「地図に従えば、ここら辺のはずよ。」
「それで?ここにある宝物の名称は何?」
「えっと………竜の……何て読むのかしら?文字が擦れていて上手く読めないわ。」
キュルケ、ルイズ、タバサの三人は連休を利用して宝探しに勤しんでいた。キュルケの集めていた古地図を頼りにして秘宝が眠っているとされている場所へと赴く。
キュルケの持っていた何枚もの古地図は、ゲルマニアからトリステインまでと幅広い範囲を網羅したものだった。だが、時間の猶予と現実的視点を考慮したルイズの提案に全員が賛成し、取り敢えずはシルフィードの手が届くトリステインに範囲を絞ることになった。
連休を利用してトリステインの彼方此方へと向かう三人。メガトロンのようなゴーレム。またはそれに準ずる何かを見つけるために、ルイズたちは緊張感を以て探索に取り組んでいたが、いまだ目ぼしい成果を上げることが出来ていなかった。
「これで五ヶ所目ね。初日とはいえこの結果も仕方がないのかしら。見つけたのは古ぼけた空箱ばっかり。宝物はおろかゴーレムの気配なんて欠片も見当たらないわね。」
「やっぱり準拠が古すぎたのかしらね。この古地図の信用も高が知れたものだし、これ以上の探索もあまり意味がないかも知れないわ。どうする?ルイズ。」
「うーん、この古地図みたいに秘宝が眠っているんじゃないかって場所を探索するよりも、スコルポノックの件に学んだ方がいいかもしれないわ。メガトロンやスコルポノックの様な何かが与える影響は半端じゃない。童話だったり童謡だったり、何かしら別の形態としての痕跡が必ずどこかに残っているはずよ。その何かが何処かにあればの話だけどね。何処にもないのであればそれが一番幸いなんだけれど。」
宝物探しを始めて既に一日の半分が過ぎていた。古地図を元にして得られたのは空箱だけ、ルイズはこの結果に不満は持っていなかった。可能な限り見つからないに越したことはないからである。メガトロンやスコルポノックの様な存在は途轍もない危険性を持っている。ルイズとメガトロンの様な関係性はどう考えても一般的ではない例外のものだ。野放しにしていいとは思えない。見つければ対策を講じなければならないが、見つからないのであればそのまま現状維持でよかった。
欠片もゴーレムの存在を示す痕跡は見当たらなかったが、それでもルイズの持つ緊張は薄れていなかった。何処かにメガトロンの様な何かがあるのではないか、という不安はいまだ心の中で燻り続けている。だが焦っても仕方がないとルイズは肩の力を抜き大きく息を吐いた。
「もうすぐお昼だから、取り敢えずはここにある宝物を探して、その後に小休止をとりましょう。」
「それがいいわ。でもルイズ、スコルポノックは何処にいるのよ?今日まだ一回も見かけていないけれど、本当についてきているの?シルフィードは空を飛んでいるから地面を進むスコルポノックには私たちが進んできたルートが分からなくて、まだそこら辺を迷っている、何てことになってないのかしら?」
「心配しなくても大丈夫よキュルケ。スコルポノックはちゃんと付いてきてるから。私たちが心配することなんて別にないわ。」
「本当にそうなのかしら?でもこのあたりにはオーク鬼が巣を作って群生しているから気を付けて進まないといけないわ。出来ればスコルポノックにも行動を一緒にして欲しいのだけれど。」
「だから、大丈夫だって言ってるじゃない。その件も問題ないわ。」
キュルケの指摘にルイズは笑って答えた。あっけらかんとした態度からやや過剰な信頼が伺えるが、ルイズの信頼を肯定するように続けてタバサも呟いた。タバサもルイズにならって随分と落ち着いていた。オーク鬼がいる、というキュルケの指摘にもまるで動揺していない。むしろのんびりとした雰囲気すら感じられた。
「居る。朝からずっと私たちを見ている。」
「見ているって言われてもねぇ。土の中からどうやって?私には何処にいるか分からないわ。」
キュルケは周囲を見渡すが、スコルポノックの視線を感じ取ることは出来なかった。
そして彼女たちは宝物が眠るとされる森へと入った。キュルケとタバサは杖を。ルイズは銃と杖を構えて臨戦の態勢を整える。森の中を油断なく進み辺り一帯に視線を配らせることを忘れない。
