、」

「『竜の顎門』はタルブの村に伝わるオブジェのようなものです。決して秘宝のようなものではありません。あのオブジェが顎門と呼ばれているのは、互いに絡まりあった二本の柱が空に上ろうとする二匹の竜を模しているからだ、と言われていますが本当に竜なのかどうかは分かっていません。これはお祖父ちゃんから聞いたことなんですが、最初は『竜の顎門』ではなく、『竜の羽衣』だったらしいんです。」

「顎門じゃなくて羽衣だった?一体どういうことよ?」

 

 困惑しているルイズにシエスタは苦笑しながら答えた。

 

「『竜の顎門』は『竜の羽衣』と入れ替わるようにして寺院にあったそうです。村の人が気付いた時には既に『竜の顎門』になっていたそうですよ。何故羽衣が顎門になったのか何時入れ替わったのか、詳しいことは話してくれませんでした。約束があるから話せない、とお祖父ちゃんは言ってましたけれど一体誰と約束をしたんでしょうね。お祖父ちゃんは、何処か遠いところから最初はあったその羽衣に乗ってタルブの村へ飛んできたんだそうです。何処かからの流れ者だって、村の人は誰も信じませんでした。けど、機会が有れば何時もお祖父ちゃんは言っていました。自分は異世界からやってきて羽衣はその世界の空を飛ぶ道具なんだって。見たことがある人によればその羽衣は大きな鉄の塊でとても空を飛べるとは思えなかったそうです。終いにはその羽衣も何処かへ失くしてしまって、ますますお祖父ちゃんの言うことを信じる人は居なくなってしまいました。お祖父ちゃんは勤勉で働きもので村に住みついて直ぐに皆から受け入れられたそうです。結婚をして村に家庭も持ちました。けれど、村の人達からは少しおかしい人だっていつも笑われてましたね。」

「私がしっているのはお祖父ちゃんが思い出話として話してくれたことだけなので本当かどうかはわかりません。ですが、異国の地で同じ境遇を持った友人の願いだから、といってお祖父ちゃんは『竜の顎門』を大切に保管していました。『竜の羽衣』を失くしたのは友人の為だから気にしても仕方がない、と笑っていましたけれど、お祖父ちゃんは少しだけ哀しそうでしたね。お祖父ちゃんが本当に異世界からやってきたんだとすれば『竜の羽衣』はその異世界の面影を残す最後の品物だったのかもしれません。だとすればお祖父ちゃんが哀しそうだったことにも頷けますから。」

 

 

 キュルケやタバサを含めた三人の視線が集中する中、シエスタは『竜の顎門』についての説明を終えた。しみじみとしたその姿の端々から祖父への信愛が感じられた。実直な祖父の人柄をよく知るシエスタだからこそ、異世界などという突拍子もないことを信じてることが出来たのだろう。その表情に祖父を厭う感情は少しも現れていなかった。

 

 シエスタの話はルイズにとって興味深いものだった。メガトロンが何故その『竜の顎門』に興味を持ったのか、その理由の端緒がシエスタの会話の中に隠れていると感じたからである。そう思ったルイズは重ねてシエスタに質問を投げ掛けた。シエスタの説明の中で特に気にかかった、その友人について。

 

 

「シエスタのお祖父ちゃんが言ってたその友人って誰のことなの?聞いていれば『竜の顎門』と深い関わりを持っているようだけれど。まだ存命だったりするのかしら?」

「申し訳ありません。私も分からないんです。お祖父ちゃんに聞いても笑って誤魔化すばかりでその友人が誰なのか最後まで教えてくれませんでした。」

「本当に?何処から来たとか、些細なことでも何でもいいのよシエスタ。その友人に関して貴方の祖父が言っていたことを教えて欲しいの。」

 

 理由は分からないが必死になってしまうルイズ。何かに追い立てられるようにしてシエスタに詰め寄った。その必死なルイズに気圧されてシエスタはおろおろとしてしまう。

 だが、残った思い出の中に話せることはないかと必死で記憶を振り返った。

 

 

「申し訳ありません。本当に分からないんです。えっ……っと…………確か、自分でもまだ信じられない……とか。友人にはもう会えなくなった、程度のことしかお祖父ちゃんは言いませんでした。他に詳しいことは何も……。」

「そう………分かったわシエスタ。ありがとう色々と教えてくれて。」

「いえ、いいんです。ルイズ様のお役にたてたようで私も安心しています。」

 

 

 これ以上シエスタを問い詰めるのは酷だ。そう思ってルイズはシエスタの肩から手を放す。そうして眉根に皺を寄せてルイズは考え込んでしまった。そうしたルイズとは対照的にシエスタの表情は晴れやかだった。シエスタは驚いていた。自分の話をここまで真剣に聞いてくれる人など今までにいなかったからだ。しかも、大多数の平民ではない、貴族であるルイズがそうだった。沢山の賞賛を集めるルイズは、その賞賛に見合う実が伴っていた。そのことを知ってシエスタは自然強い好感をルイズに抱いた。ギーシュとの一件もある。シエスタがルイズのスパイを受け入れたのも、メガトロンの懐柔と報酬だけが理由ではないのかもしれない。

 

 

「ルイズ様は不思議な方ですね。私が知る貴族の方々とは全然違います。私のお祖父ちゃんの話を笑わずに最後まで聞いてくれた人はルイズ様が初めてです。私は感動しました。噂だけではなくて本当にルイズ様は素晴らしいお人柄をお持ちなのですね。ルイズ様のスパイとして私も誇らしいです。」

「褒めすぎよシエスタ。真剣に話している貴方の思いが私にも伝わってきたわ。私はその思いを蔑ろにしたくなかったのよ。ただそれだけ。特別なことはしてないわ。」

 

 

 しみじみとしたシエスタの賞賛に背中がむず痒くなるルイズだった。

 そのむず痒さを抱えながらもルイズの脳内では思考が始まっていた。筋道立てて当て嵌まるかどうか、パズルのピースを片端から確かめる。シエスタの説明から得られたキーワードが組み合わさり何かを示した。だが、それは透かし彫りのように曖昧で具体的に何を指しているのかまでは明達なルイズにも分からなかった。

 

 

「(空を飛ぶ道具………鉄の塊だった羽衣………、何時の間にか現れていた竜の顎門…………竜を模したオブジェ……異世界………消えてしまった友人………、信じられない?………………駄目だわ、何も見えてこない。何か、………もう少しで何かがつながりそうなのに。)」

 

 

 ルイズは歯噛みするが、それ以上物事を進展させることは出来なかった。何故これ程までシエスタの説明が気にかかるのか、ルイズにも分からなかった。ピリピリと項を刺激する危機感。大切な何かを見逃している焦燥がルイズを苛むが、何か重要な軌跡の片鱗すら見つけることすら出来なかった。

 

 そうやってルイズが悶々としている内に、メガトロンがやってきた。何処か憮然としているメガトロン。ルイズは悶々としていた気分を無理やりリセットした。そして気を取り直して、寺院で何をしていたのか問い詰めようとメガトロンににじり寄る。だが、触媒を発見したというドクターの一言を聞いてルイズはこれまでの姿勢を180度翻した。ラヴィッジを治すことが出来る。その考えにルイズの頭はいっぱいになってしまった。ルイズの脳内から押し出される『竜の顎門』の存在。即座に学院へ帰ろう、とメガトロンへの追求も忘れてルイズは踵を返した。キュルケやタバサはやや呆れながらもルイズの行動に従い、シルフィードへと乗り込む。そのまま上手くいけば一行はルイズの言うとおりタルブから学院へと帰還する筈だった。

 直前になって、シエスタからある提案が飛び出るまでは。

 

「ルイズ様達にはタルブ特産のヨシェナベを御馳走致したいと思っていたのですが……、残念ですね。また違う機会を待とうと思います。」

 