シルフィードは森の入り口で待機している。何故か怯えており、森の中に入ろうとしないシルフィード。風竜の怯えが感染したのかキュルケもまた戦々恐々と辺りを見渡していた。如何に黒蠍が守っていると言われても、怖いものは怖いのだろう。森の中に潜んでいるオーク鬼が何時出現するのかと、周囲を見渡しながらビクビクとキュルケは怯えていた。
「ねぇルイズ。本当に大丈夫なの?オーク鬼は危険だわ。もし群れで一気に現れたらこの人数じゃあ対処できないかもしれないし。」
「だ、か、ら!大丈夫だってば!オーク鬼何かよりワルドの方がまだしも怖かったわよ。ワルドと戦って生き残ったんだからこの位のことでおたおたしないで。それに何よりもスコルポノックがいるんだから安心していいって何度も言ってるじゃない。」
「そう。安心して。」
そうしてタバサもまたキュルケを気遣って声をかけた。その気遣いを嬉しく思うキュルケだったが、どうしても浮かべる笑顔はぎこちないものになってしまう。何故ルイズやタバサはこんなにも落ち着いていられるのか、キュルケには分からなかったからだ。
オーク鬼は討伐難易度の高い危険なモンスターである。二メートルを超える屈強な体躯に子供を好んで捕食する残虐さ。その力は大人5人分に匹敵し人々の間でも非常に恐れられている。また、群れで行動する習性を持っているため相手取る際には注意が必要である。通常であれば討伐隊を編成して対処をすることになるが、仮に単体で立ち向かえば如何な実力者であっても苦戦を強いられるだろう。
優秀なメイジであるタバサがオーク鬼の危険性を知らない筈がない。にも拘らず何故こんなにも落ち着いていられるのか。その理由はキュルケの目前にまで迫っていた。
「―――――――ッッ?!!!」
そしてキュルケは知った。何故タバサは落ち着いているのか。ルイズの寄せる信頼は決して盲目的なものではなく、確固とした理由があって寄せられるものだった。
辺りに漂う濃厚な血の匂い。森の中の一画にそれはあった。
それと表現することが出来ないのは、残骸が欠片も残っていないからである。オーク鬼だった群れの成れの果て。残されたものは朱に染まったグズグズの大地のみ。地表は本来あるべき色を失い、血と皮と肉が入り混じって塊となり、まるでぐつぐつと煮込まれたシチューのようだった。
鍋に放り込まれた具材はトロトロになるまで煮込まれて最早その他の土と見分けがつかない有様だ。オーク鬼の群れを相手にこんなことが出来るのは、ルイズの使い魔であるスコルポノックを於いて他に無い。
「……………酷い有様ね。言葉もないわ。」
「まだ温かい。こうなって殆ど時間は経ってない。」
マントで口元を押さえながらキュルケはえづいた。目の前にある光景はキュルケの想像をはるかに超えるほど凄惨だった。込上げる吐き気と戦っているそのキュルケとは対照的にタバサは落ち着いていた。肉塊シチューとなっている一画に近寄ってその場所を見分している。失われきっていない温かさを持った肉片。その一欠けらを指で摘まんでいた。
身体を細切れに分割され土中に漉き込まれていたため、この程度の異臭で済んでいたのだろう。でなければルイズたちがもっと早くに異変を察知していたはずだ。
「オーク鬼の群れね。多分辺り一帯を根城としていたんだと思うけど、でもスコルポノックにかかればこの有様よ。逃げられるもの何ている訳ないわ。オーク鬼もアルデンの鬼には敵わなかったってことね。」
「………宝探しの間中、一回も危険なモンスターに出会わなかったけれど。もしかしたらそれも?」
「やっと気づいたの?アンタも結構鈍いのね。」
「そうよ。スコルポノックが私たちを警護しているんだもん。モンスター何て私たちに近づく前に細切れよ。このオーク鬼の残骸は例外ね。私たちが気付く距離まで近づいたってことは、スコルポノックも少しは苦戦したんじゃないかしら。手間取らせてスコルポノックを怒らせたオーク鬼はこんな風になっちゃったけどね。本来であれば私たちの与り知らないところで起こっていたはずよ。」
えづいていたキュルケも少しづつ落ち着いてきたようだ。