 その言葉を聞いてするりとシルフィードから飛び降りるタバサ。ルイズも降りて何をしているのか、とタバサを問い詰めたが無駄だった。いくらルイズが肩を揺らしても、タバサはまるで根の生えた木のようにその場を動かない。瞳に宿った燃え盛る強い意志に思わずルイズは気圧されそうになった。

 

 そこで意見の対立が発生した。

 今すぐに学園へと帰還してラヴィッジを治したい、と主張するルイズ。

 シエスタの振る舞うヨシェナベを食べるまでは一歩も動かない、と主張するタバサ。

 

 主張は平行線どころか、真っ向からぶつかり合い激烈な火花を散らしていた。どちらも一歩も譲らず掴みあいの喧嘩にまで発展するのではないかと、思ったところでキュルケの仲裁が入った。

 

「こんな所で喧嘩をしている場合じゃないでしょ。正気に戻りなさいな。」

 

 二人は反省し、キュルケの仲裁を受け入れた。互いの主張を少しづつ譲歩して歩み寄りをする二人。結局はキュルケの提案した折衷案が採用され、ヨシェナベを食べてから直ぐに学園へと帰還する運びとなった。

 

 

 

 突然現れた貴族の登場に当初は慌てていたシエスタ一家だったが、シエスタの説明もあって直ぐに落着きを取り戻した。村の特産であるヨシェナベで御出迎えをするという提案は問題無く進められた。母と協力してヨシェナベを調理するシエスタ。学園での献身的な働きそのままにくるくると無駄なく調理を進めた。

 大なべに振る舞われたヨシェナベ。立ち広がる旨みの匂いを感知してタバサの眼がギラリと光った。

 そして、調理は終了し取り分けられたヨシェナベを三人は続々と口へと運んだ。

 空腹は最高のスパイスとはよく言ったもので、普段の食事よりも五割増しで美味しく感じられた。

 

「美味しいわねー。具材にしっかりと味がしみ込んでいてホクホクしてるわー。普段の豪奢な食事も悪くないけれどこういった家庭的な味もおつなものね、中々侮れないわ。」

「………。」

 

 振る舞われたヨシェナベに三人は舌鼓をうった。本来具材の持っている良さを十分に引き出した優しい味。出汁の効いたコクのある味わいが味来を刺激した。

キュルケは貴族らしい丁寧な所作で。タバサは掻き込むような仕草でヨシェナベを貪っている。よほどお腹がすいていたのか一心不乱にヨシェナベを咀嚼するタバサ。周りが一切見えていないその様子を見て、キュルケは苦笑した。そして、思い出した疑問が温かい吐息と共にするりと口を吐く。

 

 

「このヨシェナベを食べていて思ったのだけれど。ミスタは普段何を食べているのかしら。ゴーレムとはいえミスタも生きているんでしょう?だったら普段から何かを食べてなきゃおかしいわ。」

「………ドクターが言うには暗黒物質ってものを食べてるらしいわ。」

「あんこくぶっしつ?何よそれ。美味しいの?」

 

 返ってきた答えにキュルケは目を丸くする。今までに聞いたことがない単語を聞いてキュルケの思考が停止した。暗黒の物体とは何事か、それは答えたルイズにも分からなかった。

 

 

「美味しいかどうかなんて本人に聞かなきゃ分からないわよ。知りたければ、今度聞いてみればいいんじゃないかしら。機嫌が良ければメガトロンも教えてくれるかもしれないわよ。暗黒物質の味をね。」

「何か、知りたいけど聞きたくないわね。暗黒物質の味。知っちゃったらもう元の自分に戻れない気がするわ。」

 

 何の知識を持たずとも、その危険性だけは察することが出来た。ごくりと喉を鳴らすキュルケ。もしメガトロンの機嫌が悪ければ文字通り全身で暗黒物質の味をこれでもかと堪能することになるからだ。暗黒物質が引き起こす対消滅。フュージョンカノン砲の凄まじさをキュルケは忘れていなかった。残りの生涯を以てしても忘れることも出来ないだろう。

 そして、ルイズはこめかみに手を当てて御目当ての記憶を引き摺りだそうとした。専門用語だらけで判然としない文字の羅列を何とか文章として加工し、読み上げる。

 

 

「ええ………と、………何だったっけ。ドクターから説明してもらったけど難しすぎて殆ど忘れちゃったわ。」

「……目に見える世界はほんの僅かなちっぽけなもので、……それ以外にも宇宙という広大な世界がどこまでも広がっていて、……その宇宙を構成している大部分の物質で、……目に見える中性子や陽子とは異なり、……電磁波では決して観測されない目に見えない物質がダークマターで、……そのダークマターに含まれているダークエネルギーを摂取してメガトロンは動いているらしいわ。」

「宇宙?電磁波?中性子?知らない専門用語ばっかり。」

「そうよね。私も何が何だか分からないわ。いま言ったこともドクターの受け売りで私は何も分かってないもの。」

 

 まるでちんぷんかんぷんだ、と言いたげなキュルケの姿。その姿を見てルイズは悪戯っぽく笑った。この後に言う内容を聞けばキュルケはもっと驚くだろうと、簡単に類推できたからだ。

 

 

「ドクターが言うにはその暗黒物質を常食出来るのはメガトロンしか居ないそうよ。何でもメガトロン以外のゴーレムは暗黒物質が持つダークエネルギーに耐えられないの。だから、他のゴーレムが暗黒物質を食べれば身体が暴走して終いには爆発しちゃうんだって。それ位強力なエネルギーをメガトロンは食べているの。」

「爆発?!何でミスタはそんな危険なものを食べているのよ。強力すぎるエネルギーじゃないと栄養にならないということかしら。やっぱりミスタは相当ぶっ飛んでるわね。」

「それだけ分かれば十分よ。」

 

 驚くキュルケの姿を見てルイズは苦笑した。まるで過去の自分を追憶するようで可笑しかったからだ。初めてドクターからの説明を受けた時ルイズもキュルケと同様の反応をした。驚くキュルケの姿は過去のルイズそのままだった。

 苦笑するルイズが身動ぎをした。すると、マントの陰に隠れていた一冊の本が姿を現す。古ぼけた装丁をもった何の変哲もない普通の本だった。だが、どことなくただならない雰囲気を放つその本をキュルケは見過ごさなかった。

 何の本なのか、と問われたルイズはこともなげに答えた。

 

 

「始祖の祈祷書よ。来月開かれる婚姻式で必要になるの。オールドオスマンが言ってたわ。選ばれた巫女が王族の結婚式で詔を詠みあげることが代々トリステインに伝わる伝統なんだって。黴臭い古びた伝統なんだけれどね。でも、伝統は伝統だから守り継いでいかないと。その巫女として選ばれたのが私ってわけよ。詔を考えたり色々と大変なんだから。」

「ふぅん。良かったじゃないルイズ。祈祷の巫女に選ばれるだなんて。詳しくは知らないけれど、とても名誉なことなんでしょう?」

「名誉?そうね。本当にそうだったらいいんだけどね。」

 

 

 温度を失い、やや冷たくなってしまったヨシェナベをルイズは掻き回す。木製のスプーンが程好く蕩けた具材を掻き分け新しい彩りを作り出す。木製のスプーンと器がぶつかり合う軽質な音が小気味良かった。口に含んだスープの苦みが増したのは偶然ではないだろう。付属品でしかない自分を思い知らされるのは何時の時でも辛かった。理解することは出来ても受け入れることは絶対に出来ないからである。

 視線を下に落し、俯くルイズ。元気を失くしたのかと最初キュルケは思ったが、どうやら違うようだった。

 

「どういうことよ。随分と気乗りしていないようだけれど。」

「分かってないわねキュルケ。つまり、アンリエッタ王女様はアンリエッタ王女様なりに、お腹の中に色々なものを飼っているってことよ。王族として見に着けていて当然の狡猾さだから別に怒ってはいないわ。」