そもそもキュルケとシルフィードは怯えていた対象が異なっていた。キュルケはオーク鬼の群れを恐れていたが、シルフィードはスコルポノックを恐れていたのである。風韻竜に備わっていた本能が、スコルポノックという黒蠍の怪物が放つ殺意を感じ取っていたのかもしれない。宝探しをしている間中シルフィードに元気がなかったのもスコルポノックが原因だろう。猛烈な殺意など知らずに済むのであればそれに越したことはない。
肉塊シチューの現場を超えて更に森の中を進む、と森が途切れたその先でルイズたちは古ぼけた建物を発見した。大きな一軒家ほどの広さを持っている。その外観は古ぼけているがよく見れば、どうやら何かを安置する寺院であるらしかった。中には何が安置されているのか、真っ先にキュルケがその寺院へと向かって歩を進めた。
―――だが、
「―――ッッ?!」
「気を付けてッ!何かがいるわッ!!」
期待が先走りし過ぎて、その巨大な影にキュルケは気づくのが遅れた。
だがルイズの叫びを聞いて即キュルケは杖を振るった。流れるような動作で杖を抜刀し、自身の司る炎系統魔法を解き放つ。キュルケのフレイムボールは唸りを上げてその巨大な影へ向かった。良好な魔力が練られた火球は巨大な焔となって影に襲い掛かるが、その影の前には一人の少女が驚きの表情を浮かべて立っていた。
「「シエスタッッ?!!」」
ルイズとキュルケは叫ばずにはいられなかった。学院にいる筈のシエスタが何故森の中の寺院にいるのか、その理由は何でもよかった。だが、このままではシエスタに火焔が直撃してしまう。直撃すれば大火傷は避けられない治療が遅れれば命に関わった。目前に迫る火球に圧倒されシエスタは身動きが出来なくなっていた。咄嗟の回避を期待することも出来ないだろう。
命を失うよりはシエスタの足を打ち抜いてその場に伏せるよう強制させようか、とルイズが瞬時に思考したその時。
振るわれた鋼鉄の巨腕がシエスタに襲い掛かろうとする火球を叩き潰した。
▲
ルイズ達一行が宝探しに向かった日の朝。
シエスタは手に入れた珍しいお茶を持って歩いていた。向かう先は使い魔召喚の丘、目的はメガトロンである。
トリステインから遥か東方。ハルケギニアの東端にあるロバ・アル・カリイエから産出した一品だった。普段のシエスタであれば回ってくる行商から購入することは出来ない高価なものである。だが、とある事情によって今シエスタは比較的リッチなのだった。
自分の雇用主が寝そべっている丘に到着したシエスタ。
鋼鉄の巨人の頭部までぐるりと移動して大きな声で話しかけた。
「メガトロン様!御機嫌いかがでしょうか?」
「貴様か。何の用だ。」
返ってきた声は、草原の丘を撫でる爽やかな風とは掛離れていた。メガトロンの不機嫌な様子を感じて思わず身構えてしまうシエスタだったが、持ち前の胆力でぐっと堪えた。表情に現れそうになる怯えを何とか誤魔化すことに成功。努めて笑顔を浮かべるように意識してメガトロンにお茶を差し出した。
「珍しいお茶を手に入れました。メガトロン様も如何かと思ったので、お持ちいたしました。」
「いらん。」
分厚い岩盤のようにその拒絶の言葉は強固だった。にべもないメガトロンにシエスタは気後れしてしまう。あのメガトロンを相手にしているのだ。とても自分では目の前にある岩盤に亀裂を刻むことなどできない、とシエスタが諦めてしまうのも無理はないだろう。差し出したポットを恥ずかしげに仕舞い込んだシエスタは俯いてしまった。
「も、申し訳ありませんでした。わ……私は、私はメガトロン様に何て失態を、」
「二度と、こッこのようなことがないように気を付けますので……。」
「…………ふん。」
「あッ……。」
怯えているシエスタを不憫に思ったのか、メガトロンの気まぐれかは分からない。腕を伸ばしたメガトロン。その巨体に見合わない繊細な動作でシエスタが持っていたポットを摘まみあげた。シエスタが驚く間もなく摘まんだポットごとお茶を呑みこんだ。
横たわっているメガトロンの口内に味わい深い渋みが広がる。お茶に含まれているポリフェノールの一種、カテキンには抗酸化作用や抗菌作用が含まれている。その働きは有機生命体だけでなく機械生命体にとっても非常に有用であり無碍にすることは出来ない。味と高機能性を両立させたこのお茶をメガトロンはいたく気に入ったようだった。
どこか満足げなメガトロンを見て、俯いていたシエスタの顔がぱっと明るさを取り戻した。
「お味の方は如何でしょうか?」
「まぁ悪くない。錆止めの代用に使えないこともないな。」
「それよりも状況を報告しろ。報告如何によっては報酬を倍にしてもいいぞ。」
お茶に気を好くしたのか、やや機嫌のよいメガトロンだった。
「本当ですか!ありがとうございます。」
「えっと、報告ですよね。メガトロン様のご依頼通り今日もルイズ様をスパイしました。お洋服の着替えを手伝ったり、お部屋を掃除させていただいたりしました。ですがルイズ様は非常にしっかりとした方なので、召使へ丸投げすることなく日常的に自分が出来ることは自分で行われているようです。私のスパイも必要とされているのかどうか…………。お役にたてているのか不安です。」
「ですが頑張ってこれからも誠心誠意スパイさせていただくつもりです。」
「…………。」
だがその良機嫌も長くは続かない。
スパイの部分をお世話と交換しても成り立つシエスタの報告を聞いてメガトロンは再び天を仰いだ。シエスタの持つ胆力や才気を見込んで雇用していたメガトロンだったが、望んだ結果は得られなかった。自身の失った記憶の痕跡をルイズに見ることが出来るのではないか、という目論見は泡と消えた。召喚者であるルイズ本人に何の痕跡も見られないというのであれば、あとは何所を探せばよいのだろうか。再び振り出しへと戻ったことを悟るメガトロン。
「報告ご苦労。更に資金を渡す。より一層の励起を期待する。」
「わーっわーっ凄ーい!!こんなに沢山のお金は初めて見ましたよ!!」
「故郷のお父さんやお母さんにいっぱいお土産を買ってあげられます!」
追加の報酬をもらったシエスタは喜んでいて気付かなかったが、メガトロンの姿は目に見えて落ち込んでいた。
雲一つない晴天が広がっている。眼前に広がる穏やかな青空はメガトロンにとって似つかわしくないものだった。数千年にも渡るオートボットとの闘争の歴史。闘争に次ぐ闘争。分厚い暗雲と入り乱れる鉄塊の群れ。止め処なく降り注ぐ砲煙弾雨。ドラム缶のように巨大な弾丸が無数に飛び交う中を掻き分けるようにしてメガトロンは進んできた。大量のオートボットを破壊し、大量のディセプティコンを破壊されの繰り返し。夥しい数の死骸を積み上げ丘とする日常。屍の頂きがメガトロンの本来いるべき場所である。
「いいお天気ですねー。今日は絶好のお洗濯日和だったので朝から張り切りました。お洗濯をするのであればメガトロン様も私にお申し付けくださいね。一生懸命頑張りますから。」
「………。」
記憶を失っていようとメガトロンの本性は破壊そのものであり、その本性を思う存分と振るってきたメガトロンにとってこのハルケギニアは余りにも平和過ぎた。ぬるま湯の湯船に頭までどっぷりと浸かる感覚。ハルケギニアの雄大な自然と穏やかな雰囲気はメガトロンの存在をふやかせた。使われない戦場刀は徐々に力を失い錆びついてゆく、メガトロンもその例外ではない。振るわれない力は存在する意義を持たない。メガトロンに漲る莫大な力は振るわれる場を常に求めているが、その力は余りにも過ぎたものであり、このハルケギニアでは受け止めることの出来ないものだった。
「(俺様は…………何者なのだ。)」
それはメガトロンの心からの叫びだった。
使い魔にされた破壊大帝。かつての栄光は何処にも見当たらず、記憶を失ったメガトロンは目的の喪失に喘いでいた。心の内を覆う焦燥。自分が何を思い、何を為していたのかが分からない。その現状はメガトロンをこれ以上なく苛立たせた。
記憶を失おうとメガトロンはメガトロンである。
その本性は何ら変わることはなく、ここハルケギニアでもメガトロンは自身を存分に発揮してきた。圧倒的な実力と卓越した交渉の手管でもって勢力を拡大。ルイズは知りえないが、既にこのトリステインでメガトロンの手が届かない場所など存在しない。メガトロンの奸智は留まるところを知らず、このまま時間が経過すれば何れゲルマニアやガリア、果てはハルケギニア全土を支配下に置くことも夢ではないだろう。手駒とする人間を隠れ蓑にして、裏から世界をその手中に収める筈だ。
だが、メガトロンには目的があった。