 

 ルイズが巫女に選ばれたこととアンリエッタ王女がどの様な関係があるのか。それがどのような意味を持つのか。

 何が本懐なのか判然とせず、未だキュルケは首を傾げている。そのキュルケに自嘲しながらルイズは言った。

 

 

「まだ、分からないかしら? 王女様の本当の目的は私じゃないの。メガトロンよ。」

 

 

 ああ、と納得の頷きをするキュルケ。

 メガトロンの名前が出てきたことで、納得のできる筋道がようやくキュルケの中で浮かび上がった。巫女として選ばれる人間は誰でもよかったのだろう、アンリエッタ王女の意向で幾らでも左右されたはずだ。結婚式における形骸化した伝統。その伝統を利用してルイズを、引いてはメガトロンを引っ張り込む。その目論見を思いついたのが王女様本人なのか、それとも重臣の誰かなのか、判然とはしないがその目的だけは簡単に察せられた。

 

 

「私を釣れば、なし崩しにメガトロンも付いてくるって目論んでいるのよ。結婚式の安全とゲルマニア側への圧力を同時に行える。それはトリステインにとっても王室側にとっても最善の方法だけれど。浅はかね、姫様もワルドも変わらない。見かけの鍍金に騙されて一番大切な中身は何にも分かっていないんだから。」

「私が何をしようと私がどうなろうと、メガトロンはメガトロンよ。メガトロンは何者にも左右されない。そんな当たり前のことすら分からないなんて。その浅はかさに呆れるわね。でも、メガトロンを知らないものにとっては仕方のないことかしら。計り知れないほどにメガトロンは凄まじすぎるから。」

 

 

 王室への信頼と憂いが入り混じった複雑な顔。トリステインを統治する君主の至らない所を心配するルイズ。その憂いはアルビオン崩壊を目の当たりにしたルイズだからこそ表出したものだった。国家崩壊前夜の瞬間をまざまざと見せつけられたアルビオンでの顛末。その経験があるからこそルイズは心配なのだ。トリステイン貴族として、アルビオン王国の結末をトリステインへと齎すわけにはいかなかった。

 

国家運営とは絶え間ない綱渡りのようなものだ。おいそれと決断を下してよいものではない。メガトロンの凄まじさは理解できる。だが、いくらメガトロンが凄まじかろうと、未確認要素が多い力に頼ることは危険だ。そんなことも分からないのか、ルイズは苦慮する。だが所詮は一介の学院生である。自分が何を考えようと何も変わらない。そう理解はしているが、それでもルイズの思考は止まらなかった。指導者層がそうやすやすと巨大な力に頼って良いわけがない。指導者がその程度では早晩国政も行き詰ってしまうのではないか。

徐々に深まっていくルイズの思慮。

 しかし、そうして思考の湖に沈もうとしていたルイズをキュルケの言葉が引き上げた。

 

 

「何も書いていないのね。白紙の秘宝だなんて。肩透かしだわ、やっぱりトリステインの秘宝じゃあ大したことがないのかしら。」

 

 あっけらかんと言うキュルケを見てルイズは溜息を吐いた。大きく息を吐いて肩の力を抜き、呼吸の調子を整える。意識を引っ張り上げてくれたキュルケの能天気さにややルイズは感謝した。そして、巨大な双丘をやや嫉妬がましく見つめ、キュルケが持っていた始祖の祈祷書を取り返した。

 

 

「そんな訳ないでしょキュルケ。アンタ少しはぶら提げてるでかいものだけじゃなくて、少しは頭にも栄養回して考えなさいよ。あのオールドオスマンから渡された一品よ。本物じゃない筈がないわ。」

「本物っていわれてもね…………。全部目を通したわ、でもこの本には何も書いてなかったわよ。とても本物とは思えないわ。白紙の本なんて、それこそどうやって使えばいいのよ。」

「白紙の本に価値なんてないわ。本当に白紙だったらこの本はただの粗大ごみよ。」

 