その目的の前にはハルケギニアなどどうでもいい些末な存在である。共に育ち、互いを兄弟と呼び合った掛け替えのない存在を裏切ってまで守りたいものがメガトロンにはある。
故郷サイバトロン星の復活がそうだ。
目の前に二つの大切なものがある。その二つの内どちらか一つしか守ることが出来ない、となった時。大切なものを失う恐怖から通常であれば選択を躊躇するだろう。
だが、メガトロンは違う。メガトロンは迷わなかった。
どちらを選択するべきなのか、どちらがより大切なのか。大切な親友とサイバトロン星。そのどちらかしか手に入らないと理解した時。自身にとって最も大切な二つを天秤にかけ、その決断をメガトロンは下したのだった。その選択は峻厳だった。どれだけの犠牲が生まれようと、どれだけ大切な友人を傷つけようと、メガトロンは揺らぐことなく戦い、自らの決断に従った。だが、今のメガトロンには何も残っていなかった。
「「………。」」
目的を失った戦場刀はただその場に身を横たえるのみ。ハルケギニアの薫風も雄大な自然もメガトロンの空虚さを穴埋めすることは出来なかった。
ピクリとも動かないメガトロン。シエスタはそのメガトロンに黙って勝手にその身体を触っていた。メガトロンの身体は、これまでシエスタが触れたことのある鉄の中で最も硬く頑丈な質感を持っていた。こんなに硬いものを触ったのは初めてだ、とシエスタは驚いていた。
そして、シエスタは思い出す。
メガトロンの堅硬極まる装甲。その揺るぎのない質感が契機となってシエスタの眠っていた記憶を呼び覚ました。シエスタの奥底に眠っていた記憶は親愛の深い自らの祖父に纏わるものだった。
「メガトロン様はとても頑丈な身体を持っていますね。幼いころに触った『竜の顎門』を思い出しました。」
「………何?」
しみじみと呟いたシエスタ。昔を懐かしむように何処か遠くを見つめていた。
だが、そのシエスタとは対照的にメガトロンの表情には真剣さが漲っている。
他の有機生命体とは比較にならない程の知性をメガトロンは持っている。ドクターにも比肩しうるその高度な知性は、目の前に現れた尻尾を逃さない。シエスタの一言だけでもメガトロンにとっては十分だった。たったそれだけで状況を看破し、自身の記憶を探してメガトロンは動き出す。
横たわっていた状態から瞬時にエイリアンタンクへトランスフォーム。
トランスフォームの際に無理やりコックピットへと引きずりこんだのでシエスタも中に連れ込まれていた。
何処かへぶつけたのか頭のコブを押さえているシエスタ。
「痛た……。」
「行くぞ。貴様の故郷はタルブの村だな?」
「ええっ?メ、メガトロン様急にどうしたんですか?。」
「貴様の故郷へ向かうと言っている。『竜の顎門』まで案内してもらうぞ。」
突然のことに慌てるシエスタだったがメガトロンは気にしていない。スラスターノズルを噴射させ今にも空へ飛び立とうとしている。その様子を見てシエスタは慌ててメガトロンへ懇願した。
「ま待ってください。」
「『竜の顎門』までは勿論案内致します。ですが私は休暇を利用して丁度よくタルブへ里帰りするつもりだったのです。出発する前に荷物を取ってきても良いでしょうか?」
何故メガトロンが『竜の顎門』に興味を持ったのか、シエスタには分からない。だが、メガトロンの行動は何者にも妨げられないということはシエスタにも分かっていた。
なのであれば現状に逆らわずタルブへの帰郷をついでに済ませてしまおう、というのがシエスタの腹積もりである。意外と図太いシエスタだった。あのメガトロンを相手に何かを要求できる人間は殆ど存在しない。急ぐメガトロンはシエスタの願いを了承し学院へと向かった。
あのメガトロンがメイドの少女の言うままに行動する。その光景はシエスタ持ち前の胆力が為し得た一つの奇跡だった。
「………学院に到着したぞ、急げ。」
「はい!ありがとうございます。」
そうしてシエスタを乗せたエイリアンタンクは勢いよく飛び立った。
シエスタの案内でメガトロンはタルブの村郊外に建てられた寺院に到着し、宝探しをしていたルイズたちと劇的に邂逅した。シエスタに襲い掛かった火焔を叩き潰し、火焔を放った張本人であるキュルケをメガトロンが睨み付けたところで物語は冒頭へと至った。