 

 ぱらぱらと始祖の祈祷書を捲るルイズ。キュルケの指摘通りそのページには何も書かれていなかった。古ぼけた装丁に何も書かれていない白紙のページ。通常であればゴミとして一瞥もされない無用の長物だった。しかし、この本は無用の書物ではない、と既にルイズは見抜いていたから自信を持ってキュルケの指摘に反論できたのだった。

 ルイズの瞳が煌めき持ち前の明達さを披露する。

 

 

「この秘宝は本物にも拘らず白紙で何処にも文字は書いてない。この矛盾を解決するためには発想の転換が必要よ。」

「つまり、文字は書いてあるけれど、ただ見えないだけ。」

「ドクターの話にも合ったけれど。目に見えるものは物事の極一部を占めるだけなのよ。この本には何かが書いてあるけど、普段は見えないように加工されている、と考えたほうが自然じゃないかしら。関係のない人物や盗賊からは白紙の本にしか見えない。そうやって不要な干渉を防いでいた、と考えることも出来るわね。どうかしら。そう考えてみればこの本も随分と秘宝っぽく見えるでしょう?本当の真価は本当の持ち主にしか発揮できない。秘宝が秘宝たる所以ね。」

 

 

 培った持論を展開するルイズ。

 ルイズ一人では辿り着くことが出来なかった結論だった。解決の糸口はドクターの説明から偶然にも得られたものだ。

 

 目に見えるものは物事の極一部を占めるだけであり、目に見えない多様な存在がこの世界を構成している。

 

 獲得した新しい見識と視野は持ち前の明達さも相まって簡単にルイズを正解へと押し上げた。元々持ち合わせていた明達さと鋼鉄の使い魔が齎した変化。この二つの要素が意図せずに入り混じりルイズに更なる成長を促す。ルイズは意識したことはなかったが、鋼鉄の使い魔が与える変化はこのような領域にも明確に表れているのだった。

 

 確信を以て持論を展開したルイズ。理路整然とした詳らかな説明にキュルケも頷かざるを得なかった。

 

「ふぅーん。なるほどねぇ。じゃあ書いてある文字を読むためにはどうすればいいのかしら?何か特定の条件でもあるとか?」

「多分そういうことよ。何かの条件か、キーとなる何かが他にあるのかもしれないわね。色々と興味をそそられるけど、でも始祖の祈祷書に書いてある内容なんて私にはお呼びじゃないから気にしないことにするわ。どうせ式典儀礼用に使って終わりでしょう。式が終わればそのまままたお蔵入りよ。」

 

 

 最後にルイズは嘘を吐いた。始祖の祈祷書は自分には関係がない。それは、事実ではなくルイズの願望だった。まだ友人の隣に在りたい、という幼い少女らしいささやかな願望。

 

 オールドオスマンから感じられた張り詰めた雰囲気。真面な魔法の使えない自分。そして、異常とも呼べるメガトロンの存在。これまで感じてきた様々な要素、様々な片鱗。答えを導き出す材料は十分すぎるほどに列挙されている。丁寧に舗装された道路の先。向かうべき目的地へ明達なルイズ辿り着かない訳がなかった。

 

 始祖の祈祷書を初めて触った瞬間。それは僅か一瞬のことだったが、ルイズは確信せざるを得なかった。伝わる確かな力の脈動。自身の身体を流れる伝説の系統をルイズは確かに感じたのだった。

 

 大切な友人を欺いてしまった居心地の悪さが心をつついた。

 残ったヨシェナベを器に盛り付け、食事を終えて人心地ついている二人の脇をルイズは後にした。

 

「あら何処へ行くのよ。」

「メガトロンにもヨシェナベを持っていこうと思ったの。食べてくれないかもしれないけど、一応ね。」

 

 

キュルケの問い掛けにぎこちない笑顔でルイズは答えた。だが、その身に抱く良心は更にルイズを追いつめる。

 

 

 

 ▲


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。