▲
叩きつけられた巨腕はキュルケの火焔を掻き消すに止まらず、次いでとばかりに大地を叩き砕いた。勢い余ったその余波は強烈だった。ルイズたち一行にまで届くほど長々と生じた地割れはぽっかりと口を開けている。
裂け目に転落しそうになった恐怖とメガトロンに睨み付けられた恐ろしさ。その二つの原因から先ほどオーク鬼の出現を怖がっていた時よりも更にキュルケは怯えていた。
「あわわわわわ。」
「危機一髪。」
裂け目に危うく落ちそうになったキュルケ。そのマントをタバサが掴んで支えている。辛くも命拾いしたキュルケは助かった安堵からその場に座り込んでしまった。
そのキュルケを横目にルイズは寺院へと歩を進めた。その様子は地割れを作ったメガトロンへの恐れを感じさせない程に堂々としていた。シエスタに怪我がないことを確認して自身の使い魔であるメガトロンと向き合う。
元気を取り戻したのだろうか、メガトロンには活力が戻ってきていた。
その姿を見て一先ずルイズは安心し、そして口を開いた。
「元気そうでよかったわ。」
「ふん。貴様には関係がないな。」
相変わらずにべもないメガトロン。だがルイズもその程度では怯まない。表情を僅かも変えることなく、無愛想なメガトロンに対応した。
「関係なくなんかないわよ。私は貴方の御主人様なんだから。使い魔である貴方を気配るのは当然よ。それじゃあ理由を教えて頂戴。どうしてメガトロンとシエスタがここにいるの?」
本来であればここで餅のように粘り強いルイズのバイタリティが発揮される筈だった。だが何度も簡単に説得されるほどメガトロンも温厚ではない。ルイズとまともに向かいあえば大量に時間を浪費してしまうことをメガトロンは経験則から学んでいた。一筋縄でいかない者同士が交渉すれば時間を食うことは必然。
その話し合う時間を省略するため、メガトロンは地面を叩き命令を下した。
「スコルポノック!!俺様が許可するまでこの中に誰も踏み入れさせるな!」
「な、何を言っているのメガトロン?!!私も中に入れなさいよ!貴方一人だけだなんて許さないんだから!!」
「黙れ。貴様はそこでしばらくおとなしくしていろ。」
メガトロンのその命令に従ってスコルポノックが現れる。
地割れから躍り出たスコルポノックはルイズ達一行の前に着地した。出現した黒蠍を見てルイズ達一行の動きが止まる。掲げられる一対の巨爪、煌めく六つの紅眼に見つめられては流石のルイズもお手上げだった。
全長七メートルの巨体を活かして寺院ヘ向かおうとするルイズたちを遮っているスコルポノック。その様子を見たメガトロンはスコルポノックの次にシエスタへ視線を移動した。
「貴様が話せ。俺様が戻るまでにあの五月蠅い口を黙らせておけ。」
「わ、分かりました。任せてください。」
メガトロンから視線を注がれたシエスタ。怯えながらもメガトロンの要求に頷いた。
二進も三進もいかない現状に包囲されてルイズはギャーギャーと騒いでいるが、その全てを完全に無視。
そうしてメガトロンのみが寺院の中へと侵入した。閉ざされていた扉をでこピンで破壊。巨体を折りたたむようにして収納し、メガトロンは中を覗き込んだ。
「何だこれは。」
寺院の中に安置されていた『竜の顎門』を見てメガトロンは困惑した。複雑な形状の部品を幾つも重ね合わせたような構造物。シエスタの言った通りだった。その目の前にあるものはメガトロンのような鋼鉄の異物だった。捻じれた二本の柱が互いに複雑に絡み合っている。見様によってその姿はまるで天に上る双龍のように見えなくもなかった。
「(ふざけるなよ。何でこれがここにあるんだ?)」
心の中でドクターは呟いた。メガトロンの身体から這い出ると、綿埃を思わせる軽やかな跳躍で『竜の顎門』に飛びついた。『竜の顎門』の表面をはい回りその確信を深める。
記憶のないメガトロンとは異なりドクターは知っていた。目の前にある『竜の顎門』とは何か、それの意味するところを知ることが出来た。
「これは…………アンカーだ。」
アンカーポイント。それがこのマシーンの名前である。
目の前にある構造物を見てドクターは悟った。ハルケギニアの崩壊と太陽の喪失。大災害を超越する二つの災禍は逃れられない絶対運命として定められたのだった。